会誌「情報処理」Vol.61 No.11 (Nov. 2020)「デジタルプラクティスコーナー」

スポーツテック 

参加者:木村聡貴(日本電信電話(株)),柴田翔平(ミズノ(株)),髙橋弘毅(東京都市大学),桝井昇一((株)富士通研究所),桝井文人(北見工業大学) 
司会: 吉野松樹((株)日立製作所),相原伸平(国立スポーツ科学センター)

木村聡貴
木村聡貴(日本電信電話(株))
日本電信電話(株)コミュニケーション科学基礎研究所,主任研究員.2003年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了.博士(学術).人間の感覚運動制御,近年はスポーツスキルの脳情報処理の研究に従事.
柴田翔平
柴田翔平(ミズノ(株))
1988年生. 2011年上智大学理工学部物理学科卒業, 2018年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了.博士(学術).2013年,ミズノ(株)入社, 現在に至る.バイオメカニクス, センサデータ解析に関する研究開発に従事.
髙橋弘毅
髙橋弘毅(東京都市大学)
2005年 新潟大学大学院自然科学研究科博士後期課程 修了.ドイツ マックス・プランク重力物理学研究所(アルバートアインシュタイン研究所)PDなど経て,2013年より長岡技術科学大学大学院工学研究科 情報・経営システム工学専攻 准教授.2020年9月より東京都市大学大学院総合理工学研究科 教授.重力波データ解析手法の研究,信号処理,機械学習,データサイエンスや数理科学などの研究に広く従事.博士(理学).
桝井昇一
桝井昇一((株)富士通研究所)
1982年名大・工・電気卒業.1984年同大学院修士課程了.1990年スタンフォード大・客員研究員.1999年富士通.2006年東工大・博士(工学).2007年東北大電気通信研究所・教授,2012年(株)富士通研究所.現在は3Dセンシング・運動認識にかかわる研究に従事.2004年文部科学大臣表彰研究功績者.現在,同社Gプロジェクト,シニアリサーチエキスパート.
桝井文人
桝井文人(北見工業大学)
1990年岡山大学理学部卒業.北大・博士(工学).沖電気工業,三重大学を経て,2018年北見工業大学情報通信系教授/冬季スポーツ科学研究推進センター長.カーリング情報学の研究に従事するほか,自然言語処理,知識工学,観光情報学にも興味を持つ.
吉野松樹
吉野松樹((株)日立製作所)
(株)日立製作所.IoT・クラウド事業部ミドルウェア本部所属.本会論文誌トランザクションデジタルプラクティス編集委員長,資格制度運営委員会副委員長.本会フェロー.博士(情報科学).
相原伸平
相原伸平(国立スポーツ科学センター)
(独)日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター スポーツ科学部,研究員.早稲田大学大学院先進理工学研究科修士課程修了.(株)日立製作所中央研究所,研究員を経て,2016年より現職.専門はスポーツ工学.競技スポーツを対象としたITシステムの研究・開発に従事.

座談会の趣旨および自己紹介

相原:本日は,新型コロナウイルス感染症への対応として,オンラインでの開催となりましたが,お忙しいところをお集まりいただき,ありがとうございます.本座談会では,招待論文をご投稿いただいた皆様に,論文に書けなかった活動や想い,今後の展望などを,お話しいただき,意見交換していただきたく考えています.

初対面の方々も多いと思いますので,まずは自己紹介をしていただきたいと思います.司会は,本特集号のゲストエディタである相原と,コーディネータである吉野が務めさせていただきます.

私は,国立スポーツ科学センターという日本スポーツの国際競技力向上のための支援,研究に取り組む組織にて,スポーツ工学の研究・開発に携わっております.特に,競技スポーツを対象に,ウェアラブルセンサやカメラ等を用いた分析・評価システムの開発,スポーツの技能評価を目的とした人工知能の研究など,スポーツにおけるIT関連の研究・開発を進めています.

