デジタルプラクティス Vol.10 No.4(Oct. 2019)

「働き方改革とIT」特集号について

飯村結香子1  石黒剛大2

1NTT  2三菱電機(株) 

1.はじめに

政府は「働き方改革」を「一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジ」と位置付けており,その実現のための「働き方改革関連法案」は第196回国会に提出され,2018年6月29日の参議院本会議で可決されました.働き方改革実現のためには,関連法整備,企業等の就業規則の改定,社会通念の変革,施設・設備等の整備などの総合的な施策に加え,これらの施策を支えるITが必須です.

IT活用による業務の生産性向上は働き方改革実現のための主要な手段の1つです.また,育児,介護,あるいは闘病といった時間的・物理的制約と共存しながら仕事ができる働き方,さまざまなハンディキャップを持つ方がそれぞれの能力を発揮できる働き方など,それぞれが置かれた多様な状況に応じた柔軟な働き方の可能性をITの活用が拡げます.さらに,IoT,ビッグデータ解析,AIといった最新ITの活用により,従来では計測が難しかった情報の定量化・可視化,分析が可能となり,さらに働き方の質を高めるための方法を提案するような取り組みも進められるようになっています.

本特集号は,ITを活用した働き方改革およびIT業界における働き方改革の実践事例を紹介することで,現状の課題や新しい取り組みを実行しようとしたときに直面した課題への向き合い方など有用な知見を共有することを目的として企画しました.

2.本特集号の論文について

本特集号では,働き方改革とITについて5件の招待論文と,2件の投稿論文を掲載します.

まず,招待論文へは以下のさまざまな立場からの幅広いプラクティス論文を投稿いただきました.

渋谷 恵氏らによる「テレワーク導入によるWell-beingの向上─個人と組織のWell-being─」では,働き方改革を支援するサービスの提供を目指す筆者らが,「テレワーク」の感情や動機付けといった心理面の効果について,Well-beingという概念に基づき分析し論述しています.所属組織における働き方改革の施策として実施されたテレワークデイズの影響について,ワークショップやアンケート調査,さらにウェアラブルセンサによる感情の推定から得られる情報に基づいて分析・考察し,仕事への没頭や集中力の高まりなどの効果があることを示しています.

高田芽衣氏らによる「IoTセンシングによるオフィス活用率測定の有効性評価─「働き方改革×オフィス改革」への適応事例─」では,オフィスの移転に際し,さらに働き方改革の進展による利用状況の変化に合わせ,社員らの働き方に応じたオフィス運営を実現するためのIoTセンサを用いたオフィス活用状況の定量的かつ継続的な計測について論述しています.実際のオフィスで行われた実験に基づき,ワーカの心理的抵抗や導入コストも考慮しながら,IoTセンサを組み合わせたオフィス活用状況計測の工夫,およびその実現可能性を示しています.

丸山文夫氏らによる「IBMがテクノロジを通じて実現する社員視点の働き方改革」では,オフィスのフリーアドレス化やリモートワークを20年以上前から実施するなど先進的な働き方を実現しているIBMにおいて,社内の働き方改革タスク・チームメンバとして,またお客様企業の検討サポートにかかわってきた著者らの経験に基づく知見が述べられています.目的や目標の整理から具体的なサービス/アプリの検討・展開への検討アプローチを紹介した上で,社員一人ひとりが能力を最大化できる環境の提供や社員個々の能力をつなげ企業力を最大化する取り組み事例について論述しています.また,働き方改革を進める上で考慮すべきセキュリティや制度面からのリスクや課題についても述べています.

小川晃司氏による「業務効率化のための社内業務システムの操作性改善と定量評価手法の考案」では,操作性を向上させることで,操作時間を短縮し業務を効率化した取り組みについて述べています.業務を実施する上で必要な機能を備えたシステムであっても,迷わず操作できるか,快適に操作できるかなどの操作性の問題があることに着目し,実際の業務システムについて行った画面操作シミュレーションでその改善策の検討/効果検証,改善について解説しています.その定量的効果や適用の際の工夫を示すとともに,さらなる取り組みについて述べています.

