会誌「情報処理」Vol.62 No.2 (Feb. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

新しいナレッジマネジメントの方法論・KCSの導入と成果について

田口 浩1

1(株)東京海上日動コミュニケーションズ 

日本のコンタクトセンタ業界では,採用難が続き,オペレータの確保が難しい状況が続いている.このような環境下において,コンタクトセンタを利用する顧客やユーザは,スマートフォンやタブレットの利用者が増加したこともあり,自身に何らかの問題が発生した場合には,問題を解決するためにコンタクトセンタへ電話をする前に,インターネットを利用し解決方法を検索するという行動へ変化してきている.コンタクトセンタにとっては,顧客やユーザが自身で問題を解決してもらうことで,入電数を削減することができるため,配置するオペレータ数の削減ともなるため,顧客やユーザが自身で問題の解決ができるよう,人工知能(AI)型のFAQやチャット・ボット,バーチャルエージェントなど,高機能なセルフサポートシステムをホームページに導入する企業が増加している.セルフサポートシステムの導入で重要なのは,問題解決のために利用されるナレッジである.セルフサポートシステムの導入が急速に増加することにより,ナレッジマネジメントについて注目されるようになったが,従来のナレッジマネジメントでは,ナレッジに登録されているコンテンツの質や量に問題があり,セルフサポートシステムで利用するナレッジデータを作成するために時間がかかってしまっていた.

米国ではKCS☆1という新しいナレッジマネジメントの方法論が1990年代より研究されていたが,日本では2015年にHDI-Japan☆2を介し,その内容や方法論などが日本に紹介され,以降徐々に注目を集めるようにななった. 本稿では,実際にKCSを導入する際の問題点や,KCSの導入のメリット等について解説を行う.

1.ナレッジマネジメント

ナレッジマネジメントとは,個人が業務上で得た情報や知識,経験やノウハウ(=ナレッジ)を,組織内で共有し活用することで,生産性の向上や業務効率化,課題の発見と改善,新たなイノベーションの創出などにより,企業の競争優位を実現するための経営手法である.

1.1 暗黙知と形式知

ナレッジマネジメントを実践するうえで重要な点は,社員が個人で得たナレッジは,そのままでは本人しか知り得ない状況にあるため,個人が得たナレッジを組織内で共有するためには,他の社員にも個人が得た情報を理解できるようにすることである.

社員が業務上などで,個人で入手したナレッジは,そのままでは個人しか知り得ない情報のため「暗黙知」という.

暗黙知のナレッジを,組織内の他の社員に伝えるためには,その内容を文章や図表,映像などにし,他の社員が見たり,聞いたりすることで,初めて内容を理解することができるようになる.

このように,暗黙知のナレッジを組織内の他の社員が理解できるような形式に変換したナレッジを「形式知」という.

ナレッジマネジメントを実践するためには,個人が得た暗黙知のナレッジを形式知に変換し,組織内の誰もが情報を知ることができるようにし,共有することである.

1.2 ナレッジマネジメントの目的

ナレッジマネジメントには,2つの目的がある.1つ目は,生産性の向上や業務の効率化のためにナレッジを組織内で共有し,活用することである.

たとえば,組織内で過去に発生した問題(=既知の問題)をナレッジに形式知化し登録しておくことで,同様の問題が発生した場合には,登録されたナレッジを利用することで,問題を迅速に解決することができる.未知の問題の場合には,発生の状況を確認することや,発生の過程を調査することや再現性を調査することなどがあり,発生の原因を突き止めるための時間や,問題解決のための方法を検討するために時間が取られるが,既知の問題については,発生原因の調査や問題解決の方法を検討すること無く,ナレッジを活用することで問題を迅速に解決することができるため,業務の効率性が向上することになる.

もう1つの目的は,収集したナレッジを分析することで,企業や組織,顧客の課題や要求などを発見し,改善することや,新たなやり方に変更するなど,新たなイノベーションを生み出すことである.

たとえば,顧客からの質問や要求などを収集したナレッジを分析することで,顧客の現在のニーズや,顧客に発生している問題を把握することができるため,製品やサービスの改善や,新しい製品やサービスの開発などに利用することができる.

組織内で収集されたナレッジは,上記のように.2つの目的で利用することができる.

2.コンタクトセンタにおけるナレッジマネジメント

コンタクトセンタにおける代表的なナレッジには,CRM(Customer Relationship Management)(またはCTS(Call Tracking System))とFAQ(Frequently Asked Questions)がある.CRMは,コンタクトセンタに問合せをしてきた顧客の情報や過去の購買履歴,過去の問合せ履歴と問合せに対する応対履歴などの情報が記録されているデータベースである.また,FAQは顧客からの問合せが多い内容について,質問(Question)と回答(Answer)の形式(いわゆるQ&A形式)で登録されているデータベースである.これらに登録されている情報は大量であるため,顧客から問合せが来た時に,即時に検索し,情報を探し出し,閲覧することができるよう,ITシステムを利用しているため,CRMシステム(以下CRM),FAQシステム(以下FAQ)と呼ばれる.CRMに登録されている情報のうち,問合せ履歴については,パレート分析などにより,問合せの多い内容を分析し,問合せの多い内容については,その問合せ内容と回答がFAQに登録される.

コンタクトセンタの重要な役割のひとつに,顧客の問題を迅速に解決することがある.顧客からの問合せに対し,回答するまでの一般的なワークフローが図1である.顧客からの問合せに対し,オペレータは自身が保有している知識で回答を行う.オペレータが自身の保有している知識で回答した場合には,顧客からの問合せ内容とオペレータが回答した内容をCRMに応対記録として記録することで,処理が完了となる.顧客との応対の中で,要望や苦情などが発生した場合には,その内容もCRMに記録しておく.

一般的なコンタクトセンタのワークフロー
図1 一般的なコンタクトセンタのワークフロー

顧客からの問合せに対し,オペレータが保有している知識で回答ができない場合には,問合せ内容に対する回答を入手するために,オペレータは社内のFAQを利用し,顧客からの問合せ内容に対する回答が登録されていないか,検索を行う(図2).

オペレータの知識で回答できない場合のワークフロー
図2 オペレータの知識で回答できない場合のワークフロー

FAQに顧客からの問合せ内容と回答が登録されていない場合には,上位の職位であるスーパーバイザー(以下SV)にエスカレーション(=問合せ内容をSVに転送すること)を行い,問合せに対する回答を確認する.

オペレータが自身が保有する知識で回答することができない場合には,FAQの検索や,SVへのエスカレーションを行い回答を入手する.

