デジタルプラクティス Vol.11 No.1(Jan. 2020)

医学的知識を持つ介護従事者育成のための認知症見立て遠隔講義システムの開発

神谷 直輝1  吉沢 拓実1  石川 翔吾1  小林 美亜1  上野 秀樹2  村上 佑順3  桐山 伸也1  竹林 洋一1

1静岡大学  2千葉大学医学部付属病院  3(一財)オレンジクロス 

介護現場において改善可能な認知症を見逃さないためには,医学的知識に基づいて認知症の状態を評価する見立てを学んだ介護人材の育成が不可欠である.しかし,1)認知症の見立てを学ぶ学習会の開催において講師の時間・場所の制約が強く,また,2)学習会における症例検討への取り組み方が,全学習会を通じて獲得した見立てスキルにどのようにつながるのか,という学習プロセスが分からない,という2つ課題がこれまでの学習会の開催経験から明らかになってきた.そこで,認知症の見立てを学ぶための遠隔講義システムを開発し学習効果を検証した.本システムは,1つ目の課題に対して遠隔講義の模様を講師の表情や身振りを交えた動きと講義資料に分けて配信する視聴覚環境を備え,2つ目の課題に対しては,学習者がスレート端末を用いて症例検討の結果を入力すると,その内容が遠隔地の講師と共有され,また,入力内容を時系列データとして蓄積できるという特徴を持つ.本システムを用いた認知症見立て学習会を毎月2時間,6回の学習会を6カ月間開催し,学習前後の効果測定を行った.その結果,学習効果と入力プロセスには参加者ごとに特徴があることが明らかになり,18名中15名に見立てスキルの向上が認められた.講師の主観評価からは学習プロセスの表出化が指導しやすさに寄与することが分かり,本システムが個別の学習支援につながる可能性が示唆された.

1.はじめに

超高齢社会を迎え,認知症を持つ高齢者等にやさしい地域づくりが進められている[1].誰もがかかわる可能性がある認知症への社会の理解を促すとともに,医療,介護に携わる人材の育成と医療・介護等の有機的な連携に基づく仕組みづくりが進められている.

認知症の状態を引き起こす原因は70種類以上あるが,治療により改善が期待できる原因もある(医学的に改善可能な認知症)[2][3].脳機能を低下させる原因を取り除くことで認知機能を回復させることができ,その診断を下すためには日常生活の中で捉えた状態像にかかわる情報が欠かせない.たとえば,薬剤性せん妄(本研究では改善可能な認知症の1つとして位置付けている)による認知症の症状は,薬剤の減量・中止により,軽減・改善が可能である[4].高齢者の安全な薬物療法ガイドラインでは,せん妄を引き起こしやすい薬剤を「特に慎重な投与を要する薬剤」としてリストにあげている[5].このような薬剤が処方されている場合には,身近にいる家族や医療・介護従事者が状態の変化に気づき,医療機関に伝え,早期発見・対応につなげることが重要となり,ケア資源を有効活用することができる.

医学的に改善可能な側面を見逃さないためには,身近な人が改善可能な認知症について学び,その知識をもとに認知機能が低下した状態を適切に評価する「見立て」の能力が不可欠である.これは,医師が原因疾患を鑑別診断するプロセスとは異なり,あくまでも身近な支援者が改善可能な認知症の可能性を検討することを意味する.本稿では,医師ではない人々が医学的知識を用いて状態を評価する技術を見立てスキルと呼ぶ.

これまで身近な人が見立てに関する医学的な知識を学び,その知識を状態の理解に適用する見立てスキルの育成を目指した学習プログラムがなく,精神医学の分野においても見当たらない.そこで,筆者らは経験豊富な精神科医の見立ての知識を学ぶ仕組みを構築してきた[6].本稿では,医学的知識の乏しい介護職に見立てを学んでもらうために,遠隔地にいる講師から認知症の見立てを学べる遠隔講義システムの開発を目指す.以下,第2章で認知症の見立てを学ぶための2つの課題について述べ,第3章で遠隔講義を提供する視聴覚環境と,学習プロセスを分析するための症例評価の過程を収集するスレート端末型入力ツールによる遠隔講義システムを示す.第4章で遠隔講義システムの実践結果から得られたデータに基づく学習プロセス把握のための入力プロセスの分類結果を示し,第5章で考察,第6章で結論を述べる.

