文部科学省は近年,「科学技術に関する広範な研究開発領域や,産学官の多様な研究機関に用いられる共通的,基盤的な施設・設備」の整備を進めており[1],特に重要な共同利用施設を「特定先端大型研究施設」と位置付けている.これらの施設の建設と運用には国費が投じられているため,施設の供用によって生み出される「知的公共財」としての利用研究成果[2]を最大化し,学術・科学技術の発展と産業技術の振興に貢献することは,研究施設の重要な使命である.本稿では,特定先端大型研究施設に属する「大型放射光施設」を例に,利用研究成果の最大化の実現に向けた利用ルールの策定およびITシステム化のあり方について述べ,その実効性を考察する.
1997年に供用開始したSPring-8は,国内外の産学官の研究者に広く開かれた大型放射光施設である.本施設が生み出す放射光☆1は,物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用等の幅広い分野の研究開発に活用されており,年間延べ1万5千人以上の研究者によって2千件以上の実験すなわち利用研究課題(以下,課題)が実施されている.
SPring-8の実験ホール内には,「ビームライン」と呼ばれる赤外線から硬X線までの波長の異なる光を取り出す設備が複数設置されている.施設利用を希望する研究者は,ポータルサイト“SPring-8 User Information"☆2にアクセスし,ユーザ登録を行い,「マイページ」へログインする(図1).ログイン後は,「課題申請書」と呼ばれる利用申請フォームの作成ページに移動し,研究の目的,手法,分野,希望利用時間,用途に応じた利用希望ビームライン等の情報を記入の上,提出する.
通常の課題募集は年2回期日が設けられており,科学・技術・安全上の各観点から審査を受け,採択されるとSPring-8の利用が可能となる.そのため,締切日から実験開始までの所要日数はおおむね4~6カ月程度である☆3.
SPring-8の運転サイクルは,夏季の長期停止期間を境として,A期(前期)・B期(後期)に分かれており,「2017A」「2018B」のように「年+期番号」で各期を識別する.また,採択・不採択にかかわらず,すべての課題には一意の識別番号(課題番号)が付与される.
運転期間中の施設は原則24時間稼働であり,研究者はシフト単位(1シフト=8時間)で課題を実施する.なお,SPring-8では,各課題における責任者を「実験責任者」と呼び,実験責任者と共同で実験を行う研究者を「共同実験者」と位置付けている.また,実験責任者と共同実験者の総称を「ユーザ」と定義しているため,本稿ではこれらの呼称を用いる.
SPring-8の利用は有償である.ただし,利用期終了後3年以内に「成果公開認定要件を満たす研究成果」(以下,認定成果)を公表することで,使用料が免除される.これは,航空・電子等技術審議会による「大型放射光施設(SPring-8)の効果的な利用・運営のあり方について」(諮問第20号)に対する答申[3]において,「SPring-8の利用経費の負担に関しては,利用者が成果を専有せず公開するような利用研究については利用者からビーム使用料を徴収しないことが適当である」とされたためである.
SPring-8における「認定成果」には,以下の発表媒体が含まれる.
学術雑誌等による成果公開を前提として実施される課題は「成果非専有課題」と呼ばれ,SPring-8で実施される総課題数の約8割を占める.一方,使用料を負担することで認定成果の報告が不要となる「成果専有課題」制度もあり,産業界の利用者が多い.
公開済の成果の報告は,マイページの「論文発表等登録」ページから行う.本ページでは,「研究成果名」「公表媒体名」「筆者名」「(成果創出に寄与した)関連課題」等の登録が可能である.関連課題欄には複数の課題番号を登録できるため,成果非専有課題の実施者は必ずしも課題ごとに原著論文を公開する必要はなく,いくつかの課題をまとめて「認定成果」とすることが認められている.
SPring-8利用にかかわる諸手続きは,筆者らが構築し2005年から供用開始したWeb申請・審査システム「利用者支援システム」上で受け付けている.本システムの導入の経緯,コンセプト,立ち上げ当初から安定稼働に至るまでに得られた知見ならびにその総括については,2012年に報告を行った[4].本稿では,ユーザによる利用研究成果の公表と登録を促進するために2012年以降取り組んだシステムソリューションとその運用結果について報告する.なお,本システムでは,SPring-8キャンパス内に建設され2011年に供用開始したX線自由電子レーザー施設“SACLA”の課題申請や採択後の手続きならびに成果登録も受け付けているが,両施設は実施課題数や運転時間に差異があり,単純な比較が難しいため,本稿ではSPring-8に限定して議論する.