吉野:日立製作所の吉野と申します.デジタルプラクティス誌の創刊時から約10年,編集に携わっております.読者に代わって皆さんにご質問したいと考えています.

相原:続きまして,招待論文の皆さまの自己紹介に移りたいと思います.五十音順にて紹介いただきます.

木村:NTTの木村と申します.本特集号では,「バーチャルリアリティでスポーツ脳を理解し鍛える」というタイトルで執筆させていただきました.

元々は神経科学を専門としており,人間の感覚運動制御,脳の情報処理といった基礎研究に携わっております.最近,そのアウトリーチとしてスポーツ分野に参画させていただいています.したがいまして,最先端のデバイス等を開発する立場ではなく,すでにあるものをうまく利用して,アスリートの脳機能を評価したり,あるいは強化する取り組みを進めています.

NTTでは,スポーツ脳科学プロジェクトと銘打ったプロジェクトを進めていますが,VR以外にも,慣性センサや筋電を用いて評価をするような取り組みもしています.

柴田:ミズノ(株)グローバル研究開発部センシングソリューション開発課に所属しております柴田翔平と申します.本特集号では,「日本野球市場に練習革命を起こす―センサ内蔵野球ボールを活用した野球指導効率化に向けた取り組みから―」というタイトルで執筆させていただきました.

私は学生時代から野球の投球動作の指の研究をしていまして,バイオメカニクスを専門としています.野球の研究を活かせる企業に入社したいということを考え,スポーツメーカであるミズノ(株)に入ったという経緯であります.

入社後は,野球とセンサを組み合わせた商品の研究開発に取り組んでおり,たとえば,硬式球にセンサを内蔵し,投げるだけでボールの回転数,回転軸,速度が分かるという「MA-Q」と呼ばれる製品や,バットのスイングを解析する「ミズノスイングトレーサー」と呼ばれる製品を研究開発して,市場に投入するというようなことを業務として取り組んでいます.

髙橋:髙橋弘毅と申します.本特集号では,「単一慣性センサを用いた競泳指導サポートシステム」というタイトルで執筆させていただきました.

2020年9月から東京都市大学 大学院総合理工学研究科の教授になりました.専門はデータ駆動型科学です.大学院生のときから,重力波物理学・天文学の研究をしています.時系列データ解析が主な専門ですが,大学教員になって,情報数理科学,機械学習,深層学習などの研究も始めました.

私の研究内容は,大きく2つのテーマに分かれています.ビッグデータ解析とオペレーションズリサーチの研究です.今回の特集では,ビッグデータ解析における機械学習を用いた特徴抽出ということでセンサデータを使ってスポーツ支援をするという取り組みに関して論文を書かさせていただきました.

皆さんに,研究対象の分野は全然関係がないように見えるとよく言われますが,共通するのは取得したデータを綿密に解析する手法やソフトウェアを開発して,実際のデータに適用して,その結果を解釈,役立てるという点です.実は,これがデータサイエンスの研究の本質ではないかと思いつつ,研究を進めています.

桝井(昇):富士通研究所の桝井と申します.本特集号では,「3Dセンシング・技認識技術による体操採点支援システムの実用化」というタイトルで執筆させていただきました.

私は,体操競技の3Dセンシングプロジェクトにかかわっています.LiDAR方式の3Dレーザセンサによって取得された3次元点群から,深層学習により選手の骨格を求める3Dセンシング技術と,骨格座標の時系列情報から実施技の特定を行う技認識技術に基づく体操採点支援システムを構築しています.

それが昨年,2019年10月にシュツットガルトで開催された世界選手権において正式採用になりました.見ていらっしゃらない方も多いかもしれませんが,世界選手権のテレビ放送にて,体操採点システムで出力する選手の体の角度が表示された際は,苦労してきたものが報われたという感じがしました.今後は,ほかのスポーツに転用していきたいとも考えています.

桝井(文):北見工業大学の桝井と申します.本特集号では,「カーリングの競技支援を目的とした工学的アプローチによる実証型研究」というタイトルで執筆させていただきました.

