スマートフォンやタブレット端末などの普及とともに,YouTubeなどを始めとする動画などのリッチコンテンツも普及し,無線LANの通信速度の高速化が求められている.2014年の1月に標準化された5 GHz周波数帯を利用するIEEE802.11ac無線通信規格(以降,11ac)では,変調信号の多値化,チャネルボンディング,ビームフォーミング,MIMO(Multi-Input Multi-Output)などの機能によって,最大6.93 Gb/sの高速通信を実現することができる[1].
これらの高速化技術のうち,チャネルボンディング機能は,物理通信帯域を拡大させるために隣接する複数のチャネルを束ねて同時に通信に利用する技術である.従来規格のIEEE802.11a/b/g無線通信規格では,常に1チャネル(20 MHz)で通信を行っていたが,IEEE802.11n無線通信規格から標準化されたチャネルボンディングでは2チャネル(40 MHz),11acでは4チャネル(80 MHz)が必須機能とされている.また,11ac wave 2からは最大8チャネル(160 MHz)までチャネルを束ねて利用可能となり,2020年に標準化完了が予定されている最新規格IEEE802.11ax(Wi-Fi 6)においても継承される.このように複数のチャネルを同時に利用して帯域幅を増加する場合,データ転送前に使用するチャネルすべてにおいて競合する通信が存在しないことを確認することが必要となる.
無線LANでは,使用するチャネルにおけるフレーム衝突や干渉を避けるための媒体アクセス制御としてCarrier Sense Multiple Access with Collison Avoidance(CSMA/CA)を利用している.また,隠れ端末問題に対応するため,利用するチャネル上で送受信端末がRequest To Send(RTS)/Clear To Send(CTS)フレームを交換するCSMA/CA with RTS/CTS機構が提案されている.チャネルボンディング利用時においては干渉回避が極めて重要となるため,RTS/CTS機構の利用(拡張RTS/CTSと呼ばれる)が重要となるが,この拡張RTS/CTS機構の使用はオプション機能(必須ではない)となっているため,アクセスポイント(AP)の製造メーカによって実装方法が異なると予想される.また,これらの媒体アクセス制御の違いがチャネルボンディング利用時の通信性能に与える影響も明らかになっていない.
さらに,チャネルボンディング機能では複数チャネルを同時に利用するため,他の無線LAN機器との競合が起こりやすいことは避けられない.このとき,前述した媒体アクセス制御の違いが競合発生時の通信に与える性能は明らかになっていない.
そこで,本研究では様々なメーカの11ac準拠の無線LAN APを用いた実機実験を通して,実装されているチャネルボンディング利用時の媒体アクセス制御や帯域の利用方法(競合時に設定したボンディング帯域幅をどのように使用するか)といった通信の流れを明らかにする.加えて,チャネルボンディング時に他の無線LAN通信が競合した場合の通信性能を媒体アクセス制御ごとに評価し,チャネルボンディングの性能を最大限有効利用するために有効な媒体アクセス制御,ボンディング帯域幅の利用方法について考察する.
以下,2章では本研究の調査対象の11acの高速化技術について説明する.3章において本研究における実験内容について説明し,4章では実験結果と考察を示す.最後に5章で本稿についてまとめる.
本章では,IEEE802.11acにおけるチャネルボンディング機能,チャネルボンディング利用時の媒体アクセス制御,およびフレーム集約技術について説明する.
チャネルボンディングとは物理層の通信帯域幅を拡大させるために隣接する複数のチャネルをまとめて利用する技術である[1].図1に5.6 GHz帯におけるチャネルボンディングの利用例を示す.11acでは4チャネル分の80 MHzまでのチャネルボンディングを必須機能としており,11ac wave2対応の機器ではオプション機能として最大160 MHzまで帯域幅を拡大できる製品もあるが,8チャネルを同時利用することから他の無線LANとの競合が生じやすく,その利用は推奨されていない.そこで本稿では,最大80 MHz幅のチャネルボンディングを実装した機器を取り扱う.
チャネルボンディング利用時の通信帯域幅は20 MHzのプライマリチャネルと一つ以上のチャネルで構成されるセカンダリチャネルに分類される[2].図2に示すように,100~112chを利用する80 MHzチャネルボンディングの例において,100chを20 MHzのプライマリチャネル(P-20)と設定すると,104chが20 MHzのセカンダリチャネル(S-20)となり,108ch,112chが40 MHzのセカンダリチャネル(S-40)と自動的に設定される.
802.11ac準拠のAPにおけるチャネルボンディングでは,競合発生時のセカンダリチャネルの利用方法に関して以下の2種類が提案されている.
