会誌「情報処理」Vol.62 No.2 (Feb. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

CX創造を牽引するVOC分析機構
〜顧客に真摯に向き合うことで生まれる顧客体験価値の創造サイクル〜☆1

松丸 剛1

1住信SBIネット銀行(株)社長室 兼 企画部 

近年,顧客満足度調査機関の調査報告をみると,優良な顧客体験(CX:Customer Experience)はロイヤルティ(Loyalty:企業・ブランドへの愛着・好意)形成要素の1つである[1].顧客から高いロイヤルティを獲得した企業は,事業基盤が安定するため中長期的な成長が期待できる.このため企業は,顧客が何に期待し,何を欲しているのか,あるいは,何が不満なのかを的確に把握し,改善課題があるならば迅速に対処することが肝要である.すなわち,自社の顧客体験の良し悪しを正しく評価するためには,企業本位の目線からではなく,自社に対する評価を正確に掴まなければならないことを理解する必要がある.本稿は,自社評価の収集・分析を通じて,優良な顧客体験を提供するための改善活動について,その全社展開に至るデータ利活用の在り方を論じる.なお自社評価の収集には,Webやアプリケーションの利用時点や,購買時点等のさまざまな収集ポイントが考えられるものの,どの企業でも環境依存せずに取得可能であるコンタクトセンターで収集している顧客の生の声(Voice Of Customer,以下VOC)と顧客向けアンケートの回答データの2種を対象に取扱うこととする.本稿のキーワードは,VOC活用,CX,ボイス&テキストチャネル,AI活用,コンタクトセンター人材の働き方および組織改革,そしてロイヤルティ醸成,である.

1.コンタクトセンターを起点としたCX創造

1.1 CX創造を牽引するVOC活用価値

近年,コンタクトセンターの在り方や,コンタクトセンターシステムの紹介セミナーはどこも盛況のようである☆2.この背景には,スマートフォンが普及し,アプリケーション経由で情報閲覧やサービス利用する非対面取引が定着してきたため,コンタクトセンターの「顧客と企業とが直接つながる価値」が企業内で相対的に高まったことにある,と理解している.

これまで,対面取引中心のビジネスでは,問合せのメイン的位置づけは顧客と直接の接点である店舗だったが,この価値変化はサブ的位置付けだったコンタクトセンターの役割見直しを生じさせる.非対面取引中心のビジネスになると,コンタクトセンターは問合せのメイン的位置づけに昇華すると捉えられるためである.コンタクトセンターに寄せられるVOCは,自社が提供する顧客体験の良し悪しを判断する貴重なデータであるから,集積したVOCをいかに事業活動の改善に活用できるかが,顧客体験価値創造のキモとなる.

顧客が自社をどのように評価しているかは,社長や取締役,部署長やコンタクトセンター従事者が体感で決めるのではなく,顧客が自身の利用体験によって判断しているのだから,顧客本位の業務運営の推進および優良な顧客体験を創造するためには,顧客に真摯に向き合い,VOCを利活用する仕組みを社内に確実に機能させる必要がある.

この仕組みが機能することで,事業基盤は多くの顧客支持によって安定し,事業活動は中長期な成長が期待できる.

本稿は以上の認識にたち,コンタクトセンターをはじめとする顧客接点が優良な顧客体験を提供するとともに,そこで働く従業員に対しては働きやすい環境を提供し,そのうえでコンタクトセンターが経営貢献するための在り方と全社を通じて構築すべきVOC利活用の仕組みを提示する(図1).

コンタクトセンター起点のCX創造トライアングル
図1 コンタクトセンター起点のCX創造トライアングル

すなわち,筆者の視点は,会社組織の1つであるコンタクトセンターを視座に部分最適な組織の在り方を論じるのではなく,コンタクトセンターを起点に,顧客と自社と従業員の3者がWin-Win-Winの関係となる全体最適な在り方に着目している.

なお,本稿でコンタクトセンターが提供すべき経営貢献とは,自社の売上高に代表されるトップラインに寄与する財務指標ではなく,いかにしてロイヤルティの醸成に資するポジティブな顧客体験を提供したのか,という心理的指標を意図する.この指標は第4章で詳述するNPS(Net Promoter Score)調査で収集する.

1.2 本稿の構成

我々の日常は,顧客も企業も常にインターネットにつながる環境にある.このため,つながらない状態は事業継続上,致命的である.あるいは,顧客とつながっていた状態から離脱されることも事業継続上,致命的である.このような状態を決定づける要因は,何にもまして顧客体験である.そこで,優良な顧客体験を提供し続けていくにはさまざまな取組みが考えられるものの,本稿はどの企業でも環境依存せずに取得可能である,コンタクトセンターで収集しているVOCを対象に議論を展開する.

本稿は全5章で構成する.

第1章に続く第2章では,VOCの集積所であるコンタクトセンターが,経営貢献を目的にしたとき,経営層に提示すべきアウトプットは何かを提示する.目的によって組織の在り方や果たすべき役割が異なるため,現時点のビジネス環境にマッチした枠組みをはじめに紹介する.米国の経営学者A.D.Chandler, Jr.が論じたように,組織は戦略に従う,という彼の命題を根底においている[2].

第3章では,経営層にコンタクトセンターが価値あるメッセージを提示することを目的としたとき,収集すべきVOC要件とその運営体制を明らかにする.本章を理解するには,冷蔵庫にある食材から何が作れるのか,というボトムアップ的な思考でないことに注意が必要である.オーダーされた料理を確実に提供するには,良質な食材の用意が何より基本となるだけでなく,オーダーに的確に応える体制として,顧客本位の目線を取入れた運営が最も重要になる.

第4章では,VOCの分析を通じて,経営層にアウトプットを展開したうえで改善活動に至るまでの仕組みを解説する.改善活動の成果が顧客から評価されているかを確認するために,NPS調査データを活用する仕組みについても紹介する.オーダーされた料理をオーダーどおりに作って提供したとしても,食べて笑顔になってもらわなければ提供した意味がないのと同様に,VOC分析結果を経営層に提示したのであればこれを改善活動に展開し,その改善成果が顧客から評価されているのかを検証し続ける仕掛けが重要である.今や企業経営は不確実性をいかにコントロールするかではなく,いかに変化に備える体制を整備しているかが問われる時代にあるから,顧客の自社に対するニーズ等の変化を敏感に感じ取る仕組みを準備しておくことの重要性は今後も増えていくといえる.

そして最後となる第5章では,これまで本稿では触れてこなかった,現時点のビジネス環境において,本来取入れるべき顧客の自社評価の収集ポイントに議論を広げ,コンタクトセンターを取巻く顧客接点としてのあるべき像を描く.顧客体験は時代環境に応じて絶え間なく変化するものである.このため,収集する自社評価はコンタクトセンター従事者が対話で得られるVOCだけでは十分でなく,自社とのすべての顧客接点の評価を収集すべきである.すなわち,GPSやWeb閲覧履歴に代表されるようなセンサデータやログデータも多くの示唆をもたらしてくれる.そこで,対話から得られた定性データと,行動履歴として入手した定量データを組み合わせて活用するデータサイエンスの仕組みこそが,絶え間なく変化する顧客のニーズにマッチした体験価値を提供し続けるために必要であると結論付ける.

以上,本稿は筆者が前職のコンサルティングファームでのキャリアおよび現職を通じて得た知見および実践内容を整理している.具体的には2017年4月に考案した,CX創造のために定性データであるVOCを定量データ化するVOC分析フレームワークの仕組みを通じて,顧客本位の業務運営の推進を支えるロイヤルティ醸成を目的とした全社展開の機構を提示する.

このため,第2章で試みたコンタクトセンターの類型化は,本稿の主題である,CX創造を牽引するVOC分析機構との特徴差が理解しやすいように,主に自社のコンタクトセンターの変遷等を参考に整理したものであるから,コンタクトセンター業界を対象に類型化を試みるサーベイが目的でない点に留意いただきたい.類型内に示した各項目の特徴についても同様である.

2.コンタクトセンターの提示メッセージ

本章では,VOCの集積所であるコンタクトセンターが,経営貢献を目的にしたとき,経営層に提示すべきアウトプットの在り方を提示する.