私は,知識工学の応用研究に取り組んでいます.大学を卒業後,沖電気工業で機械翻訳のプロジェクトに加わって以降,自然言語処理の研究に取り組んできました.北見工業大学に来たことをきっかけとして,カーリングを研究対象に選びました.

髙橋先生とよく似ていると思っており,研究対象は,スポーツや観光などがありますが,統計的アプローチで多くのデータを解析することで意味のある知識を取り出すということを知識工学の応用研究としてやっています.したがいまして,スポーツ研究の経験が豊富で専門というわけではなく,『カーリングを科学する研究プロジェクト』というものを立ち上げて少しずつ進めています.今秋,北見市に新しいカーリング競技場ができ,そこに研究設備を入れていただくため,これからいろいろな成果を出したいと思っているところです.

相原:皆さまに自己紹介ならびに取り組みを紹介していただきまして,それぞれの立場や取り組みを理解できたかと思います.

スポーツテック開発の経験談

共創の重要性

相原:デジタルプラクティスの読者には,研究者のみならず,情報関連産業の実務の現場にいるエンジニアやマネージャの方々など実務者も多くいらっしゃいます.

基礎研究の成果を実用化される際,ITを日々実務の現場で実践する際,結果や成果は多くの方の目につく機会があると思います.一方,途中で生み出されている創意工夫,利用法,教訓などの大半は,個人の内に蓄積されるか,当人の周囲だけでとどまってしまうことが多いと思います.

今回,スポーツテックをリードする研究・開発を推進されている皆様にお集まりいただきましたので,論文に書ききれなかった苦労話や論文を通じて特に読者に伝えたいことを,それぞれのご経験をもとにお話しいただけないでしょうか.

桝井(昇):我々,昨年,体操採点支援システムが正式採用になり,テレビでも放映されました.取り組むきっかけとして,2016年に国際体操連盟の渡邊会長が,2020年には体操はロボットが採点を付けるかもしれないということをおっしゃられて,我々はそれを真に受けて始めたところがありました.

実際に2017年頃から世界選手権などでデータを取らせていただいて,取ったデータを国際審判の方々に見ていただくことをやってきました.まさに,共創をしながら進め,2019年の初頭に,ようやくできたかなという感じです.

当初は課題が多く,審判の方々は懐疑的な状態でしたので,それをひっくり返すという苦労がありました.特に,どういうデータをお見せしたらいいのかという点で苦心しました.使っていただく方に,有効なツールを提供できるかが重要です.採点支援システムがいかに審判の方の支援になるかをアピールをすることも含めて,それをアピールできる下支えになる技術を開発することは,論文に一言で書けるものではなく,かなり細かい点も含めて苦労がありました.

吉野:一般的なデータサイエンスの案件でも似たような話があり,現場の方がコンピュータやAIに否定的であったものが肯定的に変わるような,フェーズが変わる局目がある気がします.そういうものを,強烈に感じた一瞬はありましたか.

桝井(昇):審判の方は,座って演技を見ていますが,人間なので,選手の裏側は見えません.我々のシステムは,センサを複数台配置して,3D視点で立体的に選手が見えるようになっており,それをワンフレームずつ,事細かに確認できます.採点規則をつくっていらっしゃるコーディネータに見ていただくと,「これはすごい.人の目では,上手い選手も下手な選手も差がないように見える場合があるが,このシステムで選手の動き方が細かに見えることにより,採点で一段階,上のことができる可能性がある」と,お話しいただきました.計測精度が向上し,人が見えること以上を実現できたこと,またそれを示せたことが大きかったと思います.

吉野:ありがとうございます.ほかの皆さんも,似た経験はございますか.

柴田:桝井様のお話に非常に共感する部分があります.我々がセンサを内蔵した野球ボールを出したとき,皆さんもなんとなくイメージがつくと思うのですが,いわゆる野球界の古い考えをお持ちの指導者の方にご紹介すると,計測している数字の意味がよく分からず,そこで話がストップしてしまうケースがありました.