「テレワークにおけるIT部門の取り組みと課題克服─仮想デスクトップの大規模展開を成功に導くためのコツ─」では, IT戦略本部に所属する著者の中村元晃氏が,テレワークを支援するICTの展開,また,その過程や失敗から得たノウハウについて述べています.具体的なツールや対策として,グループ会社の全従業員のコミュニケーションを支えるグローバルコミュニケーション基盤や社外からのPC利用のセキュリティを担保するための仮想デスクトップ導入,また,ペーパレス化やフリーアドレスの推進によるテレワークへの後押しについて論述しています.仮想デスクトップの導入については,トライアルによる早期要件吸収やトラブルの発見の重要性,運用時の課題への対応の詳細についても示しています.

これらの招待論文に加えて,2019年6月に招待論文の著者の方にお集まりいただき開催した座談会の様子を掲載しています.座談会では「個人の働き方の柔軟性と組織との協調」,何を改革するかあるいは何を変えることができたのかの指針となる「測定」,また「IT以外のアプローチ」を中心として,働き方改革にさまざまな立場から取り組む実践者たちはどう考えているかについて忌憚なく意見交換を行うことができました.

また,以下2本の投稿論文を採録しました.

崎本真理氏らによる「日本企業のグローバル化に必要な組織英語力に関する調査および効果的な強化施策の検討と実践」では,英語をコミュニケーションのインフラと捉え,組織としての英語力の向上=英語が苦手な人を減らすことを目指した取り組みについて述べています.日本語を母国語とするビジネスパーソンの業務で必要となる英語コミュニケーションの能力や利用状況を定義・測定し,さらに他の非英語圏地域との比較分析により課題を明確化した上で,機械学習などを活用した「組織共通英語化」のプラクティスを論述しています.

永田雅俊氏らによる「ウォーキングイベントを使った職場における歩行活動の推進」では,従業員の健康保持・増進が企業の事業継続や仕事のパフォーマンスにつながるという健康経営の取り組みの一環として運動活動量を増加させることを目的に実施されたウォーキングイベントについて述べています.活動量の計測や表示に利用されたアプリ,ディジタルサイネージについて解説するとともに,イベントによる活動量の増加や職場の活性化等の効果の分析,またこのようなイベントを開催する際の留意点などについても言及しています.

3.おわりに

冒頭で触れた法改正では長時間労働の是正に主眼が置かれていますが,「一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジ」に取り組むには単に労働時間の短縮を目指すのではなく,さまざまな人々のそれぞれの能力を活かせる柔軟で多様な働き方を受け入れること,あるいは,生産性向上によってもたらされる時間的余裕が業務内外での多様な人々との交流やさまざまな経験の機会を増やしイノベーションの創出を加速させることなど,働き方とアウトプットの質の向上を目指す必要があります.そして,その実現にはITの活用が鍵となると考えています.

IT業界はかつて「3K」などと揶揄されることがあったように,働き方改革が強く望まれる業界の1つですが,一方で“Eating your own dog food”,自らがさまざまなIT技術を活用し数多くの働き方改革を実践してきた業界でもあります.本特集号の論文,座談会記事では,実践者の方々の非常に貴重な示唆に富む知見を共有いただきました.本特集号において価値あるプラクティスを惜しみなく発表いただいた著者の方々に敬意を評します.

この特集号で共有されたプラクティスが,数多くの働き方改革におけるIT活用の実践へとつながり,さらなる知見の共有へとつながっていくこと,そのサイクルが「一億総活躍社会の実現」の一助となることを願っています.

 

飯村結香子(正会員)yukako.iimura.vr@hco.ntt.co.jp

NTTソフトウェアイノベーションセンタ 研究員.2001年,日本電信電話(株)入社.知識の再利用や利用者の嗜好分析の研究開発に従事.2012年より,NTTソフトウェアイノベーションセンタにて,要求工学を中心にソフトウェア開発技術の上流工程の改善技術,手法の検討に取り組んでいる.

石黒剛大(非会員)Ishiguro.Takehiro@dc.mitsubishielectric.co.jp

三菱電機(株)情報技術総合研究所の研究員.2013年入社.ファクトリオートメーションの技術開発と,製造業のビジネスモデル変革について研究を行っている.2013年,奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 博士後期課程 修了.博士(工学).

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