会誌「情報処理」Vol.62 No.5 (May 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

最前線に立つ実務家と研究者が見る感性情報学の今と未来

インタビュー 心sensorについて
インタビュイー:齋藤 学((株)シーエーシー )
インタビュア:江谷典子(Peach・Aviation(株))

座談会 対話型進化計算の未来
参加者:竹之内宏(福岡工業大学),福本 誠(福岡工業大学),花田良子(関西大学),徳丸正孝(関西大学)
司会:竹之内宏(福岡工業大学)

招待論文を執筆いただいた皆様に,論文に書けなかったことや今後の展望などをお話しいただき,意見交換をしていただきたく,また実務家と研究者たちの最前線感を探るためにリモート・インタビューを企画いたしました.そこで,感情認識AIである心sensorについて,(株)シーエーシー様へインタビューを行い,また対話型進化計算(Interactive Evolutionary Computation:IEC)をブレイクスルーしようと挑む研究者のZoom座談会を開催しました.

齋藤 学
齋藤 学((株)シーエーシー)
(株)シーエーシー 経営統括本部 経営企画部 ITコーディネータ.企業のシステム全体構成やコミュニケーションインフラ・ナレッジマネジメントなどが専門.
竹之内宏
竹之内宏(福岡工業大学)
情報工学部システムマネジメント学科 助教.専門は対話型進化計算を用いた感性情報処理と応用システムの開発.博士(工学).
福本 誠
福本 誠(福岡工業大学)
情報工学部情報工学科 教授.ユーザの感性に合うメディアコンテンツ生成の研究に従事.博士(工学).
花田良子
花田良子(関西大学)
システム理工学部電気電子情報工学科 准教授.組合せ最適化・進化計算の基礎,応用に従事.博士(工学).
徳丸正孝
徳丸正孝(関西大学)
システム理工学部電気電子情報工学科 教授.専門は感性情報処理・対話型進化計算・感性ロボティクス.博士(工学).
江谷典子
江谷典子(Peach・Aviation(株))
全日本空輸(株)子会社 Peach・Aviation(株).2014~2015年度JST CREST『 科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化 」の研究に従事.専門は人工知能・ビッグデータ・コンピュータアーキテクチャ.博士(工学).

感性情報学への期待

江谷:今回の「感性情報学最前線」特集を企画した編集委員の江谷です.ゲストエディタをお願いした(株)シーエーシーの齋藤様と福岡工業大学の竹之内先生と3人で,本日のナビゲータ役を担当させていただきます.

冒頭から何ですが,「感性情報学」への期待についてお聞かせください.

私は,感性情報学は人間と協調できるComputingとして,親しみやすく,また,使いやすくなり,また,今後の日本社会における労働人口の不足を補えるような自動化や協調支援が期待できると考えております.

竹之内:その視点については,私も同感です.

江谷:今まさに御研究に取り組んでおられる専門家の方に同感していただけて嬉しいです.

現在社会の課題である働き改革とか,コロナ禍における就労や教育など,リモートでのコミュニケーションが必要な場で,お互いの心を掴みあうことができると対面同様の臨場感がありそうですね.リモートランチとか楽しそうです.

齋藤:そうですね.リモートでのコミュニケーションは今後も変わらず増えると思っています.リモートでは相手の映像が表示されていないことも多く,相手の感情を読み取ることが難しいです.これを支援するシステムは有効だと思っています.

最近は,感情解析関連の仕事よりも厚生労働省などのテレワーク系のサードワークプレース☆1に関する有識者として呼ばれることがあります.

竹之内:これら2つの共通点を探ろうとすると難しいのですが,今回の「感性情報学 最前線」にならうと,齋藤様の方はすでに応用が達成されている上での話,我々の方は学術研究のような内容が飽和状態になってきたので何かうまく工夫して,IECを世の中のシステムに何かの形で浸透できないかを探る話となります.

インタビュー ―心sensorについて―

江谷:(株)シーエーシー様へ感情認識AIである心sensorについてお話を伺います.