2011A期までに実施された成果非専有課題には,認定成果の報告義務がなく,マイページから提出可能なA4紙1枚程度の文量からなる簡易的な実験レポートを使用料免除の根拠と見なしていた.そのため,供用開始から10年が経過した段階で,SPring-8における登録論文数は海外他施設の60~80%程度にとどまっていることが問題視されており☆4,2007年にまとめられた「大型放射光施設(SPring-8)に関する中間評価報告書」[5]は,以下の要因を指摘していた.
これらの状況を踏まえ,2010年に「成果公開の促進に関する選定委員会からの提言」[6]が出された.本提言では,成果非専有課題における認定成果の公開を義務化し,正当な理由なく成果を公表しなかった実験責任者に対し,定められた成果登録が行われるまでは,新規の課題申請を受け付けないべきであるとされた.そこで2011B期より,大半の実施課題の論文公表までに要する時間としては十分な猶予期間と考えられる,利用期終了後3年以内の認定成果の公開が義務化された(この取り決めを,本稿では「3年ルール」と呼ぶ).ただし,当該期間内の成果公開が困難な場合には,成果公開期限の延長(2年間)を最大2回認めるケースもある☆5.
第2章で述べたように,課題申請から成果公開までの一連の手続きは「利用者支援システム」上で行われている.そのため,提言に基づいた3年ルールの厳正な運用には,本システムの利活用が不可欠であると言える.また,利用者支援システムはこれまで利用手続きの電子化を主目的に開発されてきたため,ユーザの成果公開へのインセンティブ強化や,成果登録を行わなかった場合の対応策といった,利用研究成果の最大化に繋がるシステム側からの支援・規制機能については必ずしも十分ではなかった.そこで本章では,成果公開を促進するために実施した各取組みを次のカテゴリに分類した上で,具体的な内容について述べる.
本カテゴリには,成果公開期限を超過したユーザに対して今後の施設利用を制限するための取組みが含まれる.
従来の利用者支援システムには,期日までに成果登録を行わなかったユーザがアクセスした際に,アラートや利用制限といったシステム側からのフィードバック機能が用意されておらず,そのまま継続利用することができた.そこで,成果公開期限を超過した実験責任者がマイページにログインした際,認定成果未登録のため新規の課題申請が行えない旨を画面上部に警告表示するようにした.本アラートは一時的に非表示化できるが,ログインごとに再表示される.本機能により,認定成果の登録を失念していた実験責任者に対するリマインド効果が期待される.
また,本状態で課題申請ページに移動すると,課題申請書の作成ならびに編集は行えるものの,『提出』ボタンを無効化することで,申請書を提出できないようにした.
これらの視覚的な要素を組み込むことにより,実験責任者が本状態を解消するために適切なアクションを起こす必要があることが明確となった.
3.1.1項の措置により,SPring-8を継続して利用する「実験責任者」においては,成果非専有課題に対する認定成果の公開は義務であり,また研究者としての責任であるとの意識が浸透したと考えられる.ところが,3年ルールの適用により新規の課題申請が行えなくなったユーザの中には,他の(課題申請が可能な)実験責任者の課題の「共同実験者」として参画し,成果登録を行わないまま,SPring-8を利用し続けるケースが見受けられた.そこで,当該ユーザの共同実験者としての参加を抑止する仕組みを,2019A期より実施することになった.
具体的には,利用制限のかかっていないユーザがマイページにログインし,課題申請書の「共同実験者」ページ上で,課題申請の停止措置が行われているユーザID☆6の登録を試みた際,認定成果の登録が未完了であるため共同実験者として追加できない旨を画面に表示するようにした.また,実験責任者が実験に参加するメンバを登録する「共同実験者変更」ページに対しても,同様の抑止機能を組み込んだ.
さらに,実験日程☆7単位でSPring-8に来所する実験メンバを申告する「利用申込書」ページに対して,認定成果未登録の共同実験者の来所を抑止する機能を追加した.本申請書は,「共同実験者変更」ページ上で登録された共同実験者リストをマスタとして呼び出し,実験日程ごとに来所者を選択するインタフェースが実装されている.実験責任者が「共同実験者変更」に追加した後,課題申請の停止措置が適用されたユーザがそのまま含まれている可能性もあるため,この段階でも検知する仕組みを実装した.
