会誌「情報処理」Vol.62 No.2 (Feb. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

経験学習と問題解決スキル
―問題解決養成塾SV研究会から見えてきた習得方法の極意―

寺下 薫1

1クリエイトキャリア 

問題解決スキルは,コンタクトセンタでは必須のスキルである.コンタクトセンタでは,顧客からの問合せに即座に回答しなければならない.問合せ内容によっては,クレームなどに発展するケースもあるが,問題解決スキルを習得できないままオペレータやオペレータの管理者であるスーパーバイザは現場で対応している.実際にセンタ内で問題解決スキルを習得させることはできず,困っているマネージャやセンター長も多い.これまで開催してきた問題解決養成塾「SV研究会」や外部の企業研修,現場の立ち上げ,立て直しなどを通して,どのようにすれば問題解決スキルを習得させることができるのかについて,前回執筆したデジタルプラクティス34号の論文「SV育成から見える問題解決力の育て方〜問題解決力を習得させる4つのステップ〜」から実践して得た知見をDavid Kolbの経験学習モデルを踏まえながら述べる.

1.問題解決の重要性

コンタクトセンタを運営していると,日々問題の解決を迫られる.他部署でも問題解決を迫られる場面はあるが,解決までに時間的余裕がある.しかし,コンタクトセンタでは,それは許されない.なぜなら,即時の解決が求められるからである.たとえば,お客様からクレームの電話がコンタクトセンタにかかってきた場合,オペレータやスーパーバイザ(以下,SVと表記)やマネージャ,センター長は,その場で問題解決を迫られることになる.さらに,センタの管理者であるSVやマネージャは,お客様対応の問題だけでなく,センター運営に関する諸々の問題にも頭を悩ますことになる.たとえば,出勤するはずのオペレータが出勤していなかったり,オペレータの誤案内によりクレームが発生したり,チャットボット導入について,社内調整が進まず,プロジェクトが暗礁に乗り上げたりと,センタ内で発生するさまざまな問題に取り組まなければならなくなる.そのため,コンタクトセンタ従事者にとって,問題解決スキルはとても重要なスキルであると言える.

2.問題解決スキル習得の難しさ

2.1 問題解決スキル習得者はたった1%

問題解決スキルは,コンタクトセンタ従事者にとって,重要な基礎スキルの1つであるにもかかわらず,センタ内でスキルを習得できている者はほとんどいない.これは,私の主催するSV向け問題解決養成塾である「SV研究会」や外部研修などで,約1,200人以上のSVに対して研修を行ってきた分かったことである.問題解決スキルを有するSVは,100人に1人,つまり,たった1%に過ぎない[3].

2.2 問題解決スキルが習得できないわけ

問題解決を行うには,解決のためのスキルが必要であり,そのスキル習得のためには,思考法が大きく影響しているが,誰でも習得可能なスキルである.しかしながら,問題解決スキルを習得できている人は,100人に1人と非常に少ない.なぜ,これほどまでに習得している人が少ないのか,それは,問題解決スキルを習得する機会がほとんどないことに起因する.現に小学校から大学まで問題解決の手法について,授業で教えている学校はほとんどなく,法政大学や名古屋大学など一部の大学に限られる.そのため,SVは,現場で,実際に問題に直面したときの経験を通して学んだり,先輩,上司からアドバイスをもらったりして,学んでいくこととなる.問題解決スキルを習得している人が少ないのは,学ぶ機会がないだけではない.正しい問題解決の考え方を知らぬまま,自己の思考方法から脱却できないこともスキルを習得している人が少ない要因の1つである.特に考え方は,自己流の考えやこれまでの経験が邪魔してしまい,なかなか変えることができないものである.たとえば,解決策は,人,もの,金,リスクなど無視して,ゼロベースで考えることが問題解決の正しい考え方である.しかし,多くのビジネスパーソンは,ゼロベースで考えることができない.コストや人員,物,リスクを考えながら解決策をつい出してしまう.ビジネスパーソンによっては,上司の顔色を見て,解決策を考えたりすることも出てきてしまう.