この方式では,常にボンディングした全帯域幅を用いて通信しようとする.そのため,2.1.1項で説明する媒体アクセス制御の結果,一部のチャネルに他の通信が競合する(ビジー)場合に,そのチャネルが使用可能になるまで通信自体を待機する.その後,全チャネルが利用可能になった時点でチャネルボンディングによる通信を行う.このように,常にボンディングした全チャネルを利用して通信を行うため,送信機会獲得時の通信速度は高速となるものの,セカンダリチャネル上で競合が頻発する場合は待機時間の増加によって通信性能が劣化する.
一方,この方式では,媒体アクセス制御の結果,一部のチャネルにビジーを検出した場合において,使用可能なチャネルのみを用いてボンディングチャネル幅を動的に変更する.ただし,“隣接”チャネルのみしかボンディングできないという制約から,ビジーチャネルの場所に応じてボンディング帯域幅が異なる(S-20でビジーを検出した場合,プライマリチャネル(図2中のP-20)のみ,S-40でビジーを検出した場合40 MHz幅(図2中のP-20,S-20)でのボンディングとなる).この方式では,一部のチャネルにおけるビジー検出時においても全チャネルのアイドルを待機せずに利用可能なチャネルを用いてボンディング通信を実施するため,チャネル利用効率は良い一方で,通信速度が変動することになる.
11acのチャネルアクセスには従来規格から採用されているCarrier Sense Multiple Access with Collison Avoidance(CSMA/CA),もしくは,拡張Request To Send(RTS)/Clear To Send(CTS)を利用するCSMA/CA with拡張RTS/CTSが実装されている.CSMA/CAでは,フレーム衝突や電波干渉を避けるために通信開始前に同一チャネル帯で他の端末が通信しているかを確認する信号検出(キャリアセンス)を行う.このキャリアセンスにはClear Channel Assessment(CCA)を用いた物理キャリアセンスとNetwork Allocation Vector(NAV)を用いた仮想キャリアセンスが利用される.
11acでは,ボンディング帯域幅内でのキャリアセンスが必要で,プライマリチャネルとセカンダリチャネルにおいて検出方法が異なる.20 MHzのプライマリチャネル上においては物理キャリアセンスの信号検出(Physical Layer Convergence Procedure(PLCP)プリアンブル検出)に加え,復号したヘッダ内から得たDuration Time(NAV)を用いた仮想キャリアセンスの双方を実施する.一方,セカンダリチャネルでは物理キャリアセンスのみが実行される[1].表1に11acのプライマリチャネル,セカンダリチャネルそれぞれにおける物理キャリアセンスで利用されるCCA閾値を示す[6].物理キャリアセンスでは信号検出の閾値(SD-th)とエネルギー検出の閾値(ED-th)が用いられる.SD-thは802.11プリアンブルの検出のために設定されており,無線LAN以外の復号ができない信号の場合はSD-thより高いED-thを使用して無線LAN以外の信号を積極的に検出するようにしている.また,11acでは表1に示すようにプライマリチャネルのほうがセカンダリチャネルよりもSD-th,ED-thともに低く設定してあるため,ボンディング帯域幅内においてプライマリチャネルでは他の無線LANを検出しやすく,セカンダリチャネルでは他の無線LANを検知しにくい.これによって,チャネルボンディング利用時にセカンダリチャネルにおいて他の無線LAN存在する場合にフレーム衝突が起こりやすくなる可能性がある.
無線LANにおいて,送信したいフレームを持つ各送信端末はキャリアセンス(2.2.1項(1))によってDIFS時間継続してアイドル状態だと判断すると,フレーム衝突を避けるためにランダムな時間(Contention Window: CW,バックオフ時間)を待ち,それまでに他端末が送信を開始しなかった場合にデータフレームを送信する.一方で,バックオフ時間中に他端末が送信を開始した場合には,バックオフのカウンターを停止したうえでキャリアセンスを行い,再度DIFS時間のアイドル状態を確認した後で,バックオフのカウントを再開し,バックオフ時間が経過するとフレームを送信する.受信側はデータフレームを受信すると,SIFS時間後にBA(Block ACK,確認応答)を送信し,送信側に対してデータ受信完了を通知する.このとき,ランダムな時間(CW)はCWの最大値をフレームの送信回数に応じて指数的に増加させる(2進指数バックオフアルゴリズム)ことで再送フレームの更なる衝突確率を低減させている.ただし,最大CW値が1023に達した後は一定値としたうえで,規定された回数まで再送される.
このような動作を行うCSMA/CAによる媒体アクセス制御を適用したチャネルボンディング時の通信の流れについて説明する[7].また,図3,図4に,80 MHz幅(4チャネル分)を用いてスタティックチャネルボンディング,ダイナミックチャネルボンディングで通信を行った際の通信の流れを示す.
