トランザクションデジタルプラクティス Vol.2 No.3(July 2021)

IoTコンピューティングデバイスを用いた低コストな無線LAN環境計測システム

石原 知洋1  北口 善明2  阿部 博3  金子 直矢3

1東京大学 総合文化研究科  2東京工業大学 学術国際情報センター  3トヨタ自動車株式会社 

現在,学校において感染症対策の要請から様々な形態の授業が行われている.たとえば従来どおりの対面授業や,オンライン講義であったり,オンラインと対面を同時に行うハイブリッド型の授業などである.そのような様々な授業が混合して実施されている場合,キャンパス内の教室で無線LANを使用してオンライン講義を受ける状況が存在する.複数の学生が持ち込んだ端末により教室で同時にオンラインの講義を受講する場合には,その場所の無線LANインフラに十分なキャパシティが必要となる.しかし,一般的にキャンパスの無線LAN整備においては,キャパシティ設計は機器のカタログスペックや電波シミュレーションを元に行われ,実際に多数の学生が同時接続をした場合に,十分なクオリティで通信を行うことができるかは未知数である場合が多い.しかしながら,実環境において,想定する使用形態で無線LANが問題なく使えるか調査を行うためには,実際に多数の端末を用意するか,高価な計測機械や業者によるフィールドテストが必要であり,高コストである.そこで,低いコストで実環境での無線LAN環境の評価を行うため,安価なIoTコンピューティングデバイスを計測デバイスとして採用した,多数の無線クライアント接続による無線LAN環境の評価を行う計測システムを開発した.本システムにより,無線LAN環境に対し,コストを抑えつつ実環境に近い状態での計測が可能となった.

無線LAN,Wi-Fi,802.11,ネットワーク運用技術,キャンパスネットワーク,ネットワーク計測

A Wireless LAN Measurement System Using Low-Cost IoT Computing Devices

Tomohiro Ishihara1  Yoshiaki Kitaguchi2  Hiroshi Abe3  Naoya Kaneko3

1Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, Meguro, Tokyo 153–8902, Japan  2Global Scientific Information and Computing Center, Tokyo Institute of Technology, Meguro, Tokyo 152–8550, Japan  3Toyota Motor Corporation, Chiyoda, Tokyo 100–0004, Japan 

Currently, various forms of classes are being conducted in schools to meet the demands of infectious disease control. For example, there are traditional face-to-face lectures, online lectures, and hybrid lectures that are both online and face-to-face at the same time. When such various lectures are conducted in a mixed manner, a situation arises where students take online lectures using wireless LAN in classrooms on campus. The wireless LAN infrastructure needs to have sufficient capacity if multiple students are going to attend online lectures at the same time using their own terminals. However, in general, the capacity design of campus wireless LANs is based on the catalog specifications and radio wave simulations, and it is often unknown whether the quality of communication will be sufficient when a large number of students are actually connected at the same time. Nevertheless, in order to investigate whether wireless LAN can be used without any problems in the real environment under the assumed usage, it is necessary to actually prepare a large number of terminals, or to use expensive measurement equipment and field tests by vendors, which is expensive. Therefore, in order to evaluate the wireless LAN environment in a real environment at low cost, we have developed a measurement system that uses inexpensive IoT computing devices as components to evaluate the wireless LAN environment with a large number of wireless client connections. This system makes it possible to measure the wireless LAN environment under conditions close to the real environment at a low cost.

wireless LAN, Wi-Fi, 802.11, network operation, campus network, network measurement

1. はじめに

現在,多くの大学ではCOVID-19対応のため,オンライン中心の講義の実施が行われていたが,夏以降に状況に一定の落ち着きがみられるなかで,対面,および完全オンライン以外の様々な形態の講義が実施されはじめている.たとえば教室の定員を抑える目的で,同一授業でオンラインの授業回と対面の授業回を組み合わせるブレンド型の授業や,同じ内容の授業を,対面とオンラインで同時に行うハイブリッド型の授業などがある.

