会誌「情報処理」Vol.61 No.11 (Nov. 2020)「デジタルプラクティスコーナー」

日本野球市場に練習革命を起こす
―センサ内蔵野球ボールを活用した野球指導効率化に向けた取り組みから―

柴田 翔平1  加瀬 悠人1  稲毛 正也1

1ミズノ(株) 

近年のアメリカ野球市場では,弾道測定器やセンサを用いて,投手の球質や動作を分析し,データに基づき指導者が合理的に指導を行う,いわばデータ野球が進んでいる.一方,日本野球市場,特にアマチュアの現場では,データ計測・活用の文化が醸成されておらず,非合理的な指導も依然多い.そこで我々は,データ計測・活用文化を拡げるために,誰もが気軽に自身の球質を計測可能なセンサ内蔵野球ボールを用いた投球データ解析システムを開発した.一般消費者への販売(社会実装)により,球速以外の新たな指標の存在が認知され,従来のスピードガンのみの計測文化を変えることができた.一方,データを分析し,指導するといった環境までは構築できておらず,今後適切なデータ分析方法を提案していく構想である.

1.日本野球市場の課題

野球というスポーツにおいて投手は,打者を打ち取るためにさまざまな速度や軌道のボールを投球する.投手のスキルの中でも特に球速を高めることは,打者を打ち取るために重要な要素の1つであり,日本の多くのアマチュアチームにおいても,以前からスピードガンを用いて球速を計測する文化が構築されてきた.しかし,計測される球速は投手のパフォーマンスを表す指標の1つにすぎない.投手から投げ出されたボールの軌道を決める要因は,1.球速,2.回転,3.投射角度,4.空気の状態の4つの要素であることが明らかになっている[1].さらに回転は,回転数・回転軸・スピン方向(トップスピン,バックスピン)の3つの要素で構成される.また,さまざまな投手の投じるストレートの球速と回転数には正の相関関係があることが報告されており[2],この球速と回転数の相関関係から大きく逸脱するような高い回転数かつ純粋なバックスピン(鉛直方向の回転軸角度(仰角)および進行方向の回転軸角度(方位角)がともに0°)で飛翔するボールは,打者がバットの芯で捉えづらいことを報告している[3].これらの研究結果より,投手が打者を打ち取る技術や戦術スキルを獲得するために行う投球練習では,球速だけでなく,球質(以下,ボールの回転数や回転軸とする)データを指導者とともに把握することが重要であると考えられる.

近年,アメリカ野球市場ではレーダードップラー式弾道測定器やカメラ,センサ等の計測機器を用いて,投手の球質や動作を分析し,選手に対してデータに基づいた指導を行う或いは戦術に活かすといった取り組みが盛んに進められている.たとえば,メジャーリーグでは,2015年に全球場にレーダードップラー式弾道測定器およびカメラが設置され,投手の投じたボールの球速や回転数,回転軸といった球質データが瞬時に計測されるようになった(解析システム名:STATCAST[4]).このシステムによって,試合のTV中継時には従来の球速以外のデータも表示されるようになり,選手や指導者,データアナリストはもちろん,視聴者や野球ファンもデータに触れる機会が多くなった.さらにアメリカのアマチュア野球においても,高校生投手の球質データが公開され[5],スカウト活動に活用されるなど,データ野球文化が進んでおり,データに基づいた合理的かつ効率的な練習がより普及していくと考えられる.

総務省の予測では,日本の2020年コンシューマ向けIoTデバイス(家電,プリンタなどのパソコン周辺機器,ポータブルオーディオ,スマートトイ,スポーツ・フィットネス,その他)数は,61.5億台になると見込んでいる[6].

一方,課題として現在の日本野球市場では,IoTデバイスの普及は進んでおらず,球速以外のさまざまなデータを活用したデータ野球の文化が十分根づいているとは言えない.そのため, 未だ合理的な指導と非合理的な指導が混在するケースが多いと言われている[7].プロ野球では2020年現在,11球団がレーダードップラー式弾道測定器を導入するなど,徐々にデータに基づいた指導や戦術への活用が試みられているが,アマチュア野球の現場では,各チームが高額な弾道測定器を導入することは困難であり,科学的根拠に基づかない感覚的な指導・旧態依然とした練習法を現在も実施しているチームが多いというのが現状である.