その打開策として,計測している数字の意味,重要性を伝えていく活動というのが非常に重要であると思っております.センシング機器の発達により,いろいろなことが分かるようになりました.最近は,ボールの回転数や回転軸,体の動きなどが,精緻に取れるようになっていますが,なぜ計測することが重要なのか,その数字が示すことは何なのか,を一般の方に分かりやすく伝えていかなければ,普及は難しいということが,実際の市場に投下してみて感じました.

桝井(文):私はカーリングを対象にしますが,カーリングは,戦術性が高くて,そこが理解できると,さらに楽しめるという特徴のあるスポーツです.そういった観点で,私が参加している研究プロジェクトでは,試合のデータを貯めて,それを分析する,あるいはその分析をサポートすることからスタートしました.分析して可視化するということに注目をしてやってきましたが,カーリングの指導者や選手には,「当たり前だよ」などと言われて,なかなか理解されないときもありました.我慢して進めるうちに,少しずつ理解してくださる方々が増えてきたと感じています.

あと,意外だったことは,テレビの実況中継で使いたいとお声がけいただき,もう4年ぐらいは,ショット成功率などのデータをスタッツとして使ってもらっていることです.当初は,まったく意図していなかったが,潜在的なニーズというのは結構あるんだなと実感しました.だから,柴田様が仰ったように,データの見せ方や,どういうふうに理解してもらうかというのが,重要になると思っているところです.

髙橋:我々も,選手になかなか使ってもらえないというところでかなり苦労していました.それはなぜかと言うと,研究者視点からすると,競泳のためのシステムを作っているので,体の動きをすごく細かくデータとして取れればよいと考え,当初は身体のいろいろなところにセンサを多数付けることを計画していました.それに対して,選手からのヒアリングによって「センサが邪魔で練習に集中ができない」ということが明らかになりました.そのため,センサ1つで実現することを選手の方々に提案したところ,肯定的な意見が得られ,1つのセンサを使って競泳の練習をサポートするという研究が動き始めました.やはり,我々としては,使ってもらわないと開発する意味がないと思っていたので,選手からのヒアリングが非常に重要になりました.

ターゲット選定の重要さ,フィードバックの難しさ

吉野:センサで計測し,分析した結果を,どのようにフィードバックをすれば,選手に役立てられるのかという点に興味があります.トップアスリートのみならず,中級者や初級者などさまざまな選手がいると思います.ご意見があれば,お伺いしたいなと思います.いかがでしょうか.

桝井(昇):トップアスリートの感覚というのは物凄く繊細で,我々が頑張って出したものより,さらに上のレベルで感じていたりすることがあります.そこに追いつくのというのはものすごく大変だという気がしています.

意外と市民愛好家や学生レベルの競技者のほうが使ってみたいと興味を持ってもらえることが多いかなと思いますが,皆さんいかがでしょうか.その辺が,すごく辛いところでもある一方で,やりがいを感じるところでもあると思っています.

木村:桝井様が仰られたように,レベル感は重要なポイントであると思っています.たとえば,今回ご紹介しているVRシステムは,競技力を上げたいような中級レベルの人をターゲットとしています.上手くプレーができないとき,その背景にはさまざまな要因があると思われます.たとえば,私たちがターゲットにしたテニスのサーブレシーブにおいては,サーブの球種判断ができなければ当然打ち返せません.あと,体が動かなければやはりできません.それらの要因が明らかになってくると,トレーニングとして何をして良いかが明確になると思い,取り組んでいます.

具体的には,VRは人工的に視覚環境を操作できるため,そうした操作を上手く使って,球種判断ができているのか,体が動けているのか,を切り分けて評価しています.選手は,自分は何ができていないかを気づけるため,今までにない価値が与えられて,モチベーションの向上に繋がると思っています.

ただ,それは中級者のレベルであり,トップアスリートの課題は,練習ではできていることが本番では実力を発揮できない,より精密なコントロールができないなど,少し次元が違う話だと思われます.なので,レベル感,ターゲット感は,非常に重要だと感じています.

