近年,農業分野においても研究環境のICT化が進み,研究データが電子化され,爆発的に増加している.これら研究データを適切に収集・管理し,オープン&クローズ戦略に沿って必要な範囲で共有し,統計解析や機械学習といったデータ科学やAI技術を適用することで,研究活動の加速化や従来の農業分野・領域を超えた学際的な研究の創出が期待されている.データ駆動型農業とも呼ばれ,これまであまり共有されてこなかった研究データを外部機関,特に国際的な協調のために公開したり(オープンデータ),国家プロジェクト等のコンソーシアム関係者間で共有したり(ディスクローズデータ),あるいは競争的活用のため秘匿したり(クローズデータ)するなど,戦略的に活用することが求められている.一方で,研究データの信頼性確保や研究不正防止の観点からも研究データの保存(10年間)と管理が求められている.不正競争防止法における「限定提供データ」として研究データを保護する観点でも組織として一貫した管理が必要である.このような背景を受けて,内閣府から研究データ基盤整備とオープン&クローズ戦略に関する提言が出され[1],各国研・大学は研究データの保存・管理・検索等を支援するシステムの導入を進めている.
一方,国内最大の農業研究機関である農研機構においては,動植物や微生物に関するゲノム情報から育種情報,ウィルスや病害虫対策を含む栽培・生育管理情報,食品の加工・流通情報,ロボットトラクタの設計,気候変動や土壌といった環境情報など農業という研究分野の多様性に加えて,農林水産省管轄の複数の研究所を統合して2016年度に現体制に至った経緯もあり,研究データを分野横断的に連携させつつ,データ駆動型農業研究開発を促進するための統一的な研究データ戦略とそれを支える基盤整備が急務であった*1.
そこで今回,農業関連データに関する統合的なデータベース(以下,統合DB)*2,およびそれらを機械学習等のAI計算に活用するスーパーコンピュータ(以下,AIスパコン)の整備を実施した*3.本稿は,[2]にて概要を紹介した統合DBについて詳述するとともに,AIスパコン,農業データ連携基盤WAGRI,およびセキュリティ対策を加えた農研機構研究データ基盤の構築にあたって,設計上の論点や考え方に関する知見,経験を述べたものである.以下,2章にて研究データに関連するシステム・サービスについて概観した後,3章にて農研機構研究データ基盤の構成や機構共通メタデータなどについて述べる.さらに4章にてAI計算用スーパーコンピュータ「紫峰」について紹介した後,5章にてまとめと今後の課題,およびインフラ整備以外の制度面・ソフト面の施策を示す.
研究データリポジトリとは,電子的データの保存・共有等を行う広い意味での情報基盤であり,特に国研・大学等により整備され,公的資金により得られた研究データを再利用できる形で保存・管理し,当該機関内外へデータ利用サービスを供するものを指す[3].各国研・大学が個別にサービスとして提供しているものを別として,システム・ソフトウェアとして第3者も利用できるものとしては,CKAN,DKAN,Dataverse,Open Science Framework,figshare,data.world,Mendeley Data,Dryad,Open ICPSR,Zenodoなどが挙げられる.2017年7月の記事だが,Dataverseを含む九つの研究データリポジトリの機能比較が[4]にまとめられている.以下,統合DBに特に関連する四つのシステムについて紹介する.
2007年頃よりデータポータルを構築するためのCKANと呼ばれるオープンソースソフトウェアが存在し,世界的なオープンデータサイトDatahub.ioや日本政府のデータカタログサイトdata.go.jpなどに広く利用されている.ただ,CMSとして作られていないことから機能やデザインの変更が難しいという問題点があった.そこで,エンタープライズ向けCMSであるDrupalのディストリビューションとして作られたデータポータルがDKAN(https://getdkan.org)である.細かなアクセス権の設定やメタデータ項目の追加にも対応し,デザインも自由に変えることができるため,米国農務省(USDA)を始め,国内の複数の自治体でもデータ提供プラットフォームとして利用されている.