米国の経営学者A.D.Chandler, Jr.が論じたように,組織は戦略に従うのだとすれば,現時点のビジネス環境において,コンタクトセンターが経営層に提示すべきアウトプットは以下に述べるとおり明確である.

2.1 類型Ⅰ型のコンタクトセンター

店舗展開する企業の戦略が売上高達成を重視するのであれば,コンタクトセンターが戦略達成に寄与する出番は少ない.

売上高達成に直接寄与する営業/販売部門やマーケティング/広告宣伝部門に予算が重点配分されるから,これを支えるバックヤードはコストセンタに位置付けられ,相応の役割にとどまらざるを得ない.コンタクトセンターはここに位置付けられ,与えられた運営予算と人員のもとでミッションを達成するのに必要なだけの機能配置となる.

あくまでも問合せのメイン的位置づけは営業部門や店舗部門であり,サブ的位置づけのコンタクトセンターは,顧客と直接対面する店舗ではカバーできない問合せの受け皿としての役割となる.

このため,コンタクトセンターの重要な組織運営指標(KPI:Key Performance Indicators)は,自組織に閉じたコスト効率的指標となり,入電数,応答数,受電率,平均通話時間,平均後処理時間,AHT(能力効率),といった指標で構成されることが多い.与えられた人員のもとで顧客からの問合せをいかに効率的に処理したか,が重視されるためである.

このKPIのもとでコンタクトセンターが経営層に提示するアウトプットは,計画時に経営層と約束したKPIを達成できたのかできなかったのかという,定量的な活動量メッセージに重きが置かれる.その他,質に着目したメッセージとしては,店舗ではカバーできない受け皿として収集した問合せ内容が提示される.そこでは苦情や要望といった顧客の事前期待を満たしていない事象にかかわるネガティブなメッセージが提示される.

以上の特徴を持ったコンタクトセンターを類型Ⅰとする.

2.2 類型Ⅱ型のコンタクトセンター

売上高達成を重視する戦略には,コンタクトセンターの顧客との直接対話機能に着目し,営業機能を追加してプロフィットセンタ化を目指すケースもある.そこでは,上述のコストセンタ的な入電処理機能に加え,顧客に架電することで売上貢献を狙う,いわゆるハイブリッド型機能配置となる.

この場合のKPIは,架電数,受注件数,受注額といったトップラインにつながる指標も追加される.

このKPIのもとでコンタクトセンターが経営層に提示するアウトプットは,上述の類型Ⅰのメッセージに加え,トップラインへの売上貢献量に着目したポジティブなメッセージが提供される.

以上の特徴を持ったコンタクトセンターを類型Ⅱとする.

2.3 類型Ⅲ型のコンタクトセンター

上述した2つのコンタクトセンター型は,経営層に対して,自組織や自社内に閉じた量的メッセージと質的メッセージとを提供する.

いずれも,リアル接点である店舗が人々の主たる購買先だった時代のコンタクトセンターの役割としては適している.コンタクトセンターは,問合せの受け皿として,コスト効率的に運営することが期待されるためである.

しかし時代は変わる.本稿執筆時点のビジネス環境は,業界によってはもはや店舗が人々の購買の中心ではなくなりつつある.今や人々は,起きてから寝るまで,スマートフォンに常時接続し,情報閲覧やSNSでのコミュニケーション,定額課金型サービスの利用などのライフスタイルが常態化しつつある.このライフスタイルに呼応するように,事業環境は店舗を中心としたリアル接点の対面取引型のビジネスから,ECサイトやモバイル端末上にインストールされたアプリケーションを活用したディジタル接点の非対面取引型のビジネスへ移行,あるいは融合する形態に変化しつつある.

実際世の中は,O2O(Online to Offline:インターネット上のサービスをリアル接点に送客したり購買促進につなげたりする仕組み)のリアル接点が軸になった状態でディジタル活用する過渡期を経て,顧客視点で優良な体験価値を提供するOMO(Online Merges with Offline:リアル接点にもディジタル機能が取込まれ,リアルとディジタルとが融合された環境で顧客の購買選択が行われる仕組み☆3)に本格移行する動きが中国や北欧のほか,米国でもみられつつある[3].

日本ではまだスマートフォン上にクーポンを発行したり,広告を表示させたりするなどして,リアル接点にいかに送客するかといったO2O的なディジタル戦略がとられる状況にあるが,いずれ,QRコード決済に代表される電子決済環境の普及をはじめとして各種ディジタル機能が社会基盤に取込まれるOMO的な環境への進展が避けられず,顧客と企業とが直接つながる価値の重要性はますます高まっていくとみている.

このため,このような環境におけるコンタクトセンターが経営層に提示すべきアウトプットとは,「CX向上のために自社は何を改善すべきなのかを具体的に提示するメッセージ」である.

コンタクトセンターはCXに着目したメッセージを提示することで社内で存在感を発揮し,経営貢献する花形組織に変貌するのである.

KPIは,顧客の自社に対する評価水準を明らかにする指標で構成され,不満・要望数,指摘所管部署数,指摘対象数,改善取組数,等があげられる.この指標群をみれば,顧客がどこにつまづいているのかというCXの状態を経営層は一目で把握することができる.

非対面取引型のビジネスにおいて,この示唆が提示できるのは顧客と直接会話するコンタクトセンターだけである.

自社のビジネスがディジタルシフトするのであれば,コスト効率化を前提に機能配置されていたコンタクトセンターはこれまでの組織活動から脱却し,いかに顧客のつまづきを正しく把握して改善メッセージを提示する活動に役割に変革できるかが重要になる.

以上の特徴を持ったコンタクトセンターを類型Ⅲとする.

2.4 コンタクトセンターの3類型と提示メッセージ

顧客が企業とのつながりを判断する基準の1つに,顧客体験がある.ポジティブな顧客体験は企業とつながる価値を高め,ネガティブな顧客体験は企業とつながる価値を下げる.

リアル接点は街に出ればどこに何があるかが認識可能だが,ディジタル接点は認識するための情報掲載スペースがスマートフォン等の利用媒体の画面サイズに制約されるだけでなく,好むコンテンツだけを表示させるお気に入り登録機能などの制約も受けるため,自社を認識してもらうことがリアル接点に比べて圧倒的に難しくなる.

このため,非対面取引型のビジネスでは顧客に認識されたうえで,いかに顧客が使いたくなるかが重要になる.この文脈において,不快な体験やストレスフルな体験を提供したディジタルサービスは,自社を認識されるという高いハードルをせっかく顧客に越えてもらえたとしても,つながる価値を一瞬で下げることになるから,提供する顧客体験の実態把握が常に重要なのである.

すなわち,今後ますます進展するであろう非対面取引型のビジネスで重要となる戦略は,計画年度の売上達成を目指す自社本位の目標設定ではなく,顧客との付き合い深化に着目した,優良な顧客体験を提供する着眼点の取込みである.

この価値提供が達成されたとき,顧客から好意を持って自社が選択され,そして自社は顧客に寄り添って良質なサービスを提供し続ける関係が構築されることになる.その結果,事業基盤は多くの顧客支持によって安定し,事業活動は中長期の成長が期待できるのである.

流行やブームで顧客は増えたり減ったりすることがあっても,ロイヤルティを体感したファンは,提供価値が変わらない限り揺らがないのである.

以上,本章で論じたコンタクトセンターの特徴と経営層への提示メッセージを表1にまとめる.

表1 コンタクトセンターの3類型と提示メッセージ
コンタクトセンターの3類型と提示メッセージ

3.集積すべきVOC3要件と運営体制

本章では,類型Ⅲ型のコンタクトセンターが経営層から期待されるメッセージを提示するためには,どのようなVOCを収集すべきかを論じ,そのVOC要件と運営体制を明らかにする.

オーダーされた料理を確実に提供するためには,料理に必要な食材の用意と料理する体制が必要であることを意味する.冷蔵庫にある食材から何が作れるか,というボトムアップ的な思考でないことに注意が必要である.その日のお薦めとして店側の都合で提供するメニューが顧客の希望に合うとは限らないのである.あくまで,オーダーに的確に応える顧客本位の目線が重要になる.