チャネルボンディング時は,プライマリチャネルは前述したCSMA/CAによってフレーム送信が制御されるが,セカンダリチャネルではプライマリチャネルにおけるバックオフ時間が終わる直前に“PIFS時間だけキャリアセンス”のみを行い,利用の可否を判断する.セカンダリチャネルがビジーと判断された場合,図3に示すようにスタティックチャネルボンディングの場合は再度プライマリチャネルのキャリアセンスに戻り,80 MHzすべてのチャネルがアイドルとなった時点で通信を開始する.これに対し図4に示すダイナミックチャネルボンディングの場合は,ビジーと判断されたチャネルを除いて隣接で利用可能なチャネルのみ(100+104chの40 MHz)をボンディングしたうえで通信する.
このように,セカンダリチャネルでは,キャリアセンスのための時間がプライマリチャネルよりも短時間であるうえに,プライマリチャネルよりもSD-thやED-thが高いことによって,セカンダリチャネルにおいて正確なキャリアセンスができない可能性がある.
2.2.1項(2)で説明したCSMA/CA方式では,セカンダリチャネルの利用判断がキャリアセンス(2.2.1項(1)で説明した物理キャリアセンス)のみで行われ,チャネル占有(Network Allocation Vector,NAV)期間を用いた仮想キャリアセンスが行われないため,セカンダリチャネルの利用判断に問題があると考えられる.
これまでに,この仮想キャリアセンス(NAV期間)を用いて主に隠れ端末問題の回避を目的としてRTS(Request To Send,送信許可要求)/CTS(Clear To Send,送信許可)手法が提案されてきた.そこで,このRTS/CTS手法をチャネルボンディング利用時に適用したCSMA/CA with拡張RTS/CTSの媒体アクセス制御について本項で述べる.基本的な動作は,送信側が利用するチャネル上においてDIFS時間とバックオフ時間の間,継続してチャネルがアイドルであることを確認した後,RTSを送信する.このRTSを受信後,受信側がCTSを返送することで送信側にデータフレーム送信を許可する.このRTS/CTSフレーム送信時には他の無線LAN機器によるフレーム送信を禁止するために,NAV期間を通知するDuration timeをデータフレームの送信開始からBA(Block ACK,確認応答)の受信までの時間が設定される.その結果,RTS/CTSを受信した他の無線LAN機器は設定されているNAV期間だけ通信を待機することで隠れ端末発生時においてもフレーム衝突を回避することができる.
図5にRTS/CTS手法をボンディングする全チャネルに適用する媒体アクセス制御(以降,CSMA/CA with拡張RTS/CTS手法と呼ぶ)を示す[1], [2], [7].この場合,送信側はボンディングに使用する全チャネル上にRTSを送信する.このとき,プライマリチャネルにおいてDIFS時間+バックオフ時間の間,継続してチャネルがアイドルであることを確認した後RTSを送信するが,セカンダリチャネルにおいてはPIFS時間だけチャネルがアイドルであることを確認した後RTSを送信する.このRTSフレームを受け取った受信側はそのチャネルが利用可能であることを送信側に通知するために,RTSフレームを受信したチャネル上でCTSフレームを返送する.このとき,送信側でキャリアセンスによってビジーと判断されたチャネルではRTSが送信されないうえ,RTSが送信できても受信側でビジーと判断されたチャネルではCTSが返送されない.送信側ではCTSの受信状況から利用可能なチャネルを判断できるため,図5に示すようにダイナミックチャネルボンディングではプライマリチャネルを含めた使用可能なチャネルのみを用いてデータフレームを送信する.一方,スタティックチャネルボンディングでは,使用する全チャネルにおいてCTSが受信できるまで待機し,常に全チャネルをボンディングして通信を行う.なお,このCSMA/CA with拡張RTS/CTS手法はIEEE802.11ac標準規格においては,オプション機能(必須機能ではない)[1]となっているため,実装の有無,および実装方法についてもメーカ依存となっている.
フレームアグリゲーションとは複数個のデータフレームを集約することで,フレーム単位で実施されるCSMA/CAやCSMA/CA with拡張RTS/CTS制御に伴う時間的なオーバヘッドを低減し,高速化を図る機能である[1].集約方法はAggregation MAC Service Data Unit(A-MSDU)とAggregation MAC Protocol Data Unit(A-MPDU)が規定されており,図6に示すようにA-MSDUは一つのMACヘッダに対し,複数のMSDUを集約し一つのMPDUとして送信する(末尾にFrame Check Sequence:FCSを追加).一方,A-MPDUは図7のようにMACヘッダからFCSまでで構成されるMPDUを複数個集約して送信する.なお,この二つを組み合わせてA-MSDUを複数個集約し,A-MPDUとして送信することもできる(図8).また,フレームの送信後には,圧縮されたACKであるBlock ACK(BA)が返送される.BAによってパケットエラーが検出された場合,A-MSDUでは集約したデータフレームを再送しなければならないのに対し,A-MPDUは該当するデータフレームのみの再送で済むという違いがある.