Dataverse(https://dataverse.org)は,ハーバード大学が開発した研究データを共有,保存,引用,調査分析するためのオープンソースのWebアプリケーションである.長らく研究コミュニティは研究データの作成者に適切な学術的クレジットとビジビリティを与える方法を必要としていたことから,Dataverseではデータの出版や引用,長期的アクセス,再利用を可能とするため,研究データのWeb上での発見可能性の向上や文献管理ツールへのメタデータのエクスポートに対応している.特に,Dublin CoreとSchema.org*4の両メタデータに対応しており,これにより後述するGoogle Dataset Searchにも対応している.フランス国立農学研究所(INRAE)や国際半乾燥熱帯作物研究所(ICRISAT)のデータポータルはDataverseをベースとしている.
国内では,国立情報学研究所(NII)が米Center for Open Scienceの研究データ管理用オープンソースソフトウェアOpen Science Framework(OSF,https://cos.io/our-products/osf)を国内向けにローカライズしたGakuNin RDM(https://rdm.nii.ac.jp)を2020年より大学・公的研究機関向けにリリース予定である.GakuNin RDMは論文を含む研究データを管理するためのWebサービスであり,研究室内や共同研究者とデータを共有できる.サイズ制限のある標準ストレージに加えて,所属機関のオンプレミスのストレージを接続する手段やクラウド上のストレージを接続する手段も提供している.また,リポジトリ連携機能を使用してNIIの研究データ公開基盤(WEKO3,https://rcos.nii.ac.jp/service/weko3)と接続し,データを公開することもできる.ほかにもバージョン管理機能や,ソースコードリポジトリ,文献管理ツール,図表共有サービス,データ解析,ワークフローエンジンへのアドオンを提供している.
ほかにも,論文のエビデンス情報などオープンアクセスとして公開可能なデータであれば科学技術振興機構が提供する研究データ共有プラットフォームJ-STAGE Dataが存在する.これにより,科学技術情報発信・流通総合システムJ-STAGEに登録された論文の画面に研究成果のエビデンスとなるデータの表示が可能である.
一方,Googleは2018年9月に科学者やデータジャーナリスト向けにDataset Searchを立ち上げた.学術情報検索サービスGoogle Scholarと同様に,出版社やデジタル図書館,個人のWebページなどをクロールし,膨大なWeb情報の中から必要なデータセットの発見を支援している.なお,情報は前述したSchema.orgに準拠して整理されている.
今回,これらの既存システム・サービスに対して機構独自の研究データリポジトリを開発した理由は,主に3.1節,3.2節にて示す機能追加・変更等を行うにあたって,オープンソースをベースにローカライズ,カスタマイズ開発を行うよりも,プロプライエタリではあっても開発者に直接アクセスできるソフトウェアをベースとすることを選択したためである.
本章では,まず農業または農研機構向けに研究データ基盤を構築するにあたっての基本的なアプローチを2点述べた後,主要な構成要素,機能等の概要を述べる.
農研機構統合DBには,データカタログとしての研究データリポジトリと機構における集約的なデータベースサーバ(組織内クラウド)としての二つの役割を持たせている.2019年に約3ヶ月かけて機構内18の研究部門・センターへヒアリングを実施した結果,機構内には多様な分野,形式のデータが約1–2 PB蓄積されていることが分かった(表1,図1参照).研究データの共有,さらにはオープン化には研究分野ごとの性質に配慮した「戦略的な開放」[5]が必要とされているが,比較的オープン化しやすい農業環境に関するデータから比較的クローズな品種開発,完全にクローズな農創薬まで様々な分野が含まれており,それぞれの研究者の考え方は大きく異なる.また,農業分野に限らないが,外部に対してオープンな分野であっても分野Aと分野Bとで研究者が分かれており,必ずしも交流が多くなかったり,研究者の組織へのロイヤルティが低く,分野個別の学会や団体にデータを直接提出している場合も多い.さらに,フィールドワークが多く,必ずしも研究の現場におけるICT環境は整備されていない.しかし,農業におけるデータ・AI活用の潜在的な可能性は高く,経済的にも政治的にも生産性向上や高品質化,機能性農産物など高付加価値作物へのニーズは非常に高い.
