デジタルプラクティス Vol.10 No.4(Oct. 2019)

テレワーク導入によるWell-beingの向上
─個人と組織のWell-being─

渋谷 恵1  荒井 観1  吉田 万貴子1

1NEC 

本稿では,Well-beingという概念で働き方を捉え,NECグループ企業で実施中の働き方改革の施策「テレワーク」の効果について分析する.まず,働き方を構成している,あるいは働き方に影響している要素はWell-beingに関連することを明らかにした.次にアンケート調査とウェアラブルセンサ(Silmee☆1)を用いた感情推定を行い,テレワークの実施により動機づけの向上と感情の安定が得られ,より仕事に没頭しやすくなるとの示唆を得た.また,テレワークデイズの社内アンケート結果からも集中力が高まることが分かった.これらの分析から,さらなるWell-being向上に向けた施策の観点が明らかになった.

1.はじめに

筆者らは,近年注目を集めている働き方改革を支援するサービスの提供を目指している.働き方改革としてテレワークを導入しているが,労働時間,通勤時間などコストに換算しやすい観点での効果は算出できるものの,感情や動機づけなど心理的な効果を定量的に把握するのは困難であった.そこで本稿では,働き方改革の施策とWell-beingの関係を紐解いていく.

2.テレワークとWell-being

2.1 テレワークとは

テレワークとは,ICTを活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方である.テレワークは働く場所によって,自宅利用型テレワーク(在宅勤務),モバイルワーク,施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務など)の3つに分けられる.

NECでは,働き方改革の考え方として,社員の力を最大限に引き出すスマートな働き方を推進している.このコンセプトは,「1人ひとりの社員が能力を最大限に発揮し,個人・組織・NECグループとして成長を続けるとともに,市場やお客さまから選ばれ,価値を提供し続けるための仕事の仕方」である.スマートな働き方を支える施策の1つがテレワークである.

NECのテレワーク制度では,「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務(NECグループ他地区,社外施設利用型勤務)」3つの形態が選択できる.原則,NECグループ企業全社員対象,回数制限なし,就業時間は本来の勤務時間帯での勤務としている.またインフラ整備として,セキュリティを考慮したシンクライアント端末,トラステッドPC☆2,secureBYOD☆3用のソフトウェアを社員に配布し,利用可能端末はそれらに制限している.テレワークによるコミュニケーション不足の解消のために,システム上でのスケジュールの共有,オンラインコミュニケーションの徹底や,リモート会議ツール(skypeやZoom)の活用を推進している.これまでも,NECではテレワーク制度が利用されてきたが,2018年7月,総務省ほか関係府省により開催されたテレワーク・デイズ[1]を機にNECグループ企業全体(全社的)にテレワークを推奨した.テレワーク・デイズの5日間でNECグループ26,000人あまりがテレワークを実施し,テレワーク浸透に成功した.

2.2 Well-beingとは

身心の健康を重要視するWHOの理念的概念[2]や,ポジティブ心理学の創始者と言われるセリグマン[3]など,Well-beingには多様な定義がある.本稿では,働き方改革の文脈に適していること,さらに,課題に対する介入といったサービスまで考えるうえで有効であると判断し,Calvo & Peters(2014)[4]の定義と枠組みを用いる.

Calvo & Peters(2014)によれば,Well-beingには大きく医学的,快楽心理的,そして人間の潜在能力の発揮にかかわるエウダイモニア的観点があるとされ,総じて「人生に意義を見出し,自分の潜在能力を最大限に発揮している状態」と定義されている.サービス学領域でもこの分類と定義が定着してきている[5].さらに,Well-beingを人間の能力発揮と捉える定義は,人口減少や働き手のニーズの多様化を背景として,厚生労働省が示す方向性「投資やイノベーションによる生産性向上とともに,就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ること」(2019年1月28日現在,厚生労働省「働き方改革」に関するWebページに記載[6])とも一致している.そのため,本稿ではCalvo & Peters(2014)にならい,Well-beingを「人生に意義を見出し,自分の潜在能力を最大限に発揮している状態」と定義する.