吉野:フィードバックは,次の課題かと思いますが,その辺りのトライアルや見通しがございましたらお願いします.

髙橋:我々が,競泳選手にヒアリングしたとき,大きく3つのフィードバックが欲しいという要望がありました.1つは,練習している最中に,ストロークの良し悪しをリアルタイムにフィードバックしてほしいというものでした.先行研究では,ゴーグルにLEDを付けて,良かったら緑に,悪かったら赤に光らせるなどがあります.

2つ目は,練習を終えて,25mや50mを泳いだ後に,自分の泳ぎを確認したいというものです.これはコーチや選手がタブレットを持って,そこに練習の評価を表示させることによるフィードバックを考えています.今回の特集論文に書かせていただいきましたがプロトタイプシステムとして実現できています.

最後は,たとえば,1週間前や1カ月前にどういう泳ぎをしたのかというのを調べたいという要望がありました.これは,各練習ごとのデータやフィードバックのデータをデータベースに蓄積していけば実現可能かと考えています.

フィードバックについては,より良い方法の検討やユーザインタフェース設計を,実施していく必要があると思っています.

ターゲットに関しては,議論があったとおり,トップアスリートは,感覚的なところが非常に重要であることは,我々のヒアリングからも分かっています.トップアスリートを支援することは非常に重要なことですが,今後も日本の競泳が世界トップレベルを維持していくためには,中級者や初級者の裾野を広げるという点も,非常に重要かと思っています.我々は中級者や初級者の選手層の競技力向上を目指して,そこをターゲットとしてシステムを開発しています.

相原:私も裾野を広げる意味で,スポーツテックは非常に重要であると思っています.私はトップアスリートを対象にシステム開発をしているため,対象となるコーチや選手は,比較的限られています.しかし,裾野を広げていくと,コーチや選手は数多くおられ,十人十色な指導方法やデータの解釈があるため,フィードバックが非常に難しいと感じています.実際に,中級者や初級者を対象にシステム作られる上で,意識されていることはありますか.

髙橋:幸い,競泳に関しては,大学に水泳部,地域にスポーツクラブや水泳教室がありますので,さまざまな人からの意見を聞くことができています.何かをやろうとする前に必ずヒアリングをするようにしています.それが,システム開発に一番効果的な気がします.

柴田:一般層でも,複数のタイプがあると思います.論文にも書かせていただきましたが,たとえば,データを重要視していて,今の練習を変えたいと思っているイノベータと呼ばれるような方もいれば,旧態依然とした練習で今の練習を全然変える必要はない,今の練習で十分だと思っているマジョリティと呼ばれるような方もいます.その場合,イノベーションを起こすために必要なこととして,イノベータから順番に段階を経て支持を広げていくことが重要であるという理論が研究等で報告されております.その理論に則って,我々も今,戦略を練っています.イノベータは我々の商品「MA-Q」を購入してくれていますが,それ以降のアーリーアドプタと呼ばれるような方々,マジョリティと呼ばれる方々が,まだ様子を見ているような状況であると考えています.そういった層にも刺さるような,そういった層の方も分かりやすいと感じる見せ方やフィードバックが,やはり重要かと考えています.

桝井(文):私のプロジェクトで実用性が確認できているものの1つとして,デジタルスコアブックと呼んでいる,カーリングの試合展開を記録できるタブレットのアプリケーションがあります.これは,トップチームから市民のチームまで使ってもらっていますが,使い方が違うというのはすごく感じています.トップチームは,単にデータとして確認するとう使い方が中心で,市民チームや一般の選手では,自己の振り返りや他者との比較によるモチベーションの維持,向上としての使い方が中心です.

中級者以下に対してどうアプローチするかという意味では,アプリケーションの使い方の講習会を開催して,日常的に使ってもらえるようにしてもらう取り組みをしています.

木村:桝井先生のお話にすごく共感します.論文とは別に,慣性センサを使って,スキーのターンを特徴化する研究をやっているのですが,中級者をターゲットにするときは,上手い人と下手な人の比較といった見せ方を想定しています.

