デジタルプラクティス Vol.10 No.4(Oct. 2019)

テレワークにおけるIT部門の取り組みと課題克服
─仮想デスクトップの大規模展開を成功に導くためのコツ─

中村 元晃1

1富士通(株) 

筆者が所属するIT戦略本部は,社内の情報システム部門(情シス)である.当社はICTをお客様に提供するという仕事をしているが,当社にも当然従業員がおり従業員が利用する社内システムがある.その社内システムの企画・開発・運用を行っているのがIT戦略本部であり,お客様向けのSEとは独立した部門である.本稿では,そのIT戦略本部がどのようにしてテレワークを支えるICTを提供しているか,具体的なツールやセキュリティ対策を紹介するとともに,その展開の過程や失敗から得たノウハウについて説明する.

1.テレワーク制度の導入

1.1 テレワーク制度導入の背景

テレワークを開始することになった背景には,育児や介護の事情を持つ従業員の増加や従業員の高齢化,また外国人従業員の増加などがある.それまで社内では,皆が同じ時間,同じ場所で働き,残業もいとわず長時間働くことががんばっているとみられる風潮があり,そのような環境で制約のある従業員は,必死で時間をやりくりして会社に来るという現状があった.会社にいないと連絡を受けられない,会議の時間を合わせられない,急な用事などで代わりに仕事をしてもらうとまわりに迷惑をかけるなどの遠慮があり,余裕がなく,疲弊してしまう.この従業員たち全員が,働き続けられる職場に変えていかないと,会社,仕事が回っていかなくなるためテレワーク制度を導入したのである.

我々IT戦略本部としてもテレワークを拡大させるために,利便性の高いICTを多く提供して,多くの従業員に使ってもらう使命があった.

1.2 グループ共通のコミュニケーションツール ~グローバルコミュニケーション基盤~

テレワークを実施する上でICTの活用は必要不可欠である.ICTを駆使して,あたかも事務所にいるように,どんな場所からでも仕事ができなければならない.またコミュニケーションがとれなければならない.

たとえば,自宅で資料を修正したり,外出先からメールを見るケースがある.これはこれで重要な仕事である.しかしそれだけでは不十分で,どんな場所にいても仕事仲間と「コミュニケーションがとれる」ということが重要だと考える.事務所にいなくても上司からの指示を受けたり,部下に指示を出したり,さらには相談にのったりできてこそ,テレワークができていると言えるのではないか.

そのコミュニケーションツールについては,当社は2010年よりグローバルでさらにグループ会社間で共通の環境を整備していた.これが後にテレワークにつながると考える前の頃の話である.コミュニケーションツールというのは,メールだけでなく,Web会議,インスタンスメッセージ,SNSなど相手とコミュニケーションをとるためのツール群を指している.このようなツール群を当社では「グローバルコミュニケーション基盤」と呼んでいる.

当社には,グループ会社が200社ほどあり,2010年までは,各社それぞれが独自にメールサーバを立てたり,テレビ会議システムを導入したりしていた.

会社が異なっていても,当社は常にグループ会社同士でチームを組んで一緒に仕事をしている.しかしメールサーバが違うと,相手のスケジュールが確認できない,テレビ会議をしようとしてもメーカが異なる,ネットワークに制限があるなどの理由でつながらないといった状況だった.これではコミュニケーションが分断されてしまう.これを解消すべく,2010年からIT戦略本部では,グループ会社の従業員を含む全員分のコミュニケーション基盤を構築し,各社にはそれを利用してもらうことにした.もちろん各社で構築したメールサーバなどは停止してもらった.これによって,グループ会社の従業員間でそれぞれの予定を参照できるようになっただけでなく,相手のスケジュールの予約もでき,さらにいつでもWeb会議がつながる環境が構築され,コミュニケーションが非常にとりやすくなった.これが現在も活用されている.

グローバルコミュニケーション基盤の統一の中でも,特にインスタンスメッセージ・Web会議システムの導入が最も効果的であった.

Web会議システムでのプレゼンス表示において,図1の左側のウインドウのように,仕事仲間を登録した画面が全員のデスクトップ画面に起動されている.これを見ると簡単に仕事仲間の状況(プレゼンス)を確認することができる.

