人工知能(以降AIと記す)やビッグデータを活用したデジタルトランスフォーメーション(以降DXと記す)の必要性が高まる中,「人の状況,情感,共感等の人に関する情報(ディープデータ)」の重要性が高まっている.
企業のビッグデータは顧客の行動結果が中心であり,その分析だけからは,ディープデータを得ることは難しいからであり,同時にヒューマンタッチの重要性がより高まっている.
コンタクトセンタは,非対面であるがインターネットや電話を介して,お客様とのヒューマンタッチが可能な顧客接点であり,お客様との対応から得られた知見を活かし,よりお客様志向のDXの起点となり得る重要な顧客接点である.
一方,AI等のテクノロジー活用が急速に進む中,コンタクトセンタは「人による対応」と「AI等の機械による対応」との結節点にもなり得る.そのためコンタクトセンタは顧客接点上で「人間らしさ」と「生産性」を調和させながら価値ある顧客接点を実現できるかの鍵を握っている重要な顧客接点でもある.
コンタクトセンタの重要性が高まる中,これから経営を目指す人にとって,コンタクトセンタを経営に活用する知識は,ディジタル技術の経営への活用と同等な必須の知識であり,コンタクトセンタの業務にかかわっている人にとっても,これまでにない高い価値を発揮できるセンタに変革するための必須知識でもある.
昨今の経営環境の変化やDXの推進,AIをはじめとする高度テクノロジーの進展等,コンタクトセンタを取り巻く環境が大きく変化する中で,コンタクトセンタに対する期待やその位置付けも,大きく変化してきている.
しかしながら,コンタクトセンタの持つ本来の価値への理解は十分に浸透していない.いまだに,その価値を過小評価している経営者も多く,旧態依然の状況から脱せられずに,社内での位置付けが低いコンタクトセンタが多く存在する.
このような状況から早く脱し,時代の変化に対応した高い価値を発揮できるコンタクトセンタを実現するためには,経営サイドおよび現場サイドのどちら側の人にも,コンタクトセンタの持つ本来の価値と経営視点からの活用について十分に理解してもらうことがきわめて重要である.
経営視点からコンタクトセンタの活用について,情報処理学会コンタクトセンタフォーラム(2010年に発足したITフォーラムの1つ.以下,当フォーラムと称す)で,これまで多くの議論を重ねてきた.
当フォーラムで,1番目に取り上げたテーマは,「経営から見たコンタクトセンタの位置付けが低い」という原因は何かというものであった.議論した結果は下記のものであった[1],[2].
解決策を議論する中で,多くメンバから「大学院MBAコースにコンタクトセンタの講座を開講ができないか」という意見が出された.
その背景の1つに,これから経営を目指す人にコンタクトセンタの実際とその価値を理解しもらい,経営と現場とのギャップを埋めたいという期待があった.またもう1つの背景に,経営を学ぶ場としてMBAコースがあり,コンタクトセンタの実務を中心とした学習の場は多いものの,その両方を繋ぎ合わせ体系立てて学習する場がないという問題があった.
このような背景のもと,当フォーラムメンバの協力を得て「現場と経営を結びつけるキー人材」のあるべき人材像や,「求められるスキルと能力」はどうあるべきかの議論が活発に行われた.幸い,多摩大学大学院の理解と協力のもと,同大学院に2018年当講座を開講するに至った.
経営視点からコンタクトセンタの活用方法を学習し,高い価値を発揮するコンタクトセンタへの変革を目的とし,変革ビジョンの策定に必要な知的解決能力の獲得を到達目標に設定している.
これから経営を担う人材にコンタクトセンタの価値を理解してもらうことが,まず1つの目的であり,企業変革を進める上で,ディジタル技術を経営に活用するのと同等に必須の知識であることから,必ずしもコンタクトセンタと直接かかわったことのないMBAコースの院生も対象者としている.