人がよりよく生きるために技術をどのように設計・開発すべきかを研究するポジティブ・コンピューティングの専門家であるCalvo & Peters(2014)は,先述したセリグマンなどWell-beingの先行研究を整理しポジティブ・コンピューティングで検討すべきWell-beingのフレームワークを作成した(表1).

表1 ポジティブ・コンピューティングで検討すべきWell-beingのフレームワーク
Calvo & Peters 翻訳版(2016)[4]より作成
ポジティブ・コンピューティングで検討すべきWell-beingのフレームワーク

この新しい枠組みの特徴は,筆者らが述べるように,技術設計の指針とすべく,たとえば介入が難しい個人特性などは含めずに,介入が有効な要因を中心に整理されている点である.働き方改革を支援するサービス提供のためには,課題を特定した上で介入点を発見し,それに対する有効な施策を実行する必要がある.Well-being向上のための技術設計の指針であるCalvo & Peters(2014)らの枠組みは,介入点と施策実行までを見据え,Well-beingという観点から働き方改革を行っていくうえで有効であると考えられる.働き方改革に合った定義であること,その定義に対し介入可能性を重視した枠組みを提唱していることから,本稿ではCalvo & Peters(2014)に立脚する.

3.テレワークとWell-beingの関連性

3.1 これまでの研究

VirginPulse社では,従業員エンゲージメントの土台がWell-beingであることを主張しており[8],Pricewaterhouse Coopers社は働くうえでのWell-beingの重要性を訴えるなど[9][10],Well-beingは社会で一般化しつつある.

2018年のDeloitte Global Human Capital Trends Surveyによれば,Well-beingのために従業員が重視するものの上位2つは,「フレキシブルなスケジュール」と「在宅勤務」であった[11].フレキシブルなスケジュールはテレワークにより実現可能であり,在宅勤務はテレワークの1つの形態である.このことからも,テレワークはWell-being向上施策の1つと言える.実際に,これまでテレワークがWell-beingに与える影響はいくつか検討されてきた.たとえば,齋藤ら(2017)[12]による働く場所の柔軟な選択とWell-beingに関する実験研究では,働く場所の柔軟度が高い人はWell-beingが高く,また働く場所を柔軟に選択した日はそうでない日にくらべWell-beingが高いことが示されている.

3.2 生産性とWell-being因子への影響分析

本稿では,テレワークという施策に対して2つの実験を実施し次の3つを検証する.第1に,従業員を対象にワークショップ(WS)を実施しボトムアップで働き方に関する要素を収集することで,2.2節で述べたポジティブ・コンピューティングにおけるWell-beingの枠組みが企業で働く従業員にも適しているかを確認する.第2に,WSを基に設計したアンケートにより,テレワークが,実施前・実施日・翌日における生産性とWell-beingにどう影響するかを定量的に検証する.第3に,ウェアラブルセンサから取得する生体情報を基にWell-beingの1因子であるポジティブ感情を推定し,テレワークが感情変化に与える影響を検証する.

4.分析1:テレワークの生産性への影響

4.1 分析目的

分析1では,企業の現場から抽出される働き方に関する要素がWell-beingと関連しているかを確認したうえで,テレワークの実施が勤務状態や生活状態に与える影響をWell-beingの構成因子を中心に検証する.具体的には,実験対象部門に所属する従業員でWSを実施し,WSでボトムアップ的に抽出された要素をCalvo & Peters(2014)の枠組みを活用して筆者らが整理した.さらに,WSで抽出された要素を基にアンケートを設計した.アンケートを用いた定量化により,単日実施したテレワークが,テレワーク実施前・実施日・翌日における生産性,自律性や動機づけなどWell-beingに関連する因子にどのような変化を与えるのかを明らかにすることを目的とした.

