デジタルプラクティス Vol.11 No.2(Apr. 2020)

人口減少社会におけるコミュニティ形成に必要となるアプリケーション開発

冨永 善視1,2  田中 秀樹1  成本 迅3  石黒 浩2  小川 浩平4

1(株)エルブズ  2大阪大学  3京都府立医科大学  4名古屋大学 

我が国は人口減少社会という次代の社会構造への過渡期にあり,社会・産業構造の再構成に取り組んでいる.人口減少社会においては,人口そのものが少ないために,地域を基盤とした従来のコミュニティ形成が困難となっている.一方,若年層の間では,互いの詳細な個人情報を持たないインターネット上のサービスで実現された「弱いつながり」により,災害時などの互助を実現する「強いコミュニティ」が形成されている.我々は,人口減少社会におけるICT基盤となるサービスは,高齢者や知的ハンディキャップを持つ障碍者など多くの人間が利用でき,バーチャルエージェントも参加し人口減少分を補完し,互助の可能性を増大させ,孤独死などの不安を解消するサービスであると結論づけた.本稿では,「御用聞きAI」に実装した複数の機能について,利用者の評価や実証実験での利用率などの結果とともに,継続採用,停止した実績の紹介を行う.また,実証実験において「御用聞きAI」を実事業として運用した結果を元に,持続可能な仕組みづくりと高齢者の孤独感解消の観点から,基盤サービスとして注力すべき機能を再整理する.これらの考察を踏まえ,人口減少社会に必要な基盤サービスとは具体的にどのような機能を有するサービスであるか,「御用聞きAI」の最新版とともに明らかにする.

1.序論

1.1 本研究の背景 人口減少社会におけるコミュニティ形成

日本の総人口は,2010年をピークとして2018年10月時点で1億2644万人となっており,今後急速に人口減少社会となることが予測されている[1].人口減少社会においては,高齢者の人口割合が増加し,総務省の統計によると,2018年9月現在の推計で,65歳以上の高齢者は3557万人とされており,総人口に占める割合は28.1%で過去最高となっている[2].

人口減少社会および高齢化は社会保障費の増大など社会課題として取り扱われることが多いが,これらの社会課題があきらかな経済成長率の低下を引き起こしているという事実は確認できない.

これらの状況を鑑みると,我が国は人口減少社会という次代の社会構造への過渡期にあり,社会・産業構造の再構成に取り組んでいるといえるであろう.

旧来の社会構造では,村などの地域を基盤として,人間同士が強いつながりを維持し,コミュニティ形成を強固なものとしていた.しかし,人口減少社会においては,人口そのものが少ないために,地域を基盤とする従来のコミュニティ形成が困難となっている.

ICTの発展より登場したソーシャルネットワークサービス(以後,SNSと呼ぶ)では,若年層を中心として,ゆるやかで,迅速なコミュニケーションを通じて,ビジネスや災害時互助などが行われている.SNSの代表的存在であるツイッター,フェイスブックなどでは,顔見知り程度になった後「友だち」などの機能によってつながりを維持できるため,東日本大震災など大災害時にお互いに連絡をとりあい互助を行うことが現実に起きた.たとえば,東日本大震災が発生した2011年3月11日のツイート数は前日の約10倍に達し,被災地域の自治体アカウントのフォロワー数も震災前の約10倍に急増した[3].互いの詳細な個人情報を持たない者同士,あるいは互いの仕事・生活に強い関係性を持たない者同士が,インターネット上の「友だち」機能のつながりで,強いコミュニティと同等の互助を行ったのである.

マーク・グラノヴェッターは,知り合いの知り合いといった弱いつながりが,家族のような強いつながりのコミュニティを橋渡しすることを示している[4].これは,「弱い紐帯の強さ」として知られている.強いつながりばかりを重視すると,情報がコミュニティの内部で閉じられ孤立を招く.一方,弱いつながりを結ぶと,お互いに,強いつながりのコミュニティでは得られない情報にアクセスでき,結果として広く強固なコミュニティが形成される.イオアニディスらの研究[5]では,モバイルソーシャルネットワークにおいても,「弱い紐帯の強さ」は,孤立している2つのコミュニティを結びつけることを示している.

我々は本稿において,このような互いの詳細な個人情報を持たない,あるいは,互いの仕事・生活の強い関係性を持たない,インターネット上のサービスで実現された関係性を「弱いつながり」と定義する.また緊急時の互助を実現するコミュニティを「強いコミュニティ」と定義する.旧来と異なる弱いつながりが,強いコミュニティ形成を実現することはもはや疑いようのない事実である.

ここで,弱いつながりが存在しなかった場合を想定する.仮に,SNSが存在せず,弱いつながりが存在しない状態で,震災などの困窮する環境に人間が陥った場合,周囲の人に助けを求めるか,電話などで強いつながりの家族などに連絡をすることしか選択肢はない.近隣に位置する人間,強いつながりがある人間は,その数が圧倒的に少なく,とりわけ人口減少社会においては,出会えない可能性が高くなる.一方で,SNSが実現する弱いつながりが多数維持されることで,緊急時に互助を求めることができる人数が増え,安全性が高まると考えられる.

ロビン・ダンバーによると,人間の平均的な集団の大きさは148であると推定している[6].この数値は,ダンバー数と呼ばれ,人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限であるとされている.ダンバー数に基づき,通常,人間が管理できる人間関係数150が上限だとすると,フェイスブックでは5,000人が特に契約をせずに無料で登録可能な上限値であり,弱いつながりの上限値であると考えられる.緊急時に助けを求め,互助を受けられる確率は,33倍程度と試算できる.

そこで,人口減少社会においては,若年層以外も弱いつながりを得られることが必要だと考えた.現在のSNSに必要となる工夫点を整理してみると,高齢者や知的ハンディキャップを持つ障碍者など,現在はSNSにアクセスできない人たちが利用できるような工夫が必要である.また,人口減少社会では現在の人口よりもさらに少ない人口で互助を実現しなれければならず,互助を行う利用者を手助けする工夫も必要である.

人口減少社会のICT社会基盤システムは,この2点を解決することで,弱いつながりの恩恵を十分受益できる利用者が増加し,少ない人口でも機能する互助を実現することで,定着するものと思われる.