本研究では,11ac準拠の市販の無線LANアクセスポイント(AP)と無線LAN子機(Station,STA)を使用してチャネルボンディング時のAPの媒体アクセス制御を確認し,競合時の通信性能に関する通信実験を実施した.実験は福岡工業大学工学部 電子情報工学科 田村研究室内において,実験に使用した機器以外の無線通信がないクリアなチャネルを使用して実験を行った.
実験構成を図9,図10に示し,使用した機器を表2に示す.本研究では,実験1としてAPの使用チャネルが競合しない場合の1ペアのAP-無線子機(STA)間の性能評価を行い,チャネルボンディング時の媒体アクセス制御を明らかにするとともに,チャネルボンディングの性能評価を行った.次に,実験2としてチャネルボンディングで使用するチャネル帯域幅内に競合するAP(チャネルボンディングなし,C-AP)が存在する場合の実験を行った.なお,実験1,2では,フレームロスによる影響をなくし良好な無線環境下で評価するため,AP-STA間を2 m,実験2の競合時はAP間の距離を1.5 mと設定した.
実験1では,市販のAPが採用しているチャネルボンディング時の媒体アクセス制御を確認し,各媒体アクセス制御による通信性能への影響を評価するための実験を行った.図9のようにAP1台とトラヒック生成・受信PCを1ペア使用し,APからSTA方向へのチャネルボンディング時のデータフレーム送信手順,スループットを計測するため,トラヒック生成用PC(Sender 1)をAPに有線接続し,APから無線接続したPC(Receiver 1)を受信側として,スループット計測ソフトウェア・iperf3を使用してトラヒックを発生させた.iperf3におけるトラヒック送信レートは,1ストリームでチャネルボンディングを行うときの最大物理伝送レートに基づいて表3のとおりに設定した.なお,チャネルボンディングを行うAPを経由してSTAへ送信されるトラヒックの最大物理伝送レートは,ボンディング幅が20 MHz,40 MHz,80 MHzの場合にそれぞれ86.7 Mb/s(MCS index:8),200 Mb/s,433.3 Mb/s(MCS index:9)である.APのプライマリチャネルは100chとし,80 MHzのボンディング帯域幅では100~112chを使用した.
実験2では,競合時にチャネルボンディングで設定した帯域幅の利用方法について確認するため,セカンダリチャネルで競合が生じる場合の実験を行った.さらに,競合発生時に媒体アクセス制御やボンディング帯域幅の変更方法による通信性能への影響を調査した.図10に示す構成でAP2台とトラヒック生成・受信PCを2ペア使用し,チャネルボンディングを行うAP(AP (w/ CB))のボンディング帯域幅内のうちの1チャネルを,チャネルボンディングを行わない競合AP(C-AP)の使用チャネルとして設定した.AP (w/ CB)のプライマリチャネルは100chとし,80 MHzのボンディング帯域幅では100~112chを使用した.AP (w/ CB),競合AP (C-AP)ともに802.11acで稼働させた.
実験では1回あたり30秒間トラヒックを発生させ,同様の実験を5回実施した.それぞれの実験において,通信の様子を無線LAN解析ソフトウェアのOmniPeek [9]を用いてフレームキャプチャを行い,媒体アクセス制御を解析した.OmniPeekでは一つの無線LANインタフェースで1チャネルを計測できるため,OmniPeekをインストールしたPCを2台用意し,それぞれのPCに二つの無線LANインタフェースを取り付けることで同時に4チャネル分(80 MHz)の計測を行った.
実験1では,フレーム送信時に送信されるRTS/CTSフレームとデータフレーム(A-MPDUサイズ等),BAの発生状況をチャネルごとに確認する.また,通信性能に関してはエンドツーエンドのUDPスループットと無線区間の物理伝送レートに着目する.実験2では,競合時における双方のAPのスループット性能を評価した.ここでは,非競合環境のスループットを「非競合時スループット」とし,チャネルボンディング機能が有効なAP以外で,ボンディング帯域幅の中で競合するAPの台数をNとするとCSMA/CAによる送信権の獲得率が1/(N+1)となることより,「理想スループット」として非競合時スループットをN+1で除算した値と定義する.そして,競合時のスループットの実測値を理想スループットで正規化したスループットを性能指標とする.よって,正規化スループットは,最大1.0となる.
実験1では,ボンディング帯域幅内に競合APが存在しない場合に,各メーカのAPに実装されている媒体アクセス制御を調査した.その結果,媒体アクセス制御は図11に示すように,大きく分けて3パターンに分類できることが判明した.