1.中学校デジタル化プロジェクトについて

江谷:MITの技術であるAffdexを利用している中学校を発見し,(株)シーエーシー様の存在を知りました☆2.2015年から取り組まれているITを活用した教育の高度化を図る「中学校デジタル化プロジェクト」の目標は何でしょうか?

齋藤:このプロジェクトの最終的な目標は,鳥取県にある私立中高一貫校の学校法人鶏鳴学園 青翔開智中学校・高等学校(青翔開智)を起点に日本の中学校・高校におけるディジタル技術を活用して教育を高度化すること,そして,それを通じて未来の日本を背負う人材の恒久的輩出の仕掛けづくりを行うことなのです.

江谷:どのようなシステム開発に携れたのでしょうか?

齋藤:この青翔開智の特徴的な授業が「探究」です.「探究」の授業では,研究を広げ,深めていくことで,生徒自ら学ぶ手法を身に付けることが目標にされています.プロジェクトでは,探究の授業を定量化し,分析を可能にする『探究通信簿』のプロトタイプを作成しました☆3.2017年には国語や英語などの通常の授業でモデルを利用することでブラッシュアップを行い,データを収集し始めています.

江谷:このシステムの中で,感情認識AIはどのように利用されているのでしょうか?

齋藤:最新のIT技術活用に際して,本プロジェクトでは青翔開智の「探究」の授業でプレゼンテーションが重要な要素となっていることに着目しました.生徒のプレゼンテーション能力の向上や,プレゼンテーション能力に必要な要素の分析にITを活用すれば,教育の高度化に貢献できると考えたのです.この目的に活用できると考えた最新IT技術が,感情認識AIです.

どのような興味を持ちましたか?

江谷:既存のWebカメラ等を使って人の表情を分析し,感情をデータ化・分析できる感情認識AI であるAffdexを用いた「心sensor」のデモを拝聴しました☆4.表情というビッグデータを詳細に分析し分類できることに驚きました☆5

齋藤:先日,学校の文化祭をオンラインで行いました.文化祭で1名ずつが発表をしたので,その動画をファイルサーバ経由でフィードバックしました.こちら,今回アンケートがとれなかったそうなので,次回の青開学会でフィードバックと改善は行う予定です.

江谷:その分析結果の見どころは?

齋藤:前向きな状態がよく出ている生徒がいるので,その生徒のアンケート結果をとると閲覧者の評価が良いのではないかという仮説を立てています(が,まだとれていません).

2.心sensorの展開

江谷:ところで,感情認識AIがどのような表情であったかを評価しているわけですよね.この評価を使って,表情作りのトレーニングができるとプレゼンテーションは上手になるのでしょうか?

齋藤:はい.そこで,感情認識AIで表情トレーニングを行う「心sensor for Training」を準備しています.

江谷:「心sensor for Training」のデモを拝聴しました☆6.明治安田生命様の導入事例で,営業部門の方がコミュニケーション向上のために利用されているのがよく分かりました.

齋藤:サービスで言うと,2つの方向性で進めております.トレーニングに特化したサービス展開で検討しているのが1つ,もう1つは,「心sensor for Communication」という新サービスも作っているのですが,Webカメラで人の表情や動きを認識してアバターが動くというものです☆7

江谷:先日(2020年9月28日)のデジタルプラクティス編集委員会では,Zoom遠隔会議にアバター(分身)になった齋藤さんが登場されたので,思わず笑ってしまいました.心sensorが喜んだり驚いたりする齋藤さんの表情を捉えると,アバターも同じ表情になるので楽しくなります.

齋藤:新型コロナウイルスで広がるテレワーク需要に対応できると思います.また,リモート授業での利用を想定しています.すでに高校生フェンシングの日本一を決めるインターハイの代替大会である「High School Japan Cup 2020」で利用されました☆8. 会場に足を運ばずとも,観客はほかの観客の応援状況を見ることで一体感を増すことができました.また,会場の競技者も応援の状況を見ることができたため,競技者のモチベーション向上につながったのではないかと思っています.

