会誌「情報処理」Vol.62 No.8(Aug. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

「快適な運用管理を支えるインターネットと運用技術」特集について

敷田幹文1  中村 豊2

1高知工科大学  2九州工業大学 

1.インターネットと情報システム運用技術の進化

近年はクラウドサービスの普及に伴って,これまで以上に大規模な情報システムに集中化が進み,システム提供側の運用管理者は負担が増大しております.

大規模な情報システムの構築にはコンテナ仮想化やそのオーケストレーション技術を用いて運用作業の自動化が進められています.また,サービスを行うソフトウェアの開発やデプロイメント(展開)に関しても,継続的インテグレーション(CI)や継続的デリバリー(CD)を行って運用管理作業を自動化・効率化する手法が用いられるようになってきました.これらの技術によって運用者の労力が軽減されつつありますが,スケーラブルな技術を用いてさらに大規模になったシステムを運用するために,基盤システムの運用に携わる提供側運用管理者の負担は今なお高い状況です.

このように変化の著しいインターネットや大規模情報システムの運用技術に関する研究を推進するために,本会 分散システム/インターネット運用技術研究会(DSM研究会)と高品質インターネット研究会(QAI研究会)が2008年に統合されて,インターネットと運用技術研究会(Internet and Operation Technology:IOT研究会)が発足し,2013年にシステム評価研究会(EVA研究会)と統合されて,現在に至ります.IOT研究会は,多くの組織が抱えるネットワークの構築・運用技術に関する技術的な課題,コンピュータやネットワークのさまざまな利用方法,インターネット上の通信を安定かつ確実に行うための通信方式の研究およびネットワーク構築技術の研究に関する幅広い研究発表の場となっています.

また,IOT研究会では,従来から計算機・ネットワーク運用技術に関する優れた実践的研究を高く評価し,それらを論文化したり国際的に発表したりすることを推奨してきました.計算機やネットワーク運用上のベストプラクティスに関する研究発表に対する藤村記念ベストプラクティス賞を2015年度に創設し,デジタルプラクティスへも推薦論文として投稿を促してきました.そして論文誌トランザクションデジタルプラクティスの新設に伴い,IOT研究会が中心となって今回の特集の企画・編集を行いました.

本特集では,インターネットや大規模情報システムの運用管理を効率化し,利用者だけでなく提供側も快適に運用管理を行うための実践的技術に焦点を当て,これからの情報通信基盤の構築および活用に向けた最新の実証研究,開発,実験,運用等に関するプラクティス論文を掲載します.

2.本特集の論文について

本特集は3編の招待論文と2編の投稿論文を掲載します.まず,招待論文としては以下の各立場からのプラクティス論文を投稿いただきました.

藤村氏の招待論文「大学における情報環境整備の重要性と課題」では,大学における最近の情報環境整備について,九州大学における取り組みを,情報統括本部の設立からその後の活動について,筆者が直接かかわった活動について述べられている.具体的には,ソフトウェアの包括契約,電子メール,認証基盤,教育情報システム,PC必携化(BYOD),遠隔講義システム,Web学習支援システム,教育データの利活用,クラウドの活用,最後にISMS取得について述べており,これらを通して大学における情報環境の歴史的な経緯,現状,問題点,今後の課題等について論述している.

坂下氏の招待論文「マルチコンテナオーケストレーションを用いた大規模コンテナ環境の設計と運用」では,年々増加するコンテナおよびコンテナの実行環境を管理するために,Kubernetesを使いKubernetesを管理するKaaSを開発し,2年4カ月運用してきた結果からその有用性を述べている.ヤフーでは,2020年12月時点ではコンテナ数が約204,980個,User Kubernetes数が約860クラスタへと成長した大規模コンテナ環境を25人のKaaS管理者にて管理しているが,この大規模コンテナ環境により,コンテナ化したアプリケーションを多数運用できるようになったことで,コンテナ化せずVM(Virtual Machine)上で稼働させたと仮定した場合と比較し,コンピュート・ネットワークは約86.4%の集約効果があったと論述している.