3.1 VOC3要件

コスト効率的運用が特徴の類型ⅠやⅡ型のコンタクトセンターでは, AHT(Average Handling Time:平均処理時間(顧客からの問合せを処理する,通話時間と保留時間と後処理の時間合計の平均))を短縮することで受電率維持・向上が可能となるため,VOCは質の確保よりも,いかに効率的に応対できたかに評価視点が置かれる傾向にある.

このため,VOCは顧客の発話を軸にしたトークスクリプトベースのマニュアル型応対となる.

たとえば問合せが手続き依頼の場合,VOCの中身は依頼に応えるだけの表層的な内容となるし,問合せが原因改善要求の場合,VOCの中身は原因究明のための一次受付対応の内容となる.このように,効率的運用型のコンタクトセンターでは,顧客の発話主導のVOCが日々蓄積される.

一方,つまづきの把握が目的の類型Ⅲ型のコンタクトセンターでは,VOCの分析に耐えうるVOCの質確保が組織活動の中心となる.誰が何件問合せを処理したかに着目するのではなく,今どこに改善すべき顧客体験が発生しているのかを的確に把握することに着目する.

そこでは顧客の発話主導にならず,コンタクトセンターが主導して,VOC分析に必要な要素の確保をホスピタリティある姿勢で聞き取るのである.このように,つまづき把握を目的に顧客に向き合うコンタクトセンターでは,自社主導で聞き取ったVOCが蓄積される.

自社主導で聞き取る理由は,VOC分析のためには深い洞察に耐えうるVOCの3要件の確保が重要なためである.

それでは以下に,確保すべき3要件(「網羅性」,「濃密度」,「可読性」)を解説する.

「網羅性」とは,受付けた問合せを全件漏らさずに集積することを意味する.どの問合せに改善すべき重要メッセージが詰まっているかはサンプリングだと取りこぼすためである.問合せは顧客が自発的に時間とコストをかけて自社に寄せた貴重な内容なのだから,1件も漏らすことなく集積する.

「濃密度」とは,分析に耐え得るコールリーズンが詰まった会話を集積することを意味する.たとえば,「口座を解約したいのですが」という問合せに対して,すぐに終話したければ「分かりました.ただいま解約手続きします」と回答して終わらせることが考えられる.類型Ⅰ型やⅡ型の処理ではこの応対は顧客の要望に的確に応じているのであるから問題ない.しかし類型Ⅲ型では,この応対だと顧客体験の改善対象が分析不可能であるから,コールリーズンが掴めない濃密度の不十分な応対であると評価される.

集積すべき濃密度要件を満たすには,どこに顧客の不満があったのか,コールリーズンを掴むことが重要である.たとえば,解約に至った理由を教えていただけますかと率直に投げかけてもよいし,あるいはこのような状態になる前に,定期預金の解約事実の事前把握等により,口座の解約予兆を察知することで改善施策に取組むことが望ましいのは言うまでもない.

そのためにも,コンタクトセンターは常に原因を掴む会話を引き出す姿勢が求められる.コンタクトセンターは会話を主導し,顧客から会話の具を導きだすように,顧客に寄り添う姿勢が必要になる.応対者のサービス・ホスピタリティ精神である.

「可読性」とは,記録した音声が分析に耐え得る精度で正確にテキスト変換されることを意味する.問合せチャネルは,メールフォームやチャットに代表されるテキスト形式が増えているものの,直接対話する音声形式の電話チャネルはこれからも存続する.人にはみな個性があり,個別の事情がある.千差万別な環境にいるからこそ,顧客の望む問合せチャネルも多様性に富むことが,筆者の行ったVOC分析で判明している.そこでは高齢者は比較的電話での会話を望み,若年層や勤労者はテキスト形式でコンタクトセンターの受付時間に左右されない自己都合で問合せを済ませたいという要望が伺えた.このため,テキスト形式の問合せはテキスト変換の必要はないものの,音声形式の問合せはテキスト変換する際の精度確保が何より重要となる.VOCをテキスト変換したとき,誤変換によって会話の意味が掴めなければ,上述の2要件(網羅性,濃密度)は無駄になる.

なお,第4.1節で詳述するが,テキスト変換する対象は,会話の全文である必要はない.VOC分析の目的は顧客体験の改善にあるから,会話の具の部分が正確にテキスト変換されていればよい.冒頭の丁寧な名乗りや,問いかけや,最後の挨拶などについてのテキスト変換は不要である.

以上,分析に耐え得るVOCとは,コンタクトセンターが意思を持って聞き取った問合せに対する,具の詰まった会話領域を対象に,可読性あるテキストデータに変換した,顧客との貴重な応対記録全件の集合体のことである.

3.2 コンタクトセンターの運営体制

3要件を満たすVOCを確実に収集するためには,これを実現する運営体制が必要になる.

類型Ⅲ型はコンタクトセンター主導の応対体制である.他の類型は顧客の発話主導の応対体制である.

このため従来型のコンタクトセンターは,問合せをいかに効率的に処理するかといった受け身(パッシブ)の運営になりやすい.一方,類型Ⅲ型は,コンタクトセンター側が顧客に寄り添うアクティブ運営となる(図2).

具の詰まったVOC収集の体制
図2 具の詰まったVOC収集の体制

パッシブ運営では,フロント部門は正確な回答を支えるトークスクリプトベースでのマニュアル的な応対が基本となる.通話終了後は,手作業で応対を記録する後処理事務が発生する.フロント部門を管理するミドル部門は,フロント部門の応対品質をモニタリングし,KPI確保に向けた生産性の維持・改善指導を行う.

一方,アクティブ運営では,フロント部門は具の詰まったVOC確保を目的に,聞き取る項目を網羅した会話が行われる.ミドル部門は,フロント部門の聞き取りを支援するナレッジ整備を通じて,顧客にサービス・ホスピタリティを提供できる環境整備に取組む.

具体的には,フロント部門が応対に集中できるように,音声の自動テキスト化ツールを導入するなどして後処理事務や個々の会話内容のモニタリングを止める.さらに聞き取り項目一覧を応対ブース上に表示する環境や,苦慮する応対をすぐにフォローできる座席レイアウトを設計する.これにより,フロント部門は事務作業とミドル部門の監視から解き放たれ,ゆとりあるこころ持ちとナレッジサポートによる十分な知識に裏付けられたマインドが保たれやすくなる.

顧客苦情を直接受けやすいコンタクトセンターでは,フロント部門のマインド確保が何より重要である.このため,モチベーション保持につながる心理学を採り入れた研修や日常のコミュニケーションを抜かりなく行うことを管理者が意識しているかが問われる.クレーム対応で精神的に参らないように事前に意識付けを行うだけでなく,傷を負った場合はすぐに専門的な治療に展開するなどの目配りが求められる.従業員満足のために,サンキュー数に応じた表彰やアフターファイブの飲み会,サークル活動などの和気あいあいとしたリレーションシップ構築の場を提供する取組みも見受けられるが,それは傷を負ったフロント部門のモチベーション向上につながらないばかりか,むしろ疎外感を増長する従業員がいることにも管理者は気付いたほうがよい.そもそも顧客から高い評価を直接応対時に受けた従業員はそれだけで心の充実感を得ているわけであり,ケアすべきなのは自社の取組みが至らないために苦情応対に直面している従業員であることは火を見るよりも明らかである.もし表彰制度を採り入れるのであれば,苦情を多く受付けた従業員を表彰することのほうがよっぽどフロント部門のモチベーション向上および仲間意識の一体感につながる.

このため,アクティブ運営推進のためにコンタクトセンター運営責任者に求められる資質とは,常にフロント部門の活動を尊重するとともに心のケアサポートに気配りして,自信を持って問合せに向き合えるよう,自社の至らない個所を心のゆとりを持って聞き取る環境の整備推進ができる人材である.

以上,分析に耐え得るVOCを集積するためには,ツールを導入すれば準備が万全となるわけではなく,より重要なのは集積すべきVOC3要件の重要性を関係者全員が理解した上で,コンタクトセンターが顧客に寄り添うアクティブ運営体制を整備することである.このことは正確なログデータ収集には感度のよいセンサが必要なのと同じく,改善すべき顧客体験を掴むには感度のよい応対者の聞き取り姿勢とそれをサポートする体制が問われていることを意味する.