2.認知症見立て学習会

認知症は,一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し,日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態と定義される[7].すなわち,1)後天的な脳の障害によって認知機能障害(記憶障害,見当識障害,理解・判断力の低下)が現れること,2)認知機能障害のある本人と周囲の人や環境との関係性の中で生活障害が生じること,の2つの側面に分けられる.生活障害への対応は生活環境の設計やコミュニケーションが中心となるが,その生活障害を生じさせる認知機能障害は医学的な対応が必要となる.医学的に対応する側面を見つけるには,表1のようなアセスメント方法への理解が欠かせない.

表1 医学的に改善可能な認知症に気づくポイント
医学的に改善可能な認知症に気づくポイント

そこで筆者らは,改善可能な認知症を見逃さないための医学的な知識を十分に持たない家族や介護者,知識を深めようとする医療従事者などを対象とした見立ての学習会を設計し,実践してきた.継続的に学習会を開催する中で筆者の上野は,医師の見立てを表2に示すようにモデル化した.このモデルは,見立てを行う際のステップにも対応する.ステップ1-1,1-2,1-3では,それぞれ認知機能障害,生活障害,精神症状の評価を行う.認知症の状態か判断するために生活障害について検討し,その生活障害を引き起こす原因となる認知機能障害と精神症状について検討する.ステップ2では改善可能な側面の検討を行い,生活支援と並行して認知機能の回復を目的とした治療につなげる状況の分析を行う.ステップ3では,改善可能な疾患以外の疾病の判断を行う.このモデルが認知症の状態像を評価する見立ての基準となる.

表2 認知症の見立てモデル
認知症の見立てモデル

学習会の設計にあたっては,座学を中心とした従来型の教授方式は,自発的な学習につながらず,自身の経験知と結びつかないことから,実践可能な知にならないことが指摘されている[8].そこで,学習会の参加者が症例の分析を通じて認知症の見立てを協調的に学べる学習プログラムを設計した.以下にその特徴を示す.

  • 認知症の症例を見立てるプロセスは,医師が認知症の状態像を探るプロセスをもとに設計されている.学習者は表2のステップに沿って医師の見立ての知識を活用し,症例の状態評価や改善可能な側面の検討を行う.
  • ケースメソッドアプローチ[9]の構成を参考に,症例検討を通して①個人で学び,②グループワークで学び,③総合討論で全体に共有しながら学びを深めるという流れで進行する.個人やグループで症例を検討した結果は,見立てモデルの評価項目に沿って記述欄を設けた見立てシートに記入する.
  • 参加者同士で活発なインタラクションができるグループワークを中核とする.ファシリテータや書記などの役割を設けず,協調的にさまざまな意見を出し合いながら自発的に学ぶことを重視する.
  • 症例に対する結論は出さず,症例の情報をあえて少な目に提示し,さまざまな可能性があることに気づくこと,そして,当事者との良好な関係を作り,当事者に対する理解を深め続けることを意識させる.

このような特徴を持つ認知症見立て学習会を本研究では,認知症見立て塾と呼ぶ.

認知症見立て塾を半年間,月に1度の頻度で継続した結果,医療・介護従事者だけでなく,専門職ではない認知症の人の家族も深いレベルの検討が可能となり,実践可能なスキルの獲得につながっていることが示されている[10].見立てを学び,実践できる見立てスキルを持つ地域人材を増やすために,福井県や千葉県,福岡県など多くの地域で見立て塾の開催を重ねる中で次の2つの課題があることが分かってきた.

講師は診療の合間に各地で見立て塾を開催するため1)時間や場所の制約が強く,多忙な医師や参加者が集まることが難しいことが分かってきた.そして,2)学習会での症例検討への取り組み方と,すべての学習会を終えた際の見立てスキルの習熟度との関係が分からない,という課題である.

まず,1つ目の課題は,講師役を務める医師は診療の合間に各地で見立て塾を開催するために,時間や場所の制約を強く受けるという課題である.また,見立て塾の参加者は,普段から認知症の人の介護や支援を行う者が多いため,皆が参加できる時間や場所の設定が難しい.

認知症見立て塾は,認知症の介護に携わる多様な人々が集まり,改善可能なさまざまな側面について各々の立場から意見を出し合いながら学ぶことを大切にしている.そのような学びを通して自身の専門性の高め,幅を広げるために参加する学習意欲の高い人たちが学ぶ場であり,学習の目的という視点では学校教育よりもリカレント教育や企業研修に近い.そのような教育を促す仕組みとしてオンライン教育への関心が高まっており,JMOOC[11]のように無料で受講できるサービスもある.e-Learningの特徴は効率的に学習サービスが提供できる点であり,オンライン上のコンテンツを視聴できる環境さえあれば学ぶことができる.しかしながら,認知症見立て塾では,参加者同士でさまざまな意見を出し合い,協調的に学ぶグループワークを中核とするため,一方向的な映像視聴サービスでは従来のような学習プログラムを実践することが難しい.