これらの課題を解決し,球速以外のデータ計測・活用文化を日本のアマチュア野球に拡げるために,我々は,誰もが気軽に自身の球質を計測可能なセンサ内蔵野球ボールを用いた,投球データ解析システムの開発を行った.本システムの一般消費者への販売(社会実装)にあたり,我々は次のような仮説を立てた.

仮説:①センサ内蔵の野球ボールを用いた投球データ解析システムを開発し,製品化することで,市場が球速以外の計測項目(回転数・回転軸)の存在を認知し,②データに基づいた合理的かつ効率的な指導が普及する.

2.投球データ解析システムについて

2.1 システム構成および構造

本研究で開発されたシステム(名称:MA-Q(以下,MA-Qと呼ぶ))はセンサ内蔵野球ボール,ワイヤレス充電器およびスマートフォン用アプリケーションで構成される.

センサ内蔵野球ボールには,3軸加速度センサ,3軸ジャイロセンサ,3軸の高レンジ加速度センサおよび3軸の高感度磁気センサ(Magneto-Impedanceセンサ(以下,MIセンサと呼ぶ),愛知製鋼社製)の計12軸のセンサが搭載されている.さらにセンサ内蔵野球ボールには,マイコン,電池およびBluetooth Low Energyが搭載されている.充電は電磁誘導方式によるワイヤレス充電器によって行う.また,投球時の加速度,角速度,磁気はサンプリング周波数500 Hzで収録され,Bluetooth Low Energyによって無線でスマートフォンに送信される.システムの概観は図1に示すとおりである.

開発された投球データ解析システムの外観
図1 開発された投球データ解析システムの外観

また,センサ内蔵野球ボールは通常の硬式球と同様の質量・慣性モーメント・材質(牛革,綿糸)・縫い目の高さである.また,センサをポリカーボネート製カプセルおよびシリコーンゲルで固定することで,耐衝撃性を高めた構造を実現した.ボールの構造は図2に示すとおりである.

通常の硬式球とセンサ内蔵ボールの構造
図2 通常の硬式球とセンサ内蔵ボールの構造

2.2 アプリケーションによる解析方法

本研究で開発されたアプリケーションはiPhoneおよびiPad専用アプリケーションとして,Apple Storeにて無料で公開されている.専用アプリケーションによる投球データ解析方法は以下に記したとおりである.

  • (1)選手の名前や投球法などの入力をし,選手登録を行う
  • (2)投球距離を設定する.ここで入力した距離は球速算出時に利用される
  • (3)専用アプリケーションと接続するセンサ内蔵ボールを選択する
  • (4)選手名および球種を選択する
  • (5)回転軸を測定する場合,2段階で加速度センサおよび地磁気センサのキャリブレーションを行う
    このキャリブレーションは,測定場所や日付が変わらなければ,1回限りでよい
  • (6)センサ内蔵ボールを投球する.ボールの投球が完了すると,スマートフォンにデータが送信される.計測項目はボールの「投手から見た回転軸角度(仰角)」「上から見た回転軸角度(方位角)」「回転数」「球速(平均球速)」の4項目である(図3
アプリケーション内の投球結果画面
図3 アプリケーション内の投球結果画面

測定距離に関しては,少年野球等にも対応している.また,専用アプリケーションでは,ユーザは連続して投球する,もしくは1球毎に詳細結果を確認することを選択できる.さらに,過去計測した複数人のデータを一元管理し,全計測データをCSVで出力できる.

2.3 アルゴリズム

計測項目のアルゴリズムは,それぞれ下記のように構築した.加速度センサの特徴量から,ボールのリリースおよび捕球時刻を算出し,その差分を投球時間とした.あらかじめ設定された投球距離を,算出された投球時間で除した値を球速とした.回転数はMIセンサによって得られる地磁気の生データから算出した.まず,生データを変化量(時間差分)データにし,0点と交差する時点をカウントする.このアルゴリズムでは,0点と交差する時点の3点分を1回転とし,ボール回転数(rpm)に変換した.回転軸(仰角)はMIセンサの出力値・1回微分値・2回微分値をインプットとして,拡張カルマンフィルタにより推定した[8]. 回転軸(方位角)は加速度センサおよびMIセンサから,独自アルゴリズムにより推定した.それぞれの計測項目の精度は,高い時間分解能や位置測定精度が得られ,センサの精度検証として主流となっている光学式モーションキャプチャーシステムとの比較[8]を行い,検証した.MA-Qによる球速と回転数,モーションキャプチャーシステムによる球速と回転数は,それぞれ同様の値を示していたこと(球速r = 0.95,回転数r = 0.90)や,回転軸は平均絶対誤差が10°程度であったことから,本システムは野球現場において,投手の球質を判断する上で実用に足る精度であることを確認した.

