会誌「情報処理」Vol.62 No.8(Aug. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

顔認識によるデジタルマーケティングの実用化~価値あるデータを未来につなぐ~

島田 慧1

1(株)BCC 

近年,DXに向けた社会的な取り組みが加速していく中,新たなITサービスの創出においては,AI・IoTなど先端技術の利活用は必要不可欠である.本稿は,現場発信のアイデアが,お客様の真の課題やニーズの発掘を経て,新たなサービスに発展するまでの取り組みを紹介する. 特に,当初企画したオンプレミス型のサービス設計が,お客様とのビジネスPoCを通じてクラウド型のサービスに変化するまでのプロセスを詳しく解説する.

※本稿はNECユーザ会2020年度優秀論文受賞論文です.
※本稿の著作権は著者に帰属します.

1.現場発信のアイデアとお客様の課題

1.1 本稿の主題

弊社は地場に根付く地域密着型のIT企業として,創業以来53年の長きに渡り多数のお客様にご愛顧をいただいている.

官公庁/民間企業/医療など,さまざまな業種のお客様に長年支えていただき培った業務ノウハウを強みとし,お客様の課題解決に向けて真摯に取り組んできた.

しかし,手軽で便利なクラウドサービスの台頭や普及によって,大規模システム開発案件の減少や激しい価格競争,各種の業務システムにおける競合他社との差別化が大きな課題となっており,もはや変革の時を迎えていると言える.

本稿では,AIおよびIoT技術の活用をテーマにお客様の課題を発掘し,新たなサービスに発展するまでに至ったプロセスをご紹介する.

1.2 取り組みの背景

近年,あらゆるIT企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に注目しており,盛んに取り組みを行っている.

弊社も2013年に新技術を研究開発する専門部署を設立し,毎年の定例イベントとして新規サービスの創出および既存サービスや業務システムの価値向上をテーマとした社内イノベーションコンテストを開催するなど,DXに向けた取り組みを継続してきた.

そして,2017年7月には,「NEC the WISE」をはじめとしたNECの強みであるサービスプラットフォーム領域の先端技術と,弊社の持つ業務・運用ノウハウを活かした新たなビジネススタイルを構築するための「AI・IoT共創アイデアソン」を実施した(図1).

「AI・IoT共創アイデアソン」全体像
図1 「AI・IoT共創アイデアソン」全体像

各業務チームが精力的にアイデア検討を行った結果,総数45件の応募があり,筆者の所属する公共図書館向けシステムの業務チームからも3件のアイデアを応募した.本稿で述べる取り組みの,出発点と言える出来事である.

1.3 筆者を取り巻く環境のご説明

取り組みの詳細をご紹介する前に,弊社と公共図書館そして筆者の関係性を整理する.

弊社は,公共図書館向けのシステム導入および運用保守サービスにも特に注力しており,福岡県/大分県/佐賀県の3県に渡って45団体の図書館にご愛顧をいただいている.

特に福岡県内での導入シェアはNo.1の実績を有し,業務運営に携わる公共図書館業務チームには10年以上の業務経験を持つ担当者が多数在籍している.

1.4 公共図書館向けのサービス検討とマーケティングの実施

アイデアの検討にあたっては,公共図書館業務チーム内の各担当者の知見を発想の軸に,アイデア整理シート(図2)とコンセプトシート(図3)を活用して協議を重ねた.

アイデア整理シート
図2 アイデア整理シート
コンセプトシート
図3 コンセプトシート

アイデア検討の方針を「公共図書館の課題を解決する新しいサービス」と決定し,まずお客様の課題を整理した.この点では業務経験に基づく共通認識から,公共図書館の課題を3件定義し,それを解決するアイデアを創出した(表1).

表1 公共図書館の課題定義と対応するアイデア
公共図書館の課題定義と対応するアイデア

上記を事業可能性の観点で評価いただいた結果,我々が提出したアイデアはいずれも高い評価を受けたため,引き続きアイデアの実現に向けて検討を行うこととした.

検討については,NEC・BCC共同で議論を重ね,さらにお客様のご意見も参考とするため,福岡県/大分県/佐賀県内のパークユーザである18館の公共図書館にヒアリングを実施することとした.