こうしたオンラインと対面講義を同時に実施するハイブリッド型を実現するために課題となるもののひとつが,キャンパス内のネットワーク環境,特に無線LAN接続環境である.オンライン・オフラインの授業が混合する場合には,登校している学生のためにキャンパスでオンラインの授業を受講するための接続環境を提供する必要がある.授業はオンラインの動画ストリーミングであることが多いため,ある程度のネットワーク帯域が必要とされる.

従来,キャンパスの無線ネットワークは学生・教員が授業において補助的に利用することが多く,帯域的にそれほど多くのキャパシティを必要としていなかった.授業の中には高速なネットワークを必要とするものも一部存在していたが,そのような授業については有線接続を利用する端末室などを利用することでまかなっていた.しかし,現状の授業のオンライン化・ハイブリッド化はすべての授業に対して行われるため,限られた数しかない端末室ではすべてに対応することが難しい.そのため,一般教室で学生が自ら所有する端末による無線LAN接続を行う必要がでてくる.

教室の無線設備が多数の学生が接続した状態での講義ストリーミングに対応するためには,正しく無線設計をすることに加えて,実際に複数端末でトラフィックを流した際に問題なく通信できるか調べることが必要である.しかしながら,そのような調査を行うためにはコストがかかる.大きな教室では定員は200名以上になり,感染症対策のため距離を開け定員を減らした場合でも100名前後となる.そのような環境を想定したテストを行うために,100台規模の機器を並べて実施する場合には,機材費・人件費ともにかなり大掛かりなものになってしまう.また,複数の無線端末をエミュレートできるような測定機器も存在するが,そのような機器はどうしても高価なものになってしまう.

そこで無線LAN環境の低コストな測定のために,安価なコンピューティングデバイスを計測デバイスとして採用した,多数の無線クライアント接続による無線LAN環境の評価が可能な計測システムを開発した.本システムにより,無線LAN環境に対し,コストを抑えつつ実環境にちかい状態での計測が可能となった.

2. 関連研究

無線LANの,特に802.11n/acでの無線デバイスの基本的な測定方法については,文献[1]にて提案されている.こちらは電波暗室等を用いて単独のデバイスの性能測定を行うものである.

複数クライアントを用いた実無線LAN環境における測定の先行研究については,文献[2], [3], [4]が存在し,教室の無線LAN環境において,実際にPCやタブレットなどの端末を並べるか,もしくは計算機室に備え付けの端末を使うことにより,それらの端末が同時に無線LANでの通信を行った場合の帯域やアプリケーションに対する影響を調べている.

しかしながら,いずれの研究でも想定する無線クライアントの数だけ端末を用意し計測するという方法をとっており,それぞれの端末の設置・準備や操作の手間,およびそれら機材の費用などのコストが高い.特に実運用を見越したフィールドテストを行う場合には,サイト内の一箇所で測定すれば事足りるわけではなく,サイト内の複数の想定使用場所でそれぞれ測定する必要がある.その際に,複数のPCを用いた測定方法では可搬性が低く,個別の計測にかなりの人的コストがかかってしまう.

3. 設計

3.1 システムへの要求

本システムを設計するにあたっては,下記の点を重視した.

  • (1)複数かつ多様な無線クライアントによる計測を行えるようにする
    現在,無線のフィールドテストを実施することができる計測器については多数の製品が存在するが,多くの場合は単一の無線インタフェースによりスループットを測定する方式となっている.しかし,実運用の環境では多数の無線クライアントが同時に接続しそれぞれ異なる通信を行う.また,実運用の環境では,クライアントの無線インタフェースが対応している方式は802.11a/b/g/n/ac/axの違いや,対応している空間ストリーム数などが異なる.本システムでは設定により,それらの多様なクライアントが混在したシナリオを定め,それを元に計測することを可能とする.
  • (2)システムを構成するハードウェアとして比較的安価で,かつ調達が容易なものを利用する
    無線フィールドテスト用の計測機器は無線計測機器ベンダ各社から製品が出ているが,おおむね高価なものとなっている.また多数のクライアントを使用して接続テストを行う際には,個々の計測用クライアントが高価である場合,最終的な機材費が高騰してしまう.そこで,本システムはシステムを構成するハードウェアに調達が容易な汎用品を使用し,コストを抑えた計測システムを構築可能な構成とする.
  • (3)計測を行うハードウェアを随時追加可能にする
    計測を行うシステムコンポーネントについては,そのデバイス数を可変にすることで,小規模なエミュレーション環境から大規模なエミュレーション環境まで対応可能なシステムとする.また,必要に応じて計測規模を随時スケールアウトできるように,計測を行うデバイスは後から追加ができるように設計する.

