近年,カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience=CX)という概念がだいぶ浸透し,消費者の意識向上に併せて企業側でもCXを前提とした顧客とのコミュニケーションをデザインする時代に本格的に突入している.
このCXを前提としたサービスのあり方や顧客コミュニケーションは誰が?どの様に?設計し実践するべきだろうか?これは様々な現場で誰もが直面する重要なテーマであり,コンタクトセンタのマネジメント層も様々な場面でCXについて悩むケースが増えてきている.本稿はCXに関する基本的な構造を理解し,コンタクトセンターにおけるCX構築に関する知見をまとめたものである.
CXはその言葉のとおり「顧客体験(=経験)」と訳す事ができる.そして現在,私たちが消費者として,または企業やサービスなどの提供者側としてこの言葉を用いる場合には,複数の要素が絡みあったある混沌とした状態を指す言葉でもある.
米ガートナー社の定義を引用すると,CXは「サプライヤーの従業員,システム,チャネル,プロダクトとのインタラクションから生まれる,単発かつ累積的な結果に基づいた顧客の認識とそれに付随した感情」とされている.つまり企業が顧客満足やロイヤルティを向上させるために,顧客に対して期待値を超えるコミュニケーションやプロセスを提供することを包括して「CX」と呼んでいる[1].
図1はCXを理解するための構成要素をイメージしている.この図からCXを構成するのは,企業が提供する接点窓口や,商品そのもの,価格,担当者の発言に至るまで,多くの要素があることが理解できる.一人の消費者が特定の企業やブランドと相対する場合,こうした多くの要素から受け取る印象や体験から,その企業に対しての評価が醸成される[2].
ここではコンタクトセンタ自体もCXの大きな一要素であり,コンタクトセンタでの顧客体験が全体のCXを左右するケースも存在する.つまりコンタクトセンタの品質を上げることは,部分としての顧客体験を改善し全体のCXに良い影響を与える,と言い換える事ができる.
しかしながら,CXを構成する要素はその企業やブランドの活動量に比例して増加する.広告やキャンペーン,新製品やメルマガ,価格の改定や配送業者の品質に至るまで,消費者が影響を受ける部分全てがCXの観測範囲となる.そのためCXを考える場合はコールセンタを管掌する部門だけではなく,複数の部門が連携して取り組む必要がある.
より良いCXを実現していくには段階的にアクションを進めていく必要があり,以下大きく5つのステップで進めていくのが一般的といえる.
以下,順を追って説明を行う.
カスタマージャーニマップ(以下CJM)は企業が消費者に提供するサービス接点やコミュニケーション等を1枚にまとめた地図(マップ)であり,消費者がその企業を認知し,製品やサービスを購入するまでの行程だけでなく,購入後の企業とのやり取りまでを含めた資料を指す.
セールスやマーケティング,コンタクトセンタや製品部門など異なる部門の担当者が集まり,ワークショップ形式で作り上げる事で自部門では気づく事が出来ない顧客接点やコミュニケーションの実際を知る事ができる.
コンタクトセンタでのCXを可視化するためには,前述のCJMを活用してセンタで保有(サポート)するチャネルが,どの段階で利用されるのかを顧客軸で整理する必要がある(図2).そのうえで顧客のアクションに対し,各チャネルがどのような対応を行っているのか,その後のアクションがどう分岐するか等,全体像を明らかにする.
コンタクトセンタの対応にフォーカスしたCJMが整理できれば,次のアクションでは対応後の顧客サーベイを実施する.サーベイの種類としては単純な応対品質アンケートや顧客満足度調査,それからNPS(ネット・プロモータ・スコア)といった手法があるが,CXを評価する上ではNPS,とくに「ボトムアップNPS(トランザクショナル調査)」を推奨する.NPSは,トップダウン調査(リレーショナル調査)とボトムアップ調査(トランザクショナル調査)の2つの手法が存在する.前者は各事業の業績評価指標とする目的に,後者は現場が自ら学習し成長していくための洞察を生み出す目的に使用する.
NPSは顧客ロイヤルティを測る指標で,顧客に対して「あなたはこの会社の製品・サービスを友人に薦めますか?」という質問を行い,0~10までの11段階の評価をもとに,プロモータ(10と9の評価)の割合からデトラクター(0から6の評価)の割合を差し引くことで算出されるスコアである.また図3の中でも示した「4つのメリット」から,コンタクトセンタでも活用すべき手法といえる(NPSは,ベイン・アンド・カンパニー,フレデリック・ライクヘルド,サトメトリックス・システムズの登録商標)[3].
