デジタルプラクティス Vol.10 No.3 (July 2019)

ブロックチェーンによるイノベーションの展望と課題

パネリスト 近藤 真史 ((株)日本取引所グループ 総合企画部 フィンテック推進室) 
                   小早川 周司 (明治大学 政治経済学部)
                   金子 雄介 (三井住友フィナンシャルグループ ITイノベーション推進部)
                   尾根田 倫太郎 (三菱UFJインフォメーションテクノロジー(株) ITプロデュース部)
モデレータ 吉濱 佐知子(日本アイ・ビー・エム(株) 東京基礎研究所) 

2019年3月16日に行われた情報処理学会 第81回全国大会の「ブロックチェーンによるイノベーションの展望と課題 ─デジタルプラクティスライブ─」におけるパネル討論の内容を記録したものです.

近藤真史氏
近藤真史氏 ((株)日本取引所グループ 総合企画部 フィンテック推進室 調査役)
慶應義塾大学理工学研究科を2008年に修了後(修士),(株)東京証券取引所グループ(現(株)日本取引所グループ)に入社.IT開発部において高速売買システムarrowheadの開発等を担当したのち,2015年より総合企画部フィンテック推進室にて,証券市場におけるブロックチェーンおよび人工知能の活用検討に従事.証券市場に対するブロックチェーン適用時の課題等について,ワーキングペーパーの執筆や国内外で講演等を実施.
小早川周司氏
小早川周司氏 (明治大学 政治経済学部 専任教授)
一橋大学経済学部,英オクスフォード大学大学院経済学博士課程修了(D.Phil),日本銀行調査統計局経済統計課長,企画局参事役,決済機構局参事役等を経て,2019年4月より現職.日本銀行在職中は,国際決済銀行の決済・市場インフラ委員会傘下の各種部会メンバとして,中央銀行デジタル通貨や分散型台帳技術に関する報告書の執筆等を担当.
金子雄介氏
金子雄介氏 (三井住友フィナンシャルグループ ITイノベーション推進部 部長代理)
2005年(株)日本総合研究所入社.2007年より新技術のR&Dおよび導入に従事.2011年より三井住友フィナンシャルグループを兼務.2015年より現職.ブロックチェーン等の技術を用いた金融サービスの企画および開発に従事.(公財)金融情報システムセンター(FISC)「金融機関におけるブロックチェーンに関するワーキンググループ」委員を歴任.

尾根田倫太郎氏
尾根田倫太郎氏 (三菱UFJインフォメーションテクノロジー(株) ITプロデュース部 調査役)
2011年〜MUFG向けの行内クラウド基盤の設計・開発に従事.2016年〜社内の研究開発部門(ITプロデュース部)にて,ブロックチェーンやビッグデータ技術に関する研究開発を担当.
モデレータ:吉濱佐知子氏
モデレータ:吉濱佐知子氏 (日本アイ・ビー・エム(株) 東京基礎研究所 FSS&ブロックチェーン・ソリューション 部長)
2001年より米IBMのワトソン研究所で勤務.2003年に日本IBM東京基礎研究所に入社し情報セキュリティ関連の研究に携わる.2012年上海IBM Global Labsにて新興国向け研究戦略担当.現在はブロックチェーン技術を活用したインダストリー・ソリューションやツール,フィンテック技術の研究開発を担当.ACM会員,IEEE会員,本会シニア会員.2010年横浜国立大学環境情報学府より博士(情報学).

本パネル討論は,以下の講演に引き続いて行われたものです.

  • (1)証券業界におけるブロックチェーンの活用に向けた取り組み状況(近藤真史)
  • (2)分散型台帳技術の応用に向けて:中央銀行の決済システムからみた特徴と課題(小早川周司)
  • (3)貿易実務におけるブロックチェーン利用の実践と課題(金子雄介)
  • (4)ブロックチェーン基盤ソフトウェアの性能検証結果について(尾根田倫太郎)

それぞれの講演の内容については,本特集号掲載の論文を参照ください.

吉濱 パネリストの皆さまにはご登壇お願いいたします.駆け足で4件のご講演をいただいたわけですけれども,最初に会場の皆さまから,これまでのご講演の内容,またはそれ以外でもかまいませんが,ご質問等ございますでしょうか.