一方で,上級者は,そういう次元にいないため,自分の感覚とどうマッチしているかをターゲットとして,状態がなるべく直感的に分かるようなフィードバックを想定しています.具体的には,音を用いて,運動の状態だけを伝えて,後は選手に判断してもらうといったことです.自分の感覚と合っているのか,合っていないのかの判断を選手自身に行ってもらいます.使っている機械は一緒で,同じものを解析していますが,出し方を変えることを試みています.

相原:体操採点支援システムで作られた技術というのは,トップアスリートのトレーニング,さらには中級者や初級者への展開も非常に可能性があると思われますが,展望はございますか.

桝井(昇):もちろん,あります.実際に,十代前半の若い選手やこれから体操を本格的にやるという方とも,競技会を開催して,採点をさせていただくことをやっています.基本的には,トップアスリートと同じレベルで評価,採点をしますが,それが中級者以下の選手にどういう影響を及ぼすかというようなことを目のあたりにしています.たとえば,国際体操審判の資格を持つ方は,「体の角度が1度刻みで出てくるため,簡単な技であっても,日頃からそういったところを意識して丁寧に技をやらないと駄目だ」と仰っていました.システムを使うことで,現状のトレーニングの形が変わる可能性も感じています.

木村:少し違う観点で,気にしているポイントがあります.個性,個人の特性です.上手い下手はそもそも個性であり,イチロー選手みたいなアベレージバッターに向いているタイプのバッターもいれば,松井選手みたいなホームランバッターに向いているタイプのバッターもいるわけです.コーチが自分の経験をもとに指導をした場合,タイプと合わないと不幸な状況が生じる可能性があるため,そうした個性の評価のベースがあるとよいと思います.フィジカル的な体力テストはありますが,スキルレベルの特性が評価できると,より柔軟に選手の特徴を見極められると思います.それこそ国立スポーツ科学センターを中心し,このあたりが体系化されてくると,新しいコーチングに繋がるのではないかなと思っています. 我々も重要であると考え,取り組んでいます.

相原:我々の組織ですと,フィットネスチェックやメディカルチェックに関しては,ジュニアアスリートからトップアスリートまで実施しており,データが蓄積され体系化されつつあります.しかし,スキルレベルの評価を統一的,体系的に行うことは現状できていませんので,今後の課題として,多くの先生方と連携して進めていけたらよいと思っています.

スポーツ分野におけるIT利活用の実態

相原:新型コロナウイルス感染症は,世界的な問題となっています.スポーツ分野においても,トレーニングの中止や制限が生じてきているとは思われます.スポーツテックに関しても,ニーズや重要性の変化があるかもしれません.

たとえば,今回の座談会もオンライン会議システムを用いて開催しているように,一般社会でもオンラインでのコミュニケーションが増加していると思います.スポーツの世界でも選手とコーチが直接会えない,チーム練習ができないといった状況生じ得ると思うのですが,スポーツテックが関与できる可能性はございますか.

柴田:確かに,野球界でもオンライン化が徐々に進んでいるというのを,ヒアリングや市場調査をして感じております.Zoomを使ったチームミーティングを行っている野球部だったり,オンライン指導をトライアル的に行っている学校もあります.「MA-Q」を使ったオンライン指導も,今後は検討していきたいと考えています.

一方で,野球界で本当にデジタル化が進んでいるかというと,やはりまだまだです.ノートに記載する練習日誌を回覧しているといった,紙文化はいまだに残っています.逆に,こういった文化を大切にしているというようなコメントもあるため,少しずつ段階を経てデジタル化にシフトしていくことを考えています.たとえば,「MA-Q」で測った数字を練習日誌に写すなど,数字に対する理解を深めるための働きかけが必要であると考えています.

髙橋:全然違うミーティングで,小学生が新型コロナウイルスの影響で登校できないため,家からどうやって先生とコミュニケーションを取るのがよいかを議論しました.最近,小学校ですとタブレット端末を一人一台持っていたりします.