パターン1のAP1では,RTS/CTSを利用せずCSMA/CAによる媒体アクセス制御が採用されていた.次に,AP2では,802.11acではオプション機能とされている拡張RTS/CTSを利用していることからCSMA/CA with拡張RTS/CTSと言えるが,RTSに対して返信されるCTSがプライマリチャネルのみで送信されているため,文献[1], [2]で規定された規格とは厳密には該当しないことが分かった.最後に,パターン3のAP3では,CTS-to-self [10]と呼ばれる,CTSフレームのみを利用する媒体アクセス制御が採用されていた.このCTS-to-selfフレームは,後方互換性を確保するためだけにCisco社の製品で独自に採用されており[12],媒体アクセス制御としてはCSMA/CAと同様であるとみなすことができる.このように,同じ802.11ac準拠のAPを用いたとしても,各メーカが実装する媒体アクセス制御が異なっており,標準で定められた仕様と異なるものもあるが,これらは一般的に運用されている無線LAN APであり,これらの媒体アクセス制御やチャネルボンディング時のボンディング帯域幅の変更方法による通信性能への影響を調査することは妥当である.実験2では,チャネルボンディング利用時に競合が発生した場合,競合が通信性能に与える影響について調査を行う.
次に,媒体アクセス制御による通信性能への影響を調査するため,図12にボンディング帯域幅に対するパターン別のスループットを示し,表4,5,6に各APのA-MPDUの通信時間を示す.図12より,Pt. 2のAP2やPt.3のAP3よりもPt.1であるAP1のスループットが若干低下している.そこでAP1の通信時間について,表4に示すA-MPDU送信時間に注目すると,AP1ではボンディング帯域幅にかかわらず,必ず0.6 msで通信するようにA-MPDU集約数を調節していることが分かった.この通信時間は表5に示すPt.2のAP2や表6に示すPt.3のAP3よりも短くなっていることが分かる.この場合,A-MPDU単位で必要となる媒体アクセス制御(DIFS+CW時間)やBAに関するオーバヘッドが大きくなる.その結果,Pt. 1であるAP1のスループットはPt.2,3よりも低くなることが分かった.
本実験では40 MHz,80 MHzでチャネルボンディングを実施するAP(以降,AP(w/ CB))の利用帯域幅内において,20 MHzでチャネルボンディングを実施しないAP(以降,競合AP)が競合する環境における通信性能を調査する.
実験1より,チャネルボンディングで運用されるAPの媒体アクセス制御が3パターン存在することが判明したため,各種パターンのボンディングAP (w/ CB)とチャネルボンディングを行わない802.11acの競合AP(Pt. 1,2,3)を組み合わせて通信性能を評価する.AP (w/ CB)のプライマリチャネル100ch,ボンディング帯域幅を80 MHzに設定して,その各チャネルに競合AP(Pt. 1,2,3)を設定して競合させるが,通信パターンが膨大であるため本稿ではAPの組み合わせを絞って性能評価を行う.
競合時のキャリアセンスについて考察するための事前調査として,競合APの使用チャネルを112ch,チャネル帯域幅を20 MHzとしたときに発生する信号の電波強度を調査した.本実験では,スペクトラム計測ソフトのAirMagnet Spectrum XT [11]を用いて計測した.
実験結果を図13に示す.図13より,Pt.1,Pt.2,Pt.3の競合APは設定したチャネル上で−30 dBm以上の受信電波強度となることが分かった.また,隣接チャネル(120,116,108,104チャネル)に信号が漏れており,1ch隣の116,108チャネルでは−65 dBm以上,2ch離れた120,104チャネルでも−90 dbm以上の電波として検出されることが分かった.
ここで,漏れた信号を実際にビジーと検出する条件としては,信号を送出するチャネルとの関係性によって規定されているCCA閾値(表1)によって決まる.これより,現在市販されている機器に実装されている送信スペクトラムマスクは隣接チャネルに信号が漏洩しており,現状の物理キャリアセンスにおいてCCA閾値を用いると誤検知が発生し,チャネルボンディング時の送信制御に影響を与える可能性があることが分かった.ただし,今後のスペクトラムマスクの性能改善によって信号漏洩は減少するため,誤検知の発生は小さくなると予想される.
次に,80 MHzのチャネルボンディングを用いて通信を行うAPの媒体アクセス制御や通信性能が利用チャネル上に存在する競合APの通信によってどのような影響を受けるかを調査する.ここで,プライマリチャネル上での競合は,ボンディングの有無に関わらず,通常AP間の競合と同様の制御となるため,本研究ではAP (w/ CB)(100ch~112ch使用)のセカンダリチャネル上に競合APが存在する場合に着目する.また,4.2.1項の結果から,(a)セカンダリチャネルの信号をプライマリチャネル上で検出可能な104chと(b)プライマリチャネル上で検出できない112chの2パターンで評価する.競合APとしては,キャリアセンスによってパケット送信を積極的に決定するPt.1(CSMA/CA)のAPを使用した.