これらの追加機能の開発により,実験責任者に加えて,共同実験者についてもより厳格な利用資格の判定が行われるようになった.
本カテゴリには,ユーザが成果公開義務のある課題を見失わないようにするためのガイド機能やスタッフ向けの管理支援機能といった取組みが含まれる.
ユーザの成果公開を促進するため,成果未登録の実験責任者に対して,電子メールでリマインダを定期的に送信している.送信パターンは以下の通りである.
本通知はすべての成果未登録課題に対して実施しているため,個々の課題の成果進捗管理は大変繁雑である.また,リマインダを頻繁に送信すると,複数の課題を実施した実験責任者が大量のメールを受信し,成果未登録課題を見逃したり,無視する可能性も考えられる.そこで,スタッフ向けに成果管理機能とリマインダ送信機能を統合したアプリケーションを開発し,成果未登録課題の自動抽出から状態に応じたメール文面の動的作成ならびに送信までをワンストップで行えるワークフローシステムを整備した.さらに,同一実験責任者に対して複数の通知が発生する場合は,可能な限り1通のメールに用件を集約の上,複数の成果未登録の課題番号を文中に併記するようにした.なお,メールの文面は日英両言語用意されており,ユーザ登録時の使用言語設定に基づき,個々のユーザごとに自動的に切り替えて生成する.
2011B期の成果公開義務化以前より,登録済の研究成果の検索機能を提供してきたが,過去に実施した課題の中で,認定成果が未登録のものを即時的に確認するインタフェースが整備されていなかった.そのため,複数の課題を実施したユーザが成果登録を失念するケースも発生していたことから,これまで実験責任者としてかかわった課題の中で,認定成果未登録のものを一覧表示する機能を実装した(図2).
本ページでは,実験責任者が過去に実施した課題を以下のカテゴリに区分し,表示する.
各実施課題ごとに成果登録ページおよび成果公開期限延期申請ページ☆8のリンクを配置することで,認定成果が未登録のものに対して,次にとるべきアクションを視覚的に把握できるようになった.また,3.3.1項で述べる「利用研究成果集」に論文を投稿した場合,進捗状況が本ページ内に逐一反映され,査読完了時まで3年ルールの適用対象外となる☆9.なお,研究成果が登録済の場合は,「認定成果」「認定外成果」☆10別に登録内容を一覧表示することが可能である.
本カテゴリには,成果公開にかかわるプロセスを多面的に支援することで,ユーザのインセンティブを強化するための取組みが含まれる.
SPring-8やSACLAの利用により得られた研究成果や知見を学術・科学技術の振興や社会に幅広く還元することを目的として,2013年☆11より「SPring-8/SACLA利用研究成果集」(以下,利用研究成果集)を刊行・公開している☆12.本誌は査読誌であるが,「チャレンジングな研究課題の実験・解析がたとえ不成功となった場合でも,その研究情報を公表することにより,他の研究者にも有益な知見を提供する」[7]役割も担っており,成果公開に至るまでスタッフによるフォローが行われる.そのため,実験不調等の理由により一般の学術雑誌上での論文発表が困難な場合の認定成果公表媒体としても活用されている.
本誌ではオンライン投稿を受け付けており,ユーザはポータルサイトで配布されているMicrosoft Word形式のテンプレートを用いて原稿を作成し,提出する.オンライン投稿システムは利用者支援システムとは独立した外部のサービスであるため,投稿と連動して課題申請の受付停止状態は自動解除されない.したがって,スタッフが提出された原稿を確認した後,手動操作により当該課題に対する3年ルールの適用を解除する.これにより,課題申請書の新規提出が可能となるが,ユーザが理由もなく原稿の改訂を拒絶したり,1年以上放置した場合は,投稿の取り下げ措置が行われ,他の認定成果登録がなければ,課題申請が再度不可となる.なお,査読が完了し採録が決定したものについては,スタッフが成果登録を行うため,ユーザによる報告作業は不要である.
次の事由により期限内に成果を公開できない場合,ユーザは成果公開期限延期申請(以下,延期申請)を行うことができる.
延期申請機能はマイページ内に統合されており,成果公開期限の1年前から提出可能となる.
入力フォームは,以下の項目から構成される.