3.AIやIoTによるコミュニケーションの変化

江谷:最近は感情解析の仕事よりも,テレワークなどのリモート関連のお仕事もされていると聞いております.AI技術の普及へと展開されているのでしょうか?

齋藤:私は,AIを使う仕事がメインではなく,日本テレワーク協会などでテレワークの推進や,長崎県内でワーケーションの推進をしています.元々,企業のシステム全体構成やコミュニケーションインフラ・ナレッジマネジメントなどの方が専門なのです.リモートワークや働き方全般にかかわる企画に携わっており,人事の在宅勤務の制度も作りますし,会社のオフィスレイアウトを企画・作成もしています.

私のもう1つ担当している主要なテーマで,情報系システムの未来について考えている研究会の部会長をしています.そこで毎年レポート☆10を書いているのですが,情報系システムというと相手が対人としてしか理解できなかったものが,相手がAIやIoTになってきており,さらにそれが意識しなくなっていると思っています.業務プロセスにもAIやIoT(センサなどを含む)が入り込んできていますが,それだけではなくコミュニケーションがチャットボットのようなモノにとどまらず,変化しているのではないかというのが我々の見方です.

江谷:コミュニケーションにおける情報共有は,人だけではなく,AIやIoTも含まれているということでしょうか?

齋藤:はい.徐々にコミュニケーションの在り方が変わっているという印象を受けています.

江谷:たとえば,リモートキャンパスの中で,友だちを作るためのコミュニケーションができるでしょうか?

齋藤:利用者の信頼性の確保は,もちろん,必要です.変な人には会いたくありませんからね.AIは単にコミュニケーションのサポートをして少し話をうまくする手助けをする感じで.

江谷:友だちを作るための対話を解析したAIが,上手く話ができて盛り上がるような会話の合いの手を担うことができればよいですね.システムとAIにより友だち作りの場が安全になればと思います.

齋藤:補助ツールみたいなAIの使い方になるのではないかとも思っています.

4.リモートコミュニケーション時代の心sensorについて

江谷:最後に,働き方改革やコロナ禍の中,リモートコミュニケーションは必須のように思われますが,就労や教育について御社のお考えを教えてください.

齋藤:リモートのコミュニケーションで顔を常に出せればよいのですが,それだけとは限らないので,顔を出す代わりに心sensorが上手く使えればと思っています.

江谷:就労や教育の場が,リモートでも行われる時代に入り,対面のコミュニケーションとは異なるけれど,人工知能やビッグデータを活用した新たなコミュニケーション臨場感が心sensorにはあるのだと思いました.また,AIやIoTがコミュニケーションのあり方を変えていくであろうということも分かりました.

本日は,ありがとうございました.

対話型進化計算のブレイクスルーに向けて

江谷:(株)シーエーシー様の取り組みについて,竹之内先生のご感想はいかがでしょうか?

竹之内:齋藤様の感情認識AIの場合はすでに商品化もされており,応用するという面では(応用における課題はさまざまあるものの)IECの何歩も先を行っている印象です.我々のIECについては,これから応用手段に関する研究が盛り上がってくるのではと期待して,研究に取り組んでいる段階です.

江谷:IECにはどんな課題がございますか?

竹之内:IECが提唱されてから20~30年経ち,この間にさまざまなIECシステムが提案されてきましたが,ほとんどが実験ベースで終わっています.この先,IECが廃れることなく何か新しい段階に達しようとすると,たとえば,齋藤様がされているような「顔からの感情認識」情報を個体評価に取り入れるような話が必要になってきます.このような新しい可能性について,話ができればと思います.

江谷:どんな座談会になりそうですか?

竹之内:これまでの対話型進化計算に関する研究を振り返り,対話型進化計算を実際に応用しようとしたときに起こり得る問題(何が障害になっているか)を指摘し,それらの解決策と応用手段にはどのようなものが考えられるか話ができればいいなと考えています.