ヒアリングにあたっては,NEC・BCC業務チームメンバ・BCC営業担当者をバランスよく配置したヒアリングチームを4組編成して実施し,今回持ち込んだアイデアそのものに固執することなく,お客様の話に真摯に耳を傾けることを,全担当者の心がけとした.

約2週間のヒアリングを終え,図書館側からは貴重なご意見を多数いただいた.ヒアリング結果のサマリーを表2に示す.

表2 ヒアリング結果サマリー
ヒアリング結果サマリー

表2からも読み取れるように,公共図書館における最重要課題は利用率の向上(来館数と貸出冊数の向上)であることが分かった.

背景としては,近年の図書館を取り巻く環境では利用者離れが深刻化しており,どの図書館においても選書の工夫や利用者向けのイベントを企画するなど,利用率向上に向けたさまざまな取り組みを行っている状況がある.

もちろん,公共図書館におかれる背景およびお客様の取り組みは,以前から認識していたが,我々がアイデアとして挙げたテーマが業務効率改善に偏っていたことを鑑みると,認識が甘かった.

本ヒアリング最大の成果は,公共図書館が利用率向上に向けたターゲット分析や施策検討を行うにあたって「具体的な指標に基づいた評価が難しい」という真の課題を抽出できたことである.

2.お客様の課題解決に向けたサービス設計

お客様へのヒアリング結果から,先端技術である顔認証技術を公共図書館向けのサービスとして採用できる可能性があることが分かった.

そこで,特に公共図書館の関心が高かった「顔認証技術を活用した来館者傾向の分析」について,NEC製品『画像による人物像分析システム「FieldAnalyst for Gate」』を軸とする「データ分析&コンサルティングサービス」の可能性を検討していくこととした.

2.1 「FieldAnalyst for Gate」について

NEC製品「FieldAnalyst for Gate」とは,機器とアプリケーションが一体となったオンプレミス型の製品だ.主たる機能は下記の3点で,サービス化に向けて必要と考えた機能がすべて搭載されている.

  • ①人物の「顔」をAIが検出し,動きを「追跡」する機能
  • ②人物の「顔」をAIが解析し,属性情報(年齢,性別,笑顔度)を推定する機能
  • ③属性情報を蓄積し,表やグラフで可視化する機能

この仕組みを公共図書館に導入することで,現状では記録や可視化が困難な“来館者数”を実態として把握することができる.そして,弊社の業務担当者が来館者データを分析し,改善に向けたご提案(コンサルティング)をレポートとして提供することで,ヒアリングを行った多くのお客様の課題解決に向けた支援が可能となると考えた.

このときに描いたサービス像(ビジネス共創像)を図4に示す.

来館者分析を軸としたコンサルティングサービスの全体像
図4 来館者分析を軸としたコンサルティングサービスの全体像

2.2 サービス実証に向けたビジネスPoC

サービスの全体像および役割分担をNEC・BCC間で協議していく中で,本サービスがビジネスとして成立することを検証するために,ビジネスPoC(Proof of Concept:サービス概念の実証実験)が必要であると考えた.

早速,ヒアリングの際に特に熱意を感じた複合型総合施設内の公共図書館にご相談したところ,快くご賛同いただき,検証を実施することとなった.

サービス完成後に顧客環境でのテストを行うことが一般的であるのに対し,横展開を想定したサービスの開発時点で,お客様に検証に加わっていただいたことも今回の取り組みの特徴である.

お客様先でのPoC実施にあたっては,ビジネスモデルの検証に加え,本サービスがお客様の課題解決に有効であることを実証することがきわめて重要であると考え,実施計画を立てた(表3).

表3 PoC実施計画
PoC実施計画

2.3 ビジネスPoC中の試行錯誤と工夫

検証中,最も苦労したことは,カメラ画像の質をいかに向上させるかについてである.この画像の質が顔認識の精度,つまり属性推定の可否や精度を左右する重要な要素となる.