質問者1 大変面白いご講演をありがとうございました.私はいわゆるトランザクション処理を研究しております.我々の論文レベルでも,毎秒100万トランザクションぐらいの性能は普通に出る感じです.お伺いしたいのは,ブロックチェーンのように,性能にかなりの犠牲を払っても非常に魅力的なアプリケーションフィールドがこれからもあるという理解でよろしいでしょうか.

尾根田 トランザクションという分野については,おそらく改ざん防止耐性とか,データを同期するときに,隣のデータベースサーバの言っていることが嘘であるかどうか証明するというような機能はないものと思います.そういった領域では,秒間100万件とか,10万件を達成できるのは皆さんよくご存知の通りです.けれど,おっしゃるように,言っていることがほとんど正しくて相手を信用しない,または,相手と対立関係にあるのだけれどもシステムは共同化する,というようなユースケースは魅力的で,性能を犠牲にしてでも使いたいユースケースではなかろうかと思います.

質問者1 どうもありがとうございました.もう1点お願いします.先ほどのお話はシステムが停止する障害の話だったのですけれども,おっしゃるところはビザンチン障害なわけですよね.そうするとビザンチン障害の中で,我々のような地味な古いトランザクションをやっている人間はどういった技術をやっていくと皆さんのお役に立てるのか,この技術をやれという,アドバイスをいただきたいと思います.

尾根田 まず,ビザンチン障害(への対処)が必要なアプリケーションというのと,単純にデータ同期を速くしたい,それも結果整合性ではなくて完全な同期がなされていくことが必要なアプリケーションというのと,2つの軸があると思っています.ビザンチン障害の世界になると,まさにブロックチェーンの世界になってしまうので,トランザクションの処理という話から遠くなってしまいます.けれども,分散トランザクション問題としては,多地点にデータベースがあって,それらを完全同期で各社間で遠隔地更新するというようなGoogle Cloud Spannerのような課題に貢献いただけると非常にありがたく思います.

質問者2 ご講演どうもありがとうございました.特に近藤さんのご講演で紹介されたように,いろいろな企業の方が集まって,一緒にディスカッションする,そういうオープンイノベーションは,これからどんどん広がっていくと思います.けれども,プロパテントな会社にいると,思いがけなく非常に良いアイディアが生まれてしまった,そういうときのIP(知的財産)はどうするのだろうということが気になってしまいます.その点は事前に議論した上でやられているということなのでしょうか.

近藤 まずは,各社の機密情報は持ち込まないでくださいね,という前提でスタートしているのですが,次のステップでは具体的な開発にも入っていかないといけない.そのためには,ジョイントベンチャーみたいなものをつくるのが現実的なのではないかと見込んでいます.実際,海外でブロックチェーンをビジネスに活用する場合には,大体,ジョイントベンチャーをつくって,そこで開発とソフトウェアの管理をやっている事例が多いです.

この段階までくると,ブロックチェーンを使わないでも実はよかったりするのですね(笑).ジョイントベンチャーが中央でサーバを立てて,そこでアプリケーションを動かしてもいいのですが,「鶏と卵」みたいなところがあって,ブロックチェーンのブームなしでここまでたどり着けただろうかというと,やはり相当難しかったと思います.

発表の中では,そういう意味で,ブロックチェーンのブームが,オープンイノベーションやコラボレーションを牽引していると申し上げました.ちょうど,ディープラーニングが第3次人工知能ブームをスタートさせたのと同じだと思います.

コンソーシアム型のブロックチェーンは,分散データベースにプラスおまけみたいな機能で,別に特段新しいものではないという声もありますが,ある調査によると,AIスタートアップの4割は人工知能を使っていないとか(笑).あるいは,昔からある決定木やSVMでいいじゃないみたいな課題に対して,今やっと金融機関が機械学習を使い始めておりまして,技術が開発されても実務界やビジネス界はすぐには取り込めないのです.ですから,こういう機会に,少し古い技術も含めて,ビジネスサイドにご提案いただけると,特に枯れた技術の方が使い始めやすいので,そういったところは産学連携のヒントにもなるのではないかと思っています.

金子 私どもSMBCグループも,産学連携はブロックチェーンに限らず,人工知能もデータサイエンスもいろいろ実施しています.共同で特許を出願するケースもいくつかありますが,知的財産は基本的にイーブンで取り組む方針で進めています.

また,「きっかけがないとやらなかったよね」というのは,近藤さんのおっしゃる通りです.人工知能とかブロックチェーンとか,そういうキーワードが世の中を活性化して,民間企業にも予算がついて取り組みやすくなった,というのはあります.我々が,ここに座っていられるのも,そういう企業の後押しがあってというのがあると思います.

