デジタルプラクティス Vol.11 No.1(Jan. 2020)

社員と組織の持続的成長を目指したiCD活用事例

但吉 英山1

1三菱総研DCS(株) 

三菱総研DCS(株)では社員の成長により企業が成長すると考えており,社員と組織が持続的に成長するための仕組みを検討してきた.2006年にITスキル標準によるIT業界標準のIT人材の認定制度と評価基盤を導入することで10年近くビジネスに必要なIT人材を育成し当社も成長してきた.今回,iコンピテンシディクショナリを用いてIT人材のみならず管理部門を含めた社員全体を対象に認定制度と評価基盤を作り替えた.本稿では一連の施策推進を担ってきた筆者がIT人材向けの認定制度の変更に関する事例,管理部門における認定制度の設計事例,そして若手社員育成への活用事例を説明した上で,今後の活用における展望を述べる.

1.はじめに

1.1 当社の概要

三菱総研DCS(株)(以下,当社)は,1970年に(株)三菱銀行(現三菱UFJ銀行)のコンピュータ受託計算部門から分離独立した.現在は(株)三菱総合研究所の情報システム子会社として,三菱UFJフィナンシャルグループを中心にコンサルティング,システム開発から自社センタでのシステム運用・BPO(Business Process Outsourcing)運用まで幅広い事業を展開している.

創業時より提供している給与処理サービスは国内約2,000社41万人に提供している.また,自社クラウドサービス,RPA(Robotic Process Automation)導入支援,データ活用サービス,デザインワークショップサービスなどのITサービスも提供している.

1.2 ITスキル標準の導入

当社は2006年にITスキル標準(以下,ITSS[1])を社員の評価と育成の基準として社内に導入した.

社員がIT業界標準IT人材として成長することでIT企業としても成長できると判断した結果である.

ITSSでの評価と育成の対象は事業部門の社員1,000名程度(初年度時点,2016年時点で1,600名程度)であった.

適用職種はコンサルタント,ITアーキテクト,アプリケーションスペシャリスト,ITスペシャリスト,プロジェクトマネジメント,マーケティング,セールス,ITサービスマネジメント,カスタマサービスの9職種である.

管理部門は厚生労働省の職能能力評価基準[2]を参考にし,当社独自でITSSでの仕組みと同様の制度にて対応した.

当社ではITSS導入の効果を高めるために以下の4つの施策を実施した.

  • (1)人事制度(昇格)と連動

    ITSSの職種で7段階のレベルに社員を認定する認定制度を構築し,認定結果(スキルレベル)を社員の処遇を決める職能等級と連動させた.

  • (2)スキルレベル認定面接

    一定以上レベルの認定には認定面接での評価を実施した.この面接では社員が職種での貢献度を参画した実案件を題材にプレゼンする形をとり,社内の定例行事とした.

  • (3)ハイレベル認定者の社内イントラネット公開

    レベル5以上のハイレベル認定者を社内イントラネットで紹介して後進の道標とした.社内の第1人者であることを社内公開するとともにスキルアップの工夫などを紹介した.

  • (4)職種別コミュニティ

    職種ごとのコミュニティにて最新事例や経験を共有し合う自己研鑽の場を設けた.

目論見通り,ITSS導入の効果は高まり,「ITSSといえば能力評価」という社員が認識するまで社内に定着した.当社の売上は図1のとおり2011年と2015年に一時落ち込むが確実に回復成長しており,2018年は2008年比12%増である.こうした安定的な売上達成はITSSの職種がIT人材として定着し,社員の技術者としての実力が向上し,受託したSI案件を遂行できた結果である.

当社の売上高の推移
図1 当社の売上高の推移

ITSSの導入は一括受託案件の開発業務やシステム運用などの事業を担う企業としての成長とIT人材の育成に一定以上の効果があったといえる.

2.多様化するIT人材とITSSの限界

2.1 多様化するビジネスとIT人材

前項で述べた通りITSSの導入には大きな効果があったが,10年の間に世の中も当社のビジネスも大きく変化してきた.