1回あたり2年間の延期申請が可能であるが,成果公開までの猶予期間は利用期終了から最長で7年間とし,当該期間内の論文発表が見込めない場合は,3.3.1項で述べた利用研究成果集への投稿を実験責任者に要請する.また申請内容については,専門分野の担当者による審査が行われ,期限の延長が認められないケースもある.この場合も同様に,利用研究成果集への速やかな投稿を求めている.
成果公開期限を超過したユーザによる延期申請も認めており,申請と同時に3年ルールの適用が解除される.そのため,他に成果公開期限を超過した課題がなければ,課題申請が再び可能となる.ただし,延期申請が認められた場合,当初の期日から2年後の同日が(延長後の)期限となるため,残日数に余裕がない場合は利用研究成果集への投稿を勧めている.
第2章で述べたように,公開済の成果の報告は専用の登録ページ上で受け付けているが,共筆者が多い論文では名前の入力が煩雑になることも考えられる.そこで,ユーザーの作業を可能な限り省力化し,成果登録を効率良く行えるようにするため,「DOI」☆13または「オープンアクセスジャーナルのURL」が入力された場合は,「研究成果名」「公表媒体名」「筆者名」を省略できるように改修した.これは,オープンアクセス化された論文であれば,出版社との購読契約なしに誰もが内容を確認することができるからである.当該情報が入力された成果登録があった場合は,成果を管理するスタッフが論文をダウンロードし,研究成果名や筆者名等の情報を代わりに補完している.
3年ルールの適用は,認定成果の登録が行われた時点で解除される.本措置は成果公開期限を超過した場合も同様であるため,成果登録と同時に(他に期限超過した課題がなければ)課題申請が再び可能となる.ただし,スタッフによる登録内容の確認の結果,関連課題として認定されなかった場合は,再度「認定成果未登録」の状態に巻き戻しとなる.
SPring-8では,卓越した成果の創出が期待される研究に対して最大2年間(4期)にわたって実験時間を確保する「長期利用課題」や,蛋白質結晶構造解析分野の研究に対して機動的な測定を通年で可能とする課題制度等,通常の半期単位の募集サイクルとは異なる運用も行われている.管理上,これらの課題にも半期ごとに課題番号が付与されるが,実質的には1つの連続した課題として実施されている.そこで,該当する課題種別については,成果登録の際,認定成果といずれかの課題番号が関連付けられた時点で,すべての課題に対する成果登録を完了したものとして判定するように改修した.これにより,SPring-8の「ヘビーユーザ」が,実施課題の成果登録を取りこぼすリスクを低減することができた.
ここまで述べた成果公開の促進に向けた各取組みの運用開始時期を表1に示す.
利用者支援システムの運用を開始した2005B期から2015A期までの10年間(20期分)における,成果公開対象課題の総数ならびに認定成果登録率(以下,成果登録率)の推移を図3に示す☆14.
成果登録率とは,利用期終了後3年経過時点の認定成果登録済課題の合計☆15を成果公開義務のある課題総数で割ったものである.ただし本図では,成果公開までの猶予期間が通常の3年よりも長く設定されている「長期利用課題」等の課題種別は除外して集計した☆16.また,2011A期以前は,各期の切替時期の関係で成果公開期限は2011B期よりも1~2カ月程度早かったが,比較のため全期においてA期は利用期終了3年経過後の9月末・B期は3月末時点の登録数を集計した☆17.
成果登録率に着目すると,2005B期以降ゆるやかな上昇傾向が見られたものの,2011A期時点では成果公開対象課題のうち,登録済のものは半数以下であった.ところが,成果非専有課題の成果公開が正式に義務化された2011B期には成果登録率は約75%まで急上昇した.2012B期以降はやや下降しているものの,義務化から8期経過した2015A期においても成果登録率は70%を超えている.
2011A期以降の各期における3月末・9月末時点の成果登録率の推移を図4に示す.本図より,利用期終了後1年経過時点の成果登録率は,成果公開義務化以前の2011A期ならびに義務化直後の2011B期は10%台であったが,2012A期以降,おおむね20~25%前後で推移していることが分かる.同様に2年経過時点の成果登録率は,義務化前後で30%台から50%前後まで上昇し,約半数の対象課題が2年以内に成果登録を完了していることが明らかとなった.さらに3年後の成果公開期限以降の成果登録率の推移を比較すると,2011A期はおおよそ60%で収束する一方,2011B・2012A期は95%前後まで上昇し,高い登録率を達成している.