3.2 システム概観

本システムは計測システム全体の制御を行うマネージャーノードと,計測を実施する複数の計測ノード,および帯域計測の対向側となる計測ターゲットからなる(図1).マネージャーノードと計測ノードの間は管理用の有線プライベートネットワークで接続され,計測ノードの設定,ノードへの計測命令の送信,および計測結果の受信はこの管理ネットワークを通じて行われる.計測ターゲットは計測ノードが接続されているネットワークセグメントから双方向の通信が可能なネットワークセグメントに配置する.それぞれのシステムコンポーネントは下記に示すとおりである.

システム概要図 System components.
図1 システム概要図
Fig. 1 System components.

マネージャーノード マネージャーノードはすべての計測ノードと計測ターゲットを管理し,計測シナリオに従って計測ノードの設定および計測の実施を行う.マネージャーノードはNATルータおよびDHCPサーバとして働き,管理用ネットワークに接続された計測ノードはDHCPによりアドレスが割り振られた後に,自動的にマネージャーノードに認識され,管理対象となる.この構造により,計測ノードを任意に追加することが可能である.

計測ノード 計測ノードは実際に計測を行うノードであり,マネージャーノードからの指示により計測ターゲットに対してパケットを送受信することで,無線LAN環境の上り方向,下り方向の両方のトラヒックを計測する.計測ノードは複数の無線インタフェースを持つことができ,それぞれの無線インタフェースで独立した計測ができる.個々の計測ノードの測定には既存の帯域測定ソフトウェアであるiperfを利用した.

計測ターゲット 計測ターゲットは計測ノードからの計測トラフィックを受け付け,結果を記録する.記録した結果は計測終了後にマネージャーノードに送信される.計測ターゲットは無線LANで提供されるネットワークセグメントから到達可能な場所に配置する必要があり,無線区間での折り返し通信による影響を回避するため,無線区間より十分に帯域のある有線ネットワークに接続する.計測ターゲットは必要に応じて数を増やすことが可能であり,計測ノードからの通信を分散させて負荷を軽減することができる.

3.3 計測シナリオ

本システムの計測は,シナリオ記述ファイルを元に実施する.シナリオ記述ファイルには,計測ノードの無線設定,および個々の計測内容と実施する際のパラメータを記述する.マネージャーノードはこのシナリオ記述ファイルを読み込み,各計測ノードのシステム設定ファイルを生成する.生成したシステム設定ファイルは計測ノードに転送されたのち,必要に応じてインタフェースの再起動が行われる.また,記述ファイルで設定された計測パラメータに基づいた計測用のスクリプトを生成し,生成したスクリプトファイルを計測ノードおよび計測ターゲットに配布し実行することで計測を行う.

図2にシナリオの例を示す.シナリオ記述ファイルはyaml記法に従って記述する.項目は大きく分けてそれぞれの計測ノードの無線LAN設定を示すenvironment項目と,実施する計測のパラメータを示すmeasurement項目からなる.

シナリオの例 Example scenarios.
図2 シナリオの例
Fig. 2 Example scenarios.

environment項目 計測ノードの無線インタフェースの設定を記述する.測定のために接続する無線LANのssidとパスフレーズ,クライアント側の帯域,無線電波出力などを設定する.また,計測ノードをグループごとに分け,それぞれのグループごとに異なる設定を行うことができる.それぞれのグループごとのnum項目においてグループの台数を指定すると,自動的にマネージャーノードで管理されている計測ノードが,台数分そのグループに割り振られる.

measurement項目 計測方法とパラメータを記述する.複数の計測を記述することができ,それぞれの計測を行う計測ノードのグループと計測の開始時間・終了時間,計測に使用するプロトコル(udp/tcp),計測パケットの送信方向(計測ターゲット→計測ノードか計測ノード→計測ターゲット),計測時のTCPウィンドウサイズ(TCP計測時のみ),送信するパケットのビットレート(UDP計測時のみ),使用するiperfのバージョンなどを指定する.

