企業活動において特許調査は必要不可欠であり,
などの目的で大きなコストを掛けて実施される.一方で特許出願数は年々増加しており,全世界での登録特許数の数は1千万件を超え,年間の特許出願数は300万件を超える☆1.そのため特許調査のコストは今後ますます増加することが予想される.
従来の特許調査では,企業の知財部や外部の弁理士などに依頼する場合と,研究者や開発者自らが特許検索サービスを利用して実施する場合がほとんどである.前者の場合,調査を実施する人間(知財部,弁理士)は調査対象の研究内容や特許内容の研究者ではないため,依頼者が彼らに技術のポイントやその背景を的確に伝えるのは容易ではない.また,調査結果が妥当であるかを判断するには,結局のところ依頼者が詳細を見て検討する必要がある.では後者のように最初から研究者自身が調査すればよいかというと,特許文書の独特の文体は慣れないうちは理解し難く,また新規性や進歩性を考慮した調査を行うためにはIPC☆2やFターム☆3などの特許専門の管理体系に従って検索式を構築する必要があるなど,学習コストが高く時間のかかる作業となっている[1].
このような背景の中,近年のAIブームの流れ[2]もあり,機械学習や自動化ツールを利用して特許調査にかかる人間の手間を削減したいという要望が高まっている[3],[4].そこで我々は,検索式の構築などが不要で特許調査の特別なスキルを必要としない特許調査システム「AI Samurai」(以下AIS)を開発している.AISは特許の請求項や要約などの自由記述によるテキストからシステムが自動的に検索式を構築し,類似個所の指摘までを一気通貫で行うAI型の特許調査サービスである.基本機能である類似文献の抽出精度は定量評価により品質を確保しており[5],社内外の弁理士や導入済み企業からのフィードバックでは,その分析精度や使用感において一定の評価を得ている.しかしながら,より多くの企業への導入を目指して活動をする中,AI型であるがゆえの「普及の障壁」があることが分かってきた.本稿では,特に知財業界におけるAI型サービスを普及させる際の障壁について我々が直面した例を挙げ,その打開策を紹介する.
現状の特許調査では主に以下のような手順が必要であり,企業や発明者にとって負担となっている.
1~3の作業はトライ&エラー的に複数回実施しされるのが一般的で,何回かのスクリーニングを経て最終的な類似文献を抽出する(図1左).
これらの手続きは研究者または開発者自身が行う場合もあれば,企業の知財部門や外部の特許事務所に委託されて実施される場合もある.特許は請求項や実施の形態などが独特の書かれ方をされているばかりか,特許分類の体系などが複雑であり,特許調査ではWeb検索などとは異なるスキルが求められる.そのため,特許に不慣れな研究者では十分な調査を行えず,またその作業が研究者の負担にもなる.一方,知財部門や外部の特許事務所に調査依頼を行う場合,調査する人間は特許自体には詳しいが発明内容に関しても詳しいとは限らない.特に先進的な研究を行っている場合などは技術内容を調査担当者に伝達するのが難しい.また,単純に委託費用が高額になるという問題もある.
前述の問題を解決するサービスとして,弊社☆4はAISを開発している.AISは特許検索および発明評価サービスであり,発明者の特許調査の負担軽減と高品質な調査を支援することで,優れた発明の創出を加速させ,産業の発展に貢献することを目的としている.
AISは図1のように,特許調査におけるほとんどの作業を自動化することで人の負担を軽減するものであり,システム概要は図2のとおりである.発明の概要や請求項の内容をテキストとしてそのまま入力することで,技術的に関連する先行特許を検索し,どの程度特許性があるかまでを自動で評価してくれるWebアプリケーションとなっている.入力テキストをシステムが自動的に構成要素に分割し,キーワード抽出,類似特許検索を行い,構成要素ごとに類似特許との該非判定を行う.最終的にクレームチャートとして出力され,特許性があるかどうか,その目安を示してくれる.図3はAISが出力するクレームチャートの例である.一番左の列は調査対象の発明内容を構成要素単位で分割した文章で,右の3列は類似特許文献において上記構成要素と類似していると判定された個所を表している.チャート上では重要な合致語句を表示しているが,マウスでクリックすることで詳細を閲覧することができる.調査結果は履歴としてサーバに保管され,条件を変えて再調査したり,時間をおいて再実施することなどが可能である(図4).企業の管理者は,部下の調査結果をまとめて把握することができ,自社の調査動向の分析なども行える.