松本氏らの招待論文「コンテナを利用した実行環境の変化に素早く適応できる恒常性を持つシステムアーキテクチャの設計と実装」では,特別な専門知識を持たない個人でも利用できることを目的に,WebアプリケーションへのHTTPリクエストごとに,コンテナの起動,起動時間,起動数,および,リソース割り当てを反応的に決定する,テナントの状態の変化に素早く適応できる恒常性を持つ汎用的なシステムアーキテクチャの設計と実装について述べている.このアーキテクチャにより,アクセス集中時にはコンテナがHTTPリクエストを契機に,あらかじめlistenの直前のプロセス状態にイメージ化されたコンテナを,アクセス状況に応じて複製・破棄することで,サービス利用者が意識することなく迅速に自動的な負荷分散が可能となる.さらに,HTTPリクエストが送られてこないコンテナは一定期間で破棄されることにより,収容効率を高め,ライブラリが更新された場合には常に新しい状態へと更新される頻度が高くなる.この提案アーキテクチャをプロトタイプのシステムに実装し,負荷分散の性能やHTTPリクエスト単位での状態変更処理の性能について評価して,実運用上の観点から有用であることを示している.

また,以下2本の投稿論文を採録しました.

石原氏らによる「IoTコンピューティングデバイスを用いた低コストな無線LAN環境計測システム」では,低いコストで実環境での無線LAN環境の評価を行うため,安価なコンピューティングデバイスを計測デバイスとして採用した,多数の無線クライアント接続による無線LAN環境の評価を行う計測システムの開発について述べている.現在,学校において感染症対策の要請から,対面授業,オンライン講義,オンラインと対面を同時に行うハイブリッド型の授業などさまざまな形態の授業が混合して実施されており,キャンパス内の教室で無線LANを使用してオンライン講義を受ける状況が存在している.複数の学生が教室で同時にオンラインの講義を受講する場合には,その場所の無線LANインフラに十分なキャパシティが必要となるが,一般的にキャンパスの無線LAN整備においては,キャパシティ設計は機器のカタログスペックや電波シミュレーションを元に行われ,実際に多数の学生が同時接続をした場合に,十分なクオリティで通信を行うことができるかは未知数である場合が多いが,本システムにより,無線LAN環境に対し,コストを抑えつつ実環境に近い状態での計測が可能となることを論述している.

今野氏らによる「時系列障害原因分析による推論QoS規則導出手法」では,近年顕著である時系列監視データベースのインメモリへの移行動向に適した,実時間で動作可能な事例ベース推論と時系列形状ベースの障害原因分析に基づいたイベント駆動型の推論QoS監視規則生成手法を提案している.クラウド環境におけるQoS(Quality of Service)保証はサービス利用者と提供者の両者に共通する重要な課題であり,特に障害発生時の運用作業においては調査時間も限られ運用者の介在による遅延も発生し,即時の障害復旧には運用業務の自動化が不可欠であるのに対し,本提案手法の適用により,障害発生時の即時の暫定的復旧対応に加え,再発防止に向けた障害原因特定および恒久的対処の自動化を目的としている.本提案手法は評価実験にて,従来の時系列クラスタリング手法と比較して同等の高適合率を保ちつつ,実時間で高速に動作する障害原因分析性能を示しており,また現実的障害環境下での即時の自律復旧対策による有用性も示している.

3.今後に向けて

最後に,本特集を企画する機会を与えていただくとともに,その実施にご尽力,ご支援いただいた学会関係者各位に感謝いたします.また,それぞれの立場でのこれまでの実践的運用経験を元に論文をご寄稿いただいた招待論文筆者の皆様と本特集に興味を持ち優れた論文をご投稿いただいた筆者の皆様,多忙な中で論文を綿密に精査し,よりよい論文にすべく有益なコメントをご提供いただいた査読委員ならびにデジタルプラクティス編集委員および学会事務局の皆様に深く感謝いたします.本特集のプラクティスが読者への有益な情報となって,今後のインターネットや情報システムの実践的運用管理技術発展の一助となれば幸いです.

敷田幹文(正会員)shikida.mikifumi@kochi-tech.ac.jp

1965年生.1995年東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了.博士(工学).同年北陸先端科学技術大学院大学情報科学センター助手.2001年同助教授.2012年情報社会基盤研究センター教授.2016年高知工科大学情報学群教授.大規模ネットワークサービス,コミュニケーション支援,教育支援に関する研究に従事.ACM,電子情報通信学会,日本ソフトウェア科学会各会員.

中村 豊(正会員)yutaka-n@isc.kyutech.ac.jp

九州工業大学情報基盤センター教授.2001年奈良先端科学技術大学情報科学研究科博士後期課程修了.博士(工学).インターネット計測技術,ネットワーク運用技術,ネットワークセキュリティに関する研究に従事.電子情報通信学会会員.

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