3.4 動作概要

図3に本システムの動作概要を示す.マネージャーノードはシナリオ記述ファイルが提示されると,それを元に各計測ノードのシステム設定ファイルを生成する(1).生成されたシステム設定ファイルは各計測ノードに送信され,そちらを適用したうえで各インタフェースのリセットを行う(2).各計測ノードで無線インタフェースの接続が確立した後に,無線インタフェースの接続状況,パラメータ,割り振られたIPアドレスをマネージャーノードに通知する(3).その後,シナリオ記述ファイルと,計測ノードから通知された情報をもとに,計測を行うためのスクリプトファイルを生成し,計測ノードと計測ターゲットにそれぞれ送信する(4).その後,全計測ノードと計測ターゲットにおいて,同期したタイミングでスクリプトを実行し,計測を開始する(5).全計測ノード・計測ターゲットで得られた計測結果はまとめてマネージャーノードに送信する(6).

システム動作図 System sequence.
図3 システム動作図
Fig. 3 System sequence.

マネージャーノードと,計測ノード・計測ターゲットの間のファイルのやりとり,設定の反映,インタフェースの接続・切断操作については構成管理ツールであるansibleを使用した.構成管理ツールを用いることで,計測作業者が行うすべての操作をマネージャーノードで完結することができ,計測ノードを展開することでどのような場所でも簡便に測定を行うことができる.

3.5 計測ノードの動作

計測ノードは複数の無線LANインタフェースを接続することを想定しているが,測定対象の無線LANセグメントは多くの場合同一であり,同時に各インタフェースを用いて計測を行う場合にはそれぞれ適切なインタフェースからトラフィックが送受信される必要がある.

本システムでは,Linuxカーネルの機能であるNetwork Namespaceを使用し,各インタフェースごとに別々のルーティングテーブルを持つことで適切なインタフェースからトラフィックが送受信されるように設定した.計測を行う際に,計測に使用するソケットの送信元および宛先アドレスにそれぞれのインタフェースに振られたIPアドレスを指定することで,そのインタフェースが持つルーティングテーブルを参照して目的の無線インタフェースを介して通信が行われる.

計測ノードはOSをインストールした状態で管理用ネットワークに接続することで自動的にデプロイすることが可能である.マネージャーノードは管理ネットワークにおいてDHCPサーバとして動作する.計測ノードを管理用ネットワークに接続すると,DHCPによってIPアドレスが割り振られる.マネージャーノードは割り振ったIPアドレスと対象のMACアドレスを記録する.その後,マネージャーノードは計測ノードにOSの初期パスワードを使用してssh経由でアクセスし,ssh鍵を設置する.その後,ansibleを用いて,計測用のソフトウェアと,無線LANインタフェースのドライバをインストールし,計測ノードとして使用可能な状態にデプロイする.

4. 実装

4.1 実装環境

本システムの実装に際して,マネージャーノードおよび計測ノードとして汎用のシングルボードコンピュータであるRaspberry Pi 4Bを採用した.Raspberry Piはある程度のCPU性能を持ち,かつ内蔵無線LANデバイスと,複数のUSBポートを持つため,計測ノードとして今回の目的である複数の無線LANクライアントのエミュレーションに適している.

マネージャーノードについては必ずしも計測ノードと物理的に同じ場所に配置する必要はないが,マネージャーノードは管理ネットワークを介して自動的に計測ノードを検知,管理を行うため,同一のネットワークセグメントに配置する必要がある.計測サイトと離れた場所でマネージャーノードを動作させるためには,VLANを延伸するなど,計測サイトとマネージャーノードが存在する場所を同一ネットワークセグメントとして接続しなければならない.そのため,今回の実装ではマネージャーノードも計測サイトに持ち込む前提で考え,Raspberry Piを実装ターゲットとして選択した.