Web会議システムでのプレゼンス表示
図1 Web会議システムでのプレゼンス表示

在席(連絡可能)の場合は緑色,退席中の場合は黄色,取り込み中の場合は赤色,相手のプレゼンス(状態)が一目で分かる.これは,マウスやキーボードの操作や,予定の状況より判断され自動で表示される.

たとえば,相手に何か質問したいとき,プレゼンスが緑色(在席)であればインスタンスメッセージを送る.文字だけのやりとりだけでは解決しないとなったら,電話をかけ直接話すこともできる.電話をかける場合も,電話番号を調べたりする手間がかからず,ボタン1つでつながる.会話はヘッドセットをPCにUSB接続して行う.さらには,自分のデスクトップ画面を共有しながら説明することもできるので,質問が相手に確実に伝わり,すぐに回答を得ることができる.もしこれと同じことをメールで行っていたら解決まで1日で済まず,数日かかることもある.

もちろん会議でもこれを利用している.最近ではたとえば10人の会議でも会議室に来るのは5人くらいで,3人は自宅から,残り2人は別の事務所からといった具合である.もちろん顔を合わせなくても会議がしっかりできている.現在ではWeb会議システムはテレワークには欠かせないツールとなっている.

現在Web会議に関しては,全従業員の97%が利用しており,年間200万回の利用がある.使わない日はないぐらいで,1日に何度も利用している.

グローバルコミュニケーション基盤(通称:グロコミ基盤)は一気に完成させたわけではなく,2010年から徐々に機能を追加してきた.さらに,今も進化を続けており,クラウドの活用に取り組んでいる.現在は,クラウドファーストの時代であり,新しいサービスはすべてクラウドから提供される時代である.オンプレミスでは新しいサービスがすぐに提供できないが,クラウドであれば早く提供できる.当社も積極的にクラウドを使おうということで活用している.

今後提供されるサービスもクラウドを使ってスピードアップしていく予定である.

1.3 働き方改革によるテレワーク制度の推進

少子高齢化社会を迎えた日本では,労働人口を確保することが年々難しくなりつつある.“超売り手市場”において若い世代は多くの選択肢から好条件で入社できる企業を検討するが,優秀な若者を採用するためにはテレワークの導入など働きやすい職場も重要視されている.また,介護を強いられる世代の離職を防止する意味でもテレワークの導入は有効である.

そういった世の中の流れの中,当社でも,2017年度から本格的に「テレワーク制度」を開始した.自宅やサテライトオフィスなどで仕事をしても勤務と認めるという制度である.

具体的には以下のような勤務制度とした.一部を紹介する.

  • 利用回数の制限は設けないが,終日テレワークで勤務する場合は,週2回まで
  • 利用時はスケジュールを見える化し,メンバ間に共有すること
  • Web会議システムを利用し,メンバとコミュニケーションを常にとること
  • テレワーク中は,インスタンスメッセージや音声通話が常にできる状態にしておく
  • 休日や深夜勤務帯のテレワークは原則禁止

これらの制度は実態を見ながら柔軟に見直していく予定である.

2.テレワークで必要となる条件

2.1 PCの社外利用が増加

テレワークを進める上で核となのは,PCの社外からの利用である.利便性に加え,セキュリティも重要である.テレワークによってPCの持ち出しが増えた分,PCの紛失が増えたら逆に問題となる.「テレワーク中止!」となってはすべて振り出しに戻る.その対策として仮想デスクトップを採用した.

2.2 すぐに仕事が始められセキュリティも万全の仮想デスクトップ

仮想デスクトップの利点は2点ある.1点はテレワークにも非常に有効なツールであるということ.もう1点はセキュリティである.

まずテレワークでの有効性についてであるが,何といっても,いつでもどこでも同じデスクトップ画面が使えるという点である.たとえば,昨日の夕方まで事務所で使っていたデスクトップ画面がそのまま次の日の朝,自宅からも使えるということはすぐに仕事が始められるということである.そこでPCが違うと,お気に入りがない,会社のデスクトップにファイルを置いてきてしまった,ネットワークドライブのアドレスを忘れた,などすぐに仕事が始められない.仮想デスクトップはすぐに仕事が始められるという点で,テレワークにきわめて有効なツールと位置付けている.