実験してみて,「ブロックチェーンを使わなくてもいいということが分かりました」とか「こんなことが分かりました」というのはありますが,ここからが勝負だと思っています.代替策は従来ある技術でもいいのですが,何を使うと今のそのピンポイントの課題を解決できるのかが問題になります.すでに10年前,20年前に情報処理学会の全国大会で発表されたものでもいいのですが,そういうものでうまくはまるものがあったら使っていきたいと考えています.

質問者3 お話を聞いていて,データベースの概念なのか,本当のブロックチェーンの概念なのか,何がブロックチェーンか,ちょっと分からなくなってきました.たとえば,ブロックチェーンで本当にそこまでトランザクションをやるのかということ.応用は分かるのですが,そもそも何ですかということが分かりません.

吉濱 ブロックチェーンではなくて,データベースなのではないかというご指摘ですね.近藤さんのご講演でもその点について触れられたと思いますが,いかがでしょうか.

近藤 混乱されるのはおっしゃる通りかと思います.ブロックチェーン,あるいは分散台帳技術は,いくつかの技術要素の組合せで成り立っています.たとえば,分散データベースであったり,ピア・ツー・ピアであったり,暗号技術であったり,また,スマートコントラクトという概念であるとか,いわゆる狭義のブロックチェーンとしてデータのハッシュ値を時系列状につないでいくハッシュチェーンがあります.現在,産業界でブロックチェーンの取り組みと言っているものの中には,そのうちの一部だけに着目しているものも確かにあります.分散データベース的なものだけを使っているようなユースケースもあるかもしれない.また,ブロックチェーンの基盤ソフトウェアの分類の中には「ノンブロックチェーン」というカテゴリがあるのですね(笑).正確に申し上げると,ハッシュチェーンを使っていないブロックチェーン(分散台帳技術)もある.定義が広くなりすぎてしまっているというのは間違いなくあると思います.

現状,技術的な意味でエポックメーキングなのは,非中央集権的にビットコインという仕組みを動かしている当初のブロックチェーンだとは私も思っています.仮にビットコインがもっと広く市民権を得て,だれも中央で管理していないインフラ上に記録されているビットコインというものが世界共通の通貨になる,という世界ができるのではないかという期待は,当初のブロックチェーンの議論としてはあります.ただし,今後どうなっていくかというと,ハイプの谷を越えて過剰だった期待がどんどん下火になってくるとか,そういう可能性もあると思います.

一方で,今日ご紹介したようなコンソーシアム型の事例は,当初のブロックチェーンのコンセプトにインスパイアされて,長年放置されてきた業界横断的な課題を解決していこうという取り組みであり,これ自体は当初のブロックチェーンの浮き沈みとはもう関係なく,今後も進んでいくのではないのかと考えています.

小早川 パブリック型のブロックチェーン技術に携わっておられる方々から見ると,内外の主要中央銀行が進めているプロジェクトは,この技術の本来の趣旨からは,やや外れる取り組みと見られているのではないかと思うことがあります.すなわち,ブロックチェーン技術の応用可能性を検討するという目的で進めているのですが,技術者の方々から見ると,プライベート型,コンソーシアム型の技術では認証局等の信頼される第三者の存在が仮定されていることがあり,こうした主体に依存しないスキームの構築を目指すパブリック型とは根本的に相容れないものがあると考えられているのかもしれません.こうした中で,現状の金融インフラを前提としてブロックチェーン技術を応用しようとしても,そこから本当にエポックメーキングなものが出てくるかというと,それは難しいものがあるのではないかという印象を持たれているのかもしれません.今後は,既存の概念を取り払ってゼロベースで考えていかないと,この技術を使った付加価値を見出すことが難しいというように思うこともあります.

吉濱 ブロックチェーンを持たないブロックチェーンの話が出ていましたが,代表的なものでよく知られているのは,先ほどの尾根田さまの比較検証の中でも触れられている,R3のCordaというものがあります.尾根田さまはデータベースにもお詳しく,ブロックチェーンではないブロックチェーンも含めていろいろ検証されているという立場で,何か技術的な観点からコメントをいただけますか.

