中部電力では2018年3月に新しいグループ経営ビジョンを発表,電力事業に加えITを活用した新規事業を収入の柱の1つとする戦略を掲げ,当社はグループ唯一のIT会社として中核的役割を担うことになった.2019年4月からは中部電力に事業創造本部が設立され,当社の人材も出向し加わっている.当社はこれまでのIT業務を安定的に支える役割に加え,DXをリードする役割も期待されるようになった.しかしながら保守・運用業務を主な役割としてきた情報子会社で,DXを推進する高度IT人材をどのように発掘・育成するかが課題となっている.
日本のIT産業はSIアウトソース型として発展してきた.日本の大企業はIT部門を子会社化し,大手SIベンダやその下請け会社にアウトソースするようになったが,これが日本のIT産業を欧米から大きく遅らせる原因となったと指摘されている[1].また,IPA((独)情報処理推進機構)の調査研究[2]によると,日本,アメリカ,ドイツ,フランス,中国の5カ国の中で日本のソフトウェア技術者は,最も学ばず,能力も低いという結果が出ている.特に日本独自の情報子会社という形態は雇用の安定には大きく寄与してきたが,学びへのモチベーションや技術力向上に課題を残している面もある[3].
当社では「学び」へのモチベーションを高める施策の1つに「中電シーティーアイ認定プロフェッショナル(CCP☆1)制度」がある.自社スキルスタンダードCPSS☆2レベル5以上から選抜し,これまでに44名が社内認定されており,メンターやコミュニティ活動など自身の学びと後進育成が義務づけられてきた.しかしながらCCPは制定から10年超が経過し,下記課題が目立つようになってきた.
こうした課題を解決するため,情報処理学会が2014年に創設した認定情報技術者(CITP)制度[4]の活用を2015年から試みている.
CITP制度の目的は下記2つにある[5] .
本制度の最大の特徴は国際的な技術者認証ISO/IEC17024(適合性評価)およびISO/IEC24773(ソフトウェア技術者認証)の2つの基準に準拠していることである.日本では情報処理技術者試験や技術士資格(情報工学)など,多数の既存資格があるが,この2つの基準を満たすものは今までになく,2018年2月に初めて認定情報技術者(CITP)制度が認定されている[6].
2つ目の特徴はCPDによる「資格の3年更新」にある.具体的には下記活動にポイントを与え3年間で150ポイント以上が資格更新の条件となる.
DX時代には学び続ける姿勢や社外との人的ネットワークを広げる活動は重要でありCPDによる更新はこれらの活動を継続的に行っていることの証となる.
3つ目の特徴は導入企業の負担の少なさである.情報子会社や中小のソフトウェアハウスでは自社の高度プロフェッショナル制度を導入するには,審査する人材の不足や運用面の負担などハードルは高い.CITP制度では情報処理学会が選任した審査員が認証を行い,資格更新のためのシステムの提供やCPDポイントの審査も行っている.
CITP制度を活用した人材育成の目的は,社員がCITP資格により高度IT技術者として客観的に認められるとともに,その取得や資格維持活動を通して自信を持ち,学ぶ意欲を高めるとともに,プロフェッショナル貢献活動のリーダーシップを発揮し,社内外のITプロフェッショナルとのネットワークを形成していくことにある.しかしながら創設された当時は知名度が高いとは言えず,単に取得を推奨しただけでは社員の関心や取得挑戦者は増えず,プロフェッショナル貢献活動なども画餅になってしまう恐れがあった.幸い本取組みを始めて5年目に入るが,毎年数名が認証され現在までに23名が個人認証されており,個人認証では日本トップの合格者数となっている.また,若年層の情報処理試験合格者数が増加し,コミュニティによる新技術の勉強会や学会発表などプロフェッショナル貢献活動も継続的に実施されている.どのようにして継続的に取得者を増やし活動を軌道に乗せてきたのか,これまでの取組みを紹介する.