2011B期以降の成果報告状況の内訳を図5に示す.本図からは,各期の成果登録率は70%程度,延期申請は申請中・許可済を合わせて各期おおむね20%弱,利用研究成果集への投稿は2011B期を除いて2%台であり,本傾向に大きな変化がないことが分かった.ただし,認定成果が未登録のため新規課題申請の受付が停止となった割合(以下,申請停止率)は,2011B期の2.6%から2015A期には6.2%まで増加している.なお,「その他」には,成果登録が期限直前に行われたため,スタッフによる内容確認が間に合わず処理中扱いとなったケースや,登録内容が認定成果に該当するかの判断に時間を要している課題等が含まれている.
2011B期以降の成果公開義務のある実施課題に対する申請停止率が時間とともにどのように変化したかを図6に示す.本図から,いずれの期においても,停止措置後に一部の課題で成果登録や延期申請の提出,あるいは利用研究成果集への投稿が行われた結果,申請停止率が漸減していることが分かる.だが,一度延期申請が認められた課題のうち,延期後の成果公開期限(当初の期限から2年後)に達してもなお成果公開に至らなかったケースにおいて,ユーザからの再延期申請や利用研究成果集への投稿等の対処がなかった場合は再度課題申請の停止措置が取られる.そのため,2年経過後に申請停止率が反転する状況にある.また,再停止率自体も年々上昇(2011B:2.2%→2013A:5.1%)している.
成果公開が義務化された2011B期以降,利用期終了後3年経過時点の成果登録率は,義務化以前と比べ20%以上改善した(図3・図4参照).したがって,第3章で述べた取組みは一定の成功を収めたと言えるが,これらは成果公開にかかわる利用ルールの策定とITシステムによる機能実装とが一体となって実現したものであるため,成果登録率の向上にいずれの寄与が大きかったかを個別に議論することは本稿の主旨にそぐわない.また,各機能は相互に連携しており,かつリリース後は同時並行で運用を行っているため,どの取組みが成果登録率の向上に強く寄与したかを単独で評価することは難しいが,たとえば,3.2.2項(成果未登録課題の確認ページの公開)の運用開始時期と重なる2015年10月~2016年3月末および2016年4月~9月末時点の2013A~2015A期における成果登録率の伸び率は,実施前(2015年4月~9月末)よりも高かったことから,本機能の導入が成果公開の促進に有効であったことが示唆される.
3.3.1項(利用研究成果集の投稿受付と査読対応)と3.3.3項(ユーザによる成果登録作業の省力化)以外の取組みは,成果公開が義務化された2011B期以降の課題に対してのみ有効である.図4において,2011A期と2011B期以降の成果登録率を比較した場合,成果公開義務化後はいずれの期も高水準で推移していることから,成果未登録ユーザに対する定期的なリマインダや,成果公開期限超過後の利用制限といった,2011B期以降の課題のみをターゲットにした取組みは,ユーザの成果登録への意識付けに効果があったと考えられる.ただし,3.1.2項(成果未登録ユーザの共同実験者への参加抑止)については,3年ルールを徹底するための強力な機能であるものの,開始時期から日が浅く,成果公開の促進効果については現状のデータでは不十分であるため,有効性については今後の期の成果登録状況も踏まえて判断すべきであろう☆18.
図4における2011B期以降の成果登録率の推移に着目すると,途中で前後の期と交わることなく,おおむね均等な間隔を維持しながらS字曲線を描いているが,2011B期の1年経過時点の成果登録率のみ,2011A期と同様の低水準にあった(2011A:16.1%,2011B:17.3%).これは,成果公開の義務化が始まって間もないころであり,ユーザの成果登録への意識が低かったことや,3.2.1項で述べたリマインダの運用開始前だったことから,制度変更の周知が不足していたことも考えられる.一方,翌2012A期においては1年経過時の成果登録率が26.4%に達していることから,3年ルールの適用開始から1年半経過した2013年9月頃には成果公開義務の認識が浸透し始めたと思われる.