そこで,まずは全体へ向けた対策として,機構内のどこにどのような研究データが存在するのかを見える化し,類似研究者や他分野への関心と興味を喚起したうえで,次にRDFなどの仕組みでデータの相互連携を農業情報研究センターがサポートし,さらにAI技術の活用によって新たな研究につながる(少なくともこれまでの作業が容易になる)までをストーリとして示すこととした.データを登録するインセンティブとして,研究者の具体的なメリットを意識,イメージしてもらうことが目的である.そのため,農研機構の研究データ基盤は研究データリポジトリとしての1次DBとRDBやグラフDB群のプラットフォーム(機構内クラウド)である2次DB,さらにデータ解析用のAIスパコンとビジネス向けの出口である農業データ連携基盤WAGRI(3.4節参照)とを接続したパイプラインのような構成として整備した.図2に研究データ基盤の概念図を示す.そのうえで,制度面・ソフト面でビジネス化や分野横断研究を後押ししている.詳しくは5章にて述べる.
その他にも各分野への個別対策として,環境系データなどを公開するためのオープンデータカタログサイトの構築や,育種に関係するデータを国内で共有するための内閣府 官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)への参画,病害・虫害に関する学習用画像データをWAGRIを介してビジネス利用するプロジェクトの立ち上げなどを進めているが,本稿では割愛する.
また,一般的に研究データリポジトリは研究成果を共有・公開する目的で作られており,研究成果の登録は研究終了時や年度末にのみ行われることが多い.しかし,品種開発や環境問題など研究期間が長期に渡る研究では成果が出て他者と共有するまでに長い時間を必要とし,データ利活用のサイクルが遅くなることが懸念される.また,ある研究の途上で生まれたデータが他者にとって別の目的で有用である場合も多い.そこで1次DBでは,研究過程で日常的に利用する共有フォルダと研究成果のリポジトリとを一体的に運用し,分野横断的なデータの利活用をより早いサイクルで回すことを企図している.フォルダやシンボリックリンクの概念やファイルの移動,コピー,リネームといった使い慣れたPCの機能を研究データリポジトリに持たせることで,研究成果としての静的なデータの公開と研究途上のデータの共有とを一つのシステムで実現することとした.
1次DBは,研究者がアクセス権を設定した範囲でデータを共有することで,有用な研究データの存在をカタログ化,見える化し,新たな研究テーマの発見や既存テーマの新たな展開に役立たせるなど,研究者間の共創促進を目的としている.そのため,データ登録時には農業分野に特化したNARO Commonsメタデータ(3.6節参照)の付与を必須としたうえで,主に以下の機能を提供している(図3参照).
加えて,機構の組織構造や横断的なプロジェクト体制に合わせたアクセス権設定機能を設けている点に特徴がある.2章で述べたシステムの中にはデータ公開を前提としており,細かなアクセス権設定ができないものもあるが,研究者に所有するデータの登録を促すためには厳密なアクセス権の設定は最も重要な機能である.特に,統合DBは研究成果のリポジトリとしての役割と研究途上のデータの共有フォルダとしての役割を持たせているため,アクセス権設定は機微な問題でもある.具体的には,縦割りの研究課題*5や横断プロジェクト(ディレクトリのトップに相当),それらの配下のデータセット(フォルダに相当),個別のデータファイルに対して,以下の4種類のアクセス権を組織上の部門/領域/ユニット/グループ/チーム単位,あるいは任意のユーザ集合単位やユーザ個人単位に付与することができる(権限が重複した場合は,より強い権限が優先される).
オーナ プロジェクト,データセット,ファイルを作成したユーザ.下位階層のオブジェクトに対してすべての操作が可能.
編集者 オーナにより編集権限を付与された組織,ユーザ.該当するデータセット・ファイルに対してすべての操作が可能.
利用者 オーナにより利用権限を付与された組織,ユーザ.情報の修正や上書きはできないが,ダウンロードなどの操作が可能.
閲覧者 オーナにより閲覧権限を付与された組織,ユーザ.情報の修正や上書き,ダウンロードはできないが,閲覧が可能.