では,ビジネスパーソンが,解決策はゼロベースで考えるべしと書かれたビジネス書を読んだら,即実践できるだろうか.本を読んだからといって,すぐ実践できるわけではない.何度も訓練し,できていない点について,自分以外の人からフィードバックをもらって初めて気付くことができる.人の意識はそう簡単には変わらないため,ビジネス書を読んだだけでは,問題解決スキルを習得することはできない.

2.3 思考法を変える難しさ

どれだけ思考方法を変えることが難しいのかを体感することができるワークがある.それは,人の腕組みである.まず,いつもやっている腕組みをやってもらう.それがいわゆる従来の思考方法と考えてほしい.その次に,今やっている腕組みの上下を組み替えて,腕組みをしてもらう.それが,いわゆる問題解決の思考方法だと考えてほしい.するとどうだろうか,上下を組み替えて腕組みをしろと言われれば,意識的に上下を入れ替えた腕組みができるが,意識しなくなった途端,元の今まで通りの自然の腕組み,つまり従来の思考方法に戻ってしまうのだ.それほど,人は意識し続けないとすぐ,元の思考方法に戻ってしまうことを意味する.

正しい問題解決の考え方を身に付けるには,従来の思考法から脱却し,正しい考え方を学び,実践する必要がある.しかも,腕組みの時と同様,学んだことを意識し続け,実践していかなければ,問題解決スキルを習得したことにはならない

3.コロナ禍で改めて気付いた問題発見・解決の重要性

3.1 コロナウイルスによる影響

2020年2月頃から日本で発生したコロナウイルス感染拡大により,多くの人が外出を自粛し,ビジネスパーソンも仕事がリモートワークに切り替わった.コールセンタも同様,リモートワークによる顧客対応に切り替える企業も出てきた.その結果,業種によっては,仕事がなくなったり,やることがなくなってしまったりという人が続出した.たとえば,顧客に電話をして訪問約束を取り付ける,いわゆるアウトバウンドによるアポイントメント営業の場合,緊急事態宣言により外出の自粛が要請され,顧客にアポイントを取り,顧客の自宅を訪問したりすることもできなくなった.その結果,自宅待機になった社員は,自宅で時間を過ごすことになり,多くの人がやることがなくなったと口にした.しかし,実は,仕事がなくなったのではない.自分の持っている仕事の中に必ず問題があるにもかかわらず,問題を発見できなかった結果に過ぎない.問題を発見できなかった結果,やるべき仕事がなくなったように錯覚してしまったのである.

そういう意味では,コロナ禍におけるこれからの新時代においては,問題を「解決」でき,尚且つ問題を「発見」できることがとても大切であると言える.

3.2 問題発見ができない原因

問題を解決する前に,そもそも問題の発見が難しいと多くの人が口を揃える.問題は,現場に転がっているにもかかわらず,問題を発見することができないのだ.なぜ,問題が発見できないのか.私は,問題を発見できない原因が3つあると考える.

1,ゴールが不明確の場合

企業の業務のゴールと現状のギャップが問題(図1)にもかかわらず,ゴールがイメージできなかったり,ゴールの設定自体が誤っていたりする場合だ.この場合,問題を発見することができなくなってしまう.ゴールを不明瞭にしてしまうのは,これまた3つ原因がある.1つは,誰がやるのかが明確でないパターンである.2つ目は,何月何日までという期限がないパターンだ.そして,3つ目は,どういう状態にするのか数値化して示していないパターンだ.この3つのどれかに当てはまると,ゴールが不明瞭となってしまう.

問題とは
図1 問題とは
2,現状の把握が不明確の場合

現状を正確に分析できていなかったり,正しく認識把握できていなかったりすると,問題を発見することが難しくなる.

3,ギャップが不明確の場合

ゴールと現状のギャップを正しく認識できていなかったりすると,これまた問題発見ができなくなってしまう.

上記のような状況が発生してしまうと,問題の発見が難しくなってしまう.逆に言えば,上記の3つをクリアすることができれば,問題発見は容易になると言える.