コンタクトセンタによっては,オペレータが,問合せに対する回答が自身の知識で分からない場合には,最初にFAQを検索し,回答が登録されていない場合には,SVへエスカレーションをするというルールを設定しているセンタもあるが,オペレータは,顧客との応対状況によりFAQの検索をせず,SVへのエスカレーションを優先的に行う場合がある.

FAQには,顧客からのすべての問合せ内容と回答が登録されていないため,顧客が急いでいる場合や,怒った顧客の応対などでは,迅速に,確実に回答を入手する必要があるため,オペレータの判断により,FAQを検索せず,優先的にSVへのエスカレーションを行う場合もある.

2.1 一般的なワークフローでの課題

一般的なワークフローについて説明を行ったが,このワークフローではいくつかの課題がある.表1は一般的なワークフローが抱えている課題である.以下にこれらの課題について説明する.

表1 一般的なワークフローにおける課題
一般的なワークフローにおける課題
(1)オペレータの知識に頼った運用

一般的なワークフローでは,オペレータが保有している知識に頼った運用となっている.オペレータが個人で保有している知識は各個人で違いがあるため,回答の品質にバラツキが発生してしまう.また,知識の違いにより,顧客からの問合せに回答するまでの時間についても,バラツキが発生してしまうため,組織全体の生産性に影響を与えてしまうことになる.

さらに,問合せに対する回答について,オペレータが回答内容に自信がない場合には,確認のためにエスカレーションをし,回答内容が正しいかSVに確認することがある.この行動についても,回答までの時間が長くなってしまう要因となっている.

(2)FAQが活用されていない

FAQの目的は,オペレータが自身の知識で回答できない場合や,回答する内容に自信がない場合に,FAQを検索し問合せに対する回答を入手することや,確認することが目的である.一方,回答を入手したり,確認したりする方法は,SVへのエスカレーションでも可能である.

SVへのエスカレーションは,オペレータが自身の席で挙手することでSVがオペレータの席まで移動し,オペレータが受けた問合せに対する回答を教える運用を行うセンタが多くある.この方式の運用では,オペレータが自身でFAQを検索するよりも,SVへのエスカレーションの方がより早く,確実に回答を知ることができるため,FAQが利用されない状況が発生してしまう.

FAQには顧客からのすべての問合せが登録されていないため,検索しても回答を入手することができない場合もある.

オペレータは,より確実に回答を入手することができるSVへのエスカレーションを優先的に利用してしまうことが,FAQが利用されない原因となってしまっている.

センタによっては,FAQの代わりに,CRMに登録されている過去の問合せ履歴を検索し,利用する場合があるが,CRMに登録されている回答内容については,その回答内容が正しいか確認されていない場合がほとんどであるため,回答の正確性に問題がある.そのため,問合せに対する誤回答を発生させてしまう可能性があるため,CRMに登録されているデータを利用することは避けるべきである.

(3)一般的なワークフローでは大幅な業務効率化が難しい

筆者はコールセンタ/コンタクトセンタ業界で30年近く働いているが,一般的なワークフローは,30年以上の間,大きな変化なく運用されている方式である.また,業務効率化や生産性の向上についての取組みは,毎年のように組織目標として掲げているセンタが多く見られる.

毎年のように生産性の向上に取り組んでいるため,大幅な生産性の向上や業務効率化が難しいのが現状である.

大幅生産性の向上や業務効率化を達成するためには,一般的なワークフローを変革する必要があるが,過去から現状まで,一般的なワークフローの方式は変化せず,運用されている.

(4)品質管理に工数がかかる

コンタクトセンタは,電話での応対や,有人チャットでの応対など,人により行われるプロセスが多くある.

有人での応対は,ヒューマンエラーが発生する恐れもあり,定期的に人の活動をモニタリングし,管理する必要がある.

コンタクトセンタでは,オペレータと顧客の電話での会話をモニタリングするコールモニタリングや,オペレータが顧客との応対時に利用するシステムや端末操作が適切に行われているか,動作をモニタリングする,サイドバイサイドモニタリングなどが定期的に実施されている.

コールモニタリングでは,顧客からの問合せに対し,オペレータが正しい回答をしているかを確認し,応対時のマナーが適切かなどの評価も行う.

コールモニタリングで重要なのは,顧客の問合せに対し,誤った回答をどの程度しているかを測定し管理することである.

顧客からの問合せに対し,オペレータが誤った回答をしてしまった割合をミス率といい,KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)として管理しているセンタもある.

コールモニタリングは,顧客対応を行う全オペレータに対し,毎月実施する必要があるため,多くの時間と工数を費やしている,また,顧客の問合せに対し,誤った回答をしたオペレータに対しては,再研修を実施することや,再度同様な問合せに対し誤った回答をしないか確認をする必要があるため,モニタリングする件数を増やし確認する必要があるため,品質管理にかかる時間と工数が増加する要因となってしまっている.

(5)オペレータの高齢化

日本では少子高齢化が進み,コールセンタ業界でも若年層のオペレータ確保が厳しい環境となっている.

コールセンタのオペレータは非正規社員や派遣社員の雇用者が多くいるが,2018年には,労働契約法と派遣法の改正が実施され,労働契約法では,通算5年を超える有期労働契約を結んだ有期契約労働者が申し出を行うと,無期労働契約に転換できると改正された.図3は改正労働法施行後の有期契約社員への対応についてのアンケート結果である[1].

改正労働法施行後の有期契約社員への対応(n=112)
図3 改正労働法施行後の有期契約社員への対応(n=112)

多くのコールセンタでは,人材の採用が難しい環境でもあるため,有期雇用から無期雇用への転換を図るセンタが多くある.図3のアンケート結果からも有期雇用者を無期雇用の社員に転換したセンタは46%であった.

オペレータの無期雇用化や企業の定年延長化もあり,コールセンタで働くオペレータの高齢化が進んでいる要因ともなっている.

高齢のオペレータは,新しい知識の習得に時間がかかってしまうこともあり,今後は,高齢のオペレータの知識習得に関する問題が発生することが予想される.また,コンタクトセンタではディジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでおり,顧客の問合せに無人で対応するチャット・ボットの導入や,ホームページ上で公開されている,人工知能によるFAQやバーチャルエージェントなどの導入が増加している.

これらのディジタルチャネルの利用により,簡単な問合せは無人対応で解決できる状況となってきている.そのため,有人オペレータへの問合せ内容は,今後,より高度な問題や,複雑な問題となることが予想されるため,オペレータが保有する知識についても,更なる向上が必要となることが予想される.

今後も,雇用の無期化により,高齢のオペレータは増加すると予想されるため,知識習得に関する問題は,ますます深刻になると予想される.

3.KCSによるワークフロー

KCS(Knowledge Center Service:以下KCS)は,米国の非営利団体であるConsortium for Service Innovationにより1992年から研究され,策定・管理されている.