そして,単一の正解を求めず,多職種の知識や経験に基づいたインタラクティブで多面的な検討が期待される一方で,認知症の見立てを学ぶための基礎となる知識や経験に差があり,見立ての理解の仕方や見立てスキルの習熟度にばらつきがある.そのため,どのように学習会に参加し,見立てスキルを獲得したかという学習プロセスに合わせた介入が難しく,まずは,個人ワークやグループワークでの症例検討の取り組み方とスキルの習熟度の関係を探る必要がある.これが2つ目の課題である.この学習プロセスの表出化は,遠隔であるかどうかにかかわらず学習においては本質的な課題であり,多様な学習者がどのように学んでいるかを理解することが学習会や教材を改善する手がかりとなる.たとえば,グループワークで理解が不十分な人に他の学習者が教える場面があり,繰り返し聞くことで理解する人,誰かに教えることで理解を深める人など,学ぶ過程に違いがある.

これまでの見立て塾では,学習者の見立てスキルを総合討論にて対話的に症例の検討結果や疑問点を掬いあげていたため,各学習者の見立てた結果に基づいた学習プロセスの把握が難しかった.あるいは,見立て塾終了後に,手書きで記入してもらった見立てシートを回収してその内容を評価していたが,学習者が1人で考えた内容なのか,誰かの見立てを参考に記述したのか,あるいは講師の解説を書きとめたのか判別することができず,見立てスキルと学習方法を総合的に評価するしかなかった.本稿では,第3章で時空間の制約を緩和するための双方向の遠隔講義システムとその中での個別の入力状況を確認できるシステムを提案し,また,第4章ではシステムを実践した結果,入力システムで蓄積された入力データを分析することで,個別の学習プロセスの分類の根拠となる入力プロセスのタイプ分けができることを示す.

3.遠隔講義システムの開発と評価

3.1 遠隔講義システムの基本設計

図1に遠隔地にいる講師が認知症見立て塾を開催することができる遠隔講義システムを示す.本システムは,第2章で掲げた2つの課題に対して2つのポイントを持つ.1)講師と学習者の映像と音声でコミュニケーションできる視聴覚環境の整備,2)遠隔地の講師が学習者の見立てを把握するための見立て入力ツールの開発である.1つ目の課題には主にポイント1が対応する.認知症見立て塾では,さまざまな改善可能な側面について学習者が見立てた内容を単純な正否で評価することができず,また,見立てを学ぶ上での専門的知識にばらつきがあるため学習プロセスに応じた講師のフィードバックが欠かせない.そこで,視聴覚情報と見立ての状況を講師に提示することで学習者の状況を伝え,その状況に応じた講義を可能にするインタラクティブ性を持った遠隔講義システムを構築した.

認知症見立て塾の遠隔講義システム
図1 認知症見立て塾の遠隔講義システム

まず,視聴覚情報として講師には,学習者全体の反応と自身の資料が適切に表示されているか確認するための2視点の映像と,会場のハンドヘルドマイクの音声を送る.学習者には,講義資料の映像と講師の表情が確認できる映像をプロジェクタスクリーンに投影し,講師がその場にいないことで失われる視覚的な非言語情報を補えるようにした.また,遠隔講義では講師が学習者に直接的に介入できないため,一人ひとりの学習プロセスを伝える工夫が必要となる.そこで,学習者に見立てた内容をスレート端末に入力してもらい,その内容を講師に提示する仕組みを整備した.入力情報は5秒間隔で更新され,講義内容に対するフィードバックとして,学習者の見立ての適切さ,興味深い意見など入力内容を個人ワークやグループワーク中に講師が確認することができる.

2つ目の課題にはポイント2が対応する.入力支援ツールで収集した入力情報を講師に提示するだけでなく,各学習者の入力プロセスと学習効果の観点から一人ひとりの学習プロセスの分析に応用する.学習プロセスの分析については4節にて詳細を述べる.