また,発明内容に特許性がある場合を良しとする観点から,調査結果で近い類似文献が見つからなかったときはA判定,見つかったときはD判定となり,類似程度によりA,B,C,Dの4段階で判定結果を出している.ユーザはこの判定結果を見て,発明内容の良し悪しについて感触を知ることができる.
AISはすでに60社以上に導入されており,担当者からのフィードバックおよび製品説明会や体験会を通してのアンケート結果を元にシステムの改善を行っている.また,各企業ごとにどのような使い方が効果的なのかを検討し,マニュアルや製品資料に反映して効率的な営業活動を進めている.
AISを導入することで,主に次のようなメリットがあると我々は考えている.
まず,直感的に操作可能なUIでストレスなく調査でき,過去の履歴が一覧できることで利用者の負担を軽減できる.次に,半自動的に調査できるため,誰でも一定の水準以上の調査結果を得ることができる.特に工夫などせず,シンプルな入力でデフォルトのまま検索した場合でも,検索結果の類似文献上位100件中に該当文書が含まれている確率(再現率)は40%〜50%,MAP☆5も0.18以上を達成している.これは他社の検索ツールと比較しても遜色ないレベルであり[6][7],簡単な検索条件の工夫でもっと高精度な調査も可能である.
最後に,検索速度が十分速く,検索式の構築なども不要なため圧倒的に調査時間を短縮可能である.3人の弁理士による評価実験では,平均9.5時間必要だった先行技術調査のタスクを1.2時間にまで短縮することが出来た.各作業項目での作業時間の変化は図5のとおりである.特に時間のかかる検索式の策定とレビュー時間を大幅に短縮することが可能となっていることが大きい[8].
AISはβ版を限定的に販売した後,正規版として広く販売活動を展開したが,2.2節で示したようなメリットがあるにもかかわらず,β版以上の契約数を得られなかった.正規版として契約を取れたのは同じ販売期間(約3カ月)で比較してβ版の契約数の半数以下に留まった.もちろん販売活動において何らかの問題が存在したとも考えられるが,製品の機能は向上しており,価格も大きく変わったわけではないため,導入する企業側にも何らかの障壁があるのではないかと考えられる.次節以降では,顧客アンケートやインタビューを通して明確となった,AIS導入に対する障壁を説明する.
新しい特許検索システムを企業や特許事務所に導入する典型的なフローは,それらの知財部門による評価結果を元にコストとの兼ね合いで決済者が判断するというものである.この評価は弁理士などの特許調査のスペシャリストが実施することがほとんどで,1つ目の導入障壁が存在するポイントである.
導入に難色を示した企業でよく行われていた評価方法は,「過去実施した特許調査を再現できるか」というもので,あらかじめ答えとなる類似文献を評価者が持っており,同じ文献を取得できるかという評価方法である.この評価において,評価者がAISに寛容か否かで反応は以下の2パターンある.
容易に推測できるように,最終的に導入されないのは後者の場合である.導入に至らなかった企業での評価結果を精査すると,確かに類似文献すら取得できなかった場合もあるが,十分類似すると考えられる文献を見つけられている場合も多かった.そもそも後者のようなスタンスで評価するのは,最初から導入に反対もしくは消極的であるために,あえて難しいタスクを設定しているのではないかとさえ思われる.導入検討者は,なぜこのような評価方法を取ろうとするのであろうか.
前述のような反応は,特に特許調査のスペシャリストに多い.一見ホワイトボックスのように見える従来の特許調査に慣れた人間にとって,AISがある種ブラックボックスのように見えることが一因であると我々は考えている.従来の検索ツールでは,IPCやFタームなどによるフィルタや,自分で定めた特殊なキーワードによる絞り込みを行い,それぞれの段階での該当文献数を追いかけていくことができる.少しずつ件数を減らしていくことで,目的地に近づいている実感が得られるのである.その過程を踏まずに結果だけが得られると,本当に正しい結果なのかという判断をするのが難しい.