CJMでコンタクトセンタの保有チャネルの位置付けを整理し,チャネルごとの満足度やNPSが顧客行動の全体にどのように影響するのか仮説を立てた後,以下の流れで改善サイクルを始める.
NPS設計の際に特に重要なポイントはサーベイ項目の設問設計である(図5).まず設計段階で関係者全員が納得できる最適な設問になるよう精査する.設問内容には現場オペレータの意見も参考聴取し反映させること.アンケートに協力する消費者の反応を具体的にイメージすることが肝要となる.
設問数は消費者の負担を考慮し,なるべく少なく設定すること.またNPSを開始する前にメイン質問である「推奨度」に対して最も影響を与える因子も予測しておく.相関がありそうなKPIとの因果関係を分析できるような追加質問を準備し,その後の運用改善に繋げる準備を行う.
サーベイ終了後のサンプル集計~分析では,「『推奨度』に最も影響を与えている因子が何か?」を明確にすることが求められる.NPSの結果が社内で1人歩きしないよう,「推奨者」と「批判者」のそれぞれに最も影響ある因子が何かを突き止め,相関の有無も含めて分析する.推奨者のドライバ要因は「今後もセンタとして伸ばすべき領域」として捉え,批判者のドライバ要因は「センタで優先して改善する事象」と考える.
また「推奨理由のVOC(Voice Of Customer )」はコンタクトセンタ以外への言及も含まれる可能性が高い事から,サービスやブランドに対しての意見を「推奨・中立・批判」の属性でタグ分類しておく事で今後の分析にも活用できる.
サーベイ運用が定着化すれば,いよいよ改善活動が本格化する.しかし次第にコンタクトセンタだけでは改善できない消費者の不満にも直面することが予想される.「問い合わせをしたけど,違う番号への掛け直しを案内された」「一度で電話を済ませたかったのに,更に別の窓口へ依頼の電話をしなければいけない」こうした顧客の不満を解消するためには,コンタクトセンタの機能と目的をしっかりと定義し,顧客の目的と合致しているかを改めてアセスメントする必要がある.合致しない場合は,コンタクトセンタの対応範囲を拡大するのか?または他部署と連携を行うのか?など,他部署を絡め企業全体で検討することが重要となる.
コンタクトセンタをいくつかのタイプに分類し,その機能とゴールを図6のとおり整理した.コンタクトセンタの「目的と機能」を顧客の目的と相対化させながらアセスメントを行う.
マネジメントするコンタクトセンタの「機能と目的」が顧客の目的と合致しなかった場合に,顧客の不満が発生する可能性は高くなる.そうしたリスクを回避するためには,顧客の事前期待を把握した上で,コンタクトセンタで解決するべき問題なのか,別の部門や部署で解決してもらう問題なのかを考慮しなければならない.図7のとおり,顧客の事前期待が高い状態で問題が解決しなければ企業に対する不満は高まり,離反を招くリスクも生じる.逆に事前期待が低ければ,顧客の評価は上がる可能性が高い[4].
事前期待の高低を測定するには,サーベイで実情を把握したり,過去のVOCなどを参考にして「どうしてコンタクトをしてきたのか?」「解決しなかった時に抱いた感情は?」といった顧客の心情や背景,そして文脈(コンテキスト)まで想像して考える必要がある.
CXにおけるオペレータの応対品質の位置付けと,顧客満足度に与えるインパクトを整理する(図8).
それぞれの要素について関係性を整理をすると,応対品質によって顧客満足度のすべてが決定するわけではないが,コンタクトセンタがCXにおよぼす影響範囲が広ければ広いほど,応対品質が顧客満足度に影響を与えるインパクトが大きくなっていくと考える事ができる.
顧客と直接対話するオペレータは,そのコミュニケーションにおいて業務知識や運用ルール,企業が保有する様々な情報をフル活用して業務遂行するプロフェッショナルである.その上で,応対品質は顧客満足を維持するための重要な指標として過去からマネジメントされてきた.しかし近年,CXを含めた新しい概念が浸透した事によってオペレータの応対品質を向上させるだけでは立ちいかない状況も増加している.以下2点と似たケースは多い.
