BPR(Business Process Re-engineering/ビジネスプロセスリエンジニアリング)という言葉が日本に入ってきたのは20年以上前のことである.BPRとは,ビジネス・プロセスを見直すこと,つまり市場や技術の変化に合わせて業務を改革することを指す.誰もがBPRはする方が良いと思いながらも,今日に至るまで実践されているとは言いがたい.この膠着状態を打開し,業務改革を主導する可能性を見せているのがRPA(Robotic Process Automation/ロボティックプロセスオートメーション)である.RPAとは,ソフトウェアのロボットに人間が行っていた定型のシステム操作業務を代行させることを指す.(株)MM総研「2019 RPA国内利用動向調査」調査[1]によると,RPAの浸透速度は,スマートフォンの浸透速度と同等と評価されており,1人1台ソフトウェアのロボットを持つのが当たり前になる勢いに感じられる.だがRPAツールが生まれた2010年頃は,今日のような爆発的な普及の予兆はなかった.
本稿では,筆者らがRPAツールの普及を目指して行った顧客特性やRPAツール特性の分析や,普及の阻害要因を解決するために構築した解決策であるWinActor/WinDirectorエコシステムについて述べる.以下,第2章で本稿の議論対象となるRPAについて述べ,第3章で普及が進まなかった理由やそれに対する課題を分析し,第4章で筆者らがとった解決策について述べる.第5章で効果ついて議論し,第6章でまとめを行う.
RPAとは,ルールエンジン・機械学習・人工知能等の技術を有するソフトウェア型ロボット(仮想知的労働者・ディジタルレイバー・ディジタルパートナー等とも呼ばれる)が,ホワイトカラーのパソコン操作(アプリケーション操作)を代行するようにして自動化する概念である.欧米で2015年からブームになり,日本でも2016年からブームが始まった.2017年は,人工知能(Artificial Intelligence,以下AI)やIoT(Internet of Things/インターネット・オブ・シングズ)と並ぶIT分野の最注目ワードとなり,2018年もブームはさらに拡大しているが,もはや目新しい技術というよりも,あって当たり前,使っていて当たり前の技術になりつつある.
既存の情報システムとRPAはどのような関係であるかを,工場における自動化とオフィスにおける自動化の対比で示す.たとえば製造業の大規模な工場では,プラントやベルトコンベア等の生産設備がベースにあり,その周りで比較的安価で小回りの利く産業用ロボットが稼働,産業用ロボットには真似できない繊細な作業や,設備と設備をつなぐ作業をブルーカラーワーカが支える,という3層構造になっている.
一方,従来のオフィスワークは,ERPなどの情報システムが中心に在り,その周りで情報システムを扱う作業のすべてをホワイトカラーワーカが担うという2層構造になっていた.もちろんホワイトカラーの作業を減らことは検討され続けてきたが,発想の中心は情報システムの機能追加であり,どうしても大掛かりになるため費用対効果の出ないケースが多く,ホワイトカラーで埋めるしかないとの結論になりがちであった.この2層構造にソフトウェアのロボットの層を追加することにより,リソースの集約・大量投入が容易であり,変更への柔軟性も高い3層構造に変えることこそが,RPAという概念の真の価値とも言えるだろう.
電気店において,エアコン工事の受注名簿から,訪問工事の作業指示書を作成する業務例を用いてRPAツールを用いることでどのように業務を自動化するかを示す.
この業務では,コールセンタで受け付けたエアコン工事依頼名簿をもとに工事業者に渡す作業先指示書を作成する.2.2節で示した1層レベルつまり,コールセンタでの受付情報を投入するシステムと工事業者への作業指示書の作成システムが連携している場合には,コールセンタでの受付により,工事業者への作業指示書が自動作成される.だが,システム間の連携機能の追加は大掛かりな改修が必要でその費用対効果が十分でないと判断されれば,人が工事依頼名簿を確認しながら必要な項目のコピー&ペーストをしたり,必要となる情報を補足しながら作業指示書を作成したりする必要がある.この業務の手順を書きだすと以下のようになる.
2層のソフトウェアのロボット,RPAツールを活用すればこれらの手順を自動化することができる.
RPA導入によりどのような効果があるか.たとえば,RPAツールの作業速度は人間の約3倍であり,またRPAツールは休みを必要としないため,1日8時間労働の人間に対して,3倍の24時間働くとする.3倍速で3倍の時間働けるRPAツールの導入効果は人間の9倍の生産性を持つと考えることができる.
