会誌「情報処理」Vol.62 No.2 (Feb. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

顧客との関係の質を高めることがコールセンタの価値となる
―経営貢献するコールセンタの実証実験―

宮脇 一1

1情報工房(株) 

AIの登場以来,機械でも行える定型作業を人が担うことはいずれなくなるとされ,コールセンタに求められるミッションは大きく変化すると多くの関係者が予測して久しい.しかし,いまだその変化を具現化しているケースは多くない.電話が中心ではなく,顧客が中心のコミュニケーションをコールセンタが行うことをきっかけに顧客との関係の質が変わり,企業の利益に貢献するという仮説の下,筆者が運営するコールセンタで「人にしかできない非定型業務のプロセス」を設計し実践した.この結果をもとに次世代のコールセンタの在り方の考察を行う.

1.実証実験へ取り組んだきっかけ

情報工房(株)は,コールセンタのエージェントである.NTTグループにてダイレクトマーケティング・コールセンタの研究開発および普及に携わった筆者が,2001年にスピンアウトし作った会社である.現在138人の社員とともに1業種1社体制で9つのメーカの通信販売部門やお客様部門を代行している.筆者らは「経営に貢献するコールセンタ」の実践にあたっては,「顧客との関係の質」を高めることが重要であると考えている.そのための施策を検討する上で参考にした1つに「組織の成功循環モデル」がある[1].本モデルでは,「成功や成果である“結果の質”を高めるためには,まず参加者相互の“関係の質”を高めるべきである.関係の質が高まると,個人の思考や行動の質も変化し,結果の質の向上につながる.そして,良い結果が表れると,メンバ相互の信頼が深まり,さらに関係の質が向上する.このグッドサイクルを回すことが,組織に持続的な成長をもたらす」と定義されている.日本企業でもこのモデルに基づくさまざまな試みが行われ成功しているケースも見られる[2].この「組織」を「顧客」に置き換えて考えることで,「顧客との関係の質」が向上し,ビジネスに持続的な成長がもたらされるのではないかと考えた.

筆者らは上記の仮説の下,「顧客との関係の質」を上げることをテーマに1つの実証実験を行った.本稿ではその結果に基づき,コールセンタにとって業務の生産性効率を高める機能的価値の追求ではなく,顧客との関係の質を高める情緒的価値に重きを置く思考の重要性について述べる.次章にて実証実験の舞台となった企業を取り巻く環境変化を概説する.次に第3章にて,上記仮説に基づく実証実験の全体像について述べる.第4章では,実証実験の結果とその分析について紹介し,第5章では,次期展望について示唆を提示し,最後に第6章で本稿をまとめる.

2.実証実験の舞台となった企業を取り巻く環境の変化と課題

実証実験の対象とした企業(以降,実証実験企業)は,食品の原材料供給メーカが生活者に直接,啓発できるチャネルとして10年前に設立した系列会社であり,同メーカが製造する原材料を生活者用に商品化して通信販売の形態で販売している.そして,生活者接点の部分を弊社が専属に委託を受けている.商品は,機能性を持つ健康食品で,その素材には複数の大学研究者の研究によるエビデンスが付与されている.多くは,食品や化粧品の素材として,また医療現場でも活用されている.メーカが通販チャネルを構築するに至った大きな課題感は,食品流通の商流では,伝えたい本来の機能情報が生活者に伝えられないことであった.いくらメーカが世の中に役立つと考える素材を作っても,流通マージン等の問題で世の中に出ないことも多くある.これでは,生活者を意識した商品づくりができなくなると当時の同メーカの社長が将来の研究開発を憂いた.そこで,生活者に直接販売するチャネルを作り,その顧客との会話から生活者が欲する情報の提供や開発に役立つニーズの収集ができる売り場を持つべきだと,ダイレクト販売網を整備した.

その主旨から実証実験企業の当初のKPIは,売上高ではなく,より多くの顧客を作ることであった.目的は,顧客との会話を通じた商品開発,リスクマネジメント,ブランディング,販売促進の4つであった.商品のバリエーションはいくつかあるものの,売上の主軸は1商品カテゴリである.広告宣伝は,インターネットとちらし,ミニコミ誌と口コミのみに制限された.

2.1 実証実験企業における問題点

総売上は,既存顧客売上と新規顧客売上の大きく2つに分けて考えられる(図1).既存顧客とは2年目以降の継続した顧客のことであり,新規顧客とは,1年目の顧客のことを指す.指標として1年目と2年目を分けて可視化するのは,1年目の顧客と2年目以降の顧客とでは,購買行動に違いがあるからである.1年目の顧客はトライアルユーザが多く,商品や企業に対してのロイヤルティが高くなく,リピート数や1回あたりの金額はともに低くなるのが一般的である.2年目以降は,ほぼ一定のリピート数や購入額で推移し,大きな変動は少なくなるのが一般的である.