尾根田 まずブロックチェーンという言葉と分散台帳という言葉とデータベースという言葉,これらはISOの規格のようなものではなくて概念なので,明確な定義がありません.ただ,一般的に皆さんが共通認識として持っている概念で言うと,まず分散台帳技術とブロックチェーンの言葉の違いは,バリデーションするかしないかです.データを全体で同期するというのは同じなのですけれども,そのデータを信用しないのがブロックチェーンで,信用して受け取ってしまうのが分散台帳技術です.それで分散台帳技術とデータベースというのはほとんどイコールです.ただ,分散台帳技術というと,二重取引防止とか,スマートコントラクトとか,データベースに機能を追加したものを言います.その点で言うと,Cordaは,ブロックチェーンではなく,分散台帳技術に分類されますし,なんとHyperledger Fabricも相手のトランザクションを検証しないでキーバリューストアを全面的に信用したりもしますので,厳密に言うと分散台帳技術に分類されるというように私は考えています.

質問者3 アプリケーション,上位レベルから実装の方まで,いろいろありがとうございました.私は専門がハードウェア設計とかFPGA設計なので,下流というか実装の方に興味があります.アプリケーションによって,スループット等さまざまな性能指標があると思いますが,最大でどれぐらいのトランザクションがこなせると嬉しいのか教えていただきたいと思います.

吉濱 証券取引から順番にご回答お願いします.

近藤 証券取引では,取引所で行われる売買はものすごいハイトランザクションになっています.ピーク時には秒間で何万件という注文を処理して,新規に来たり,取り消されたり,値段が変更されたりします.ここの分野は性能的にブロックチェーンを使うのは難しいと考えており,分散的にやる必要はないでしょう.

一方で,ポストトレードの部分,今回ご説明した照合ですとか,日本銀行の決済のようなものは,そこまで即時性が求められません.一瞬,ピークが発生してトランザクションが滞留しても,ワンテンポ後で処理できればいい分野ですので,秒間,100件から数100件処理できるものがあれば,十分に対応できると考えております.

小早川 中央銀行の資金決済システムの場合,年度末の午前に取引件数のピークが来る傾向が見られます.もっとも,証券取引所の処理件数とは異なりその時点でも秒間せいぜい40~50件程度です.これは,中央銀行が処理するホールセール決済の特徴として,1件ごとの決済金額はきわめて大きいのですが,処理件数はさほど多くないことによるものです.そういう意味では,性能面での要求水準に関するハードルは高くない可能性があります.

金子 貿易は1秒あたり何件もの取引を処理する必要はありません.世の中のシステムは,秒あたり何万件もの取引が発生するものもあれば,1分に1件発生するかしないかだけれども何重ものチェックが必要であるなど,データの種類によって変わってきます.日本銀行の中での銀行対銀行の取引のように,何十億,何百億円という金額が1件で動くものもあれば,一般消費者がコンビニでお茶を1本買ったので108円が引き落とされるというような小口の取引がたくさん発生するものもあります.そのいろいろな性質のデータに対して,その信頼点を誰かに任せていいのか,1つの信頼点だけでなく皆でチェックすべきものなのかというように,データの性質に合わせて使う道具も変わると思います.

質問者4 ハードウェア実装よりの細かい話になってしまいますが続けてお願いします.最大だと秒間1万件ということですが,安価に高速化するためにたとえばAmazonのサーバでFPGAを使うとなった場合に,オープンソースで多数のブロックチェーン基盤があるうちの,どれをベースに高速化の研究をするといいかというヒントがいただけるとありがたいです.私はC言語と,C++言語からハードウェアを自動生成する研究をやっているので,それで高速化してベンチマークにできたら研究として嬉しいなと考えています.

尾根田 ブロックチェーンを高速化するときに必要な点が2つあると思っています.時間がかかっている処理として,まず,暗号化・復号化処理があります.もう1つは,復号化と同じですが,バリデーション処理,来たトランザクションのハッシュ値とデータ部が同じかどうかというのをチェックする処理です.これが先ほどのスループットの遅さというところにつながっています.したがって,FPGAを活用するとしたら,バリデーション処理,暗号化・復号化処理といったところで活用いただくとすごく貢献できると思います.

そのとき,どのブロックチェーン基盤ソフトウェアがフィットしているかという点では,CordaはJavaなので遠いのですが,C言語でモジュールをつくって繋げてもいいのではないかと思います.一番近いのは,プラットフォームがGo言語で実装されているHyperledger Fabricかもしれません.けれども,どのブロックチェーン基盤ソフトウェアも,実はまだSSEとかAVX等のCPUの拡張命令セットすらあまり活用できていないのが現状ですので,ほとんどのブロックチェーンの基盤ソフトウェアで高速化という余地はかなりまだ残されていると思っています.