PoC実施前に社内で十分な検証を行い,カメラやシステムのチューニングについて習熟した上で検証に臨んだのだが,本番環境の“外光”は想定以上の悪影響を及ぼした.

PoC環境では建物の2階から1階入口の自動扉を見下ろす形でカメラを設置したため,扉の先は屋外の立地である.屋外では当然のことながら,天候や時間帯によって外光の量が常に変化する.この際,状況によっては逆光で人物の顔が識別しづらくなることがあり,顔認識システムにおける認識精度も多大な影響を受けてしまうのだ.

カメラ設置状況と撮影画像イメージを図5に掲載するが,晴れた日の午前中に来館された白い服を着た人物が,逆光でほとんど黒くなってしまっており,この状態ではシステムが顔を認識することができない.

PoC1日目(カメラ設置日)の天候はたまたま曇りであり,設置日の動作確認テストにおいては正常に顔認識ができたため,この問題に気づかなかった.

PoCカメラ設置の状況と撮影画像イメージ
図5 PoCカメラ設置の状況と撮影画像イメージ

この課題に対し,いかに光と向き合うかという観点で試行錯誤を重ねた結果,3つの対策で解決に至った.

  • 外光の影響に関する対策
  • ①特に反射が強い場所(床)に黒系統のマットを敷く(点字ブロックへの配慮は課題)
  • ②カメラの各種チューニング(特に露出設定を見直し)によって光に対処する
  • ③顔認識位置(黄色の点線枠)を室内側に寄せて,屋外を直接撮影しないようにする

対策後の画像を図6に示す.

対策実施後の撮影画像イメージ
図6 対策実施後の撮影画像イメージ

撮影時の天候や時間帯は前頁の図5と同様に晴れた日の午前中であるが,画質が向上していることが分かる.

また,顔認識位置(黄色の点線枠)を変更したことで光の影響を受けにくくなった.

2.4 ビジネスPoCにおける成果

2.4.1 総合施設が把握している来館者数よりも実際の来館者数の方が多い:評価○

PoC期間中にシステムで取得した来館者数は約6,000人であったのに対し,総合施設で把握していた同期間の来館者数は約2,000人であった.

約3倍のギャップがあるが,総合施設では施設の利用申請やイベント参加記録を元に集計を行っており,休憩スペースや図書館に滞在されただけの方の記録は総合施設に残ることがないからだ.

したがって,本検証項目に挙げた仮説は正しく,当該総合施設の真の利用価値は記録として残る数字の3倍ほど高いと言える.

2.4.2 総合施設全体の来館者数と同建物内の図書館来館者数には関係性がある:評価○

総合施設への来館者数と図書館への来館者数(ICゲート通過数)は同じ推移を示しており,相関が強いことが分かった.

具体的には総合施設の来館者の内,平日で約30%,休日で約40%の方が図書館にも来館しており,図書館への来館者の50%は書籍の貸出を受けていることが分かった.

2.4.3 来館者傾向を分析し,ターゲット層の誘致に有効な施策が立案できる:評価○

取得した来館者データを分析し,下記2件の改善施策を提案した.

  • (1)総合施設でイベントを開催した日は,建物への来館者数が通常時の1.2倍から1.6倍まで増加するが,図書館の利用率増加につながっていない.
    イベント開催場所付近に,イベントテーマに関連する本の紹介を掲示することで,参加者を図書館に誘導することが可能なはずである.
  • (2)休日は建物への男性来館数が増加するが,図書館への男性来館数増加につながっていない.
    休日の建物入口付近に,男性向けの趣味に関する本の紹介を掲示することで,建物に来館した男性層を図書館に誘導することが可能なはずである.

2.5 ビジネスPoCの振り返り

2.5.1 ビジネスモデルおよびサービスの有効性について

PoCの実施報告として,お客様に分析レポート(図7)を基とした報告と提案を行い,サービスの有効性について高くご評価いただいた.