本項では,チャネルボンディングを行うAP (w/ CB)が図11のPt.1であるCSMA/CAで動作する場合について調査する.まず,OmniPeekを用いた無線フレームの解析結果から,図14に示すように,pt.1のAPは競合チャネルが104ch,112chの違いに関わらず,スタティックチャネルボンディングによって動作することが分かった.
次に,競合APが104chで動作する場合に着目すると,AP (w/ CB)のプライマリチャネル上でキャリアセンスによって競合APの信号を検出することができるため,プライマリ上での競合と同様の動作となり,競合APとAP (w/ CB)が公平にチャネル送信権を獲得することになる.その結果,図15に示すようにAP (w/ CB),および競合APの正規化スループットは1に近い値となっていることが分かる.
これに対し,競合APが112chで動作する場合,AP (w/ CB)のプライマリチャネル上で競合APの送信を検知できず,さらに,セカンダリチャネルにおけるPIFS時間内のキャリアセンスによって送信権を得られないことによってAP (w/ CB)は全く通信ができていなかった.AP (w/ CB)は2.1.1項で説明したスタティックチャネルボンディングの動作に従って,80 MHzすべてがアイドルになることを確かめるまで送信を待機する.この間に競合APが送信権を獲得することが多くなるため,競合APの正規化スループットの増加が104ch競合時に比べて高くなっていることが分かる.
以上の結果から,2章でも述べたように,チャネルボンディング利用時のCSMA/CAでは,セカンダリチャネル上での他通信のキャリアセンスの回数と時間が少ないことに起因して,ほぼ競合APの通信を検知できないため,AP (w/ CB)の通信性能が劣化していることが分かる.
本項では,チャネルボンディングを行うAP (w/ CB)が図11のPt.2であるCSMA/CA with拡張RTS/CTSで動作する場合について調査する.この手法では,図11のように,送信側は利用中の全セカンダリチャネル上に対してRTSパケットを送信し,プライマリチャネル上で返送されるCTSフレームからセカンダリチャネルの利用状況を直接的に把握できる.そのため,Pt.1のキャリアセンスのみの手法よりもセカンダリチャネルの利用状況を正確に把握可能となる.
つまり,Pt.1とは異なり,競合APが112chで稼働していることを確実に把握することが可能であるため,図16に示すように,104chでも112chに関わらず競合APの正規化スループットは1付近を維持できていることが分かる.
これに対し,AP (w/ CB)のフレーム送信挙動に着目すると,図17に示すように,競合時においてはスタティックチャネルボンディングで動作することが分かった.次に,正規化スループットに着目すると,104ch,112chに関わらず0.7~0.8程度まで劣化していることが分かる.この原因を調査するために,図18にAP (w/ CB)と競合APの送信機会ごとのAirtimeを示す.この図より,競合APでは送信機会ごとにAirtimeを変更している一方で,AP (w/ CB)は常に固定のAirtimeとなっていることが分かる.ここで競合AP上の通信の再送フレーム発生状況を示す図19との比較から,競合APでは再送フレーム数の増加時にAirtimeを小さく,減少時に大きくなるように調整していることが分かる.また物理伝送レートに着目すると,図20に示すように競合APは常に最大伝送レート(86.7 Mb/s)で送信しているのに対し,AP (w/ CB)の伝送レートは衝突が発生しているにも関わらず,同一Airtimeで低い伝送レート(351 Mb/sや292.5 Mb/s)で送信しているため,正規化スループットが劣化していることが分かった.
以上のことから,競合時において正規化スループットを維持するためには,(i) Airtimeが公平になるように調整することが重要であることが分かる.また,さらなる改善を目指すためには,競合時にも一部の利用可能なチャネルを用いて通信を継続可能な(ii)ダイナミックチャネルボンディングの確実な利用,が重要であることが分かる.
次に本項では,チャネルボンディングを行うAP (w/ CB)が図11のPt.3であるCSMA/CA with CTS-to-Selfで動作する場合について調査する.この手法では,AP (w/ CB)が送信時にセカンダリチャネルに対してCTS-to-Selfパケットを送信することでチャネル利用を競合APに確実に通知できるため,競合APからのパケット送信を抑制することが可能な手法といえる.
まず,この手法におけるフレーム送信手順を解析した結果,図21に示すように,競合発生時においてダイナミックチャネルボンディングが実装されていることが分かった.図22にAP (w/ CB)が使用しているチャネル幅の割合を示しているが,この図からも競合の発生に応じて利用チャネル幅が変動していることが分かる.