他方,コンタクトセンタの業務に従事している人も単科受講を通じて受講対象者としている.センタ業務に就いている人にとって,経営視点からコンタクトセンタを活用する知識の獲得は現場と経営とを繋ぐ上で不可欠である.
結果,次のように対象者を設定した.
当講座の講義内容を固めるため,「目指す人材像」と「求められるスキルと能力」を当フォーラムで議論した.
その結果,目指す人材像は「顧客接点のプロフェショナル人材」であり「顧客接点をテコに経営にとって有効な戦略や施策を策定し,現場と経営を結び付け,実行に繋げることができるキー人材」と定義した.
さらに求められるスキルと能力を,図1のように設定した.
MBAの講座で取得可能な能力やスキルの中には,ビジネスパーソンに共通に求められるものがあり,図1に示した能力やスキルにも共通するものが含まれる.これら共通部分を考慮し,コンタクトセンタを中心とした顧客接点のビジネスデザイン力(④)を当講座における重点能力とスキルとした.
重点能力とスキル獲得に向け,次の重点学習項目を設定した.
時代の文脈の中でコンタクトセンタを中心に顧客接点をとらAIなどの機械が得意とする領域と人が得意とする領域を理解,IT活用の方向性を理解し活用する.
顧客とサービス提供者とが出会う顧客接点の基礎となる考え方を理解する.
先進事例から抽出した「再現性がある基本となる仕組み(コンタクトセンタの基本モデル)」を理解し,基本モデルを業界や業種を超えて活用する方法を理解する.
ビジネス全体を俯瞰した上で,顧客接点の現行価値をモデル化し,継続的なビジネス成長に向けたあるべき目標の価値モデルをデザインする.
重点学習項目を中心に次のようにシラバスを構成している.
知識習得の講義の他に事例を重視し外部講師(実務家)による講演と意見交換を取り入れた.また座学による知識は,実践を通じて定着するとの考えから,実ケースを前提としたグループワークによる演習に力を入れている.以下の章で3,5,6,7について概説する.
顧客接点はサービス提供者(従業員/企業)とサービス利用者とが出会う場である.そこに生じるサービス価値を高めるためには,サービスの基礎となる考え方を体系立てて理解しておくことが重要である.
サービスの価値は,誰にとっての価値かという点からは次のものから構成される.
各価値の大きさを一辺とした三角形(サービス・トライアングル)を図2のように描くと,サービス価値を最大化することは,この三角形の面積の最大化である.
サービス・トライアングルは,文献[3]におけるサービスエクセレンスの概念をベースとして,文献[1]の「コンタクトセンタを特徴付ける3つの要素」を拡張したものである.
サービス価値を構成する「サービス価値(お客様にとっての価値)」,「経営貢献(経営にとっての価値)」,「現場力」,「従業員にとっての価値」を要素に分解したものを図3に示す.
文献[1]の3つの構成要素に「現場力」を支える「従業員にとっての価値」と「お客様との共創によって生じる価値」を新たに加えた.
従業員にとっての価値とは「従業員の事前期待に応えることにより生じる価値」であり,個人の仕事対するもの,社内サービスの品質に対するもの,企業やブランドイメージに関するものからなる.
共創価値とは,「サービス提供者とサービス利用者が協働して創りだす新たな価値」である.
図3中の「お客様にとっての価値」は以降,文脈から単に「サービス価値」と記す場合がある.「経営にとっての価値」は同義であることから「経営貢献」と記す場合がある.
事前期待は,文献[4]に詳しい説明があるので参照されたい.お客様にとっての価値は,文献[5]の定義を使っている.付録Aに各要素の説明を加えたので参照されたい.
優れたサービスを実現するには,「お客様」,「経営」,「従業員」にとっての3つの価値の相関性を含めサービスの価値を全体的に理解することが重要であり,当講座では図4に示した内容の解説している.詳細は,紙面の関係から割愛し,以下にその概略と関係する文献を示す.
