デジタルプラクティス Vol.10 No.4 (Oct. 2019)

働き方改革とIT

吉田万貴子(日本電気(株))
高田芽衣(日立製作所)
丸山文夫,水品雪絵(日本アイ・ビー・エム(株))
司会 飯村結香子(NTT),石黒剛大(三菱電機(株)) 

個人の働き方の柔軟性と組織との協調のバランス,何を改革するかあるいは何を変えることができたのかの指針となる測定,またIT以外の面からのアプローチについて,さまざまな立場から働き方改革に取り組む実践者たちはどう考えているか,議論は大いに盛り上がった.

吉田万貴子氏
吉田万貴子氏(日本電気(株))
日本電気(株) 中央研究所 バイオメトリクス研究所.早稲田大学理工学部電子情報通信学科卒業.NEC入社時よりネットワーク設計・制御,IoTソリューション,働き方研究に従事.1992〜1993年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員.IEEE,電子情報通信学各会員.
高田芽衣氏
高田芽衣氏 (日立製作所)
2019年,東京農工大学工学府博士後期電子情報工学専攻修了,博士(工学).1997年(株)日立製作所入社,2016年より東京社会イノベーション協創センタに所属.現在,働き方改革・オフィス関連のソリューション検討,ビル・アーバン分野での顧客協創活動に従事.
丸山文夫氏
丸山文夫氏(日本アイ・ビー・エム(株))
2006年より13年間,日本アイ・ビー・エムのIT部門のマネージャとしてセールス・プロセスおよびサプライチェーン・プロセスをサポートする社内システムの導入・展開を担当.2015年からは社内ITチームで立ち上げたagile IBM Japanタスク・チームのリーダとして,社内ITの推進・展開を通じて日本アイ・ビー・エムの働き方改革を推進してきた.現在は経営企画に所属.

水品雪絵氏
水品雪絵氏(日本アイ・ビー・エム(株))
2017年よりマネージャとして日本アイ・ビー・エムの社内人事システム・給与システムの開発・保守を担当.同年, agile IBM Japan タスク・チームに参画.ワーキングマザーとして自身のワーク・ライフ・バランス向上を模索しつつ,すべての社員が「輝ける」職場環境作りのためのアイディアを,タスク・チームとともに提案してきた.
司会:飯村結香子氏
司会:飯村結香子氏 (NTT)
NTTソフトウェアイノベーションセンタ 研究員.2001年,日本電信電話(株)入社.知識の再利用や利用者の嗜好分析の研究開発に従事.2012年より,NTTソフトウェアイノベーションセンタにて,要求工学を中心にソフトウェア開発技術の上流工程の改善技術,手法の検討に取り組んでいる.
司会:石黒剛大氏
司会:石黒剛大氏 (三菱電機(株))
三菱電機(株)情報技術総合研究所の研究員.2013年入社.ファクトリオートメーションの技術開発と,製造業のビジネスモデル変革について研究を行っている.2013年,奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 博士後期課程 修了.博士(工学)

飯村 本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます.論文ではそれぞれの取り組みを掘下げて議論いただいていますが,ここでは実践者の方々のご意見や情報を交換することで「働き方改革とIT」について考えてみたいと思います.

皆様はさまざまな立場で「働き方改革とIT」にかかわっていらっしゃいます.意見交換に入る前にどのような立場でどのような取り組みをなされているかをご共有いただけますか.

吉田 NECの吉田です.バイオメトリクス研究所でITを使って個人と組織のウェルビーイングを上げることをテーマに取り組んでいます.人事部,1年前に設置されたカルチャー変革本部などと連携して具体的な施策を進めています.

丸山 IBMの丸山です.4月まではCIOサービスというIT部門でIT面から働き方をどう変えるかに取り組んでいました.たとえば担当していた営業系のシステムでは,現場主導で始まった働き方改革においてCRM(Customer Relationship Management)やSFA(Sales Force Automation)などの取り組みを行っていました.4月からは経営企画の立場で全社の働き方改革を推進しています.

水品 IBMの水品です.丸山の前職,CIOサービスで社内のシステムの管理・保守・開発・展開をしています.人事システムを担当していますが,働き方改革においてはシステムだけではなく制度面などのプロセスも非常に重要な側面ですから,その辺りのサポートもしています.

高田 日立製作所の高田です.東京社会イノベーション協創センタという顧客協創を主に行うなかば技術営業的な研究開発グループに属し,家電等の製品デザイナやサービスデザイナと一緒にお客さまに合わせた課題解決をサポートしています.論文では,働き方改革とオフィス改革を同時にやろうという研究,それに合わせた行動計測を取り上げています.