今やコロナ禍を通じて労働時間に着目した働き方の意味合いが見直され,従来の労働時間管理型の人事評価から,パフォーマンス評価型に変化しようとしている[4].ニューノーマルと表現されるこの働き方の変化を捉えたとき,コンタクトセンターも働き方評価を変化させるとよい.管理者から応対品質をモニタリングされた環境下で,秒単位で作業効率や生産性確保を労働時間を通じて評価される働き方ではなく,上述してきたように,顧客に寄り添い,VOCの濃密度の収集度合いで評価される働き方に変革するのであれば,時間管理ではないパフォーマンス評価型が適している.

この働き方評価を効果的にするためには,管理者が正社員なのであれば,価値あるVOC収集を担うフロント部門の従業員も管理者同様の雇用形態にすることが適している.類型ⅠおよびⅡ型では非正規雇用であったりアウトソーシングサービスを受け入れたりすることが組織の活動目的に合致しているように,類型Ⅲの目的を達成するためにはフロント部門の雇用形態もこれに合致させるのが自然である.

すなわち,顧客と直接対話するフロント部門は顧客との距離が近く,顧客の最新状態を把握できるからこそ,顧客体験の改善起点になり得るのである.顧客との距離は短くあるべきという思考は,VOCから導出したメッセージを社内に展開する際の距離にも通用する.社内に直接VOCからのメッセージを伝えるには,自社雇用の従業員から発出する方が熱量が高い.

フロント部門の従業員が他社採用の雇用者や,あるいはアウトソーシングサービスを利用しているのであれば,自社の従業員が直接顧客応対する場合と比べて距離がでる.また,コロナ禍のコンタクトセンターの働き方として在宅勤務も許容されるなかでは,購買履歴を含む個人情報を日々閲覧できるフロント部門従業員の正規・非正規雇用のどちらが顧客から安心と信頼を得られるかという論点とも重なる.アフターコロナの文脈では在宅勤務を許容する流れに進むなかで,コンタクトセンターの雇用形態は,情報管理にかかわる規定を契約で定めれば正規・非正規を問う必要はないだろうという企業本位の目線で語られる論調が目に付くが,顧客本位の目線で考えるのであれば,顧客の心情に寄り添った雇用形態にすべきである.

なお,アウトソーシングサービスの利用は,各社のリソース等の実態を踏まえて,コスト効果の比較で判断されることであるから,実態に応じてプロフェッショナルサービスの利用を検討すればよく,一律に否定するものではない.

3.3 3類型別VOCの特徴と運営体制

本章では,活用目的を定めた上で,その目的達成に見合った運営体制と各種要件を整備することの重要性を論じてきた.技術進歩によって音声の自動テキスト化ツールが発売されているからそれを導入すればVOC分析で価値あるメッセージが見いだせるのではないかと表層面だけ捉えてもそれは難しい.目的を持たずにそこに山があるというだけで登ったとしても,疲労が蓄積するだけで得られるものはない,というのが筆者の見解である.

組織は戦略に従う,との命題を根底に置いたとき,戦略がディジタルシフトしているのであれば,おのずとコンタクトセンターの運営体制だけでなく聞き取り方についても一から見直す必要性がご理解いただけたと思う.

そこで本章で論じた集積すべきVOCの特徴と運営体制についてコンタクトセンターの類型別に整理する(表2).

表2 コンタクトセンターの類型別VOCの特徴と運営体制の違い
コンタクトセンターの類型別VOCの特徴と運営体制の違い

4.CX創造を牽引する全社活動サイクル

本章は,コンタクトセンターの類型Ⅲ型を前提に,具体的なVOC活動サイクルの詳細を解説する.VOC分析を通じて社内関係部署に展開する改善活動に至る仕組みとそこで使われるテンプレート類を詳述する(図3).

VOC活動サイクル
図3 VOC活動サイクル

VOC活動サイクルは,収集・蓄積(第3章),分析(本章),フィードフォワード(第2章,本章)で構成される.

活動の時間軸は,左から右へ流れるが,活動の設計は右から左に流れることが重要であることは第3章までに述べてきた.

メニュー表を先に描き(フィードフォワード),そのレシピ手順を整理(VOCの分析)したうえで,料理に必要な食材を収集・蓄積(VOCの収集・蓄積)して美味しい料理を提供する.このように,順序性を想像すれば,違和感のない思考パターンであることが理解できる.先に理想の設計図を描き,作業は設計図に沿って進めればよいのである.

蓄積した大量のVOCデータを関係者で読み込み,コールリーズンをボトムアップアプローチで導出するのは非効率である.毎月数万件の入電がある事業規模の場合,1件の問合せが数分あるようなテキストを何件も読み込み,そこから改善メッセージを明らかにする作業は労働集約的すぎて,作業負荷が高いばかりか,結果の客観性確保が保証しにくい.

そこで本章は,筆者が考案した,VOCの統計処理に基づく客観性あるVOC分析フレームワークを活用する仕組みを紹介する.まずVOC分析のために,定性データを定量化し数値に変換・表示するフレームワークを用いて,問合せ全体を俯瞰したときにどこに問題が発生しているのかを可視化する.そのうえで,量的・質的観点から課題検知する.最後に設定した課題について関係部署とともに要因特定の議論を行い,顧客体験の改善に向けたメッセージとしてまとめる.

なお,このVOC分析と似て非なるものに,コンタクトセンター従事者が問合せ応対時に利用したFAQ(Frequently Asked Questions:頻繁に尋ねられる質問)から問合せ傾向を整理する取組みがある.しかしこれは回答時に応対者が利用したFAQの利用分布一覧でしかないから,顧客の自社評価の収集・分析を通じて優良な顧客体験を提供するという改善活動には残念ながらつながらない.

このため,両者の違いを正しく理解しておく必要がある.というのも,FAQに記載されている内容は,応対マニュアルとして,標準回答可能な既存の手続きや操作を説明するナレッジ集の域を出ないため,顧客体験を改善するためのバリューメッセージがそこには存在しないことが理由である.顧客が問合せてきた声に潜むつまづきに向き合うことなく,回答に用いたFAQのカテゴリ利用数から安易に改善活動に展開しようという企業本位の発想では,やはりどうしても顧客体験価値の創造につなげることは難しい.ただ,類型ⅠやⅡ型のコンタクトセンターで使用してきたFAQ機能を高度化できるのであれば,顧客体験価値の創造につなげることは可能である.これについては,第4.6節で紹介する.

以上,本稿を通じて述べたい主題は,あくまでも顧客に真摯に向き合うことから生まれる顧客体験価値の創造であるから,VOC分析は1件の顧客問合せも疎かにすることなく,VOC全件を対象とした分析に徹底的にこだわる.このため,本章で紹介するCX創造を牽引する全社活動サイクルには,第3.1節で紹介した具の詰まった顧客の声に常に触れ続ける思想が全体にわたって流れているから,そこから創発される成果はリアルに顧客に伝わり,CX創造につながっていくのである.

それでは本章は,図3に示す活動を右から左の流れに沿って解説するのが本質的であるが,左から右へ解説した方が順序性として理解しやすいため,後者の順序性に沿った章構成で活動内容を詳述していく.

4.1 VOC分析の基本的考え方

VOC分析の目的は,改善アクションの策定根拠となるファクトを掴むことにある.改善アクションの狙いは,顧客のつまづきを解消して,優良な顧客体験を提供することにある.このため,分析軸は上記の狙いが浮かび上がるように設計すればよい.

この考えに従えば,つまづき解消が顧客接点のWebサイトにあるのか,応対者の応対品質(サービス・ホスピタリティ)にあるのかといった,解消対象を明らかにすることが重要である.加えて,改善アクションを具体的に実行するためにどの部署が担当するのかも同時に示す必要があるから,所管部についても紐づける設計にすればよい.すなわち,VOC分析軸は,どこの,何に現在問題が発生しているのかを明らかにすることが設計の基本的な考え方となる.

以上をVOC分類のポイントとして図4に示す.

VOC分類のポイント
図4 VOC分類のポイント

VOCは,5W1Hの視点で分解し,どこにつまづきが発生しているのか(Who~Call Reason),とどうすれば応対時の顧客のホスピタリティが高まるのか(Call Reason~Call Result)が着目できるように設計する(図4 分析軸個所を参照).