サービスをモデル化する意義は,「こうすればうまくいく」という再現可能な仕組みを「一般化」し,第三者から利用できるようにすることである.
モデル化するには,何がどのように作用し,どんな価値が創られるのか,その仕組みをモデルとして形式化する必要がある.
筆者は,モデルの記述形式として「価値が生じる作用」に着目した「サービス・バリューフロー(図5)」とサービス価値の要素と測定指標を表す「サービス・トライアングル(図6)」の2つの図による表現を提唱している.
図5では,何がどのように作用して,どんな価値が作り出されるのかを示すために要素の間をつなぐ作用を矢印⇒で表現している.
図6は価値の構成要素の具体ブレークダウン項目と達成度合いを測定するための指標から構成され,実現すべき目標と効果測定の指標を示している.
図6の「お客様にとっての価値」と「経営にとっての価値」,「現場力の発揮」は,図5と基本的に同じであるが,図5の各要素を必要に応じて補足するものとする.
また,図5では「従業員にとっての価値」を明示しているが,省略して図6のサービス・トライアングルに集約してもよいものとする.
コンタクトセンタの顧客接点のサービス価値を高めるためには,先進事例からの学びが有効である.ただし,事例によって業種や製品・サービスが異なるため再利用するためには,できるだけ一般化する必要がある.
文献[1]に示したように先進事例は複数の仕組みを組み合せてできている.先進事例を構成する仕組みの1つ1つを「再現可能かつシンプルなモデル(これを以降,基本モデルと称す)」に分解できれば,新たなモデルを組立てる際に基本モデルを再利用することができる.
前章で提唱している価値モデルを使って,「こうすればうまくいく」という仕組みをこれまで当学会のフォーラムやディジタルプラクティス論文に発表された事例から「基本モデル」として抽出した.文献[1]に示した10の基本モデル(*)に8つのモデルを加えて,次の18を基本モデル(表1)としている.
(今後,新たに有効なモデルが現れた場合には追加予定)
上記①~⑱のうち*を付けたモデルについては,文献[1]にある「10の基本モデル」を参照されたい.本稿は,当講座の概略説明を目的としているので,追加モデルについては,サンプルとして,④と⑧のみを次に概略を記述する.
なお,③,⑪については,本特集号の論文(文献[14],文献[15])に先進事例が掲載されているので参照されたい.
追加したモデルについて,サンプルとして,④と⑧のみを下記に概略を記述する.
文献[17]では,お客様に接客やコンタクトセンタでの対応評価に参加していただき,お客様が自分の考えをサービスに反映できると感じていただくことで,ファンになっていただいている.文献[18]の紹介事例では,お客様との交流の場としてファンサイトを運営し,お客様同士の助け合いや企業側への提案による新サービスの追加等,お客様に「人の役に立つ」「うれしい」「楽しい」といったことを感じていただくことでファンになってもらい,口コミにより潜在顧客層から新規のお客様を獲得しビジネス拡大に繋げている.
コンタクトセンタの顧客接点の価値を創り出すモデルデザインは,当講座の中心部分であり演習課題にも設定しているので,以下,演習のステップに沿って概説する.
コンタクトセンタの顧客接点を担う組織は,重要な組織ではあるが,フラットに見れば企業内の1つ組織にすぎない.そのため企業のビジネスモデルの中で,それがどのような位置付けになっているか認識することがきわめて重要である.
特にコンタクトセンタの現場にかかわっていると,日々の問題に追われるため,企業全体の中での位置付けを認識する機会がないままに日常業務に埋もれてしまう傾向がある.
そのために,対象企業の現行ビジネスモデルを描き,ビジネスモデル上でのコンタクトセンタの顧客接点の位置付けを見える化する作業は大きな意味を持つ.
他方,コンタクトセンタに直接かかわりを持たない人にとって,この作業によりコンタクトセンタの顧客接点の企業全体の中での役割を一気に理解することができる.