各計測ノードとマネージャノード,ターゲットノードはNTPにより時刻同期を行い,計測の開始・終了について同一のタイミングで実施ができ,計測結果の記録も同期した時刻で行われるようにしている.

4.2 計測ノードの実装

計測ノードのハードウェア構成は表1のとおりである.本システムの計測ノードはNetplanでインタフェース設定を行うことを前提としていることと,64 bitの無線LANデバイスドライバを使用する関係から,Raspberry PiのOSとしては,一般的なRaspberry Pi OSではなくUbuntu arm64/AArch64を使用した.

表1 計測ノードのハードウェア構成
Table 1 Specifications of measurement node.
計測ノードのハードウェア構成 Specifications of measurement node.

各計測ノードは802.11ac対応のUSB接続の無線LANデバイスを四つ接続し,内蔵の無線LANインタフェースと合わせて5個の無線インタフェースを持つ.本体内蔵の無線LANはカタログスペック上は802.11ac対応であるが,実験環境で利用した当該内蔵無線LANのファームウェアにおいては802.11nでの接続しかできなかったため,802.11n対応のインタフェースとして使用した.

各計測ノードは可搬性の確保のため,Raspberry Pi 4台を集積可能なケースを利用し実装した.それぞれの有線インタフェースを小型のGigabit Ethernet対応のスイッチに収容し,マネージャーノードへは小型スイッチのアップリンクポート経由で接続されている(図4).

実装した計測ノード Measurement node.
図4 実装した計測ノード
Fig. 4 Measurement node.

5. 評価

本システムの有効性を確認するために,計測を行う個々の無線インタフェースについて,1台のコンピューティングデバイスにつき1個ずつ接続し,複数台のデバイスで帯域計測をした場合と,複数個の無線インタフェースを接続して1台のデバイスで帯域計測をした場合の比較,および実際に無線LANを利用するサイトにおいて本システムで計測した結果について評価を行った.

5.1 評価環境

本評価における計測では,計測ノードとしてRaspberry Pi 4B 8 GB版を使用した.測定用の無線LANインタフェースにはBuffalo社のUSB無線LANドングルであるWI-U2-433DMSを1台につき4個使用した.また,評価に使用する実装としてはiperf3を使用した.

5.2 USB無線インタフェース集積による影響の評価

本システムの計測ノードは一つのコンピューティングデバイスに複数の無線LANインタフェースを搭載し計測することができる.この際に,無線デバイスの送受信アンテナが近接した場所に配置されていることによる影響や,コンピューティングデバイスの処理能力,USBバスの制約などにより,計測ノードごとに一つだけ無線LANインタフェースを接続して使用する場合に比べてパフォーマンスが低下することが懸念される.そこで,無線LANインタフェースを集積した場合の速度低下について評価行った.計測は電波干渉の影響を避けるため,5 GHz帯の電波暗室の中で実施した.

図5は計測ノードにUSB無線LANインタフェースを1~4個接続した場合のTCPによるスループット測定の結果である.計測に使用した無線LANインタフェースは一つのみで,2~4個無線LANインタフェースを接続した際には,計測に使用する以外のインタフェースについてはdown状態にした.すなわち,他のインタフェースは一切の通信をしていない状態であったが,接続することによってUSBの帯域が一定分割り当てられることになるため,3個接続した場合に8%,4個接続した場合に19%の速度低下が確認された.

計測ストリーム1本でのインタフェース数の影響 Impact of number of interfaces.
図5 計測ストリーム1本でのインタフェース数の影響
Fig. 5 Impact of number of interfaces.