座談会 ―対話型進化計算の未来―

1.参加者の御専門紹介

竹之内:IECの研究もコンピュータの発達に伴い,黎明期からは多くの発展を遂げてきました.今回は,このような中で進化計算技術の研究に取り組まれてきた研究者の皆様と「対話型進化計算の未来」について,座談会を開催したく思います.まず,皆様のこれまでの研究内容やご専門についてお伺いしたいと思います.まずは福本先生お願いします.

福本:もとは,音楽を中心とするメディアコンテンツが人間に及ぼす心理的・生理的な影響に興味を持っていました.より高い効果を持つメディアコンテンツを創り出す方法はないかと考えているときに出会ったのが,IECです.高木先生(九州大学)の取り組みに影響を受け,IECの評価に心拍情報を用いる手法や,これまで生成対象ではなかった香りや味などのコンテンツを創り出す手法の提案と有効性の検証に取り組んできました.

竹之内:九大の高木先生,IECの大御所ですね.本特集号の招待論文にもあるように,福本先生は香りや味といった一見最適化や合成が困難そうな対象に取り組んでおられます.後程この話もお聞きしたいと思います.それでは,次は花田先生お願いします.

花田:グラフやスケジューリングなどの組合せ最適化の近似解法,特に進化計算に基づく手法の開発を行ってきました.最近は,福本先生と共同でのIECの手法開発を通して,対話形式の探索のプロセスに興味を持ち,その収束の傾向などから,IECの新たな応用についても取り組みを始めたところです.

竹之内:なるほど,通常の進化計算の有用なアルゴリズムや知見もIECに応用されていますね.それでは,徳丸先生お願いします.

徳丸:90年代〜2005年頃まではファジィ理論をベースとした作曲・編曲システムや衣服コーディネートシステムの開発を行ってきました.その中でファジィルールを調整することで多様な感性を表現できることが可能になったのですが,ユーザの感性に合うようにルールを最適化することが課題となりました.この課題を解決するために採用したのがIECでした.以降,企業との共同研究で製品の設計技術者やデザイナーの発想支援の形でさまざまなIECシステムを開発してきました.

竹之内:ありがとうございます.ファジィ理論は私も興味を持っているところで,IECと親和性が高いですね.最後に竹之内の紹介です.

複数のユーザの感性情報を用いたIECシステムの研究を学部時代の卒業研究で始めて以来,IECに関する研究に携わっています.具体的には,IECの評価インタフェース改善やタブーサーチの応用,さらにはIECのフレームワークを用いて,ユーザの感性検索数理モデルを最適化する研究などを行ってきました.実際にランニングシューズや腕時計デザインなどを最適化するIECシステムを構築してユーザ実験をしたり,アルゴリズムの定量的な評価のために数値シミュレーションを行ったりしています.

2.対話型進化計算手法に対する印象

竹之内:みなさんのご専門をお伺いして,これまでIECに関する研究にさまざまな形で携わっていることを拝聴しました.これまでのご自身の専門や研究されてきた知見から,IECという技術について,どのような印象をお持ちでしょうか.

福本:一般的には,ユーザが自分自身に合う製品・コンテンツを創ることは非常に困難です.単にモノを作ることが難しい上に,ユーザが理解していない自身の好み・感性はブラックボックスのようなものですので,それに合う解を探索することは難題としか言いようがないでしょう.そのため,出来合いの製品・コンテンツを楽しむということになります.

IECは,このような既存の枠組みを壊し,その人に合う製品・コンテンツを創り出す手法になり得ます.ただし,日常的な活動としては受け入れがたいほどの評価回数が必要になるため,疲れや時間の制約から本当の意味での最適解を得られることはあまりないだろうとも思います.

竹之内:やはり,ユーザの評価負担や評価の仕方が大きな壁になりますね.座談会冒頭でもありましたが,福本先生はこれまでに香りや味など一見合成が難しそうな,それでいて人の感性評価が多岐にわたりそうな対象をIECの枠組みで最適化しようとされています.これらを最適化する上での困難さやポリシーなど教えていただけますでしょうか.