吉濱 ありがとうございます.実は私の方でもいくつか質問を用意してきたのですが,皆さまに非常に活発にご質問をいただいたおかげで(笑),カバーする時間はわずかになってしまいました.

質問というのは,①ブロックチェーンは革命的な技術である一方で,ハイプカーブを超えて幻滅期に入ったとも言われているが,普及を拒んでいるものは何か,②海外はどうなのか,③ブロックチェーン基盤が乱立しているが技術開発の焦点はどこにあるか,そして,④各社はどこに力を入れているか,ということをお聞きしたいと思っていました.

皆さまには,このあたりを入り交えつつ,ブロックチェーン技術の今後の展望とか,特に今回パネリストの皆様は金融界でご活躍なので,情報処理学会の学術関係の方にむけて,産学連携に対する期待など,2~3分ずつコメントをいただければと思います.

近藤 ありがとうございます.私が今,取り組んでいるプロジェクトに関して申しますと,コンソーシアム型のブロックチェーンは,今日も説明したように,技術的な部分よりは,企業対企業のビジネス面での意思決定に入った段階です.また,東京証券取引所では,ブロックチェーン以外にもフィンテックという文脈の中で人工知能の活用も行っていますが,その中の1つに,上場会社が投資家向けに行う適時開示,決算発表とか,取締役が変わるとか,そういった情報をもっと利用しやすくしたいという自然言語処理の取り組みがあります.上場会社でも英語で情報を出している会社がまだ少ないので,そこに機械翻訳を使えないかという研究もやっています.ちょうど今週,名古屋で言語処理学会があり同僚が研究成果を発表しています.大規模なコーパスを自前で構築しており,今後,それを公表したり,どこかのワークショップに出すようなことも考えています.証券業界内のいろいろな課題を積極的に発信しておりますので,それに対する技術発展ですとか,解決のご提案をぜひともいただきたいと思っております.

吉濱 JPX様としては自社ですべての問題を解決するというよりも,研究者の方が使いやすいデータを整備したり,課題を提示することで研究開発を促進されようとしているということですね.

小早川 先ほどのプレゼンでもお話ししたように,技術を見ていく上で,スピードやスループットという視点から検討されるのは重要だと思います.その一方で,安全性をどう評価するかという視点も重要になります.特に中央銀行が管理・運営する決済システムについていえば,一国の金融・経済の心臓部を扱っていることもあり,新しい技術を導入するにあたっては,本当にこれは安全なのかという点がとても重要になります.要は,一営業日平均で140兆円の決済を扱っている世界では,技術の堅牢性(英語で言うとrobustnessとか,resiliencyと言いますが)をしっかりと確立していくかというのはきわめて関心の高いテーマです.

そういう意味では,最近,スピードを一段と高めるために,lightening networkのような技術も進んでいるようで,個人的にはパフォーマンスを向上する上では素晴らしい技術なのだろうと思います.ただ,取引処理をオフチェーン化するということは,取引の実態が分かりにくくなってしまい,結果として犯罪に使われたり,匿名化の技術を逆手に取った非合法取引が増えてしまうようになると,これはリスク管理の面からは問題視されるべき点とも言えます.オフチェーン化の技術に対しても,どういう形でトレーサビリティを高めていくことができるのか.門外漢の私が回答を持ち合わせているわけではありませんが,学会の皆さま方に,いろいろとご知見などを披露していただくと,高いコンプライアンスが求められる金融界としてもありがたいと思っています.

吉濱 ありがとうございます.では,金子さま.

金子 産業界としては,ブロックチェーンは合意形成アルゴリズムのユニークさによって,何か新しいビジネスや新しい社会実装で,世の中を良くしていけるのではないかと考えています.

ただ,この合意形成アルゴリズムが実世界に行くと,会社の中での合意形成アルゴリズム,会社対会社の合意形成アルゴリズムとなります.ブロックチェーンのプロジェクトでは,たとえばJPXの場合,数十社もの企業が参加します.どこか1社に任せた方が楽なのですが,それでも皆で,ブロックチェーンのプロジェクトを進めるための合意形成を取っていく.実務ではそういう泥臭いことがあります.

また,実際に1つのビジネスに適用していく上では,情報処理のほかにも,行動経済学や法制度などさまざまな学際的な領域が必要になってくるのを痛感しています.したがって,情報処理学会だけではなく,いろいろな学会,いろいろな立場の人たちと一緒に,ブロックチェーンを使って新しい世の中をデザインしていけたらと思っています.