2点目のセキュリティについては,当社の社外におけるPCの利用について,過去の経緯を使って説明する.

パターンとしては,会社支給のPCを持ち出すパターンと,自宅の私物PCを利用するパターンの2つに分かれる.

どちらも以前はVPN接続をすれば,すべての機能を利用可能にしていたが,私物PCからウィルスが侵入する例があった.私物PCは,こちらからウィルス感染防止の対策をとることができない.そこで私物PC利用時に機能制限をすることにし,Webアクセス(ブラウザ)のみ使用可とした.しかし機能不足という問題が生じた.SEなどはFTPができない,コマンドも打てないとなるとトラブル調査ができない.そのため,会社支給PCを家に持ち帰るようになった.しかしそれによって紛失が増えてしまった.

それに加えて,2013年当社で新発売したタブレットを営業に配布してどんどん使わせようとした.このような背景のもとIT戦略本部としても,利便性を保ちながらもセキュリティを確保できる施策が必要となった.

その施策として導入されたのが,仮想デスクトップである.外出先・自宅では会社支給PCでも私物PCでもVPNで接続し,仮想デスクトップ上で作業させることにした.これで,ウィルスの侵入や機能不足は解消された.

さらに2015年ごろ,マルウェアが猛威をふるいはじめたこともあり,外出時だけなく,事務所内の自席でも常時,仮想デスクトップを利用させることにした.その後,テレワーク開始,薄型PC配布により,それまで利用の多かった自宅の私物PCは徐々に利用される機会は減り,むしろPCを安全に持ち出す機会も増えてきた.

2.3 テレワーク推進のためのフリーアドレスの実践

テレワークを推進するために重要なのはPCだけではない.もう1つ重要なのはペーパレスである.

ここで1つ,テレワーク推進のために実験したことを紹介する.

IT戦略本部は2017年11月に事務所を移転することになった.そこでせっかく移転するのだから完全フリーアドレスにし,それだけでなく事務所内に「家」のようなところ,「個室」のようなところ,「カフェ」のようなところ,「公園」のようなところといったさまざまなテーマのスペースを作った.これまでの従来型の机は一切置いていない.

 

実際,本部員はここで仕事をしているのだが(図2),なぜこのような場所を作ったかというと,テレワークの活性化のためである.日ごろからこのような場所で仕事をしていれば,家へ帰ってもカフェへ行っても,同じように仕事ができるようになるのではないか,普段から慣れていき,テレワークが違和感なく進むのではないかと仮説を立てたからである.

IT戦略本部(新横浜TECHビル)
図2 IT戦略本部(新横浜TECHビル)

その検証結果だが,フリーアドレス導入後5カ月目のアンケート結果で説明する(図3).まず,87%の人が「フリーアドレスを実施している」と答えている.フリーアドレス自体は確実に運用できていることが確認できた.さらに,「テレワークを実施しているか?」という質問に関しては,移転前には1週間で24%だった実施者が,移転後には61%と2倍以上に増え,全社平均を大きく上回った.この結果によって仮説は正しいことが確認できた.

アンケート結果1
図3 アンケート結果1

では,何が要因でテレワークが進んだと思うか?についても言及する(図4).これに対して,「フリーアドレスの推進」と答えたのは64%.これは思ったほどではなかった.「リアルタイムコミュニケーション(特にWeb会議システム)」という回答が70%.実際のところ,Web会議システムはテレワークになくてはならないものだと思っているが,当社では2010年から使っており,急に始まったわけではないのであまりポイントが高くなかったのではないかと考える.

アンケート結果2
図4 アンケート結果2

では一番は何だったかというと,ペーパレスであった.84%の人がこれだと答えている.

移転に際して,紙の資料は廃棄するように命じた.どうしても必要な資料は電子化してクラウドストレージサービスに格納させた.紙があるとどうしても机に置く.そうすると明日もそこに座る.テレワークしようにも紙を持って帰らなければならなくなる.

