デジタルプラクティス Vol.11 No.3(July 2020)

「ビッグデータ,IoT,AI:最新の事例と人材育成」特集号について 

石井 一夫1

1久留米大学 

1.はじめに

本特集号は,「ビッグデータ,IoT,AI」を取り上げた.これは,情報処理学会のイベントであるソフトウエアジャパン2019「ビッグデータ,IoT,AI でプロフェッショナルを生き残れ」の実施をきっかけに企画された.

ビッグデータという言葉が言われ出したのが,2011年ごろからであり2013年あたりにピークとなり,その後,AI,IoTがもてはやされ,現在はやや落ち着いてきている感想を持っている.これらのムーブメントが,1950年代および1980年代に経験した過去2回の人工知能ブームのように,一時の流行に終わり再び冬の時代を迎えるのか,社会の基盤的な技術領域として定着するのかは,予断を許さない.

本記事を執筆している2020年4月は,新型コロナウイルスにより東京都を含む7都府県に緊急事態宣言が出され,先の見えないパンデミックの行く末に,それどころではなく,不安に苛まれる状況である.しかし,新型ウイルスのデータが,WHOやKaggleのサイトにアップされ,緊急事態の中での自宅待機中の合間に,予測を試みるまでに,データ分析は身近になってきた.テレワークを余儀なくされる環境を経て,「ビッグデータ,IoT,AI」を含むICTの利活用はさらに進むと思われる.また,データの蓄積が続く限り,ビッグデータの時代は続くのではと考える.

本特集号の各論文を見通すにつけ,ビッグデータ,IoT,AI,あるいはそれらの基盤となっているデータサイエンスの利活用の様相は,少しずつであるが変化が感じられる.

その変化について,ざっと思いつくものをあげると以下のようなものが挙げられる.

  • データ分析の対象となっていたものが,ウェブやソーシャルといったものから,DXと呼ばれる言葉に代表されるICTの利活用の比較的進んでいない製造業や,事業会社に拡がってきている.
  • データに対する留意点が,ビッグデータの3Vと言われるデータの量(volume)や,変化(velocity),多様性(variety)から,データの質(veracity)や,セキュリティ,プライバシー保護などに変わってきている.
  • ビジネスの現場では,データ分析の手法やアルゴリズムそのものより,膨大なデータをどうやって処理するか,どうやって業務システムに組み込むか,ということが求められるようになっている.
  • 小中高などの教育機関でプログラミング教育が本格化し,大学などにおいてデータサイエンス教育のカリキュラムの整備が進み,データサイエンスに関する人材育成の環境が整いつつある.

この意味で,本特集号は内閣府のAI戦略2019との関わりとも相まって今後のデータサイエンスの行く末を垣間見る機会となったのではと考える.

2.本特集号の論文について

本特集号は,「ビッグデータ,IoT,AI」に関し実践例を踏まえたプラクティスについての5編の招待論文,および本企画のきっかけとなったソフトウエアジャパン2019にご協力いただいたビッグデータ研究グループ(正式名称:ビッグデータ解析のビジネス実務利活用(PBD)研究グループ)のメンバーやその関係者らによるインタビュー記事からなる.

採録した招待論文・インタビュー記事は次のとおりである.

招待論文:医療ビッグデータアナリティクスプロセス―抗がん剤副作用の解明における実践―

本論文では,医療ビッグデータの分析対象となっているレセプト/DPCデータの分析において問題となる「データの質」について,特にデータの正確性(ビッグデータの5VのうちのVeracity)の問題に対応するために,情報科学,統計科学,臨床医の3分野のエキスパートにより実施したチームワークによる解決事例について解説している.

招待論文:情報の非対称性の解消に向けた中古マンション価格推定の取り組み

本論文は,中古マンションの売却業務を対象にオンライン価格推定が可能なAIの開発と,顧客が物件を売却する際の透明性を目指す仕組みとしてのWEBアプリケーションの開発について紹介するとともに,一連の過程を遂行する上で得られた知見について解説している.

招待論文:Wi-Fiパケットセンサ商用化に至る課題克服の歩み―産学官連携が生んだ交通流動解析システム―

スマートフォン等のWi-Fi搭載端末が発するプローブリクエストを受信し,人や自動車等の流動を計測するためのセンサ・システム(Wi-Fiパケットセンサ)を商用化した.実現には技術課題への対応以上に,プライバシー保護と社会的受容性の確認のための取組みが求められた.本論文では国内外の具体的な事例に基づいて,実用化に至る課題克服の歩みを紹介している.

招待論文:IoC : Internet of Cows―インタラクション分析による放牧牛飼養管理システム―

本論文は,放牧牛を対象に,人工授精適期の見逃しを防ぎ,生産性向上を目的とした新しい飼養管理システムの構築について紹介している.牛の首に装着した無線タグを用いて収集されたビッグデータをもとに,牛の位置や行動を推定することで,牛と牛のインタラクションに関する情報を取得し,その時間的変化の解析により,個々の牛の観察では見落としがちな微弱な発情兆候の把握を実現している.

招待論文:特許検索タスクにおけるAIシステム導入の障壁―心理的障壁と組織的障壁―

本論文は,知財業界にAIを活用した特許調査システムを導入する際の課題について,導入企業側において心理的な障壁と組織的な障壁があることを事例やアンケート結果から説明し,その対応事例を紹介している.実務作業者のAIに対する不信感や対抗意識に起因する心理的障壁,経営者と実務作業者間でAIに期待する内容が異なることに起因する組織的障壁などについて解説し,システムUIの改良や営業アプローチの変更などの対策によりAIシステムの販売実績が改善したことを報告している.

インタビュー:ビッグデータ特集座談会「ビッグデータ,IoT,AI:最新の事例と人材育成」

実際のデータサイエンスの現場で業務や人材育成に携わっており,ソフトウエアジャパン2019にご協力いただいたビッグデータ研究グループのメンバーおよびその関係者,および情報処理学会データサイエンス教育委員会の委員長を招き,データ分析関連業務での最近のトレンドや将来展望について,その後データサイエンス標準カリキュラムである「数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム」についての議論をしていただいた.「1. はじめに」で述べた「ビッグデータ,IoT,AI:最新の事例と人材育成」における現場の生の声を把握できる対談となっている.

グロッサリ

招待論文から各論文の代表著者に各論文を理解するのに助けとなるキーワードを数ワード選択いただき,簡潔な解説をいただいた.

3.おわりに

最後に,ご多忙な中,インタビューにご対応して頂いた皆様には感謝申し上げる.また,ご多忙にもかかわらず,特に公開することが困難な業務内容を含んだプラクティス原稿をご執筆いただいた著者の皆様に対しましても,改めて感謝を申し上げる.

石井一夫(正会員)ishii_kazuo@med.kurume-u.ac.jp

久留米大学バイオ統計センター准教授,1995年徳島大学大学院医学研究科博士課程修了.博士(医学).専門はビッグデータ分析,計算機統計学.R,Python,Juliaなどのオープンソースソフトウエアを使用して医療ビッグデータ,医療ゲノムデータ,医療IoTデータを用いた大規模データ分析に従事.

会員登録・お問い合わせはこちら

会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。