図2のとおり,ロボティクスやデータサイエンスを提供するビジネス,エンタープライズマネージドクラウドなどのソリューションサービスを提供するビジネス,官民共創案件やFinTechなどの共創ビジネス,新規業界の開拓といった従来型のSI開発案件とは異なる新しいビジネスが増えた.

多様化する当社のビジネス
図2 多様化する当社のビジネス

ビジネスの多様化に伴い,従来とは異なった新しいIT人材が必要となってきた.

2.2 ITSSの限界

図3のとおりITSSは2011年Ver3 2011を最後に更新が止まった.企業に合わせた評価基準や熟達度の修正を容認していたが,職種の追加や修正等,改良する方法やヒントは用意されていない.

スキル標準とiCD(IPA iCDオフィシャルサイトより)
図3 スキル標準とiCD(IPA iCDオフィシャルサイトより)

新たなIT人材をカバーする新しいスキル標準は更改されず,独自の修正も難しいため,当社がITSSを適用し続けるには限界があると判断した.

2.3 iCD利用の決定

ITSSの限界を受けて,当社はiコンピテンシディクショナリ(以下,iCD)を利用することを決めた.

iCDは企業,組織およびIT人材が人材育成やスキル向上にかかわる施策を効率的に立案・推進し,成果を上げるための道具である.iCDの概要はコラム欄をご参照いただきたい.

図4にあるとおり2014年8月より事業部門から副部長クラスで構成されるワーキンググループでの検討より,ITSSの代わりにiCDを利用する案が出た.2016年1月からは特定部門で3カ月間のiCD試行検証後,2016年8月にiCD導入を決定した.

iCD導入のスケジュール概略版
図4 iCD導入のスケジュール概略版

当社がiCDの利用を決めた理由は以下の3点である.

  • 【理由①】ITSSの後継である点
  • 【理由②】人材モデル(役割)の修正や追加が可能な点
  • 【理由③】タスクとスキルを明確に定義した点

ITSS,情報システムユーザースキル標準(UISS[5]),組込みスキル標準(ETSS[6])の3つのITスキル標準とITIL[7](Information Technology Infrastructure Library)やPMBOK[8](Project Management Body of Knowledge)などの各種知識体系を取り込んで,作られたツールであり,ITSSの要素もカバーしており,職種といったITSSの要素を残したい当社には重要な要素であった.

また, 担ってほしい業務とIT人材を自由に定義するための参考情報,材料,方法が用意されている点は,多様化するIT人材に対応していきたい当社のニーズに合っていた.

iCDは,スキル標準であるITSSとは異なり,業務やスキルを4階層で構造的に配置しており,それぞれの階層単位で参照することで必要に応じた業務とスキルの取捨選択が効果的に実施できる仕組みである.また,従来の漠然と広義で「スキル」としていたものを業務(タスク)と知識(スキル)と明確に分離した.つまりタスクはIT企業での業務,スキルは業務を遂行する際に必要な知識と定義している.

たとえば,「Javaができる」とは「Java」というスキルと「プログラミングする」というタスクである.

つまり「プログラミングする」はタスクだが,「プログラム言語」はスキルである.

タスク評価は業務単位で仕事ができる人材を評価することにほかならない.タスクでの評価結果はスキルでの評価以上に人材育成の高度化や案件への人材マッチングに効果的である.

3.iCD利用の概要

3.1 狙うこと

iCDを活用して高付加価値分野へのシフトを含めた社員の成長を促す.その結果,仕事の質が向上し自由時間が創出され,その自由時間を自身の成長に投入し社員が成長するという図5のような循環を作り出す.

iCD利用で目指すサイクル
図5 iCD利用で目指すサイクル

この好循環を回すことで環境変化に自己革新を持って絶えず対応できる人材の育成の実現を図る.

当社として注力したい事業のタスクをiCDで可視化,組織が成長したい方向性を社員に示す.組織が目指す方向性と社員が目指す方向性を一致させることで社員の成長が組織の成長につながる関係を作り上げていく.