確かに紙は便利で,何枚かめくれば即座に情報を確認・入手することができる.この紙をなくすためには,紙と同じように瞬時に情報を確認できる状況を作らなければならない.PCに保存した資料を開く場合は,何十秒か待つ必要がある.

そこで使ったのが,クラウドストレージサービスのプレビュー機能である.クラウドストレージサービスには,ファイルを開かずにプレビューできる機能を所有しているサービスを採用した.PowerPointでもExcelでもファイルを開こうとすると30秒~1分とかかってしまう.時間がかかるとなると開く気にならない.それがプレビューであれば,数秒で確認することができる.さらに確認するためのデバイスはPCでなくてもよいので,すぐ手元にあるスマホで確認することができる.紙には勝てないかもしれないが,すぐに情報を確認・入手することができるようになったのである.これがフリーアドレスが進んだ理由であり,ひいてはテレワークにつながったのである.

3.仮想デスクトップの実践におけるIT部門の課題と解決策

3.1 仮想デスクトップの導入とシステム構成

話を仮想デスクトップに戻してその実践において得たノウハウについて説明する.

仮想デスクトップは国内従業員8万人に展開した.全社施策としてほぼ全員に利用させた. システム構成については,図5の通りである.なお,構成の詳細やサーバ台数などについての説明はこの論文では割愛する.

システム構成
図5 システム構成☆1☆2☆3☆4☆5

利用者8万人ということで,サーバ480台.当社の社内センタのある八尾町(富山県),小山市(栃木県)の両現用でDR構成を組んでPodという単位でシステムを構成している.

3.2 トライアルの重要性

仮想デスクトップの導入にあたり,IT戦略本部内で仮想デスクトップの中のPC部分(以降,仮想PCと呼ぶ)の要件定義を開始した.

仮想PCの要件定義は仮想デスクトップを導入する上で最も難航することのひとつである.我々の仮想デスクトップの使い方は,1つのマスタを作り,そこにアプリケーションをインストールし,各種設定を登録し,それを全員に同じものを展開するという方法である(リンククローン方式).管理者権限を与えていないので,自分でアプリケーションをインストールしたり,設定を変更したりできない.そのため,全従業員のPCの使い方を集約しなければならず,要件定義が非常に難しい.

たとえば,インターネットオプションやフォルダオプションの設定内容,さらには管理ツールの設定内容などすべてを統一しなければならない.

しかし,実際にやってみると,机上でいくら考えていても共通性を追及するのは難しいということが明らかになってきた.そこでまずは,ある程度仕様を決めた段階で,すぐにトライアルをしてできるだけ多くの人に使ってもらい,それぞれの意見を集約しようということになった.空いているサーバがあったので,約300人分の仮想デスクトップを構築し,営業部門,SE,研究開発部門,また,人事・総務などの代表の方に使ってもらい,それぞれの使いづらい部分などを挙げてもらうことにした.具体的には,隠れた要件や課題,必要なアプリケーションの洗い出し,障害・トラブルを早期発見することにした.

ところがトライアルを始めてみると,要件の吸収よりも,障害,トラブルが予想以上に多発した.

たとえば,Web会議などで使用するUSBヘッドセット.その特定の機種で音声入出力ができないということが発覚した.我々が推奨しているものは5機種あったが,一番古い機種が利用できなかった.この機種は,そもそもサポート対象外ということが判明した.メンバに聞いてみると,古い機種だったため入手できずテストしていなかったという.多く従業員が持っている機種だったので,サポートの対象とするようベンダに依頼した.なんとかサポートしてもらえるようになったが,これはトライアルの重要性を示す1つとなった.

また,ある特定の時間になるとどうしてもレスポンスが悪化するという現象があった.なぜか11時,17時になると遅くなる.I/Oが高くなっているということはすぐに分かったのだが,なぜI/Oが高くなるかの原因がすぐ分からなかった.結局1週間ほどかかってようやく原因が判明したのだが,ウィルス駆除ソフトの「最新の定義ファイルをダウンロードするとフルスキャンを実行する」というところにチェックが入っていた.定義ファイルはほぼ同時刻にダウンロードするため300台がほぼ同時にフルスキャンしており,I/Oが非常に多く発生するという原因だった.なぜ,このような定義をしたのかを追及しようと,私も実際のその定義を見たが,奥の奥のチェックボックスにチェックが入っているものだったので,すぐには気づかないものであることが分かった.