飯村 本日は,3つのトピックスを軸に進めていきたいと思います.1つ目は個人の働き方の場所や時間を柔軟にという一方でチームや組織での協調についてお聞かせください.2つ目は「測定」,働き方改革の取り組みではいろいろな測定や分析をされるかと思います.その測定方法また測定される側のその心理的な障壁についてを,3つ目は「IT以外のアプローチ」,施策を円滑にあるいは効果的に進めるためのIT以外の面からの工夫についてお伺いできればと思います.

個人の働き方と組織としての協調

飯村 テレワークは多くの企業で採用されています.個人の働く場所や時間が柔軟になるという一方で,チームや組織としてどう協働するかが課題になるかと思うのですがいかがでしょうか.

高田 弊社ではテレワークを広範囲に取り入れています.また,私どもの部署はこの4月に拠点を移動して働き方が非常に変わりました.移動時間がかかるようになったことなどからテレワークやSkypeでの議論の機会が以前に比べ増えました.その中で,どのぐらい,どういう形であればスムーズに進むのだろうと試行錯誤しているところです.IBMの方はとても進んでいらっしゃる印象がありますね.

丸山 テレワークを開始して今年(2019年)でちょうど20年になります.当初はいろいろな問題がありました.トピックの個と会社というのですか,たとえば業績を個人としてどういうふうにリモートワークで達成するのか,見えないところで仕事をすることの,マネージャにとって,働く側にとってそれぞれの負担,労務の問題などを5,6年試行錯誤しました.1つの大きなきっかけは東日本大震災です.当時はどうしてもテレワークせざるを得ない状況になり,そして,想像以上に業務適用が可能だということが分かりました.そのあとはITの進化もあり,どんどん進んでいる感じです.また,時差がある海外拠点と打合せをすることが非常に多い会社ですから,テレワークが特別ではなくて,普通でないと難しい状況があります.それらがあって,テレワークが本当に一般的なものとなったという気がします.

水品 そうですね.元々は,育児や介護などで時間的な制約がある方たちをサポートする制度として導入されたのですが,今では全社員向けの制度として多くの社員がさまざまな理由で活用しています.

吉田 オリンピック・パラリンピックに向けて社会的にも非常にテレワークの要請が強くなっていますよね.論文で取り上げていますが,我々は去年(2018年)のテレワーク・デイに関して計測を行いました.それまでやっていた人もそれほどやっていなかった人もいたのですが,それをきっかけにかなりの人数が参加してやっています.

弊社ではカルチャー変革の取り組みが進んでいます.その1つがスマートな働き方の推進で,そこでは協調と自律がキーワードになっています.その自律の面でテレワークは非常に良いのではないかということがアンケートなどから見受けられます.

飯村 テレワークへのIT支援についてはどうでしょうか.

吉田 セキュリティがかかっているノートPCが配布されていて,それで会社の自分のマシンか,バーチャルマシンにアクセスするというのが典型的な使い方です.

丸山 セキュアドネットワークに入って情報にアクセスするのですが,情報にも管理レベルがいろいろあり,リモートからはアクセスできないものもあります.ただ,通常の業務は大体リモートから何でも遜色なくできるのかなと思います.

高田 弊社ではサテライトオフィスを社内に整備しています.いわゆる出張者スペースのようなもの,出張帰りにちょっと仕事をしたいというときにこの部屋はいろいろな人が使えますという場所を設けています.そこにはシンクライアントとか,セキュリティが担保された場所があり,自席にいるのとほとんど同じような環境で作業できます.また,社外のサードプレイスを使えるような仕組みというのも導入しています.

飯村 リモートワークの方が増えてきたときのコミュニケーションに関してはなにか取り組まれていますか.

水品 リモートでの会議がわりと普通に行われていますね.社内外のネットワークからWeb上のミーティングルームスペースに集まって,議論したり,画面を共有してお互いに資料を更新しあったりといったことをごく普通に行っています.ITインフラを会社が提供していることで,社員が自宅からでもサテライトのオフィスからでも簡単にアクセスできるようになっています.

丸山 一方で,アジャイルコロケーションに代表されるようなさまざまな役割のチームメンバが全員同じ場所に集まり仕事をすることにより,アウトプット作成のスピードや生産性を最大化する,という考えもあります.このような働き方と,リモートワークをはじめとする個人の働きやすさをどう両立させるかというのが非常に大きな課題です.水品のチームもそうですが,日本人だけでなく,中国,アメリカ,いろいろな国の方がいます.そのときどうやってリモートだけれどワンチームでオペレーションするか,どうやって横にいて仕事するのと遜色ないように情報共有やコミュニケーションをとるか,あるいはモチベーションを含め気持ち的な面でどう一体感を出すか.それはやはり難しくてツールだけでも解けない問題です.そこで,それらのバランスをとるためのルール決めやガイド作成なども行っています.