ここで重要なのが,1件あたり数分あるような応対履歴について,どの部分を使ってVOC分類するかである.会話のすべてをテキスト化して,それを形態素解析によって分類したり要約化するツールの紹介を聞いたことあるが,そのような高度な機能を導入する必要はない.

フロント部門主導でVOC3要件を満たすアクティブ運営ができているのであれば,VOC分類に用いるテキストの抽出対象範囲は,具の詰まった会話領域で十分だからである.

その領域とは,「それではお客さまのご依頼を整理しますと…」,「お客さまのご要望を整理しますと…」などのVOC分類対象の起点を上述のように発話する社内ルールを作り,これを起点にVOCの分析対象とするのである.自社のフロント部門の発話を起点に抽出するので,雑音が入りやすい室外での顧客の発話をテキスト化の対象とするよりもテキスト品質は一定水準の確保が期待できる.一方,従来型のコンタクトセンターにおける顧客の発話主導の運営体制では,VOC分析の精度確保のためには,顧客の発話環境の雑音を除去するツールが必要になるかもしれないが,ここで紹介した抽出対象の仕組みであれば,そのような機能の実装は不要である.また,全会話データにおける不要語の削除や要約機能などが実装されたツールについても,ここで紹介した抽出対象の仕組みであれば不要である.なお,1会話に複数の問合せ目的が含まれていることがある事案に対して,そのような場合の用件抽出方法に悩んだり,AIを活用して複数用件を抽出する高価なツール導入の検討なども見受けられるが,これについても難しく考えることはなく,フロント部門が「2件のご要望ですね」と発話し,2件のコールリーズンを抽出するだけのことである.これはコンタクトセンター側が主導して応対するからこそ実現できるのである.人が得意な領域は機械に任せることなく,頭を使って人に任せる方法を考えればよい.

抽出対象範囲が決まると次は,抽出フレームの設計である.これが図4の「活用用途」に示す構成であり,VOCデータとCTI(電話チャネルIT統合)システム/CRM(顧客情報管理)システムとをつなげることで,誰が何につまづいて問合せをしてきたのかが明らかにできる.この1件ごとのVOCを全件集計することで,どこにつまづきが多いのかを定量的に全体俯瞰することが可能である.

一方顧客体験価値は,顧客がフロント部門と対話した印象で良くもなり悪くもなる.これについては,応対結果が顧客の事前期待に応えられているのかを確認することで,応対品質の維持・向上の検討が可能となる.

上述の抽出フレームに従ってマイニングする方法は,VOCデータを分析軸の単位ごとに単語を当てはめるという,タグ付けを行うイメージである.このマイニング方法としての抽出ロジックの設計思想は単純で,WhatやWhyはどの単語を引っ張ってくるのか,という単語振り分けルールを用いる.たとえば,預金,に分類したいのであれば,「預金」「よきん」「ヨキン」「貯金」「ちょきん」「チョキン」などのさまざまなテキストの揺らぎを想定した変換辞書を作成し,当てはめる仕掛けを用意する.このため,自社ビジネスの特徴を踏まえて,適時分類を更新していく必要があるから,ツールを採用する際は抽出ロジックの修正容易性を確認するとよい.往々にして使われないシステムやツールは使い勝手がその最大の障壁になっている.

4.2 提示メッセージ~VOC分析シート「全体俯瞰版」

以上の基本的考え方に基づいて,全VOCを分析軸に沿って分類を終えたら,全体を俯瞰するシートに展開する(図5).ここに紹介するシート構成は,自社で俯瞰したい視点で設計すべきであるから,シートを作成する際は,各社が俯瞰したい視点で構成するとよい.なお図5は,2017年7月から12月までの6カ月間の実データを展開したものだが,どこに顧客がつまづいている状況なのかが誰が見ても同じ認識が共有可能な客観性ある資料であることが確認できることだろう.

VOC分析シート「全体俯瞰版」
図5 VOC分析シート「全体俯瞰版」

それでは具体的に図5の列構成について図4の分析軸と紐づけて整理する(表3参照).

表3 VOC分析軸とVOC分析シートとの関係
VOC分析軸とVOC分析シートとの関係

以上の準備が終ったら,毎月発生するVOCをそれぞれ分析軸に振り分けた定量数値を図5のフォーマットに展開する.これにより,各月のつまづきがどの所管部のどの取扱項目で発生しているかが俯瞰できる.加えて,発生した問合せがどの段階でつまづいているかについても,図の右列の3段階(「検討段階」,「申込段階」,「サービスイン」)のいずれかに展開しているため,改善の緊急性が把握可能となる.

すなわち,検討段階と申込段階で問合せてきた顧客は,潜在顧客といえるから,新規顧客の獲得を狙っている取扱項目であれば,つまづき数が多い個所の改善を急ぐべきである.

申込段階でつまづいている顧客が既存顧客なのであれば,サービスインの手前でつまづいているため,利用開始前に離脱する可能性があり,当該所管部は至急架電するなどして,顧客サポートを行うべきである.

サービスインの段階でつまづいている顧客は,解約する可能性が予測できるため,当該所管部はサービスの利便性改善に早急に取りかかるべきである.

このように,全体俯瞰したシート1枚で全社的な顧客体験の良し悪しが見えてくる.

なお,筆者は上述に加えて,量的および質的観点からのメッセージも提示している.

具体的には,シート上,数値が多いところに注目が集まりやすく,そこは量的重要性が高いことから要改善個所(図5の黄色●枠の数字個所)であることが感覚的に理解できるのだが,数値が少ない個所でも戦略上サービス強化していたり,顧客導線上クリティカルな顧客体験機能であると定めていたりする場合,当該個所については質的重要個所(図5の赤●枠の数字個所)としてアラートを示している.

4.3 提示メッセージ~VOC分析シート「課題検知版」

図5で全体俯瞰した後は,顧客のつまづき解消の取組み優先度を判断するために,つまづきマップに展開する(図6).

4象限つまづきマップ
図6 4象限つまづきマップ

図6は,図5のデータソースをVOCから導出したコールリーズンワードを軸に4象限にマッピングするフレームワークである.

4象限の縦軸は,顧客がつまづき解消に期待する時間軸で区分する.すぐに回答を求める(即時性希望)のか,後日(非同期可能)でもよいのかで分類する.

4象限の横軸は,回答に必要な自社の応対リソースの特性で区分する.標準対応が可能なのか,個別・専門対応が必要なのかで分類する.

以上の2軸で4象限マップが作成できる.各象限の特徴を解説する.

第1象限は,即時性を有する問合せに対して,個別・専門的な対応が要求される領域である.このため,当該問合せに対しては,所管部が顧客体験価値の維持・向上に努める.

第2象限は,即時性を有する問合せに対して,顧客の個別事情に関係しない標準対応が要求される領域である.このため,当該問合せに対しては,チャット等のコミュニケーションチャネルの併用も含め,コンタクトセンターでVOC3要件を丁寧に聞き取ることで顧客体験価値の維持・向上に努める.

第3象限は,即時性が不要な問合せに対して,顧客の個別事情に関係しない標準対応が要求される領域である.このため,当該問合せに対しては,Q&Aの標準シナリオやFAQ誘導による自己解決を促進する機能提供で顧客体験価値の維持・向上に努める.

第4象限は,即時性が不要な問合せに対して,個別・専門的な対応が要求される領域である.このため,当該問合せに対しては,メールフォーム等のメッセージング機能で顧客の都合に合わせたチャネルで顧客体験価値の維持・向上に努める.

この振り分けルールに従い,毎月発生するVOCデータを各象限に流し込むと,図7のつまづきマップ(実数反映版)ができる.

4象限つまづきマップ(実数反映版)
図7 4象限つまづきマップ(実数反映版)

図7の第1象限は商品等の所管部が検討する領域である.

第2象限はコンタクトセンターの電話チャネルチームが検討する領域である.

第3象限はWeb等のコンテンツ管理所管部が検討する領域である.

第4象限はコンタクトセンターのテキストチャネルチームが検討する領域である.

