デジタルプラクティス Vol.11 No.1(Jan. 2020)

「DX時代のスキル標準と人材育成」特集号について

高橋秀典1  藤瀬哲朗2

1(株)スキルスタンダード研究所  2(株)三菱総合研究所 

1.はじめに

AI,IoT,データサイエンスなどのデジタルトランスフォーメーション(DX)の技術によるビジネスの変革が本格的に進んでいる.その中でDXに向けた人材をどう育てるか,また一方で既存ビジネスの安定した運用と改善を継続するための人材をどのように用意するか,そしてその両方をいかに具体的に解決していくかが喫緊の課題となっている.

本特集号では,そういったDX時代における効果的な人材育成について唯一の具体策であるスキル標準,特にiコンピテンシ ディクショナリ(iCD)とITSS+を取り上げた.

周知のとおり,DXは今後の変革を進める上での重要な策であることは間違いないが,一方でビジネスの大半を占める現状の仕組み,資産などについての対応が中途半端になることは許されない.

また,DXを進める上で短期のゴールはあっても,目まぐるしく変化する環境を考えると,目指すべき姿を明確にすることは難しいと言わざるを得ない.試行錯誤を繰り返しながら進め,その中でさまざまな検証を経て,作り出していくものであると考える.

DXについて推進する形態は次の2通りあると考えられる.

  • デジタル技術,データを活用して従来の事業や業務を大きく変革
    これは事業エリアの変更や新規事業ではない.
  • DX技術を使いデータを収集/分析して,新たな適用分野,新規事業を推進
    これはターゲット顧客,収益源,提供経路の変革である.

DXを進める上で変革するべきことは次のように考えられる.

  • 役割・体制・プロセスについてユーザ企業のオーナシップは,情報システム部門から事業部門へ
  • 価値基準は,品質・安定からスピードへ
  • 開発手法は,ウォーターフォールからアジャイル,DevOpsへ
  • 主要技術は,IoT,データサイエンス,AI
  • 開発主体は,ベンダ活用から内製,パートナリング,同業種・異業種との協業へ

一般的には企画系など,戦略的な仕組みづくりにDX技術を適用することが考えられるが,どの分野にどのように取り掛かるかは,経営戦略として明らかにしていくべきことである.

その中でDXにしても現状の維持・改善を進めることにしても,主体となるのは人材である.冒頭で述べたとおり,その人材をどのように育成・維持・獲得するかが最重要課題といえる.

付け加えると,DXを推進する上ではこれまでのITスキル標準の使い方のように,ある一定の枠にはめて検討することはあまり意味をなさない.どのレベルに何名存在するか,現在の上のレベルを目指すための差分のスキルを明らかにする,などといった従来の考え方だけでは不十分である.経営戦略や事業計画を基にしたTo Beがあって初めてAs Isの可視化によりギャップが明らかになる.さらに短期のゴールしか見えないDX推進に関しては,試行錯誤ができるように組み替えることを前提とした仕組みづくりが求められる.

2.本特集号の論文について

本特集号では実践例を踏まえたプラクティスについて5編の招待論文および2編の投稿論文を掲載しているが,その導入として,ゲストエディタによる解説論文,それを受けていち早く人材育成に取り入れられたNTTコムウェア社の皆様へのインタビュー記事を掲載している.掲載した多くの論文・記事では,「変化」に追従していった実例ベースに人材育成にかかわる話題を執筆いただいた.またDXに限定せず,スキル獲得の活動について論じた論文も掲載している.

採録した解説論文・招待論文は次のとおりである.

解説論文: 最新スキル標準(iCD & ITSS+)有効活用のための基本思想と改訂の趣旨

「ITスキル標準(ITSS)」は,IT技術者向けのスキル評価指標として2002年12月に経済産業省より公表された.以降,組込み技術者向けの「組込みスキル標準(ETSS)」,ユーザ企業向けの「情報システムユーザスキル標準(UISS)」と範囲を広げ,UISSをベースにそれらを束ねた「共通キャリア・スキルフレームワーク(CCSF)」,さらに主要なBOK(Body Of Knowledge)などを取り込んだiCDと発展を続けてきた.最近ではDX推進に向けた「ITSS+」もiCDとリンクする形で公表された(以後,各スキル標準をまとめてスキル標準と呼ぶ).

本論文では,最初に公表されたITスキル標準について,その考え方やアーキテクチャを深く理解して初めてスキル標準の有効活用が可能となる.一方で,最新のスキル標準を有効活用する上では,発展の過程で改善された内容の意義も理解しておくと,活用の方針や方向性を明確にできる.これらの改訂や開発に大きくかかわってきた筆者により,ITスキル標準の基本思想と発展の過程で採用されてきた新たな考え方や構造を解説する.また,今後のDX推進を踏まえたスキル標準活用のためのアプローチに関しても,その考え方を述べる.

インタビュー: iコンピテンシディクショナリを活用した人材認定制度─NTTコムウェア社の事例─

社内のスキル認定制度をiCDベースに切り替えることにより,DXの推進等に向けた人材育成をいち早く進めている代表的な企業の1つであるNTTコムウェア社の皆様に,その取り組みの紹介を兼ねてデータサイエンティストとサービスクリエータと呼ばれる人材についてインタビューを実施した.NTTコムウェア社は,以前よりComCP(Comware Certified Professional)と呼ばれる社内スキル認定制度を整備されており,CITP (認定情報技術者)の企業認定も受けている企業で,この分野のトップランナーの企業の1つである.