これら課題は企業のCXにおける全体設計がうまく機能していない場合に発生しており,だからこそオペレータには「問い合わせした顧客の背景」や「応対終了後に,顧客に起こりうる事象」をCXの視点で考える力が求められる.直接対話することができるオペレータだからこそ,顧客の心情を理解し,対応が終わった後のカスタマージャーニについてもアドバイスを行う等のサポートを提供することができる.
オペレータがCX視点で顧客を深く理解するには,さまざまなコンテキスト(文脈)を理解する力が求められる.
近年,マーケティングの業界では「コンテキストマーケティング」と呼ばれる手法が一般化し,消費者の心情(これも文脈と解釈できる)を理解して商品やサービスを提供するケースが増えている.それに伴い,顧客側もそうした企業のコミュニケーションに慣れてきているため,より自分の状況を理解した対応を望むようになっている.つまり,期待値そものが向上している.なお顧客対応時に理解すべきコンテキストは次の4点に集約される.
2),3),4)については事前に情報を整理し学習することが可能だが,1)を理解するためには,対話をしながら顧客の状況を察知してその心情を理解をする必要がある.どれかひとつのコンテキストだけでなく,「すべてを鑑みた上でどのような対話をすればよいのか」を考える視点があれば,自ずとCX全体を踏まえた対話となるだろう(図9).
顧客ロイヤルティの向上には,サービス提供時に顧客が感じる満足や感動について「持続的な再現性」が極めて重要となる.持続的な再現性を高めるには「サービスプロセス」「カスタマージャーニ」「顧客属性」の3つの要素が予め整理されている必要がある.そのためにはカスタマージャーニのどのポイントで顧客の感情が動くのかを整理し,事前期待を上回るオペレーションが再現性を持って実行されることが望ましい.それと同時に,顧客のネガティブ体験をいかに防ぐのかという視点で,顧客が嫌がるような対応をオペレータに「させない」工夫も求められる.
自社のサービスプロセスとCJMが整理されていれば,顧客の感動ポイントおよび不満が生じやすいポイントは把握がしやすくなる.さらにオペレーションを設計する際に,気をつけるべき点をピックアップし,マニュアルやスクリプトに落とし込んでいく(図10).
ここまでは多くのコンタクトセンタ管理者が実行しているが,それでもイレギュラー対応は必ず発生するし,顧客が不満を持つポイントを完全に無くす事は難しい.その理由は,顧客属性が一定ではないためである.例えば図10は飲食店における顧客体験のプロセスを整理しているが,子連れ客に対する場合,標準的な接客では充分なCXを提供出来ない可能性がある.こうしたケースがイレギュラー対応となる.
どんなに整理されたCJMやマニュアルを用意していても,完全に同じ人間は存在しないし,その属性如何によっては予め用意したシナリオやマニュアルの対応でも不満を与えてしまう可能性は必ずある.従って,マニュアルやスクリプトは品質の均一化を目的に最大公約数的な内容で整備されており,そこから外れたイレギュラな対応はオペレータの経験やソフトスキルに委ねることが一般的である.しかしマネジメント対象となる人数が多いコールセンタにおいては,品質管理のためにオペレーションの変動要素を極小化することは重要な課題であり,そのためにもイレギュラー対応への備えをどう考えるか?は大きな鍵となる.
つまりイレギュラー対応を発生させる可能性のある顧客属性を事前に把握・整理しておくことで,あらかじめシナリオを想定したトレーニングも可能になる.
それでは顧客属性はどのように整理すべきか.顧客属性を構成する要素は,大きく「静的」なものと「動的」なものに分類される[5].こうした属性情報によって顧客データをセグメントすることで,初期のプロファイリングが可能となってくる(図11).
続いてセグメントごとに分類したグループをプロファイリングすることによって,必要とされる対応や,気をつけるべきポイントの可視化を行う.こうすることで同一のオペレーションの中でも複数の応対オプションが検討可能となる.