図7は,2017年7月から9月までの3カ月間の実データを展開したものだが,筆者がこのあと1年間,当図を作成して感じたことは,毎月問合せ傾向が同じだったことである.このことは驚きよりも,納得感であった.問合せは毎月違う顧客から寄せられるものの,人のつまづきは結局みな同じということである.分かりにくいものはみな分かりにくく,これを放置していることがいかに顧客体験を悪化させ,離脱の危機に直面しているかが客観性を持って明らかになるのである.

このため,改善課題について各象限の担当部署と意識合わせする際に,この図が示すデータが改善対象の検討に揺るぎない根拠となるから,改善優先事項(What_Why)は全社的に同じ見解合意を形成しやすくなる.

4.4 提示メッセージ~顧客の望むチャネル応対による最適な顧客体験の提供と感動体験創出の挑戦

図7の実データがあれば,最適な顧客体験を提供するために,顧客の望む応対チャネルやその他の顧客接点にかかわる機能配置の在り方が読み解ける.読み解くには,どのようにしたら顧客に感動体験が提供できるのかを念頭におくことが前提となる.

読み解きの一例として,問合せ機能の最適配置をテーマに検討した概要を本節で紹介する.

4象限マップを俯瞰すると,第2象限と第3象限につまづきが多い.この象限は,標準対応が可能なつまづき領域であることから,顧客体験の向上には,人による応対品質の基礎的なスキル向上と顧客接点の利便性向上を目的とした改善が課題として浮かび上がる.また,第3象限を改善すると,つまづきが解消され,自己解決率が向上し,結果として第2象限の入電数が減る.

このようにつまづきの種類を捉えると,顧客体験の向上のために,直接対話すべきは何で,テクノロジーで自動応対すべきは何なのか,といった人とテクノロジーが顧客に対応すべきチャネルの最適配置に考えが及ぶ.

顧客体験の創造には,顧客の多様な意向に,ストレスなく応対できる最適なチャネル配置が必要である.そこで,人とテクノロジーとがどのように接すべきなのかをつまづき種別ごとに図8の区分で取りまとめた.

顧客の望むチャネル象限マップ
図8 顧客の望むチャネル象限マップ

すなわち,顧客が対話することで温もりを感じたいのであればホスピタリティが提供できる有人チャネルで応対すべきであるし,ドライに迅速なレスポンスを求めるのであればAIをはじめとするテクノロジーを採用した無人チャネルで応対すべきである.

このように,つまづき解消のために顧客が望む最適な問合せチャネルの在り方を掴むには,図6および図7の各象限のデータを深く考察し,つまづいた問合せ種別(What_Why)に応じて図8のように,どの応対チャネルでどの問合せに回答することが最適なのかに着目して設計するとよい.

この考察に基づく応対チャネル環境の整備は,顧客の望む回答速度に応えるものであるから,顧客体験の創造に寄与するものと確信している.ちなみに図8ではチャネル名称とそこに紐づく具体的な問合せ種類は省略しているが,筆者は問合せ種別(What_Why)のすべてをチャネルに紐づけて整理している.

このような応対チャネルの設計図が実装されたとき,コンタクトセンターでは人が応対する問合せ種別が絞られ,筋肉質な人員構成となることが可能となる.このため,労働人口が減少する日本の人口構成において,多くの業界や業種で採用難が予想できるものの,コンタクトセンターの人材採用については限定的な影響にとどめることが期待できる.すなわち,第3.2節で紹介したように,コンタクトセンターで働く雇用形態を正社員として直接雇用し,かつパフォーマンス評価型の働きがいのある環境が整っているのであれば,自社への勤務希望者が増えると考えるのがその根拠である.

以上,図6および図7の4象限マップを活用することで,どの問合せ種別がどの象限に発生しているのかが把握できるだけでなく,図8のように,どの問合せ内容にはどの応対チャネルで対応することがCX創造につながるかにまで想像を広げることが可能である.

すなわち,顧客がストレスフリーで自社と接するCX創造に至る世界感を図7および図8は読み手に訴えかけてくるのである.

将来的には,最終第5章のデータ活用によって,この応対チャネルから提示される内容は,顧客自身でも気づかなかったような示唆出しであったり,配慮あるメッセージが提供できるようになったりすると考え,これが感動体験をもたらすものと期待している.

4.5 提示メッセージ~VOC分析シート「要因特定版」

上述のマップで改善課題が設定できたら,最後に具体的な改善方法の検討に進む.図9の改善打ち手のフレームワーク内に記述した項目を参照すれば,おおよそ抜け漏れなく,改善策の最適解が検討できるよう設計している.

改善打ち手のフレームワーク
図9 改善打ち手のフレームワーク

具体的には,課題に設定した「What(取扱項目)_Why(問合せに起因したアクション)」のつまづき原因が,顧客との接点にあるのか,それとも顧客応対にあるのか,そもそも自社の商品設計や事務フローやITの操作性にあるのかといった3層に着目して徹底的に検討すればよい.

それをこのフレームでは「表層対策」,「内部対策」,「深層対策」と表現し,改善の打ち手をリスト化表示している.

「表層対策」は,顧客が問合せ前に触れる,自社の顧客接点の利便性(サービスプロセスの観点)および視認性の改善(サービス結果の観点)に関する項目で構成する.

「内部対策」は,顧客がコンタクトセンターに問合せたときの応対者の応対品質(サービス・ホスピタリティ)改善に関する項目で構成する.

「深層対策」は,表層面でつまづくに至った深層原因である商品性やシステム機能や必須入力項目等の事務ルール等に関する項目で構成する.

このリストから,何に取組むかは課題改善効果の発現時期と改善費用とを比較検討して,最適ミックスとなるよう設計すればよい.たとえば,申込段階のサービス申込につまづきがあるのであれば,表層対策と深層対策で構成した改善が選択され,申込要領が分かりにくい場合はコンテンツをすぐに改修するとともに,入力項目の画面仕様が分かりにくい場合はこれを関係所管部の商品性設計の見直しを経て画面改修する,というものである.

以上の改善策立案の流れを図10に参考例として紹介する.

VOC改善策の立案プロセス
図10 VOC改善策の立案プロセス

筆者は2017年当時,VOCチーム長と取りまとめ部署長を兼務しており,図のとおり1カ月のサイクルでこの運営を推進してきた.このため本章までに紹介してきた各種活動と運営は,理論的提案なのではなく実体験に基づく実証済みの内容である.

この立案プロセスのポイントは,VOCを分析したチームだけがメッセージを設計するのではなく,VOCから導出したメッセージをフロントチームに認識齟齬ないかを確認する場を設けた上で,該当する所管部へ改善対象の共有とその改善策の検討に展開していく点にある.また,本プロセスのアウトプットである改善策は,経営層が出席する月例の会議体(筆者が所属する会社では,FD(フィデューシャリー・デューティー)推進連絡会)にアジェンダとして付議する(図10 Step4参照).

4.6 フィードフォワード

これまでの章で順を追って解説してきたとおり,顧客本位の業務運営を推進するために自社に寄せられたVOCに真摯に向き合い,VOC分析結果を根拠として顧客体験の改善活動に取組むことは,CXの良し悪しと改善すべき優先順位について客観性あるファクトに基づいて経営層に的確な判断を促すことが可能である.

しかし,この活動だけでは,顧客の不満改善といった,事前期待ギャップを埋めることにとどまる恐れがある.

事前期待に応えるだけでは,顧客本位の業務運営が意図する,ロイヤルティ醸成の実現は難しいと筆者はみている.

ロイヤルティ醸成のためには,事前期待を超える,感動体験に代表される心理面に作用するCXの提供が必要だからである.

そこで本節では,上述してきたVOCを起点とした改善活動に加え,改善活動の評価を顧客から直接確認するNPS調査を定期的に実施する仕組みも取込んで,ロイヤルティ醸成に効く改善ファクターは何なのかを探りつつ,改善取組みを検討する全体の運営サイクルに視野を広げて論じる.

NPS調査を加えることで,顧客の不満や不明事項に留まらない,感動体験に着目した顧客本位の業務運営の推進に挑戦することが可能となる.