4.2 実験方法

実験1の方法は,ボトムアップ的に働き方に関する要素を抽出するインタビューとWS,その結果を用いたアンケート調査の2部構成である.

4.2.1 現場から抽出される要素とWell-beingの関連の検証
4.2.1.1 インタビューとWS

企業の現場から抽出される働き方に関する要素はWell-beingと関連しているかを確認し,対象部門が重視していることを踏まえて現場に即したアンケートを設計するためにインタビューとWSを実施した.インタビューとWSを通して,対象部門が重視していることを把握してアンケートを設計することで,アンケートに対する関心を高め積極的に回答してもらうという目的もあった.

インタビュー 対象部門の部門長に半構造化インタビューを行った.「部門の目標」と「部門の従業員にどのような働き方を期待するか」の質問に口頭で回答してもらった.インタビューの所要時間は約30分であった.

結果,部門長が目標として挙げた内容は「仕事に対するわくわく感の向上」であった.従業員に期待する働き方は,インタビュー中の発話の逐語記録から筆者らが整理し,「成長しているという実感」,「指示の少ないマネジメント」などの全6個が抽出された.

WS参加者 対象部門から抽出された6名が参加した.本音で話しやすくするために,直属上司と部下の関係でない者とした.

倫理的配慮 事前配布しておいた同意書の内容であるデータの使用目的およびデータの匿名化と管理についてWS開始前に再度口頭説明した.また,参加者が不利益と心理的負担を被らず安心して話せるようにする工夫として,他の従業員にWSのこと聞かれた場合は内容を話してもよいが,誰の発話かは伏せるように依頼した.

WSの手順 WSの方法は,現場課題の洗い出しとその構造化を行うために有効な一手法である,システムシンキングを用いて因果ループ図を作成する手法[13][14]を参考にした.WSは筆者らがファシリテータとなり,大きく4つのステップに分けて行われた(図1).WSの所要時間は約3時間であった.

WSの手順概要
図1 WSの手順概要

ステップ1:参加者による職場課題の洗い出し

参加者に,事前課題として働き方に関連する要素を考えるよう伝えた.発想のきっかけとして「仕事の生産性」,「生活の生産性」,「テレワーク」,「無駄な時間」をキーワードとして提示し,それぞれのキーワードに影響しそう,影響されそう,関係しそうという視点から関連することを個人ブレーンストーミングして最低10個のアイディアを準備するよう依頼した.WS内で,4つのキーワードを机上に配置し,あらかじめ考えてきた働き方に関連する要素をキーワード付近に置きながら発表し合った.

ステップ2:部門長へのインタビュー内容インプット

部門長へのインタビューで抽出された内容を参加者にインプットした.「部門の目標」は「仕事に対するわくわく感の向上」であることを伝えた.次に,「部門の従業員にどのような働き方を期待するか」について,筆者らがあらかじめ付箋に書き起こしていた全6個の付箋をひとつずつ発表した.

ステップ3:参加者による職場課題の洗い出し

「ステップ2:部門長へのインタビュー内容インプット」で得られた視点を活用し,仕事に関する要素をブレインストーミングでさらに発散した.

ステップ4:因果構造の作成

洗い出された働き方に関する要素で,因果構造を作成するよう依頼した(図2).因果構造とは,AによってB,BによってCが生じるという関係を示す.因果構造を考えてゆくうちに,論理的ギャップがある場合は必要な要素を追加するよう依頼した.

因果構造作成作業のイメージ
図2 因果構造作成作業のイメージ

WSの結果 ステップ1~ステップ4を通して,対象部門の働き方に関する要素が50個抽出された.この数にはステップ1で提示した4つのキーワードも含まれる.