図9は,文献[16]のモデル記述方法を用いて,文献[17][19],[20]をもとに作成したファンケル様のビジネスモデルである.
ファンケル様は,創業理念として“世の中の「不」をなくす”を掲げられ皮膚や健康に悩みを抱えられたお客様に無添加化粧品,健康食品をご提供することで提案価値をお届けしている.お客様との関係では信頼感を醸成する接客に力を入れ,さまざまなチャネルを通じて,ファン作りとお客様の声を経営に響かせるための活動を展開している.
図10は,このモデルから顧客接点部を抽出したものである.
この図から,顧客接点組織が,どんなチャネルを使い,どのような関係をお客様との間に築くことで,提案価値をお客様に届けようとしているのか一層明確に認識することができ,ビジネス全体を俯瞰した上で,より的確に価値モデルを描くことができる.
図11は,図10からコンタクトセンタの顧客接点部の「不」をなくす活動を中心にバリューフローを描いたものである.
ビジネスモデルにより企業のビジネス全体を俯瞰し,顧客接点の位置付けを理解した上で,新たな価値の創造に向け変革ビジョンを策定する.
一般に変革ビジョンの策定は,個人のセンスに依る部分が多く,白紙から策定することが難しい作業である.そこで,前述の価値モデルを活用し,これまでの先進事例を可能な限り活かした方法を提唱している.
図12は,筆者が提唱する変革ビジョン策定の流れを示したものである.
以下,Step1~5の方法を概説するために金融サービスを主として通信販売を行っている架空の企業を例にコンタクトセンタの顧客接点の現行の価値モデル(図13,図14)を出発点として,各ステップごとに概説する.
現行の価値モデルを図13,図14に示す.
図13のサービス・バリューフローでは,お客様にとっての成果「お得感のある価格」で商品を「豊富なラインアップから選択できる」ことである.コンタクトセンタの役割は,現場力を発揮し,お客様からの「疑問」や「不安」に対して,お客様の共通事前期待である「正確」に「丁寧」にお応えし,新契約(あるいは継続)に結び付けることである.顧客満足度の向上・ロイヤルティ向上による売上増加が経営へのリターンとなる.
また,お客様の声から商品ニーズを把握し,経営に計ることで,商品ラインアップを充実している.他方,通販と並行して小規模の対面拠点でもセールスを行っている.
図14は,図15の「お客様にとっての価値」と「経営にとっての価値」,「現場力の発揮」を引き継いで,「従業員にとっての価値」と効果測定の指標を追加したものである.
サービス価値の指標には,お客様満足度とミス率,経営貢献の指標には,新規契約率/契約継続率が設定されている.「従業員にとっての価値」として,高いブランドイメージの会社であること,ニーズ把握が商品ラインアップに反映されること,人事評価やキャリアパス,研修等であり,指標として従業員満足が設定されている.
対象の企業(自社)のコンタクトセンタの「現行価値モデルのままで,継続的なビジネス成長を図ることができるか?できないとすれば,その原因は何か?」の質問によりグループ・ディスカションで問題点を抽出し,問題構造(階層・相関)を洗いだす.
問題抽出にあたり,重要なことは問題の一部だけではなく,その全体像を把握することである.そのために,問題を出し尽し(当演習では,文献[21]の方法論を使い100~200個の問題を抽出),その上で問題の構造図(階層・相関)を描くことがが大切である.ここでは,方法論の説明を目的としているので,抽出した問題リストの一部の紹介にとどめる.
図15は抽出した問題の階層レベル別リストの一部である.
リストの右側に重要度,効果度,実現容易性をA~Cにランク付けを行っている.
たとえば,新規契約が増えていないという問題は重要度・効果度ともにA(大)で実現度がC(難)であるが,その原因として,対応品質が高くないという問題があり,さらにその原因を見ていくとCSマインドが低いという問題が一番大きく,対応能力の問題や人事評価の問題が続く.