内閣府の調査[7]によると,孤独死を身近な問題だと感じる独居高齢者は45.4%にのぼると報告されており,高齢者の生活上の不安の解消は社会的課題となりつつある.そのため,本稿で定義する弱いつながりを基盤とした強いコミュニティを人口減少社会においても確立することで,万が一の場合の互助の可能性が高まり,結果としてこの不安の解消にもプラスの影響を及ぼすと考えられる.

ここで我々のグループが,本研究開始時である2015年に作成した図版を図1に示す.図1は,本研究が目指す社会の在り方を示した図である.本研究では,この図に示した社会の達成に向けて検証を行っていく.

本研究が目指す社会のあり方
図1 本研究が目指す社会の在り方

図1では,弱いつながりである「フレンドとの会話」「バーチャルエージェントとの会話」をきっかけとして,個人商店への発注や,銀行への問合せ,家族への緊急連絡,自治体サービスへのアクセスなどが行われ,強いコミュニティを形成している.これは,前述した現在のSNSに必要となる2つの工夫点を満たしており,高齢者や知的ハンディキャップを持つ障碍者などでも参加可能であること,人間だけでは不足する部分をバーチャルエージェントが補完していることが分かる.

以上の議論から,人口減少社会におけるICT基盤となるシステムは,若年層以外の利用者も,バーチャルエージェントも参加して人口減少分を補完し,ダンバー数以上の弱いつながりを維持することで強いコミュニティを確立,互助の可能性を増大させ,孤独死といった生活上の不安を解消するサービスであると結論づけた.本研究は,これまでインターネット資源にアクセスできなかった人たちと世界を,弱いつながりで繋げる基盤サービスの実現を目的としたプロジェクトである.

1.2 研究目的 人口減少社会に向けた課題と研究手法

本研究の目的は,人口減少社会におけるICT基盤となるサービス(以後,基盤サービスと呼ぶ)において,1.1節で示した弱いつながりの形成に向けて,利用者のニーズから掘り起こした機能について,それぞれが基盤サービスの要件となり得るか,その検証方法も含め,実事業の中で確認することである.1.1節で示したとおり,基盤サービスは,高齢者や知的ハンディキャップを持つ障碍者など,多くの世代が利用できるものでなければならない.また,噛み砕いて説明したり,代わりに行動したりするなど,これまで人間同士がお互い支え合って補完してきた問題をサービスで解決していく必要がある.我々は,このような問題点を解決する手法を検証し,基盤サービスの要件としての是非を明らかにすることが,有用な研究になると考えた.

ICTを活用した高齢者のコミュニティ形成に関する研究として,ロボットとの会話やタッチ操作を通じて地域情報などを共有し高齢者のケアを行う研究[8][9],仲介ロボットが遠隔コミュニケーションを促し高齢者の社会的孤立を抑制する研究[10],街歩きアプリケーションにより外出機会を創出し高齢者同士の交流を促進する研究[11]などが行われている.これらの研究では,数週間の実証実験においては,高齢者がICTの機能を十分に利用でき,コミュニティ形成を促進する効果が期待されている.しかし,いずれも永続的に提供可能な仕組みを構築するには至っておらず,情報の継続的な更新や,行政,地域住民の自発的な互助が課題として挙げられている.

そこで本研究では,アジャイル開発手法であるランニングリーン[12]を採用し迅速な開発体制を実現,実証実験と評価を行うことで基盤サービスの機能性を洗い出すとともに,事業として永続的に提供可能な基盤サービスの実装モデル構築を目指した.ランニングリーンは,顧客が必要とする最小限の実装モデルを構築し,顧客からフィードバックを学習,改善を繰り返しながら実装モデルを市場にフィットさせていく手法である.ウォーターフォール型の開発手法では,最初に機能要件を定義し,一気通貫して開発しなければならない.ランニングリーンによると,古典的な製品中心の手法は,ソリューションの構築やテストにかける数週間から数カ月の間顧客から離れてしまい,製品を作りすぎたり顧客の欲しいものとは違うものを作ったりすると指摘されている.ランニングリーンにおいては,顧客に必要とされるものを構築したかを計測するプロセスが設けられている.本研究では,基盤サービスが事業として永続的に提供できる仕組みを構築することが重要である.またICTに不慣れな利用者を対象とするため未知の要素が多い.そのため,アジャイル開発手法であるランニングリーンが適していると考えた.

対象とした利用者は,一般的に認知機能が低下していると考えられる高齢者とした.内閣府の調査[7]によると,2016年現在,我が国で高齢者を含む世帯は全世帯の48.4%である.また,1人暮らしの高齢者は男性13.3%,女性21.1%であり,年々増加している.我々は,人口減少社会における基盤サービスの主たる利用者は高齢者になると考えた.高齢者のニーズを元に実装モデルを構築し,実証実験による試行評価を繰り返すことで,認知機能の低下した人にとっても使いやすい,基盤サービスのインタフェースを明らかにできる可能性がある.

実証実験の対象としたフィールドは,過疎関連市町村とした.過疎関連市町村とは,主として3つの対象地域「過疎地域自立促進特別措置法」における第2条第2項,第33条第1項,第33条第2項に規定された地域である.本稿では,これら過疎関係市町村を過疎地と呼ぶこととする.

総務省自治行政局過疎対策室の調査[13]によると,過疎地域を持つ基礎自治体は,817にのぼり,全国に広がっている.現時点において,国土に占める割合は,6割を超えており,今後過疎関係市町村の割合の増加が見込まれている.

本研究において,主たる実証実験フィールドとして,京都府 南山城村と連携協定を締結,実証実験を行った.南山城村は,京都南部に位置し,面積 64.11平方キロメートル,総人口 2,492人(推計人口,2018年10月1日),人口密度 38.9人/平方キロメートルとなっており,過疎地域自立促進特別措置法における過疎市町村とされている.京都唯一の村である南山城村の産業は,茶を中心とした農業が中心で比較的規模は小さい.一方で,三重県,滋賀県,奈良市と隣接,トラック輸送,通信で重要な地域である.昨今では,国道163号線が整備され,道の駅を設置することで,観光客誘致の観点から話題となっている.