顧客属性によるグルーピングの洗い出しが完了したら,その情報をベースに「ペルソナ」を作成する.ペルソナ分析はマーケティングの領域で頻繁に用いられる手法である.効果的な販促やプロモーションを行うためにマーケッタが自社製品やサービスを使う可能性のある消費者に対して,定量的な属性データだけでなく定性的なデータを加味して作り上げる個別の顧客像を指す.また,マーケティングで用いられる「ペルソナ」は企業におけるもっとも重要なターゲットかつ,もっとも象徴的な人物像を描くことで,明確なユーザー像を社内外で共有し,齟齬のないブランディングや販売戦略を立案することに役立つ.
他方,コンタクトセンタの場合は,イレギュラー対応を生む可能性を明確にするために.出現頻度の高いペルソナを複数設定することで,事前のトレーニングや対応の標準化に役立てられる.
一般的なペルソナ作成プロセスを解説する.まず属性情報を整理し,大まかなターゲット像を明確にする.その際,クレームなどが発生しやすい頻出ケースなどを用いると設定がしやすくなるので,SV(スーパーバイザー)やオペレータも参加させる.
次に定性的なデータを収集する.例えば,コールセンターに電話してくるタイミングや,問い合わせ前にどのように情報収集を行ったか?などの「行動特徴」については,ヒアリングの結果判明した問い合わせ履歴のログや,過去に実施した顧客アンケートの回答などのデータがあれば積極的に活用する.データがない場合は,現場スタッフからヒアリングを行うなどしたうえで仮想定しておく.最後に収集したデータを用いて,人物像を肉付けしていく.ここで注意するのは,できるだけ具体的に人物像を描くことである(図12).
その人物が大事にしている価値観や信条まで盛り込むことで,応対プロセスのどのポイントで感動し,どのポイントで残念に感じるかをシミュレーションできる.
作成したペルソナを活用すれば,コンタクトセンタの品質向上にも役立てることができる.ペルソナごとに異なるトークシナリオやオペレーションプロセスを作成し,オペレータのロールプレイ研修で活用すれば,ソフトスキルの醸成にも繋がる.更に分析レポートを作成する際にも,ペルソナを社内共有化しておくことで,マーケティングをはじめとした他部署とも連携が図りやすくなる.CJMと同様に,会社全体でCXを向上させる上でも共通のペルソナを作成することは効果的であり,必要な作業である.
より良いカスタマーエクスペリエンスを実現するために,顧客接点のディジタル化は企業と消費者双方に取って必要不可欠なファクターである.コンタクトセンタのCXマネジメントを論じる上でもディジタル化は重要なファクターであり,従来型の運用からの転換は現場での喫緊の課題と言える.
企業が顧客接点をディジタル化する理由は大きく4つある.
CX視点で見た場合には1)と2)の意義が特に大きく,消費者と企業の接点はますますディジタル化が進んでいる.消費者の個人情報を獲得するにはWEBやスマートフォンを通じて商品やサービスと触れる接点が必要であり,そのためのチャネル構築は現代では必須と言っても過言ではないだろう.スマートフォンのアプリ展開やSNSアカウント統合は,まさしくチャネルの拡大であり,ディジタル化したサービスを消費者に更に利用してもらう事が最大のゴールになっている.
消費者としても一番接点のあるデバイスやチャネルから企業やメーカーに注文や指示が出来る事こそがメリットであり,高い品質と共にエフォートレスなサービスを提供する企業へロイヤリティを感じる様になっている.
図13では宅急便の集荷プロセスを従来型とディジタル化した内容で比較を行っている.ディジタル化されたプロセスでは顧客側の工数が削減され,手間がかからずに集荷依頼が可能となっていることが分かる[6].
基本的な集荷のプロセスは,顧客からの集荷依頼を聞き取り,配達員が集荷訪問を行える様に拠点側で手配を行う.顧客は事前もしくはその場で伝票を記入し,配達員は現地で伝票に従って配送手配を実施,必要であれば料金の徴収も行う.これだけの複雑なプロセスをディジタル化するためには,企業は内部情報だけでなく顧客側の情報管理をもシステム基盤上で行わねばならず,その管理コストも拡大傾向にある.
しかしこうしたディジタル化を適切に実施していく事によって,様々な情報を顧客ごとに紐付け,管理することができる様になる.企業としては,ひとたび,サービスプロセスがディジタル化されれば顧客の動向が可視化され,集約された情報を基により高度なサービスを提供することが可能になる.その裏では消費者分析は勿論の事,ディジタル化による内部オペレーションの効率化や,よりスピード感のあるビジネスの意思決定の実現など,様々なメリットが存在する.