飯村 そういうことも積極的に,CIOサービスで取り組んでいかれているのですか.

水品 そうですね,今年,アジャイルワークプレイスという,みんなが物理的に同じ場所に集まって一緒にコラボレーションすることを推進するオフィスができました.顔を合わせてみんなで一緒に話したほうがいいようなトピックだとか,週のこの曜日はチームで一緒に集まりましょうというようなルールをそれぞれが決めて集まります.対して,海外との電話会議で夜遅くなってしまうとかの場合はWeb上の会議室に集まるなどの使い分けをしましょうと組織的なキャンペーンをしています.

飯村 リモートワークがすごく進みつつも,物理的に皆さんで集まりましょうというような場もあるんですね.

水品 それぞれの良い面があるので,本当にリモートワークだけに偏ってしまうと一体感が失われるなどデメリットが出てきてしまうことがあります.それは,会社が目指すところとは違うので両立させていくということをやっています.

高田 そういう意味ではかなり長い期間やってこられて,テレワークに1回かなりぐっと寄って,また戻っていらっしゃったような感じですか.

丸山 その通りです.生産性の向上とか,働きやすさということですごくリモートワークが進んでいったのですが,今は1人だけで仕事ができる状況はなかなかないですし,それこそコロケーションでみんな集まってやる,早くやる,ということも必要です.そのバランスをとる揺り戻しのような感じで,オフィスをみんなが集まりやすく集まって共創しやすいレイアウトにリニューアルするといったことが進んでいますね.

高田 私たちの組織の新しい拠点では,フリーアドレスでどこに座ってもいいですよとか,グループワークをしやすいように打合せスペースをふんだんにとるようにしています.そうすると効率良く働けるとみんなが気づいたこともあって,今はかなりリモートワークをする方に傾いています.まだまだどういうバランスでやったらいいのかを試行錯誤している感じです.

吉田 最近NECでは本社に「立ち寄りオフィス」みたいな,かなり大きなスペースをつくりました.そこでは多拠点の人が来るので,多拠点のメンバが顔を合わせやすくなっています.先ほど,顔を合わせる利点の話が出ましたが,どこかのオフィスに集まりましょうではなくて,みんなが横断的な会話をするということがカジュアルにできる,テレワークと組織横断的な協働がクロスしたような機能を果たしていて,良い新しい動きになっているのではないかなと思います.

飯村 フリーアドレスに関してお伺いしたいのですが.私自身は物が多くて(笑),なかなか毎日場所を動くというイメージが掴めないのですが,皆さんどんなふうに場所を選ばれるのでしょうか.

水品 そうですね,私たちの組織では席ではなく個人の私物をしまうところが1人1つぐらいあって物はそこへ入れておきます.席は基本的にはチームが一緒に固まって業務をしましょうという形です.

丸山 30年前からフリーアドレスが始まったのですが,当初完全にフリーにすると仕事がしづらかった.たとえば,同じチームの人がどこに座っているか分からないとか,そういう弊害も出て,あまりうまくいかなかったんです.それで,同じチームは近くに座るとか,マネージャの目が届くようなレイアウトにするとか,そういう修正を続けています.

飯田 どうやって同じチームの方が近くに座れるようにしているですか.

水品 Slackで相談したりとか(笑).

丸山 大体このチームはこの辺というふうに曜日ごとに割り当て,Slackでその情報を流したりとかです.みんな会社に来るとSlackを見て,今日はうちはこの辺と分かる.すべての部門ではないのですが,大体みんなこの辺に座ると決めたりとか,なんらかの方法でみんなの居場所が把握できる,声がちょっと届くような場所には座っている感じです.完全にフリーにしてから1回ちょっと揺り戻った感じで,そのような試行錯誤を繰り返すのかなという印象があります.

高田 私たちの組織では,ワンフロアのかなり広い範囲を完全フリーとしているのですが,ロッカーなどが部署ごとに割り当てられているので,なんとなくこの辺というのはそれぞれにあります.とりあえず完全フリーでやってみたのですが,数カ月経つと,常に同じようなところに座る人たちも,日ごとに全然違うところに座っている人たちもいます.これも試行中といいますか,どうしたら良いかと言いながらやっています.私たちの研究所は,複数のプロジェクトを掛け持ちしている人もいるので,今日はここねとはなかなかできなくて,午前中はこの人たちと打合せで,そのうちの一部のメンバは午後はあっちに行って,別の一部はこっちに行ってとかなりぐちゃぐちゃになりますね(笑).

丸山 私たちの研究所も固定の場所でないと仕事がしづらいとか,パーティションなどセキュリティが必要とか,部門によって差はあるとは思います.

飯村 フリーアドレスだからといって特殊な機材などが必要なわけではないのでしょうか.