3.2 視聴覚環境の整備

遠隔講義システムにおける1つ目のポイントの視聴覚環境について説明する.参加者側の会場にはスクリーンを2つ設置し,講師が配信する講義資料と講師の表情を確認できる映像を投影した.スクリーンが見づらい場合を考慮して,講義に必要な資料を適宜印刷して配布した.会場の映像は,学習者の様子を会場の前方中央乃至前方側方から撮影した映像と,講師がスクリーンに投影されている資料の状況を確認するためにスクリーンを撮影した映像の2種類を会場から講師に対して配信した.会場の音声はハンドヘルドマイク1つを用意して会場にいる進行役の発言や参加者の質問を講師へ送信した.進行する際の指示の出し方,講義やグループワークなどの時間配分は,本番同様の遠隔講義システムを用いたリハーサルに基づいて講師と相談して設定した.

3.3 入力支援ツールの開発

図2に学習者が見立てた結果を入力するツールの基本画面を示す.症例を見ながら見立てが進められるように画面上部に症例,下部に入力欄を提示した.学習者は,個人で見立てた結果をツールに入力し,その内容をもとにグループで議論し,見立ての内容を充実させる.その入力された内容は,講師用の画面(図3)にて見立てシートの質問項目の順で一覧表示される.講師用画面に提示された入力内容は30秒ごとに更新され,講師は,一人ひとりの見立てた結果や入力が滞っている質問項目などを確認することができる.入力内容の変化に着目しやすいように30秒前と変化がない場合の枠の色を黄色,60秒以上変化がない場合は赤色で表示するよう設計した.また,学習会の進行に沿って見立てられるように,講師が回答を許可した質問項目のみ学習者が回答できるようにする機能を設けた.講師用の画面にて「この質問に入力許可を出す」というボタンが押下されると学習者に回答権限が発行され,学習者は「(質問番号)の回答を始める」ボタンを押すことでその質問番号の入力欄に回答できるようになる.講師が回答権限を発行していない質問番号に対しては,学習者は回答を始めることができない.

入力支援ツールで提示された見立てシートの画面
図2 入力支援ツールで提示された見立てシートの画面
講師用の画面
図3 講師用の画面

入力端末にはiPad Air 9.7インチを採用した.入力内容は一定間隔でサーバ上のデータベースに送信されるが,ネットワークの障害や端末で不具合が発生した場合にデータを紛失しないように端末内のローカルデータベースに保存するよう設計した.また,ローカルデータベースから入力内容を復元できるため,アプリケーションを再起動させてしまってもスムーズに学習会に復帰できる.

3.4 分析対象とする学習の場

医療従事者・介護従事者を対象にした認知症見立て塾を月に1度2時間,6カ月間開催した.毎回,観点の異なる症例を使用した.表3に各学習会の概要,表4に参加者の構成を示す.全6回のうち第1回と第6回では,見立て塾の効果測定用のアンケートを実施した.見立て塾に参加する半年間の前後で同じ効果測定用の症例を提示し,見立てのモデルに従った同じ質問項目に回答もらい,見立てスキルが向上するか調査した.効果測定用の症例とアンケート項目を表5表6に示す.学習者全員には見立て入力アプリをインストールしたスレート端末を渡し,紙に印刷した症例を読みながら効果測定用アンケートを入力してもらった.初回の効果測定後には症例の用紙は回収した.

表3 開催した認知症見立て塾の情報
開催した認知症見立て塾の情報
表4 資格でカテゴリ分けした参加者の属性
資格でカテゴリ分けした参加者の属性
表5 効果測定用の症例
効果測定用の症例
表6 効果測定用アンケートの項目
効果測定用アンケートの項目

見立て入力アプリに入力された学習者の回答情報は,すべての回で滞りなく講師に配信することができた.グループのメンバ構成は,毎回異なるように配置した.初回のガイダンスと効果測定用アンケートを受けられなかった参加者と3回以上欠席した学習者は,他の学習者とのグループワークで知識の差による影響が生じる恐れがあると考えたため,それ以降の見立て塾への参加および聴講は辞退してもらった.さらに,サンプル数が少ないため欠席による欠損値がある参加者を除外して18名を分析対象とした.以降,3.5節および3.6節では,1つ目の課題に対する結果として本システムを用いた認知症見立て塾の学習効果および主観評価について述べ,4節では,2つ目の課題に対する結果として学習効果の観点から入力プロセスを分析した結果を示す.