分析レポートのイメージ
図7 分析レポートのイメージ
分析レポートの内容
  • 総合施設への来館者数の合計
  • 総合施設への来館者数および図書館来館者数の推移と貸出冊数の関係性
  • 属性推定結果(年齢,性別)の比率分布および傾向
  • 時間帯,曜日ごとの性別来館比
  • 時間帯,曜日ごとの年代別来館比
  • イベント開催が来館者数に与える効果
  • 傾向から見える改善施策
サービスの有効性
  • (1)「FieldAnalyst for Gate」を活用して,来館者の属性情報を可視化する仕組みは,施設の運営観点で質の高い情報を得られる.
  • (2)来館者の属性情報を改善視点で分析すると,課題(伸びしろ)と改善施策の立案が可能であり,有識者の分析によるコンサルティングサービスのニーズも高い.
2.5.2 汎用サービス化するためのビジネス課題

本PoCにおいては,「FieldAnalyst for Gate」を前提とするサービス像を描き,検証を行ったが,オンプレミス型製品の機器導入は,ユーザにとってコスト負担が大きく,サービス提供者の運用負担も高いことが分かった.

したがって,本サービスを広くビジネス展開していくためには,導入コスト,運用コストの面からもクラウド利用を軸としたサービスの構築が重要であると結論づけた.

この点は,これまでに取り組んできた課題とは性質が異なり,解決には時間を要することが明らかであったため,NECに人物属性情報推定機能のクラウド化検討を依頼し,BCCは本サービスの他業種での利用価値について,引き続き検討とアプローチを行うことを今後の課題とした.

3.サービスのクラウド化に向けて

3.1 プロジェクト再始動における転機

前回のビジネスPoCから1年経った2019年4月に,NECから「FieldAnalyst for Gate」の機能をクラウド化したサービス「NeoFace Cloud Type F(属性推定型)」について情報提供があった.まさに前回取り組みの際に挙げた課題解決に直結する吉報であり,NECとBCCで新事業を定義し,必要なサービスの共創を合意することで,取り組みが再び加速した.

3.2 サービス開発における課題と解決に向けた取り組み

クラウド型の来場者分析サービス開発に向けて「NeoFace Cloud Type F」の仕様を確認すると,弊社にとっての大きな課題に直面した.

繰り返しになるが,前身となるNEC製品「FieldAnalyst for Gate」には大きく分けて下記3つの機能がある.

  • (1)人物の「顔」をAIが検出し,動きを「追跡」する機能
  • (2)人物の「顔」をAIが解析し,属性情報(年齢,性別,笑顔度)を推定する機能
  • (3)属性情報(以降,来場者データと呼ぶ)を蓄積し,表やグラフで可視化する機能

「NeoFace Cloud Type F」は顔を分析する観点で優れたエンジンであるが,(2)の機能に特化した汎用サービスの位置づけであるため,マーケットに組み込むためにはユーザインタフェースのフロントとなる機能(1)と(3)を自社で開発する必要がある.

また,開発したサービスをSMB領域のユーザに安価で提供し,導入と運用の両面でユーザに負担をかけないプロセス構築が最も重要であると考えた.

以下に,開発プロジェクト立ち上げ時の課題と解決に向けた取り組みについて述べる.

課題1.サービス像の定義と開発領域の明確化

まず,サービス全体像について,以下をあるべき姿と想定し協議を重ねた.

  • (1)導入作業が容易であること
  • (2)安定した運用が行えること
  • (3)低コストで利用できること

特に,BCC開発領域のアプリケーションとNEC「NeoFace Cloud」のIF機能を汎用化する仕組みについては,NEC・BCC双方で十分に協議を重ねた上で仕様を決定し,NEC側にも機能拡張を要望した(図8).

サービス全体構成図および開発領域
図8 サービス全体構成図および開発領域

従来は,上記内容を1社で単独開発することが一般的であったが,新たなビジネスモデルを定義した上で「新事業共創」と「技術の分担開発」を推進することが,短期間かつ低コストで開発を行う最適手段であることを定め,その実現性をNEC・BCC双方で検討し,合意した.

課題2.開発予算をいかにして獲得するか

これまでの取り組みから,本サービスのニーズの高さと将来性・発展性には確信があったため,サービス像の明確化,ビジネスマーケット分析および収益回収のモデルを経営層に具体的に示し,開発投資について承認いただいた.