WSの結果の整理 WSで抽出された要素が,Well-beingと関連しているかを確認するため,筆者らがCalvo & Peters(2014)の9因子に分類した.4.2.1.2の結果とともに表2に示す.結果,9因子のうち,自己カテゴリの「動機づけ&没頭」と「自己への気づき」に該当する要素があった.社会的・超越的カテゴリにに関しては,超越的カテゴリの「利他行動」に該当する要素がひとつあったものの,他の因子に該当する要素は見られなかった.9因子に分類することができない要素も多く得られた.この結果から,働き方に関して従業員からボトムアップで得られた要素は,Well-beingに関連していることが分かった.

4.2.1.2 アンケート項目の設計

4.2.1.1のインタビューとWSを通して抽出された要素を用いてアンケート項目を設計した.抽出された50個の要素から,日々測定可能,日々の変動がありそうという基準で筆者らが30個に絞り込み,アンケートを項目化した.たとえば「思考力」という要素は,「個人で深く物事を考えることができた」という項目として,「仕事の生産性」は「本トライアル開始前までの標準的な一日(平日)で行った業務量を100としたとき,今日行った業務量はどの程度ですか?」として文章化した.加えて,「働く環境の快適性」などのテレワーク等で変化し得ると考えた項目を7個加えた.アンケート調査に用いた項目は,結果とともに4.3.3項の表2に示す.

4.2.2 アンケートによるテレワークの効果検証

回答者 実験の対象部門に所属する28名が参加した.

調査期間 NECの全社施策として行われたテレワーク推奨週間(2018年7月23日~7月27日の5営業日)を含み,その1営業日前の7月20日から,テレワーク推奨週間の後1週間を含む8月3日までの11営業日.

アンケート項目 4.2.1項で設計したアンケート全36項目を用いた.各項目には,一部を除き「1:まったくあてはまらない」,「2:あてはまらない」,「3:どちらかといえばあてはまらない」,「4:どちらともいえない」,「5:どちらかといえばあてはまる」,「6:あてはまる」,「7:非常にあてはまる」の7件法で回答させた.健康,体調などにについては,質問項目のワーディングに合わせ「1:非常に悪かった」~「7:非常に良かった」で回答させた.また,例外として,生産性カテゴリの通し番号14と15,プライベートカテゴリの通し番号19と21の4項目については,本アンケート取得前までの状態を100として,それと比較した数値を回答してもらうマグニチュード推定法に基づく評価を行った.これは各自が基準を設けたうえで比較して回答することで,より詳細な変化をとらえられると考えたためである.通し番号20,22,28,は,実際の時間を回答させた.

手続き 調査期間中,テレワークの実施有無にかかわらず,可能な限り毎日回答してもらうよう説明した.

具体的には,自身の業務終了に近い時間帯において,本実験のために設営したWebサイトを通じての回答を依頼した.業務終了に近いタイミングで全回答者に対して毎日リマインダメールを送信した.出張などの外出によりアンケートへの回答が難しい場合は,翌日の午前中に,前日の状況を振り返って回答するよう依頼した.

倫理的配慮 アンケートの開始前にデータの利用目的や個人情報保護について書面で説明し,回答者から同意を得た.

4.3実験結果の分析

4.3.1 分析データ

全28名の回答者のうち,以下の3つの条件すべてに該当する10名を分析対象とした.

  • I. テレワーク実施の5日前までのいずれかの日にアンケートに回答した
  • II. ある1日で3時間以上のテレワークを実施し,その日にアンケートに回答した
  • III. テレワーク実施の翌日にアンケートに回答した

以降,Ⅰの日を“実施前”,Ⅱの日を“実施日”,Ⅲの日を“実施後”と表記する.アンケート調査期間中にテレワークを複数回実施した回答者については,初回のテレワーク実施日をⅠの実施日として分析した.