通信販売売上構造
図1 通信販売売上構造

実証実験企業では,既存顧客と新規顧客のそれぞれにおいて,次に示すような問題を抱えるようになっていた.

2.1.1 既存顧客に関する問題

2015年頃から問題となってきているのは,既存顧客の継続率の低下である.市場では,新規参入の競合激化に伴い,低価格トライアルなどのキャンペーンやバーゲンが増大し,顧客の奪い合いが数多く起こっている.また,ディジタルシステムの高度化により各通信販売業者がメッセージの大量配信を行った結果,顧客不在のスパム化が横行することとなった.こうしたことから,通販業者からのメールやDMは,ユーザのゴミ箱に直行することが増え,届くはずのメッセージも届かなくなった.結果として,リテンション率が低下し,それにかかるコストばかりが拡大している.

2.1.2 新規顧客に関する問題

一方,新規顧客については,難易度が向上した.拡大している市場下では比較的容易だった新規開拓が2015年にピークアウトを迎えた.具体的には,5年前に新規獲得した顧客はその後約2年程度で損益を回収できたが,以降,新規開拓顧客に伴う費用は,その回収に4年を要する予測となった.これは生活者の購買動向の変化,ECの普及による競合の激化,表現規制の強化に伴う新規開拓率の低下とそのコストの拡大が挙げられる[3].

2.2 実証実験企業の課題

2.1.2項に挙げた新規開拓の問題は,市場の変化や他社動向が影響し,自社だけの施策で大きな改善を図ることは困難である.一方,2.1.1項に挙げた既存顧客の維持率,購入回数,購入金額を上げることへのアプローチは自社の意思決定で行うことができる.たとえば,流入する顧客が減っていく市場なら,流出する顧客を減らし顧客数を維持,経営の安定を図ることである.これらのことから,実験実施企業が売上を拡大していくには,いかに既存顧客重視の戦略に転換していくかが課題であると考えられた.

3.課題解決に向けた実証実験

既存顧客を重視した戦略にシフトしていくにあたり筆者は,コールセンタでの顧客接点に着目した.そして,顧客とのパーソナライズした接触頻度を上げることで「顧客との関係の質」の向上を試みる実証実験を,自らが運営するコールセンタにて企画,設計し,実践した.パーソナライズした接触により既存顧客にとってコールセンタが提供するサービスの知覚品質が上がり,より深い顧客満足に到達すると考えたためである[4].

3.1 実証実験の概要

実証実験の目的は,顧客に対しコールセンタで行う顧客との深い関係性の構築が顧客の購買行動にどのような変容を起こすか,またそれは企業にとって効果的であるかを明らかにするというものである.その方法は,オペレータが積極的に顧客にアプローチを仕掛けていくものである.具体的には,3つのメディアをミックスした施策を採用した.1つ目は電話のコミュニケーションで,できるだけ長く話すことであり,2つ目は顧客と話した内容に基づいた手書きのハガキをその日のうちに顧客に出すことである.そして3つ目はお礼品を複数用意し,顧客に合ったものを贈ることである.それぞれの詳細については3.3節を参照されたい.期間は,2018年4月1日から2019年8月31日の1年5カ月間であるが,最初の5カ月間は準備・テストの期間とし,結果測定は,安定して運用することのできた2018年9月1日から2019年8月31日の1年間を対象とした.規模は,全体で顧客数約1.5万人であり,アプローチできるすべての顧客を対象とした.評価は,実施率,購入回数,購入金額,顧客のステータスに関し,それぞれの変化を実施層と未実施層の対比で比較することで行った.

3.2 目的達成に向けた工夫

本実証実験に開始するにあたり,各施策を効果的に実施するために3つの観点から以下の工夫を施した.このことにより顧客との深い関係性構築が促進され,当初目的を達成する確度を高めた.

3.2.1 実質性を高める工夫

実質性とは,施策を実行することで実施側が想定する効果を得られるかということである.実質性を高めるために,実施するオペレータが行動に移しやすい分かりやすいメッセージが必要だと考えた.チームとともに話し合った結果,目標を「顧客が喜ぶ数を増やす」とし,チーム行動スローガンを「迷ったらお客様が喜ぶほうを選ぶ」と動機付けを行った.顧客が喜ぶ数を増やすためのプロセスを実行すれば,リピート率と購入金額/年が増加し,買わなくなる顧客(以下,デッド顧客)が減少することが期待でき,企業の利益に貢献すると考えたためである.