(現行モデルでは,公平な人事評価が従業員にとっての価値に挙がっているが,問題抽出を実施して改めて問題として認識されるている.)
他方,高品質なサービスの提供ができていないという問題の原因は,あたり前を上回る感動がないという問題が大きいことが分かる.
このように重要度・効果度等の高い問題に着目することで,Step4の変革ポイントの抽出へとつなげることができる.
先進事例から抽出された基本モデルと現行価値モデルとの比較を行い,組込み可能性を検討する.図16は,基本モデルごとに現行の価値モデルに組み込まれているかどうか,また成熟度合はどうかを以下のように評価する.
他方,当基本モデルについての重要度,効果度,実現難易度をA~Cで評価し,評価結果を重要度・効果度と成熟度のマトリックス上にプロットすることで,強みの領域と改革領域,改善領域,潜在領域に色分けすることができる(図17).
図17からサービス・プロフィットチェーン型と人材育成型,ナレッジ・サポート型のモデルが改革領域に入っており,改革機会が存在することを示している.
他方,経験価値提供型Ⅰ-1,マーケティング型Ⅰ,セールス支援型は重要度・効果度ともにAであるが,成熟度はBであり,取り組み中であるが一部効果を確認となっている.現行モデルで「お客様に寄添う対応」や「丁寧な対応」に努力しているが,顧客満足度やロイヤルティを大きく向上させるに至っておらずKPIによる定量的な効果測定もなく改善余地が大きい.セールス支援型についても成熟度Bであり,対面型の拠点との連携があるものの改善余地が大きいことを意味している.
またお客様の声から商品ラインアップを拡充するなどマーケティング型Iのモデルを取り入れているが,同様に改善余地が大きいことを意味している.
抽出した問題のグループ化,および基本モデルとのベンチマーク結果から現行価値モデルの価値を高めるための改革ポイントを抽出する.
図18は,現状の状態(From)をどう変えるか(To)の変革ポイント抽出と適用すべき基本モデルを対応させたものである.図19は,変革ポイントごとに事業インパクトと投資額で区分したもので,優先付けに利用することができる.
この図から投資額が少なく事業インパクトの大きい変革ポイントは「あたり前を超える品質の実現」と「お客様重視の風土醸成」であることが分かる.
他方,基本モデルとのベンチマーク結果からは,サービスプロフィットチェーン型(お客様満足度を高め経営貢献に連鎖させるモデル)が改革領域に入っている.同モデルを組み込めば,従業員満足度の向上施策として「従業員サポートの向上」「公平な人事評価」「スキル管理の高度化」の4つ改革ポイントが実現できる.さらに投資額の大きさから判断し,フェーズ1とフェーズ1以降の実施範囲を図17のように決定した.
目標の価値モデルを作成する際にゼロから始める方法もあるが,図16にある適用基本モデルを活用すると効率的に目標モデルの枠組み(スケルトン)を作成することができる.すなわち現行の価値モデルに適用基本モデルのスケルトンを組み込み,基本モデルのエッセンスを取り込んだスケルトンを作る方法である.
今回,フェーズ1の範囲の変革ポイントを反映させるとすると,反映させる改革ポイントに対応する基本モデルとして,経験価値提供型Ⅰ・Ⅱとサービスプロフィットチェーン型の基本モデルが相当する.これら基本モデルのスケルトンを使って目的の価値モデルのスケルトンを組み立る.
図20は,現行価値モデルに適用基本モデルのバリューフローを重ねて枠組みを作成し,変革ポイントを反映したものである.
図21は,図20に従業員価値を詳細化して付加,各価値に対して効果測定のためのKPIを付加したサービス・トライアングルである.
図20,図21の図中☆で示した項目は,基本モデルから取り込んだ項目であり,スケルトンとして基本モデルを再利用した部分である.
「経営と現場の認識ギャップを埋める」という講座開設の当初の狙いに対して1つの解決策になることが検証できた.