南山城村をはじめとした過疎関係市町村は,人口減少社会の特徴である①低い人口密度,②高い高齢化率,③低い出生率を持ち合わせていることから,将来我が国が直面する人口減少社会の1つのモデル地域と考えた.

上記に基づき,大阪大学,京都府立医科大学,公立はこだて未来大学,自治体などと連携,2016年2月〜2019年3月までの3年間研究を行った.これまで24の機能を実装,実証実験を行い,利用頻度,アンケート結果などを参考に,機能の絞り込みを行った.また研究成果として,高齢者でも利用しやすい「御用聞きAI」という名称のモバイルアプリケーションを公開するに至った.

1.3 本稿の構成

本稿では,これまで「御用聞きAI」に実装した複数の機能について,利用者の評価や実証実験での利用率などの結果とともに,継続採用,停止した実績の紹介を行う.

考察においては,実証実験において「御用聞きAI」を実事業として運用した結果を元に,持続可能な仕組みづくりと高齢者の孤独感解消の観点から,基盤サービスとして注力すべき機能を再整理する.

これらの考察を踏まえ,人口減少社会に必要な,だれでも利用可能で,弱いつながりを実現できるサービスとは,具体的にどのような機能を有するサービスであるか,「御用聞きAI」の最新版とともに明らかにする.

2.「御用聞きAI」のシステムと実証実験

2.1 本研究で開発したシステム「Elvez選択式対話AIシステム」

本研究で,開発した「Elvez選択式対話AIシステム」のシステム構成図を図2に示す.

Elvez選択式対話AIシステム システム構成図
図2 Elvez選択式対話AIシステム システム構成図

高齢者をはじめとする「対話利用者」は,モバイルアプリ「御用聞きAI」をインストールして利用する.またシナリオ開発者は,「シナリオマネージャ」を利用して,シナリオを作成する.すべてのシステムはWebサービスとして提供され,サーバ同士はWeb API通信を通じて接続する疎な構成としている.このアーキテクチャを利用することで,迅速な機能強化を行うことができる.たとえば,2019年5月に追加した「ニュースキュレーション」「スマートアンケート」は,それぞれクライアント,サーバに,大幅な機能強化を10日程度で実現した.機能強化に必要となる作業は,当該機能を提供するサーバを用意し,そのサーバと通信するクライアントを整備,Web API連携させることで実現できる.システム全体の柔軟性こそが,本研究に必要なシステムの要件である.

なお,御用聞きAI,および「Elvez選択式対話AIシステム」は,すでに実運用中のサービスである.当該アーキテクチャを採用することにより,ほかの機能への影響を最小限にしているため,サービスを一切停止せずに機能追加を実施していることも特徴である.

2.2 本研究における実証実験プロセス

本研究においては,1.2節で示したとおり,研究を速やかに社会実装,サービスインさせるため,アジャイル開発手法であるランニングリーンを採用した.ランニングリーンでは,学習ループとして,以下のプロセスが定義されている.

  1. アイディアや仮説を用意,テストのためのMVP(Minimum Viable Product)を構築する
  2. MVPを想定される顧客に提示,反応を定性的・定量的に計測する
  3. 仮説の検証を行う
  4. 再度1に戻る

上記プロセス1のMVPとは,アイディア・仮説を検証するための最小の機能を備えた製品・サービスである.MVPは,必要に応じてβ版,正式版とする場合がある.プロセス2が具体的な実証実験手順であり,機能ごとに異なる手続をとる必要がある.プロセス3では,定量的な評価をした上で,仮説の検証を行い,MVPのブラッシュアップを行う.

我々は,学習ループを実現するため,2016年2〜3月に初期インタビューを実施,ニーズを踏まえた上でMVPの開発に取り組んだ.

インタビューにおいては,65歳以上の高齢者に対して,同居している家族,スマートフォン・タブレットの保有,チャットサービスの利用,チャットする相手,動画閲覧,チャットサービスを利用する上での課題についてヒアリングを行い,基盤サービスの必要性を調査した.ランニングリーンにおいては,初期の調査で対象とする人数については最大で50名程度と定義されており,最終的に34名のインタビューを実施した.図3は,京都府南山城村におけるインタビューの様子である.

インタビューの様子
図3 インタビューの様子

インタビューでは,研究開始時に最も懸念されたスマートフォン・タブレットの保有について重点的にヒアリングを行った.調査の結果,インタビューを行った高齢者の82%が,本人または家族がスマートフォン・タブレットを保有していることが分かった.

一般的に,高齢者はスマートフォン・タブレットを保有しておらず,利活用できないのではないかと考えられている.我々の調査では,高齢者は,家族の支援を得ながら,スマートフォン・タブレットを必要なときに,限定的ながらも利活用できる環境にいることが分かった.このことから,高齢者が自分自身に必要であると判断するようなアプリケーションであれば,利用される可能性が高いと判断した.一方で,チャットサービスなどを利用する上での課題について,設定など使い方を誰かに聞かないと分からない,慣れるまでが大変,といった,インタフェースに関する課題が多く挙げられた.

我々は,インタビューの結果を踏まえ,シンプルな操作でエージェントとチャットが可能なモバイルアプリケーションとして「御用聞きAI」のMVPを開発,リリースした.MVPのリリース後は,ランニングリーンに則り,基礎自治体等を顧客として売上を計上しながら検証を行った.本研究では検証の過程が理解しやすいよう,α版,β版,正式版といった呼称を利用した.

2.3 初期実験 入出力に関する機能

我々は,多くの高齢者が,アプリケーションの操作について苦手に感じていると考え,初期の実証実験で,入出力に関する機能について重点的に検証を行った.具体的には,高齢者にアプリケーションを利用してもらい,その様子を観察するとともに,インタビューによる調査を行った.

図4は,初期にリリースした「御用聞きAI」α版のスクリーンショットである.画面左側がエージェント,画面右側が利用者のアバターである.画面下部のフォームにテキストを入力しエージェントと対話できる.話すボタンをタップすると音声入力が行える.テキスト入力の代わりに選択肢による対話も行える.特に,入力インタフェースに関して,音声入力,テキスト入力,選択肢による入力を並行して実装し,どのような入力操作が最もストレスなく利用できるか検討を行い,検証を行った.