4.ペーパータワーから見える問題解決力

4.1 ペーパータワーとは

私は,問題解決の正しい考え方を身に付けさせるために,研修の導入部分で,ペーパータワーというワークショップを取り入れている.ペーパータワーは,A4用紙20枚〜30枚を使って1分という限られた時間でどれだけ高く立てられるかをチームで競うゲームである.チームワークでの問題解決力の有無を判断することができるワークショップだ.

4.2 ペーパータワーのルール

チームは,4人1組とする.SV研究会では,5人以上でチームを編成したりしない.なぜなら,5人以上にすると参加者の参画意識が急に低くなり,どんなにフィードバックをしても,参加者に十分伝わらないからだ.参加意識が低くなってしまえば,ワークショップを行う意味が薄れてしまう.そのため,ワークショップは,4名以下で行うのが望ましいと考える.ただし,あくまでチームワークの問題解決力を高める演習であるため,3名以上でなければならない.2人以上でもチームであるという考え方もあるが,2人の場合,自分ともう一人の相手しかおらず,相手のことだけを考えさえすれば良くなってしまう.しかし,3人の場合は, 1人のことだけでなく,全体のことを考えなくてはならなくなる.そのため,チームワークは,3人以上で編成するようにしている.ペーパータワーを立てる時間は,1分間であり,その前に作戦会議の5分間を受講生に与える.その5分間は,たった1枚の紙だけ渡して,チームメンバと紙の折り方やタワーの立て方を議論して,本番に挑むことになる.

まず先にルールを説明する.

【ルール】

  • タワーを作る前に作戦会議を行ってもらう.作戦会議は,5分間で,作戦会議の間は,渡した1枚の紙しか触ることができない.
  • 紙は,切ったり,折ったりしてよい.
  • 計測が終了するまで,タワーが立っていなければならない.計測までに倒れた場合は,無効とする.
  • パソコンやスマートフォンなどによるWeb検索は禁止である.
  • タワーは,自立していなければならない.何かにもたれかけたり,手で支えたりすることはできない.

以上のルールを参加者に伝え,ルールを徹底させる.ルールに違反したチームは,失格とする.

4.3 本番から見える問題解決力

上記のルールを踏まえ,たった 1分間で,他のチームより高く紙のタワーを立てねばならない.実際にやってみると分かるが,8割以上のチームは,1分間という時間を有効に使えない.その結果, 1段(約21cm)どころか,まったくタワーを立てられないチーム(0cm)も出てくる.この差は,どこにあるのだろうか.問題解決力のあるチームとそうでないチームとで,どこに差があるのかを示したい.

まず,問題解決力のあるチームの特徴を先に示してみる.

  • 紙を折る人と立てる人の役割分担が明確である
  • ゴールが明確で,何段まで立てるか目標を設定している
  • 他チームに勝つために何が必要かを考えている
  • 他のチームの紙の折り方を作戦会議の時に偵察している
  • 1分間という時間を有効活用しており,短い時間の中でも計画を立てている

一方,問題解決力のないチームの特徴は以下の通りだ.

  • 紙を全員で折ったり,全員で立てたりする
  • どこまで立てるかゴールを設定していない
  • 他チームがどこまで立てているかを意識していない
  • 目の前のことで一生懸命で,他チームを偵察したりはしない
  • 1分間の時間を計画的に使えず,焦ってばかりいる

上記のような特徴の差が現れる.ペーパータワーのワークショップをさせると,問題解決スキルの有無がはっきりと分かるのだ.

4.4 ペーパータワーの結果

これまで224回,ペーパータワーをやってみて判明した数値は以下のような数値となっている(表1).SVは,マネージャやセンター長より高く紙のタワーを立てることができない.これは,広い視野でSVは物事を見ることができないことに起因する(図2).現に,9割以上のSVは,作戦会議の際,他チームの戦略を偵察したりせず,自分の目の前のタワーを立てることに精一杯となっている.他チームが高く立てるコツを話していても,それに気付かず,自分たちのやり方で何とかやろうとするのだ.そのため,SVは,平均59.7cmでA4用紙を縦にして2枚分の高さしか立てることができない.