その理由は,経営層および経営を目指す受講生とコンタクトセンタ業務についている受講生との混成チームで課題に取り組んだことで,両者の間で次のようなコラボレーションが生じ,両者の認識ギャップが埋まったからである.
以上から,このような講座が,より広がっていけば,「経営と現場のギャップ」は埋っていくものと考えている.
到達目標である「経営視点からのコンタクトセンタの顧客接点の活用に必要な知的解決能力の獲得」に対して,演習を通じて実践的な能力を身に着けていただけたものと判断している.受講者のアンケートからスキルと能力の獲得に特に有効だったと考えられるものを以下に挙げる.
AIの普及が始まった当初,経営側が過度な期待を持ってAI導入を現場に指示したり,現場でもAIができることの理解がさまざまであったため,期待と現実とのギャップから混乱するなどの問題が散見された.
これらの問題が生じる根底には,「機械が得意/不得意な領域領域」と「人が得意/不得意な領域」についての認識が人によりさまざまであることがある.
人の脳とAIとの違いを理解することで「機械が得意とする領域」と「人が得意とする領域」を理解することができ,受講生にとってのそれぞれの方向感を持っていただけた.
顧客接点のビジネス全体の中での位置付けや役割を共通理解する上で,ビジネスモデルのフレームワークを利用し,顧客接点部分をモデル上に図式化することがきわめて有効であることが分かった.
(ビジネスモデル・ジェネレーションのフレームを利用)
一般に,あるコンタクトセンタについて理解しようとすると,相当量の時間を要する.webページや中期計画や有価証券報告書などから,事業概要,事業理念や製品・サービスの特徴,対象のお客様層,ビジネスの状況などを読み込む必要がある.その中で顧客接点が,どんな役割を果たしているのか,顧客接点の各構成要素(拠点・人員・プロセス・システム等)や各種パフォーマンス指標など,相当量の資料を読込む必要がある.これらを要領よく第三者に説明するのに,再度,多くの資料を使うとなれば,コミュニケーションはそう簡単ではない.
このことが,コンタクトセンタについて理解が進みにくい原因にもなっているので,ビジネスモデルのフレームワークの活用は,顧客接点の理解を得る上で,大変有効な手段の1つである.
価値モデルによりコンタクトセンタの価値を図式化,見える化することで,検討過程でのメンバ間の共通認識の形成が容易に行え,その後の検討作業や情報共有が容易に行える.
価値モデルの構成要素に「従業員にとっての価値」があることで,検討過程で従業員にとっての価値の向上についての議論が必ず行われる.たとえば,下記のような検討が行われる.
例:顧客-社員-企業の価値連鎖が生じているか
社員参加によるES向上策
筆者は長年にわたりコンタクトセンタの改革の業務に携わってきたが,検討の際,現場オペレーションの問題,システム,人事評価,経営との関係等,多くの切り口が存在するため関係者の間での共通認識を得ることが難しい場面が多く,また従業員についての配慮がなされないままに検討が進むケースのあったことから,上記の2点は有効であると考える.
先進事例から 「こうすれば,うまく」というシンプルな仕組みを再現性ある形で基本モデルとして学ぶことで,ベストプラクティスのエッセンスを形式知化することができる. さらに目標の価値モデルをデザインする際に,現行価値モデルに基本モデルのスケルトンを組み込むことにより,ベストプラクティスのエッセンスを効率よく取り込むことができる.
経営貢献度の高い先進事例から抽出された複数の基本モデルとのベンチマークを一気に行うことができる.
そのため,多くの先進事例とのベンチマーク比較により弱みと強みを認識することができる.
一般にベンチマークを実施する場合には,適切なベンチマーク先を選定することがきわめて重要であるが,最適なベンチマーク先を選ぶのは大変難しい.