3.社会実装により得られた成果

本章では,センサ内蔵野球ボールの社会実装により得られた成果である下記の2点について説明する.

  • 投球パフォーマンスの新たな評価指標の提供およびその一般化
  • 導入事例から見えたコミュニケーションツールとしての新たな可能性

3.1 投球パフォーマンスの新たな評価指標の提供およびその一般化

センサ内蔵野球ボールの一般市場へのリリースは非常に大きな効果をもたらした.従来の測定機器は,非常に高価という事もあり,ボールの回転情報はプロ野球選手など一部の選手しか計測することができなかった.しかし,センサ内蔵野球ボールにより,一般ユーザも,これまでより安価な値段で,そして比較的簡易に取得することができるようになった.すなわち,球質評価をする上で,どのユーザでも今まで以上に粒度の高い分析を行うことができるようになった.

また,センサ内蔵野球ボールの登場以降,TwitterやYouTubeなどのSNSをはじめ,Web,雑誌など各種メディアにも多く取り上げられられるようになった.そのため,これまで以上に回転数や回転軸に関する情報が拡散され,新たな評価指標の存在が広く知れ渡ったと考えられる.また,2019年3月に,筆者の所属する企業の営業部門17名を通じてMA-Qを導入したチームに野球現場でのデータ活用についてのアンケートを実施した.上記チームの内訳は,図4で示すように,高等学校が80%,中学校と大学が4%ずつとなっており,球速をより重要視する傾向のあった高等学校で,より導入が進んでいることが分かった.また導入したチームの中で,MA-Qで計測できる3項目の球質(球速・回転数・回転軸)すべてを活用しているチームが88%に上ることも明らかになった.

アンケート結果におけるMA-Qを導入したチームの内訳
図4 アンケート結果におけるMA-Qを導入したチームの内訳

この結果から,これまで計測することができなかった回転数や回転軸という新たな評価指標が多くのユーザに利用されるなど,今まで以上により身近な存在になってきたと考えられる.すなわち,センサ内蔵野球ボールの社会実装により,球速以外の計測項目の一般化が進んでおり,第1章で述べた仮説①が立証されたと考えられる.

3.2 導入事例から見えたコミュニケーションツールとしての新たな可能性

本節では,MA-Qを導入したアマチュアのチームを対象に行った,2019年9月の現場ヒアリングの結果から,MA-Qの新たな可能性について述べる.

これまでの野球市場,取り分けアマチュアレベルにおける指導現場では,どこか感覚的な表現で選手に対してフィードバックすることが多く,更には自身の経験論やWebサイトの情報などから選手に指導をするなど,定性的な指導に偏るシーンが多く見られてきた.

しかし,センサ内蔵野球ボールの開発や普及により,これまで感覚でしか伝えることのできなかった投手のスキルや球質が数値化されるようになり,選手のパフォーマンスが可視化されるようになってきた.

更には定量的なデータを計測できるため,より具体的な目標設定も行いやすくなった.これは運動学習の観点から見ても,“単に全力でやれと指示され動作を行うより,目標設定をすることでより高いパフォーマンスが発揮される”[9]と示されているように,効率的なパフォーマンスアップを目指すには非常に有効であり,指導者としてもこれまで以上に定量的な指導が行えるようになったと考えられる.

