会誌「情報処理」Vol.61 No.11 (Nov. 2020)「デジタルプラクティスコーナー」

「スポーツテック」特集号について 

相原 伸平1

1国立スポーツ科学センター 

スポーツテックとは

グローバルなスポーツ市場は近年,着実に成長を続けており,スポーツ先進国のアメリカでは,スポーツ市場の規模は約50兆円程度[1]に達していると言われている.

日本においても,政府が掲げる「日本再興戦略2016」で,環境・エネルギー,IoT/人工知能と並び,官民戦略プロジェクトの1つに「スポーツの成長産業化」が挙げられ,2015年に5.5兆円であったスポーツ市場規模を2025年には15.2兆円まで拡大する方向性が示されている[2].

このような流れの中,スポーツ産業を後押しするための施策として,スポーツ(Sports)とテクノロジー(Technology)をかけ合わせたスポーツテック(SportsTech)が,注目を集めている.テクノロジー,特に情報技術は,スポーツにおける競技レベルの向上に貢献するばかりでなく,ファンの獲得やファンのコア化においても有用であり,スポーツ産業の成長には必要不可欠な要素である.

近年は,AIやビッグデータ解析,カメラ,センサ等の技術の発展に伴い,スポーツ分野において,これらの技術が積極的に活かされた事例が数多く報告されている.

たとえば,動画撮影技術の発展により,テニス,野球,サッカー等のスポーツでは,ビデオ判定等が一般的なものになっており[3],より正確な判定が可能になっている.

また,センサの小型化技術により,動作を阻害することなく,運動中のセンシングが可能となっている.多くのメーカから発売されているウェアラブルセンサ機器では,歩数や心拍数の計測,実施した運動の自動識別などが可能である[4].アスリートにとって日々の練習は最も重要なものであり,パフォーマンスを正確に把握することにより,適正なトレーニングを行うことができる.

さらに,ビッグデータ解析は,スポーツ分野にも取り入れられている.すでに多くのプレー中のデータが分析されており,スポーツ専門のデータ分析会社も存在する.サッカーやラグビーを中心に,試合中のパスの動線や選手の位置などを可視化するサービスを提供している[5].

これらに限らず,スポーツ分野に,情報技術を始めとするテクノロジーを適切に掛け合わせることができれば,スポーツテックは,さらに広がっていくだろう.日本で開催される国際的なスポーツイベントを起爆剤として,スポーツ産業が発展していくように,スポーツテックの波も今後ますます加速していくはずだ.

本特集号の論文について

本特集号は,日本国内におけるスポーツテックに対する注目度の上昇ないしは,スポーツの成長産業化の流れを汲み,スポーツ産業における情報技術活用の実例を示すことで,スポーツテック開発に関心を持つ方々にとって,何らかのヒントとなることを願い,企画された.

本特集号は,招待論文5編,招待論文の著者らによる座談会の記事からなる.また,論文誌トランザクションデジタルプラクティスに本特集の投稿記事2編が掲載されている.

採録した論文は次のとおりである.

桝井氏らの招待論文「3Dセンシング・技認識技術による体操採点支援システムの実用化」では,富士通・国際体操連盟・日本体操協会が連携して推進する,体操競技における正確かつ公平な採点の実現を目指した取り組みについて報告しており,採点支援システムが国際体操連盟に正式採用されるまでのプラクティスを論じている.

柴田氏らの招待論文「日本野球市場に練習革命を起こす—センサ内蔵野球ボールを活用した野球指導効率化に向けた取り組みから—」では,球質を計測可能なセンサ内蔵野球ボールを用いた投球データ解析システムの開発について報告している.また,技術的なプラクティスのみならず,アンケート調査結果から,日本のアマチュア野球市場にデータ活用の文化を広めていく施策案について論述している.

木村氏の招待論文「バーチャルリアリティでスポーツ脳を理解し鍛える」では,バーチャルリアリティ(VR)を用いて,スポーツパフォーマンスに関する脳機能を評価したり向上させることを目指した取り組みについて報告している.テニスや野球・ソフトボールにおいて,VRが有するリアリティや自由度などの特徴を活かした活用事例やプラクティスを紹介するとともに,VRシステムが抱える課題や今後の展望を論述している.

髙橋氏らの招待論文「単一慣性センサを用いた競泳指導サポートシステム」では,初級から中級競泳選手の競技力向上を目指し,単一慣性センサから泳法の判定,泳動作の検出,泳動作の良し悪しの評価を実現する技術の開発と実証について報告している.また,作成したシステムの可視性,有効性,信頼性を評価するアンケート調査の結果や,そこから見えてきたトレーニング現場で使用する際の課題について論述している.

桝井氏らの招待論文「カーリングの競技支援を目的とした工学的アプローチによる実証型研究」では,カーリングの戦術・戦略面を支援することを目的に,開発と実証に取り組んできた技術(デジタルスコアブック,ストーンの実時間位置計測,戦術シミュレーション,戦術推論AI,他)について報告している.また,現行技術の課題や次のステップへ向けた取り組みについて論述している.

宍戸氏らの投稿論文「マーカレス3次元骨格位置推定のためのカメラキャリブレーション手法とバドミントン競技映像処理の実践」では,2視点のカメラから撮影された画像情報を利用して,マーカレスで3次元骨格位置を推定する手法を提案している.また,バドミントン競技でのプラクティスに基づいて,カメラ配置の検討,体育館の揺れの問題,パフォーマンス分析における懸念等を考察している.

伊藤氏らの投稿論文「ペナルティーキックの自動方向予測における重要特徴点とゴールキーパーの予測精度向上」では,キッカーの動作データから重要特徴点を抽出し,キー動作を見つけ出し,人間(ゴールキーパー)の動作を新たに支援する方法を提案している.実際のフィールド実験では,ゴールキーパーにその重要特徴点を注視させることで予測精度を向上させることに成功し,提案法の有効性を示している.

これらの論文に加えて,招待論文の著者らによる座談会の内容を記事の形式で掲載している.本座談会は,新型コロナウイルス感染症対策のため,オンライン会議システムを使用して実施し,スポーツテックの可能性や課題についての議論を行った.

本特集号の論文,座談会記事では,産学さまざまな立場から,非常に貴重な示唆に富む知見を共有いただいた.本特集号において価値あるプラクティスを惜しみなく発表いただいた皆様に,謝意を申し上げたい.

この特集号で共有されたプラクティスが,数多くのスポーツテックの実践へとつながり,さらなる知見の共有へとつながっていくこと,そのサイクルがスポーツの成長産業化の一助となることを願っている.

参考文献
相原伸平(正会員)shimpei.aihara@jpnsport.go.jp

(独)日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター スポーツ科学部,研究員.早稲田大学大学院先進理工学研究科修士課程修了.(株)日立製作所中央研究所,研究員を経て,2016年より現職.専門はスポーツ工学.競技スポーツを対象としたITシステムの研究・開発に従事.

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