4.3.2 分析方法

表2に記した36問のアンケートデータに対して,各項目を要因とする参加者内一元配置分散分析(ANOVA)を実施した.分析の結果のF値,p値,有意差の有無を,表2の分散分析結果欄に記す.表中の有意差の有無の列には,分散分析の結果有意傾向(p <0.1)があった項目を†で表し,有意差(p < 0.05)のあったものを*で,有意差(p <0.01) のあったものを**で示した.分散分析で有意傾向がみられた項目は下位検定として多重比較を実施した.多重比較の結果は,表2中の多重比較の列p値を示した.

4.3.3 分析結果

4.3.2項の分析結果を表2に示す.

表2 アンケート分類と検定の結果
アンケート分類と検定の結果

分析の結果,「3:自律的/主体的に仕事ができた」,「4:個人で深く物事を考えることができた」に有意差があり,テレワーク日はそうでない日に比べそれらの値が高かった.ゆえに,テレワーク実施日は仕事への動機づけと没頭が増加した(図3図4).

図3 自律的/主体的に仕事ができたかの3日間の比較
図3 自律的/主体的に仕事ができたかの3日間の比較
個人で深く物事を考えることができたかの3日間の比較
図4 個人で深く物事を考えることができたかの3日間の比較

「14:本トライアル開始前までの標準的な1日(平日)で行った業務量を100としたとき,今日行った業務量はどの程度ですか?」,「15:本トライアル開始前までの標準的な1日(平日)で行った業務の質を100としたとき,今日行った業務の質はどの程度ですか?」に有意差はなかったことから,仕事の量・質は保たれていた(図5図6).

業務量の3日間の比較
図5 業務量の3日間の比較
業務の質の3日間の比較
図6 業務の質の3日間の比較

5.分析2:テレワークの感情への影響

5.1 分析目的

実験2では,Calvo & Peters(2014)の9因子のうち,ウェアラブルセンサから時系列データとして取得可能なポジティブ感情に着目する.常時装着が可能なウェアラブルセンサは,アンケートと異なり,就業時間中の時系列データを取得できる点が有効である.

5.2 実験方法

 

参加者 NECのスタッフ職5名が参加した.職種の違いによる要因を排除するため,同一部門内から参加者を募集した.

 

実験期間 2018年7月20日~2018年7月27日(テレワークデイズ期間)および2018年12月19日~2018年12月28日.

 

使用機器 感情推定に必要な脈拍データを取得するため,TDK製のリストバンド型生体センサSilmee W20を用いた.

 

手続き 「働き方や組織改善についての研究の一環である“テレワークと感情の関係に関する研究”」への協力として対象部門で参加者を募集した.募集の際には,連続3日間,勤務時間中にSilmeeを装着することを依頼した.実験参加の意思を示した者に対し,実験事前説明の時間を設けて,実験参加の同意確認,Silmeeの使い方の説明,テレワークを実施する日とその前後の非テレワーク日の確認を行った.参加者は,事前確認した3日間Silmeeを装着した.

 

倫理的配慮 手続きのうち,事前説明の“実験参加の同意確認”において,倫理的配慮として参加者に以下を説明した.①取得したデータは働き方や組織改善についての研究活動以外では利用せず,結果を公表する場合は個人が特定されないようにすること,②取得したデータは第三者への提供をしないこと(秘密保持契約を結んだ分析委託業者を除く),③データは実験者以外がアクセスできない場所で管理すること,④取得したデータについて開示・削除請求が可能なこと.参加者は,上記の説明を受けた後,実験参加同意書に署名した.

5.3 実験結果の分析

5.3.1 分析データ

テレワークをしていない前日(以後,実施前),テレワーク実施日(以後,テレワーク日),テレワークをしていない後日(以後,実施後)の3日間の参加者5名分の心拍データを分析対象とした.うち1名は,前日データが8時48分~10時41分しか取得できていなかったが,テレワーク日と翌日は十分なデータが得られていたため分析に含めた.また,テレワーク日は,終日テレワークを実施した参加者が2名,午前中のみテレワークを実施した参加者が3名であった.テレワーク実施場所は,参加者の都合により,在宅,社外サテライトオフィス,社内サテライトオフィス(自社オフィスであるが,通常の勤務地とは異なる拠点での勤務)が含まれていた.