新しく作成されたデータセットやファイルは,プロジェクトや上位のデータセットの権限を継承し,自動的にアクセス権が設定される.また,編集者権限を持っているユーザはアクセス権の設定を変更することが可能であり,データセットのアクセス権を変更した場合,下位のデータセット,ファイルすべてに自動的に適用される.なお,メタデータは基本的に全ユーザが閲覧可能だが,データの存在自体を隠したいプロジェクトの場合はメタデータ自体を不可視化することもできる.さらに,内部IDと機構外からの外部ID(3.5節参照)の権限管理や,機構内のユーザ管理系システム(LDAPなど)と連携し,組織変更に合わせて自動的にIDやアクセス権を変更する機能,などを持っている.
1次DBのストレージにはAmazon S3に準拠した分散オブジェクトストレージをオンプレミスで導入し,スケーラビリティと事業継続計画(BCP)に備えた分散性を確保した.また,前述した機構内の研究データに関するヒアリングの結果,ストレージサイズは物理サイズ5 PB(バックアップ等を除く実効サイズ3 PB)とした.
データカタログである1次DBに格納されたデータセットのうち,データセット間の連携を進めているプロジェクトや研究計画において連携が計画されているものを中心に,プロジェクトの進捗やデータ量,予算などに応じて優先度を付けて,各データ形式・項目の整備,RDBまたはグラフ形式への変換を進め,2次DBへの移設・新設を行っている.また,内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」の一環として,ライフサイエンス統合データベースセンターによるゲノム情報に関するRDF DB,TogoGenome(http://togogenome.org)[6]も2次DBの一つとして運用している.
データ分析は前処理に掛かる工数が9割を占めるとも言われるが,2次DBでは事前にオントロジー等を用いて項目を整理し,当該分野内で標準的あるいは相互利用に適したデータ形式に統一するなど,データのセマンティクスの異質性を解消しておくことで統計分析や機械学習による知識発見をサポートしている.例として,以下のようなデータ連携を通して相関関係や因果関係の発見をサポートする試みを進めている.
なお,2次DBにデータベースを設置した場合,当該データベース自体にメタデータを付けてデータベースへのアクセス先(Webサーバなど)を付記した,いわばメタデータだけのデータセットを1次DBに登録している.これにより,2次DB内のデータベースも1次DBにてカタログの一つとして参照することができ,1次DB上でメタデータを介して関連データセット・データベースの一覧性を確保している.そのため,将来的には多くのデータが1次DBから2次DBに移っていくことになると思われるが,あくまで1次DBをユーザへのポータルサイトと位置づけている.
図4に,これまで述べてきた1次DB,2次DBを含む農研機構研究データ基盤のシステム構成を示す.2次DBは外部ID認証システムやWAF(Web Application Firewall)をクラウド上に配置し,DBとストレージをクラウドおよびオンプレミスに置くハイブリッドな構成で運用している.他に2次DBのプラットフォーム上にはアプリケーション層,プレゼンテーション(Web)層として複数のサーバを配置している.現状,各研究部門・センターがOSやデータベースを含めて個別に管理運用している多数のサーバ(Webサーバを含む)を一括して管理することで,コストと保守の負担を軽減するとともに,セキュリティ等に関して統一的なポリシーを適用するためである.なお,DB,Webサーバなど2次DBのシステムは,オープンソースソフトウェアで構成することも可能である.
統合DBは,SIP第1期「次世代農林水産業創造技術」の成果である農業データ連携基盤(WAGRI, https://wagri.net)との連携機能も有している.WAGRIは,農林水産省などのオープンデータや農業関連企業のクローズデータをAPIを介して提供(または収集)し,第3者が農業者向けサービスをビジネス展開するためのAPIポータルサイト(会員制)である.クラウド上に構築されており,データベースも一部含まれているが,データ提供者側のデータベースへのアクセスを介して取得されることも多い.いわばWAGRIはデータの蛇口であり,統合DBはデータのダムの一つとしての役割を果たしている.現在,農林水産省のHPで公開されているオープンデータや,県や公設試験研究機関(公設試)のデータを統合DBに格納し,WAGRIからAPIで提供していく計画がある.
WAGRIシステムの詳細は割愛するが,WAGRIを通して統合DBにアクセスする場合,クライアント側は認証用トークンを2重化してRESTでアクセスし,WAGRI認証を通った後,WAGRI APIから転送され,統合DBの外部ID認証(3.5節参照)を通ったうえで統合DB側のAPIを実行することができる.今後,PWA(Progressive Web Apps)によるクライアントアプリのサンプルを配布予定である.これにより,機構内外を問わず圃場や屋内施設,IoTセンサーやドローンなど研究データが発生した時点や必要とされた場所からデータの利活用が容易になることが期待される.