3.5 見立てスキルの前後比較

半年間の見立て塾による見立ての変化を図4に示す.講師を務める医師に参加者と同じ効果測定用アンケートに回答してもらい,その解答を基準に参加者の見立てを点数化して半年間の得点差を算出した.その結果,18名中15名に得点の上昇が見られた(p<.001).2名は点数に変化がなく,1名は得点が減少した.学習前に得点が低い学習者ほど学習後の得点の上り幅は大きくなる傾向が見られた(相関係数r=-.81, 決定係数r2=.66).しかし,学習前後の得点には相関がなく(r=.13),学習前に同じ点数であっても上り幅が異なる場合や,同じ職種であっても学習後の点数が異なる場合があった.

学習前後の効果測定の得点の変化
図4 学習前後の効果測定の得点の変化

3.6 遠隔講義システムの主観評価

遠隔講義システムに対して,「先生の言葉が一部聞き取りにくかった」「入力に手間取ってしまう」など感想が寄せられたが,適切な出力のスピーカに変更し,講師にヘッドセットマイクを使用してもらうことで音環境を改善し,入力の負担感については第4回目以降は聞かれなくなった.

入力しづらいという声が参加者から寄せられていたが,回答の模様を講師がリアルタイムで確認できることで双方向性が増すというメリットもあった.講師役の医師からは,紙ベースの認知症見立て塾との比較について「リアルタイムで参加者が何を考えているのかを把握できるため,その後の講義内容を参加者の理解に理解に合わせて変更したりすることができる.具体的にはよく理解できている点の説明をはしょったり,理解不足を思われる点を詳しく説明したり」という報告があり,学習者の理解度の把握に合わせた説明や講義の進行ができたという評価を得た.見立て塾では,個人で見立てた結果や疑問点などをグループで共有することで,見立てが集約されるという特徴を持つ[10].半年間の見立て塾を通して多くの参加者に得点の増加が見られたが,同職種間での得点の差や,上がり幅の違いなど,参加者によって学習効果に違いがあり,講師は回答状況や視聴覚情報から学習プロセスを推察しながら講義していることが分かってきた.

4.遠隔講義システムにおける認知症見立ての学習プロセスの分析

4.1 学習者の見立てた結果の収集

各学習者の学習プロセスに基づいた講義の実現に向けて,各学習者の6回分の入力情報と半年前後の効果測定結果をもとに入力プロセスのタイプを分析した結果について述べる.表7に各学習者の入力情報と学習効果との関連について分析した結果を示す.

表7 参加者の入力プロセスのパタンの分析
(事前知識の目安として職種を表中に示す.看:看護師,介:その他医療介護従事者,事:専門職以外の事務職.括弧内は四分位範囲.GW:グループワーク)
参加者の入力プロセスのパタンの分析

まず,入力支援ツールで取得した入力情報に関する結果について述べる.収集した情報は,個人ワークからグループワークまでの流れにおける参加者の回答率の変化,入力文字数の変化,入力テキストに含まれる見立てに関連するキーワードの出現率である.

回答率 個人ワーク終了までに記入すべき項目に対して1字でも入力されていたら回答済みとして数え,記入すべき項目に対する回答済みの項目の割合を回答率(A)と定義した.また,回答率(A)に対してグループワークで増えた回答の割合を回答の増加率(Ar)と定義した.

入力文字数 認知症見立て塾の第1回から第6回までの見立てシートは,毎回設問項目が異なるため,見立てのモデルに従った各回の共通する質問のみ集計した.見立てのモデルの1-3と3を除いた記憶障害,見当識障害,家庭内外のIADL,BADL,改善可能な部分に関する検討についての質問項目を集計対象として,個人ワーク終了時の入力文字数の合計を算出した.参加者ごとの入力文字数の中央値を(L),グループワーク中の増加率を(Lr)とした.

キーワードの出現率 見立てる際のキーワードの出現率を調査した.具体的には効果測定用アンケートの「1.⑥精神症状」と「2.①治療可能な認知症の検討」の選択肢の単語と,講義資料の「改善可能な認知機能障害の原因(気づきのポイント)」の単語が,個人ワーク終了時の記述に含まれる割合(Wm)を算出した.記述テキストの分割にはUniDic-MeCab[12]を使用した.

4.2 学習プロセスの分析

表7に示した回答率,入力文字数,キーワードの出現率は,第2回から第5回までの見立て塾各回の中央値である.各入力情報の特徴と学習効果の得点との関連を以下に示す.

回答率の特徴 グループワーク前後での回答率を比較したところ,回答率が低い参加者はグループワークで回答率を上げる傾向があった(r=-.72, r2=.52).学習前後の効果測定の得点とは相関はなかった.