5.3.2 分析方法

図7に示すように,NECの感情分析エンジンを用いて時間ごとに感情を,ANGRY,HAPPY,SAD,RELAXEDの4つに分類した.

ラッセルの感情円環モデルをテンプレートとしたNECの感情分析エンジンの概要
図7 ラッセルの感情円環モデルをテンプレートとしたNECの感情分析エンジンの概要
5.3.3 分析結果

1分単位で4つに分類された感情について,Silmee装着中に心拍データが取得できていた時間を分母とした割合を算出し感情ごとに前日・テレワーク日・後日としてまとめた図を示す.おそらく勤務時間中であることから,眠気側のSADとRELAXEDの出現率が少なかったため,ANGRYとHAPPYの図のみを示す(図8図9).結果,参加者のSilmee装着日のテレワーク実施日とその前後の感情を比較すると,ポジティブ感情が増加する人,ネガティブ感情が増加する人の両方がおり,テレワークが感情に与える影響には個人差があることが分かった.

参加者ごとのAngry感情割合の変化
図8 参加者ごとのAngry感情割合の変化
参加者ごとのHappy感情割合の変化
図9 参加者ごとのHappy感情割合の変化

ウェアラブルセンサにより時系列データを取得できたことを活かし,感情の切り替えという観点からデータ分析を実施した.Silmeeによる感情分析では,図10のように,時系列での感情表示とそれらの総和を円グラフとして表示可能である.感情の切り替え回数に着目した結果,感情の種類にかかわらず,テレワーク実施中は通常のオフィス勤務中と比べて感情の切り替え回数が少ないことが分かった(表3).

参加者ID4の3日間の感情グラフ
図10 参加者ID4の3日間の感情グラフ
※各色が示す感情は図7を参照
表3 参加者ごとの時間(h)ごとの感情切り替え回数
参加者ごとの時間(h)毎の感情切り替え回数

6.テレワークによるWell-beingの向上

前章の分析結果から,テレワークがWell-being因子および生産性に与えた影響について考察する.

6.1 全社アンケートで得られたテレワークがWell-beingに与える影響の結果

2.1節で述べたように,分析1(第4章)と分析2(第5章)は全社的にテレワークを推進する期間に合わせて実施された.分析1と分析2とは別に,テレワーク・デイズに関してNECグループ企業全社員を対象にアンケートが実施され,9,408件の回答が得られた.そのうち,Well-beingに関連する部分を報告する.アンケート回答者の62%である約5,830名がテレワーク・デイズ期間中に少なくとも1日テレワークをしていた.テレワーク実施者に,テレワークを実施することで得られた効果を複数選択で回答させた.結果,選択が多かったのは,順に「プライベートの充実」,「集中度アップによる生産性の向上」,「隙間時間の活用等による生産性の向上」,「充実感・幸福感の向上」であった(図11).「プライベートの充実」,「集中度アップによる生産性の向上」は,分析1および分析2で示した結果と一致している.さらに,「充実感・幸福感の向上」は直接Well-beingを示していると言える.

テレワークを実施することで得られた効果に関する全社アンケート
図11 テレワークを実施することで得られた効果に関する全社アンケート

このように,全社的なアンケートからも対象部門に対して実施した分析と同様の結果が得られた.以下,本稿で実施した分析結果についても考察する.

6.2 従業員が考えるWell-beingの要因

分析1(第4章)のWSでは,現場からボトムアップで抽出された働き方に関する要素がWell-beingに関連していることが分かった.現場から挙げられた要素は,Calvo & Peters(2014)の枠組みのうち,自己カテゴリの「動機づけ&没頭」と「自己への気づき」が多かった.超越的因子の「利他行動」に該当する要素が1つはあったものの,社会的・超越的カテゴリの因子はほとんどみられなかった.