CITP制度は当社に人財開発センタが設置された翌月(2014年8月)に発表された.以前から高度IT人材の育成に課題を感じていた筆者らは本制度の趣旨に共感するとともに,自社の人材育成へ活用を図るため,まずは自らが取得することにした.人材育成担当者自らが高度情報処理試験やCITP資格を取得することで本制度の難易度や取得プロセスをチェックすることができ,支援制度の創設に多くの知見を得ることができた.また,人材育成担当者がCITPコミュニティによるプロフェッショナル貢献活動にも積極的に参加するとともに,社内コミュニティも発足させ,継続的な活動に取り組んできている.こうした人財開発センタの率先垂範は社員への推奨にあたり一定の推進力になったと考えている.
CITPへの挑戦者創出に役立ったのは人財開発センタからの推薦である.半期ごとに高度情報処理試験合格者の中から,リーダー以上の業務経験を有する社員を探す.そして上長に学びの意欲やリーダーシップなどの姿勢についてCITPとして相応しいかを確認し推薦を受けた候補者に人財開発センタ長から直接推薦を行っている.上長からは人財開発担務役員からの推薦が本人の自信につながりCITP受験のモチベーション向上に役立っているとのコメントも受けている.
CITP認証には高度情報処理試験の国家資格が必要である.そのため国家資格の助成金を全国トップレベルへ増額したほか,申請ガイダンスや必要な経費・工数の会社負担などの支援制度を順次整えてきた(表1,図1).
まずは高度情報処理試験の挑戦者を増やすため高度情報処理試験助成金を従来の4~6倍に引き上げ全国トップレベルに増額した.また,合格者には勉強方法や試験対策などを後進に伝えるセミナーの開催を義務化した.現在は社員の負担も考慮し義務化を止め専門講師による応用情報取得セミナーを開催している.
CITP取得で最も苦労するところは申請書の作成であり下記の4つが必要である.
このうち最も重要なのが『c.業務経歴書』である.ここに書かれている具体的な内容で申請者のスキル・能力が認証される.申請者の実力を分かりやすく伝えることが重要で,そのためのガイダンスや論文指導を行ってきた.2017年にはこれまでのガイダンスノウハウをドキュメント化するとともに認定者のアドバイスも掲載した「認定情報技術者(個人認証)申請の手引き」を策定し,推薦者に配布している.なお,本手引きはCITPコミュニティで公開している[7].
CITP取得に必要な費用(申請料,認定登録料等)の会社負担に加え,プロフェッショナル貢献活動であるコミュニティ活動への参加費用(旅費,宿泊費,工数)も会社負担としている.またコミュニティ活動だけでは資格更新のCPDポイントが不足する認証者も出始めたため,2018年からは論文執筆などの工数も会社負担とし,資格更新を取得しやすい環境を整えてきた.
新入社員研修や階層別必須研修などの機会を捉え情報処理技術者試験やCITPの意義と支援制度を説明し資格取得の意識醸成に努めている.
2015年からCITP制度による人材育成を試みてきた結果,これまでに23名が個人認証されている(図2).また,情報処理技術者試験合格者が増加し,CITP認定者もCCP認定者に比べ若返りが図られている.さらにはプロフェッショナルコミュニティ活動も継続的に実施されているなどの効果も得られている.
高度情報処理試験合格者は以前の倍以上に増加している(図3).また応用情報技術者試験についても若手社員の取得率が50%を超えるようになった(図4).
CITP認定者の取得時平均年齢は39歳とCCPの44歳に比べ5歳,平均年齢もCITP41歳,CCP49歳と8歳若返っている.またCITPは20歳代の認証者も生まれている(図5).
社内のCITP認定者を集めた社内コミュニティをこれまで25回開催している(表2).認定者自身が持つ知識や技術の事例発表とディスカッションや社外有識者の講演・懇親・ディスカッションも実施している.
CITP認定者によるCITPコミュニティ活動では,CITP認証者自身が持つ「知」を論文としてアニュアルレポート誌にまとめ毎年発行している(図6).また論文は情報処理学会やJUAS研究会などで発表している(図7).これまで当社CITPの論文執筆と学会発表実績は表3の通り.