表1 ペーパータワーの実績値
ペーパータワーの実績値
視野の広さ
図2 視野の広さ

4.5 ペーパータワーで見る問題解決力のある人の特徴

なお,問題解決スキルがある参加者の過去最高記録は,高さで言うと,2m,3cmまで立てることができている.机の上から天井の高さまで積み上げているとイメージしてもらえば,分かりやすい. なお,1分間という短い時間で,2mもの高さまでタワーを立てられる(図3)チームは,次のような特徴が見られた.

  • 紙を折る人とタワーを立てる人と役割が明確で,しかも,各作業について,得意かどうかも見きわめて,役割分担を決めている
  • 机の上に筆記用具やノートなど何もない状態で,整理整頓されている
  • どのように紙を折れば,タワーの土台を強固なものとし,他のチームに勝てるかを考えている
  • 他のチームの作戦を見に行って,参考になる部分は,すべて取り入れている.
  • スタートする時点で,すでに机の上に人が配置されており,天井近くまで積み上げようとする執着心がある.

以上のように,ペーパータワーというワークショップ1つでも問題解決スキルの有無を判別することができる.また,問題解決スキルを習得していれば,ペーパータワーの結果でも分かる通り,成果にも大きな差が出ると言える.

天井近くまで立った例
図3 天井近くまで立った例

5.経験学習モデル

5.1 David Kolbの経験学習モデルとは

私は,SV研究会における参加者の育成方法で参考にしている有名な学習モデルがある.それは,David Kolbの「経験学習モデル」だ.Kolbの経験学習サイクルは,その人自身が具体的な経験をすることから始まる(具体的経験).そして,その経験をいろいろな視点から振り返り(内省的観察),ほかでも活用できるように教訓化し(抽象的概念化),そのやり方で他でも実際にやってみる(能動的実験)というサイクルをぐるぐる回すことで,経験が知識に変化するという理論だ(図4).一言で言えば,自らの過去の経験を振り返り,それを未来に適用する学習モデルであると言える.Kolbの理論を具体的に図解すると次のようになる.

David Kolbの「経験学習モデル」
図4 David Kolbの「経験学習モデル」

私もヤフーで長く人材育成に携わるようによって,人材を育成するためには,経験学習がとても大切であると考えるようになった[4]. そう考えるきっかけになったのは,SV研究会だ.

SV研究会では,いろいろ研究会でトライアルを繰り返しながら,育成の効果を検証してきた.通常,研修では,たとえば,プレゼンテーション研修であれば,プレゼンの仕方や基礎を教えてから,演習問題をさせて,スキルを定着させようとする.しかし,このプロセスで習得させる場合,演習問題は,最初に聞いた基礎部分を参考に実践されることになる.つまり,見様見真似により,受講生は,教えてもらった内容で,なんとなくできてしまうのである.実は,ここに大きな落とし穴がある.実際に中途半端な習得状態で現場に戻っても,学んだスキルが実践されることはほとんどないからだ.その原因は,得られる気付きの少なさにあると考えている.気づきが少ない分,現場で実践しようとしてもできないと分かっても,どうしたらいいか分からなくなるからだ.私はそれに気づき,SV研究会では,そのプロセスで教えることをやめることにした.

5.2 教育法でも有効な経験学習

SV研究会は,最初にワークショップをやることにしている.いわゆる経験を最初にさせるのだ.研修の中にKolbの経験学習モデルを取り入れることで,成長を加速できることができるのでないかと考えたのだ.ワークショップは,ケーススタディ方式の演習問題を取り入れている.現場で実際に起こり得る演習問題の方がよりリアリティがあり,現場に戻った時,イメージができ,即実践できるようになるからだ.制限時間は60分〜80分で,受講生は,真剣に取り組み,議論した内容を模造紙などにまとめ,発表する.ポイントを何も教えていない状態で演習問題に取り組んでいるので,実際に60分後に出来上がってくる成果物は,私がゴールと考えている成果物とは程遠い内容が出てくる.ここで大切になることが受講生に対するフィードバックである.