ドミニク(2019)[15]によれば,Well-beingの先行研究では,自己カテゴリの研究が豊富であるが,個を集団に拡張してとらえる社会的・超越的カテゴリの研究が不足している.これは,個を集団として捉える研究の難しさも一因だと考えられている.分析1のWS結果からは,企業で働く従業員は働き方を自分視点で考えてはいるが,一緒に働いている従業員を含めた集団の中の自分,さらに大きい視点の社会の中で働く自分という視点を持つことの難しさが窺える.また,本研究でのWSでは,発想のキーワードとして「仕事の生産性」を提示していた.そのため,働き方について考えるにあたり,より自分の生産性を上げることに着目した視点となり,集団視点が少なくなったのかもしれない.対象部門が1サンプルであるため,今後も,このようにボトムアップ的に現場から要素を抽出することを進め,従業員自らが考えているWell-beingを探求したい.

6.3 テレワークによる動機づけと没頭の変化

分析1(第4章)のアンケート調査では,テレワーク実施によって,仕事の生産性を保ったまま動機づけと没頭が高まることが示された.また,Caovo & Peters(2014)の枠組みには含まれない基本的な要因ではあるが,テレワークによる通勤疲れの軽減やプライベートの充実が見られた.分析1で示したのはテレワークを実施した単日の効果であるものの,これらの効果は,テレワークをうまく取り入れることで長期的な生産性を高めてゆく可能性を示している.また,テレワークにより仕事の生産性が保たれたままで従業員の疲労軽減やプライベートの充実が実現するのであれば,ワークライフバランスを重視した働き方改革に十分な効果があるといえる.

6.4 テレワークによる感情の変化

分析2(第5章)では,テレワークが感情に与える影響は個人ごとに異なること,またテレワーク中は感情の変化が少ないことから集中が高まっている可能性が示唆された.サンプル数が少ないものの,前日・テレワーク日・後日の感情の推移を見ると,たとえば,ポジティブ感情については,テレワーク日は増加,3日間を通して増加,3日間を通して減少の3つのパターンが見られた.今後もデータを蓄積しながら,テレワークの感情への影響をいくつかのパターンに類型化していくことで,個々人に合った,パーソナライズされたテレワークの有効な活用法を明らかにしていきたいと考えている.時系列データを取得できることを活かして,ポジティブ感情が継続している時にはその継続を促し,逆にネガティブ感情が継続してしまっている場合には気分転換を促すなどICTを活用した介入方法を検討したい.

7.さらなるWell-beingの向上に向けて

テレワークは,Calvo & Peters(2014)のフレームワークに基づくと,自己(イントラパーソナル)カテゴリのポジティブ感情と動機づけ&没頭に作用することが分かった(表4).また,このフレームワークは従業員のWell-being向上を考えることにも応用できることが分かった.

表4 Well-beingのフレームワークと本稿の対応
Well-beingのフレームワークと本稿の対応

より良い働き方改革を目指す方針として,他者とのかかわりを意識した視点である社会的(インターパーソナル)因子,集団を意識した視点である超越的(エクストラパーソナル)因子を取り入れる必要があると考えられる.また,働き方改革全体として,本稿で扱ったテレワークに加え,自己カテゴリで項目に上がらなかったマインドフルネスなどの因子を高める施策を追加していく必要があるだろう.

謝辞 多忙な中,実践研究に快く応じていただいたNEC社内関係者の皆様に感謝申し上げます.Smart workの一環としてテレワークを推進しながら研究所の実験にご協力いただいたカルチャー変革本部および人事・総務部の皆様.感情推定が可能なSilmeeを提供してくださったスマートインダストリー本部および組込みビジネス営業本部の皆様.