KCSのワークフロー(以下KCS)と一般的なワークフローの違いは,一般的なワークフローでは,顧客からの問合せに対し,オペレータが保有している知識で回答することを前提としたワークフローとなっているが,KCSではオペレータは顧客からの問合せに対し,FAQを利用し回答するワークフローとなっている.

図4はKCSのワークフローである.

KCSのワークフロー
図4 KCSのワークフロー

KCSでは顧客からの問合せに対し,オペレータが保有する知識で回答するのではなく,顧客の問合せ内容を必ずFAQで検索し,回答が登録されているか確認し,問合せ内容が登録されている場合には,回答内容を確認し,回答する運用となる.また,CRMへの記録入力については,顧客からの問合せ内容はすでにFAQを検索するときに入力しているため,検索時に入力した問合せ内容と,FAQの回答をそのまま利用し,CRMに応対記録として登録する.

KCSでは,オペレータが顧客からの問合せに対する回答が分かっていても,回答する前には必ずFAQを検索し,問合せがFAQに登録されているか確認する.

問合せがFAQに登録されている場合には,回答内容を確認し,顧客に回答をする.

オペレータが,毎回FAQを検索し確認する目的は,顧客からの問合せ内容がFAQに登録されているか確認することと,オペレータが覚えている知識が正しいか確認すること,回答する内容に,情報の抜け漏れがないか確認すること,回答内容の情報に,新たに追加されたり,修正された情報がないかを確認すること,また,回答内容に修正や追加した方が良い情報がないかを確認するという目的がある.

FAQを検索し,問合せ内容が登録されていない場合には図5の流れとなる.

FAQに回答が登録されていない場合のフロー
図5 FAQに回答が登録されていない場合のフロー

FAQに顧客からの問合せが内容が登録されていない場合には,オペレータは,問合せ内容をFAQに即座に登録する.この登録されたコンテンツを,下書きコンテンツという.

下書きコンテンツには,顧客からの問合せ内容が記載され,回答がない状態である.

下書きコンテンツの回答は,回答を作成する担当者により即時に回答が作成され,FAQが公開される.

オペレータは公開された回答を確認し,顧客に回答をしたのち,新たに作成されたコンテンツのリンク先をCRMに登録し応対が完了となる.

KCSでは,FAQに登録されていない問合せ内容があれば,その場でオペレータが即時に下書きコンテンツの登録を行う.FAQの公開は,回答を作成する担当者がその問合せに対する回答を作成し,公開するというワークフローになる.

一般的なワークフローでは,FAQの作成は,専任の担当者(ナレッジマネージャなど)が配置されている場合が多く,オペレータは,FAQを作成する権限を有していない.

KCSでは,FAQに登録されていない問合せ内容があれば,オペレータがFAQに即時に下書きコンテンツを登録し,回答を作成する担当者が即時に回答を作成し,FAQを公開する「ジャスト・イン・タイム方式」であるのに対し,一般的なワークフローでのFAQ登録は,問合せの発生状況によりFAQが登録される「ジャスト・イン・ケース方式」である.

4.一般的なワークフローとKCSでのワークフローの違い

一般的なワークフローでは,組織に「未知の問合せ」が発生した場合には,SVへのエスカレーションが発生することはすでに説明を行った.

図6は,一般的なワークフローでのFAQ公開までの流れを表した図である.

一般的なワークフローでのFAQの公開までの流れ
図6 一般的なワークフローでのFAQの公開までの流れ

組織にとって初めての問題(=未知の問題)が発生した場合には,オペレータは回答の情報を得るために,SVにエスカレーションを行う.

コンタクトセンタでは,同じ内容の問合せが複数回発生するため,別のオペレータが同じ内容の問合せを受け付けた時にも,SVへのエスカレーションが発生する.

エスカレーションは,FAQに情報が登録され,公開されるまで発生する.

この状況では,SVには同じ問合せ内容が複数件エスカレーションがされ,個々のオペレータに対し同じ回答内容を複数回説明しなければならないため,SVの業務効率は低下することになる.

これに対し,KCSでは,組織にとって未知の問合せが発生した場合には,即時に問合せ内容とその回答がFAQに登録され,公開されるため,SVへのエスカレーションは少なくなり,業務効率の低下を防ぐことができる.

図7はKCSでの,FAQ公開までの流れを表した図である.

KCSワークフローにおけるFAQ公開の流れ
図7 KCSワークフローにおけるFAQ公開の流れ

オペレータが問合せを受け付け,FAQに登録されていない場合には,組織にとって未知の問合せであるため,即時に下書きコンテンツの登録を行う.

他のオペレータが同じ問合せを受け付け,まだ回答が登録されていない下書きコンテンツの情報を検索した場合でも,組織ですでに受け付けている問合せであることが分かるため,回答について調査中であることを顧客に伝え,回答が分かり次第連絡するなど,回答を即時に行うことができるため,オペレータの業務効率の低下を防ぐことができる.

5.KCS導入の事前準備

前章で解説したように,KCSでは,一般的なワークフローと比較して,業務効率化や,生産性の向上が可能である.

一般的なワークフローからKCSへの移行のポイントについて以下に説明する.

5.1 システム環境の準備

KCSを導入するためには,業務で利用するシステム環境も重要となる.

米国では,KCSに準拠しているシステムについて認定を行っている☆3

日本においては,最近になり,KCSに準拠したシステムが発売されてきたが,当社が導入する時点では,日本語環境で利用できるシステムがなかったため,既存で利用していたFAQをKCSにあわせ開発する必要があった.

KCSでは,顧客からの問合せに対し,必ずFAQに登録されているか検索を行い,FAQに登録されていれば,FAQの問合せ内容と回答が記載されているコンテンツのリンク先をCRMシステム側に登録できるようにする必要がある.

問合せ内容がFAQに登録されていない場合には,検索時に入力したした質問内容をそのまま下書きコンテンツとして登録する機能が必要となる.

当社では,上記機能を実現するために,既存で利用していたFAQとCRMの連係機能を独自で開発することにした.

但し,独自開発のため,FAQとCRMの画面統合化など,シームレスな環境で連携を行うことはできなかったが,運用に必要となる最低限の機能要件は満たせていたため,当該システムで運用することにした(図8).

FAQシステムとCRMシステムの連携
図8 FAQシステムとCRMシステムの連携

5.2 コンテンツスタンダード

FAQのコンテンツ内容については,オペレータが閲覧したときに,すぐに回答内容を理解できる必要がある.