3.2.2 到達性を高める工夫

到達性とは,施策を実行することで対象顧客に実施側が狙ったとおりのメッセージの伝達が可能かということである.到達性が高まると顧客との心理的距離が縮み,関係の質がより強固なものになると想定する.筆者は,物理的距離が離れているオペレータと顧客との関係において,心理的距離が近づくことで,双方および企業にとっての良い関係が形成されているケースをいくつも体験している.心理的距離とは,空間距離,時間的距離,社会的距離,および想像する距離から形成されており,異なる距離どうしはある程度交換可能とされている[5].

到達性を高める上では,「適切なアプローチ」と「接触回数の量」とが重要な変数である. 筆者の経験から心理的距離を縮める「適切なアプローチ」の工夫は,状況に合わせたメディアとコンテンツの組合せであると考える.さらに「接触回数の量」を上げることで顧客との心理的距離が縮まり,到達性を高めると予測する. つまり,顧客との関係の質は,接触回数に比例して心理的距離に反比例すると考えた(図2) .

関係の質を高める要因の仮説
図2 関係の質を高める要因の仮説

通信販売は対面販売と違い,買手と売手の物理的距離が離れている.しかし,現代の技術を活用し,物理的距離を心理的距離で補完していくことで,顧客との物理的距離を心理的な側面から縮めることが可能であると筆者は考える.

3.2.3 実現可能性を高める工夫

実現可能性とは,施策を実行するにあたり,計画とおりにやり切ることが可能かということである.3.2.1項を実現するための過度なメディア選定や無理なアプローチをすることは実証実験を机上の空論にしてしまうこととなる.そのため,従来実施している広くアプローチを増やす考えのCRMプログラムはそのままにした[6].その上でさらにオペレータが喜んで実施できるメディアと楽しんでできる内容を組み合わせ,できる限り多く実行することで接触回数を増やした(図3図4

アプローチイメージ
図3 アプローチイメージ
従来の定期的CRM例
図4 従来の定期的CRM例

接触回数に着目して,顧客に合った内容での接触回数をさらに増やしていくことにより,心理的距離の近いファン層の底上げが可能となり,全体的な売上・利益の改善につながると考えた.

3.3 活用するメディアについて

コールセンタで扱うメディアについて,従来の電話が中心ではなく,顧客の状況により顧客が好むメディアをオペレータが選択し,発信していくことを増そうとした.しかし,いきなり多種多様なメディアに広げるとオペレータのキャパシティを超えてしまうため扱うメディアを3つに絞った.1つは,リアルタイムかつ双方向の接客が可能な電話,2つは1〜2日の時間差はあるが記録と記憶に残るハガキ,3つは,手間やコストをかけて感謝の気持ちを郵便・宅配などで届ける御礼品.これらを実施前の電話と同じ位置づけにして活用した.時間的距離が短い電話,友人のような感覚で届くハガキ,顧客が喜んでくれるだろうと想像して送るお礼品,を活用し心理的距離を縮めていく狙いである.

3.3.1 電話~「おもしろさ,楽しさ」を伝えるツール~

1回の電話に対し,3分話すより,5分話すオペレータのほうが信頼関係を結びやすいという結果を本誌で以前に発表している[7].体感にはなるが,電話をかけてくる顧客の一定数は,オペレータとの会話を楽しむ方がいる(図5).

電話の位置づけ
図5 電話の位置づけ

以前は,顧客もオペレータも長く話すことが悪いことだという認識があったが,「電話は用件だけ済ませてとっとと切る」のではなく「できるだけ長く楽しく話すことが,顧客の満足につながる」ということをオペレータは理解している.状況により,双方長く話せない場合もあるため,それを判断するのはオペレータの権限とした.そのため,通話時間や通話件数だけで縛るマネジメントを止めた.

顧客と長く話すというのは,顧客の本音をくみ取り理解するという高い技能が求められる.クレーム対応同様の高度な技術である.オペレータには対話と教育が必要となり,そのための準備として,以降のような取組みを実施した.

対話では,責任者がオペレータに動機付けを実施した後,コーチおよび上司による定期的コーチングを半年間,通常の約2倍にあたる月2回に増やした.コーチングを増やした目的は,スキルの習得ではなく,オペレータの新たな施策に対する不安を解消し,精神的孤独にしないことであった.教育面では,以下の4つの施策を行った.1つ目は安定する間の半年間,担当者同士のOJTの量を通常の4倍にあたる週1回に増やした.2つ目は,会話が詰まったときに使えるよう,よく使うフレーズ集を作った.3つ目は就業終了後に1時間の顧客理解の促進を目的に,顧客について語りあうワークショップを定期的に行った.4つ目はOFF-JTでは,共感研修という相手の気持ちを汲み取る訓練を行い,論理的にマインド面を整えることを学んだ.