次に,図23に示す正規化スループットに着目すると,競合APの正規化スループットはCTS-to-Selfによってボンディングの利用を通知されるため,フレーム衝突を回避できた結果,競合チャネルの違い(104ch/112ch)に関わらず,1.0以上を維持できていることが分かる.これに対し,AP (w/ CB)の正規化スループットに着目すると,104ch競合時に0.3,112ch競合時に0.5まで劣化していることが分かる.この劣化要因について調査するために,4.2.4項と同様に競合時のAirtimeを調査したところ,Pt.3のAirtimeが競合による再送の発生に関わらず1.9 msと固定値を取っていた.さらに,図24に示している通信時の物理伝送レートを見ると,ダイナミックチャネルボンディングによるチャネル幅の変動に伴って,104ch競合時に物理伝送レートが最大433.3 Mb/sから最低6.5 Mb/sまで大きく変動していることが分かる.112ch競合時は104ch競合時よりも40 MHzでのチャネルボンディングが可能となることから,104ch競合時よりも高い物理伝送レートが選択されやすくなり,正規化スループットが0.5と若干増加していた.このように,Airtimeが固定値の1.9 msであるにも関わらず,ダイナミックチャネルボンディングによって送信ごとの物理伝送レートが大きく変動することで,正規化スループット値が0.3,0.5まで劣化したことが分かった.
以上の結果から,Pt.3のAPでは,ダイナミックチャネルボンディングで動作するものの,112ch競合時においても20%程度が20 MHzのボンディング幅で通信しており,保守的にボンディング幅を決定していることが分かる.すなわち,正確なボンディング幅の決定に問題があると言える.そのうえ,Airtimeが固定であるにも関わらず物理伝送レートを低下させるためスループット性能が劣化する,という問題が生じていることが分かった.
以上のことから,ダイナミックチャネルボンディングで動作するAPは存在するものの,4.2.4項で示した(i)(ii)の要件を満足するAPは存在しないことが分かった.
本章では,4章の実験結果についてまとめ,実環境においてIEEE802.11ac無線LANを運用する場合の性能の予測や性能の改善のために必要な機能についてまとめる.最後に,本実験における注意点についてまとめる.
本研究を通して,製造メーカごとのAPの媒体アクセス制御の調査を行った結果,以下の3パターンの媒体アクセス制御が採用されていることが分かった.
パターン1では,APにおけるA-MPDUサイズ,そしてその送信時間(Airtime)が小さい場合にCSMA/CAによるオーバヘッドが大きくなってしまい,パターン2,パターン3よりもスループットが低下することが分かった.
5.1節で述べた媒体アクセス制御を採用しているAPを用いて,ボンディング幅内の競合時の通信性能を調査した結果,CSMA/CAで動作するAP (w/ CB)(Pt.1)とCSMA/CA with拡張RTS/CTS(Pt.2)はスタティックチャネルボンディングで動作しており,競合発生時にボンディングが行えていないことが分かった.スタティックチャネルボンディングを行うこれらのAPの通信性能については,CSMA/CAで動作するAPであるパターン1ではプライマリチャネル上で競合APの信号を検知できないこと,セカンダリチャネル上においてPIFS時間しかキャリアセンスを行わないことに起因して,ボンディングAPの通信性能が劣化することが分かった.これに対して,CSMA/CA with拡張RTS/CTSで動作するパターン2では,セカンダリチャネル上の競合通信を確実に把握できるものの,フレーム衝突時の物理伝送レートの低下や,ボンディングするAPと競合APとのAirtimeが不均衡であることによって,スループット性能が低下することが分かった.
最後に,CSMA/CA with CTS-to-Self(Pt.3)でボンディングを行うパターン3では,ダイナミックチャネルボンディングで動作しており,競合発生時においても継続して通信を実施していることが分かった.しかし,縮退するボンディング幅の決定が保守的(必要よりも小さい幅)であることに加えて,パターン2の場合と同様にフレーム衝突時の物理伝送レートの低下や競合APとのAirtimeが不均衡であることにより,スループット性能が低下することが分かった.
以上のように,市販のIEEE802.11ac無線LAN APを利用して,媒体アクセス制御やチャネルボンディング時のボンディング帯域幅の利用方法に対する通信性能を明らかにするとともに,チャネルボンディング時に必要な制御について明らかにすることができた.
5.1節,および,5.2節で述べたチャネルボンディング時の媒体アクセス制御,ボンディング帯域幅の利用方法より,これらのAPのボンディング帯域幅内に干渉源が多い一般的な無線LAN環境に設置された場合の通信性能について議論する.