他方,近年のカスタマーサポートでは従来の電話主体の運用から,様々なチャネルに対応するディジタル化が進んできている.例えば,ディジタル化されたカスタマーサポートは公式サイトやSNS上でチャネル開設を行う事からスタートする.アプリやブラウザから参照できるFAQの整備を行った後は,顧客の導線をスムーズにするためにチャットbotで誘導し,必要なタイミングでオペレータによる有人チャット対応や電話への対応へ切り替えが出来れば理想的と言える.いわゆるオムニチャネル運用である.
しかし,こうしたオムニチャネルの有効活用段階へと進んでいくには,チャネルを跨いだ顧客対応の運用整備や,情報の一元化といった部分で多くの課題が存在している.
オムニチャネル対応の運用設計を解説する上で,「マルチチャネル」と「オムニチャネル」の定義について最初に確認する.まず「マルチチャネル」はその言葉の意味の通り複数のチャネルを表す言葉である.電話,メール,WEB,チャット,SNSと顧客対応において複数のチャネルで対応を行っていれば,その現場は「マルチチャネル対応」を行っている事になる。ただしこの時点では各チャネルは独立しており,対応やシステムは個別に管理されている状況を指す.
次に「オムニチャネル」だが,これは「マルチチャネル」の発展型であり,それぞれのチャネルでの応対が顧客IDによってシームレスに統合されている状態を指す(図14).たとえ顧客対応がチャネル間を跨いだとしても,常に一貫したカスタマーエクスペリエンスが顧客主体で提供される.
それではオムニチャネル対応の運用設計はどの様に進めるべきか.一般的に,0からオムニチャネル運用を設計するのは難しいと考えられる.理由としては各チャネルに基づく運用設計だけではなく,顧客データベースとシステムの統合を事前に行わなければならず,システム面からのアプローチが不可欠なためである.さらに小売業の場合は店舗や商品データベースなど統合すべきデータが膨大に存在する.そのため,オムニチャネル対応を進めるステップとしては「マルチチャネル対応」からスタートし,少しずつ「オムニチャネル対応」へ近づけていく事が望ましい.
最初は電話,次にメール,最終的にチャットと,各チャネルの運用構築を個別に行い,次の段階で電話とメールのオムニチャネル化を実現する.そして最終段階ではチャットも含めたシームレス対応へと進んでいく.
マルチチャネルから段階的にオムニチャネル対応へと進化させる中で,最も重要な要素となるのは顧客情報と応対状況を一元管理できるシステムである.現状では顧客が利用する全てのチャネルを網羅し,CRMやその他のシステムを一つの画面上で統合している「オムニチャネル対応システム」はまだまだ数も少なく,既存システムのリプレイスや新規導入のハードルは高いと言える.しかし今後はこうしたシステムがスタンダードになっていくのは間違いなく,比較的安価なSaaSとして利用できるシステムも登場してくるだろう.そしてシステムを導入する際には,チャネルごとの「顧客対応プロセス」と「対応履歴」が統合し易いか?という部分と,対応する顧客中心に全ての情報が網羅できるか?という点を考慮したい.
一方で,顧客IDを軸にした各種情報の統合も疎かにしてはいけない.コンタクトセンタにおける情報統合はもちろんの事,マーケティング施策や店舗対応といった,企業のタッチポイント全てが統合されなければ顧客にとって真の「オムニチャネル」が実現したとは言えない(図15).これは振り返れば,顧客中心の「カスタマーエクスペリエンスのデザイン設計」そのものであり,CJMを常に意識しながら考えるべき内容であるとも言える.
「カスタマーエクスペリエンス」向上は,すべての企業にとってもはやデファクトスタンダートの経営目標となり,顧客戦略の中軸と定義されつつある.自社における顧客体験価値を定義し,その体験(エクスペリエンス)を高めるには,カスタマージャーニを構成する,さまざまな要素をひとつひとつ評価して改善を行う.その先にもたらされるのが顧客のロイヤルティ向上でありブランド価値の向上である.さらにその先には,既存顧客のリピート購入が促進され,新規顧客を呼び込んでくれる好循環が待っている.この様にして企業がCXをこれまで以上に推進していく必要性が高まっており,その背景から生まれてきたのが「カスタマーエクスペリエンス・マネジメント(CXM)」という概念である.