開発着手前に挙がった課題を以上のように解決し,本サービスの開発プロジェクトに着手した.

4.新たなサービスのあるべき姿について

設計したサービス全体像を前提に,試行錯誤と工夫を凝らしながらサービス基盤の構築とアプリケーションの開発を進めた.

本章では,AI領域(顔認識)とBI領域(データ可視化・分析)のアプリケーション開発時の工夫や,PoCを元に得た知見から,サービスとしての「あるべき姿」を再定義し,完成形まで導いた取り組みについてご紹介する.

4.1 AI(顔認識)アプリケーションについて

「顔」の認識機能と追跡機能を実装し「NeoFace Cloud Type F」と連携して評価を行ったところ,期待していた結果が出ていないことに気がついた.

原因を追っていくと,同じ人物の顔でも光のあたり具合や顔の角度によって,性別や年齢の推定結果にバラつきが生じていることが判明した.この問題を解決するために,開発チームで議論を重ねた結果,新たな方式として「多数決ロジック」を採用することとした.

ロジックイメージを図9に示すが,まず1人の人物の顔画像を6枚並べた1枚の画像を生成する.この画像を元に属性推定を行うと,1人の人物に関する6種の推定結果を得ることができる.この推定結果からは,バラつきはあっても傾向を捉えることが可能であるため,複数の推定結果を集計評価することで,光のあたり具合や顔の角度による推定値のゆらぎを鑑みた最適値の選択が可能となるのだ.

属性推定の新方式「多数決ロジック」
図9 属性推定の新方式「多数決ロジック」

この仕組みで推定精度が大きく向上したが,注意しておきたいのは「NeoFace Cloud Type F」は人物の実性別や実年齢を当てるものではなく,あくまで受け取った顔画像を元に属性を推定する仕組みである.したがって,我々の施策は「NeoFace Cloud Type F」の属性推定精度そのものに変化をもたらすものではなく,NECの優れた顔認識技術のパフォーマンスを最大限に利活用するための工夫に過ぎない,という点は非常に重要である.

4.2 BI(可視化)アプリケーションについて

前身となるNEC製品「FieldAnalyst for Gate」にも,表やグラフで来場者データを可視化するアプリケーションが付属していたため,仕様検討にあたって参考としたが,同製品はオンプレミス型であることから,可視化アプリケーションの利用は設置した機器上に限定されるものであった.本サービスのあるべき姿として,可視化アプリケーションをWeb化することで,いつでも,どこからでも分析できる仕組みが,利用者の利便性をさらに向上させると考え,仕様の前提条件とした.

4.3 クラウド利用を前提としたPoC

本プロジェクトにおいては,前回の取り組みと同様に,開発と並行したビジネスPoCが重要であると考え,某県某市主催の市民向けイベントにて利用検証を実施した.

本PoCの実施計画および検証項目を表4に,実施環境を図10に示す.

表4 PoCの実施計画
PoCの実施計画
PoC実施環境
図10 PoC実施環境

4.4 クラウド利用を前提としたPoCの成果

1日間の短期検証であったが,AI領域,BI領域のいずれにおいても目的としていた検証と課題抽出が完了し,有益な結果が得られた.詳細を下記のとおり整理する.

4.4.1 開発したアプリケーションが想定とおりに機能すること:評価○
  • (1)AI領域(顔認識,属性推定)について
    顔認識に関する基本機能に問題がないことおよびNEC「NeoFace Cloud Type F」との連携が想定とおり行えていることを確認した.
  • (2)BI領域(データの可視化)について
    データの蓄積と可視化に関する基本機能に問題がないことを確認した.
4.4.2 データを分析し,イベント運営に有効な施策を立案:評価△(課題あり)

1日間のみ収集した来場者データを時系列的に可視化するだけでは,有効な課題分析と施策立案は難しい状況であった.

しかし,関係者内で協議を重ねる内に,これは収集したデータ期間や量の問題ではなく,このサービスの本質として「来場者データのみでは分析観点が不足している」ということに気がついた.つまり,来場者データに何か別の要素を加えて複合的に分析を行う仕掛けがなければ,利用者に有効な気づきを与えることはできないということだ.