AISを利用している弁理士へのインタビューでは,「AISでD判定(類似性の高い文献を検出)が出ると安心する」,「A判定の時は別の検索ツールで再度確認する」という声があった.D判定の時は抽出された数件の文献をチェックすれば,確かに類似文献があるのでそれ以上の調査は必要なく,逆にA判定のときはシステムの精度を信用できないということである.導入検討した企業やイベントでの体験者からのアンケートでも「検索スキルを持っている人はA判定が出たときにそのまま結果を受け入れることはない」という意見が多く挙がった.特許文献は日本の特許だけでも,登録・公報を合わせれば2千万件以上あるビッグデータであり,最終結果だけを見て「もっと良い探し方をすれば類似する文献が存在するのではないか」という疑念を晴らすのは難しい.また実際に,A判定が出た場合に検索条件を少し変えることでより良い結果が得られるケースがあるというアンケート結果もある.しかしこれは利用者側がシステムを受け入れてうまく使ってくれたという例であり,この場合は利用者の不満も少ない.ここでの課題は,システムとして精度改善が必要であるというのはもちろんあるがここでは置いておくことにして,利用者側の対応次第でシステムに対する評価が異なってくるということである.
このようなA判定が出た時に利用者が感じる不安について,以下のように分類できる.
1については,どこまで利用者にシステムの特徴を理解してもらえるか,システムを気に入ってもらって試行錯誤してもらえるか,にかかっている.入力文を変更したり,その他の条件を利用者が工夫しやすくなるよう,製品側のUIの洗練や条件変更による検索結果の変化をわかりやすくするなどで利用者にアプローチできると我々は考えている.この点については4.1節で説明する.一方,2および3に関しては,利用者が考える精度とは何かということを考えなければならない.
利用者アンケートや特許事務所へのインタビューから得られる体感として,彼らが信頼する「精度」とは「専門家が時間と知識を費やした事実」のこと,というのがある.「専門家」であることは重要で,弁理士や特許事務所などの肩書を持った人間が長時間頑張ったのであるから信じられるということである.つまり,ここでの「精度」は次のように2つに分解することができる.1つは「権威者」が検索したこと,もう1つは「何回も」検索したことである.「権威者」に関しては,AIにも専門家と等しい権威を与えられれば利用者に納得感を得られる可能性はある.実績や精度評価の結果を明示していくことが肝要だと考えられる.一方で「何回も」という点についてはシステム上での工夫が必要となる.実際にはシステム内では「何回も」検索しているが,それをユーザに体感させられれば,この点についても納得感が得られるのではないだろうか.ただし,利用者自身に本当に何回もAIS上で検索させるというのでは従来の検索システムと変わらず,時間もかかってしまうため意味がない.この点に対するアプローチは,4.2節で説明する.
ほかにも導入検討者がAIシステムの導入やその評価に対して消極的になる場合がある.次節とも関連するが,企業側の導入目的が専門家の置換にあり,その可能性を検討しようとしている場合である.昨今のAIブームにより,AIによって仕事が奪われるといった漠然とした不安が程度の差はあるにせよ調査の現場にも存在する.これと相まって,AISの評価を現在の彼らの仕事に利用してその有用性を測ろうとするよりは,過去の自分たちの調査結果とまったく同じ結果を出せるか否かをチェックし,その不可能性をもってAISを導入する価値のないものとして判断しようというものである.AISは検索精度ももちろん高精度なものを目指して開発しているが,どちらかというと業務の効率化や特許調査に不慣れであっても一定以上の精度を出せることに重きを置いており,評価時点ではあえて書誌情報などを検索条件に含めないようにしていた☆6.そのため,書誌情報やAND検索,NOT検索などを駆使する従来の検索ツールと同じ検索の仕方で同じ結果を出そうとする行為には,再現性において不利である.