水品 そうですね.個人の私物をしまうロッカーがあれば,普通のオフィスでもすぐできる.

高田 元々モバイル環境とか,テレワーク環境を持っていれば,たぶんそのまま進むのですが,特定のパソコンでしかできない作業があるといった制約があるとすごく大変ですね.我々は移転する前は固定席だったんです.私は引越し委員を担当したのですが,部署によってはパソコンの制約があるので動けない,フリーアドレスは無理という人たちもいて,その人たちをどう説得するかが大変でした(笑).私自身が研究としてオフィス改革×働き方改革とか,フリーアドレスに変わることによって働き方が変わり,場所の制約がどんどん減っていくということを日頃お客様に提案しているのですが,言うとやるとは大違いといいますか……大変さを身を持って経験しました(笑).

水品 引越しって大変ですよね(笑).私たちはフリーアドレスからフリーアドレスだったのですが,アジャイルスペース/オフィスに変わったときはものすごく大変でした.断捨離しましたね.

丸山 断捨離とディジタル化とすごくやりましたね.良い機会だったと思います.

高田 身軽になるとそこから先もまたできると思うのですが,最初の一歩は大変ですね.

飯村 機密情報などはまた別のところで管理されていると思うのですが,たとえば部署内だからこその会話などありますよね,あとは音自体とか,慣れてしまえば気にされないのでしょうか.

水品 基本的にオープンエリアで,隣のスペースで電話会議しているのも全部聞こえてくる,普通に話をしていてもだれかが横を通り過ぎるという状態です.逆にそれによって,ほかのチームが今何をしているのかなというのを小耳に挟むことができるという効果もあります.もちろん機密の話をする場合は会議室に籠るというような使い分けをしています.

飯村 たとえば,電話会議では相手に通るようにはっきりしゃべるので声が大きくなってうるさいとかありませんか(笑).

水品 そこはツールとか,インフラの出番というか,性能のいいスピーカであれば,普通に隣の人と会話をしているような音量でも拾うことができるので,機器を管理するチームが工夫して,良いものを選択したようです(笑).

丸山 まあでもやはり気になりますね,正直なところ(笑).いろいろな情報が入ってくるのですが,たとえば,水品もマネージャですが急に人事考課の話がくるときもあって,その辺はうまく会議室に入るなりしないといけないところです.

水品 オープンエリアの近くにある程度籠れるスペースがないと切り分けができないかなと思います.

計測

飯村 話題を計測に移したいと思います.論文の中でもいろいろな計測が取り上げられています.計測自体であるとか,計測される側の方にとっての心理的な抵抗に対する工夫などお聞かせいただけますか.

丸山 行動の様式とか,どういう風に時間を使っているか,そういうことを見ています.ITを使うものと,アンケートでやるものとを分けていて,ディジタルだけですべてとっているわけではないです.よく話題になる勤務時間,これはもちろんITで計測するようにデザインできるのですけれども,そのデザインを超えた働き方をするケースが多かったりするのでその辺は難しいですね.

飯村 アンケートでとられている例を教えていただけますか.

丸山 現場の社員がどういうふうに時間を使っているか,それがお客さま面談をしているのか,移動しているのか,休んでいるのか,提案の準備をしているのか,そういったものを毎年,何回かのアンケートでとっています.そして経年の変化でビジネスとの関係を全部見ています.なので,それらがどう動くとどうビジネスが動くという大体の傾向もとれています.

IBMは,ディジタルでとるよりは自己申告のケースが多いです.勤務時間も,現場でどう時間を使っているかもそうで,いろいろな面で社員が申告をするというところに重きを置いています.その辺はいろいろな考え方があるのかと思うのですが,私たちはそこを社員の責任でやるというふうに考えています.

飯村 申告の分類などは,CIOサービスの方が設計されるのですか.

丸山 CIOサービスも入っていますが,会社全体,全世界でやっています.同じ質問を全世界のIBMの現場の社員に対してやっているのですね.それで経年変化や国ごとの対応の変化を見たりとかをしています.

飯村 その後なんらかの取り組みをするかなどの判断も?

丸山 たとえば,現場の営業のお客さまの面談時間が下がっているという傾向があったら,そこに対して打ち手を考えます.それはひょっとするとオフィスの立地の問題かもしれませんし,テリトリーの問題かもしれませんし,もっと別のお客さまに行く理由,たとえば持っていく情報がないとかかもしれません.さまざまな理由があると思うのでその辺を分析して,関係するチームに改善がアサインされて,IT的にはこういうことをする,そんなふうに進めていきます.

飯村 それだけ定期的にされていると心理的な抵抗は,ああ,いつものが来たなぐらいで?(笑).