また,こうしたセンサ内蔵野球ボールは,図5に示すように過去のデータの管理や,PCへのデータの出力も可能であることが多い.そのため過去の投球データと比較することで,今の自身のコンディション確認や,トレーニング前後でデータを比較することで,そのトレーニングが本当に効果があったのか,効果検証にも使用できたりと,データを用いることで選手と指導者の間でこれまで以上に質の高いコミュニケーションが行える可能性が増したと考えられる.またそのような指導を行うことで,選手も自身のパフォーマンスを客観的に見つめ直すことができ,目標とするパフォーマンス達成のために練習で何を重点的に取り組むべきなのか考えるきっかけにもなると考えられる.実際にこれまで導入いただいた学校からも“得られたデータを選手自身が客観的に分析し,目標とする数値を達成するためには何をすべきか,これまで以上に指導者と密にコミュニケーションを取るようになった.”とコメントをいただくなど,センシングデバイスの導入は,新たな評価指標の可視化や練習の効率化など多くのメリットをもたらすと同時に,指導・練習の現場において指導者と選手とを結ぶ新たなコミュニケーションを生み出す可能性を示すことができた.

データ管理画面と出力後のデータ例
図5 データ管理画面と出力後のデータ例

4.日本野球市場のデータ活用普及における課題

本章では,MA-Qを導入した野球チームについて実施したアンケート結果から見えてきた課題について述べる.

まず,MA-Qを使用して普段どおりの練習ができているか,という質問に対しては,56%のチームが少し練習の邪魔になることがあると回答した.この理由としては,部活動では,限られた時間の中で練習を行う必要があるが,計測をすることにより,時間や人手が必要になることもあるため,今まで以上に煩わしさを感じてしまうことが要因であると考えられる.

また,日本のアマチュア野球の現場でのヒアリング結果から,チーム全体の練習メニューやタイムスケジュールは事前に決められていることが多く,普段の練習を阻害してしまう機器は,導入への障壁が高くなってしまうことが分かった.これらの理由から,MA-Qを活用したデータ計測を拡げるためには,スムーズなデータ計測のためのUI改善が必要であると考えられる.

さらに,計測したデータを表計算ソフト等で分析を行っているか,という質問に対しては,MA-Qを導入したチームの半数未満しか分析を行っていないという回答結果となった.加えてデータ分析の要望として,下記の2つが挙げられた.

  • 比較対象となる同世代の平均値データを示してほしい
  • 計測結果を基に,どのような練習をすれば改善ができるか示してほしい

これらの結果から,現状の日本アマチュア野球市場では,MA-Qで得られる球質に関する3項目の見方,そして得られたデータを如何に解釈し,その後どのようにトレーニングに活かせばいいのかが普及しておらず,練習におけるデータ分析,活用にまで至っていないことが分かり,第1章で述べた仮説②について,データに基づいた合理的かつ効率的な指導が普及することを立証するまでには至らなかった.

以上のアンケート結果から,日本野球市場,特にアマチュアの現場では,データ計測の文化構築には,練習を阻害しないシステムにすること,データ分析の文化構築にはデータの見方や改善方法を提案することが重要であると考えられる.

5.日本のアマチュア野球市場への施策案

本章では,まず日本のアマチュア野球市場の現在地をイノベータ理論に照らし合わせた考察について述べる.次に,イノベータ理論に基づいて,日本のアマチュア野球市場に向けたMA-Qによるデータ文化を構築するための施策について述べる.

5.1 イノベータ理論におけるデータ活用文化の現在地

Mooreのイノベータ理論[10][11]によると,技術浸透のライフサイクルは,各時点の売上を連続的につないだ曲線であり,その売上は性質や行動においてそれぞれ異なる5つの顧客カテゴリによって下記の5つに構成される.

  • (1)イノベータ:テクノロジー・マニア
  • (2)アーリー・アドプタ:ビジョナリ
  • (3)アーリー・マジョリティ:実利主義者
  • (4)レイト・マジョリティ:保守派
  • (5)ラガード:懐疑派

図6に示すように,これらの5つの顧客カテゴリのうち,(1)イノベータと(2)アーリー・アドプタが構成する市場は初期市場と呼ばれ,(3)アーリー・マジョリティから(5)ラガードはメインストリーム市場と呼ばれる.(2)アーリー・アドプタの特徴は“ライフサイクルのかなり早い時期に購入し,現在抱えている問題にこのテクノロジーを適用すること”が挙げられる.一方,(3)アーリー・マジョリティの特徴は“テクノロジーに対する姿勢はアーリー・アドプタと共通するが,実用性を重んずること”が挙げられる.