「専門家 vs. AI」という対立構造を企業内の評価段階で招いてしまったことが問題であり,本来,専門家によってうまくシステムを利用してもらうことがAISの存在意義である.このような,AIがすべての調査作業に取って代わるかのような誤解を招かないためには,専門家の知識がシステムにとって役に立つものであることを示していく必要があると考えている.このアプローチについては4.3節で説明する.
AIシステムの導入にあたって組織的な障壁も存在する.導入にモチベーションを持っている人間と導入前の評価をする人間で,システムに対して期待することが異なっている場合である.
表1は現在利用している特許検索ツールに対して持っている不満について,アンケートを取った結果である.アンケートはイベント来場者178名に対して実施し,有効回答者数は109名である.回答は複数回答を許可しており,数値は項目ごとに集計した数の全体からの割合を示す.「決済権限あり」(以下A群)は役員や部長など大きな決済権限を持っている人,「決済権限なし」(以下B群)は調査員や弁理士など大きな決済権限を持っていない人の回答の集計である.営業活動の感触では,業務効率化のためのAIシステム導入にモチベーションを持っているのは,A群の方が圧倒的に多い.
集計結果を考察すると,両群とも操作性に関する不満がトップとなっているが,A群がオプション機能やカスタマイズ性の低さ,調査機能の不足などに関心があるのに対して,B群では検索に時間がかかることや検索精度に対する不満が高くなっている.また,B群では検索式構築や入力形式など,実作業に関する細かい不満もいくつか挙がっていることが分かる.その他の項目については,おおむね似たような傾向となっている.
次に,「AISに対して期待するポイント」についてアンケートを取った結果を回答者の役職別に表2に示す.回答者はAIS導入済み企業,検討中の企業を含む.いずれの役職でも特許調査の時短化に期待が高いのは同じであるが,経営者や部門決裁者は知財戦略の立案支援や研究開発の支援など,創造的な要素をAISに期待している一方で,部門責任者は先行技術調査の平易化や時短化など,実務に関連した要素に期待が高いことが分かる.
このように,経営者や決済権限保有者と特別の権限のない実務者ではAIシステムに対して求めていることが異なる.しかしシステムを導入するフローとしては,経営者や決済権限保有者が導入検討を指示し,実務者がシステムの評価を行うことになる.そのため,決済権限保有者が有用と考えるはずのシステムのメリットが評価者から決済権限保有者へうまく伝わらず,評価後の購入段階において,組織内で費用に対するシステムの価値が明確にならない.結果,購入に至らないのではないかと考えられる.この組織上の障壁に対するアプローチは4.4節で説明する.
本章では第3章で説明した各障壁に対する,AI Samurai社の施策について説明する.
AISのUIで特徴的なのは,AI Samuraiロボ(以下AISロボ)としてサービス画面の左側に,大きくキャラクタを配置していることである(図4左部).AISのブランディングとして,AISロボがAISのAI部分を担っているかのように設定している.サービス上でもAISロボは利用者のアクションに対してにアニメーションにより反応し,アピールする.これは利用者にAISに対して愛着を持ってもらうための施策であり,よくわからない「AI」ではなく,まずは愛らしい「AISロボ」に愛着を持ってもらうことが狙いである.その上で,入力UIや結果UIにも信頼を得るための工夫を取り入れている.
AISでは検索のため発明内容を文章として入力するが,その文章の構造により検索結果も異なる.これは発明内容の構成要素単位で類似文献を検索し,該当判定を分析しているためで,フラットな文章を入力されてもAIS内で自動的に構成要素に分割されるが,利用者自ら分割するほうが最終的な分析精度は向上する.この分割の試行錯誤を容易に行えるようにするため,「エレメントカッター」と呼んでいる機能を提供している(図6).これは文章の上をクリックすることで構成要素の分割・再結合をGUI上で簡単に行えるようにしたものである.クリック時にあたかも刀が文章をカットするようなアニメーションを発生させることで,利用者にある種の娯楽的モチベーションを与えていると同時に,利用者がAISロボとの協力関係にあることを演出している.侍をモチーフとしているAISロボの刀を利用者にコントロールさせることで,AI自体もコントロール可能であると認識してもらう.また,付随的な効果として,既存の特許検索ツールは如何にも業務システムという無難なUIになっていることが多いため,このような遊びを入れることで利用者の入力ストレスを軽減するのに役立っている.