どのような会話かインバウンドの例を紹介する.まず顧客から,かかってきた電話の要件を汲み取り解決する.顧客の課題が解決した合意の合図として多くの場合,オペレータは「もうほかにありませんか?」と問いかける.顧客が「ありません」と言うと,電話を置く合図となる.ここから再度話しかけていく.ワンモアトークである.たとえば,「ところで,宮脇さま……」と話を変える.「私どもとお付き合いさせていただいて,もう5年になりますが,最初のきっかけは,何だったんですか?」「宮脇さま 少しお願いがあるのですが,私の別のお客さまでうまく続けられないという方がいらっしゃるんですね,宮脇さまは,もう5年もお付き合いしてくださっている.きっと,うまく続けるヒントをお持ちなんですよね,教えていただけませんか? 私その方にも教えてあげたいんです……」.といったように話しかけていく.もちろん,恐々だ.特に当初は顧客も「今まで早く切ろうとしていたのに,なぜそんなこと聞くの?」と不審がる.それを顧客の状況と反応を見ながら,今話してもいいかどうかと判断していく.そんな高いコミュニケーション力がオペレータには求められる.顧客が話してもいいんだ,安心して話せる,と一度理解したら,どんどん個人にまつわる情報を開示してくれる.家族,趣味,親戚で起こった出来事,地域のイベント,今度行く旅行の話などさまざまだ.おっしゃった内容をデータベースに登録しておく.お送りしたDMやハガキ,いただいたお手紙なども登録しておく.そうすると次の会話の時,たとえ前回担当者でなくてもスムーズに会話が続けられるようになる. ハイタッチな(より人間味溢れる)教育・訓練と,ハイテクな(高度な情報技術を活用した)サポートが,スムーズな会話に役立っている.

3.3.2 ハガキ~時間差で顧客との心理的距離を近づけるツール~

会話が終わった後,その場で話した内容を書いたハガキを,その日のうちに投函する.おおむね,顧客には翌日か翌々日に到着する.ハガキなのでパッとみておおまかな内容も見える.1〜2日前の出来事なので顧客の記憶が蘇る,そのハガキの到達率と認知率は高いことが予測される.電話で長くまたは深く話すと,最初に話した内容が薄れてしまうので,ハガキに話した内容のポイントを備忘録的に書く.また,気配りのメッセージを伝えるために書く.礼を重んじたうえで,ビジネス文書というよりも,友だちに書いているような感覚で書くことを心掛ける.オペレータの体感では,電話での話が弾みそのあとハガキで語りかけた場合,次回顧客からの電話の対応がフレンドリーに変わっていることが多いようだ.顧客との心理的距離がグッと近づくことがはっきりと分かるという(図6).

パーソナルハガキのイメージ
図6 パーソナルハガキのイメージ

「相手に伝わる文章を書く」というのは,高い技能が求められる.ビジネス文章が,主として機能的価値を伝える文章だとすればコミュニケーション文書はさらに情緒的価値に重きを置き,より伝わる文章を心掛けたものである.従来の学校教育では習わなかった領域であるため,新たな教育と訓練が必要となった.準備として,以降のような取組みを実施した.まず,何を書くかといかに書くかを分けて相手に合わせた表現を工夫し,さらに「1日3枚書こう」と運動論にして始めた.情緒的価値をより伝えやすくするために,1つは顧客の嗜好に合わせた4種類の違ったデザインを用意した.以降デザインは,社内デザイナーに協力して定期的に作成している.2つは担当者の似顔絵を入れた.3つは季節感のあるシールを購入し,オペレータがその内容に合うシールをワンポイント貼ることでよりパーソナライズを試みた.4つは担当者同士のOJTの中で自分が書いたハガキを見せ合うことをした.5つはOFF-JTでは,プロのコピーライタを講師とし,文章養成講座を開き(月2回6カ月),基礎からコミュニケーション重視の文章を書くことを学んだ.

どのようなハガキか例を紹介すると,話をした内容と気持ちを伝えることに重きを置いているため,1通1通手書きである.内容は,忘れやすい顧客へ忘備(変更,次回届日など),お話した商品の使い方やおすすめの摂り方,お話の中での家庭での出来事の喜びや励ましなどのメッセージである.話が弾み,「若い頃大阪に住んでいて懐かしい」と言ったお客さまには,オペレータが顧客の住んでいた地域の写真を撮りに行き景色・画像を載せて手紙を宅配便などで送付する.そのすべての意思決定はオペレータの裁量に任せた.何かをするかしないかの判断基準は,迷ったら顧客が喜ぶほうを選ぶこととした.コロナ禍のこと,オペレータから最近話せていない顧客が心配だと提案が上がった.1年以上接触のない70歳以上の継続顧客を対象,に自粛中の様子伺いや励ましを順番に始めた.結果,実施した顧客からオペレータへの励ましの電話やハガキの便りが,30%を超えた(図7).