そのために以下の3つに取り組んでいる.

  • 【取り組み①】認定制度と評価基盤をiCDで再構築する
  • 【取り組み②】評価基盤の内容を更新できる仕組みを作る
  • 【取り組み③】事業と人材を連動させる仕組みを作る

取り組み①と取り組み②を,このあとの3.2節と3.3節にて説明する.取り組み③は,現在も取り組み中であるため,5.2節にて今後の展望の1つとして説明したい.

3.2 認定制度の再構築

3.1節の取り組み①における方針は以下4点である.

  • 【方針①】既存の認定制度にiCDを適用
  • 【方針②】役割のレベルは既存制度の指標と同様
  • 【方針③】既存制度のプロセスはそのまま
  • 【方針④】各役割は等価

ITSSでの既存制度が社内に浸透している点,特にITSSの職種,レベルの基準,認定プロセスは社内で誰もが把握し慣れ親しんでいることから,方針①~③を決定した.キャリアパスを考慮すると役割に上位階層を設定した方がよいが,多様なキャリア経験があるマルチな人材を育成したいという狙いより,当社ではあえて方針④と決定した.

iCD利用検討から認定制度の実施までのスケジュールは2.3節の図4のとおりである.

2016年10月より推進事務局に筆者を含めた専任者を3名配置した上で,全事業部の代表者22名とともに役割設定までのiCD導入を2017年3月まで実施した.

一般的なiCD導入手順に従い,組織のありたい姿からタスクディクショナリより必要なタスクを小分類単位で洗い出した.

必要に応じてタスクを追加修正しつつ,そのタスクを担う役割を定義し,認定制度に組み込んでいった.

作業の進め方は原則月1回の定例会にてiCD導入の作業を事務局より事業部の代表者に説明,進め方の疑問点などを十分に解消する.事業部の代表者が1~2週間後に作業の成果物を提出する形をとった.

次項から役割を中心に新しい認定制度の概要を説明する.

3.2.1 ITSS由来の役割

方針①に従い,当社ではITSS7職種であるセールス,コンサルタント,ITアーキテクト,プロジェクトマネジメント,ITスペシャリスト,アプリケーションスペシャリスト,カスタマサービス,ITサービスマネジメントを表1のとおり,後に述べる2つの例外を除き,そのままを役割に設定した.また,各役割に設定したタスクの評価項目の数も表1のとおりである.

表1 当社の職種と役割の対応表
当社の職種と役割の対応表

1つ目の例外はITアーキテクトである.

「顧客業務を理解し要件を取りまとめて要件定義ができる人材を増やしたい」という社内からの要望もあり,ITアーキテクトを,機能要件を担当するビジネスアナリストと非機能要件を担当するシステムアーキテクトとに明確に分けた.

2点目の例外はITサービスマネジメントである.

ITサービスマネジメントのタスクの範囲が広いという意見があり,サービス設計,サービスマネジメント,オペレーション遂行という観点で分割し,それぞれをサービスデザイナ,サービスマネージャ,サービスオペレータの3役割として設定した.また,3役割にはシステム運用面のタスクだけでなく,業務運用の面のタスクも追加し,当社のBPO業務にかかわる人材も網羅した.

なお,プロジェクトマネジメント,カスタマサービスは職域を示しており,人材を設定する役割の名称として違和感があったため,プロジェクトマネージャ,カスタマサポータと変更したが,担うタスクは従来通りである.

3.2.2 新しい役割

新規に作成した7役割と概要と設定したタスクの評価項目数は表2のとおりである.当社が取り組んでいる事業からタスクを定義し役割を作成した.タスク定義はタスクディクショナリとタスクプロフィールを参考に設定した.

表2 新しい役割の一覧
新しい役割の一覧

クライアントビジネスエキスパートは顧客企業にて業務理解し遂行する人材であり,その経験を活かしてビジネスアナリストの領域に職域を広げていくパスを持つ役割である.社外で活躍する社員の多くが担っている役割であり,ビジネスアナリストへの成長を促している.