トラブルの早期発見もあったが,もちろん要件の吸収も実現できた.

フォルダオプションの設定はこう変えてくれ,インターネットオプションの設定はこうでなければシステムが使いづらいといった意見など,さまざまな吸収ができた.

さらに1つ.端末のログインから業務システムのログインまで4回パスワードを入力しなければならないという指摘があった.端末のログイン,VPN接続のログイン,仮想デスクトップのログイン,続いて業務システムのログイン,4回のパスワード入力が必要である.我々も毎日テストをしていたが,感覚が麻痺してしまっていて当たり前のように毎回パスワードを入れていた.しかし,始めて使う人にとっては非常に負荷だということで,一度で済むように要求された.そこで,端末のログインと,VPN接続,仮想デスクトップへのログインを一度で済むようにツールを作成し解決した.

このようにトライアルをタイミング良く実施したことでトラブルにも事前に対応することができ,合わせて要件定義を効率よくこなすことができた.さらには本番の環境構築時間を短縮することにもつながった.本来なら要件定義(設計)をし,構築し,テストをするのだが,通常,稟議書を回したりサーバの手配などをしている段階でトライアルを実施し,要件を吸収できたため,要件定義を短期間で済ませることができ,その他の設計,構築,テストに集中できたことがその要因と言える.

3.3 運用開始前に直面した課題

これらトライアルで多くの要件やトラブル解決は実現できたが,本番運用開始直前に,さらに大きな課題が3点あった.

  • アプリケーションの選定
  • 性能対策
  • 運用の効率化

3.4 アプリケーションの選定

当社の仮想デスクトップサービスは,前述の通り,リンククローン方式を採用している.管理者パスワードを公開していないので自分でアプリケーションをインストールできない.よって全員が同じアプリケーションを使うことになる.

仮想デスクトップを展開する前に,全従業員が使用しているアプリケーションを調査した.すると6,000種類以上使っていることが分かった.統制をかけていなかったという問題もあるが,これをすべて提供するのは,インストールの負荷,容量の問題だけでなく,それぞれ定期的に最新版へバージョンアップ,最新のセキュリティパッチの適用等を考えると不可能である.そこで我々は基準を設けて,アプリケーションを絞って提供することにした.そこで絞って提供するアプリケーションを「標準アプリケーション」と呼んだ.メールソフトやオンライン会議システムなどの全社共通アプリであること,さらには,カテゴリに分類してそれぞれの利用数1位のアプリケーションであることなどを提供する基準とした.主なカテゴリとしては,テキストエディタやFTPクライアント,圧縮解凍などがある.それぞれ利用数1位を採用したのは,全社で一番使われているものだということで非常に説得力があった.

問題は,全従業員が使っているわけではないが,ある部門では全員が使っているというアプリケーションをどう扱うかということである.業務上どうしても必要なアプリケーションなので,それがないと業務ができないというのは問題である.

そこで,標準アプリケーションしか入っていないマスタを「標準マスタ」と呼び,それとは別に,個別のアプリケーションを入れたい場合は,各部門やグループ会社で独自にマスタを作成し運用してもらうというやり方をとった.これを「個別マスタ」と呼ぶ.これによって自分たちで確実に必要なアプリケーションを入れられる,さらに運用もしてもらえるということで両者の思惑は一致した.

もう1つ大きな問題は有償のアプリケーションについてである.同じアプリケーションを利用する方式を採用しているため,有償のアプリケーションを提供すると全員が使えてしまう.

そこで工夫したのは,仮想デスクトップを二重認証構造にするということである.仮想デスクトップにログインし,さらにもう一度,仮想デスクトップの中から別の仮想デスクトップを呼び出す.これをダブルホップと呼ぶ.2回目の認証時に,その人が有償アプリケーションを利用できるか否かを確認し,登録された従業員だけがそのアプリケーションを使えるというやり方にした.

有償アプリケーションは,SBC方式☆6でアプリケーション単位に分離した形で起動させておく.これにより,ライセンスを保有している人だけが有償アプリケーションを利用できるというやり方である(図6).