福本:多くの香り,味のコンテンツは,原料を混合して作られます.この混合比をIECによりユーザごとの好みに最適化する取り組みをしていますが,やはり視覚や聴覚のコンテンツと比べると解候補の表現に時間がかかりますし,特殊なデバイスが必要になります.また,ユーザの評価の観点では,感覚器の疲労が早いことや,多くの解候補を一度に評価することが不可能なことは,IECにおける評価の繰り返しの妨げとなります.なかなか難しい手法ではありますが,商品開発の補助という形でもよいので,いずれは実用化になるレベルまで洗練されたシステムに仕上げたいと考えています.

竹之内:なるほど,ありがとうございます.徳丸先生はいかがでしょうか.

徳丸:最適化の対象となるモノ(解候補)のコーディングさえうまく設計すれば,どのような対象もユーザの直感的な評価により最適化可能である点には大いに可能性を感じます.しかし,最適化対象が複雑化すると膨大な繰り返し評価が必要となるため,評価インタフェースに何かしらの工夫がないと一般ユーザが気軽に使えるアプリケーションとして普及するのは難しいと感じています.

竹之内:IECのユーザの評価負担軽減のためには,ユーザが対象を評価しやすいインタフェースの設計が1つの重要事項として挙げられますね.対象の特性によって,評価インタフェースを設計することが求められますね.ありがとうございます.花田先生はこれまで主に対話型でない進化計算アルゴリズムの研究に取り組まれてきていますが,IECについてはどのような印象をお持ちでしょうか.

花田:IECのもっとも大きな応用は,ユーザの感性を直接反映したコンテンツ作成だと思います.あとは複数人でIECを進める中で解を交換しつつ,1つの解に収束させるといった合意形成を支援するツールとしても利用できます.もう少し広げて解釈すると,コンピュータと協力して探索をすすめるツールと考えることもでき,高次元の複雑な最適化問題を進化計算で解いている状況の中で,探索の方向性をユーザが決定するのもIECの枠組みに属すると思います.

竹之内:複数人を対象とした場合は確かに応用範囲が広がりますね.何かの形で通常の進化計算の過程でユーザの指針なり嗜好なりを介入させることができると,新しいシステムができそうですね.最後に竹之内の印象です.

IECはユーザの感性を取り入れたデザインや最適化を行える手法で,応用の幅は広いと考えています.ユーザの感性を用いてダイレクトにデザインを行うような手法はほかにはないかと.実際にこれまでも音,動画,静止画などさまざまな対象を最適化するIECの研究事例を見てきましたし,私自身がこれらのIECシステムを提案することもしてきました.このような中でIECは無限の可能性を秘めている反面,ユーザの評価負担やユーザが介入することによる進化計算上の制約など,まだまだ解決すべき問題は少なくないと感じています.

3.対話型進化計算の未来~徳丸案:ユーザの普段の行動をIECの評価に利用~

竹之内:さて,ここから本座談会のメイン「対話型進化計算の未来」についてです.元来,IECでは,ユーザの評価負担が大きいので,たとえばデザインの評価方法をシンプルにしたり,裏で通常の進化計算を実行して,ユーザが評価できない分の世代数を稼いだりして,負担軽減を実現してきました.しかし,それもそろそろ限界が来ているのではないかと思います.今後は,一般システムに普及できるようなIECを考えるような,ブレイクスルーが必要になってくるのではないかと考えていますがいかがでしょうか.徳丸先生いかがでしょうか.

徳丸:ユーザに「評価している」と意識させないユーザインタフェースが必要かと思います.AmazonやGoogleなどが力を入れている「潜在的なユーザのニーズの発掘」と同様に,ユーザの日常の活動から最適化対象の評価を獲得する技術を開発する必要があります.Webの世界ではユーザの検索履歴や閲覧履歴などのデータが集まりますが,アナログとデジタルの混在する世界,たとえば自動車や家の中など実空間の何かを最適化するようなケースでは,ユーザの生体情報を獲得するセンサ技術なども重要になってきます.