一般的なFAQは,質問項目と回答項目で構成されているが,回答部分には,回答の関連情報などが付加されていることがあり,回答の文章量も多い場合がある.そのため,オペレータが回答内容を閲覧するために時間がかかってしまい,顧客からの問合せに即時に回答することができなくなり,電話を保留にし,顧客を長い間待たせてしまうことや,折り返しでの回答にしてしまう場合がある.

KCSではFAQのコンテンツに記載する文章は,オペレータが閲覧したときに,すぐに内容を理解できるようにするため,質問項目と回答項目を細分化し,構造化することで見やすく,内容を理解しやすいようにしている.更に,回答を見やすく,内容を分かりやすくするために,回答は文章形式で作成するのではなく,できるだけ箇条書き形式での記述をする.

質問と回答を細分化し,細分化した各項目に記載する内容を定義したドキュメントを,コンテンツスタンダードという.

表2はコンテンツスタンダードの例であるが,一般的なFAQの質問にあたる項目と回答にあたる項目をさらに細分化し,構造化することで.FAQコンテンツの内容を,見やすく,すぐに理解できるようにしている.

表2 コンテンツスタンダードの定義
コンテンツスタンダードの定義

図9は,一般的なFAQとコンテンツスタンダードに沿って作成したFAQの例であるが,コンテンツスタンダードに沿って作成したFAQは,一般的なFAQと比較し,一問一答型で作成され,見やすく,内容がすぐに分かりやすいように作成されている.

一般的なFAQとコンテンツスタンダードに沿ったFAQの違い
図9 一般的なFAQとコンテンツスタンダードに沿ったFAQの違い

5.3 KCSのワークフローでの役割定義

KCSでは,顧客からの問合せに対し,FAQを利用して回答する担当者,FAQの回答を作成する役割担当者など,役割が定義されている.図10は各役割についての定義である.

KCSのワークフローでの役割定義
図10 KCSのワークフローでの役割定義

各役割は,キャリアパスとなっている.

当社では.各役割について,認定方式を採っており,各役割へのキャリアアップ時には,試験を設け,合格することでキャリアアップする仕組みを構築している.

各役割の詳細について,以下に説明を行う.

(1)KCSⅠ(候補者)

KCSⅠは,顧客と直接応対を行う.顧客からの問合せに対しFAQを検索し,回答を行う.FAQに回答が登録されていない場合には,問合せ内を下書きコンテンツとして登録する.また,コンテンツの内容について,修正する必要がある場合には,当該コンテンツに修正依頼の項目にフラッグを立て,修正依頼を行う.

(2)KCSⅡ(寄稿者)

KCSⅡは,KCSⅠが登録した下書きコンテンツに回答を作成し,FAQの公開を行う.また,登録されているFAQコンテンツに修正依頼のフラッグがついたコンテンツが発生した場合には,回答内容について修正を行う.

(3)KCSⅢ(公開者)

KCSⅢは,社内で利用しているFAQのコンテンツについて,コンテンツが使用されている状況を分析し,良く使用されているコンテンツについては,外部公開用のFAQや,チャット・ボットなどに登録する候補となるコンテンツの洗い出しを行う.また,外部に公開するコンテンツについては,コンテンツの文章の確認や,コンプライアンスのチェックを行う.

(4)KCSコーチ

KCSコーチは,KCSⅠ・KCSⅡ・KCSⅢの担当者の人材育成を担当し,キャリアアップするために研修などを実施する.また,コンテンツの品質を維持するために,作成されたコンテンツについて,コンテンツがコンテンツスタンダードに沿って適切に作成されているか評価を行う(=コンテンツモニタリング).

コンテンツモニタリングは,FAQに登録されているコンテンツが,コンテンツスタンダードに沿って適切に作成されているか評価を行い,作成者にフィードバックとコーチングを行うことで,担当者のコンテンツ作成スキルの向上を目指している.

(5)ナレッジドメインエキスパート

ナレッジドメインエキスパートは,FAQシステムとFAQに登録されているコンテンツの管理を行う.

FAQに登録されているコンテンツについて,パレート分析やABC分析などを行い,顧客からの問合せの多い内容を分析することや,顧客からの要求(ニーズ)や苦情などについて分析を行い,改善の取組みを担当する.

上記説明のように,KCSでは各役割が明確に定義され,キャリアパスとなっている.各担当者は,研修やコーチングなどによりスキルの向上とキャリアアップをすることができるため,担当者のモチベーションの向上にも寄与している.

6.KCSワークフローへの移行

前章では,KCSのワークフローを導入するうえで必要となる事前準備について説明を行った.以下からは,KCSのワークフローを実際に導入する場合のポイントについて,当社の事例をもとに説明を行う.

6.1 移行計画の実施

当初,KCSの導入を決定したときには,全オペレータが同時に移行する計画を立てていたが,移行を開始した時点で,2つの問題が発生した.

問題の1つ目は,オペレータの生産性に関する問題である.

移行計画では,各チームの生産性を15〜20%向上させる目標を設定していたが,3カ月間ほど運用した結果,移行前と比較し,各チームの生産性は向上せず,AHT(Average Handle Time=1件あたりの平均処理時間)が長くなる状況が続き,生産性が低下してしまう状況や,生産性の向上が見られない状況が継続してしまっていた(図11).

KCSのワークフロー導入後のAHTの推移
図11 KCSのワークフロー導入後のAHTの推移

KCSでは,顧客の問合せに対し,FAQを検索し,回答が登録されている場合には,回答をそのまま記録として利用し登録する運用であるため,一般的なワークフローの,顧客との詳細な対応記録を毎回入力する運用と比較し,記録を入力する時間が大幅に削減されるため,AHTは短くなり,生産性は向上すると予想していた.

実際に,KCSへ移行し運用を開始すると,予想とは違い,AHTは短縮されず,逆にAHTが長くなってしまう状況となるチームも発生してしまっていた.

図12は,AチームのKCSⅠの担当者,AからQのAHTの状況である.

移行後の各オペレータのAHT測定結果
図12 移行後の各オペレータのAHT測定結果

移行後3カ月後の測定結果では,17名のオペレータのうち,移行後の生産性が目標値である15〜20%以上向上しているオペレータは1名だけであった.一方,生産性が移行前より低下してしまっているオペレータは,17名中9名であった.

AHTが長くなってしまっている原因は,KCSに移行した時点では,FAQに登録されているコンテンツ数が少ないため,下書きコンテンツの登録処理件数が多く,また,登録処理の操作に慣れていないため,処理に時間がかかってしまっていたことと,オペレータへのトレーニングが十分でなかったため,検索の操作や回答が複数発生した場合の選択処理に時間がかかってしまっていたことが原因であった.

オペレータは,一般的なワークフローの動作に慣れてしまっていたため,KCSのワークフローの動作に慣れるまで時間がかかってしまい,生産性を低下させてしまう原因となってしまっていた.