パーソナルハガキの返信イメージ
図7 パーソナルハガキの返信イメージ
3.3.3 御礼品(おまけ)~“わざわざ”が伝わるツール~

コミュニケーション力に長けているといわれる関西の商業地区では,ちょっとしたものを差し上げるコミュニケーションがある.おまけと言ったり,ほんの気持ちといったりするが,もらって嫌な気持ちをする人はいない.それそのものをもらうことが嬉しいのではなく,その差し上げようという気持ちのプロセスが嬉しいのである(図8).

お礼品イメージ<
図8 お礼品イメージ

心理的距離を近づける手段として,これをコミュニケーションに取り入れた.オペレータの体感にはなるが,「わざわざ送ってくれてありがとう」というお声はいただいても,クレームを言われる方はいないという.

準備として,以降のような取組みを実施した.御礼品は,30〜80円までの商品とした.たとえば,スポンジ,保存袋,コースター,シート,花の種といった封筒に入るサイズのものを中心に8種類程度を用意した.クライアントは費用対効果の面で,当初は懐疑的であったが,その結果は1年後の顧客動向で判断することとして何度も説明し納得していただいた.費用については.広告宣伝費との比較においては格段に安価であることを提示,今回の実証実験では必要不可欠なアイテムであると説明した.

どのような時に差し上げるのかについては,オペレータがこの人に差し上げたら喜んでくれると思う人に差し上げるというルールとした.結果測定時には,アクティブ顧客数の3〜5%の方に差し上げることができた.送付可否の基準は何か,とオペレータに聞いたところ,「長くお話したからお礼に」,「お話が盛り上がったから嬉しくて」,「小ロットの注文には商品代金に加えて送料がかかることを許容してくれた優しさが嬉しくて」などの言葉が返ってきた,そのほかにも印象的なものとして,「引っ越しされると伺ったのでたわしやふきんが必要じゃないかと思って」,「世の中にマスクがないという話をしていたのでマスクケースとマスク1枚入れました」,などの回答があった.

以上の3つのメディアをミックスした施策が途中挫折せず実施できた要因は,顧客や仲間との良い体験を通じ,ホスピタリティ溢れたオペレータへと成長したことが要因であると想像できる. ホスピタリティとは,「相手以上に相手のことを考えること」という言葉が,オペレータには響いたという[8].

3.4 体制について

実証実験を行うにあたり,応答率のSLAをそれまでクライアントと共有していた95%から85%に下げた.95%を維持することの意味を再度検討し見直した.新たな応答率は,キャンペーンやテレビに取り上げられるなどの特別な場合を除き,平常時応答率85%を下回らないことを必達とし,できるだけ90%を確保することを条件にクライアントと合意した.

測定までの準備期間においては,応答率は維持したものの施策実施率が上がってこなかった.これは,オペレータは生来,顧客を待たせることに非常に敏感なためと考えられた.そこで,繁忙時間は従来とおり生産性を優先し,余裕があるとオペレータが判断した場合は本施策による情緒的対応を優先するよう意識づけした.その結果,オペレータが生産性優先の行動と情緒的対応優先の行動のバランスをうまく取れるようになり,実験前の実質応答率実績が約97%であったのに対し,実験測定期間の平均応答率は,約92%まで落とすことができた.

もう1つ,今回の実証実験では,該当チーム担当者の人数を増員するのではなく,現在の構成の中で工夫し,効率化できる部分を徹底的に効率化して,できるだけ情緒的な対応ができる時間を作り出すこととした.その意図は,拡大時の際の実現可能性を測るためであった.実際に効率化した部分は,データ集計,報告書作成作業部分といった人的作業の見直しで約1/2.さらにCRMシステムを強化し,データ収集,メールメッセージ配信,履歴管理にかかわる稼働を2/5程度に軽減した.これにより,結果的に,情緒的な対応に費やせる時間は全体稼働時間の25%となった.

4.実証実験の結果

2018年4月から準備・テストを行い,安定して運用ができるようになった2018年9月1日から2019年8月31日の1年間の結果を測定した.まず,オペレータは購買額や直近の購買時期に基づく顧客ステータスにかかわらず,コミュニケーションが取れると思える顧客に,3つの施策をできる限り積極的に実施していくこととした.分析は,実施した顧客にフラグを立て,フラグの入った顧客を実施顧客,入っていない顧客を未実施顧客として変化を見た.分類として,初回に電話やハガキで申し込んでいる顧客をアナログ顧客,Webから申し込んでいる顧客をディジタル顧客とした.