受講生の発表内容については,良い点もあれば,改善すべき点もあり,両方,率直にフィードバックすることにしている.フィードバックをすることにより,できたことは受講生の自信につながり,できなかったことについては,受講生の中で,次回に向けた内省が始まることとなる.受講生側からすると,できてないことを指摘されることは,耳が痛い内容のため,気付きが多くなる.受講生は,そこで反省し悔しい思いをするからこそ,次回の演習問題で前回指摘された課題を克服しようとするのだ.私がフィードバックするのは,受講生がまとめ上げた成果物だけではない.チームワークやリーダシップについても同時にフィードバックしている.成果物をまとめるに際して,そのプロセスも重要だからである.

5.3 役割分担の発揮力で分かる問題解決力

4人1組で演習問題に取り組む場合,リーダー,発表資料作成者,発表者,タイムキーパーと役割を最初に決めて,取り組ませるようにしている.その役割は,100%と果たすよう事前に受講生に伝えた上で,演習問題に取り組むのだ.

発表者が発表する際,決められた時間,たとえば5分以内で発表しなければならない.発表者は,緊張のため,あまり時間感覚もないまま発表してしまい,5分という発表時間を有効活用できず,3分くらいで終わったり,逆に制限時間の5分をオーバーしてしまったりするチームも発生する. その場合,タイムキーパー担当のメンバに次のような問いかけをすることにしている.「自分の役割を100%果たすことができたか」だ.具体的には,タイムキーパーは,時間に関するアドバイスをリーダーにしたり,発表者に発表の際の残り時間を伝えるようにしたりしたかを自分の中で振り返ることとなる.タイムキーパーを経験した受講生は,次のような言葉を必ず口にする.

「タイムキーパーの役割になり,リーダーや発表者など他の役割と比べると楽な役割だから,ラッキーだと思ったが,フィードバックされて,何もやってない自分がいたことに気付いた」

各役割での振り返り後,私から今回のワークショップのポイントをいくつか示し,教訓化する.すると,受講生は,次回のワークショップでは,同じ失敗はしないと誓い,また,学んだことを現場でやってみようかと思い始めるのだ.

また,1週間後に行われるワークショップで,新たな改善点が指摘され,振り返ってみて,できていないことに気づき,再度,現場で活用しようと考える.参加した100人が100人全員このように理想的に行動を始める訳ではない.学んだことを現場で実践できない受講生もいる.しかし,周りの受講生が行動し始めていることに気づくと,これまで行動していなかった受講生は,ようやく重い腰を上げ,ちょっとずつやるようになるのだ.SV研究会の受講生の多くは,この経験学習モデルにより,成長し,キャリアアップを果たしている.

なお,受講生に刺さるフィードバックをするには,どうすれば良いだろうか.私は,受講生の心を動かすようなフィードバックをするには,教えるトレーナー側があるべき姿を事前に把握しておかなければならないと考える.あるべき姿が明確であれば,発表内容との差異が明確で,どこをフィードバックすれば良いか分かるからである.

5.4 研修の効果的な実施頻度とは

Kolbの学習モデルではあまり触れられていない要素がある.それは,「実施頻度」だ.何日間おきに,何回研修を実施したら,習得させるスキルが受講生に定着し,現場で発揮できるようになるのかについては説明がない.私は,効果的な実施頻度について,SV研究会では何度も検証してきた.1週間おきにSV研究会を開催した方が受講生に定着するのか,または2週間おきの方がいいのか,1カ月おきがいいのかなどを検証しながら,試行錯誤してきて判明したことがある.それは,1週間おきにやるということだ.これは,エビングハウスの忘却曲線でも,証明されている.

通常,研修は,1回で完結することが多い.しかし,SV研究会では,1週間おきに計4回実施する.なぜなら,人は教えたことをすぐ忘れてしまうからだ. たった数分前のことでさえ,人は覚えていない.ドイツの心理学者であるヘルマン・エビングハウスは,CRKなど意味のない3つのアルファベットの羅列を,実験に参加してくれた人に多数覚えさせて,その記憶がどのくらいの速度で忘れられていくかを実験している.その結果,グラフで表したものが,有名な「エビングハウスの忘却曲線」である. この実験で,1時間後に56%,1日後には66%,1カ月後には,79%が忘れられてしまうという結果が出ている[2]. つまり,1カ月もすれば,教えたことの8割近くは忘れてしまうのだ.折角,お金と時間をかけて研修を実施しても,これだとあまり意味がないものになってしまう.実際に,私は研修の中で,教えたことを時間を置いて質問するようにしているが,たった10数分前のことでも受講生は覚えていないことが多い.