入力文字数の特徴 学習会終了時の入力文字数は,全6回の18名の中央値が205字で最少で88字,最大が543字であり,入力文字数が少ない参加者は学習前の得点が低くなる傾向があった(r = 0.50).また,学習前の得点が低い参加者は,グループワークで追記する文字数が多くなる傾向があった(r=-.29).しかし,学習後の得点には個人ワーク中の入力文字数と相関がなかった(r = .06).

キーワードの出現率 入力文字数(L)が少ないほど見立てのキーワードの出現率(Wm)が高くなる負の相関があった(r=-.54, r2 =.29).

さらに,入力プロセスと学習前後の効果測定用アンケートの得点との関係を調べるため,回答率,入力文字数,キーワードの出現率ごとに上位「1」と下位「0」に分けた.学習プロセスについて入力プロセスと学習効果の観点から分析した結果を表8に示す.パタン①~④は,学習前後の見立てスキルの習熟度別に入力プロセスを分類して得た傾向であり,パタン①およびパタン②は学習前の得点に対する入力プロセスの傾向,パタン③およびパタン④は学習後の得点に対する傾向である.また,学習プロセスについて,入力支援ツールを用いた学習会への取り組み方という観点で分析した結果を表9に示す.

表8 入力プロセスのパタンと学習効果との関連
入力プロセスのパタンと学習効果との関連
表9 特徴的な入力プロセスのパタン
特徴的な入力プロセスのパタン

学習前に得点が高い学習者は,入力プロセスのパタン①に分類され,文字数(L)や出現率(Wm)が高かった.医学的知識が豊富な看護師は,4名のうち3名の文字数(L)は少なく,文字数の増加率(Lr)が中央値以上であった.学習後の得点に対して文字数(L)と出現率(Wm)の相関はなかった.学習前の得点が低い学習者は文字数(L)が少なく,グループワークでの追記によって増える文字数の割合(Lr)が高いというパタン②の特徴があった.学習後の得点が高い学習者は入力パタン③の特徴を持っており,見立てに用いるキーワードを多く使用する,あるいは,グループワークでも追記する量が多いという特徴があった.一方で学習後の得点が低い学習者は,入力する文字数は多くても見立てに関するキーワードの出現率が低いという入力パタン④の特徴を持っていた.

見立て塾の中で積極的に症例を検討した結果を入力していた学習者に着目すると,グループワーク中に積極的に自身の見立てた結果をアップデートする様子が見られたが,学習前後の得点との関連は見られず,学習後の得点が減少した者や変化がなかった者も含まれていた.パタン⑤に該当する3名の学習者のうち,2名が看護師であった.パタン⑥は文字入力が少ない学習者であり,パタン①~⑤のいずれにも該当しなかったが,学習後の得点は増加していた.

4.3 学習者の特性を用いた学習プロセスの分析

これまでの分析結果から,学習効果が参加者によって異なった背景には個々の学習プロセスがあり,学習効果に対応した入力プロセスの異なる4つの群と学習会の取り組み方に関連した入力プロセスの異なる2つの群があることが明らかになった.各々の入力プロセスで多くの学習者は学習効果を得ていたが,1名は効果測定の得点が減少したため,その学習プロセスを回答内容を用いて詳細に分析した.

効果測定の回答を確認すると,家庭外のIADLとBADLの質問項目にて,学習前はそれぞれ「はい」「判断できない」から学習後の「判断できない」「いいえ」に変化し,得点を落としていた.その参加者ID4は看護師であることから考察すると,どちらも医療的な知識に加え,生活の知識を要する質問であるため判断に迷いが生じた可能性が考えられる.その他の要因には,グループワーク中の過度な文字入力による認知的負荷が大きく,理解の妨げになった可能性もある[13].

また,学習前の得点が高いほど学習効果が小さくなる傾向があった.天井効果が生じたため学習後の得点が伸びなかったという場合も考えられるが,効果測定で評価できる見立てスキルの限界が見えてきたという可能性もある.

見立てには単一の正解が無い.改善可能な部分を医療と生活の両側面から検討する思考プロセスや検討した内容を現状の効果測定用のアンケートは単純化して測定している.そのため,見立ての知識やスキルの変化を分析するためには,学習プロセスの質的な分析が必要だと考えられる.具体的には,キーワードの出現率だけではなく,その使われ方を分析し,見立て塾での知識の変遷を表出する仕組みの構築が課題である.