現状のIEEE802.11acの製品を用いる場合,競合通信の信号の検知の可否によって性能が変わる.まず,プライマリチャネルにおいて競合信号を検知できる場合は,チャネルボンディングを行うAPのスループットは非競合時と比較して1/競合数の性能に減少する(図15).一方,プライマリチャネルにおいて競合信号を検知できない場合は,衝突確率がアロハ方式と同様になる.この場合,干渉源が1の場合であってもチャネルボンディングを行うAPのスループットがほぼ0まで減少する.以上より,干渉源が増加した場合は,ボンディングを行うAPが検知できる競合であれば「1/競合数」のスループットとなり,同様に検知できない範囲の競合であれば「スループットがほぼ0」となることは明らかである.
セカンダリチャネルを含む全チャネル上でRTSフレームが送信されるため,競合するAPやSTAに対してもRTSフレームに含まれるNAV期間を通知でき,競合による性能の低下度合いは抑制される.しかし,CSMA/CA with拡張RTS/CTSの製品は競合時にスタティックチャネルボンディングで動作することが実験から明らかになったため,競合APが増えるほど通信機会が減少してしまい,結果的にチャネルボンディングの効果を発揮できない可能性が高い.
さらに,図18に示すように,チャネルボンディングを行うことで競合APとチャネルボンディングを行うAPとの間でのAirtimeが不均衡となる場合があり,Performance Anomalyによって性能が劣化してしまう.干渉源の数が増加するのに比例してAirtimeが不均衡となる度合いが高まるため,Performance Anomalyによる性能の劣化がより深刻になると予想される.
競合APが存在する場合,ダイナミックチャネルボンディングのボンディング幅を競合チャネルが存在するチャネルよりも過剰に小さくする(過剰に保守的な動作をする)傾向があることが今回の実験結果から明らかになった.よって,多くの干渉源がある場合はダイナミックチャネルボンディングに利用するチャネル幅を20 MHzに縮退した通信が大半となることが予想され,チャネルボンディングを有効活用できないことが予想される.
本節では,2018年時点で市販されていた無線LAN APの性能評価を通して,チャネルボンディング機能の性能を向上させるために必要となる機能として以下の4項目について述べる.
本節では,本実験において注意した点についてまとめる.
本研究では市販の11ac準拠のAPを用いて媒体アクセス制御の実装方法の調査と,チャネルボンディングにおけるボンディング帯域幅内における競合発生時の帯域幅の利用方法の調査,また,これらの制御の違いによる通信性能への影響を調査するための実験を調査した.
製造メーカごとのAPの媒体アクセス制御の調査の結果,以下の3パターンを明らかにし,それぞれの媒体アクセス制御によるスループット性能への影響を示した.
また,これらの媒体アクセス制御のAPを用いて,ボンディング幅内の競合時の通信性能を調査した結果,CSMA/CAで動作するAP (w/ CB)(Pt.1)とCSMA/CA with拡張RTS/CTS(Pt.2)はスタティックチャネルボンディング,CSMA/CA with CTS-to-Self(Pt.3)でボンディングを実施するAPは,ダイナミックチャネルボンディングで動作しており,競合時の動作としては,前者はチャネルボンディングが行えておらず,後者は競合時においても継続して通信を実施していることが分かった.しかし,ダイナミックチャネルボンディングが採用されているAPであっても縮退するボンディング幅の決定が保守的(必要よりも小さい幅で利用)であることに起因して,スループット性能が低下することが分かった.
以上の結果から,チャネルボンディングを有効に利用するためにチャネルボンディングを行う無線LAN機器に必要な機能を示した.
2005年九州工業大学大学院情報工学研究科博士後期課程修了.博士(情報工学).福岡工業大学工学部電子情報工学科助教.情報ネットワークに関する研究に従事.IEEE,ACM,電子情報通信学会会員.
2019年福岡工業大学大学院工学研究科電子情報工学専攻修士課程修了.修士(工学).株式会社富士通エフサス.ネットワークインテグレーションに関する業務に従事.
2011年九州工業大学大学院工学府博士後期課程修了.博士(工学).2011年4月より,JSPS特別研究員として九州工業大学に勤務.2012年4月より九州工業大学工学研究院電気電子工学研究系助教として勤務,現在に至る.情報ネットワーク,マルチホップ無線網,無線LAN技術,IoTに関わる無線通信技術の研究に従事.IEEE,電子情報通信学会会員.
2006年九州工業大学大学院情報工学研究科博士後期課程修了.博士(情報工学).2006年4月より,JSPS特別研究員として九州工業大学に勤務.2007年4月より九州工業大学大学院電子情報工学科助教,2013年4月より同学科の准教授として勤務.現在の研究テーマは計算機,無線ネットワークの性能調査.IEEE,ACM,電子情報通信学会会員.
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