なお,NPS(Net Promoter Score)とは,顧客ロイヤルティを測る指標で,顧客に対して「あなたはこの企業(製品/サービス/ブランド)を親しい友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」という質問を行い,0~10の11段階で評価してもらった後に,回答者全体に占める推奨者(9~10点をつけた回答者)の割合から批判者(0~6点をつけた回答者)の割合を差し引いて算出する(Net Promoter®およびNPS®は,ベイン・アンド・カンパニー,フレッド・ライクヘルド,サトメトリックス・システムズの登録商標).

図11ではこのNPS調査の観点を取込んだカスタマーサポート体制の全体像を示す.

カスタマーサポート体制の全体概要
図11 カスタマーサポート体制の全体概要

カスタマーサポート体制は,顧客体験価値向上機能と経営貢献立案機能とで構成する.顧客体験価値向上機能は顧客接点側に配置し,経営層へ顧客体験価値向上に資するメッセージ提供する機能は図11ではコンタクトセンターの右側に配置している.

顧客問合せは顧客都合に応じられるように各種チャネルを用意する.図7の4象限つまづきマップで示したとおり,問合せは即時性の有無や回答内容の専門性有無などにより応対に適した顧客接点機能がさまざま考えられる.そのなかで人が応対することが適したものもあれば,AI技術を採用することが適するものもある.これらを考慮してチャネルを用意するのである.特に,図7の第2象限(即時性ある標準応答入電数の多い象限)は人が応対するよりもAI技術が適した領域とも取れる.このためチャットボットシナリオを作成し,AI技術によって自動応対するチャットチャネルを導入するのであればこの領域が適している.

コンタクトセンターの内部では,フロント部門が応対に集中できるように,余計な稼働は排除する.ITで解決できる手法が利用できるのであればメンテナンス性や操作の利便性に着目して採用するとよい.AI技術の採用対象としてはWFM(Workforce Management:コンタクトセンター従業員の配置計画管理),FAQ,音声の自動テキスト化,Bot/RPA(roBot/Robotic Process Automation:アプリケーションの補助プログラム/手作業部分を自動化するプログラム)が挙げられる.この領域は標準的な作業手順が定まっているため,アルゴリズムが組みやすい.

一例として,FAQへの適用を紹介する.AI技術はナレッジ支援のFAQ機能との親和性が高い.FAQデータは教師データが蓄積される環境にあるため,当該データを用いた協調フィルタリング等の機械学習モデルの設計が比較的容易である.FAQ機能はAI技術の適用によって,これまで類型ⅠやⅡ型のコンタクトセンターで使用してきたプル型(情報取得を能動的に行う)の利用思想から脱却し,プッシュ型(情報が適時適切なタイミングで自動的に提供される)利用に機能高度化が可能である.このときフロント部門は,ナレッジサポートを自動受信される環境を手にすることで,応対業務にさらに集中できることになる.

同様にFAQ利用は,顧客の自己解決促進にも寄与するため,コンタクトセンター内部で展開したFAQ機能の高度化ノウハウは,顧客接点であるWebやアプリケーションにも展開するとよい.つまづきの多いWebコンテンツ等に顧客が訪問したときに,顧客の状態に応じて適切なFAQコンテンツに自動ガイドするプッシュ型が提供可能となるため,これが適時適切なタイミングでガイドできるのであれば,ストレスのない顧客体験価値の創造につなげることが可能である.

以上,顧客向けとコンタクトセンター向けに導入された各種機能によって取得されたデータ(図11の青矢印)は,本章で詳述してきたフレームワーク等を活用してデータ分析の活動に展開する(図11の赤矢印)のがカスタマーサポート体制の全体像である.

ただし,この機能配置から分かるとおりVOCは,顧客接点で自身の関心事が解決できなかった,つまづきの集合体である.このため問合せ率が1%なのであれば,残りの顧客体験は把握できないことになる.

重要なのは,顧客全体を俯瞰した顧客体験の実態を捉えることにあるから,そのために全顧客向けにNPS調査を実施し,自社の推奨度と評価根拠を掴むのである.

そこで,顧客から寄せられた声(VOC)とともに全顧客向けに実施したNPS調査結果を経営層が出席する会議体に付議して,評価・投資判断する活動サイクルを図12に示す.財務指標に直接寄与しないような投資は,経営判断の優先順位が通常は低い傾向に陥りやすいが,顧客から寄せられる2つのインプットを分析することで提示するメッセージはすべてが顧客体験の改善視点となり,投資が顧客本位の目線から判断できるようになる.

顧客の声を軸としたサービス改善サイクル
図12 顧客の声を軸としたサービス改善サイクル

このサイクルの根底には,顧客のCX創造に向けた想いが流れており,その意味するキーワードは,フィードフォワード(前向きな未来に向けた改善)である.

4.7 ロイヤルティ形成要素の分析・特定

本節は,NPS調査の活用について詳述する.NPS調査の活用は,VOCだけでは補足できない顧客体験の全体傾向を掴むことが目的である.NPS調査フレームはさまざまな書籍[5],[6]やコンサルティングサービスがある[7]ため解説は省くが,筆者は調査フレームの設計について上述の顧客体験の全体傾向を掴む要素を網羅しておくことが重要であると考える.このため,商品・サービス利用時の顧客体験の形成要素を徹底的に洗い出し,図13の6区分27要素で設計した調査を定期的に,全顧客向けに実施している☆4

NPS調査による顧客体験の改善要素の抽出
図13 NPS調査による顧客体験の改善要素の抽出

この調査によって,前回調査と今回調査の変化点および現時点の顧客体験の全体平均を下回る個所などが俯瞰できる.

各要素の実態を,より詳細に掴むには,直近2回の調査で,推奨者から批判者に評価替えした顧客や,逆に批判者から推奨評価に変更した顧客のデータを抽出することで,CXへの影響要素がダイレクトに表現できる(図14).

ロイヤルティ形成要素の分析・特定
図14 ロイヤルティ形成要素の分析・特定

図14では,批判者から推奨者に評価替えした顧客の満足度推移ラインが,推奨者全体の推移ラインと比べたとき,右から2つめの項目が最接近していることが確認できる.すなわち,評価替えに一番効いた要素が当該項目であることが把握できる.

一方,推奨者が批判者に評価替えしている顧客の評価についても,図14と同様に表示することができ,悪化している顧客体験要素が確認できる.

このように数値で顧客体験を俯瞰すると,次はなぜそのように回答したのか,具体的な体験コメントも知りたくなる.このためNPS調査では,数値の評価結果だけでなく,フリーコメントで評価理由や希望についても聴取する.聴取したフリーコメントを査読することで,どの性年代層がどのような利用時点に感動体験として心理的に寄与したかを掴むことが可能である.

以上,ロイヤルティを数値化したNPS調査は,推奨意向に加え,評価要素の良し悪しについても数値やフリーコメントで掴めるため,VOCでは把握できないポジティブな体験も把握可能である.加えて,VOC分析を基に実施した改善後の効果についても,関連する要素の満足度の変化を確認することで効果検証も可能である.

なお,最後にNPS調査の利用上の懸念を抱く読者がいることを想定して,筆者の見解を記しておく.基本的思想としては,NPS値という絶対値が正しいのか否かを議論することに興味がなく,現時点で世界的にロイヤルティ測定に用いられている調査手法であること[5],[8]と,筆者が明らかにしたい要点の抽出に適している調査フレームであることがNPS調査を採用する理由である.

そもそもNPS調査は,推奨意向を0から10の11段階評価を基準に算出する米国で開発された調査手法である[8]ことから,日本人は0か10に振れにくく中間の5点をつけがちなので,NPS値の有効性を疑問視する向きもあるが,本節で詳述した活用方法においてはこの懸念は当てはまらない.NPS調査を定期的に実施することで,図13や図14のような推移が把握可能だからである.自社の取組みが前回の調査と比べて上がったのか下がったのかが掴めれば調査目的は達成である ☆5

また,事業モデルによっては,他者に推奨しますか,という趣旨のNPS設問がロイヤルティを正確に計測できていないとの指摘もあるが,この場合は1年後の継続利用意向で計測する設問に置き換えるなどに変更すればよい,との渡部の主張[6]に同意する.いずれにせよ,自社にとってロイヤルティを正しく測定する調査手法があるのであれば,それを採用し,1日も早く顧客の自社評価を明らかにして,改善に取組む方がよっぽど事業活動に意味がある.