吉濱 尾根田さまには,ぜひ,技術開発において今どのあたりが盛り上がっているかという話も盛り込んでいただけるとありがたいと思います.

尾根田 当社として産学連携に期待することは2点あります.1点目が,先ほど私がご説明したような,技術がこう使える,ここは使えないというところは研究に似ていると思います.既存の手法をちゃんと分析して,どういう課題があって,その課題を解決するために,自分の新しい手法があるというのがまさに研究論文だと思っています.したがって,さまざまなブロックチェーン基盤ソフトウェア,DLT(分散台帳)ソフトウェアがある中で,ここが良くなくて,こう改善すべきだという案出しと改良について,ぜひ皆さまと一緒に研究していきたいと思っています.

2点目は,ブロックチェーンはパブリックでは徐々に使われていくと思うのですが,企業間では,分散台帳でいいのではないか,分散データベースでいいのではないかという話が年々盛り上がっています.そうなったときに,一方でジョイントベンチャーみたいなものをつくって1カ所でデータ更新するというのは案としてあるのですけれども,他方,会社間でコンソーシアムを組む案もあって,その際に必要になるのが分散トランザクション問題の解決になります.具体的には,複数拠点にあるデータベースをどう正確に同期して更新できるか,さらにどこか1点で問題が起きたときに,全体をどう正確にロールバックするかという問題になります.ここはかなり学術的な知見が必要になるので,産学連携で一緒に考えながら適用していくというのもぜひやらせていただきたいと思っています.

当社だけかもしれないですが,まだ産学連携ができていないので,先ほどの2点,既存の手法に対してものを申すというのと,分散トランザクション問題を解決するというところにご知見がある方がいれば,今日,名刺交換させていただきたいと思っています(笑).

分散台帳技術は,今はまだ,業務要件をいかに実装するかというところにフォーカスがあたっている状態ですので,性能向上というところに皆さんチャンスがあるかなと思います.また,分散トランザクション問題,機能要件としてのデータベースの整合性もなかなか解決しない問題ですので,活躍の場は多いと思っています.

吉濱 ありがとうございます.そうなのですね,ブロックチェーンというのは,よくデータベースと言われるのですけれども,トランザクションシステムなのですね.分散型でそのトランザクションを正しく処理できるということを,中央集権的な管理者なしにできるとか,その中にちょっと悪い振る舞いをするビザンチン障害の人がいても,安全に合意を取れるとか,そういうところが,普通のデータベースとの違いかなと思います.特に,たとえば,大規模災害でノードの大半が死んだらどうなるのかというような現実的な課題をいろいろ考えたときに,本当に安全な合意システムができているのかという部分にはまだまだ研究の余地があると思います.今日いらっしゃっている方々の中にデータベースを研究されている方,トランザクションシステムを研究されている方,きっと多数いらっしゃるのではないかと思います.ぜひ尾根田さんと名刺交換するだけではなく(笑),活発な今後の研究に役立てていただけますようお願いいたします.

あと2分ぐらいあります.最後に何かご質問がある方はいらっしゃいますか.

質問者5 ブロックチェーンや分散台帳は,IoT向けにも注目されていますが,そういう用途で何か考えていることがあったら教えてください.

金子 貿易の件では,IoTのセンサを使って情報を取得しましたが,ブロックチェーンに書き込むデータが正しくないと,ブロックチェーンに書いたあとそれを改ざんできませんといくら言っても何ら意味がないわけです.いかに信頼できる生データを引っ張ってこられるのかという点にIoTの重要性があるのではないでしょうか.

ある故障したIoTセンサからバグった情報ばかり上がってきて,それがブロックチェーンに書かれてもナンセンスなので,今度はIoTセンサ同士のコンセンサスをどう取るかというような広がりが出てくると思います.つまり,正しいデータをリアルタイムに取ってくるところが大切で,そこでIoTとブロックチェーンの融合が活かせると考えています.

吉濱 ではちょうどお時間になりましたので,本セッションはこちらで終了させていただきたいと思います.どうもありがとうございました.(拍手)

左から:吉濱佐知子氏,近藤真史氏,小早川周司氏,金子雄介氏,尾根田倫太郎氏
左から:吉濱佐知子氏,近藤真史氏,小早川周司氏,金子雄介氏,尾根田倫太郎氏

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