福本:ユーザに評価を意識させない,という考え方は非常に面白いです.IECによる解探索の難しさの1つに,ユーザに評価を繰り返してもらうことが挙げられると思います.私自身は心拍を用いたIECを提案しましたが,生体情報の利用をユーザの負担軽減という視点でしか考えておらず,日常生活での利用という観点はあまり持っていませんでした.うまくコンテンツへの関心をひきながら,意識させずに多くの生体情報を取れたら面白い技術になりそうですね.

花田:私たちは日々,何かしら自分の感性に従って無意識のうちに選択をします.そういった所作をウェアラブルなデバイスでログをとって,嗜好の特徴を検出するというのもよさそうです.実際にシステムを構築していくとなると,そのような長期的な進化計算の探索の仕組みが必要になってきますね.

竹之内:生体情報もセンサ機器の発展によっては,日常でユーザが計測機を着用しなくても正確な心拍や脳波を測れるようになるかもしれません.そうなるとユーザが知らない間に生体情報を計測されて,プライバシなど別の問題も起きてきそうですので,注意が必要ですね.ほかに,視線情報というのも,ユーザに評価を意識させずに取ることができるので,有用かもしれませんね.

4.対話型進化計算の未来~福本案:解候補探索へのユーザの積極的な介入~

竹之内:次は,福本先生にお伺いしたいと思います.

福本:IECの被験者実験ではランダムな解から探索を行いますが,このようなやり方では一般システムへの普及は到底無理です.ほかの情報を借りて探索範囲を狭める,初期集団を決める,という方法が実用につながるかもしれません.たとえばユーザから「こんな感じの製品がほしい」などのある程度の情報をもらい,そこから類推される情報を利用することが探索の効率化,一般システムへの普及に貢献すると考えます.

花田:非常に探索空間が大きい,高次元の設計問題などの最適化にも通じる話だと思います.望んだところに制約を満たす妥当な解が存在するかどうか分からない場合や,ユーザの設計方針がなかなか定まらない場合であっても,進化計算が解候補を表示するうちに,設計方針が固まってきて,進化計算の探索に新たに探索の方向性を示す.そういったところにも人間ならではのセンスが活かせるのがIECの強みであると思っています.

竹之内:IECの分野でも,ユーザが評価過程の中で気に入ったコンテンツやパーツをシステムに入力するオンライン知識組込みがありますが,これがさまざまな形で発展すると面白そうですね.

徳丸:確かに,解の評価以外にもユーザからの積極的な働きかけがあると探索効率は上がりますよね.コンピュータが提示したデザインの一部を直接ユーザが変更するような仕組み,ダイレクトマニピュレーションが以前提案されましたが,あれなんかもっと積極的に導入してもよいと思います.

5.対話型進化計算の未来~花田案:長く付き合えるIECシステム~

竹之内:花田先生はいかがでしょうか.

花田:これまでのIECは,集中的に探索,すぐに解を求める,という即席デザインが多いように思いますが,長期的に,かつ,ユーザは好きなときに選択,そのうちほしいものが得られる,あるいはさらに良い解が得られた,というような,長く付き合えるツールになるのが1つの理想だと思います.ユーザの選択から好みのバイアスを抽出し,徐々に賢くなる,相談相手になるようなIECになっていけばいいなと思っております.

徳丸:長く付き合うという意味では,現在のIECのように好みのデザインが出てきてハイ終わり,というものではなく,ユーザの嗜好を学習するようなモデルが必要になってきますね.そういう意味では,今のIECは賢くはないですね.

竹之内:確かに今のIECでは難しいですね.長く付き合おうとすると,毎日身につける服やアクセサリー,インテリアデザインなど数多くの対象の好みを,一括して理解してくれるようなシステムになると楽しそうですね.

福本:一括して理解してくれるシステムとなると,着用した回数やコーディネートを画像で入力するとか,ユーザの視線から対象物への興味の度合いを記録しておくとか,そういうイメージでしょうか? 実現したら面白そうですね.