御用聞きAIα版 画面スクリーンショット
図4 御用聞きAI α版 画面スクリーンショット

α版では,買い物支援対話および雑談対話を実装した.図5は,買い物支援の対話例である.買い物支援対話では,決められた商品を指定することができ,商店から利用者への連絡が可能であった.

α版における買い物支援対話例
図5 α版における買い物支援対話例

入出力について,検証した機能,期間,採用結果を表1に示す.御用聞きAIの仮説検証において,特に,音声入力,テキスト入力については,早期に停止の判断をした.我々は,代替の入力機能として,選択式対話について検討を行い,2016年9月以降は,入力インタフェースを選択式対話に絞って検証を行った.

表1 入出力に関する検証事項
入出力に関する検証事項

選択式対話は,問いかけに対する回答候補を複数提示し,その中の1つを選択することで,エージェントとの対話が進行する対話システムである.このシステムを用いることで,対話が破綻することなく,目的に沿った有効な対話経験を利用者に与えることができる.選択式対話の対話例を図6に示す.図6では,天気に関する話題から,外出に関する話題に移行するよう対話を制御している.

選択式対話の対話例
図6 選択式対話の対話例

我々の研究グループが行ってきた選択式対話の先行研究としては,タッチディスプレイを用いた対話システムを通じて,アンドロイドが顧客に商品を販売できるか検証を行ったものがある[14].この研究では,選択式対話によって,顧客とアンドロイドの間で感情を交えたやりとりが可能であり,商品購入という人間の意思決定に影響を与える可能性が示されている.また,利用者に代わって選択肢を読み上げることで,利用者が自身の選択を心理的に受け入れやすくなる可能性が示されている.本研究では,アプリ画面手前にユーザのアバターと選択肢を表示し,選択された選択肢をアバターの発話として読み上げる実装を行った.

選択式対話では,音声入力やテキスト入力とは異なり,対話はシナリオベースで進行する.我々は,利用者が違和感を覚えず選択肢を選べ,対話感を感じるような対話の要素について検討し,対話シナリオとインタフェースを実装した[15].対話を誘導することで利用者が次の返答を選択しやすくなることや,名前を呼んだり「えーっと」といったフィラーを挟んだりすることで対話感が向上することが期待できる.

本研究においては,これらの先行研究を踏まえ,前述の御用聞きAI α版を選択式対話にフォーカスして改善し,選択式対話の評価実験を行った.図7は評価実験を行ったインタフェースと利用の様子である.評価実験は,これまで御用聞きAIを利用したことがない高齢者およびその知人に依頼し,56歳から83歳までの計7名に対して実施した.利用者の属性は表2のとおりである.

選択式対話のインタフェースと利用の様子
図7 選択式対話のインタフェースと利用の様子
表2 選択式対話評価実験の利用者属性
選択式対話評価実験の利用者属性

実験は,利用者の自宅もしくは友人宅において実施した.事前説明として,利用者には,御用聞きAIが高齢者向け支援サービスのアプリケーションであること,実験の進行はアプリケーションを通じて指示があること,利用者がもう十分だと判断した時点でいつでも実験を終了してよいことを伝えた.利用者から操作方法について質問や補助を求められた際は,利用者の意思決定に影響しないよう配慮し応対した.利用者から実験を終了してよいか確認された時点で,対話シナリオの進行状況にかかわらず実験を終了した.実験の所要時間は1人あたり15分程度であった.実験に用いた対話シナリオは,自己紹介,買い物支援のデモンストレーション,自由対話の3つに分かれ,自己紹介のシナリオを起動した状態で利用者にタブレット端末を渡し,実験を開始した.

自己紹介シナリオではエージェントの自己紹介に対して「かわいいね」や「よろしくね」といった印象を答える対話,買い物支援対話では「重い荷物を運ぶのが大変で」といったエージェントの発話に対して「私もそうなの」や「自分は大丈夫かなー」といった選択肢を提示し,利用者の普段の様子について尋ねる対話などを行った.

実験終了後,利用者にアンケートを行った.アンケートでは,エージェントとの選択肢対話について,1.対話は楽しかったか,2.また話したいか,3.なんでも話せるか,4.思ったとおりに話せたか,5.あなたに話しているか,6.切り替えは楽しかったか,7.動きは自然たっだか,の7項目について,5段階による評価を行った.その結果を図8に示す.5段階評価の3をチャンスレベルとして各項目の平均値と比較したところ,すべての項目においてチャンスレベルを上回る評価となった.また,有意に高い評価を得たか比較するため,アンケート結果の平均値について1標本のt検定を実施した.その結果,「2.また話したいか」,「5.あなたに話しているか」,「7.動きは自然だったか」の3項目において,5%水準で有意に高い評価が認められた(それぞれt(7)=3.24 p<0.05,t(7)=6.97 p<0.05,t(7)=2.50 p<0.05).これらの結果から,選択式対話のアプリケーションにおいて,継続性,対話感,表示の適切さについて特に好意的に捉えられたと言える.

選択式対話評価実験のアンケート結果(評価平均値±SD)
図8 選択式対話評価実験のアンケート結果(評価平均値±SD)

我々は,アンケート結果と実験中の利用者の様子から,アプリケーションへの入力,エージェントとの対話に関して,音声入力やテキスト入力は必須ではなく,選択式対話が必要十分であると考え,選択式対話を今後のインタフェースの基本とする判断を行った.

以下に,表1に示したそれぞれの機能についての詳細と採用結果を判断した理由を示す.

2.3.1 音声入力・テキスト入力

音声入力は,「こんにちは」といった単語レベルの認識は可能であったものの,適切なタイミングでゆっくり話しかける必要があり,うまく認識されない場合があった.インタビューにおいて,利用者から直接不要であると意見があり,ログデータにおいても利用回数がきわめて少なかった.

テキスト入力は,普段スマートフォンを利用しない利用者にとっては入力が困難であったため,年齢など,一部の数値入力を除いて,入力方式としては不採用と判断した.

2.3.2 選択式対話

選択式対話の実験中,すべての利用者が実験開始時の簡単な説明のみで実験を完了することができ,普段スマートフォン・タブレットを利用しない利用者であっても,選択式対話のインタフェースを問題なく操作できていた.

