デジタルプラクティス Vol.10 No.3(July. 2019)

「フィンテック/ブロックチェーン」特集号について

吉濱佐知子1

1日本アイ・ビー・エム(株) 

1.はじめに

フィンテック(FinTech)とは,FinanceとTechnologyを組み合わせた造語です.広義には金融分野における技術全般を指していますが,近年では 特にIT技術を用いた新しい金融サービスやソリューションに注目が集まっています.金融サービスは従来,認可された金融機関だけが提供するものでしたが,フィンテックの登場により多くのスタートアップ企業や非金融系企業が参入し,決済や送金,融資などの金融サービスを提供しています.AIやブロックチェーンなどの先端技術を活用し,また時には自社の持つ非金融系ビジネスと効果的に組み合わせることで,新しいビジネス機会の創出や効率化によるコスト削減を実現しています.一方で既存の金融機関は,フィンテックの台頭による既存市場の侵食を脅威と感じ,社内にイノベーション専門組織を立ち上げるなどして,新しい金融サービスを模索しています.

多くのフィンテックは新しい顧客体験を実現することにフォーカスしていますが,日頃顧客の目に触れない裏の業務についても,さまざまな改革が行われようとしています.たとえば, ブロックチェーンは仮想通貨を実現する技術として登場しましたが,その発展系として,小口決済だけでなく,銀行間決済や国際送金などへの実用化が進んでいます.また,決済にとどまらずに,複数企業間にまたがる 基盤技術としてのブロックチェーンの活用も注目を浴びており,金融業界だけでなく,物流や医療などの非金融業界でも,多様なユースケースにおける実証実験が行われています.この中には,既存の業務における情報連携や業務プロセスの効率化を実現するといったものから,ブロックチェーンを活用した新たなビジネスモデルの創出といったものがあります.また,ブロックチェーン基盤自体も多くのものが開発されていますが,この中にはいわゆるブロック構造のデータを持たないものもあり,より広義に分散台帳技術(Distributed Ledger Technology)と呼ばれています.

本特集号は,産業界におけるフィンテックやブロックチェーンの実践事例を紹介することで,現状の課題や,技術を活用して新しいサービスを実現しようとしたときに直面するチャレンジなどの有用な知見を共有することを目的として企画されました.

2.本特集号の論文について

本特集号では,フィンテックとブロックチェーンについて,1件の解説記事と,6件の招待論文,2件の投稿論文を掲載しました.

岩下直行氏による「暗号資産への脅威と対策─ビットコインの社会への展開による変質─」は,ビットコインを始めとする暗号資産(仮想通貨)の社会への展開の歴史と,セキュリティ脅威やスケーラビリティなどさまざまな課題とその対策を解説しています.また,過去の歴史を踏まえて,今後暗号資産が社会に受容されていくための課題や展望を考察しています.

ブロックチェーンに関する招待論文は以下の4件です.

河田雄次氏と小早川周司氏による「分散型台帳技術の応用に向けて─中央銀行の決済システムからみた特徴と課題─」では,日本銀行と欧州中央銀行が共同で進めている「プロジェクト・ステラ」の概要を紹介し,中央銀行が提供する資金・証券の決済サービスに対して分散台帳技術を適用した場合の可能性や課題について考察を行っています.

近藤真史氏による「証券業界におけるブロックチェーンの活用に向けた検討とオープンイノベーションの推進」は,証券取引ポストトレード処理の一部である約定照合業務にブロックチェーンを適用したプロジェクトについて紹介しています.また当プロジェクトを含む,日本取引所グループのブロックチェーン関係の取り組みの概要や,複数企業の連携による業界横断型のオープンイノベーションを推進するための工夫について紹介しています.

金子雄介氏らによる「貿易実務のブロックチェーン利用,実践と課題」は,物流・保険などと共同で行った貿易業務へのブロックチェーン適用の実証実験を行い,スマート・コントラクトによる貿易処理の自動化,銀行APIなどを利用した他システムとの連携,貿易取引の時間短縮などの実効果,などの検証結果を報告しています.また,技術面だけでなく,ガバナンスや収益モデル,法令遵守などのビジネス面の課題についても考察を行っています.