丸山 そうですね.現場に聞くと,面倒だと言ってますけれど(笑).

吉田 私たちはアンケートと,ウェアラブルセンサを使用していますが,協力者としてお願いします.心理的な抵抗に対しては,まず個人のデータとして扱いません,組織として扱いますというのがあります.本人には個人のデータも見せるのですが,上司などにはあの人がこうだったとは見せない,このグループがどうだったのように見せます.まずそれが心理的抵抗を下げているかなと思います.個人として自分がどうだったのかというのは,結構,皆興味があるので協力してくれますね.また,あるグループの皆さんに参加してほしいというお願いをしますが,嫌だという方はもちろんやりません.その辺はいろいろ気を遣っていて無理強いは絶対にしません.

飯村 ご自身のデータは見えるのですね.論文に取り上げられていたセンサのデータはリアルタイムに送られているのですか.

吉田 論文での実験の際はオフラインで分析して返してたのですが,今はリアルタイムに見えます.リアルタイムに見れないと意味がないとかなり言われて(笑),改善されました.

水品 個人的に興味があるのですが(笑),どんなことが分かるのですか.ウェアラブルセンサを付けている人が,たとえば今どこにいるとかでしょうか.

吉田 一番特徴的なのは感情分析というふうに言っているデータです.

水品 リラックスしているとかですか?

吉田 そうです.ストレスフルなのかとか,それが面白いですね(笑).データと本人の主観を比較すると半分ぐらいの方は結構合っていると言っています.非常にプレッシャーのかかる会議の前にすごくストレスフル状態が続き,それが終わったあとにすごくほっとしているとか(笑),その職場の方と会話をしたときに気持ちが良くなっているとか.

水品 今集中している,とかもですか.

吉田 そうですね,集中そのものは測っていないのですが感情の切り替わりを見ています.話しかけられたりすると感情が切り替わったりしますよね.あとメールが来たりとかでも.テレワークのときはその感情の切り替わりがすごく少ないんです.感情の切り替わりイコール集中なのかという議論はありますが,関係があるかなと思っています.テレワークのときに邪魔されないということ,その効果があるというのは何か言えそうだなというふうに思っています.

飯村 今回の論文だと,データの収集と分析までを述べられていますが,それに対するアクションも今後検討されるのでしょうか.

吉田 テレワークで感情の切り替わりが少ないというのが面白い結果だなと思っています.すごく乗った気持ちでやっている場合には,メールの通知を1時間に1回まとめてにするなど,邪魔をしないようにシステムが支援できないか,逆にストレスの高い状態でずっといる場合もあるので,そのときはちょっと休みませんかと言うとか,そういうことを議論しています.

飯村 高田さんは人の動きについて計測されていますね.

高田 オフィスのいろいろなエリアに対してどれぐらい使われているのか,オフィス活用率を測っています.計測の方法も,赤外線(いわゆる人感)センサで人がいるということだけ分かる計測をした場合と,個人にセンサを付けてその人の行動軌跡まで計測できるようにした場合とで,どれぐらいの精度が出るのかを検討しました.個人につけるタイプのものは,社外からの出張者や派遣の方など測れないケースもあります.そこで,どこまで赤外線で計測できるか限界を試したりもしています.心理的な抵抗についてはおそらくだんだん変わってきてはいるとも思うのですが,なるべくない方法でできないのかを追求しようとしているところですね.また,実験の際には,生産性などの心理的な部分はアンケートで確認し,オフィスの活用率はセンサで測り,さらにもう1つエスノグラフィという,専門的知識がある人がオフィス内で人々が実際にどういう行動をとっていたかを観察するという手法,これら3つでそれぞれに測って分析しました.

飯村 それらのデータを基にオフィス設計を考えるのですよね.

高田 どういう業種の人であれば,どのぐらいの広さがよいのか,打ち合わせスペースが多いほうがいいのか,集中スペースが多いほうがいいのかなどが違ってくるのではないかと思っていて,どれぐらいがちょうどいいのか,スタンダードができるといいなというふうに思っています.

飯村 引越し前の設計で活かすようなイメージでしょうか.

高田 見通しが立てられると移転が早くできるので,その基準があるといいねというのがあります.また,移転したあとで,打合せスペースが足りない,あるいは集中スペースが足りないという際に,それらのスペースを増やせるなどの対応が柔軟にできるようにオフィスをつくっておき,状況に応じて変えていけるところを目指したいと思っています.

飯村 今使っていらっしゃる方法についてお話しいただきましたが,今後こういうのを使ってみようというものはいかがですか.

水品 センサを付けたいですね(笑).ウェアラブルも,固定型も.今,アンケートではやっていますが,スペースが足りないから少し増やそうとかの分析ができるといいなと思います.