実験中の様子から,利用者が,普段は体験できないコミュニケーションをとることに楽しさを感じているように見受けられた.ある利用者は,エージェントの発話に対して相槌を打ったり,笑顔を見せたりしていた.また,自分の選択肢を声に出しながら操作をしている利用者もいた.すなわち,音声やテキストなどの自由度の高い入力方法でなくとも,選択式対話のインタフェースにより,利用者に対して十分な対話の楽しみを提供できると考えた.

2.3.3 音声出力・エージェントアニメーション

エージェントの発話および利用者が選択した選択肢について,音声合成による読み上げを行った.前述の評価実験でも述べたとおり,エージェントの発話音声に対して相槌を打つ利用者もおり,対話感を与えることができたと言える.一部利用者から読み上げスピードが遅いという意見もあり,機能として採用したのち,継続的に調整を行った.

また,対話の自然さを演出するために,エージェントの発話に合わせて,口パク,まばたき,からだの揺れのアニメーションを行った.前述の評価実験では,アニメーションに気づいた利用者と気づかなかった利用者がいたが,動きは自然だったというアンケート評価の結果を踏まえ,継続採用とした.

2.3.4 対人チャット・対エージェントチャット

本研究では,利用者同士でリアルタイムに対話する対人チャットと,エージェントと対話する対エージェントチャットの両方を検証した.

対人チャットは,利用者同士で時間を合わせ一度は利用されたものの,その後継続して利用さることがなかった.また,インタビューにおいて,対人のやりとりであれば電話や既存のメッセージアプリで十分であるとの意見があり,停止とした.

対エージェントチャットは,シナリオベースで買い物支援対話や雑談対話を提供した.利用者は,エージェントの案内に応じて操作を行えており,本アプリケーションの主要機能として継続採用することとした.インタビューでは,「地元の観光地について聞こうと思ったができなかった」など,対話内容の拡充について意見があった.

2.3.5 3者対話

対エーエジェント対話において,2体のエージェントと交互に対話するシナリオと,1体が主導し,もう1体が相槌を打つシナリオを提供し,検証した.対話の盛り上がりやエージェントの意見への信頼づけを狙ったが,効果を明らかにするには至らなかった.利用者の注意が散ってしまうとの意見もあり,停止とした.

2.4 中期の実証実験 課題解決に関する機能

前節の調査結果をもとに,我々は,アプリケーションをさらに改良し,御用聞きAI β版(図9)とした.御用聞きAI β版では,上部にエージェント一覧を表示し,利用者が任意に選択したエージェントが中央に登場し対話を行う.エージェントごとに,地域情報表示や商品注文など,提供機能が異なる.画面下部には利用者のアバターと対話の選択肢を表示する.対話内容はテキストと音声で出力される.

御用聞きAI β版 画面スクリーンショット
図9 御用聞きAI β版 画面スクリーンショット

御用聞きAI β版の開発以降,アプリケーションの名称を「御用聞きAI」とし,実証実験を継続した.御用聞きAI β版は,機能ごとに役割を持たせたバーチャルなエージェントを画面上部に一覧で配置し,利用者が目的に応じてエージェントを選択し,対話できるものとした.α版と比較して,エージェント画像,発話テキスト,利用者の選択肢を大きく表示し,選択式対話に特化した分かりやすい表示に変更した.

御用聞きAI β版で,実証実験を行った主たる機能は表3のとおりである.御用聞きAI β版での実証実験は検証事項が,入出力から,商品を購入する,バスの場所を見るなどの機能性に変更されていることが分かる.これは,高齢者へのインタビューの中で,「買い物に困っている」「移動が不便だ」といった意見を受けて,ニーズがあると判断し実証実験の対象とした.

表3 利便性・機能性に関する検証事項
利便性・機能性に関する検証事項

実証実験は,京都府南山城村,徳島県三好市などの基礎自治体および地域事業者と連携し実施した.これらの地域は,商品購入やバス乗車などの実事業を伴った実験が可能であり,自治体へのヒアリング結果からニーズがあると判断して実験を行った.

表3の機能について,バスロケーション通知は京都府南山城村でのみ提供し,その他の機能については,地域ごとに注文商品や地域情報を変更して提供した.

実証実験に際しては,利用者となる地域の高齢者に対して事前に説明会を実施し,30分程度の時間で,基礎自治体や地域事業者の立場から,事業の目的や御用聞きAI β版の使い方などを説明した.実証実験の期間は5日間から14日間であり,御用聞きAI β版をインストールしたタブレット端末を利用者に配布して実施した.

以下に,表3の機能について,採用結果の判断に至った理由を示す.

2.4.1 商品注文機能

選択肢対話を通じて,地域事業者が販売する商品を利用者が注文できる機能を提供した.地域事業者は,管理システムで商品を登録し,注文状況を確認できる.

徳島県三好市では,中山間地域に住む高齢者の買い物支援として,地域事業者によるパンの配達事業と連携して実証実験を実施した.利用者は御用聞きAI β版を通じてパンの種類と個数を指定して注文を行い,地域事業者が決められた日に利用者宅に商品を配達した.図10は,この実証実験の利用者属性と御用聞きAI β版の利用状況を取りまとめた分析報告書である.この分析報告書は,実証実験を行った基礎自治体と地域事業者に提供し,サービス実現に向けた議論に活用した.

徳島県三好市実証実験分析報告書スクリーンショット
図10 徳島県三好市実証実験分析報告書 スクリーンショット

この実証実験では,20名の利用者が10日間,御用聞きAI β版を利用した.利用者の属性としては,男性35%,女性65%であり,全員が59歳以上,最も年齢の高い利用者は100歳男性であった.

実証実験期間中に,御用聞きAI β版を通じて34件のパンの注文があり,御用聞きAIおよびElvez選択式対話AIシステムでの商品受発注が,高齢者にも利用可能であることが分かった.また,1人の利用者が一日あたりにエージェントを呼び出した平均回数(デイリーエージェントコール)は6.06回であり,利用者が商品注文に加え,地域情報表示などを行うほかのエージェントとも対話していたことが分かった.

日別時間帯別発話数は,実証実験期間中に御用聞きAIで行われた対話の発話数を時間帯別に示している.この実証実験においては,午前中の利用が多く,またパンの配達時間後の17時以降,21時以降の夜間にも利用されたことが分かった.