SBC方式によるアプリケーションの提供
図6 SBC方式によるアプリケーションの提供

アプリケーションの課題については,これらの対策の組合せで克服した.

3.5 性能対策

「性能対策」については,社内WAN上では性能は問題ないが,やはり自宅やホテルなどのリモート環境ではどうしても性能が出ないというクレームが多くきた.仮想デスクトップは回線速度に非常に影響するため,さすがにネットワーク環境がよくないとレスポンスが悪くなる.これだけはどうしようもない問題である.ログインに時間がかかる,動画がカクカクするなどの問題は十分な回線速度が確保されていないと発生してしまう.

そこで,その場所の回線状況を利用者が簡単に計測できるツールを開発し配布した.現地の回線速度を計測してもらい,仮想デスクトップとしての最低限の回線速度の基準値を満たしているかどうかを確認してもらう.基準値に満たない場所では,いくらがんばっても仮想デスクトップは十分に使えないので,場所を変えてもらうなどの対処をお願いした.十分な性能が確保できていない環境かどうかを自分で判断してもらうことができるようにしたわけである.

3.6 運用の効率化

「運用の効率化」については,特に8万人を対応するとなると,QAやトラブルなど問合せの窓口にも大量の要員が必要となる.そこで自動化できる部分を探して徹底的に自動化することにした.

1つは,仮想デスクトップの利用申請.通常はExcelの申請書を当方の窓口が受け,当方で1つ1つ登録作業をしていたが,時間と手間がかかるため,各人がサイトのフォームに入力すれば,自動的に仮想デスクトップが利用できる登録・変更・更新サイトを構築した.自分のIDと数点の入力をし,実行ボタンを押すと,自動的にその人のIDをユーザ登録し,プロファイル情報を作成し,「完了しました.ご利用できます.ここをクリックしてください.」というメールを自動送付する部分まで作成したのである.これによりかなりの工数が削減できた.

続いて,「うちの部門は何人が利用しているか確認したい」という問合せがよく来るため,自動的に利用実績を確認できるサイトを作った.このサイトは各部門の管理者や利用者がいつでも参照できるため,問合せを削減できた.

また,仮想デスクトップはごくたまにハングアップすることがある.これは一般のPCでもハングアップするのと同様のことが発生するわけだが,ローカルのPCの場合は,目の前にあるPCの電源ボタンを長押しすれば,自動的に終了し,もう一度押せば,起動して回避できる.ところが仮想デスクトップには電源ボタンがないため利用者は対処の方法がない.

そこで我々は,サイトから自分のIDを入力すれば,自動的に仮想デスクトップのWindowsを再起動するというツールを作った.今までは,そのような問合せをスタッフが受けて該当のVMを検索しながら1つ1つ再起動していたが,IDを入力するだけで自動的に再起動されるようになり,スタッフのオペレーションの必要がなくなった.ここでも運用工数が削減した.

3.7 その他の取り組み

前項で説明した以外にも,実際に運用して発見できた課題もある.それらについては,IT戦略本部だけでなく,ICTベンダである当社が社内に持っているハードウェア部隊,ソフトウェア部隊の人たちにも協力してもらった例である. まずは,生体認証である.

ID/パスワードだけの認証では,ご存じの通り,なりすましなどの不正ログインが発生してしまうため,生体認証を採用することにした.しかし対応している生体の種類が,もし手のひらだけだとすると,PCでは利用できるが,スマートフォンやタブレットでは手のひらのセンサがなく認証できないという課題が残る.ほかの生体認証でも同じである.

そこでとった対策は,1つの認証サービスであるが,PCなら手のひら,スマートフォンなら虹彩,タブレットなら指紋といったように,デバイスに合わせた認証ができるようにすることである.これによってデバイスに左右されず同じレベルの認証を実現することができる.これは,社内の研究所・セキュリティ部隊,デバイスを作っている会社などと協力して開発した.

次に印刷問題.これも社内実践で対策したものである.

仮想デスクトップでの印刷の課題はプリンタドライバにある.当社が日本国内で利用している複合機は4メーカ約3,000機種あるが,リンククローン方式だと3,000種類のドライバをインストールして展開しなければならない.初期導入時も大変であるが,追加・変更などの運用も非常に負荷が高くなる.