それに関連しますが,ディジタル世代の選手と,アナログ世代のコーチとのコミュニケーションの違いは,何か問題になってきそうな気がします.

相原:トップアスリートに関して,ITリテラシーは上がってきていると思います.特に,若い選手ほど,データに対する興味関心が高く,それを自身の練習や取り組みに取り入れる傾向があると感じています.

ただ,トップアスリートは,育った環境もバラバラで,年齢層も幅広くなるため,経験や勘でやってきた選手と,ITに触れてきた選手では感覚が違う可能性はあります.そこも個性だと思って,個人であれば活かしていく,チームであれば上手く融合させていくことが重要かと思います.

桝井(文):指導者は,かつての名選手やトップアスリートであった方が多いですが,自分自身の経験をベースに自分の言葉で話されることが割と多いです.一方,若い選手は,いろいろなアプリを使用したり,データを見たりしているため,「ここの部分をこのぐらいの角度にすることだね」,「蹴りをこれぐらい強くすることだね」というような理解の仕方をする人が,少しずつ増えている気がしています.そういう人たちが今度,指導側にまわったとき,新しい指導に繋がっていく可能性はあると思いました.

柴田:我々の経験として,データに対する関心があり,ITリテラシーの高い選手は,数字のみをフィードバックしてもある程度理解して,自分なりに咀嚼して,行動変容できる方が多いです.ただ,数字にそこまで強くない方にフィードバックする場合には,「あなたの回転軸の角度は30度ですよ」と言うよりも,ボールが回っているCGを見せたほうがご理解いただけます.

ですので,センシングしている結果が同じだとしても,その見せ方を変えることで,当事者の受けとり方も変わるため,普及のために見せ方を変えることも1つの手かと思っています.

桝井(昇):我々は,体操の審判の方にデータをお見せしますが,パソコンをまったく使ったことがないという方もいらっしゃるので,UIにはかなり気を遣って,簡単な操作を心がけています.選手は確かにITリテラシーが高まっていますが,審判やコーチの方は必ずしもそうではないことがありますので,コーチと選手のコミュニケーションをサポートするツールというのは重要かなと思います.

相原:少し話題が変わりますが,新型コロナの影響で,サラリーマンの在宅ワークが進んでいます.スポーツもVRを用いて,在宅でトレーニングができる世界が実現されないかなと期待しています.そういうものが実現できる可能性を教えていただけますか.

木村:まさに,そういうことを目指したいと元々思っていました.新型コロナの観点でお話しすると,フィジカルは外でのトレーニングができずに,落ちる部分がありますが,頭のトレーニングはどこでもできます.そういう意味で,野球のVRシステムは,バッターに,ピッチャーの投球モーションあるいは軌道を見せるシステムであり,イメージトレーニングに使っている事例もあります.また,ソフトボールは,昨年からストライクゾーンが変更になりましたが,審判の方が確認するためにVRシステムを使用しています.

やはり,新型コロナがきっかけになって,VRの開発・活用が進むのではないかと思っています.脳の機能に興味がある我々の立場からすると,脳を刺激するトレーニングの1つとして,VRは良いツールになり得ると思っています.

スポーツ分野における異分野連携

髙橋:本日参加されている先生方は,ご自身の専門とは違って,スポーツテックをやられている方が多い印象を受けました.スポーツ分野の専門家やコーチ,選手と一緒に,議論して研究を進め,形にしていくのということは,とても面白いと思っています.こういう異分野交流から生まれる研究・開発を,先生方はどう思われていますか.また,異分野からのスポーツ分野への参入というのは敷居が高いものなのでしょうか.

相原:私も元々の専門はスポーツ工学ではありませんでした.前職の日立製作所では,ヘルスケア向けウェアラブルデバイスの研究開発をしており,その応用先としてスポーツ分野があり,次第にスポーツ工学の研究が主となってきました.