CITPコミュニティ活動には定例会と専門部会がある.専門部会にはシビックテック,プログラミング教育支援,「知」の発信,アラサー技術者交流などがあり[8],当社のCITPも定期的に参加している.シビックテック専門部会ではデザイン思考を用いた社会貢献活動の一環として,東日本大震災の復興に貢献すべく,石巻専修大学の協力のもと「震災復興アイデアソン」を実施している[9](図8).また,プログラミング教育支援[10]では小学校のプログラミング教育について小学校の先生から相談を受け会合を重ねている.こうした社会貢献意識の高いメンバとのネットワークを形成し活動することで,技術力だけでなく人間的側面でも刺激をうけることができる(図9).
社内コミュニティ活動は発足当初は出席率も高かったが次第に低減傾向に陥っている.この魅力を高めることがCITP取得への推進力につながることから常に工夫と改善を行ってきているが十分とは言えない.今後もCITPコミュニティや他社コミュニティの連携など,CITPの知的好奇心を刺激する活性化の対策が必要である.これまでの活性化施策をまとめると以下の通りとなる.
せっかく取得したもののコミュニティ活動に参加せず資格更新をしない(あきらめる)取得者も出ている.特に社内コミュニティ(1回2ポイント)のみでは CPDポイントが不足してしまう.そのため,3.3.4項で述べたように優れた発表には論文執筆や学会発表を勧めてきたが,論文を書く時間がなかなか取れないという意見もあったことから,これらの工数を会社負担(業務として論文を執筆できる)する施策を2018年から開始しているが,この対策が更新ポイント取得に役立つかは検証できていない.
CITP制度を活用することにより現行のCCP制度の課題について改善が期待できる(表6).現行CCP制度での新規認定を中止するとともに,新しいプロフェッショナル制度の設計を進めている.新しい制度ではCITPにて定義されている職種についてはCITP取得を必須要件とする予定である.
1.2節で述べたようにアウトソース型として発展してきた日本のIT産業では,IT技術者は保守的な立場に置かれてきたためDX時代をけん引する人材の育成は容易ではない.しかしながらこれまでの環境でも高い技術スキルを身に着けた人材を客観的に評価することで自信を与えるとともに,人的ネットワークや社会貢献まで視野を広げて自己研鑽できる環境を用意することは地道ではあるが着実な人材育成施策である.
IT人材の獲得競争が激しくなる中,企業にとって優秀なIT技術者獲得やリテンションには何が有効なのであろうか? 当社の高度技術者候補者(CCP,CITPおよび中核的技術スペシャリストの候補者43名)に自社へのロイヤリティを高めるための調査を実施したところ,最も要望が高かったのは給与面での待遇改善で53%,次いで自己啓発での時間・費用の支援が37%であった(図12).高度技術者にとっては学ぼうとする姿勢に会社が時間と費用を支援することが高い支持を得ている.
社員の成長に必要な経営資源を惜しみなく投入し,全力で応援する姿勢こそこれからのIT会社には欠かせない.
DXを推進するにあたり業務に精通する情報子会社にはコンサルティングなどより高度な役割を求められるようになるが,その役割を担う人材が一般のITコンサル会社や大手ITベンダと比べても同等であることが期待されている.国家資格である高度情報処理試験や国際認証資格であるCITPの取得はこの期待に応えるひとつの手段となる.
2015年よりCITP取得を推奨し支援施策を順次整備してきたが若手社員の資格への関心がずいぶんと高まったと実感している.また,人材育成担当として,CITPに推薦され認証された社員が自信を得られるていることは一番嬉しいことである.本制度により多くの人材が自信と学びへのモチベーションを得てより高みに向かって成長していくことを期待する.
中電シーティーアイ戦略ディビジョン技術戦略室 専門課長.中電シーティーアイ認定プロフェッショナル(CCP)制度,スキルスタンダード(CPSS),CITP取得支援制度の策定に従事.2018年からは戦略ディビジョン技術戦略室にて高度IT人材育成戦略の立案に従事し新たな自社高度プロフェッショナル制度の構築を担当.高度情報処理技術者(ST,PM).
松田 信之(正会員)matsuda.nobuyuki@cti.co.jp中電シーティーアイ取締役リソースディビジョン担務 CITP.
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