続いて,1)複数台の計測ノードに一つずつUSB無線インタフェースを接続した場合,2)1台の計測ノードに複数個のUSB無線インタフェースを接続した場合の両方についてTCPによるスループット計測を行った(図6).グラフは各インタフェースでの測定結果を積み上げ棒グラフにしたもので,インタフェース数が2~4の場合の棒グラフについては,左側が複数台の計測ノードに一つずつUSB無線インタフェースを接続し,それぞれの計測ノードに対して同時にTCPによる帯域測定を行った場合であり,右側が1台の計測ノードの異なるインタフェースに対して同時にTCPによる帯域測定を行った場合の結果となる.1台の計測ノードにインタフェースを集積した場合の速度低下は,インタフェースがそれぞれ2/3/4個の際に,1%/9%/7%となった.

同一計測ノードへのインタフェース集積による影響 Impact of interface integration on the same measurement node.
図6 同一計測ノードへのインタフェース集積による影響
Fig. 6 Impact of interface integration on the same measurement node.

この結果から,台数にかかわらず,同時に計測する無線LANインタフェースが増加するほど速度が低下する傾向にあることと,複数台の計測ノードにおいて一つずつインタフェースを使う場合に比べて,1台の計測ノードに複数の無線インタフェースを接続した場合のほうが合計のスループットが若干低下するということが分かった.USB無線LANインタフェースを複数台接続し,うち一つのインタフェースでのみ計測した場合の速度低下については19%であったが,実際にそれらのインタフェースを使用して計測した場合の速度低下は7%に緩和されている.

5.3 教室でのフィールドテスト

本システムの実証実験として,実際にオンライン配信で使用する教室での試験計測を行った.他の無線クライアントによる影響を可能なかぎり排除するため,教室棟すべてが施錠される時間帯において実施した.

図7に試験計測を行った部屋の寸法と無線基地局の設置場所を示す.この部屋は通常時160人定員の部屋であり,現在は感染症対策のために80人定員で使用している.教室の中央付近に計測ノードを配置し,定員と同じく80個の無線LAN計測インタフェースを使用し,TCPでの計測を行った.計測ノードあたりの無線LANインタフェースは5個であるため,16台の計測ノードを使用して80個のクライアントで計測を行った(図8).

評価に使用した教室 Room dimensions and Wi-Fi station location.
図7 評価に使用した教室
Fig. 7 Room dimensions and Wi-Fi station location.
フィールド試験の様子 Field test.
図8 フィールド試験の様子
Fig. 8 Field test.

測定対象の無線基地局はAruba製AP-515であり,802.11a/b/g/n/ac/axに対応している.周波数帯については2.4 GHzおよび5 GHzに対応しており,独自の判断基準により接続してきたクライアントに対して2.4 GHz帯および5 GHz帯にそれぞれに分散して割り振る.クライアントが割り当てられた周波数帯が変わることによって測定への影響がでることを防ぐため,2.4 GHz帯の無線については基地局側で停止し,5 GHz帯のみで測定を行った.無線基地局は図7に記載されているもののほかに近隣に基地局が1台あったが,実験期間を通じて,全クライアントが室内にある基地局に対してのみ接続されていた.また,2台の無線基地局において5 GHzのチャネルは重複なく設定されており,基地局同士による電波的な干渉はないと考えられる.

計測時のネットワーク環境を図9に示す.無線基地局はコントローラ制御のもので,建物に設置のフロアスイッチに1000Base-Tで接続されている.無線基地局コントローラと計測ターゲットはサーバルームに設置されており,無線基地局からのトラフィックは無線基地局コントローラを介して計測ターゲットまで届く.無線基地局コントローラは10GBase-LR,計測ターゲットは1000Base-Tで上流と接続されている.計測を実施した建物からサーバルームへは構内ネットワークを経由するが,最も遅いリンクで1 Gbpsで接続されており,基地局から無線基地局コントローラを通り計測ターゲットに至るまで最低でも1 Gbpsでの有線接続となっている.計測を実施した建物のフロアスイッチに有線接続した端末から計測ターゲットまでiperf3を用いて測定したところ,930 Mbpsの速度が計測されており,実験を行う無線接続に対して十分な帯域を有していると考える.

計測時のネットワーク環境 Network environment for the field test.
図9 計測時のネットワーク環境
Fig. 9 Network environment for the field test.