データ活用コンサルタント(以下,DC)とデータ分析エンジニア(以下,DE)は,ともにデータサイエンス領域の役割である.この2つの役割は4.1.1項で説明する.

QCプロモータ,エデュケーションプランナは支援系役割として設定した.QCプロモータはシステム開発での標準化と品質管理を遂行する役割であり,エデュケーションプランナは当社にとって新しい技術を検証し研修設計後,社内で実施する役割である.

組織統括マネージャ,セールスサポートエキスパートは当社固有の独自色が強い役割のため詳しい説明は省く.

3.2.3 レベル指標とレベル判定

認定制度では役割ごとにレベルを設けたが,3.2節の方針②にあるとおり,表3の7段階で従来の認定制度に準じる形にした.3.2節でも触れたが10年間かけて定着した基準を変更して起こる混乱を避けるためである.

表3 レベル指標
レベル指標

役割ごとのレベル判定のロジックは表4のとおりで,役割ごとに定めたコアタスク(タスク小分類)のランクの割合でレベルを決定する.具体的に説明すると,ある役割のコアタスクが10個のタスク小分類である場合,R4が8個の場合はLv.4と,R4が4個でR3が3個の場合はLv.4と判定する.

表4 レベルの判定基準
レベルの判定基準

図6にあるように,タスク小分類を構成する評価項目の半数以上が該当するランクをそのタスク小分類のランクとする.

タスク小分類のランク判定例
図6 タスク小分類のランク判定例

タスクは表5にある5段階で評価項目ごとに社員が個別に評価する.

表5 評価項目の診断基準
評価項目の診断基準
3.2.4 認定制度の概要

当社の認定制度の流れは図7のとおりで, タスク評価管理システムGRiT(以下,GRiT)にて社員が評価内容を自己申告,上司確認の後,レベル4以上は認定面接という流れである.

認定制度の概要
図7 認定制度の概要

GRiTにて社員は自分自身に関係するタスクディクショナリの評価項目を更新する.

評価項目は3.2.3項の表5にある5段階で実務経験の有無に基づいて評価する.半年に1回のメンテナンス期間を除き自由に更新できる.社員の更新内容を上司がチェックする期間を半年に1回設けている.社員がGRiTで評価項目を更新後,申請ボタンをクリックすることで役割ごとのレベルが自動的に判定される.なお,レベル3まではシステムで判定した結果のまま決定され,レベル4以上は認定面接の結果によって決定される.

たとえばレベル4面接で不合格の場合はレベル3と認定される.

3.3 役割とタスクの更新

さまざまな変化に対応できるように役割とタスクは年に1回更新する体制を整えた.

事務局から「更新したい内容はないか」を広く社内の事業部に確認するとともに,IPAが公開するiCDの更新内容を確認して,当社のタスクディクショナリを修正する必要があるかを事務局で判断している.

更新内容を関係者で協議し取りまとめて,GRiTのタスクディクショナリを更新している.

定期的に役割やタスクディクショナリを見直す運用により,時代の流れや事業で必要な新しいIT人材(たとえば,新規ITサービス事業企画の役割など)を検討したり,GRiTの評価項目を業務に合わせて少しずつ更新したりしている.

4.iCD活用にかかわる対応事例

4.1 認定制度:設計時の対応事例

認定制度設計時の対応事例を紹介する.今回設計における対応事例の中から以下の3点を説明する.1点目は新しい役割への対応である.2点目は認定面接での面接官の確保と運営の体制に対する対応である.3点目も認定面接にかかわることだがレベル4以上のハイレベル人材の判定基準に関する対応である.

4.1.1 新しい役割への対応

3.2.2項にあるとおり,当社では新しく7役割を設けた.本項ではデータサイエンスにかかわるDCとDEという2役割の事例を紹介する.

2016年版iCDにはタスク大分類データサイエンスというデータサイエンスにかかわるタスクが用意されている.