そのため,私は,SV研究会では4回やることにして,問題解決スキルの定着を図っている.しかも,事後課題を受講生に出して,次回実施時まで意識を持続させるようにしている.受講生にアンケートをとってみても,「SV研究会は,4日間連続ではないため,期間が少し空く.しかし,事後課題もあるので,実際の空白期間はないように感じた.」という感想がほとんどだ.実施の頻度は,1週間おきがベストである.3週間も空けると,効果が激減する.覚えていたことをほとんど忘れてしまい,現場で実践することができなくなってしまう.

5.5 新学習サイクル

私は,Kolbの経験学習に実施頻度を加えた上記の学習サイクル,新学習サイクルで,SV研究会を運営している(図5).

経験学習モデルを進化させた新学習サイクル
図5 経験学習モデルを進化させた新学習サイクル

こういう話をすると,コンタクトセンタの現場でリソースが十分ある訳ではないので,4回研修を実施することは難しいと考える人もいるだろう.確かにコンタクトセンタの現場では,業務量予測を精緻にやっており,コストの関係から人員をギリギリで配置しているため,研修時間を確保し,しかも4回研修するのは,なかなかハードルが高い.しかし,本当に大切なことを伝え,現場で実践してもらおうと思えば,複数回繰り返してやる必要があるのだ.4回はやれないから無理だと考えるのではなく,4回とは言わないまでも複数回やるにはどうするかとか,どうやったら繰り返して気付かせることができるかを考えることがとても大切である.重要なことは繰り返して伝えることが大切であり,現場で学んだことが実践されるようになることこそが人材育成の近道だと言える.

たった1回の研修しかできないのであれば,その1回の研修の中でどれだけ多くの気づきを与えることができるか,また,繰り返し重要なことを伝えることが必要である.

研修時間の中で,どれだけ受講生に気付きを与えられるかは,研修の組み立て,つまり「ストーリー」とフィードバックがポイントであると考える.SV研究会では,このストーリーを緻密に作っている.どの場面で何を伝えれば,受講生に気付きを多く与えられるのか,またどの順序でワークショップをすると効果的なのかを常に考えて,研修の構成を作成している.ストーリーを緻密に準備することこそ,研修の成否につながるのではないかと考える.

6.事後課題から見える経験学習

私は,SV研究会で,セミナー終了時に毎回事後課題を参加者に与えている.どんな課題かといえば,インターネットでの検索サイトで検索しても出てこない問題,つまり,自分の頭で考えなくてはならない問題である.なぜなら,インターネットで検索して出てくるような問題を出せば,参加者は,自分の頭で考えることなく,安易にインターネットで調べた内容に少し手を加えてまとめ,持ってくるからである.では,どんな問題であれば,インターネットでも回答が出てこないかと言えば,たとえば,こんな問題を受講生に出している.

6.1 問題解決力のない参加者の傾向

「顧客第一の重要性について,小学校1年生でも理解できるようにスライド1枚で説明しなさい.」という問題である.

このような問題を出すと,問題解決力のある人とそうでない人の差がはっきり出る.そして,問題解決力のない参加者は,下記のような傾向がある.

1, 問いに答えない

質問されたことに直接答えないケースである.顧客第一の重要性について聞いているのに,なぜ顧客第一が重要なのかについて何ら触れることなく,お客様第一の内容について,説明している参加者がいる.

2, 自分の視点で回答する

小学校1年生で習う漢字は,80文字である.にもかかわらず,小学1年生が理解できない漢字を使用して説明する参加者がいる.まだ習っていない漢字を使うとしてもルビがないと読めないが,そういった配慮もないまま回答する受講生もいる.

3, 図解なしで,文章で長々と説明する

小学生に分かりやすく説明しなくてはならないのにもかかわらず,文章で長々と説明する参加者もいる.文章も読んで飽きてしまうような内容になっているようなケースが多い.