技術浸透のライフサイクルによる5つの顧客カテゴリとキャズム
図6 技術浸透のライフサイクルによる5つの顧客カテゴリとキャズム[10]

以上の特徴より,MA-Qの現在の顧客カテゴリは,アーリー・アドプタとアーリー・マジョリティの両方が考えられるが,前章のアンケート結果から,MA-Qのユーザは,計測したデータを実用するまでには至っていないため,顧客カテゴリはアーリー・アドプタであると考えられる.これらの結果より,イノベータ理論とアンケート結果を照らし合わせると,日本のアマチュア野球市場におけるMA-Qなどを用いたデータ活用文化は,初期市場を開拓している段階だと考えられる.

図6に示すように,初期市場とメインストリーム市場の間には「キャズム」と呼ばれる深い溝があり,MA-Q等を用いたデータ活用文化がメインストリーム市場を開拓するためにはこのキャズムを超える必要がある.キャズムを乗り越える方法として,Mooreは下記の2点を主張している.

  • ターゲットとなる顧客カテゴリーが変わるたびに製品のポジショニングを変更し,製作しなおすこと
  • 本来の製品に各種のサービスや補助的な製品を付け加えて,ホールプロダクトを作り出すこと

ここで,Mooreはホールプロダクトを,“ベンダが顧客に説明する製品の機能と製品が実際に発揮する機能の間には差があり,その差を埋めるために,ベンダ側で各種のサービスや補助的な製品を付け加えられたプロダクト”[10]と説明している.

次に,日本のアマチュア野球界におけるデータ活用文化を初期市場からメインストリーム市場へ移行するために,上記のMooreの主張に沿った施策を提案する.

5.2 ポジショニングをターゲットごとに変える施策

MA-Qをすでに導入しているチームが初期市場のユーザであるとすると,アーリー・アドプタがメインストリーム市場へ橋渡し役(インフルエンサ)となる施策が有効であると考えられる.アーリー・アドプタについては,ユーザがSNS上で情報発信しやすくするために,UI設計の見直しや新しい計測項目を追加していく.また,データ活用する環境が構築されているアメリカ野球の情報を,アーリー・アドプタに提供し,新しい計測項目について関心を持ってもらい,いち早く活用してもらう施策を行う.

メインストリーム市場のユーザに対しては,ユーザが使用したいと思わせる且つ練習の阻害とならないような,ユーザに寄り添ったアナログとディジタルがシームレスに繋がる下記の順番で,5点の施策が考えられる.

  • (1)教本や練習マニュアルの作成:実練習環境でのMA-Qの活用方法や計測項目について分かりやすく説明をまとめた紙ベースの資料により,どのような練習をすれば数値の改善ができるか示すことを目的とする
  • (2)アプリのUIの改善:実練習環境において,スムーズにスマートフォンが操作できることを目的とする
  • (3)各年代の計測値の提示:各人の数値が各世代間の指標と比べて,どのポジションにあるかを知ることにより,目指すべき選手像を示すことを目的とする(図7
  • (4)自己分析シートの作成:各人が計測した結果や現状と今後の課題について記入することにより,次の目標を設定することができる.アマチュア野球では,各人が練習や試合の結果についてノートで記入し振り返ることが一般的であり,練習プロセスと試合結果,計測した数値を同時に紐づけ,各人で次へのアクションを考えさせることを目的とする(図8
  • (5)トレーニングツールとの連携:計測した数値をさらに向上させるために,トレーニングツールの提供やアプリケーション上でのツールレコメンドを行うことを目的とする
各年代の球速と回転数の計測値 MA-Q Webサイトにおける國學院大學 神事努准教授(博士)解説動画より抜粋
図7 各年代の球速と回転数の計測値
MA-Q Webサイトにおける國學院大學 神事努准教授(博士)解説動画より抜粋[12]
MA-Qの計測結果を記入する自己分析シート案
図8 MA-Qの計測結果を記入する自己分析シート案

5.3 製品にサービスや補助的な製品を付け加え,ホールプロダクトを作り出す施策

日本の野球市場には,すでに試合結果を振り返り分析するシステムや,練習風景を動画で撮影し確認共有できるシステムがある.これらのシステムとMA-Qが連携することにより,ユーザは付加価値のあるサービスを受けることが可能になり,ホールプロダクトを作り出すことができると考えられる.このためには複数のステークホルダが連携することが重要であり,MA-Qシステムを連携するためのオープン化も検討している.最終的には,ステークホルダ全体で日本のアマチュア野球市場にデータ活用文化を構築し,練習の革命を起こすことを目指している.