実証実験を受けて,導入の機運が高まり,御用聞きAIおよびElvez選択式対話AIシステムを無償で利用可能なプランも用意した.しかし,受注後のデリバリーに関して,コストが課題となり地域事業者の導入に至ることはなかった.当初計画していた利用者宅への個別配送が難しく,公共施設や自治会と協力して配達場所を集約することや,商品配達以外のサービスと当時に提供することなどを検討したが,運営する事業者への負担が大きく,永続的な仕組みとして構築することは困難であると判断した.

2.4.2 バスロケーション通知・コミュニティバス時刻表表示

交通支援機能として,コミュニティバスのバスロケーション情報と時刻表を,エージェントの発話と画面表示で提供した.

利用者は,交通支援を担う「ドライバーさん」エージェントを呼び出し「時刻表が見たい」や「運行状況を教えて」といった選択肢を選び,バス路線と方面を選択することで,運行情報と時刻表を確認できる.また,「お話ししたい」を選択すると,「最近,運転していて危ないなーって思ったことあります?」といった,交通を話題とした雑談対話も行った.

京都府南山城村にて,新規コミュニティバス路線の運行実証と合わせ検証したが,運用コストの問題から,バスロケーション機能が導入に至らなかったため,御用聞きAIの機能として停止することとした.

コミュニティバス時刻表表示については,バス運行時間外の早朝や夜にも利用があった.比較的低コストで運用ができ,既存路線の情報も提供できたため,京都府南山城村にて正式導入となった.

2.4.3 タクシー呼び出し

前述した「ドライバーさん」エージェントに,「タクシーを呼びたい」という選択肢を追加し,近隣のタクシー会社を選択して,電話またシステムにより配車依頼を行える機能を提供した.

買い物支援やコミュニティバス運行の実証実験時にも利用可能であったが,配車依頼の実利用がなかったため,停止した.

2.4.4 地域切り替え・地域情報表示

御用聞きAI のエージェントと対話内容は,地域ごとに切り替え可能とした.全国1,741市区町村ごとに地域を分け,自治体Webページの表示やごみ収集情報など確認を行えるようにした.

地域情報を担当する「役場職員さん」エージェントを呼び出し,「地域の情報が見たい」を選択すると,ポータルサーバに登録した当該地域のWebページなどを表示した.また,表示後,「知りたい情報は見つかりましたか?」といった問いかけをし,ほかの情報についても表示することを促した.

表示する地域は位置情報から自動的に判定し,また,メニューから切り替え可能とした.

地域情報表示は,実証実験期間を通じて利用があったこと,コミュニティバス時刻表と同様に既存の資源を利用できることから,京都府南山城村にて正式導入され,機能として採用することとした.

2.4.5 自治体告知情報サービス・近隣施設検索

ポータルサーバに登録された自治体の告知情報や施設情報を表示する機能を提供した.前述の「役場職員さん」エージェントにて,「お知らせをききたい」を選択することで,告知を案内し,詳細のWebページを表示した.

利用者や自治体の意見から,自治体告示情報サービスは,防災無線を補完する役割が期待されることが分かった.京都府南山城村では,防災無線で発信している4つのカテゴリ(お悔やみ,ご出生,役場からのお知らせ,災害情報)に分け,情報発信可能な仕組みを構築した.

近隣施設検索では,病院や避難所などのカテゴリを選択して,近くの施設を案内,地図を表示した.Webにて施設情報の追加や更新を受け付けたところ,特に医療関係の施設について情報が多く寄せられた.

2.4.6 電子マネー・決済サービス

プリペイド型電子マネー(第三者型前払式支払手段)が利用できる機能を提供した.本機能は,中山間地域においてATMが減少していることや,地域事業者の現金管理に関するリスク低減といったニーズから実装したものである.

買い物支援の実証実験と併せ,関係者内で試験運用を実施した.機能としての採用可否の判定には,運用体制の構築や利用者への周知など,さらなる検証が必要と判断し,継続検討することとした.

2.5 考察

前節までの実証実験結果から,本研究の基盤サービスが活用されるための要件について,3つの観点から考察する.

2.5.1 対話デザインパターン

これまでの実証実験から,御用聞きAIは,エージェントとの選択式対話をインタフェースとして,高齢者にとっても問題なく利用可能なアプリケーションであることが確認できた.我々は,対話をアプリケーションのインタフェースとして活用するため,効果的な対話が誰にでも容易に生産できる仕組みが必要であると考えた.アプリケーションをより使いやすいものとするため,高齢者から反応の良かった典型的な対話のパターンを「対話デザインパターン」として抽出し,対話内容の改善を行っている.

我々は,実証実験を重ねていく中で,エージェントとの対話はいくつかの典型的なパターンで表現することができるのではないかと考えた.たとえば,御用聞きAIの利用開始時に年齢を聞いているが,エージェントから「えー,ぜんぜん見えない」などと言われると,多くの高齢者はその回答に「喜び」を表していた.同じように,高齢者の回答に対して共感したり驚いたりするようなフィードバックを行ったとき,多くの高齢者が「喜び」を感じている様子がいくつかの対話で見られた.

我々は,これらを「対話デザインパターン」と呼称し,これまでの高齢者との対話を分析し,対話デザインパターンを抽出した.

対話デザインパターンの対話例を図11図12に示す.

情報取得パターンの対話例
図11 情報取得パターンの対話例
説得パターンの対話例
図12 説得パターンの対話例

図11の情報取得パターンは,利用者の様子や意見を尋ねる際の典型的なパターンと考えている.先にエージェントが意見を述べることで利用者の回答を促し,利用者の回答を反復することで共感を示している.

図12の説得パターンは,アンケート調査等を依頼する際に有効なパターンと考える.最初に対応が難しい話題を提示し,続けて比較的に対応しやすい依頼を行うことで,利用者に納得感を与えることが期待できる.

これまでに,話題と話題をつなぐ対話開始パターン,継続パターン,質問や手続きを円滑に進める情報取得パターン,タスクパターン,思慮促しパターン,アンカリングパターン,依頼や情報伝達を行う説得パターン,共感パターン,褒め殺しパターンの9つを抽出した.