社員と組織の持続的成長を目指したiCD活用事例

著者の所属企業では,ITスキル標準によるIT業界標準のIT人材の認定制度と評価基盤を導入することで10年近くビジネスに必要なIT人材を育成し,成長してきた.今回,iCDを用いてIT人材のみならず管理部門を含めた社員全体を対象に認定制度と評価基盤を作り替えた.本稿では一連の施策推進を担ってきた筆者がIT人材向けの認定制度の変更に関する事例,管理部門における認定制度の設計事例,そして若手社員育成への活用事例を説明した上で,今後の活用における展望を論じている.

デジタルブートキャンプによる人材育成の実践的取組─デジタルトランスフォーメーションを実現するデジタルイノベーターの育成─

デジタルトランスフォーメーションを実現する新な人材(DX人材)である,「デジタルイノベーター」の育成プログラムである「デジタルブートキャンプ」の実践をとおして得られたプラクティスについて論じている.

国際認証制度(CITP)を活用したプロフェッショナルIT人材育成の試み

著者の所属する電力系IT企業はDXを推進する役割を求められおり, この役割を担うには,自らアンテナを立て新しい技術を貪欲に学び,ビジネスをリードできる人材が必要となっている.そこで,社内の高度IT人材を認定するプロフェッショナル制度のもつ課題を解決し,社会的な客観的評価を伴う高度IT技術者の育成を目指し,IT業界唯一の国際認証資格であるCITP制度の活用を2015年から試みてきた.これらの取り組みについて論じている.

車載組込みシステム技術者の育成~enPiT-Pro Embでの教育実践~

近年の組込みシステムの開発現場では,社会人が学生時代に学ばなかった新しい情報技術が用いられることがまれではなく,社会人の学びのニーズが高まっている.そこで,社会人の組込みシステム技術者を育成するenPiT-Pro Embを提供して,社会のニーズに応えている.enPiT-Pro Embは,組込みシステムの中で車載とIoTに焦点を当てた教育を行っているが,本稿では,特に車載組込みシステム技術者の育成に焦点を当てて,その取り組み事例とそのプラクティスについて論じている.

自動走行ソフトウェアスキル標準の策定

自動走行ソフトウェア開発のためのスキル標準を策定したプラクティスについて論じている.その策定方法として,有識者ヒアリング等を通じてユースケースを通じてニーズを洗い出し,ユースケースからゴールを明確化することでスキル標準を導出した.各スキルはiコンピテンシディクショナリのように現場関係者の確認作業を容易化するために,例となるタスクを策定し,各スキルとタスクを対応付けた.さらにユースケースとスキルから,スキル標準の活用方法を策定している.

また,本特集では次の2編の投稿論文を採録した.

DX時代に求められる技術者育成施策─日立におけるデータサイエンティスト育成の事例を元に─

DXを担う人材には,従来型SEのスキルを保持しながら,先端的なディジタル技術の目利きができ,ビジネスや組織を変革して事業化することが求められる.著者の所属企業では,実力と経験を重視し,DX人材育成の仕組みを構築中であり,マルチスキル化も進めている.さらにプロフェッショナル・コミュニティ活動により組織能力を向上させることによるDX人材育成にも取り組んでいる.この取り組みから得られる知見について論じている.

医学的知識をもつ介護従事者育成のための認知症見立て遠隔講義システムの開発

本論文では,医学的知識をもつ介護従事者によるスキル獲得を目指した活動について論じている.介護現場における改善可能な認知症を見逃さないための人材の育成は重要である.既存の育成活動としての既存の学習会では諸問題があり,スキル習得に困難さを抱えていた.これらを解決するために,遠隔講義システムを開発・活用した人材育成活動を試行するとともに学習効果の検証結果について論じている.結果として個別の学習支援につながる可能性があることがわかった.

なお,グロッサリについては,解説論文と内容が重複するため,本特集では特に掲載しないこととした.

3.おわりに

最後に,お忙しい中,編集者からの2つのテーマにわたるインタビューにご対応して頂いたNTTコムウェア社の皆様,特に古中氏には全体をコーディネートいただいた.ご多忙な中,プラクティス原稿をご執筆いただいた著者の皆様も含め,改めて感謝を申し上げる.

 

高橋秀典(非会員)hidenori.takahashi@skills.jp

1993年に日本オラクル入社.セールスコンサルタント,サポート,研修ビジネス責任者を歴任,研修ビジネス責任者時代にオラクルマスター制度を確立.その後,システム・エンジニア統括・執行役員を経て2003年に,ITSSユーザ協会(現スキル標準ユーザ協会)設立,専務理事に就任.2004年日本オラクルを退社,(株)スキルスタンダード研究所を設立,スキル標準の企業導入・活用を推進.経済産業省,IPAのスキル標準関係各種委員会委員,委員長を歴任する.2006年にIPA賞受賞.経済産業省「産業構造審議会・人材育成WG」委員など各方面で活躍.最近では内閣官房「最先端IT国家創造宣言・人材育成分科会」委員,IPA「DX推進人材のありかた研究会 ITリテラシー標準(ITLS)WG」委員として参画.

藤瀬哲朗(正会員)fujise@mri.co.jp

(株)三菱総合研究所原子力安全事業本部 兼 科学・安全事業本部.電気通信大学大学院修士課程修了後,三菱総合研究所入社,現在に至る((財)新世代コンピュータ技術開発機構研究所主席研究員,慶應義塾大学SFC研究所訪問所員,同大学SDM研究所研究員,(独)情報処理推進機構ソフトウェア・エンジニアリング・センター主査).高性能計算にかかわる研究,ソフトウェア工学および高信頼性システムの調査研究,研究開発事業マネジメント業務に従事.

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