計測は無線の接続方式を下記のように変えつつ,TCPでの計測を行った.

  • ・802.11ac接続チャネルボンディングなし
    (帯域幅20 MHz,使用チャネル52)
  • ・802.11ac接続チャネルボンディング×2
    (帯域幅40 MHz,使用チャネル60,64)
  • ・802.11ac接続チャネルボンディング×4
    (帯域幅80 MHz,使用チャネル124,128,132,136)
  • ・802.11n接続チャネルボンディングなし
    (帯域幅20 MHz,使用チャネル52)

なお先述のように,実験に使用した時点でのRaspberry Pi 4B内蔵の無線LANは802.11acに対応していないため,接続方式を802.11acにした場合でも802.11nで接続される.

図10が計測結果の各無線プロトコルでの比較である.各グラフの縦棒は95%信頼区間を示す.結果を見る限り,チャネルボンディングでの占有帯域に応じてスループットが増加していることが分かる.また,802.11acと802.11nの比較では,802.11acはMU-MIMOに対応しており,複数のアンテナにより下り方向の通信を同時に行えるため,速度が伸びることが予測されたが,計測結果の20 MHz帯域での結果を見る限り,802.11acと802.11nの速度には信頼区間を見る限り有意な差がみられず,802.11acにしたことによるスループットの向上は確認されなかった.

無線プロトコル別の1台あたり平均スループット(80台・各1ストリーム) Average throughput per unit by wireless protocol.
図10 無線プロトコル別の1台あたり平均スループット(80台・各1ストリーム)
Fig. 10 Average throughput per unit by wireless protocol.

図11図12がそれぞれ802.11n 20 MHzと802.11ac 80 MHzでの各クライアントの計測結果の分布である.802.11n 20 MHzでは多少の速度のばらつきがみられるものの,おおむね各クライアントで500 kbps~1.5 Mbps程度の帯域速度が計測されていることが分かる.802.11ac 80 MHzでは,802.11n 20 MHzの場合に比べて速度のばらつきが大きい.ただし,ほとんどのクライアントで1 Mbps以上の速度は出ており,ほとんどの場合で802.11n 20 MHzにおいて計測された帯域速度より高い帯域速度が観測されている.

802.11n 20 MHzでの各クライアントのスループットの分布(80台・各1ストリーム) Field Test @802.11n 20 MHz.
図11 802.11n 20 MHzでの各クライアントのスループットの分布(80台・各1ストリーム)
Fig. 11 Field Test @802.11n 20 MHz.
802.11ac80 MHzでの各クライアントのスループットの分布(80台・各1ストリーム) Field Test @802.11ac 80 MHz.
図12 802.11ac80 MHzでの各クライアントのスループットの分布(80台・各1ストリーム)
Fig. 12 Field Test @802.11ac 80 MHz.

6. 考察

評価の結果,1台のデバイスに複数の無線LANインタフェースを集積したことによる影響は10%以下にとどまることが分かった.

また,本方式による教室でのフィールドテストは実験担当者1人により実施しており,加えて実験に要した時間は機材の教室への展開を含めて2時間程度であった.文献[2]において行った実験は,同じく80台の無線クライアントによる通信試験を行っており,Zoomによるアプリケーションレイヤでの測定であることと,アプリケーションに対するUX試験を含むという違いこそあるものの,機材の教室への展開および無線設定のセットアップで1日,通信試験で1日の併せて2日間がかかり,また人員も教員・TAを含めて十数人ほど必要とした.以上のことから,本稿で提案した方式は実験に必要な機材のみならず,人的・時間的コストも大きく削減できている.

また,フィールドテストにより,今回測定を行った無線環境において下記の知見が得られた.