対話デザインパターンを活用することで,チャットボットやロボットの対話を作成する際に,人に共感や喜びを与えるためにどのような対話を行えばよいか,容易に設計することができるようになると考える.引き続き対話の分析を行い,定義や分類など,整備を行っていく.

2.5.2 基盤サービスの要件となる機能

本研究では,3年間にわたり,24の機能について実証実験を繰り返し,またサービス公開後も新機能を公開してきた.利用者のニーズと実証実験の結果から,選択式対話インタフェースと,人的負担の少ない情報配信サービスが,基盤サービスの要件になり得ると言える.

我々は,高齢者からのヒアリングを元にニーズがあると判断して実装を行った.しかし,実証実験を通して利用状況を観察すると,ほとんど利用されない機能もあった.我々は,ランニングリーンでも指摘されていたとおり,高齢者が口にするニーズと,高齢者が生活する上で真に必要となるニーズにはギャップがあることを認識し,利用状況を鑑みた上で機能の追加・改善を判断することが重要であるという教訓を得た.

高齢者はアプリケーションの機能を利用可能ではあるものの,従来取り組まれていた買物難民対策,交通難民対策からのアプローチでは,地域事業者の負担が大きく事業として永続的な仕組みを構築することは困難であると判断した.

一方,人的負担の少ない情報配信については,京都府南山城村で導入されたことも踏まえ,人口の少ない過疎関係市町村においても取り組み可能なサービスであると言える.

2.5.3 サービス定着に必要な仕組み

実証実験を通じて,我々は基盤サービスが定着すれば,弱いつながりにより強いコミュニティが形成できるとの直感を得た.なぜなら,短期間ではあるが,買い物支援や交通支援を行った地域は,地域事業の利用が活発になり,コミュニティの交流が盛んになったからである.

1.1節の研究背景で述べたとおり,人口減少社会においてダンバー数を満たすようなコミュニティを形成するためには,ICTやAIを利活用した弱いつながりを実現することが必要である.現在普及しているSNSでは,商品注文や事業者への問合せ,家族や友人への連絡,自身のアクティビティの共有などによりコミュニティ形成が実現されている.このうち商品注文や事業者への問合せは,人口の少ない過疎関連市町村では,地域事業者の負担が大きく永続的な仕組みを構築できない可能性が高い.また,特に独居の高齢者に対しては,家族や友人への連絡,アクティビティの共有として見守りサービスが取り組まれているが,監視に近い心理的要因や人的負担により普及には至っていない.

これらのことから,我々は,実証実験により採用と判断した機能に加え,次の2つの仕組みが人口減少社会において基盤サービスを定着させるための要件であると結論づけた.1つ目は,情報技術により人的負担を極力低減する仕組み,2つ目は利用者自身の情報についても共有可能な仕組みである.これらを踏まえて,第3章では今後の計画および御用聞きAIのさらなる改善アイディアについて述べる.

3 今後の取り組み

3.1 人的負担の少ない情報共有機能

1.1節で示したとおり,人口減少社会における基盤サービスは,高齢者や知的ハンディキャップを持った障碍者も利用可能であり,弱いつながりを維持すること強いコミュニティを形成し,互助の可能性を増大させるサービスである.

2.5.3項で示したとおり,弱いつながりを維持するためには,高齢者,家族,基礎自治体,企業を巻き込み,負担なく情報共有が行えるさらなる仕組みが必要である.御用聞きAIは,2018年4月に正式版として公開以降,表4に示す機能について実装,公開を行い,情報共有,コミュニケーションに関する機能の拡充に努めている.特に,高齢者の状態を「生活元気度」として定量的に計測し,高齢者が自身の状態を知るとともに,家族や基礎自治体などと共有する仕組みづくりを進めている.また,人的負担を低減しながら情報共有する仕組みとして,一般のニュースを自動的に収集し提供するニュースキュレーション機能,アンケートを対話形式に自動変換しエージェント対話で情報収集を行うスマートアンケート機能の試験運用を開始した.

表4 情報共有・コミュニケーションに関する機能
情報共有・コミュニケーションに関する機能

3.2 生活元気度

生活元気度は,高齢者のアクティビティを定量化するための指標である.生活元気度を計測することで,高齢者本人が自らの状態を把握したり,家族,基礎自治体,医療介護事業者によるプライバシーに配慮した見守りを実現できたりすると考える.

2018年10月以降,我々は「生活元気度チェック」という名称で,利用者の日常生活について選択式対話で聞き取りを行い,4段階のアドバイスを回答するエージェントを公開した.2018年11月から翌年2月までの集計において,御用聞きAIでやりとりされた発話の11%が生活元気度チェックでの発話であった.我々は,利用者が自身の生活元気度を知ることに一定のニーズがあると判断し,御用聞きAIの利用状況から生活元気度を定量化することにした.

現在の生活元気度は,御用聞きAIのログイン回数,利用者の発話数,利用時間,エージェント選択回数の4つのデータを元にしており,直近3日間のデータについて25点満点で点数づけを行い,合計100点満点として算出している(表5).表5の算出方法による生活元気度をVer.0.1と定義し,現在,対話結果とアプリケーション利用状況の両方を踏まえた算出方法について検討を行っている.

表5 生活元気度 Ver.0.1(直近3日間のデータ,各上限25点)
生活元気度Ver.0.1(直近3日間のデータ,各上限25点)

我々は,この生活元気度は,御用聞きAIのみの利用にとどまらず,高齢者の生活実態に関するデータが広く反映され,さまざまな企業サービスで利用可能なものであると考える.

高齢者の健康状態を把握するものとして,厚生労働省が主導する「基本チェックリスト」がある[16].「基本チェックリスト」は,普段の生活や心身の状態に関する25項目の質問で構成されており,基礎自治体や地域包括支援センタが高齢者の健康状態を定期的に把握し,介護サービスの振り分けなどに利用されている.

また,高齢者の生活実態を鑑みると,電気,ガス,水道,バス,タクシー,デイケアなど,多数のサービスを利用している.これらのサービスの利用状況は,高齢者の健康状態を把握する上で,有用なデータになると考える.

これらを鑑みると,生活元気度は,「基本チェックリスト」と整合性をとるとともに,高齢者がよく使うサービスの利用状況を反映した,精度の高い指標となることが望まれる.