データサイエンスにかかわる人材の育成と評価は管轄部門で独自に作り上げた仕組みで対応していたが,iCDのデータサイエンスのタスク体系を利用できないかを当社のデータサイエンス事業部門の有識者が検証した.

タスク大分類「データサイエンス」を構成するタスク中分類,タスク小分類は表6のとおりである.

表6 タスク大分類 データサイエンスのDCとDEの役割分担表
タスク大分類 データサイエンスのDCとDEの役割分担表

これらのタスクは当社のデータ分析業務の流れと違和感がないため,当社でのタスクの基準に活用した.

タスク小分類「コストと利益の分析」は顧客主体でのタスクのため削除した.その上で,タスク中分類9つを表6のようにDCとDEに分担した.

DEがデータ分析の中核である「データマイニングのためのデータの準備」,「モデリング」というタスクを主で担う役割とした.また,モデリングに伴う「データの理解」と「評価」に関しては,DEが従で担うタスクとした.

一方,DCはDEが担うタスクができることを前提としつつ,データ分析での上流域にあたる顧客へのコンサルティングや結果のビジネスへの提言といった領域を主で担う役割とした.

具体的には,顧客とビジネスの目的を共有する「ビジネス目標の決定」,「状況の評価」,「目標の決定とプロジェクト計画の策定」,「データの理解」と最後に分析結果を評価して顧客に提示する「評価」,「結果とモデルの展開」,「ビジネスでの活用と評価」というタスクをDCが担うタスクとした.

未経験者がデータ分析業務にかかわる際にDEとして経験とスキルを積み上げていき,しかる後に顧客のコンサルティングを行うDCへと移行していくパスを想定している.

4.1.2 面接官の確保,面接の体制

プロジェクトマネジメントなどは面接対象者も面接官も多いこともあり,自然発生的に座長的な立場の面接官が生まれ,その判断で面接官の任免を行っていた.非常に効果的であっため,今回正式に仕組みとして導入した.

人事部長が各役割に1名の役割オーナを任命した.

任命された役割オーナは人事部より人材情報の提供を受けて社内の面接官の人選を実施した.

また,未経験な役割オーナや面接官には経験豊富な別役割の面接官による認定面接に同席させて経験値を積ませる支援も行った.

当社も2006年にITSSでの認定面接を開始した際には,他社から経験豊富な面接官を招くとともに自社の面接官を絞って複数の職種の面接に対応した.面接運営を繰り返す中で徐々に面接官を育てて拡大してきた.

今回は10年近く続けた面接運営での蓄積と役割オーナを活用して,速やかにすべての役割で面接を立ち上げ,iCDベースに切り替えた初年度には149件の認定面接が実施できた.

4.1.3 ハイレベル人材の判定基準

レベル4以上の判定基準について,以下のように整理した.

GRiT上でタスクの遂行能力の本人と上司の評価結果が蓄積され,レベルが判定される.タスクの評価は上司がチェックしてはいるが,上司のチェックにもばらつきが出る.

そのため,いくつかの評価項目が妥当な評価かを面接を通して確認することにし,判定基準に組み込んだ.

またITSSでの貢献度の考え方を踏襲して,その役割における社内外での後進育成などの貢献度についても判定基準とした.

この判定基準の案を各役割オーナに展開し,役割ごとに見るべきタスクの設定を依頼した. 判定基準をテンプレート化することで各役割での判定基準は同一に設定ができた.

4.2 管理部門への導入

4.2.1 導入対象とスケジュール

管理部門に対してもiCDによる評価基準と認定制度を導入した.対象は図8にある総合企画部,経理財務部,総務部,人事部,リスク管理部,監査部であり,それぞれが企画,経理・財務,総務,人事,リスク管理,監査の6機能を担う.

当社の組織図(簡易版)
図8 当社の組織図(簡易版)

導入スケジュールは2.3節 図4のとおりで,事業部門に対するiCD導入開始1年後の2017年10月から2カ月間,管理部門における人材のあるべき姿を管理部門の担当役員と部門長で議論した.その結果を受けて,2017年12月から7カ月間でタスクディクショナリと役割の設計を終え,2018年10月より認定制度を開始した.