竹之内:そうですね.たとえば,スマートスピーカが発展して,ユーザの日々の行動やスケジュールからある日のコーディネートや献立を推薦してくれるようなパートナーロボットのような存在に,IECが一役買うことができれば,素晴らしいと思います.

6.対話型進化計算の未来~竹之内案:モノを検索するモデルをIECで作る~

竹之内: 私の場合,たとえば,解説論文で書いているように,デザインパーツなどをダイレクトに遺伝子コーディングするような通常のIECでは,与えられたパーツの組合せ以外のものができず,デザインのバリエーションが限定的なのも一因と思います.たとえば,モノを検索するモデル自体をIECのフレームワークで最適化できれば,どんなものにでも対応できる数理モデルができるように思います.実際にこのような数理モデルについての研究も行っていますが,シミュレーションベースではある程度うまくいくものの,一般的なIECと比べると扱うパラメータ数や評価回数は膨大になり得ます.実システムとなると,先生方がご提案されているような仕組みが統合的に必要になると思います.

花田:おっしゃるとおり,モデル化の時点で,すでにいろいろな意思決定が必要となりますね.同じ本会の研究会『数理モデル化と問題解決』では,「正しくモデル化ができれば,問題の9割は解けたようなもの」と言われています.そういった意味で,解く方法~デザインする方法よりも,何をデザインするのか,というところが,IECにとっても本当は一番難しいところですね.モデル化のところにIECの力を借りるというのはいいアイディアだと思います.

福本:IECの探索対象であるコンテンツと遺伝子をつながない,というのはすごい発想ですね.モノを検索するモデル,というのはどのようなものですか?

竹之内:これまでに,感性検索エージェント(Kansei Retrieval Agents:KaRA)という名前でこのようなモデルを提案しています.KaRAは,ユーザの代わりに膨大なデータベース内のデータについて,ユーザが好きそうな/欲しそうなものを検索する数理モデルです.当初はこのモデルを,ニューラルネットワークや回帰多項式で構成していましたが,最近では推論過程を把握して,ユーザの感性に関する知見を言語情報で得られることを目指して,ファジィ推論モデルを使っています.IECのフレームワークを使って,ファジィ推論やニューラルネットワークのパラメータを最適化することになります.

福本:なるほど,数理モデルのパラメータそのものを最適化するのですか! 大きな枠組みになりそうですね.与えられたパーツの組合せ以外のものができるというのは,すごく夢のあるIECです.うまくいくと,IECのブレイクスルーにつながる取り組みと思います.

徳丸:話が飛躍しますが,それこそパソコンやスマホのOSレベルに組み込んだりすると面白いかも.ユーザの操作をさりげなくサポートするように処理内容を最適化し,評価値は操作効率から自動的に獲得するなど,ユーザには意識させないレベルでIECが動いているとか.

竹之内:そうですね,ありがとうございます.やはりいろいろな面から攻めていかないと,IECのブレイクスルーになり得る手法やシステムはできあがりそうにないですね.そこがIEC研究のやり甲斐になっていると感じています.

7.対話型進化計算のオープンソース化の可能性

竹之内:さて,今回の座談会を企画する中で,IECが一般に普及するには何が必要かというやりとりをゲストコーディネータの江谷様としていて,オープンソース化するような取り組みが有効ではないかという意見をいただきました.私自身,研究を進める上で他人とプログラムを共有したり,公開したりといった発想はなかったので,新鮮な感じがしました.広くさまざまなジャンルの開発者にIECのフレームワークを提供できたら,また違った展開が見られると思いますが,いかがでしょう.

徳丸:オープンソース化は面白いアイディアだと思いますが,誰もが気軽に使えるという意味では,対象となるモノのコーディング技術と,評価インタフェース設計が重要だと思います.しかし,これらは評価対象によって仕様が大きく異なってくる部分であり,一般化するのはきわめて難しいと思われます.そうなると,オープンソース化される部分は進化計算アルゴリズムの部分のみになってしまうので,通常のタブーサーチや遺伝的アルゴリズムなどの進化計算手法と変わらなくなりますね.