5割以上のオペレータのAHTが移行前と比較し悪化してしまうことは,1日に処理できる件数が減少してしまうことになり,センタの接続品質にも影響を与えてしまうことになり,提供サービスの品質低下の原因となってしまうため,全体での同時移行を一度中止し,再度計画の見直しを行うこととした.

2つ目の問題は,登録された下書きコンテンツに回答を作成する処理の問題である.

KCSのワークフローでは,下書きコンテンツが登録されると,KCSⅡの担当者が回答を作成する運用となっている.

スタート時点においては,FAQに登録されているコンテンツ数が少ないため,KCSⅠの担当者が登録する下書きコンテンツの件数が多く,KCSⅡの担当者が回答を作成する処理が追い付かない状況が発生し,ジャスト・イン・タイムでの公開ができない状況となってしまっていた.

計画策定時には,下書きコンテンツの登録件数が多くなることは予想していたが,予想以上に大量の件数が発生したため,結果的には,KCSⅡの担当者数が不足している状況となってしまっていた.

6.2 移行計画の見直し

移行計画の見直しにあたり,KCSへの移行直後は,オペレータの生産性が一定期間低下してしまう点,下書きコンテンツの登録件数が大量に発生してしまう点を考慮し,移行については,全員が同時に移行する方式ではなく,段階的に対象者を拡大しながら移行する方式に変更を行った.

オペレータが,新たなワークフローに慣れるまでの期間は,個人により差はあるものの,おおむね2カ月間程度で生産性が回復する傾向になることが判明したため,2カ月間単位で対象者を拡大していく計画とした.また,次の移行対象となるオペレータについては,できるだけ早期に移行後の操作に慣れてもらうため,操作練習が行える環境を準備し,問合せの少ない時間帯などに操作練習をしてもらう対策をとることにした.

下書きコンテンツの登録件数が多く発生してしまう対策としては,KCSⅠの担当者に対し,KCSⅡの担当者の配置比率の見直しを行った.当初の計画では,KCSⅠの担当者5人に対しKCSⅡの担当者が1名の割合で配置計画をしていたが,見直し後は,KCSⅠの担当者3名に対し,KCSⅡの担当者1名の割合で配置する計画に変更を行った.また,移行時には,新たな問題等が発生する可能性があるため,最初の移行については,少人数のパイロットチームからスタートすることとし,問題が発生した場合には,問題への対応を行う推進チームを設置することとした(図13).

見直した導入計画案
図13 見直した導入計画案

以上の計画内容を変更し,パイロットチームから,移行計画を再スタートさせることとした.

6.3  移行計画の再実施

再度の移行では,2カ月単位に対象者を拡大する計画を基本としたが,移行後のチームの生産性状況も管理しながら,対象者の拡大を行った.

対象者を拡大した時点では,一時的に生産性は低下するが,操作や新しいプロセスへ運用に慣れてくると,生産性は元に戻り,向上する傾向となるため,段階的に対象者を拡大することで,大きな生産性の低下をさせることなく,オペレータ全員の移行を完了させることができた(図14).

KCSワークフローの展開とパフォーマンスの推移
図14 KCSワークフローの展開とパフォーマンスの推移

KCSへの移行を行う場合には, FAQの検索や下書きコンテンツの作成・登録など,新たなプロセスが発生する.

一般的なワークフローを長年経験し慣れていたオペレータが,新たなプロセスに慣れるまでには一定の期間が必要となる.そのため,KCSへの移行後には,一時的に生産性が低下してしまうことになるが,オペレータが操作やKCSのプロセスに慣れ,生産性がもとに戻るため,組織の生産性の状況を管理しながら,対象者を段階的に拡大していく方式での移行が有効である.

7.KCSのワークフフローへの移行後の成果について

KCSのワークフローへの全体移行が完了し,運用を開始した成果について説明を行う.

図15は各チームの生産性について四半期単位での平均値の推移を表したグラフである.

各チームの四半期単位の生産性の推移
図15 各チームの四半期単位の生産性の推移

AチームとCチームについては,全体運用を開始して1年後の成果では,25%程度向上する結果となった.一方で,BチームとDチームについては,生産性は向上しているが,7%程度にとどまってしまっている.

4チームともに,業務では同じシステムを利用しているため,利用システムの違いなどによる差が発生していることはない.

Aチーム・CチームとBチーム・Dチームの生産性に違いが発生する原因について,さらに分析を行った.

7.1 生産性についての分析

コンタクトセンタでは,生産性を管理するKPIの1つとして,AHTがある.

AHTは,組織全体とオペレータの生産性を管理する指標で,1件の問合せを処理するのにかかる平均時間のことをいう.また,AHTは顧客対応に必要となる要員数を算出するための基礎数値として利用される.

AHTの増減により,必要となる要員数は増減することになる.

AHTの構成要素を分解すると,顧客との応対にかかる時間(=電話では顧客と通話している時間と電話を保留している時間)と,応対履歴を入力し,次の顧客の対応準備をする時間になる.前者はATT(Average Talk Time=平均通話時間)と呼ばれ,後者はACW(After Call Work=平均後処理時間)と呼ぶ.

AHTの構成要素を分解すると,AHT=ATT+ACWとなる.

KCSでは,FAQの検索を行い,回答し,回答後には,FAQの回答結果を応対記録として利用する.そのため,応対記録を入力する時間が大幅に短縮されることになる.

応対記録の入力は上記説明のACWにあたる部分になるため,ACWの時間が削減されることになり,結果としてAHTの数値が短縮され,生産性が向上することになる.

図16は,各チームのACWの推移を表したグラフである.

各チームのACWの推移
図16 各チームのACWの推移

第2四半期以降は,AチームとCチームのACWが削減された数値は18.8%と16.9%と15%以上効率化されている.一方,BチームとDチームについては,7.9%と-2.0%と削減効果はAチーム,Cチームほど向上していない状況である.

Bチーム,DチームのACWが削減されていない原因として考えられるのは,下書きコンテンツの登録が発生し,登録処理に時間がかかり,ACWの削減がされていない状況となっていることが考えられる.

上記の推測が正しいか調査するためには,FAQに登録されているコンテンツ総件数の増加の推移と,顧客の問合せに対し,オペレータがFAQを利用し,顧客の問合せに回答できている件数の推移を調べることで確認することができる.

オペレータが,FAQに登録されているコンテンツで顧客の問合せに回答できていない場合には,新たにコンテンツが登録されるため,FAQに登録されているコンテンツの総件数は,毎月増えていく傾向となる.

コンテンツ数の増加と対比して,FAQを利用し,問合せに回答できている割合も増加するはずである.