表6は,「基本チェックリスト」に挙げられている質問項目について,企業サービスとの接続を整理したものである.エージェントとの対話による質問と企業サービスの利用状況を組み合わせ,高齢者のアクティビティを定量的に把握することが,生活元気度のあるべき姿と考える.

表6 基本チェックリスト質問項目と対応する企業サービス
基本チェックリスト質問項目と対応する企業サービス

我々は,精度の高い理想的な生活元気度実現のため,高齢者が利用するサービスを運用する企業との協業を行い,生活元気度の議論,実装を推進するワーキンググループを立ち上げた.当該ワーキンググループは,医学,ソフトウェア工学,ロボティクスの専門家に加え,高齢者との接点が多く,生活元気度が事業にプラスになる可能性の高い企業で構成されている.

また,各社のサービスの独立性,個人情報保護の2つの観点から,生活元気度を算出する機能をアプリケーションとして独立させ,WebAPIとして利用可能な,生活元気度OpenAPIプラットフォーム(図13)の提供を検討している.生活元気度OpenAPIプラットフォームは,多くの企業から利活用できるよう「(一社)日本意思決定支援推進機構(通称:意思決定能力評価・サポートセンター)」などの中立的な組織で運営・事業化することを目指している.

生活元気度OpenAPIプラットフォーム
図13 生活元気度OpenAPIプラットフォーム

3.3 現在の御用聞きAI

我々は,2016年2月から研究を開始し,御用聞きAI α版,β版と改良を重ね,2018年4月に御用聞きAIを正式に公開した.サービスを永続的な仕組みとして提供するためには,事業化が必要であるが,企業,自治体が,御用聞きAIを用いて,情報発信ができるよう工夫を行い,マネタイズを目指している.現在,自治体としては実証実験先のひとつであった京都府南山城村が,企業としては高齢者向け新規事業に取り組んでいる大手企業が,御用聞きAIおよびElvez選択式対話AIシステムを有償で利用開始している.

御用聞きAIのビジネスモデルを図14に示す.ビジネルモデルは広告モデルと同様である.御用聞きAIに「公式エージェント」として専用のエージェントを登場させ,代わりに企業はシステム利用料を負担する.当初は,全国の基礎自治体を対象として事業を組み立てていたが,結果が思わしくなかった.2019年4月からは,主として企業を対象として事業を組み立てるよう方針を変更している.

御用聞きAIのビジネスモデル
図14 御用聞きAIのビジネスモデル

図15は,御用聞きAI 正式版のスクリーンショットである.左図は公式キャラクターの一覧画面である.β版のエージェント一覧と比較して表示が大きくなり,エージェントを選択しやすくなっている.右図はエージェントとの対話画面である.従来の選択式対話に加え,日付,天気,生活元気度,ニュースなどの生活情報を表示している.

御用聞きAI正式版スクリーンショット
図15 御用聞きAI 正式版 スクリーンショット

御用聞きAI 正式版では,3.2節で示した生活元気度に加え,高齢者とその家族同士で生活元気度を相互に閲覧できる「かぞく機能」,ビデオ通話機能などを実装している.また,日付,天気,ニュースといった生活に必要な情報を提供し,生活に必要な情報共有が可能となるよう改善を続けている.

また,生活元気度ワーキンググループ各社と連携し,今後,さまざまな分野での御用聞きAIの利活用を予定している.たとえば,電子マネーと組み合わせることなどである.

ICT発展の恩恵が,世界中のすべての人に届くよう研究,開発,事業化に取り組んでいく.

参考文献
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  • 15)冨永善視,坂本諒太,小川浩平,渡辺美紀,松井暢之,曽我⼀弘,田中秀樹,油谷実紀,石黒 浩:三河屋さん:選択式対話を用いた高齢者向け御用聞きエージェントの開発,HAIシンポジウム2016 (2016).
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冨永 善視(学生会員)yoshimi.tominaga@elvez.co.jp

2012年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科修士課程修了.2013年TIS(株)入社.R&D組織にてOSSプロダクト開発と技術検証に従事.2016年より(株)エルブズにて「御用聞きAI」の開発に従事.2018年大阪大学基礎工学研究科博士課程入学.

田中 秀樹(正会員)hideki.tanaka@elvez.co.jp

(株)エルブズ 代表取締役社長.博士(工学).NTTデータ在職中シリコンバレーにてWebシステム開発のち起業.アントレプレナーシップ,ソフトウェアエンジニアリングについて大学で教鞭をとりつつ,起業家として経験を重ねる.2016年2月エルブズ創業.日本初のAIによる異常検知を利用した見守りシステムの特許を取得し高齢者向け対話アプリ「御用聞きAI」を開発.

成本 迅(非会員)jnaru@koto.kpu-m.ac.jp

京都府立医科大学卒業.2001年 京都府立医科大学大学院修了.京都府立医科大学大学院医学研究科 精神機能病態学 教授.日本精神神経学会・日本老年精神医学会専門医・指導医.日本生物学的精神医学会・日本神経精神医学会・日本老年精神医学会 各評議員.日本老年行動科学会 理事.(一社)日本意思決定支援推進機構 理事.専門領域は老年精神医学.

石黒 浩(正会員)ishiguro@irl.sys.es.osaka-u.ac.jp

1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了.工学博士.その後,京都大学情報学研究科助教授,大阪大学工学研究科教授等を経て,2009年より大阪大学基礎工学研究科教授.ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー).2017年から大阪大学栄誉教授.専門は,ロボット学,アンドロイドサイエンス,センサネットワーク等.2011年大阪文化賞受賞.2015年文部科学大臣表彰受賞.

小川 浩平(正会員)k-ogawa@nuee.nagoya-u.ac.jp

2008年よりATR知能ロボティクス研究所にて,ヒューマンロボットインタラクションに関する研究に従事.2010年,公立はこだて未来大学博士後期課程修了.システム情報科学博士.2012年より大阪大学基礎工学研究科助教,2017年より同大学講師.2019年10月より名古屋大学大学院工学研究科准教授.ロボットを用いた対話研究に一貫して興味を持ち,フィールド実験を通じたロボットの実用化技術に関して多数の研究を発表している.

投稿受付:2019年6月16日
採録決定:2019年11月19日
編集担当:赤津雅晴((株)日立製作所)