その理由は,比較すべきポイントをすべて含むベンチマーク先を見つけることは困難であること,さらにベンチマーク先の業種や製品・サービスが異なる場合には,それを一般化して比較する必要があるからである.
基本モデルとのベンチマークでは,一般化されたモデルでの比較であり,かつポイントを絞った比較であるため,複数の基本モデルとの比較を一気に短時間で行うことができる.
コンタクトセンタを取り巻く環境が大きく変化する中,経営サイド及び現場サイドのどちら側の人にも,コンタクトセンタの持つ本来の価値と経営視点からの活用方法を理解していただくことが欠かせないとの考えから当講座を開講した.
本稿では当講座の内容を概要し,講座開講/実施により得られた結果を考察したが,継続的に何が有効に作用するかを深く分析し,内容および進め方を進化させていくことが必要と考えている.
今後の大きな時代変化を受け顧客接点の在り方も,さらに大きく変化していくものと考えられる.これから出現するであろう新たな先進事例を取り込むことで,内容を充実していくことが重要と考えている.
上記①~④は文献[5]の定義を使っており,これに「共創価値」を加えている.
共創価値とは,「サービス提供者とサービス利用者が協働して創りだす新たな価値」である.(C.K.Prahalad,Venkat Ramaswamyにより提起された概念)
お客様から見たサービス価値について理解するには,サービスサイエンスの基礎についての学習が欠かせない.当講座では,サービスサイエンス(文献[4])に基づいて事前期待と顧客満足・顧客経験の関係,サービス品質,事前期待による顧客セグメンテーションなどについて解説している.
経営にとっての価値とは,コンタクトセンタへの投資目的に対するリターンであるとし,次の5つと定義している.
①売上増加 ②コスト削減 ③リスクの軽減
④人材育成 ⑤社会貢献
経営の投資目的は,財務面では,利益の確保に向けた,「売上増加」と「コスト削減」の2点である.これらに,売上や利益に大きなマイナスインパクトになる「リスクの軽減」を加え,環境問題等のSDGsの重要性が増していることを受けた「社会貢献」,企業の成長に欠かせない「人材育成」を加えている(文献[1],[2]).
他方,お客様満足度の向上は,財務的な評価に繋がって経営貢献となることから投資目的として扱わないという立場をとっている.
「従業員の能力」「現場の活性度」「マネージメント能力」および「ITの活用能力」からなる総合力である.下記は,先進事例の中から抽出した現場力の例である.
従業員の能力
現場の活性度
マネージメント能力
ITの活用能力
従業員にとっての価値とは「従業員の事前期待に応えることにより生じる価値」である.これは,「従業員満足は従業員の事前期待と実際との差による(文献[13])」とする考えに基づくものでもある.従業員が抱く事前期待は,次のとおりである.
個人の価値観が多様化している中,従業員の事前期待の根底にある「個人にとっての幸せ」(文献[23])に着目し,金銭や地位に関係する「報酬額」「役職」「表彰」などの地位財と必ずしも金銭や地位に直接的には繋がらない「自己目標の達成」や「人からの感謝」などの個人の「やりがい」などに通じる非地位財としての価値を加えている.
1975年東北大学大学院工学研究科電気および通信工学専攻修士課程修了.大手通信メーカにて,ディジタル電子交換機のソフトウェア開発に従事.その後,日本アイ・ビー・エムにて,日本初の銀行系テレホンバンキング導入を始めとし,多数のコンタクトセンタ/CRM構築プロジェクトに従事.IBMビジネスコンサルティング,IBM ビジネスアウトソース部門にて,CRM分野のコンサルティングおよびコンタクトセンタ構築・運用に従事.2009年より,イー・パフォーマンス・ネクスト代表.2017年6月まで当会コンタクトセンタフォーラム代表.現在,企業情報化協会CS表彰制度審査委員,多摩大学大学院経営情報学科客員教授.コンタクトセンタの価値向上をテーマとして研究およびコンサルティング活動中.
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