以下に,RPA導入の効果を挙げる.
前章で述べたようにRPAによる効果については分かりやすい.しかし,2015年までは今のように普及していなかった.当時,普及しない理由について,多数のRPA提案プロジェクトや導入支援プロジェクトに携わっていた筆者らは以下のようなユーザの声があることを把握していた.
それぞれの課題について,顧客の購買プロセスや顧客のポジションなどにカテゴライズして再分析した結果,以下の気づきを得るに至った.
(1)業務部門には,自動化対象の業務が残っている.
IT部門は,RPAによる自動化の対象業務は残っていないと考える傾向にあるが,業務部門は自動化したい業務が大量にあると考える傾向にある.
理由として,図4のグラフ中で左に位置する作業量の多い業務やミッションクリティカルな業務は,第2章で提示した1層レベルとして,IT部門が巻き取って優先的にシステム化されてきた.対してそれより右は,システム化では費用対効果が出にくいため,業務部門が独自に実施する業務として残り,今ではIT部門にとっての死角となっている.結果的にIT部門から見ると効率化を検討すべき業務はすでにシステム化されておりRPAの導入効果は低く見える.しかし,業務部門から見ると,2層のRPAツールによる自動化の効果が高い業務が残っているのである.
(2)RPAツールはITスキルを有しない人でも使える.
プログラム経験のある人は,RPAツールを簡単だと評価している.また,プログラム経験のない人でも,RPAツールは難しいと評価する人と,難しくないと評価する人に分かれている.難しくないと評価した人に,どのようにして使えるようになったかを確認すると,その理由はマニュアルを活用したこと程度であり,特別なITスキルは有していなかった.
(3)高度な技術者がいなくても業務部門主導で小さく始めることはできる.
RPAを高く評価している顧客の話を聞くと,プログラム経験のない業務部門のユーザが,自ら自動化対象の業務を見つけ,業務の自動化を行っているケースが多い.その結果,成功した業務部門から隣の業務部門へという形で,口コミで業務部門中心に広がる傾向にある.
以上の分析より,ツールの操作に高度なITスキルを必要とせず,さらに保守・サポート環境を整えることでRPAを導入するための技術的な障壁をさげること,業務を把握している業務部門の担当者へ直接アピールすることができれば潜在的なRPAニーズが刺激され,普及するようになる,との仮説を立てた.
業務部門に使ってもらう切り口として,ノンプログラミングで使えるRPAツール「WinActor/WinDirector」[2]を主軸に据えるとともに,ハンズオン研修教材の作成と,研修を起点とするトライアルメニューのサービス化を実施した.また業務部門に直接提案するため,現地で導入支援を行える販売特約店を全国津々浦々に設置した.これら,RPAの普及のためのエコシステムの詳細を順に述べる.
業務部門に使ってもらうには,ノンプログラミングで利用でき,完全日本語対応であることが最重要と考えRPAツールおよびその管理統制ツールとしてWinActor/WinDirectorを選択した.
WinActorは2010年にNTTの研究所で産まれた純国産RPAツールであり,2017年以降,国内RPA市場シェア1位[1],[3],[4]となっている.Windowsで操作可能なあらゆるアプリケーションを自動化可能であること,完全日本語対応かつ,ノンプログラミングでロボットのシナリオを作成可能であること,価格帯は数十万円とスモールスタートしやすいこと,などの特徴がある.またWinDirectorは,NTTデータが2017年にリリースした,多数のWinActorを一元的かつ簡易に管理統制するツールである.
ITに抵抗感のある業務部門のユーザにもなじみやすく,イメージが湧きやすいよう,ロボットのアイコンを添えたり,工場の産業用ロボットと対比するなど,従来のITツールとは異なる可視化のアプローチを採用した.
ITに苦手意識のある業務部門ユーザでも,楽しくRPAに触れ,勘所をつかんでもらうためには,ハンズオン研修が最適であった.WinActorの導入事例や顧客の声,操作マニュアルなどを分析し,研修事業会社の協力の元,上級・中級・初級の3段階からなるハンズオン研修を作成した.当初は顧客先での研修開催が主流であったが,業務部門の担当者が自主的に受けやすくするため,今では全国9カ所に,WinActorの常設研修センタも開設し,個人でも申し込めるようになっている.