  • ・TCPで測定した場合,各クライアントでおおむね同等の使用帯域となること
  • ・80台の同時通信の際には,802.11n 20 MHzの場合は1台あたり約800 kbps,802.11ac 80 MHzの場合は1.6 Mbps程度の通信速度になるとどちらの場合でも,文献[5]で報告されている動画帯域への考察を鑑みると,オンライン講義などでそれほど動きの大きくない動画を受講する場合には十分な数値である
  • ・高画質で動きの大きい動画の場合は1 Mbps以上の帯域が必要となることがあるが,その場合には802.11acでチャネルボンディングをするか,文献[4]で検証されているように,基地局を追加設置しないと十分な品質が得られない場合がある

7. おわりに

本研究では,汎用のシングルボードコンピュータであるRaspberry Pi 4Bを利用した計測システムを開発し,評価を行った.本システムは多数のクライアントが接続する環境を低コストで適切にエミュレートすることができ,より多くの場所で無線LAN環境の測定・評価をする際に有用なシステムであることが確かめられた.

今後の課題として,今回は1×1 MIMOのUSBドングルにより計測サーバを実装したが,一般的なノートPCでは2×2 MIMO対応の無線デバイスが装備されている場合も多いことを鑑み,より空間ストリーム数の多い無線LANデバイスによる構成を検討したい.また,昨今は新しくWi-Fi 6(802.11ax)対応のデバイスと無線LAN環境が普及しつつあるが,現在のところUSB接続のWi-Fi 6無線LANデバイスは出回っておらず,Raspberry Piでは動作させることができない.本システムに適用可能なコンピューティングデバイスとしてはRaspberry Pi以外にも様々なデバイスが市場に出回っており,たとえばJetson nanoなどはM.2インタフェースを備えるため,M.2接続のWi-Fi 6デバイスを使用することができる.本システムはnetplanが動作するLinux環境と,ターゲットOS上で動作する無線LANデバイスがあれば使用できるため,今後はこれら他のIoTコンピューティングデバイスを使用し,Wi-Fi 6の環境においても同様の計測ができるようにシステムの拡張を行っていく予定である.

謝辞 本研究はトヨタ自動車株式会社との共同研究により実施されたものである.

参考文献
  • [1] TR-398 Wi-Fi In-Premises Performance Testing (2019).
  • [2] 石原知洋,四本裕子,角野浩史,玉造潤史,中村遼,小川剛史,相田仁,工藤知宏:教室でのオンライン講義受講のための無線接続環境評価,情報処理学会インターネットと運用技術シンポジウム論文集,第2020巻,pp.85–92 (2020).
  • [3] 浜元信州,井田寿朗,齋藤貴英,小田切貴志,綿貫明広,横山重俊:無線LAN規格による端末同時接続性能差について,情報処理学会研究報告,第2020-IOT-50巻,pp.1–8 (2020).
  • [4] 福田豊,畑瀬卓司,冨重秀樹,林豊洋:Byod環境整備に向けた無線LAN通信実験,情報処理学会論文誌,Vol.60, No.3, pp.758–767 (2019).
  • [5] Zink, M., Suh, K., Gu, Y. and Kurose, J.: Characteristics of youtube network traffic at a campus network – measurements, models, and implications, Vol.53, pp.501–514. Elsevier, Springer Berlin Heidelberg (2009).

石原 知洋sho@c.u-tokyo.ac.jp

2009年慶応義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程修了.2010年博士(政策・メディア).2009年より東京大学総合文化研究科特任助教に就任.2016年同研究科助教,2019年同研究科准教授.ドメインネームシステムおよびインターネット・無線LANの運用技術に関する研究・開発に従事.


北口 善明

1997年新潟大学自然科学研究科修士課程修了.同年(株)インテックに入社.2004年電気通信大学大学院情報システム学研究科博士課程満期退学.2005年同大学で博士号を取得.金沢大学総合メディア基盤センター助教を経て現在,東京工業大学学術国際情報センター准教授.博士(工学).ネットワークの運用管理およびIPv6の研究に従事.電子情報通信学会,ACM,IEEE各会員.


阿部 博

トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー コネクティッド先行開発部InfoTech E2Eコンピューティンググループ主幹/シニアリサーチャー/博士(情報科学).


金子 直矢

トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー コネクティッド先行開発部InfoTech E2Eコンピューティンググループ主任/リサーチャー.

受付日2020年8月25日
再受付日 2020年11月9日
採録日 2021年4月12日

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