5.考察

今回,講師・運営サイドの支援として,遠隔講義システムを開発し,本システムを用いた学習会を実践した.課題1に対して双方向の視聴覚環境の構築と,遠隔講義を円滑にするためにスレート端末を使った回答の講師との共有を行った.半年間の学習前後で効果測定用アンケートを実施した結果,得点が上昇しており,学習者の見立てスキルが向上したと考えられる.また,学習者の入力状況を把握しながら講義が進められる点について講師から肯定的な意見が得られ,遠隔地からの参加であっても学習プロセスを確認しながら認知症見立て塾を実施できることが示された.この学習プロセスの把握は課題2とも重なる.課題2に対しては,見立てスキルの習熟度および学習会への取り組み方観点から学習プロセスを分析した結果,学習会への取り組み方と学習効果の間には相関が見られなかったが,入力プロセスの異なる群があることが明らかになった.個々の学習プロセスに合わせた介入に向けて,このような入力プロセスの分類が認知症見立て塾における個々の学習の進め方や見立てスキルの獲得状況を理解するための特徴の1つになると考える.しかしながら,同じ資格を持つ学習者であっても学習効果にばらつきがあったように,学習者が持つ専門知識や学習会への取り組み方の特性,より細かなスキルの獲得過程など,学習プロセスの分析と呼ぶには未だ分かっていない部分が多く残っている.

学習プロセスの評価は特に学校教育において着目され,Learning Analyticsの分野で盛んに研究が行われている[14].学習プロセスに関するデータを集め,利用できることに大きなメリットがあると考える点は,筆者らの遠隔講義システムを用いた学習プロセスの表出化と共通する点である.2017・2018年に改定された学習指導要領「生きる力」では主体的な他者との協働や対話を通して思考力・判断力・表現力等を生涯に渡って学べる仕組みづくりが進められており[15],学習のプロセスに関する科学的な知見の蓄積が求められている.このような取り組みが進む一方で,介護従事者が見立てを学べる仕組みは国内外で見当たらない.

6.結論

本稿では,認知症の見立てを学ぶための遠隔講義システムを開発し,看護師や介護支援専門員など医師ではない参加者が見立てを学ぶ学習会にて実践した.遠隔地にいる講師に対して,学習プロセスを伝えるための視聴覚情報および各学習者の端末の入力情報を提示した結果,見立てスキルの向上という学習効果を得た.そして,各学習者の学習プロセスを分析した結果,入力プロセスが異なる群があることが明らかになり,それぞれの入力方法で見立てスキルを獲得していたことが分かった.この結果は,個々に合わせた介入方針を策定するためには,点数だけではなく学習プロセスの違いに関して分析する必要であることを示す.

本研究のプラクティスは,認知症見立て塾のように多角的な議論を主軸にした学習会に応用できる点にあり,多様な考え方や個々のスキル獲得状況を理解し,講師も学べるという特徴があると考えている.この仕組みは,対面式の学習会であっても入力支援ツールを活用することで学習者の理解度や習熟度の表出化に応用できる可能性がある.また,本システムの視聴覚環境は,入力支援ツールを除いて既存の機器とサービスのみを利用した環境であるため,同様の視聴覚環境を容易に構築することが可能である.

今回の実践では,講師から学習者の理解度を把握してフィードバックができたという良い評価を得たが,対面式の学習会に比べて遠隔地の講師による学習者へ介入手段が限られており,経験豊富な医師だからこそ柔軟に対応できたという可能性がある.講師の能力への依存度を下げるためには,個々の学習プロセスの分析結果をもとに学習を促す仕組みを開発する必要がある.見立てスキル評価の妥当性検証という観点では,あくまでも学習会の中の演習に閉じており,実務に活かせるスキルを習得できたか評価する手法ではないという点で本研究のアプローチの限界である.

認知症の見立ては単一の正解を求めず,多様な介護従事者が学ぶため,今後の見立て塾でも同様に学習プロセスには違いが生じると予想される.しかし,実践できる知識を学びたいという皆のモチベーションの下で見立て塾は開催されているため,学習意欲や学習効果に悪影響を及ぼす可能性のある比較実験の実施が難しい.何が学びに有効なのかを分析するためには,参加者の持つ知識や,見立てスキルを獲得するプロセスに踏み込んで分析できる仕組みづくりが課題である.

謝辞 本研究の成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」の委託業務の結果として得られたものであり,ご協力いただいたご本人及びご家族の皆様,敦賀温泉病院院長 玉井顯医師,認知症見立て塾参加者の皆様に深く感謝いたします.