その対策として全メーカ,全機種で共通で利用できるドライバを開発した.これにより1つのドライバをインストールしておきさえすれば全員がそのまま使えるわけである.また特にいつもと違う事務所に行ったときなどでも効果を発揮できる.そこに複合機があるのにドライバがないから印刷できないということはよくある話だ.ペーパレスを推進しているが,どうしても印刷が必要な場合もある.この場合でもその共通のドライバを利用することですぐに印刷できる.この開発についても当社のミドルウェア開発部隊に協力をしてもらった.

そして,モバイル型シンクライアント端末.

分厚くて重いPCでは持ち運ぶのに大変で,なかなかテレワークが進まない.当社のシンクライアント端末は,重さ2kgもあった.女性はもちろん男性でもなかなか持ち歩いてくれない.そこで当社のPC部隊に依頼し,重さ799g,厚さ15.5mmの薄くて軽い端末を作ってもらった.これが非常に好評で,シンクライアント端末がほしいために早く仮想デスクトップを展開してくれと言われるぐらいになった.これも非常に効果があった.

4.まとめ

トライアルや実践時に発生した課題も克服し,現在は大きな問題もなく,また利用者からもクレームもなく,安定稼働している.

ワークスタイル変革という意味では,シンクラ端末は宴席に持ち込んでもOK,テレワーク時は仮想デスクトップの利用必須というルールの改正・追加をしたことでテレワーク実施者が1年間で25%から45%に増加した(特定の1カ月間で実施した人の割合).

またWeb会議の利用により,出張旅費が40%コストダウン,移動時間が30%削減となった(2013年度と2017年度対比).

さらに,セキュリティの面でも2015年度に発生のマルウェア(WanaCry)の被害ゼロ,PC紛失インシデントも仮想デスクトップ稼働後は0件という成果が出ている.

ICTベンダの社内情報システム部門として,テレワークを本格展開するためのICTツールを従業員に単に提供するだけでなく,トライアルによる早期要件吸収,運用時における課題を1つ1つつぶしながら,ノウハウを吸収できた.

これからもテレワークで必要なソリューション等があれば率先して試し,使いやすい形にして提供できるようにしていきたいと考えている.

脚注
  • ☆1 VDI (Virtual Desktop Infrastructure):パソコンを仮想化した仕組み.通常はパソコンで行っている処理をサーバ上の仮想化されたパソコンで実行し,利用者の手元の端末(パソコン/タブレット/スマートフォン)にはその画面だけを転送する仕組み.
  • ☆2 Pod:仮想デスクトップの最小管理単位をプール(Pool)といい,同種のまとまりで管理したい場合はプール単位で仮想デスクトップをグループ化する.仮想デスクトップを大規模に展開する場合,プール設定を共有する複数の接続サーバによって構成される管理単位をPodという.
  • ☆3 CCU (Concurrent User):同時にサーバに接続しているクライアント数.
  • ☆4 ステージング環境:本番環境に条件を限りなく近づけた「最終テスト用に用いる本番環境と類似のテスト環境」のこと.
  • ☆5 VPN (Virtual Private Network):通信事業者の公衆回線を経由して構築された仮想的な組織内ネットワークのこと.また,そのようなネットワークを構築できる通信サービス.企業内ネットワークの拠点間接続などに使われ,あたかも自社ネットワーク内部の通信のように遠隔地の拠点との通信が行える.
  • ☆6 SBC方式:クライアントPCで利用するアプリケーションをサーバ上に集約し,クライアントへは画面のみ転送する方式.
中村 元晃(非会員)nakamura.moto@fujitsu.com

1989年富士通(株)入社.顧客担当SEとして配属.1998年ミドルウェア開発に従事.2006 年CIT本部(現IT戦略本部)に異動し社内システムの開発を担当.ミドル開発の経験を活かし社内のデータ連携基盤を構築.2013年より部長として,コラボレーション基盤,仮想デスクトップ基盤の全社展開を担当.

採録決定:2019年7月14日
編集担当:粟津 正輝((株)富士通研究所)

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