4.2.2 導入時の課題

管理部門への導入時の課題3点を以下に述べる.

1点目はiCD2016年版のタスクディクショナリの管理部門向けの業務タスクが当社の実態に合っていなかった点である.

標準化を期待していたが,管理部門向けのタスクに関しては経済産業省の経理・財務サービス スキルスタンダード(以下,FASS[10])などの業界標準を取り入れたものではなかった.

2点目は1点目と似ているが,特に重要と考えていた管理部門で共通の企画立案遂行のタスクがiCD2016年版にはなかった点である.タスクディクショナリの組織戦略,IT化戦略の立案,ラインマネジメントでの組織マネジメントのタスクは参考にはなるが視点や考え方が異なるため利用できなかった.

3点目は設定する役割の納得感である.管理部門の社員が自分たちの業務や能力は役割に反映されていると納得してもらう必要があった.

4.2.3 課題の対応

4.2.2項の1点目の課題を受け,管理部門用のタスクディクショナリはiCDに用意されたものを使わず,独自に作成した.

タスクディクショナリの4層構造に合わせて,業務を整理しタスク大分類から評価項目までを設定しつつ,社内の組織分掌や組織情報部門の業務を把握している副部長に内容を確認して確定していった.

具体的には部門→タスク大分類,グループ→タスク中分類,個人の担当する業務→タスク小分類に対応させて,タスクを設定した.

経理財務部の場合,タスク大分類を経理財務系業務とし,タスク中分類に会計税務,財務管理,予算管理を設定した.タスク小分類には売掛債務管理,買掛債務管理,固定資産管理といった個別業務を設定し,業務の内容をうまく評価項目に設定した.最終的には6つの管理部門に対して,6つのタスク大分類を設定した.

2つ目の課題もiCDのタスク構成を参考に対応した.

システム開発におけるフェーズごとに開発系のタスクが分類されて作成されている点を参考に非定型である企画立案プロセスの定型化を試みたのである.

まず,施策の立ち上げ,施策の検討・決定,施策の準備・実行の3つのフェーズに分類し,それぞれをタスク中分類に設定した.施策の立ち上げには,基本方針の検討と情報収集というタスクをタスク小分類として設定した.

このように一見非定型で複雑に見える業務もうまくフェーズ単位で分類し,それぞれのフェーズで実施するタスクを明らかにすることで定型化することができた.

この汎用的な企画遂行のタスクはタスク大分類の1つに設定した.

最後の課題に対しては,業務の実態を考慮したタスクと役割を設定し対応した.その結果,以下のような役割の体系となった.

管理部門の役割は各部横断的に汎用的な企画立案を担うコーポレートプランナと各部門のグループ単位で設定した15種類のコーポレートエキスパートという役割を設けた.コーポレートエキスパート(経営企画)といった形で示される15種類の役割とコーポレートプランナの合計16種類の役割になる.

かかわっている業務をしっかりと評価できる形にしたいという意見を尊重し,このような形となった.

管理部門の実業務を基準に評価するため,管理部門の業務担当者も新しい認定制度に前向きに取り組んでいる.

4.3 若手育成プログラムへの適用

4.3.1 若手育成プログラムの背景

当社では新卒採用者から入社7年目の若手社員を対象とした若手育成施策を2006年より全社で実施している.本施策は事業部門が主導で,若手社員の育成に取り組んでいる.開発案件を積極的に経験させてITスキルの習熟モデルを基準にモノづくりの力を高めさせる.さらに本施策の対象期間(入社~7年目まで)に部門間での異動を最低一度は経験させるルールである.

2016年10月~12月にかけて,筆者たちが社内の部課長を対象に調査したところ,以下のような声が上がった.

「教える力が低下している」「業務優先で,育成が後回しになっている」「ローテーションが不活発」などである.

開発現場の事業部門が若手育成施策に力を入れるも若手社員を育成する十分な体制も教える時間もとれない状況が明らかになった.