コンタクトセンタで利用される管理指標で,顧客からの問合せに対し,最初の問合せで回答(=解決)できた割合を管理する指標として,1次解決率(FCR=First Contact Resolution)がある.

FAQを利用して顧客からの問合せに回答することができていれば,1次解決率は向上することになる.また,FAQに登録されているコンテンツ数で,顧客からの問合せがカバーできているならば,FAQに登録されているコンテンツ数はあまり増加せず,1次解決率も対比して,一定の数値で大きく変化しない状況になると考えられる.

図17は各チームのFAQに登録されているコンテンツの総件数の推移を表したグラフである.

各チームのコンテンツ登録総件数の推移
図17 各チームのコンテンツ登録総件数の推移

Aチームが利用しているFAQに登録されているコンテンツの総件数は3月期で約5,500件,Cチームが利用しているFAQに登録されているコンテンツの総件数は約4,500件となっている.

両チームともに1~3月にかけて新規コンテンツの登録件数の増加数は少なくなっている.

Bチームが利用しているFAQに登録されているコンテンツの総件数は3月期で約8,200件,Dチームが利用しているFAQに登録されているコンテンツの総件数は約10,000件となっている.

Bチーム,Dチームともに3月期以降もコンテンツの新規登録件数は増加傾向となっている.

図18は各チームの1次解決率の推移を表したグラフである.

図18 各チームの1次解決率の推移

Aチームの3月期の1次解決率は93%,Cチームの1次解決率は94%である.

Bチームの1次解決率は81%,Dチームの1次解決率は84%である.

図17,図18の結果から,Aチーム,Cチームが利用するFAQのコンテンツ総件数は,約5,500件,約4,500件で,1次解決率は93%,94%となっている.Bチーム,Dチームが利用するFAQのコンテンツ総件数は,約8,200件,約10,000件とAチーム,Cチームと比較して倍近く登録されているが,1次解決率は低く,約10ポイントの差が発生している.

この結果から,Aチーム,Cチームが利用しているFAQでは,顧客からの問合せに対してFAQで回答できる割合が高く,新たなコンテンツを作成する件数が少なくなり,ACWの削減効果が高くなり,AHTの時間が短縮されたといえる.

一方,Bチーム,Dチームが利用しているFAQでは,顧客からの問合せに対し,FAQに登録されていない問合せがまだ多くあり,ACWの削減効果が少ないため,AHTの時間が大きく削減されるまでに至っていないといえる.

では,このような結果がなぜ発生するのであろうか.

業務内容について,各チームの違いについては,Aチーム,Cチームについては,PCの操作説明やオンラインの障害対応など,PC操作に関する問合せを業務を主に担当している.Bチーム,Dチームについては,Aチーム,Cチームと同様な業務にプラスして,商品関連の問合せ対応を行っている.

Aチーム,Cチームと比較して,Bチーム,Dチームの方が,業務の対応範囲が広範囲となっている.

そのため,利用しているFAQに登録されているコンテンツの総件数も,Aチーム,Cチームと比較して,多く登録されている状況となっている.

上記の結果から,KCSでは,対応する業務範囲により,生産性の向上効果が発生する時期に違いがあるということが言える.

Bチーム,Dチームについては,FAQに登録されているコンテンツの総件数が増加することで,1次解決率も向上する傾向となっているため,今後,顧客からの問合せに対しFAQで回答できる件数が増加することで.1次解決率はさらに向上し,同時に,生産性も向上していくと考えられる.

KCSで効果的に生産性を向上させるためには,FAQに登録されているコンテンツが,顧客からの問合せ内容をどの程度カバーできているかということが重要となる.

そのため,KCSを導入する場合には,過去の顧客との応対履歴などを利用し,想定される顧客からの問合せ内容を事前にFAQへ登録しておくことで,早期に生産性を向上させることが可能であると言える.

7.2 データの活用とメンテナンス

KCSで使用するFAQコンテンツのメンテナンスについて以下に説明を行う.

通常,FAQのメンテナンスは,登録されている全コンテンツの内容を確認するため,多くの時間と工数が必要となる.

KCSでは,通常のFAQのメンテナンス方法とは違い,登録されているコンテンツの内容についての確認は行わない.

FAQコンテンツは,日々の業務においてオペレータが回答で使用する時に確認されているため,コンテンツの内容についての確認は行わない.

KCSでのFAQのメンテナンスは,コンテンツが日々の業務で利用されている頻度を分析しメンテナンスを行う.コンテンツの利用頻度により,利用頻度が高いコンテンツは特にメンテナンスを実施しないが,利用頻度が低いコンテンツについては,アーカイブ処理を行う.

図19は,FAQコンテンツが利用された回数順に並べたパレート図である(項目は,FAQIDを利用).

コンテンツの利用頻度の分析
図19 コンテンツの利用頻度の分析

このグラフでは,すべての問合せの中で,上位80%をAグループとし,また,利用回数が1年間で5回以下のコンテンツをCグループとして分類し,ABC分析を行っている.

Aグループは,顧客からの問合せ回数が多く利用頻度も多い項目であるため,外部公開しているFAQやチャット・ボットなど,顧客が自分で問題を解決するときに利用されるセルフサポートツールに登録することで,コンタクトセンタへの問合せを削減することができる可能性がある.そのため,Aグループは,顧客が利用する,セルフサポートツールに登録する候補となるFAQコンテンツとなる.

Cのグループは一定期間(たとえば1年間)において,利用頻度が少ないコンテンツである.

利用頻度が少ないということは,顧客からの問合せが少ない項目であるため,利用頻度が少ないFAQコンテンツについては,通常利用しているFAQから,アーカイブ用のデータベースにFAQコンテンツを移行し,保管する対象となる.

利用回数が少ないFAQコンテンツは,削除するのではなく,アーカイブとして別のデータベースで保管される.

この処理を行うことで,通常利用するFAQには顧客からの問合せが頻繁に発生するFAQコンテンツが残り,FAQの最適化を図ることができる.

アーカイブに移行されたFAQコンテンツは,通常利用するFAQで検索し見つからない場合に利用され,アーカイブにあるFAQコンテンツが利用された場合には,アーカイブから通常利用するFAQにFAQコンテンツを戻し,再度登録される.

FAQコンテンツのアーカイブ処理は,ナレッジドメインエキスパート担当者により,定期的に処理が行われる.

8.KCS導入後の成果について

KCSのワークフロー導入前と導入後1年間運用した成果について以下に説明を行う.

8.1 生産性向上の成果について

表3は,KCSのワークフローへの移行前と移行後1年間運用したAHTの結果を比較した表である.

表3 取組みの成果(AHTの比較)
取組みの成果(AHTの比較)

すべてのチームにおいてAHTの時間は短縮されている結果となった.