統合DBとAIスパコンの利用にあたっては,外部との共同プロジェクト,コンソーシアム等でも活用するため,機構外研究者へのIDの払い出しも行っている.機構外ユーザであっても原理的に統合DBにおける全機能を利用可能だが,多くの場合はアクセス可能な範囲(公開範囲)を当該プロジェクト,コンソーシアムのデータに限定されている.2020年11月時点で外部IDは100以下である*6.なお,内部IDは機構内の全職員に最低一つ払い出されており,総数は約3000である.内,主な利用者は研究職約1800名である.
外部利用にあたってのセキュリティ対策は以下の3段階から構成される.
第1段 農林水産省研究ネットワーク(MAFFIN)firewall
― MAFFIN全体(農研機構を含む)への外部からの不正アクセスを監視・防御
第2段 農研機構firewall
― 利用者がいる研究拠点からのみアクセスを許可
― 外部だけでなく機構内部からの不正アクセスを監視・防御
第3段 統合DB・スパコンにおけるセキュリティ対策
― 利用者がいる研究拠点からのみアクセスを許可(第2段と二重設定)
― 特定のPCだけをアクセス許可(公開鍵認証方式)
― 不正侵入検知ツールを導入
― 利用者の操作を記録する監査ログを取得
― サーバのファームウェアの改ざん検知し正常なファームウェアに切り替える機能を導入,など
セキュリティ上の懸念から詳細を述べることは割愛するが,上記3段階はフィルタのような位置づけであり,段階が上がるにつれてセキュリティはより厳しくなっている.ネットワーク内のサーバ配置によっていずれかの段階を選択することは可能だが,統合DBとAIスパコンはいずれも3段階目に位置づけられており,すべてのセキュリティ対策が適用されている.なお,統合DB内のデータは,アクセス権設定機能によって公開制限レベル1~3(非公開,制限共有,制限公開)のいずれかに設定することができるが,レベル4(非制限公開)に向けてはデータ公開用の別サーバ(3.1節のオープンデータカタログサイト)を準備中であり,こちらはセキュリティ対策の2段階目に置かれる予定である.
メタデータは,データの中身を説明するために必須なデータであり,内閣府の研究データリポジトリ整備・運用ガイドライン[3]においても,データ管理システムは研究データを共有するための国際的な基準であるFAIR原則(FAIR Data Principles,Findable,Accessible,Interoperable,Re-usable)に従い,“データ再利用を促進する付帯情報としてのメタデータを整備することなどにより,研究データの相互運用性を確保し,研究データの共有(公開を含む)を図ること”が求められている.統合DBでは,Data Catalog Vocabulary(DCAT, https://www.w3.org/TR/vocab-dcat-2/)やDataCite Metadata Schema(https://datacite.org/)といった一般の研究データ用メタデータをベースに,米USDA Ag Data Commonsや仏INRAE,ICRISATにおける農業系のメタデータ項目を取り込んで,独自のNARO Commonsメタデータスキーマを作成した.表2にメタデータの項目を示す.国内では,オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR,https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/)が,メタデータの相互運用性を向上させ,学術的成果の流通を図ることを目的とし,JPCOARスキーマというメタデータ項目を定めているが,NARO Commons 37項目はJPCOARスキーマで必須とされている30項目を含んでいる.そのうえで,農業研究および農研機構に必要な生物種や圃場の情報,課題番号などを加えた形となっている.図5にNARO Commonsメタデータの他スキーマとの主な関係性を示す.
また,ファセットによる検索性を向上するため,先に述べた機構内ヒアリングの結果を踏まえて以下の統制語を定義している.データ分類の大分類は,ゲノミクスと遺伝学,植物と作物,農産物,食品と栄養,農業生態系と環境,バイオエネルギー,動物と家畜,農業経済学,地図とマルチメディア,オンラインデータベースの10種である.