実証実験では,まずは初回の注文申込が電話やハガキであるアナログ顧客を中心に施策を実施し,一定の測定に必要なサンプルの確保ができた.実施期間の後半には,ディジタル顧客に対しても施策を実施したが,その数はまだ少ない.そのため,本章では本実験の主たる成果としてアナログ顧客に対する実験の結果を述べ,ディジタル顧客に対する実験の結果は次章の時期展望の中で触れる.

4.1 施策の実施有無と実施内容が与える影響について

3つの施策を実施できた割合は,全体顧客の約30%であった(図9).分析対象として,過去のコミュニケーションノイズが少ない当年度2018年顧客を対象とし,当該顧客の購入回数/年と購入金額/回,および購入金額/年について実施層と未実施層,全体に与える影響を検証した.

実施割合全体像
図9 実施割合全体像

実施した内容は,図10のとおり,8パターンとなる.そのそれぞれのパターンごとに購入回数と購入金額を測定した.

実施パターン
図10 実施パターン
4.1.1 購入回数

図11のとおり,未実施層は1.5回/年であった.実施層では各パターンいずれも,購入回数が大きく伸び,未実施層と比べて1.6倍から2.5倍の差がある.また,御礼品を除けばメディアを組合せた方が,購入回数が高くなっている.実証実験実施前の3年間の購入回数の平均1.6回に比べ,実証実験期間中の平均は1.9回で約1.2倍増加している.

購入回数/年
図11 購入回数/年
4.1.2 1回あたりの購買金額

図12のとおり,未実施層は2,971円/回であった.それ以外の実施層では各パターンいずれも1回あたりの購入金額は増え,未実施層と比べて1.6倍から1.8倍の差がある.また,購入回数同様に御礼品を除けば,メディアを組合せた方が1回あたりの購入金額が高くなっている.実証実験実施前の3年間における1回あたりの購入金額が3,332円であるのに比べ,実証実験期間中の平均は,3,972円で約1.2倍増加している.

購入金額/回
図12 購入金額/回
4.1.3 年あたりの購買金額

購入回数と1回あたりの金額をかけると1年の購買金額となる. 図13のとおり,未実施層は4,440円/年であった.それ以外の実施層では各パターンいずれも年購入金額が増え,未実施層と比べて2.5倍から4.1倍の差がある.また,御礼品を除けば,メディアを組合せたほうが年購入金額は高くなっている.新規顧客の実証実験実施前の3年間の年購入金額が5,328円であるのに比べ,実証実験期間中の平均は7,547円で約1.4倍増加している(図14).

購入金額/年
図13 購入金額/年
購入金額/年の算出イメージ
図14 購入金額/年の算出イメージ

4.2 接触回数の影響

図15は2018年の新規顧客に対し能動的接触回数を横軸にとり,年間購入回数を縦軸にとったものである.ここでの能動的接触とは,本実証実験の施策であるパーソナライズしたコミュニケーションのことである.能動的接触回数と年間購入回数の相関を見ると,接触回数が増えると購入回数も増加しており,正の相関があると言える.

接触回数と購入回数の相関
図15 接触回数と購入回数の相関

同様に,図16に示すとおり能動的接触回数と年間購入金額の相関を見ると,接触回数が増えると年購入金額も増加しているため,正の相関があると言える. 前述のとおり,2018年の能動的接触は本実証実験の施策であるパーソナライズしたコミュニケーションのことである.

接触回数と購入金額の相関
図16 接触回数と購入金額の相関

図17に,2018年と2016年のそれぞれの新規顧客における能動的接触回数と年間購入金額について比較したグラフを示す.2018年は本実証実験のパーソナライズした能動的接触施策を展開した.一方,2016年は本実証実験の施策は実施していないから,その能動的接触とは従来のCRMプログラムによる共通的なコミュニケーションのみである.この2つの比較において2016年は接触回数と購入金額の関係にばらつきが見られ,相関が明らかではないが,2018年についてはきれいな正の相関が見られる.また能動的接触を実施した2018年の購入金額は,2016年をほぼ上回っている.

接触回数と年間購入金額の相関に関する2018年と2016年の比較
図17 接触回数と年間購入金額の相関に関する2018年と2016年の比較

4.3 顧客ステータスへの影響

通信販売の場合は,一度購入した顧客の生涯価値(その企業に対し生涯にわたってもたらすトータル利益)が重要となる.その指標の1つに顧客ステータス管理がある.本クライアントの場合,アクティブ顧客とは1年以内購入,スリープ顧客とは,1〜2年未満未購入,デッド顧客とは2年以上未購入の顧客という分類としている. そこで,2016年度の新規顧客の3年後(2018年度)におけるステータスの分布と,2013年度,2014年度,2015年度の新規顧客それぞれの3年後におけるステータスの分布の比較をした.図18に示すとおり,2016年度は,2013〜2015年の平均値より,アクティブ層は約9%高く,デッド層は約11%低くなっている.