高田 人が打合せスペースが足りないという認知と,実際の状況は意外と違いますね.足りないと言われるけど,端の方が目に入らないから使われていないというケースがあったりします.

丸山・水品 確かに.

高田 そういうアンケートとセンサと両方でできるとすごく変わるのではないかなということに取り組んでいます.

飯村 赤外線は場所の状況を見るというのがポイントだと思うのですが,ウェアラブルセンサの方は人について計測するのですか.

高田 そうですね.論文で紹介している以外のもう1つの流れとしては,ハピネス計測といって,人の体の動きによって集中している,すごい活気づいてしゃべっているなどを計測するということにも取り組んでいます.研究所はそういう意味でかなり実験台で(笑),一人が複数のセンサをつけていたりします.

飯村 ハピネス計測の方はどう使っていこうと考えられているのでしょうか.

高田 オフィスが,どういうふうに使われているのか,先ほどの吉田さんのお話にもありましたが,どういうときに集中力が上がっているかについて計測します.どこを使っている人がどういう状態にあるか,エリア性と状態を紐づけられないかというようなところを検討しようとしています.

高田 計測に関して,生産性をどう測るかついてどうお考えですか? もう開き直って本人たちがどう思うかでいいですと(笑),おっしゃるケースもありました.たとえば快適性であれば測れると思うのですが,生産性を測るというのはすごく難しいなと思っていて,何かそこで工夫されたりとか,こうだよということがあったら,ぜひ教えていただきたいのですが.

水品 聞きたいですね(笑).

吉田 我々の組織も今の時点では先ほどおっしゃった本人がどう思っているか,たとえば,この1週間とか,この1カ月,生産性はどうでしたかを聞いています.それプラス,上司がどう思っているかを入れると若干,客観性というか(笑)が入るので,そのペアでやる方法があるといった議論をしています.

高田 自分だけですとなかなか分からなかったり,それが評価につながるようだったらと考えたり,定期的なアンケートであれば過去の回答との整合性みたいなものを考えてしまったりというようなこともあるのかなと思うんですね.

丸山 正直,そういう要素はなくはないのではと思います.同じアンケートをずっと受けていますので,なんとなく回答の仕方に慣れて定型化してくる.そこはアンケートの難しい部分なのだと思います.ですので,データを多く集めて標準を取るといったことをやっています.

水品 いわゆる生産性というのは1時間あたりのアウトプットの量で定義されているのかなと思うのですが,その流れで残業時間を減らす,かつ,アウトプットをキープしようとか,さらに多くしようという考え方が多いのかなというふうに感じています.ですが何時間働いたか,そのとき,アウトプットがどのくらいあったかみたいな考え方はあまりIBMではしていないかなと.

丸山 そうですね.どちらかと言うと,成果主義に近いところがあって,ある成果を出すんだったら,それを30分でやっても,5時間でやっても同じだと考えます.職種にももちろんよりますし,ちゃんと生産性で測るところもあるのですが.

水品 どういった成果をいつまでに出す,というところは本人も,上司も見るとしても,それに何時間かかったかとか,過去に何時間かかっていたかについて,もちろん見る人もいるのでしょうが,極端にはフォーカスしていないような印象です.

丸山 働きすぎを生む温床にもなるので,やはり我々としても難しいところではありますね.先ほどの勤務管理を自己申告でといったあたりも,本当にそれでいいのかという考えはあると思います.本人と所属長の責任で入力するのですが,ディジタルでとるなどを含め,やり方,あるいは簡単に入力できるようにすることでなるべく正確に入れるとか,そういう工夫がいるのかなと思います.その辺りはやはりバランスが難しいです.

飯村 今の議論は生産性という1つの指標についてだったのですが,働き方改革で何か取り組みを行った際に,その取り組みが成功だったかどうかについては指標はどう設定されるものなのでしょうか.

丸山 よく投資対効果はどうなんだと言われますね.たとえば,何か施策を展開する場合には必ずですが,ピンポイントに何をやったからどうだったか,はなかなか測りづらい.たとえば,モバイルを展開したから何か上がったかなどは,もちろんある程度近いものはとれるのですが,それ以外の施策も同時に走らせますので,ピンポイントにはとりづらいです.会社全体として,働き方改革をなぜやるかが最終的な大きなゴールですから,それが大きな指標になりますよね.モバイルを展開するのだったら,それによってどうなったのか,たとえば,お客さまとの面談時間が何時間増えたとか,あるいは勤務時間が減ったとか,そういうものをとっています.ものによってさまざまな測り方がありますが,やはり数字的に見るというのは必要ですので,なんらかのかたちで見える化はしますね.