AHTは問合せ1件に対する平均処理時間であるため,AHTが短縮されることで,生産性は向上することになる.

AHTは,顧客対応に必要となる要員を算出するための基礎数値となる数値でもある.

表3の成果から,配置要員数はどの程度削減することができたのであろうか.

コンタクトセンタの要員数を算出するために利用するツールにより,要員数の違いについて算出を行った.

要員数の算出に使用したツールは,米国ICMI☆4が有償で提供しているQueue View☆5を使用し検証を行った.

Queue Viewはグローバルでも利用されている,コンタクトセンタで顧客対応に必要となる要員数を算出するプログラムである.

必要となる要員数の算出は,ACWとATTの数値と,30分間単位での処理件数,組織が目標とするサービスレベル値を入力することにより,算出することができる.

図20はQueue Viewの要員算出画面である.①にATTの値を入力②にACWの値を入力⓷に30分間で処理する件数を入力④にサービスレベルの目標時間(秒)を入力し処理を行う.⑤はサービスレベルの目標(%)の項目である⑥は必要となる要員数の算出結果が表示される.

Queue Viewでの要員算出画面
図20 Queue Viewでの要員算出画面

サービスレベルは,30分間で処理する件数に対し,コールセンタの交換機に着信した件数全体の〇%を〇秒以内にオペレータが処理するという,コンタクトセンタで定義される目標値であり,電話のつながりやすさの目標値である.

図20は①ATT 376秒②AHT400秒⓷30分間の処理件数20件④サービスレベルの目標時間(秒)30秒を入力し計算した結果である.

サービスレベルの目標値(%)は80%で設定したときに必要となる要員数は12名となる(⑤は目標が80%なので,80%以上となる数値を選択する).

同プログラムを利用し,表3の2018年3月(KCS移行前)のAHTと2020年3月(KCS移行後)のAHTの数値により,要員数の削減数を算出した.

表4は同プログラムの計算結果である.コールピーク時(コールが最も多い時間帯の処理件数)ではオペレータ数は全体で7名の削減となった.

表4 要員ベースでの削減効果
要員ベースでの削減効果

AチームからDチームの営業時間は午前9時から午後7時までであるため,実際には,シフト交代での勤務となり,2シフト(9時から17時と11時から19時の出勤体制)での勤務体制を考慮した要員数で換算とすると,14名の要員数が削減される効果となる.

8.2 1次解決率向上の効果

KCSに移行後,1次解決率も向上しているが,1次解決率の向上により,オペレータが顧客からの問合せに回答できず,上位層に転送されている件数の変化について検証を行った.

1次解決率が向上し,オペレータから上位層に転送される件数が減少することで,上位層の業務も効率化することになる.

KCSのワークフローでは,KCSⅠの担当者の1次解決率が向上することで,新規に作成される下書きコンテンツの件数が削減されるため,回答の作成を担当するKCSⅡの業務量が削減されることになる.

図21はオペレータが1次解決できなかった件数の,月別推移を表したグラフである.

1次解決できなかった件数の推移
図21 1次解決できなかった件数の推移

KCSの運用を開始した当初は,Aチームは約400件,Bチームは約1,000件,Cチームは約600件が上位層に転送処理された件数である.

KCSを1年間運用した実績として,上位層に転送された件数は,Aチームは約300件,Bチームは約700件,Cチームは約400件の削減効果がでている.一方,Dチームについては,開始時には,約800件であったが,1年後にも約800件あり,削減効果がみられない状況であった.

図18で解説したように,1次解決率は,Aチーム,Bチーム,Cチームが向上傾向であり,上位層へ転送される件数も削減傾向となっている.

Dチームについては,FAQコンテンツの登録件数は,現時点でも増加傾向となっているため,削減効果があまり見られない状況である. 図22は各チームで登録されている,FAQコンテンツの総件数の月別推移を表したグラフである.
FAQの登録コンテンツ総件数の推移
図22 FAQの登録コンテンツ総件数の推移

Aチーム,Cチームは新規のFAQコンテンツの登録件数の増加数が減少傾向となっているのが分かる.

Bチームについては新規のFAQコンテンツの登録件数は増加しているものの,1月以降は増加傾向が緩やかになっいる.

Dチームについては,年間を通じて,新規のFAQコンテンツの登録件数が増加している傾向となっている.

Dチームについては,今後,FAQに登録されているコンテンツ数が増加することで,顧客からの問合せに対し,FAQで回答できる件数が増加することで,上位層が処理する件数は削減されていくと予想される.

KCSへの移行により,オペレータの1次解決率は向上し,上位層への転送件数は削減されているため,上位層の業務についても効率化がなされているといえる.

8.3 KCSワークフローの課題について

KCSの課題としては,どのようなものがあるだろうか.

現状までの課題としては,以下に説明する3項目が発生している.

課題の1点目は,KCSのワークフローでは,FAQシステムを活用したモデルであるため,停電やシステム障害などが発生してしまうと,FAQシステムの利用ができなくなるため,顧客の問合せに回答できなくなってしまう.そのため,FAQシステムが利用できなくなった場合に対する対策を準備しておくことが重要となる.

システムに障害が発生してしまった場合には,顧客から問合せ内容を聴き,システム復旧後に回答を検索し,顧客へコールバック(=折り返しオペレータから顧客に電話すること)により回答を伝える運用や,システムの障害に備え,システムの2重化などの対策が必要となる.

最近では,クラウド上で利用することができるFAQシステムもあるが,クラウド側で障害が発生することを想定し,たとえば,ローカルで利用できる代替システムなどを準備し,障害に対応するなどの対策が必要となる.

課題の2点目は,KCSを運用する際,CRMシステムとFAQシステムの連携状況により,生産性(特にAHT)に影響を与えることである.

当社では,現状FAQシステムとCRMシステムは別々のシステムであるため,画面の統合化がされていない.そのため,2つの画面を切り替えて使用する操作が必要となってしまっている.

KCSのワークフローでは.ACWを削減することで,AHTが短縮されるため,CRMとFAQはシームレスに連携され,画面の統合化がされるていることで無駄な操作が発生しないため,ACWの処理をスムーズに行うことができ,さらなる生産性の向上が可能であると考えている.

さらに,KCSが日本で知られるようになったのは,2015年頃からであるが,現状でもまだ認知度が低いこともあり,日本において,KCSで運用しているコンタクトセンタは数社しか存在していない状況である.

そのような状況のため,日本語で利用できるKCS専用のシステムは少ない状況である.現状日本において,KCSを導入するセンタにおいては,KCSで利用するシステム選定が課題となる可能性がある.