入力UIの工夫で検索精度を上げることもできる.AISではどうやって検索式を作ればよいか分からない利用者に対して入力のハードルを下げるため,請求項だけの入力で簡単に検索を行えるようシステム開発を行っているが,請求項のような発明内容だけで高精度に類似文献を検索するのは難しい場合もある.たとえば,一般に特許の明細書には「実施の形態」という項目があり,請求項の内容の具体的な実装方法や実現方法などが詳細に説明されるが,ここにしか書かれない文章が類似文献検索には重要である場合も多い.
そこで請求項を補完するような,より具体的な情報を入力してもらうため,「技術分野に関するキーワード」や「技術的特徴に関するキーワード」を入力可能なフィールドとして追加した.これらに入力されたテキストは,同じテキストを発明内容の一部として入力された場合とシステムの内部的には大きな差はないが,あえて特定の入力項目名を付けておくことで利用者への気付きとなり,利用者の積極的な入力を促すことができる.これにより類似文献を探すためのヒントが増え,利用者の体感的にも検索精度が上がっているとの報告を受けている.
分析結果についてもできるだけ透明化を図っている.クレームチャート左部の構成要素に対して,各類似文献ごとのセルにマウスカーソルを置くことでその類似文献内で特に合致していると思われる周辺文章を上部に表示できるようにした(図7).各構成要素ごとにチェックできるため,分析結果に対して納得感が得られるようになり,導入前のトライアルや営業時に好評を得るようになった.特に知財業界で長く経験を積んできた人たちにとって,細かいところを自分でチェックするというのは当然のことであり,「見る必要はないが,見ることもできる」というのは安心感につながっているように思われる.
特許検索に限らず,検索タスクにおいて1回の検索だけで求める結果を得るというのは難しい.専門家による既存の特許検索ツールを使った現状の特許調査でも,検索式を修正しながら複数回の検索を行っている.この「複数回の検索」を容易に,しかもより類似する文献を探せるようにすることで,専門家による繊細な調査に応えることができる.
図8に利用者によるフィードバックが可能な分析結果画面を示す.クレームチャートの各セルには図9に示した評価ボタンが設置されている.利用者はこのボタンをクリックすることで評価を切り替えることができ,各セルごとに分析結果が正しいのか誤っているのかをシステムにフィードバックできる.クレームチャート全体を評価後,画面下部にある「リトライ」ボタンをクリックすると,フィードバックを反映して再検索が行われる.評価を行った上でさらに発明内容を修正して検索することも可能である(「編集」ボタン).分析結果画面から直接次の検索につながるようになっており,調査履歴の過去の分析結果からもいつでも再検索を行える.この機能により専門家が納得いくまで調査できるようになり,利用者の調査欲求に応えられるようになった.
4.1節と4.2節の施策により,AISと専門家の協力構造をある程度構築できてきたが,より専門的な知識を利用する余地がある方が専門家自身のこれまで培ってきたスキルを活かすことができ,分析精度も向上すると期待できる.AIシステムと対立するのではなく,AIシステムをうまく使うことで良い成果を出すという方向へ専門家の意識を変えていくことが重要である.
図10,図11にデフォルトでは表示されない詳細入力項目の例を示す.「調査戦略」は検索範囲や同義語展開の程度を直感的に調節できる機能で,利用者に試行錯誤の余地を与える.また,「その他の重要なキーワード」は厳密な検索を可能にするもので,ここで適切なキーワードを入力できれば大きく検索精度を上げることができる.逆に不適切なキーワードを入力してしまうと,著しく精度を落としかねない.また,IPC指定も特許分類でフィルタをかけるものなので,恣意的な検索☆7が可能になるが,特許分類についての詳しい知識が必要となる.
このような機能はAISが目指す「特許についての詳しい知識がない人でも一定水準の特許検索を実施できる」システムからは遠のくものであり,ユーザフレンドリではなく専門家フレンドリにするものである.しかしながら,実際のシステム評価者が専門家であることが多い現状では,逆に受け入れられやすくなっている.ただし,元の「簡単に利用できる検索システム」というコンセプトを維持するため,デフォルトではこれらを非表示にしており,一般利用者に「複雑なシステム」という印象を与えないように考慮している.