この気づきが本サービスの方向性を決定づけ,BIツールとしての側面に注力した改善を行う方針とした.

4.5 BI機能の工夫について

まず,これまでに得た知見を基に,本サービスのBI機能のあるべき姿を整理した.

  • (1)いつでも,どこでも使えること(BI機能をWeb化)
  • (2)今起きていること,知りたいことがすぐに分かること(ダッシュボードで見える化)
  • (3)これからすべきことを“気づき”として与えてくれること(複合的な分析機能を提供)

あるべき姿(1)と(2)はすでに実装が完了しているため,(3)に関する対応が課題である.

仕様化に向けた検討にあたっては「来場者データとどんなデータを組み合わせれば有効な可視化が行えるのか」,「利用者は何を知りたいのか」について,数日に渡り議論を重ねたが,答えを1つに絞ることはできなかった.しかし,結果的にそれが答えであった.

つまり,組み合わせるデータを限定することなく,汎用化したIFによって利用者自身で任意のデータを取り込む機能を提供することで,目的に沿った情報をいつでも付加できる仕組みが最適であるという結論だ.

この発想から,取り組みの発端となった図書館業種以外にもサービス提供が行える可能性が飛躍的に広がった.利用者はどんな業種や職種,立場であっても,来場者データと関連付けたいデータを自由に組み合わせて分析できるのである.

また,来場者データは言わば受け身的なデータであるため,組み合わせるデータは日々の目標来場者数でもよい.インプットした目標値と蓄積された来場者データを実績として比較することで,運営状況や課題を日々捉えることが可能となる.

しかし,自由度の高さと不自由さは表裏一体でもあり,利用者の視点やスキルが千差万別である以上,工夫が必要だと考えた.そこで,データやグラフの集合を目的ごとに「モード」と呼称し,区別することにした.たとえば,来場者データの変化や実績をシンプルに確認するモードもあれば,他のデータを取り込み,複合的な分析を可能とするモードをあらかじめ準備しておき,利用者は目的に応じたモードを選択するというものだ.

本仕様(図11)は,今後の利用において市場の変化や新業種,新領域への提案の際にも,ニーズに沿った分析モードを提供できると考えている.

分析モードの仕様概念図
図11 分析モードの仕様概念図

以上のように実装方針を固め,関係者間で合意することで,開発は順調に進んだ.

4.6 BI機能の完成

サービス着想から約3年,お客様や関係者知見の集大成と言えるBI機能が完成した.

今回の開発では分析モードを2種準備したため,それぞれの画面と工夫した点を説明する.

4.6.1 来場者分析モード(図12

あるべき姿とした「今起きていること,知りたいことがすぐに分かる」をコンセプトにシンプルなデザインとした.利用者は画面にアクセスするだけで,知りたい情報をいつでも気軽に得ることができる.

「来場者分析モード」画面
図12 「来場者分析モード」画面

また,分析を支援する機能として,その日の出来事を登録しておく「コメント登録機能(図13)」と,年齢層を任意の名称でグルーピングする「年齢カテゴリ名設定機能(図14)」を準備した.日々コメントを登録することで,イベント開催時の効果測定に有効なほか,ターゲット層の集客状況を見える化することで,運営効率化の一助となることを期待している.

「コメント登録機能」
図13 「コメント登録機能」
「年齢カテゴリ名設定機能」
図14 「年齢カテゴリ名設定機能」
4.6.2 比較分析モード(図15

来場者データに,利用者が任意にインポートしたデータを重ねて表示する.

「比較分析モード」画面
図15 「比較分析モード」画面

あるべき姿とした「これからすべきことを気づきとして与えてくれる」をコンセプトにデザインした.

来場者データとインポートした任意のデータ(集客目標値や販売実績など)のギャップを「課題」と捉えることで,伸びしろやターゲットが一目瞭然となる.

特に右下のピラミッドグラフでは,年齢カテゴリごとにフィルタをかけて分析をできるように工夫したため,ターゲットとする性別・年齢層のみのデータ推移を確認することも可能だ.