なお,メタデータの入力を省力化するため,上位のフォルダのメタ情報を下位のフォルダ,データに自動的に継承している.また,メタデータを別途,Excelファイルで記載し,データと一緒にアップロードすることで登録させる機能も提供している.これによってメタデータの再利用が可能となっている.
ただし,NARO Commonsは多岐に渡る機構内データの共通セットとして作成したものであるため,今後分野ごとに拡張セットを追加していくことも検討している.
筑波山の雅名である「紫峰」と名付けた本スパコンの導入にあたっては,産業技術総合研究所のスーパーコンピュータ(AI橋渡しクラウド)など国内の先進的な事例を参考にするとともに,機構内での計算機資源の利用状況を踏まえて必要な計算能力を想定した.紫峰はAI計算において多用される行列演算性能に優れたNVIDIA社Tesla V100をGPUに採用し,1計算ノード内にNVLinkで接続した8基のGPUを搭載している.また,全16計算ノードをInfiniBand 100 Gbpsで接続し,計128基のGPUで理論ピーク性能1 PFLOPSを実現している.国内農業系研究機関においてPFLOPSクラスの計算機の導入は初である.ただし,紫峰は計算機としての性能を誇るためのものではなく,あくまで農業・食料という分野の研究者が利用しやすいデータ処理環境の提供を目指したものであり,コマンド,バッチ操作を主とする従来の利用に加えて,Webブラウザから操作できるインタフェース(juypyter notebookやR studioなど)や利用者のパソコンから遠隔操作できるインタフェースを通して,PC操作のようなユーザビリティを提供している.最新の機械学習用のパッケージをあらかじめインストールした仮想化環境も提供し,利用者がそれらをすぐに利用できるようにもしている.
なお,1次DB上のデータは,メニューからAIスパコンへのエクスポートを選択することで,AIスパコンのファイルシステムにコピーすることができる.今後は全国20拠点以上におよぶ機構内の各研究部門・センターを順次SINET経由で10 Gbps接続し,統合DBとAIスパコンの利便性を高めていく計画である.
本稿では,オープン&クローズ戦略に沿って研究データを適切に共有し,データ駆動型農業を推進することを目的として,農研機構が2020年度より運用を開始した研究データ基盤について述べた.研究者はデータファイルのバックアップ先を統合DBとすることで,データ管理の手間と義務から解放され,データの永続的で安全な保存(研究データの10年保存)に役立てることもできる.
今後,統合DBに実装すべき機能としては,統一的なIdentity Providerによる国内研究者のシングルサインオンや,JaLC等を介した研究データへのDOI付与機能などがあげられる.さらに,外部研究データリポジトリとのメタデータ連携機能もあげられる.すでにJaLCからDOIを取得する際にJaLCが提供するREST API*7でメタデータを自動的に登録する機能を開発しているが,現在,いくつかのムーンショット型研究開発プロジェクトにおいて農研機構統合DBの利用が検討されているため,前述したGakuNin RDMとのメタデータ連携も必要と考えている.学術機関リポジトリデータベース(国内各研究データリポジトリに登録されたメタデータを収集,一括検索を提供するサービス)への対応と併せて,今後の改修を検討していく.また,現在はユーザ登録なしでの外部アクセスを許可していないため,外部の検索サービスによるクローリングは許可していないが,先述したレベル4(非制限公開)データを格納するためのデータ公開用サーバは外部サービスによる検索も許可する予定である.
一方で,研究データの登録と共有,および積極的な利活用をどのように研究者に根付かせていくかは依然大きな課題である.研究データ基盤というインフラを用意するだけではなかなか利活用が進まないことは周知の事実である.そこで,農研機構では制度面,ソフト面の施策として,前述した内閣府研究データリポジトリ整備・運用ガイドラインに沿って2019年度に農研機構版研究データベース運用ガイドラインを策定した.この中では,研究成果とする研究データは機構内で原則共有することを明記している*8.一方で,標準的な研究データ利用規約も定め,データ作成者のオーナーシップを明確にし,論文発表や特許提案時の権利保護を明記した.さらに,2021年度からは研究管理等を定める機構内の規定に研究成果等管理ガイドラインを追加し,研究管理の一環として研究データを含む研究記録の登録および責任者による定期的な確認も定める.これらと並行して,2020年度より機構内でAIスパコンと統合DBを用いたハンズオンを主体としたAI教育プログラムを開始した.大学における半期15回分に相当し,データ科学やAI,特に機械学習に関する授業を農業研究を題材として予備コース,初級コース,中級コースを通して実施する.本プログラムは,2021年度から県や公設試など機構外へも提供し,オープンサイエンスの考え方やデータ駆動型農業を広めていきたい.他にも,農水省 農業分野におけるデータ契約ガイドライン[7]に沿った産学官におけるデータ利活用に関する仕組みやビジネスモデルの検討,研究データ基盤や研究データ利活用に関する国内外の枠組・組織(RDA等)への参画を通した他機関との協働なども検討している.