尾根田倫太郎氏らによる「ブロックチェーン基盤ソフトウェア性能検証─Hyperledger Fabric, Quorum,Ethereumの横串比較─」では,既存の多様なブロックチェーン基盤ソフトウェアの特性を見極め,業務特性ごとにどのように使い分けるべきかという観点を整理するために,各ソフトウェアの内部アーキテクチャの調査や性能の検証を行った結果を紹介しています.

フィンテックに関する招待論文は以下の2件です.

河本敏孝氏,高木敏伸氏,國武祐一郎氏による「<みずほ>APIの拡充について─APIプラットフォーム基盤の構築を目指して─」では,フィンテック企業などとの連携によるオープンイノベーションの推進を目的とし,金融機関の主要な機能を外部呼び出し可能なAPIとして公開する取り組みについて紹介しています.

鬼頭武嗣氏による「クラウドファンディングプラットフォームを用いた資本市場における課題解決の実践的取り組み」では,資金調達者と出資者を直接結びつける,P2P型のクラウドファンディング・プラットフォームの事例を紹介しています.

これらの招待論文に加えて,2019年3月16日に福岡で開催された情報処理学会第81回全国大会で行われたパネルディスカッションでの議論を,座談会記事の形式で掲載しています.このパネルディスカッションではブロックチェーンにフォーカスし,招待論文の筆者である小早川周司氏,近藤真史氏,金子雄介氏,尾根田倫太郎氏にそれぞれの招待論文の概要についてのご講演をいただいた後に,会場からの質疑応答に答える形で,ブロックチェーン技術の可能性や課題についての議論を行っています.

また,以下2本の投稿論文を採録しました.

竹内広宜氏らによる「金融機関におけるAI実践プロジェクトの分析とプロジェクト管理への活用」ではAI技術を適用したプロジェクトの準備状況をモデル化し,このモデルを用いてプロジェクトの評価や比較分析を行うことで,プロジェクトの成功要因を同定したり,システム全体の評価を行う手法を提案しています.また,この手法を金融機関の実プロジェクトへ適用した結果を報告しています.

本橋智光氏らによる「ディジタル医療の開発とブロックチェーンの医療応用」では,医療分野における課題やブロックチェーン応用の現状について概観するとともに,スマートフォン上のアプリケーションからブロックチェーンにアクセスする場合の,運用コストや安全性を考慮したアーキテクチャを提案しています.

3.おわりに

フィンテックやブロックチェーンが世界に登場してから,すでに10年以上が経過しました.特に近年は,さまざまなフィンテックサービスが実用化されて,より身近なものになっています.ブロックチェーンに関しても産業界における取り組みが多く行われており,実証実験を行う段階から,実用化を進める段階に移行しつつあります.

フィンテックやブロックチェーンに関する業界の動向は非常に変化が早く,関連するニュースが紙面を賑わせない日はないといっても過言ではないほどです.一方で,多くの技術がスタートアップ企業などの小規模な取り組みから生まれてきたこともあり,学術的な研究結果がビジネスに活かされているかというと,必ずしもそうとは言えません.また一方で, 業界におけるさまざまな先進的な試みやビジネスモデルが,学術界においてあまり知られていない傾向もあります.本特集号が,産業界と学術界の連携を促進する一助になることを願います.

 

吉濱佐知子(正会員)sachikoy@jp.ibm.com

2001年より米IBMのワトソン研究所で勤務.2003年に日本IBM東京基礎研究所に入社し情報セキュリティ関連の研究に携わる.2012年上海IBM Global Labsにて新興国向け研究戦略担当.現在はブロックチェーン技術を活用したインダストリー・ソリューションやツール,フィンテック技術の研究開発を担当.本会シニア会員,ACM会員,IEEE会員.2010年横浜国立大学環境情報学府より博士(情報学).

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