調査と並行して準備を進めていた若手育成施策の支援とマルチスキル人財の育成を目的とした若手育成プログラムを遂行するべく,2017年4月にPMO部人財育成アカデミー室が正式に立ち上がった.

4.3.2 若手育成プログラムの概要

若手育成プログラムの概要は図9のとおりである.

若手育成プログラムの概要
図9 若手育成プログラムの概要

60~80名程度の新卒採用者から11名を3カ月間の新人研修後の7月にアカデミー生としてアカデミー室に配属する.アカデミーへの配属は通常の事業部門への配属と同様であり,人事部で配属希望を参考に決定しているが,枠に埋まるだけの希望者がいないため,希望しない新人が配属されるケースもある.アカデミー生は3年間の間に1年単位で事業部門の開発案件に参画し,多様な開発環境を経験する.

3年間でさまざまな部門の案件を経験することで,社内の人脈を広げて「誰に何を頼めばいいか分かる」ように育てることでマルチスキル人財になる基盤をつくる.

また,参画先の先輩社員を教育役に任命してアカデミー室と兼務とし,先輩社員がアカデミー生を開発案件を通して育てる.

先輩社員がアカデミー生を育てる際の支援をアカデミー室の課長がしっかりとフォローすることで,先輩社員の教える負担軽減と教える力の育成を狙っている.

4.3.3 若手育成プログラムでのiCD活用

この若手育成プログラムでアカデミー生の育成を効果的に進めるためにiCDを活用している.

1つ目の活用は,iCDをベースにした育成カリキュラムである.このカリキュラムはアプリケーションスペシャリストとITスペシャリストを対象にしたiCDの評価項目を向上するための習得ポイントや推奨する社内研修を独自に体系化したものである.

アカデミー室では課長と先輩社員とアカデミー生の3者でカリキュラムを目標設定や育成に活用している.

2つ目の活用は,iCDの評価項目の成長具合を管理するGRiTランクアップ確認表である.

前述のとおり,評価項目の評価は,GRiTという社内システムで半年単位で棚卸し管理をしているが,GRiTランクアップ確認表は月単位で役割をベースにタスク評価項目を管理するEXCELベースのツールである.

アカデミー室では期初にGRiTランクアップ確認表に1年間の成長目標を設定し,毎月課長とアカデミー生が面談する.面談を通して,開発案件での経験を評価し,GRiTランクアップ確認表に記録している(図10).

GRiTランクアップ確認表(抜粋)
図10 GRiTランクアップ確認表(抜粋)
4.3.4 若手育成プログラムでのiCD活用効果

図11はGRiTランクアップ確認表のスコア集計表であるが,このように時間軸で可視化することで育成の状況が順調か停滞しているか一目で分かり,停滞している場合に参画先に素早く働きかけれた.iCDによる育成状況の可視化はこのように若手育成に効果的である.

GRiTランクアップ確認表の集計推移
図11 GRiTランクアップ確認表の集計推移

若手育成プログラムは現在開始3年目であり,本プログラムの卒業生は出ていないが,若手育成プログラムの試みは確実な成果を出している.

案件の参画でも2,3年目のアカデミー生は戦力として受け入れられており,事業部門の部長からは4年目の本配属に期待する声が出ている.

アカデミー生からは「さまざまな部門を経験できるため,社内の伝手が広がるとともに自分にあった部門を探せる点がよい」という声も上がっており,配置の納得性の向上といった育成以外の効果も見込めている.

5.おわりに

本稿では事業部門向けに10年間運用してきたITSSでの認定制度をiCDで作り替えた事例,独自制度だった管理部門もiCDにて事業部門と同様に構築し,認定制度の適用範囲を拡大した事例,新入社員から3年目までの若手社員を対象にした若手育成プログラムへのiCDの活用事例の3事例を説明した.

今回のiCD活用への制度変更にあたり工夫した点は以下の点である.