福本:オープンソース化することで,多くの方にIECを知ってもらい使ってもらうことが実現できるかと思います.勉強中の身ですので「IECの普及」という観点を持ち合わせていなかったというのが正直なところですが,面白いアイディアですね.

進化計算そのもののソースコードは,教科書などに例が増えていますし,サンプルもWeb上にあります.IECではそこにユーザの評価をつなげることになりますが,徳丸先生も言われているように解であるコンテンツ生成の部分にハードルがあるかもしれません.我々の研究のようにハードウェアとつながっているとかなり困難ですし,コンテンツ生成自体にお金や時間がかかっているとすんなり公開というわけにもいかない気がします.

竹之内:そうですね,確かに評価対象が変わると途端に別のインタフェースが必要になりますね.以前,オープンソース化とまではいかないですが,学生向けのIEC演習ツールみたいなものを作ったことがあります.このときも,評価対象はこちらで準備しないとうまく演習が進まないという問題がありました.本当は学生の演習の一環で学生が好きな動画や画像をコーディングして使えるようにしたかったのですが,さまざまな制約がついてきましたね.それで,結局,評価対象は画像の大きさを固定して色塗りをしていく配色生成に限定しました.

花田:オープンソースについてはまったくよく分かっておりません.先延ばし,思考停止している部分が大きいですが,運用が難しそう,ということでオープンソースには消極的です.

福本:進化計算から数値(解)を出し,それを何らかの形で主観評価してもらう簡便な枠組みは.オープンソース化できると思います.ものすごく単純ですが,この数列は好きですか,とか(笑).この例は飽くまで取っ掛かりで,CGや音などのメディアに関する技術を持っている方ならこれらの数値をもとにコンテンツ生成につなげられるはずです.ご提案をもとに,何かできないかと考え始めたところです.

竹之内:なるほど,いまのところ,オープンソース化は面白そうだけどIECの特性上,アルゴリズムとコンテンツを統合する段階で評価インタフェースなどのさまざまな制約が出てくるので,実現は難しいということですが,他の問題もありそうですね.

花田:そうですね,たとえば,企業と共同研究をした場合にどうなるのか,また,仮にそれを利用して誰かが儲かった場合に泣き寝入り,なんてことがあるのかどうか.普及については,近年,じっくり浸透というよりは,いきなり爆発的に広まるケースが多いので,なにか1つ,すごいIECによるコンテンツが生まれるのを待っています.

 

8.対話型進化計算の発展に向けて

竹之内:IECの未来について,さまざまな視点から多くの意見やコメントを伺ってまいりました.今後IECが発展していくためには,研究者が考える応用と実務者(企業)が考える応用が融合し,いわゆる共同研究が増えていくことが効果的かと考えます.ただ,昨今のIT業界や市場を見ていますと,IECのオープンソース化が実現できれば,ベンチャー勢力によってIECの応用が広まる可能性もあります.本座談会では,このようなさまざまな可能性を含むIEC技術について,有益なご意見やコメントを頂戴できました.ご参加いただいた招待論文執筆者の徳丸氏,福本氏,花田氏には深く感謝いたします.ありがとうございました.

座談会 ―対話型進化計算の未来―のZoom座談会の様子(左上から時計回りに竹之内氏,花田氏,徳丸氏,福本氏)
図1 座談会 ―対話型進化計算の未来―のZoom座談会の様子(左上から時計回りに竹之内氏,花田氏,徳丸氏,福本氏)

インタビュー/座談会を終えて

江谷:技術はプラクティスの積み上げにより発展すると言われています.今回,伺ったお話は,過去の多くの試みから新たな発展を遂げた成果であり,応用技術として発展を遂げていることを知ることができました.この素晴らしい特集にご協力いただいたゲストエディタの齋藤氏と竹之内氏には深く感謝しております.

本日はお時間をいただき,ありがとうございました.

脚注

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