実施年度と未実施年度のステータスの比較
図18 実施年度と未実施年度のステータスの比較

4.4 実証実験のまとめ

実証実験では,顧客との関係の質を向上する目的を掲げた.まず,チーム内にあった不用,不足,不満,不十分といった不の部分を取り除いた.このことによりチーム内の関係の質が向上し,内発的動機が促進された[9].次に電話の1種類のみから電話+ハガキ+お礼品の3種類に広げた.実施するコミュニケーション内容は従来のCRMプログラムに加え,パーソナライズした内容の接触回数を同程度増やした.

結果は,コミュニケーションノイズの少ない1年目の新規顧客の動向を測定した.その結果,購入回数も購入金額も上昇し,年購入金額は1.4倍となった.さらに,接触回数と購入回数,接触回数と年購入金額の相関では,接触が増えると回数も金額も増加するといった正の相関があることが明らかになった.これらは,全体においても同様の傾向が得られるものと推測する.

また,顧客ステータスにおいて,2016年度の新規顧客の3年後(実証実験を経た後)のステータスと,2013~2015年度の新規顧客の3年後(実証実験を経ず)のステータスを比較した場合,2016年度の新規顧客,すなわち,実証実験を経た顧客の方がアクティブ層は約9%高く,デッド層は約11%低くなっている.各年度の施策の影響は受けてはいるものの,実証実験で実施した施策による影響が一定程度あるものと推測する.このことより,1つのケースではあるが,顧客の状況に合わせたメディアでパーソナライズしたコミュニケーションの接触回数を増やすことが,関係の質を上げ,その結果,利益に貢献したと推測できる.

5.次期展望

現在,本クライアントの新規顧客において,ディジタル顧客はアナログ顧客の約2倍の人数を獲得している.第4章に示したアナログ顧客に対する実験結果が仮説を立証したものであるとすれば,次はディジタル顧客にこのアナログ顧客に行った関係の質を上げていくプロセスを導入したいと考える.そもそもアナログ,ディジタルという分類自体が,企業側の論理で,顧客からすれば,その時の状況によりアナログとディジタルを自身で使い分けたいことが推測される.筆者が運営する通信販売にかかわる複数社の調査では,両方を状況にあわせて利用している顧客は,継続率も年金額とも, アナログとディジタルのどちらか一方だけの利用者よりも高い傾向が示されている.

図19図20図21は,一部ディジタル顧客を対象にアナログ顧客同様の3つの施策を実施した結果である.期間が短く,実施層が新規ディジタル顧客数の3%程度でしかないため参考値でしかないが,その影響度は,アナログ顧客よりかなり高いことが伺える.

ディジタルとアナログの購入回数比較
図19 ディジタルとアナログの購入回数比較
ディジタルとアナログの1回あたり購入金額比較
図20 ディジタルとアナログの1回あたり購入金額比較
ディジタルとアナログの年あたり購入金額比較
図21 ディジタルとアナログの年あたり購入金額比較

ディジタル顧客は,企業からの接触がしにくいと言われている.経験値として,すべての顧客に接触しようとすると,アナログ顧客と比べて接触率は落ちるかもしれない.しかし,関与を高めた顧客にとっては,ディジタル要素を加えることで到達できる手段も増えることが予測できる.

たとえば,Webで購入した顧客への第一接触のきっかけを,ディジタルによるアンケートを活用してアプローチする.その反応者のすべてに対して,ハガキで関係を強化する.工夫した小さな接触を重ね,次のステップでは双方向で心理的(時間的)距離の近いチャットと組み合わせる.心理的距離が近いとアプリを活用した接触が可能となる.規模の経済を成り立たせるには工夫が必要であるが,活用できるメディアとコンテンツも広がる.

メディアでは,今回の実施メディア以外に,メール,チャット,ビデオレター,SNS,SMS,ミーテイングアプリ,など時間的距離をコントロールできるテクノロジーの増加が著しい.これらと従来のアナログメディアとを組合せ,顧客心理に合わせてうまくコンビネーションしていくことが,関係の質を高めることにつながると考える.

コンテンツでは今回の実施コンテンツに付加して,アンケート,コンテスト,スタンプ,ゲームなどを画像や動画で表現する技術が活用しやすくなっている.メッセージを組合せることでよりパーソナライズすることもできる.また,データベースと連動したAIの導入により,顧客が興味を引くテーマ選定の自動化なども可能となると推測する.

幅と奥行が広がるITの技術を活用し,コールセンタがよりパーソナルで深いコミュニケーションを作り出す.そうすることで,心理的距離の近い贔屓客が増加し経営は安定する.IT技術の活用が,オペレータの作業を軽減しかつアプローチコストを低下させる.