6.本研究の結論

本研究では,自身の球質を計測可能なセンサ内蔵野球ボールを社会実装し,その成果と課題,施策についてまとめた.結果として,球速以外の新たな指標の存在が認知され,日本のアマチュア野球市場における,従来の計測文化を変えることができたと考えられる.一方,アンケート調査結果から,データを分析し指導するといった環境構築までは至っていないことが分かった.そこで,イノベーション理論から,現状の課題を分析し,日本のアマチュア野球市場にデータ活用の文化を広めていく施策案を述べた.

謝辞 本研究にご協力いただいた中学校や高等学校,大学,社会人の野球チームに深謝いたします.

参考文献
  • 1)Alaways, L. W., Mish, S. P., and Hubbard, M. : Identification of Release Conditions and Aerodynamic Forces in Pitched-baseball Trajectories : Experimental Determination of Baseball Spin and Lift, Journal of Applied Biomechanics, Vol.17, pp.63-76 (2001).
  • 2)Jinji, T. and Sakurai, S. : Direction of Spin Axis and Spin Rate of the Pitched Baseball, Sports Biomechanics, Vol.5, pp.197-214 (2006).
  • 3)Higuchi, T., Morohoshi, J., Nagami, T., Nakata, H., and Kanosue, K. : The Effects of Fastball Backspin Rate on Baseball Hitting Accuracy, Journal of Applied Biomechanics, Vol.29, pp.279-284 (2013).
  • 4)Major League Baseball (online) MLB.com : Statcast Leaderboard, http://m.mlb.com/statcast/leaderboard (入手 2020年4月28日)
  • 5)Prep Baseball report : https://www.prepbaseballreport.com/ (入手 2020年4月28日)
  • 6)総務省 令和元年版情報通信白書:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd112120.html (入手 2020年5月25日)
  • 7)金堀哲也,川村 卓,松尾知之,朝岡正雄,山田幸雄,會田 宏:我が国の指導書からみた野球の打撃指導における指導者の着眼点―動作局面における指導対象部位に着目して―,コーチング学研究, Vol.25, pp.149-156 (2012).
  • 8)柴田翔平,鳴尾丈司,加瀬悠人,稲毛正也,山本道治,森 正樹,浦川一雄,廣瀬 圭,神事 努:硬式野球ボール型センサを用いた投球データ解析とその活用方法に関する研究,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018,講演論文集 A-18 (2018).
  • 9)LocKe, E. A. and Bryan, J. F. : Cognitive Aspects of Psychomotor Performance : The Effects of Performance Goals on Level of Performance, Journal of Applied Psychology, Vol.50, pp.286-291 (1966).
  • 10)Moore, G. A. : Crossing the Chasm, HarperBusiness (1991). (川又政治訳:キャズム, 翔泳社, 2002年)
  • 11)酒井博章,河合勝彦:エージェント・ベース・モデルを利用した新製品普及戦略の考察,オイコノミカ,Vol.43-2, pp.1-16 (2006).
  • 12)【MA-Q】投手が投げるボールの球質とは?, https://www.youtube.com/watch?v=NElayrQHrTs (入手2020年5月15日)
柴田翔平(非会員)shshibat@mizuno.co.jp

1988年生.2011年上智大学理工学部物理学科卒業,2018年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了.博士(学術).2013年,ミズノ(株)入社,現在に至る.

加瀬悠人(正会員)ykase@mizuno.co.jp

1990年生.2014年筑波大学情報学群情報科学類卒業.2016年筑波大学大学院システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻博士前期課程修了.同年,ミズノ(株)入社,現在に至る.2017年山下記念研究賞受賞.

稲毛正也(非会員)minamo@mizuno.co.jp

1992年生.2015年岡山大学工学部電気通信系学科卒業.2017年岡山大学大学院自然科学研究科生命医用工学専攻博士前期課程修了.同年,ミズノ(株)入社,現在に至る.

採録決定:2020年6月26日
編集担当:細野 繁(東京工科大学)

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