ただNPS調査の開始後に留意すべきは,調査結果の推移を正しく計測するために,調査項目は調査の都度変更することなく継続適用することである.企業会計原則の一般原則が示すように,一度採用した会計処理の方針は適用環境の前提が変わらないうちは継続して適用し,みだりに変更してはならない(企業会計原則 一般原則5 継続性の原則)という原則の趣旨がNPS調査にも当てはまる.

4.8 投資対効果検証に至る全体サイクル

本節は,これまでの活動が実効性を発揮するために,全社で予算計画の策定から始まる社内手続きとしてのサイクルを紹介する(図15).

投資効果の検証サイクル
図15 投資効果の検証サイクル

いかに優れた改善施策であっても予算を手当てしていなければ絵に描いた餅である.そこでIT予算とは別に顧客本位の業務運営に必要な予算枠を事業計画で確保することが重要である.これを事業計画策定時に各部の活動計画内に必要に応じて取り込み,予算承認とその後の効果検証するサイクルを構築し運用するのである.

ここで特徴的なのは,改善効果が確認された取組みを全社表彰する「⑤-2社内表彰」制度の運用である.いかに崇高なビジョンを策定したとしても,働く人がいてはじめて実現できるのだから,顧客本位の取組み推進によって,顧客ロイヤルティに成果を出した取組みについては,サイクルの最終段階で社内で評価することが取組みのモチベーション保持につながる.パフォーマンス評価型の視点をこの効果検証サイクルにも取込んでいる.

なお誤解のないように追記すると,⑤-2の表彰制度は,全社の改善活動のうち,優良な顧客体験を創出した活動が表彰されるのであり,第3章2項で指摘したコンタクトセンター部内に閉じた個人表彰とは表彰の意味合いが異なる点に留意いただきたい.全社レベルで高い好影響を顧客体験に与えた取組みがここでの表彰対象となる.

5.むすび ~これからの技術進化の取込み

本稿はVOCの活用を視座に優良な顧客体験を提供するためのコンタクトセンターおよび全社の活動サイクルを解説してきた.

しかしディジタル化が加速する現代のビジネス環境は,顧客体験は時代環境に応じて絶え間なく変化するVUCA(Volatility:変動性,Uncertainty:不確実性,Complexity:複雑性,Ambiguity:曖昧性)の時代特性の中にあるから,収集する自社評価はコンタクトセンターが受付けるVOCだけでは十分でなく,顧客体験として顧客接点のすべてを対象に利活用すべきである.

これまで企業経営は,安定から変化へというフレーズが使われてきたが,これからは安定が約束されない時代だからこそ,いかに変化に備えるかが問われはじめようとしている[9].

GPSやWeb閲覧履歴に代表されるようなセンサデータやログデータはリアルタイムに顧客の関心や行動について多くの示唆をもたらしてくれるため[10],[11],対話から得られた定性データと,行動履歴として入手した定量データを組合せるデータサイエンスの仕組みこそが,絶え間なく変化する顧客が求める体験価値を提供し続けるためには必要である(図16).

カスタマーサポート体制の在り方
図16 カスタマーサポート体制の在り方

ただ,このようなログデータやセンサデータは顧客のプライバシーにかかわるデータであるから,取得には個人情報保護法の改正動向を踏まえて,本人同意を得たうえで収集することが重要になる.この流れは欧州のGDPR(一般データ保護規則)やアップルのiOS14が導入する新たなプライバシー保護の仕組みを例に出すまでもなく,欧米ではプライバシーを基本的人権と位置付け,個人情報の利用は企業本位ではなく個人が自ら決めるべき,との理解が形成されつつあるためである[12].

このような流れが日本でも進んでいくとき,本人から情報提供の同意を得るためには,自社に対する顧客のロイヤルティを高め,顧客が自社と信頼関係を築いていることが重要になる.

そしてデータを取得できるようになったとき,多種多様なパーソナルデータをAI技術で解析することで,顧客の感動を呼ぶような顧客体験の提供に資する改善活動にアップグレードし続けることが可能となる.VOCだけでなく,このように顧客同意によって提供されたパーソナルデータは,余すことなく活用し,自社利用に閉じることなく,しっかりと顧客に体験価値のアップグレードとして還元することが何より基本であり,大切なことである.

VOCの活用でかなりのことができると実感してはいるが,このアップグレードによって,従業員や顧客も気づかなかった示唆や気づき,アドバイスの提供が可能となるのではないか,とデータサイエンスの提供価値の可能性に期待している.

すべてのデータ活用は,顧客の体験価値向上とそれによる企業へのロイヤルティ醸成につながるものと確信しているからである.

参考文献
  • 1)NTTコム オンライン:銀行を対象にしたNPSベンチマーク調査2020の結果を発表2020年8月20日,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000187.000006600.html (2020年8月31日確認)
  • 2)Chandler, Jr., A. D. (著),有賀裕子(翻訳):組織は戦略に従う,ダイヤモンド社(2004).
  • 3)藤井保文,尾原和啓:アフターデジタル,日経BP社(2019)
  • 4)日本経済新聞朝刊2020年7月7日:働き方innovation 緩めて育てるグーグル流(2020)
  • 5)遠藤直樹,武井由紀子:売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門,日本実業出版社(2015)
  • 6)渡部弘毅(著),諏訪吉武(監修):お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング,翔泳社(2019)
  • 7)NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション(株):NPS調査・コンサルティング,https://www.nttcoms.com/service/nps/consultation/ (2020年8月31日確認)
  • 8)EmotionTech : NPS(ネット・プロモーター・スコア)とは?,https://www.emotion-tech.co.jp/resource/2015/nps-vs-cs-whitepaper (2020年8月31日確認)
  • 9)中川功一:やさしい経済学 不易流行の経営学⑧,日経新聞,朝刊2020年8月28日(2020)
  • 10)城田真琴:パーソナルデータの衝撃,ダイヤモンド社(2015)
  • 11)藤井保文:アフターデジタル2 UXと自由,日経BP社(2020)
  • 12)日本経済新聞:アップル新OS 個人情報保護を強化,朝刊2020年8月28日(2020)
脚注
  • ☆1 本稿の文責はすべて筆者にあり,かつ本稿の内容はすべて筆者の個人的見解であって筆者の所属機関の公式見解を示すものではない.
  • ☆2 著者が登壇した講演(株式会社リックテレコム主催「カスタマーエクスペリエンス×コンタクトセンターサミット2019in東京(2019年8月28日)」,「ネクストコンタクトセンターサミット2020(2020年7月15日)」)は申込期限前に定員を超えた.
  • ☆3 2018年1月に米国シアトルで一般公開が開始された無人レジ店舗であるAmazon Goは,店舗の出入口でスマートフォン機能を用いて本人認証を経て入店し,その後に購入品を手に取りレジを通ることなく店外に出ると,購入品についているセンサーが店舗出入口で反応して自動決済が済むといった,リアルとデジタルが融合したOMO型顧客体験が提供される.
  • ☆4 どのようにNPS調査フレームを設計するかは,各社の事業モデルに応じて異なる.本稿で紹介した内容は非対面取引のネット銀行の事業モデルであるが,店舗での対面取引型事業モデルであれば,店舗での顧客体験を把握する要素を加味することが推奨される.
  • ☆5 自社では全顧客向けに調査を行うことで統計的に有意な回収数を得ている.
松丸 剛
松丸 剛(非会員)goumats@netbk.co.jp

前職(株)NTTデータ経営研究所にて,IoT社会の到来を見据えた新たな社会システムデザインやサイバーセキュリティ分野に係る中央省庁向け政策提言のほか,新規事業戦略の立案に従事後,2016年から住信SBIネット銀行(株)に参画.現在までFinTech事業企画,ビッグデータ基盤整備,次世代カスタマーセンター像の設計後,VOC活用高度化および顧客ロイヤルティ戦略の立案等を推進.2020年からリックテレコム社主催「5年後のコンタクトセンター研究会ストラテジー分科会」メンバ.経済学修士.

採録決定:2020年10月28日
編集担当:荒木 拓也(日本電気(株)データサイエンス研究所)

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