研究データ基盤の整備においてはインフラ構築だけでなく,制度・ソフト面の施策を同時に実施していくことが重要であり,それによって研究データを介した研究者間の共創が広がり,オープンサイエンスへ繋がっていくと考えている.
1994年早稲田大学大学院理工学研究科電気工学専攻修士課程修了.同年,株式会社東芝研究開発センター入社.2001–2002年米国カーネギー・メロン大学ロボット工学研究所客員研究員兼.2003–2018年電気通信大学大学院情報理工学研究科客員准教授兼.2007年より大阪大学大学院工学研究科非常勤講師兼.2015–2018年科学技術振興機構情報分析室主任調査員,2019年特任フェロー兼.2018年法政大学理工学部非常勤講師兼.2019年より農業・食品産業技術総合研究機構企画戦略本部データマネジメント統括監.2020年より産業技術総合研究所人工知能研究センター招聘研究員兼.博士(工学).2012年国際会議ISWC 10-Year Award受賞.2013年,2019年人工知能学会研究会優秀賞受賞.人工知能学会理事,代議員,研究会主査などを歴任.主に非構造化データからの知識抽出とナレッジグラフ構築および分析・活用に従事.
2005年大阪府立大学大学院工学研究科機械系専攻海洋システム工学分野博士前期課程修了.2005–2011年大阪府立大学大学院工学研究科航空宇宙海洋系専攻海洋システム工学分野博士後期課程.2011–2014年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科情報科学専攻博士後期課程.2014–2015年日本学術振興会特別研究員(DC2,PD).2015–2019年豊橋技術科学大学情報・知能工学系助教.2019年より農業・食品産業技術総合研究機構農業情報研究センター主任研究員.博士(工学).2014年国際会議Metabolomics 2014 The Best Plant Metabolomics Poster Awards受賞.2015年Molecular Informatics誌Best Paper Award 2014受賞.海洋流体の数値計算手法に関する研究の後,バイオインフォマティクス,ケモインフォマティクスの分野での研究を経て,現在は農業データ利用促進のためのデータベースに関する研究・開発に従事.
2012年豊橋技術科学大学大学院工学研究科電子・情報工学専攻修了.同年より同学RA.2013年豊橋技術科学大学情報・知能工学専攻助教.2017年理科学研究所革新知能統合研究センター研究員.2020年より農業・食品産業技術総合研究機構農業情報研究センター主任研究員.博士(工学).自然言語処理,主に言語資源の自動構築に関する研究および,農業情報管理に関する研究に従事.
2004年岐阜大学連合農学研究科博士課程修了.海洋研究開発機構フロンティア研究センター,茨城大学農学部,神奈川県自然環境保全センター,森林研究・整備機構森林総合研究所研究員を経て,2019年より農業・食品産業技術総合研究機構農業情報研究センター上級研究員.博士(農学).農研機構統合DBの開発および普及に従事.
1980年農林水産省入省.1989–2008年,2014–2018年農林水産研究情報総合センター研究ネットワーク(MAFFIN)および各種研究システムの企画・設計・構築に従事.2010年放送大学大学院文化科学研究科政策経営プログラム専攻修了.2018年より農業・食品産業技術総合研究機構農業情報研究センター専門職.修士(学術).2007年テクノロジーショーケース・イン・ツクバ2007年ベストインデクシング(ベスト・アイディア)賞受賞.JPNIC評議員.スパコン,ネットワーク,データベース等のシステム設計・構築に従事.
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