私の周囲のスポーツ分野で活躍されている先生や技術者も,異分野から参画された,または,参画されている方は非常に多いです.スポーツ分野を専門にした者からすると,さまざまなバックグラウンドや専門を持たれる先生に参画いただけることは大変ありがたい,と実感しています.スポーツ科学の専門家は,スポーツ分野において必要ですが,システムを開発し,評価,フィードバックするためには,工学,情報科学等の先生や技術者の協力が必要です.スポーツテックがより発展していくためには,スポーツ科学と異分野が連携していくことが,重要だと思っています.

桝井(文):大学でスポーツ科学研究推進センターのセンター長という立場もありますが,その立場からすると,スポーツを研究対象にすることは,非常に学際的だと思います.1つのテーマをやろうとしても,学問の一分野だけでは解決できそうにないものばかりであり,さまざまな分野の人が参入すれば,いろいろがことができます.私の立場からすると,もっとかかわってもらわなければ,やりたいことができないという感覚はあります.

柴田:私もオープン化がこの業界は必要だと思っています.特に,我々の商品を例にあげると,センサ内蔵野球ボールの開発を考えたときに,ミズノは100年以上,野球ボールを作っているので,野球ボールのノウハウはありました.ただ,センサのノウハウが当時なかったので,この商品を開発するにあたり,センサメーカやアプリメーカなどの知見を融合させて,初めて商品化ができたと思っています.

今後は「MA-Q」という商品を,他のシステムへつなげることが可能な仕組みの構築なども考えています.オープン化,オープンイノベーションが今後,イノベーションを普及させるために必要だと考えています.

木村:私もコラボレーションはすごく重要だと思っています.私たちのチームは,基本的に基礎研究から入ってきた研究者ばかりで,エンジニアはほとんどいないため,物が作れません.エンジニアリングなしでは成り立たなく,コラボレーションをしながらやっています.

吉野:スポーツテックにおける技術的要素としては,センサ技術,センサから上がってきた情報の解析技術,フィードバックのためのビジュアライゼーション技術などが挙げられると思います.まだ足りていない技術や物がありましたら,お話いただければ,読者に技術を持っている人や組織がいるかもしれません.そういうものがあったらお聞かせ願えればと思います.

髙橋:競泳のサポートシステムの話でいうと,水中で無線通信ができるセンサというのは,さまざまなメーカで開発を進めてもらっていますが,50mほどの長距離は難しいと聞いています.この辺りが解決できれば,発展性があると思っています.僕は,信号処理は得意ですが,デバイス開発はかなり敷居が高い部分です.もし読者の方で,興味がある方がいればコラボレーションさせていただけると非常に嬉しいです.

桝井(文):カーリングはマイナースポーツなので,裾野を広げていくということに貢献するということが重要で,そのためにエンタテインメントも意識すべきと思っています.カーリングのストーンをリアルタイムで計測することをやっていますが,プロジェクションマッピングを使った可視化や,遠隔地でも再現することをできないかと検討しています.しかし,3Dの可視化技術やレーザー技術に関して,我々は知識がないので,なかなか敷居が高いなと思っているわけです.一見,関係なさそうに見える,そういった分野の方々も何か協力していただけると一気に進みそうな気がしています.

柴田:センサの商品を出すと,初めは使っていただけますが,だんだん飽きてしまうユーザもいらっしゃいます.飽きさせないという視点でゲーミフィケーション理論があると思いますが,今後はそういった異分野とコラボレーションし,継続性を高めていきたいと思っています.

吉野:情報技術を実際に応用する際,新たな知見や工夫があるため,何らかの形で残していける仕掛けがあったらよいと思い,デジタルプラクティス誌の発刊を始めました.今回,お話を聞いてみると,スポーツテックは1つのその象徴であると感じました.スポーツ科学をはじめとするさまざまな科学があり,それに情報技術が追いつき,それらが融合されることで,面白いこと,役に立つことができていることを学びました.非常に良い特集になったと思います.

相原:大変有意義な時間となりました.貴重なお話の数々,ありがとうございました.

 

2020年7月9日 オンラインにて