データの組合せ方次第でさまざまな気づきが得られるものと考えている.

4.7 サービス開発の完了

図16の構成で完成させた本サービスを,我々は「視来(みらい)」と名付けた.

来場者分析サービス「視来(みらい)」構成図
図16 来場者分析サービス「視来(みらい)」構成図

「“来”場者の状況を“視”える化する」という文字とおりの意味も含むが,本サービスが利用者の“価値ある未来”につながるよう期待と願いを込めている.

サービスの特徴として,カメラを設置した前提ではあるが,利用現場での導入設定作業が1日程度で完了する手軽さと,クラウドサービスとしてNECの先端技術を安価に利用できることが最大のメリットだと考えている.

特に,クラウドサービスならではの「この日だけ」や「この期間だけ」というスポット利用も可能であるため,イベントシーンでの利活用も推進していきたい.

5.導入実績と現状について

2019年,某市公共図書館システムの刷新案件で弊社に提案の機会があり,関係各所のご協力と兼ねてからの取り組みによって無事受注に至ったが,本サービスについてもシステムの付加価値の位置づけで提案し,採用が決まった.

お客様環境での利用準備が整い,2020年4月の開館を予定していたが,目前で発生した新型コロナウイルスの影響で,サービス導入予定の公共図書館もしばらく休館することが決まった.

現時点で利用促進に向けたPDCAサイクルを回せていない状況ではあるが,待つばかりではなく,今後のビジネス拡大を目標に,弊社内の他業務部署や関係各社向けに本サービスのご紹介やデモンストレーションをテレビ会議形式で実施している.すでに製品に関するお問合せも多数頂いており,嬉しいことに2カ所目の導入先もすでに決定した.

こちらは図書館と性質が異なる施設であるため,新しい知見が得られることと大いに期待している.

また,アフターコロナと言われる,今後の新しい生活様式に向けて何ができるかについても,早急に検討を進めていく必要があると考えている.

6.今後の展望

今回の活動を通じて,お客様の現場で多くの経験を積むことで,お客様とともに成長を続けられる喜びを感じた.

また,この活動を強固なものにし,DXサービスをさらに加速させるためには,顧客が製品やサービスを利用することで生み出される“体験”にこそ価値の源泉があり,その体験の質を高めることに企業は注力すべきだという「CX(カスタマー・エクスペリエンス:顧客体験)」の考え方も重要だと考えている.

今後は,顧客動向の可視化に加え, 効果的な施策を打つために,当社の既存サービスである「SNS分析」「AIチャットボットサービス」「デジタルサイネージ」を接続することで貯まったデータをタイムリーに活用し,サービス導入からその効果測定,評価までを一気通貫できるサービス(図17)の構築を目指したいと考えている.

DX + CXを目指したロードマップ
図17 DX + CXを目指したロードマップ

7.総括

今回,2017年のアイデアソンを発端とした,約3年におよぶ取り組みをご紹介した.振り返ってみると,トライ&エラーの連続でけっして順調とは言えなかったが,現場のアイデア発信から始まった取り組みが,お客様や関係者様のご協力によって発展性もある汎用サービスとして成就し,今後に向けて多くのご期待をいただけるまでになったことは大変嬉しく思う.

この取り組みにあたって,当初オンプレミス製品を軸としたサービスが次第に変化し,クラウドサービスに新たな価値を見出すことができたことから,何事もやってみなければ分からないということを強く感じた.「下手な鉄砲も数撃てば」ではないが,失敗を恐れずチャレンジ精神を持つことは大変重要であると学んだ.

最後になるが,長期に渡ってご支援ご協力を賜ったNEC,そしてPoCにご協力をいただいた公共図書館に深く感謝を申し上げる.

参考文献
島田 慧
島田 慧(非会員)shimada@bcc-net.co.jp

2006年3月 九州東海大学応用情報学部情報システム学科卒業.2006年4月(株)BCC入社.官公庁自治体向けシステム開発・運用に従事.2017年4月 IoT・AIを活用した業務改善,システム開発に従事.

採録決定:2021年4月14日
編集担当:斎藤彰宏(日本アイ・ビー・エム(株))

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