当時,RPAという新しい概念が認知と信頼を得るためには,スモールスタートが重要であった.WinActorは,前述の操作容易性に加え,同一のソフトウェアやシナリオが,パソコン上でもサーバ上でも動作するといった環境面の柔軟性を備えており,これもスモールスタートに最適な特徴である.パソコン1台から始めて徐々に利用端末数を広げ,一定規模以上に達したらサーバ上にソフトもシナリオも丸ごと移して大規模利用に切り替える,といった拡張が可能である.
このWinActorのトライアルライセンスと,前述のハンズオン研修を組み合わせ,2カ月で技術習得から,シナリオ作成,業務実行,効果測定まで完了できる,安価なトライアルメニューを用意した.
業務部門の担当者にRPAを活用してもらうためには,業務部門の担当者に提案アプローチできることと,導入後も現地・現場で顧客と伴走し,活用を支援できることが重要である.IT部門に強いSIerだけでなく,人事関係や総務関係,シェアードサービス関係など,各種業務に強みを持つパートナーを,全国47都道府県に設置した.これにより,顧客業務を把握するパートナーが,本社はもちろん,全国の工場などまで提案・導入支援可能な体制となっている.
また,このパートナーが,高いレベルで顧客への提案や導入支援を実現できるよう,パートナー教育も充実させており,ハンズオン研修の講師等はテストを通じて認定する制度を採用している.
パートナーでもカバーしきれない顧客や,顧客の即時の対応要望に応えるため,電話とWebフォームによる遠隔サポートセンタを設置した.サポートセンタでは,トラブル対応はもちろん,業務シナリオの作成方法などまでサポートしている.
業務部門の担当者が自らRPAを使うようになってくると,自身の自動化方法は適切なのか,RPA活用スキルをもっと高められないか,自身のスキルはどの程度なのかと,習得・客観評価の要望が高まってくる.このような要望に応え,一層本格的に活用してもらえるよう,プロフェッショナル,エキスパート,アソシエイトの3段階からなるRPA技術者検定を提供している.
研修や検定によりRPAツールWinActorを使えるようになった業務部門のユーザが,自ら業務自動化を主導したことにより,WinActorは爆発的に普及し,2016年度末に300社,2017年度末に1,000社,2018年度末には3,000社と,3倍成長を続け,国内RPA市場シェア1位を獲得するに至った[3].
エコシステムの中でも,特に研修・検定は大きなムーブメントとなっており,受講者・受験者数は数万人規模,ハンズオン研修以外にもeラーニング教材のリリースや,書籍の発刊に至っている.また,検定については,合格者が名刺や履歴書で資格をアピールすることに使われるほどに認知されている.
もちろん顧客企業も,本稿冒頭で紹介したようなRPA導入効果を獲得し,業務効率化はもちろん,労働力の不足や働き方改革などの施策の現実解として,確実な成果を挙げている.
エコシステムを活用して顧客と伴走することで,当初想定していなかった以下のような効果が顧客に表れている.
RPAに対する否定的な評価を,ユーザ層や,導入行動に沿って再分析したことにより,否定的な評価を克服する新たな仮説を立案,普及のための工夫を実施することができた.教育環境や,トライアル環境,支援体制等があれば,業務部門自らRPAツールを活用し,業務の見直しや自動化を実現可能である.さらに,業務を熟知する業務部門がITを活用するからこその,AIツールを活用した業務高度化等の可能性まで見えてきた.この先,業務部門はDXの主体となることが期待されている.本エコシステムを活かして顧客と伴走し続け,DXの実現まで支援していきたい.
2001年東北大学経済学部を卒業し,(株)NTTデータ入社.2009年公共分野が自社プロジェクト限定で利用してきたOCRエンジン(日本初の手書きOCRと言われている)をコアに,新商品『Prexifort-OCR』を企画・商品化し,金融・法人・グローバル分野へ,OCRによる業務自動化ビジネスを展開.2014年RPAの可能性に着目し,OCRと組み合わせてRPAツールWinActorの提供を開始.2018年現在1,300社へのRPAやAIOCR提供実績を素材として執筆や講演中心に活動.『2017年版 JISA情報サービス産業白書』や,『日経BPムック まるわかり!RPA』,『ITpro ゼロから分かるRPA』,『RPA総覧」,『行政&情報システム』,『RPA BANK』,『イマ旬2.0』などでRPAについて解説.詳細はwinactor.comにて.
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