  • ITSS職種を活かした役割の設計(3.2.1項)
  • ITSSで対応できない役割の設計(3.2.2項,4.1.1項)
  • レベル判定基準の継続(3.2.3項)
  • ITSSでの認定制度を活用(3.2.4項)

当社はIT人材をはじめとする社員の成長が企業の成長につながると考えており,社員の成長の方向と当社が成長したい方向を一致させる育成の羅針盤としてiCDによる認定制度と評価基盤を整備した.社員が持続的に成長するためにもiCDを活用して時代に変化に合った新しいタスクや人材像を今後も取り込むであろう.

弊社では人材育成に対して,iCD活用による3つの展望を持っている.3つの展望とは若手育成プログラムの拡大,事業計画と人財計画の連動,ディジタルトランスフォーメーション(以下,DX)への対応である.最後にこれら3つの展望について述べる.

5.1 若手育成プログラムの拡大

現在の若手育成プログラムは新卒80名近くの新入社員のうち10名ほどのアカデミー生だけを対象としているが,入社7年目までの若手社員全体に拡大予定である.なお,当社は中途採用者も換算年次で管理しており,その換算年次が7年目までは若手社員である.

前項で述べた育成カリキュラムは,開発技術入門カリキュラムとして,社内で活用できるように社内イントラに公開中である.

GRiTランクアップ確認表での目標管理も,2019年より新人のオンザジョブトレーニング(OJT)指導に組み込み済みである.今後3年間を目途にこの目標管理を入社3年目の若手社員までに拡大できるようにブラッシュアップ中である.

2020年にはアカデミーの卒業生が事業部門に配属されるが,この卒業生への育成支援を通して,入社4年目以降の若手社員に対する育成プログラムを実現する予定である.

このようにアカデミー室で成果が出たものを全社の若手育成施策に展開することで,若手育成プログラムを拡大していく計画である.

5.2 事業計画と人材計画の連動

iCDを活用した取り組み③である事業計画と人材計画の連動で実現したいことは図12のとおりである.

事業計画と人材計画の連動
図12 事業計画と人材計画の連動

部門での事業計画に遂行するため必要な人材をiCDで定義した役割とレベルで定量的に示すことで事業の実現の妥当性を高める.

未来の事業計画の遂行に必要な人材的資源のギャップを組織内の配置,組織をまたがる配置(異動),人材の育成,中途採用でどのように対応するかを人材計画として立案し,その内容を組織内で共有し,社員個人の育成計画と連動させる.

今回のiCD活用で人材を定量的に表現する指標は導入できたが,事業計画の方が人的資源を組み合わせる形でないため,その対応を検討中である.

5.3 DXへの対応

第4次産業革命を牽引するDX推進人材は当社でも今後必要である.

そのためDX推進人材に担ってほしいタスクとスキルを設定し人材像を示したい.

こうした人材像を示すことでDX推進人材を外部から調達する際に判断の基準として利用できる.

社内での人材シフト時に具体的な指標となるタスクができるための技術を身に着けつつ,実案件で実績を積み上げていくことは従来のIT人材における育成方法と変わらない.

今後,当社における人材ポートフォリオを立てて,DX推進人材などのIT人材へのシフトが進むであろう.

ただ,DX推進人材への転換には,多くのタスク経験と広範なIT知識が必要となってくる.そのためにもどんどん変化を受け入れて,自身の学びなおしを積極的に行うことがDX推進人材への転換の一番大切な要素であろう.

謝辞 iCD導入にかかわった皆様ならびに本稿執筆を支えてくださった皆様すべてに深謝いたします.

参考文献
但吉 英山(非会員)htajiyoshi@dcs.co.jp

三菱総研DCS(株)に入社後,分散基盤系技術者として,各種案件に参画,事業サービスの提案などを経て,人事部に異動.人事部では人事制度の更改プロジェクトに参画後,人事業務全般にかかわる.2016年よりPMO部人財育成アカデミー室にて,iCD移行に携わり,現在は人財育成アカデミー室室長として,若手技術者の育成施策を推進.

採録決定:2019年11月8日
編集担当:吉野 松樹((株)日立製作所)

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