吉田 今の丸山さんのお話のように,そもそも何のための施策なのかというのがあるので,施策の意図としているものに関して計測して,その効果が出ていたのかというのを見ています.今回,テレワークの期待として集中が増えるということと,コミュニケーションがどのぐらい減るか,それにより困る面を計測のポイントというふうに考えていました.コミュニケーションはテレワーク時には減るのですが,翌日は増えるというのが出ていて,であれば困る面はないのではないかなとか,集中に関しては明らかに上がっているということが分かっています.

飯村 施策でなにを意図するのかも参加者らがワークショップで検討してその結果をアンケートの項目に入れるなどされていますね.

吉田 その組織が何を重要視しているのかというのをワークショップで挙げて,それに関してアンケートなりで裏付けていきましょうというような考え方でやっていますね.

飯村 高田さんたちの取り組みですと,センサの値に基づく推測が正しかったのかというのもなかなか難しい問題ですよね.

高田 たとえば活用率で言うと,フリーアドレスでの席取り(笑),実際にはそこに人はいないのだけど荷物が置いてあるからほかの人が使えないという状態をどう捉えるかが悩ましいということがあります.実証実験のときは,人による観察も入っていましたから椅子にカバンが置いてある分とかも一緒に合わせて計測する.そうするとセンシングでは利用率が低いのですが,椅子取り分までを含めると人間の感覚で大体何割ぐらいじゃないという感じと近かったりしました.どちらに着目するかによってセンサによって何を計測すればよいかが結構違います.

水品 人が座っているいないは分かりやすいけれども,人はいないけど荷物だけが置いてあるみたいな状態はセンサだと分からない.

高田 赤外線では捉えられないですね.画像だとカバンがあるかは,人が見れば分かりますがAIだとまだ難しいと思います(笑).ビデオを撮ったりなど方法を組み合わせないと分からないですね.パソコンを使っているかいないかで在席を見たりするケースもあるのですが,手帳に一生懸命書いているとか(笑),それをどう見るかという.

水品 そうですね,たとえばパソコンのオンオフで勤務時間を見ればいいじゃないかと言われるのですけれども,パソコンを上げていても仕事をしていないケースも,その逆もある(笑).そういうことを考えるとだんだんITの世界を離れていって哲学的な,仕事とは何だみたいな(笑).それで結局アンケートになってしまうのですけど.

丸山 私たちはテレワークを長くやっているので,いつでもどこでも仕事ができます.が,いつでもどこでもできすぎて,オンオフの切り替えやワーク・ライフ・バランスなどが難しいケースもあるのかなと思います.その辺りは皆さまの会社ではどういうふうに考えられていますか.

高田 まさに試行錯誤中ですが,どの時間帯に働きやすいかは人によって異なるので,夜遅く働いているからといって効率が悪いとか,いけないわけでもないのではないかという気が個人的にはしています.

丸山 そうですよね.私たちもまったく同じような疑問に突きあたって,「いつでもどこでも」を追求するのはいいけれど,どこかで何かそういう考慮とか配慮がいると考えています.もちろん効率だけではなくて,安全衛生も,勤務管理も,評価もあると思いますし,いろいろな考えどころがあって,その辺をどういうふうにバランシングするか難しいなと実感しています.

飯村 さきほどおっしゃっていた仕事というのは何だろうということがありますよね.たとえば,なにか確認したいことがあってメールをちらっと見ることは仕事なのだろうかと感じることがあります.

吉田 海外との仕事とかだと時差があるので,家に帰ったあとのある時間帯に45分の会議があるとします.恐らく,その前後は家事などプライベートなこともしていると思います.私個人はそれは合理的であると思うのですが,それを制度にするのは結構難しいような気がしますよね.

水品 今のお話でも,会議に45分間ずっと出ることが仕事ではなくて,その会議を受けて何か資料を作成するとか,何か結果を出すというのが最終的に評価される部分だと思います.なので,基本的には部下と上司で,この週はいつ在宅勤務をする,その成果はこれとかを事前に話した上で,何時間勤務をしたかというマイクロマネジメントはしない傾向が強いと思っています.もちろん,何時から何時まで働いたかとか,休憩をとったかというのは労務の観点で上司が管理しますが,長かったから,短かったからといって,何か言うということは基本的にはなくて,最終的な成果を見るという傾向が強いと思います.

吉田 そうですね,やはり裁量労働制との組合せというのがかなり重要だと思います.ただ,若いメンバでまだ裁量労働制になっていない方でもテレワークはしていて,その場合は定時で始めて,定時で終わるというのが基本の時間管理になっていると思いますね.

丸山 勤怠管理は本当に難しくて,私たちは自己申告で管理しているのですが,いかに正確かつ簡単に入力できるようにするかとか,また,いかに正確に入れることが重要かと啓発するとか,やっていますね.

飯村 啓発するというのは具体的にはどういうことでしょうか.