これまで述べたように,成果登録率は2011B期以降の期においていずれも70%以上の水準に達したが,その一方,申請停止率も増加傾向にある(図5・図6参照).これは,今後SPring-8を利用する意思のないユーザが成果公開をせずに音信不通となるケースに加えて,複数の成果非専有課題を実施した場合に時間経過とともに成果未公開の課題の残数が増え,手続きが滞留してしまったこと等が原因として考えられる.また,一度成果公開期限を延長した後に期限切れとなり再度課題申請の停止措置が取られた課題数の増加についても同様の要因が考えられるが,この中には利用研究成果集への投稿までは至ったものの,査読コメント通知後に応答がなくなるパターンも含まれている.したがって,成果登録率のさらなる改善には,成果公開へのインセンティブが働きにくいユーザへの対応策も同時に検討していく必要があるだろう.
本稿では,共同利用施設における利用研究成果の最大化を目指して,利用ルールの策定とITシステム化のあり方について具体的な実践内容を述べた.本実践から得られた知見を一般化すると,以下のようになる.
SPring-8では,施設供用による利用研究成果を最大化するため,2011B期より成果非専有課題に対する認定成果の公開が義務化されることになった.利用者による成果公開を促進するために,成果未登録課題の一覧表示機能をはじめとする各種支援機能に加え,期日までに成果報告が間に合わない場合における複数の対応手段の提供,認定成果が未登録のまま期日を超過したユーザに対する新規課題申請の停止措置といったシステムソリューションの展開を行った.また,スタッフ向けに,各課題に対する成果公開状況を一括管理し,個々の実験責任者に対してリマインドメールを定期送信するためのシステムを整備し,成果管理業務の効率化を図った.その結果,2011A期以前は半数以下であった成果登録率が,2011B期以降は70%以上に上昇し,複数期に渡って同水準を維持するまでに至った.ただし,実験責任者本人の異動や退職等により課題実施当時から職務が変わったり,卒業後大学を離れた元大学院生の実験責任者に連絡が取れなくなるといった事情等により,成果未登録のまま公開期限を迎え,新規課題申請が停止されるユーザの総数は年々増え続けている.ゆえに,現時点では利用期によらずすべての成果未登録ユーザに対して定期連絡を行っているものの,永続的に実施することは現実的ではないため,一定期間経過後には追跡を中止するといった運用方針を決める必要があるだろう.また,ユーザにおいても,メールによる通知が繰り返し届くことによって次第に無反応・無関心になり,重要な用件を読み飛ばす状況が少なからず発生していると想定されるため,より効果的・効率的な連絡手段の実現可能性について考えていきたい.
2018B期の課題募集に合わせてマイページ内にORCID iD☆19との連携機能を実装したが,現時点では統計処理時に同姓同名ユーザを区別するための識別子としての利用にとどまっている.成果公開の一層の促進とユーザの利便性向上のために,将来的にはORCIDに自身の著作物の情報を登録しているユーザがSPring-8の成果登録をする際,ORCID側のデータベースから登録内容を直接取得したり,逆にSPring-8側の成果登録内容をORCIDデータベースに反映するといった,外部サービスとの連携強化の方向性に関しても検討を進めたい.
本稿で述べた制度運用を継続するにつれ,量的な目標(論文数)への関心が高まる一方,公表内容の「質」に影響が出る可能性も考えられる.今後は,認定成果の報告の有無や論文数といった定量的な観点に加え,報告内容のインパクトや他のユーザへの影響(貢献度)といった質的な要素についても分析を進め,利用研究成果にかかわる量と質の両指標を施設全体の評価へどのように繋げていくべきかについても,議論を深めていきたい.
特記事項 本稿の内容は,筆者の見解に基づいてまとめられたものであり,筆者の属する機関の公式見解を示すものではないことを付記する.
2001年九州大学理学部生物学科卒業.2003年同大学大学院人間環境学府発達・社会システム専攻(教育学コース)修士課程修了.2004年(公財)高輝度光科学研究センター入社.以来,SPring-8/SACLA利用者支援システムの開発・運用・高度化ならびにデータ分析業務に従事.2018年電気通信大学大学院情報システム学研究科社会知能情報学専攻博士後期課程修了.博士(学術).
川畑 宣之(正会員)kawabata@spring8.or.jp2008年九州工業大学大学院生命体工学研究科博士前期課程修了.2011年(公財)高輝度光科学研究センター入社.以来,SPring-8/SACLAの情報システムに関する業務に従事.2013年九州工業大学大学院生命体工学研究科博士後期課程修了.博士(工学).
会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。