CXMの実践にあたっては,図16に示したステップで進めていく事が望ましい.これは第3章で説明した内容とほぼ同様だが,複数部門を跨いでのマネジメントが必要となるため,部門横断型のプロジェクトとして取り組む内容である.
企業全体でCXMを推進するようになると,コンタクトセンタに求められる役割と機能も変化していく.具体的には従来のような応答率確保やミス率抑制といった量的な指標から,「どれだけ顧客とのエンゲージを高められたか?」や「顧客のロイヤルティ向上にどれだけ関与できたか?」といった質的な視点へのシフトである.
企業と顧客との信頼関係を意味する「顧客エンゲージメント」は,製品やサービスに対する消費者の愛着だけでなく,企業との良質なコミュニケーションがあってこそ育まれるものである.そのため顧客との対話が生まれ易いコンタクトセンタや対面での接客の場面においてのCXは重視される.しかしながら取り扱う商材によっては電話でのタッチポイント自体が存在しないケースもあり,ロイヤルティ重視の観点から視た場合に電話だけでなく様々なチャネルで「量」から「質」へのシフトもより顕著になっている.
CXMの推進には各部門の能動的な関与が不可欠である.しかし,実際に顧客とコミュニーケーションを取り,適切な対応を実施するにはコンタクトセンタの担当者に依存するところが非常に大きい.さらにシームレスな顧客体験を実現するには,担当部門のたらい回しを避け,顧客が望む適切なチャネルで顧客要望に応える必要がある.そのためには,顧客データのステータスを部門横断で常に最新化し「顧客がいまどのような状態にあるのか?」を即時に把握できる環境が何よりも必要となる.これからのコンタクトセンタに求められるのは,こうした環境での司令塔としての役割である.
CJMの上で展開されるCXの各プロセスを理解したコンタクトセンタの担当者が,問い合わせに対応しながら顧客の真のニーズを即座に把握.そして関連する別部署の担当者と連携を行いながら一貫した顧客体験を提供する.一連の対応は履歴として顧客データベースに保存され,今後のサービス改善にむけた分析に活用される.
NPSをはじめとした各種サーベイを駆使し,マーケティングや営業,製品部門へフィードバックを行いつつ,継続的なCX改善プロセスをリードする.これが新時代におけるコンタクトセンタの役割の形(図17)といえよう.
CXが進化し続ける現状において,近年,企業はますます「エフォートレス体験」の実現に軸足を移行しつつある.消費者自身がより良いカスタマーエクスペリエンス(CX)を求めている事もあり,提供する既存のサービスプロセスをエフォートレス化する試みは様々な場所で見る事ができる.「手間をかけさせない顧客体験」の行く着く先は「消費者がコンタクトセンタに電話をしない世界」であり,コンタクトセンタの「存在意義」を再考しなければならない時代がすぐそこまでやって来ている.
CXの文脈で語られる「エフォートレス」とは,消費者が製品やサービスを継続利用する上で,消費者側が手間や努力をかける事なく,楽に対応ができる状態を指す.サービスを使い始めるまでに殆ど手間がかからない,モバイルアプリだけで消費者側のアクションが完結する,入店するまでに並ぶ必要がない,家で全てが完結する等,消費者がストレスを感じる事なくサービスを利用できる体験が高い満足度を生み,企業の顧客ロイヤルティ獲得にも差が生じている.
アフターコロナの消費者ニーズにおいて,「エフォートレス体験」は急速なトレンドになっている.飲食ではWEBやアプリを軸としたデリバリー対応が当たり前となり,Uber EATSといったサービスの台頭も記憶にも新しい.こうした巣ごもり需要や新しいライフスタイルでは,自宅でいながらにして完結する様なサービスがより歓迎される傾向にあり,CXがどれだけシンプルで洗練されているか?という観点で顧客は感動し,継続利用の判断を行うのである.これはコンタクトセンタに限った事ではなく,あらゆるタッチポイントで顧客の負荷を軽減し,マイナスをゼロに近づける事によって相対的な満足度を高める思想とも言う事ができ,顧客満足度の世界で言及される「究極のおもてなし」や「神対応」といったアプローチとは真逆のスタンスとなっている.手間なく,簡単に,そしてストレスなく.こうした消費者の感覚にサービスデザインの段階から応えていく事が求められている.