丸山 たとえば,コンプライアンスとか,いろいろな観点があると思いますので,それを社長をはじめエグゼクティブ,マネジメントが全社員にきちんとメッセージするということをします.ツールの観点では,こういうふうに入れると実は簡単に入力できることをガイドするとかを行っています.

水品 自己申告などで部下は正しく申請する必要があるし,上司もそれを確認する責任がありますよということを毎年毎年,繰り返し,研修,教育のようなかたちでやっています.

IT以外のアプローチ

飯村 今の話題もですが,IT以外の面での工夫について伺えますか.

丸山 繰り返しになりますが,何のためにそれをやるのかが社員に腹落ちしないとどうしても展開しづらいです.なので丁寧に説明しています.ツールを入れるとか,プロセスを新しくするとか,等のときには必ず,IT展開のプロジェクトだけではなく,どういうふうにチェンジマネジメントを展開するか一緒に必ず考慮するようにしていますね.キャンペーンを打ったり,マネジメントが話をする等,いろいろなやり方があります.そういったことを体系立てていて,それを使ってIT施策と一緒にチェンジマネジメントのリーダを立てて行っています.

吉田 まず,全社的に変えていこうという取り組みがあります.今のお話のようにトップからのメッセージですとか,ここを変えていこうといったメッセージを繰り返し伝える,また職場の中でもエージェントが浸透させていくという取り組みがあり,その1つとして私たちの活動があります.そして,論文でも述べているようにワークショップで組織メンバ自身が挙げる問題や変えていきたいことに関してアンケートをとるので,やらされ感は少ないのかなと思います.

高田 提案していた相手,社内でも外部への場合でも,いわゆる総務や人事の方々に向けてこういうソリューションはどうですかとか,こういうふうにやっていったらどうでしょうと提案をするのですが,そのときに必ず,人事の方たち,マネジメントの人たちにとっていいという良さと,現場の人たちが嬉しいですよというのをセットで提案しないとなかなかうまくいかないと感じています.その両輪で嬉しいように感じてもらえるようにどう提案できるかとことをいつも気を付けます.基本的には,自分たちでやってみて良かったですよというのをベースに提案に結び付けていくような感じですね.

飯村 人事の方などは直接意見交換されるのだと思うのですが,現場の方々へもアクセスしたりするのですね.

高田 人事の方たちを通してですが,ワークショップなどに各部署から代表を出していただいて,現場の方から話を伺います.その際にも,いろいろな部署からバランスよく出ていただくように心がけます.たとえば,あちらの部署だけからお話を伺って,こちらの部署からは伺ってなくて……,などは自分たちの取り組みでも起こりがちな例です(笑).人事の方たちにも,そういう例を挙げながら上手くいかなかったこういうケースがあってなどお伝えすると,うちの組織だとあの部署にも聞かないと,とか(笑)そういう会話をすることも多いです.

飯村 そういうところも含めて現場の意見を引き出しつつ,それに対するソリューションは何があるのかというのを調整されていくのですね.

高田 少し言いにくいですが,社内のネットワーク,IT系の人たちが,テレワークや,ネットワークに関して,ワーカに便利になるようなことでも,セキュリティ面でそれは困りますとおっしゃることもあります(笑).

飯村 リスクを抑える面から考えると変えたくないところもありますよね.

高田 そうですね,それと働き方改革,意識を改革して自由にとのバランスが難しいというのを常々感じますね.

吉田 人事・総務の方にとっていいと,現場にとっていいというのは本当にセットでやらなくてはいけないなと私たちも感じています.先ほどのオフィスの話だと,総務の方がデザインした通りに使われていることはすごくプラスな情報だなと思うのですが,現場の方はそれをどういうふうに見ているのでしょうか.

高田 打合せスペースが足りないという要望に対して設備が整えられるとか,集中できないという話があったら,集中ブースが増えるとか,ですね.

吉田 使っている人の感覚に合わせてちゃんとまわしていけるか.

高田 そうですね.フェーズによっても違うと思います.最初はあまりそういうことに興味がない人が多かったのが,テレビ会議を使う人が増えるとテレビ会議スペースが必要だとか,社内の状態によって変わってくるのではないかなと思います.

飯村 本日は,いろいろ貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました.非常に興味深いお話が伺うことができました.

丸山 大変刺激的な会でした(笑),なかなかこういう話をお伺いする機会はないですから.

一同 ありがとうございました

左から:水品雪絵氏,丸山文夫氏,吉田万貴子氏,石黒剛大氏,飯村結香子氏 ,高田芽衣氏
左から:水品雪絵氏,丸山文夫氏,吉田万貴子氏,石黒剛大氏,飯村結香子氏 ,高田芽衣氏

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