経営者層と実務者層でシステムへの評価視点・価値観が異なり,適切な評価が行われない問題については,評価手順を顧客任せにするのではなく,ある程度の評価指針や業務効率を上げられる運用体制を提案することで対応している.図12のように精度検証から運用体制の確立までを明示し,各ステップでどのような評価を行い,組織内でどのような情報を共有すればよいかというマニュアルを準備し,実際の評価者に活用してもらう.これによりAISを利用するメリットが実務者にも経営者にも明確になり,正式な導入の決定が容易になる.
さらに評価者にはAISの高度な使い方を指導し,その効果を明示することにより,評価者のシステムに対する知識を組織内で優位に立たせることができる.評価者自身がシステムの説明をできるようになると,組織内でAISのエバンジェリストとなって積極的に宣伝してくれるようにもなる.まずは評価者にシステムを気に入ってもらうことで,システムに寄り添った利用方法を自ら検討してくれる.この点において,システムのUIデザインを親しみやすくしているのも役立っている.
さまざまな施策を実施後,正規版の販売は向上し,β版の同期間の販売数の75%程度となった(β版からの継続契約は含まない).元々購入見込みのあった企業にはβ版の段階で購入いただいていることが多いため,その点を考慮すると一定の成果を得られたと言える.また,契約数は増加傾向にあり,今後もUIと機能のバランスを取りながら改良を続けることでさらなる利用者獲得を見込めると考えている.
本稿はAI Samurai社が開発するAIシステム「AI Samurai」の普及のための経験を踏まえたものであるが,一般的なAIシステムに共通するであろう観点から内容をまとめた.AI Samurai社が直面した特許業界にAIシステム普及させる際の障壁について,心理的な側面と組織的な側面に分類して紹介し,それら障壁に対してAI Samurai社が取り組んでいる施策とその結果を示した.AIへの信頼や親近感を獲得し,利用者にうまく使ってもらえるシステムに仕上げることが,AIシステムを広く受け入れてもらうためのポイントであることが分かった.
類似文献検索や分析の精度により顧客獲得できるのが理想であるのは間違いないが,それらはツールの使い方によっても変わってくるものである.また1回の検索での精度向上はアルゴリズムの改良だけでは限界がある.もちろん定量的評価を常に実施して精度向上は図っていくが,精度だけでは既存サービスと差を出しにくいと我々は考えている.今後,利用者からのさらなるフィードバックを収集し,専門家にも一般技術者にも使いやすい「何度も検索したくなる」システムを目指して開発を行っていく予定である.
京都大学理学部卒業,京都大学大学院情報学研究科修了.三菱電機入社後,テキストマイニング,カーナビシステム,エコーキャンセラ等の研究に従事する.2010年度IPA未踏事業でスーパークリエータとして認定される.起業後はSNS開発,ソフトウェア開発,ゲームアプリ等を企画・開発・運営し,ヴイストン(株)にてコミュニケーションロボットSotaのソフトウェア開発を先導する.2018年,(株)AI SamuraiのCTOに就任し,基幹サービスであるAI Samuraiを開発.大阪大学大学院情報学研究科・博士課程在学中.
吉田球花(非会員)yoshida@aisamurai.co.jp明治学院大学国際学部卒業.建設会社の経理部にて経理業務を経験後,2018年,(株)AI Samuraiに入社.北陸先端科学技術大学院大学との共同研究として顧客層へのアンケートやインタビューを設計,その集計や分析にも携わる.
白坂一(非会員)shirasaka@aisamurai.co.jp防衛大学校理工学部卒業, 横浜国立大学院環境情報学府修了. 富士フイルムを経て, 特許業務法人白坂を設立.2015年,(株)AI Samuraiを創業し,代表取締役社長に就任.弁理士,国家試験 知的財産管理技能検定 技能検定委員.北陸先端科学技術大学院 先端科学技術研究科・博士課程在学中.
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