4, 具体例がない

小学1年生がイメージできる内容で説明しなければ理解できないのに,大人の視点で,説明してしまう参加者もいる.現在の小学1年生に伝わりやすい具体例,たとえば,テレビアニメの有名なキャラクターなど,小学生が見て,すぐイメージできる具体例がないと小学1年生は理解できない.

5, 手書きで書いている

手書きは,他の人の成果物と比べて,目立つのだが,余程上手に書いてない限り,相手に伝わらないし,読んでもらえない.

問題解決力のない参加者には,以上のような特徴,つまり相手の目線に立つことができないという特徴が見られることが分かった.

一方,問題解決力のある参加者は,
 1, 問いに直接答えており,
 2, 小学1年生が読める漢字だけを使って説明をしており,
 3, 漫画やイラストを上手に使いながら,説明をしており,
 4, 小学生がイメージできるような具体例を提示し,
 5, 読みやすく,見やすい内容で整理されている.

上記のような特徴が見られた.

6.2 気付きを与えるフィードバック

事後課題で資料を作成してきた場合,率直に良い所と改善すべき所をフィードバックしている.フィードバックをすると,自分の資料の改善点が分かり,次回の課題が発表された時,同じ失敗はしないようにして取り組んでくるようになる.なぜ,問題解決スキルの習得をメインとしながら,SVの資料作成について,課題を出して,フィードバックするのか?と言えば,それは,SVの時点で,資料作成のフィードバックをしておかなければ,マネージャやセンター長に昇進した時に苦労するからである.マネージャやセンター長になった途端,自分の資料に対して,仮に分かりにくいとか,意味が分からなかった場合に指摘してくれる人はいなくなるからだ.上司の資料を批判する部下はいないのである.また,現場で起こる問題については,口頭ベースで解決できるものは少なく,相手を動かす資料が作れなければ,目の前の問題も解決することができなくなるからである.そのため,受講生は,SV研究会で行われる演習問題だけでなく,このような事後課題も経験して,内省し,また次に向けてチャレンジすることで,学び成長するのである.

実際に,参加者で,1回目の事後課題で,提出してきた成果物は,色は,白黒のみで,手書きの成果物だったが,他の人の成果物を見たり,フィードバックを受けたりしたことにより,2回目には,カラーの色も使い,PCで作成してきている.3回目には,受講生20名くらいの中で,ベスト3に入ることもできている(図6).これも経験学習から学んだ結果と言える.

成長の過程
図6 成長の過程

なお,事後課題について私は,ランキング形式により受講生間で競争させている.それは,上位の人がどのような資料を作成して高い評価を受けるのか,逆にどういう資料を作ってしまうと,評価が低いのかを受講生自身に理解してもらうためにやっている.

7.課題と改善の道筋

7.1 SV研究会の課題

コロナ禍の影響もあり,SV研究会の開催もリアルな研修ではなくなり,オンライン研修に移行した.当初,オンライン研修で問題解決スキルを教える際,基本的なステップは伝えることはできても,模造紙に書いたり,付箋に書き込んだりといった作業をしてもらうことができないため,効果的に習得させることはできないのではないかと考えていた.というのも,ZOOMやteamsといったオンライン ツールも充実してきたが,それらは,会議やミーティングをメインに考えられたツールであり,研修メインのツールではないからだ.つまり,受講生に演習の場を与え,問題解決スキルを付けさせるためには,若干物足りないツールなのだ.たとえば,タイマー機能や参加者全員が同時に書き込みすることができる機能,テストを実施したりする機能がまだ十分とは言えず,研修をこれだけで実施するのは,不十分だかからだ.

また,研修中は,受講生は,ハウリング防止のため,ミュートで自分の音声を消して参加することが多くなる.すると,リアルな研修の場ではあった受講生の反応は,なくなってしまうことになる.

さらに,オンラインへの移行により,実際に会って研修をすることができなくなったため,伝えたい熱意が伝わらない可能性が出てくる.どうしても画面上で受講生に対して,伝えていくため,講師側の熱意が伝わりづらいのだ.