ここでは具体的な企業事例を参考に,エフォートレス体験のポイントと構成要素を解説する.
マクドナルドでは自社アプリのモバイルオーダ機能の活用を促進.消費者がスマホで注文と支払いを完結させる事ができ,店舗で並ばずに商品を受取る事が出来る.混雑する店舗でレジに並ぶ必要もなく,ストレスなく自分のタイミングで商品を選ぶ事ができる.店内飲食の場合はスタッフが席まで届けてくれる[7].
ZOZOタウンでは洋服の購入だけでなく,必要なくなった衣服の買取サービスも同時に行う事ができる.サイトから「買取キット」を申し込む事で,自宅に無料でダンボールもしくはリユースバックが配送される.この買取キットに衣服やアイテムを詰めて梱包し集荷を依頼すれば指定日に配送業者が対応.後日,査定金額を確認し買取が成立する.一連の作業がシンプルであり,WEBやアプリで全てが完結する.衣服の発送作業も届いた買取キットに詰め込むだけのシンプルな作業となる.またZOZOタウンで購入した衣服は購入履歴と紐づくため,新しい洋服購入の際に「買替え割」という形でもサービスが利用できる[8].
MacBookやiPhoneといったApple製品はパッケージやユーザーガイドが非常にシンプルであり,電源を入れた瞬間から直感的なUXでセットアップを開始することができる.簡単な案内に従うだけでクラウド上のデータは自動同期され,面倒な手間をかける事なく同じアプリや機能が使える.またApple Storeのアプリを利用すれば,家電量販店といったリアルな店舗へ出かける必要も一切ない[9].
この3つの事例に共通するポイントは徹底した「セルフ対応の実現」である.企業はディジタルチャネルにおける消費者の工数を極力排除し,シンプルなプロセスで製品や価値を提供することに見事に成功している.消費者が苦痛を感じる部分は「自分の順番まで待つ」,「品物が届くまで時間がかかる」,「注文や依頼方法が複雑で難しい」といったもので,この部分で「顧客の努力がそもそも発生しない」CXをデザインできるかどうかが「エフォートレス体験」を実現するための鍵になっている.
コロナ禍の影響によって変容した消費者の意識は「巣ごもり需要」といった新たな消費トレンドを生み出し,よりエフォートレスなCXに魅力を感じるようになっている.その意味で「電話をかける」という行為自体が消費者にとって「ストレス」や「不要な手間」となってしまう未来も予想される.こうした環境変化においてコンタクトセンタの存在価値をどの様に再定義していくかは非常に重要なテーマだと言える.
これまでのCXがエフォートレス体験にシフトする場合,消費者がコンタクトセンタに電話をかけるプロセスは,企業として避けるべきケースとなるため,セルフ対応を前提としたサービスデザインやコミュニケーション設計が重要となる.
一方で,イレギュラーな場面ではオペレータによる対応がやはり必要となるため,コンタクトセンタではその部分における「エフォートレス」を定義した上で,コンタクトセンタにおけるCXを最適化していくべきであろう(図18).そのためには「エフォートレス体験」を踏まえたカスタマージャーニを企業側が再整理し,モバイルアプリやディジタルチャネルにおけるCXとコンタクトセンタの対応を適切にリンクさせていかなければならない.こうしたコンセプトの実現こそ新たなコンタクトセンターの存在価値と言えよう.
本稿ではコンタクトセンターにおけるCX構築の要点を筆者のこれまでの経験や,研究会でのワークを通じて得た知見を軸に,マネジメントだけでなくITの視点からも論じた.
既に一部の企業ではディジタル化やエフォートレスを前提としたコンタクトセンターが運用を開始しており,今後も増加していく事が予想される.旧来型のセンター運営からCXにフォーカスしたスタイルへのシフトは,ともすれば何処から手を付けるべきか非常に悩ましい課題であり,ここで紹介した内容がそうした現場の皆様への一助となれば幸いである.
長年,コンタクトセンター業界で企業のCRMやカスタマーエンゲージメントの企画開発,運用に携わる.ディジタルコミュニケーションと顧客ロイヤルティ,カスタマーエクスペリエンスといった企業コミュニケーション開発のプロジェクトに多数従事.2016年から外資系ソフトウェア企業に勤務.リックテレコム社主催の5年後のコンタクトセンター研究会メンバー.
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