参考文献
  • 1)厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン), https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/nop1-2_3.pdf (2019年4月22日現在)
  • 2)Chiari, D., Ali, R. and Gupta, R. : Re-versible Dementia in Elderly: Really Uncommon?, Journal of Geriatric Mental Health, Vol.2, pp.30-37 (2015).
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  • 6)石川翔吾,上野秀樹,竹林洋一:認知症の「見立て」能力を育成するための協調学習会を開催,精神看護,Vol.20, No.5, pp.452-457 (2017).
  • 7)「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会(編集),日本神経学会(監修):認知症疾患治療ガイドライン 2010, 医学書院 (2010).
  • 8)Sawyer, R. K. (ED.) : The Cambridge Handbook of the Learning Sciences, Cambridge University Press, London (2006).
  • 9)Barnes, L. B., Christensen, R. and Hansenet, A. : Teaching and the Casemethod, Thirdedition, Harvard Business School Press (1994).
  • 10)橋詰祐樹,村上大祐,石川翔吾,上野秀樹,竹林洋一:協調学習環境を活用した認知症の見立て知の学びと実践, 第31回人工知能学会全国大会,1I2-NFC-02a-2in2 (2017).
  • 11)日本オープンオンライン教育推進協議会:JMOOC, https://www.jmooc.jp/ (2019年9月20日現在)
  • 12)やさしい日本語:形態素解析WebアプリUniDic-MeCab, http://www4414uj.sakura.ne.jp/Yasanichi1/unicheck/ (2019年5月1日現在)
  • 13)Hirohito, S. and Kengo, O. : Reconsideration of the Effects of Handwriting: Comparing Cognitive Load of Handwriting and Typing, ITE Trans. on MTA, Vol.6, No.4, pp.255-261 (2018) .
  • 14)山田政寛:ラーニング・アナリティクス研究の現状と今後の方向性,日本教育工学会論文誌,Vol.41, No.3, pp.189-197 (2017).
  • 15)文部科学省:新しい学習指導要領の考え方,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf (2019年8月1日現在)
神谷 直輝(学生会員)kamy@kirilab.net

2012年静岡大学情報学部卒業.2014年同大学大学院情報学専攻修了.同年,同大学創造科学技術大学院情報科学専攻博士課程進学.

吉沢 拓実(非会員)

2017年静岡大学情報学部卒業.2019年同大学大学院情報学専攻修了.

石川 翔吾(正会員)

2011年静岡大学創造科学技術大学院修了.博士(情報学).同年より静岡大学学術研究員として,子どもの発達関連の研究に従事.2013年から静岡大学情報学部助教.主に認知症情報学研究に従事し,学習支援技術,コミュニケーションの可視化・分析を中心に研究.

小林 美亜(非会員)

ニューヨーク大学大学院博士課程修了,Ph.D取得.現職,静岡大学創造科学技術大学院特任教授.聖路加看護大学卒業後,看護師,助産師として臨床に従事.慶應義塾大学医学部や千葉大学医学部附属病院にて医療・介護のマネジメント等にかかわる研究に従事.

上野 秀樹(非会員)

1992年東京大学医学部医学科卒業.東大病院で初期研修を受けた後,精神科医として臨床に携わる.2012~2016年に内閣府・障害者政策委員会委員を務め,現在は千葉大学医学部附属病院の特任准教授として地域医療に邁進する毎日を送る.

村上 佑順(非会員)

2014年(一財)オレンジクロス常務理事就任,統合ケアマネジメント事例検討会やオランダBuurtzorgのナレッジを参考にした地域包括ケアステーション実証開発プロジェクトに従事.2016年に一般財団法人オレンジクロス理事長に就任.

桐山 伸也(正会員)

東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了.博士(工学).2002年静岡大学情報学部助手,2010年より准教授.高齢者の多様な個性に適応した住空間デザイン,認知症ケア高度化のためのマルチモーダルセンシング基盤の開発が主要研究テーマ.人工知能学会第二種研究会「コモンセンス知識と情動研究会」主査.日本子ども学会理事,みんなの認知症情報学会理事.

竹林 洋一(正会員)

東北大学大学院博士課程修了.1980年4月,東京芝浦電気(株)(現・(株)東芝)入社.MITメディアラボ滞在中に人工知能研究の巨人・ミンスキー博士の知遇を得る.静岡大学創造科学技術大学院特任教授,(一社)みんなの認知症情報学会理事長.

投稿受付:2019年5月8日
採録決定:2019年11月19日
編集担当:神谷 俊之(NECソリューションイノベータ(株))

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