7.2 改善の道筋

ZOOMやteamsといったオンラインツールも少しずつ改良されており,研修でも十分使えるツールになりつつある.コロナウイルスの影響により,ここ数年は,リアルな場での研修は数が減り,オンラインでの研修がメインになると思われる.オンライン研修の場でいかに高い質の経験を受講生にさせるかがオンライン研修の成功の鍵である.テクノロジーも進化しているため,私は,オンラインツール以外のツールも駆使しながらやれば,リアルの研修と変わらない研修を提供することはできると考える.実際にSV研究会では, ZOOMを利用しているが,受講生に対し小テストを実施したい場合,googleのアンケートフォームを活用したりしている.

受講生の反応がなくなってしまった点については,ハウリングの発生やノイズ発生によって受講生の集中力が途切れたりすることもあるので,音声はミュートの状態で研修を実施することが望ましいが,画面での表情確認や講師側と受講生側とで双方向でコミュニケーションを図る機会を作ったりすれば,受講生の反応がまったく分からないということにはならないのではないかと思う.質問をして,受講生に考えさせ,受け身になる時間をできるだけ少なくしたりするなどの工夫をすれば,受講生の反応も分かるようになる.

さらには,受講生に熱意が伝わりにくい点は,コミュニケーションでフォローしていけば良いのではないかと考える.大切なことは繰り返し伝えれば,受講生は,この部分は重要だと認識できるし,オンラインでも諦めずに講師側が伝えたいことを伝えることで,オンラインであっても受講生に対し,熱意も伝わるのではないかと考える.

8.オンラインでの問題解決スキル習得

問題解決力は,オペレータやSVなどコンタクトセンタの従事者にとって重要なスキルの1つであるが,未だ問題解決スキルの習得ができていない状況にある.それは,従来までの思考方法を大きく変えるものであり,スキル習得のための実践の場がなく,適切なフィードバックももらえないため,習得することが難しくなっているからである.また,現場では,オペレータやSVに対し,問題解決スキルを求めるにもかかわらず,問題解決スキルの習得は本人任せになっている.つまり,オペレータやSVが正しい問題解決手法を学ぶことができる場がないことも大きく影響している.今年,SV研究会は,2年ぶりにオンラインではあるが,開催することができた.オンラインで,これまでと同様に問題解決スキルを習得させるための演習問題ができるのか一抹の不安があったが,googleアンケートフォームなどいろいろなITツールを駆使して,問題なく実施することができている.オンラインでもリアルの研修と同様の実践の場を作りつつ,問題解決スキルを習得させることはできると考える.

最後に,コンタクトセンタの要であるSVが変わればコンタクトセンタは変わると確信している.コンタクトセンタの現場で,今日もSVは,クレーム対応などセンターで諸々の問題に直面している.多くのSVがこの論文を参考にして,問題解決力を身に付けられることを希望して,執筆を終えたいと思う.

参考文献
  • 1)寺下 薫:SV育成から見える問題解決力の育て方,情報処理学会,デジタルプラクティス通巻第34号,Vol.9 No.2 (2018).
  • 2)寺下 薫:世界一速い問題解決,ソフトバンククリエイティブ(2018).
  • 3)寺下 薫:実は,仕事で困ったことがありまして,大和書房(2020).
  • 4)Lombardo, M. M. : Career Architect Development Planner, Lominger Limited (1996).
寺下 薫
寺下 薫(非会員)create.career.2018@gmail.com

クリエイトキャリア代表.キャリアコンサルタント(国家資格).外資系企業やYahoo! JAPANで数多くのコンタクトセンタの立ち上げ,立て直しに従事.Yahoo! JAPANで,人材開発の責任者を長く務める.スーパーバイザーの問題解決養成塾「SV研究会」を2013年から立ち上げ,70社220名以上のSVを育成.2019年10月末にヤフー(株)を退職して独立.現在は,講演や研修,執筆,コンサルティングなどで企業の支援を行っている.著書は「世界一速い問題解決」(ソフトバンククリエイティブ),「実は,仕事で困ったことがありまして」(大和書房).元サイバー大学客員講師.ソフトバンクユニバーシティ認定講師.IT協会カスタマー表彰制度審査委員.

採録決定:2020年10月20日
編集担当:鬼塚 真(大阪大学)

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