参考文献
  • 1)総務省 情報流通行政局 情報流通高度化推進室:TELEWORK DAYS,https://teleworkdays.jp/2018/ (2019年4月14日現在)
  • 2)公益社団法人日本WHO協会:健康の定義について,https://www.japan-who.or.jp/commodity/kenko.html (2019年7月25日現在)
  • 3)Seligman, M. E. P., Steen, T. A., Park, N. and Peterson, C. : Positive Psychology Progress : Empirical Validation of Interventions. American Psychologist, 60 (5), pp.410-421 (2005).
  • 4)Calvo, R. A. and Dorian P. : Positive Computing : Technology for Well-being and Human Potential : MIT press (渡邊淳司,ドミニク・チェン監訳『ウェルビーイングの設計論』,BNN, 2017) (2014).
  • 5)白肌邦生,ホーバック:ウェルビーイング志向の価値共創とその分析視点,サービソロジー,1 (1), pp.1-9 (2018).
  • 6)厚生労働省:『働き方改革』の実現に向けて,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html (2019年7月25日現在)
  • 7)木村 智,吉田かずみ:BYODに最適なスマートデバイス活用基盤「UNIVERGE モバイルポータルサービス」,NEC技法,65 (3), pp.41-45 (2013).
  • 8)Virgin Pulse社Webサイト,https://www.virginpulse.com/wellbeingjourney/ (2019年7月25日現在)
  • 9)PwC Japan Webサイト,https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/well-being.html (2019年7月25日現在)
  • 10)PwC UK Webサイト, https://www.pwc.co.uk/who-we-are/corporate-sustainability/promoting-wellbeing.html (2019年7月25日現在)
  • 11)デロイトトーマツ:ウェルビーイング:戦略と責任,グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド,2018, pp.65-70 (2018).
  • 12)齋藤敦子,杉村宏之:働く場所の柔軟な選択とウェルビーイング度の関係性の研究,2017年春季全国研究発表大会:経営情報学会,pp.245-248 (2017).
  • 13)湊 宣明:[実践]システム・シンキング,講談社 (2016).
  • 14)Shibuya, K., Arai, K. and Kiso, H. : An Analysis on Turnover Problem of Japanese Female Researchers, Conference Proceedings of ICSSI 2018 & ICServ (2018).
  • 15)ドミニク・チェン:「わたし」のウェルビーイングから,「わたしたち」のウェルビーイングへ,WIRED,https://wired.jp/2019/03/14/well-being-dominique-chen/ (2019年4月14日現在)
脚注
  • ☆1 NECの感情分析に使用する脈拍や,その他活動量などが測定できるバンド型ウェアラブルセンサ, https://product.tdk.com/info/ja/products/biosensor/biosensor/silmee_w20/index.html
  • ☆2 情報漏洩対策として,ハードディスクの暗号化とPCの遠隔消去のマネージドサービスを組み込んだPC.
  • ☆3 情報漏洩対策として,2要素認証によるアクセス制御,情報を端末に残さないシンクライアント化,さらに紛失時には遠隔からサービス停止ができるサービス[7].
渋谷 恵(非会員)k-shibuya@kq.jp.nec.com

日本電気(株)中央研究所 バイオメトリクス研究所.お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科修了.2016年NEC入社より働き方研究に従事.専門は社会心理学.

荒井 観(非会員)k-arai@ab.jp.nec.com

日本電気(株)中央研究所 バイオメトリクス研究所.2010年横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程後期修了.同年日本電気(株)入社.ヒューマンインタフェース,知覚情報処理,働き方に関する研究に従事.2011〜2013年 MIT Media Lab 客員研究員.博士(工学).

吉田 万貴子(非会員)m-yoshida@em.jp.nec.com

日本電気(株) 中央研究所 バイオメトリクス研究所.早稲田大学理工学部電子情報通信学科卒業.NEC入社時よりネットワーク設計・制御,IoTソリューション,働き方研究に従事.1992〜1993年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員.IEEE,電子情報通信学各会員.

採録決定:2019年7月24日
編集担当:細野 繁(東京工科大学)

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