課題の3点目は,今回の事例のように,複数のチームでKCSを導入する際には,生産性向上の成果が出る時期は業務の対応範囲により違いが発生する.

成果が出るのが遅いチームでは,オペレータのモチベーションが低下してしまう恐れがあるため,オペレータのモチベーションの維持・管理が重要となる.

成果が出るのが遅いチームに対しては,コーチングなどにより,個人での生産性は向上していることや,他のチームと業務範囲の違いにより成果が出る時期に差がが出てしまう点をオペレータに理解してもらい,モチベーションの低下を防ぐ施策などが必要である.

上記3点が,KCSを運用する場合の課題点である.

9.今後の展望について

KCSへの移行により,一般的なワークフローでの課題は解決されているのだろうか.

(1)オペレータの知識に頼った運用の課題

オペレーターの知識に頼った運用の課題については,FAQを活用することにより,オペレータの知識に頼らない運用に変更となる.そのため,オペレータの知識があいまいな場合に発生していた上位層への確認のためのエスカレーションが大幅に削減され,1次解決率の向上にも寄与することとなった.

(2)社内FAQが活用されていない課題

社内FAQが活用されていない課題については,KCSでは,顧客からのすべての問合せに対し,FAQを検索し,確認し回答するワークフローとなっている.

FAQを積極的に活用することで,AHTの短縮や,1次解決率の向上となっている.

(3)業務の効率化についての課題

業務の効率化についての課題は,AHTの削減効果によりオペレータの配置要員数の削減となり,また,オペレータから上位層へのエスカレーションが削減されるため,上位層の業務についても削減され,効率化することができている.

(4)品質管理に工数がかかる課題

KCSでは,顧客からの問合せについて,従来の運用で行ってきた,オペレータが保有する知識で回答する運用から,FAQを検索し回答する運用に変更される.そのため,顧客からの問合せに対する回答の誤りが削減されるため,ミスを発生させたオペレータに対する研修や確認のための管理工数が削減される.また,顧客の問合せに回答できない場合には,オペレーターが回答を調べ,コールバックにより回答する運用を行っていたが,FAQを利用することで1次解決率が向上し,顧客にコールバックで回答する件数も削減されている.

(5)オペレータの高齢化に関する課題

オペレータの高齢化に関する課題については,知識を保有して回答する運用から,FAQを活用して回答する運用へ変更することにより,知識を保有し回答する必要がなくなるため,高齢のオペレータでもFAQを活用することで,顧客との応対業務を問題なく行うことができている.

上記説明のとおり,KCSへ移行することにより,一般的なワークフローの課題については解消することができている.

今後の展望としては,KCSで作成したFAQをさらに活用し,経営への貢献に寄与することである.

2019年年末に発生した,新型コロナウィルス感染症の拡大により,コンタクトセンタでは,オペレータの出社制限を行うセンタが多くあった.

電話やチャットなど,人で対応するチャネルについては,電話やチャットがつながりにくい状況となり,顧客へのサービスが低下してしまうことになってしまっている.そのため,顧客サービスの低下を防止するために,人工知能を利用したFAQやチャット・ボットなどにより,顧客が自身で問題を解決することを支援する,セルフサポートツールの導入や,すでにこれらのディジタルツールを導入している企業では,解決できる問題の対応範囲を拡大するために,ナレッジの拡充に取り組んでいる.

ディジタルツールが顧客に利用されるために重要なことは,顧客が自身に起こっている問題に対し,解決できる回答を見つけ出すことができるかという点である.

顧客が自身で問題を解決できる割合を向上させるためには,顧客に発生している問題と,問題の解決策がナレッジに登録されている必要がある.

KCSでは,顧客からの問合せ内容と,解決するための回答が日々の業務の中で登録・蓄積されているため,KCSで作成されたナレッジをディジタルツールで活用することで,顧客の問題に対する解決率を向上させることが可能である.

また今後,人工知能による音声認識技術や,音声合成技術のさらなる向上により,ボイス・ボットなど,音声でのセルフサポートシステムの活用が拡大していくことが予想される.

ボイス・ボットにおいても,FAQのナレッジが利用されるため,FAQのナレッジは企業にとって,重要な資産になると考えられる.

日本において現状では,KCSで運用を行っているコンタクトセンタはまだ少ない状況である.

一方で,AI技術の急激な進歩や日本における労働者人口の減少などにより,無人で顧客対応を行うことができるシステムはさらに拡大していくことが予想される.

無人による顧客対応システムを顧客に活用してもらうためには,顧客の問合せに対し,的確な回答が提供できることが重要である.そのため,無人による顧客対応システムが拡大されると同時に,ナレッジの重要性もますます高まって行くと予想される.

ナレッジの蓄積は,すぐにできるものではないため,KCSの運用のように,個客の問題解決に活用できるナレッジを,日々の業務の中で蓄積し,ブラッシュアップさせ,ディジタルツールに活用することで,顧客の問題を確実に解決することができ,顧客体験(=CX)の向上にもつながる.

KCSは,蓄積されたナレッジの再利用にとり,DXを推進する企業の経営にも貢献できる取組みになるといえるだろう.

参考文献
  • 1)(株)リックテレコム:コールセンタ白書2019,コールセンタジャパン編集部・編,p.48 (2019年).
脚注
  • ☆1 KCS.KCSは米国の非営利団体であるConsortium for Service Innovationが策定したナレッジマネジメントの新しい方法論.KCSはConsortium for Service Innovationの登録商標.https://www.serviceinnovation.org/
  • ☆2 HDI-Japan.HDI-Japanは米国のHelp Desk Institute(ヘルプデスク協会)の日本支部.https://www.hdi-japan.com/
  • ☆3 KCS V6 Verified.KCS V6 VerifiedはKCS V6に準拠したツールであることを承認されたツール.
    https://www.thekcsacademy.net/tools/verified-tools/
  • ☆4 ICMI,1985年に創設されたコンタクトセンタの研修やコンサルティングなどを提供する米国の団体(International Customer Management Institute), https://www.icmi.com/
  • ☆5 Queue View,ICMIが開発したコンタクトセンタのインバウンドで必要となる要員数を算出するためのプログラム, https://www.icmi.com/forms/gmtel-queueview

田口 浩(非会員)hiroshi.taguchi@grp.tmnf.jp

1992年(株)東京海上日動コミュニケーションズに入社.現在は同社上級執行役員.(一社)コンタクトセンタ教育検定協会にて日本初のコンタクトセンタの専門知識を体系化したCMBOK(Contactcenter Management Body of Knowledge)の開発に参加.現在も日本でコンタクトセンタの専門的な学習のためのテキスト教材の執筆などを行っている.

採録決定:2020年10月16日
編集担当:石井 一夫(久留米大学)

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