ディジタルを入り口にした顧客の増加が著しい通信販売市場において,アナログ手法も交えた接触回数を上げて心理的距離を近づけていくことで,関係の質をあげていく.このことにより,顧客が不快と感じるスパム的メッセージは防ぐことができ,顧客が良い知らせと感じる満足度の高い企業からのメッセージの伝達が可能になる.

6.コールセンター、未来への期待

本稿では「顧客との関係の質」を上げることをテーマに筆者が運営するコールセンタにおいて行った実証実験について述べた.生産性効率を高める機能的価値の追求ではなく,顧客との関係の質を高める情緒的価値に重きを置く思考を実践したものである.

過去,企業にとってコールセンタは,生産性を高め,業務を効率的に処理する役目が中心であった.しかし,市場の環境変化とともにその役目も変化すべきだと考える.そして,今後は顧客だけでなく参加者の幸福度を高めることを目的としたコールセンタが必要とされる[10].

さらに,市場がピークアウトしていく時代を迎え,企業の新規顧客開拓は難易度が上がり,企業は既存顧客戦略を重視するものと推測される.コールセンタが, 顧客との関係性をマネジメントする役目へと変わることで, 既存顧客重視の企業戦略に役立つものになると考える.そのためには,コールセンタ自体の名称や価値観,枠組,行動規範を再設計し,それに対応した成長へのたゆまざる努力が不可欠となる. 今回行った実証実験の結果から即座に何が正解であるかを明言することは容易ではないが,1つの実践結果として,コールセンタ改革の道標となれば幸いである.

参考文献
  • 1)Kim, D. : WHAT IS YOUR ORGANIZATION’S CORE THEORY OF SUCCESS?, The Systems Thinker, PEGASUS COMMUNICATIONS, Vol.8, https://thesystemsthinker.com/wp-content/uploads/pdfs/080301p.pdf (1997)
  • 2)佐藤善信:経営学の理論は現場で役立つのか?,ビジネス&アカウンティングレビュー,第7号,pp.1-18 (2011).
  • 3)通販新聞:本誌アンケート,通販事業を展開する上での課題は,https://www.tsuhanshimbun.com/products/article_detail.php?product_id=5058
  • 4)南知恵子:サービス品質と顧客満足,流通研究第14巻, 2_3 号,pp.1-15, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmd/14/2_3/14_1/_pdf/-char/ja (2012)
  • 5)Trope, Y., and Liberman, N. : Construal-Level Theory of Psychological Distance, Psychological Review, 117 (2), pp.440-463, (Apr. 2010).
  • 6)宮脇 一:E-CRMで売れる仕組みを作るのは,アイ・エム・プレス社,pp.302-306, CRM年間 (2007).
  • 7)宮脇 一:コールセンタのパラダイムシフト―品質重視への転換―,情報処理学会,デジタルプラクティスVol.9, No.2 (2018).
  • 8)石丸雄嗣:宿屋塾ホスピタリティ・ロジック入門講座の表,http://yadoyadaigaku.com/program/img/jk1909_zu.jpg (2020).
  • 9)白井旬:生産性を高める職場の基礎代謝〜社員の「不」を解消し能力を引き出すヒント,合同フォレスト.
  • 10)前野隆司:幸せのメーカニズム―実践・幸福学入門,講談社現代新書.
専門的見地からのアドバイスを下さった,つなぐ研究所河合洋氏:多摩大学大学院宮﨑義文氏:VCN研究所武藤弘和氏:アイ・エム・プレス西村道子氏:実証実験の試みを受けて下さったニッタバイオラボ小田義高氏の御厚意に,心より感謝する.また,分析,レポート作成にかかわった横山裕美氏,倉本美穂氏,程景みさき氏,小瀬結氏,未知の枠組にトライした情報工房ニッタバイオラボお客様センタ担当社員の皆に,感謝の気持ちを忘れない.

宮脇 一(非会員)miyawaki@jhkb.com

情報工房(株)代表取締役.1985年よりNTTにてテレマーケティングを実践後,同社設立のテレマーケティングシンクタンクにて,研究・普及活動に従事.NTTテレマーケティングを経て,2001年,情報工房(株)設立.専門はCRM.施策を組込んだセンタ設立は33社を越える.顧客ロイヤルティ協会理事.日本ダイレクトマーケティング学会,日本知財学会,関西ベンチャー学会,ブランド戦略研究所,日本コールセンタ協会会員.

採録決定:2020年11月2日
編集担当:大嶋嘉人(NTTセキュアプラットフォーム研究所)

会員登録・お問い合わせはこちら

会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。