2020年に開催される東京オリンピックに向けて観光分野における経済効果を最大化する取り組みが盛んに行われている.観光分野においては多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントの総称としてMICEというキーワードが使われている.これは,企業等の会議(Meeting),企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行:Incentive Travel),国際機関・団体や学会等が行う国際会議(Convention),展示会・見本市やイベント(Exhibition/Event)の頭文字を合わせた頭字語である[1].その一環として,国際会議や各種イベントへの来場者をターゲットとしたサービスが注目を集めている.
本稿では,特にMICEのうち展示会等で来場者に対して見学支援を行うシステムに関して述べる.筆者らは観光客をターゲットとし,スマートフォンを活用した画像認識による案内情報提示[2]や,利用者の状況に応じた時空間予測による情報ナビゲーション提示[3],プロジェクションマッピングやサイネージ端末等のIoTを活用した施設案内情報提示[4],さらには自然言語処理技術による情報提示[5][6]に関する技術的検討と開発を進めてきた.展示見学支援サービスでは,来場者の体験や満足度を向上させることが重要であることから,まず企業展示会のアンケート結果と他の既存システムから満足度向上につながる課題を洗い出し,その課題を解決するために設計・構築した,上記AI技術を統合した次世代展示見学支援システムについて述べる.さらに,有用性を確認するために行った実イベントにおける実証実験の結果を分析する.
以降では,第2章で,展示見学支援サービスおける従来研究と課題を示す.第3章では課題に対する提案システムの概要を示す.第4章では提案するスマートフォンアプリ,第5章では展示会場に設置した会場内サイネージおよび会場内プロジェクションに関して記述する.第6章では実証実験を示し,第7章に実験結果をまとめ,アプリ各機能の利用回数割合に関する考察を述べる.最後に,第8章でまとめと今後の課題に関して記述する.
近年では,開催される展示会等にあわせて専用のスマートフォンアプリが公開されるようになってきた.たとえば,2015年に開催されたWeb関連の技術総会であるW3C TPAC向けにアプリが公開された[7].また,毎年アメリカで行われる大規模イベントであるSXSWでも2014年頃より専用アプリが公開されている[8].筆者らも企業展示会であるNTT R&Dフォーラム2016でアプリを公開した[9][10].これらのアプリでは,イベントのために作られたホームページ上の情報や会場の状況を,移動中や会場でもスマートフォンの画面をタッチ操作するだけで簡単に閲覧できるように設計・実装されていた.しかし,単に情報へのアクセス性を向上するだけでは不十分である.たとえば,前述のNTTR&Dフォーラム2016では来場者から以下のようなアンケート回答があった.
つまり,アプリから情報を入手できることで展示の見学計画を立てることが容易になったとしても,現実の会場の混雑状況やスケジュールを考慮しなければ,その計画の実行可能性に支障が出てしまうことが分かる.
さらに,今までのアプリはスマートフォンの操作に制約が生じることを想定して設計されていない.たとえば,以下の来場者アンケートから,会場が混雑している場合にはアプリ利用時にも情報取得を容易にする必要があることが分かる.
以上の不満から,次の2つの課題があることが分かる.
「混雑会場における情報取得方法の不満」からは,混雑した場所や展示物から離れた場所でも,その展示物に関する説明が容易に得られる必要があることが分かる.
これに関する従来研究としては,博物館のガイドを目的としたスマートフォン用のミュージアム展示ガイドアプリ「ポケット学芸員」がある[11].このアプリでは,展示物の周辺に書かれた展示番号を入力すれば,その展示ガイドを聞くことができる.また,iPadを用いた博物館ガイドシステムも検討されている[12].このシステムでは,iPad上のマップで展示パネルの番号を選択すると,その展示物に関する情報が表示される.
提案システムでは,展示番号等の入力よりも簡単な展示物の指定方法を用いるとともに,説明員の代わりに来場者の質問にも自然言語で返答可能な手法を検討する.
「展示見学に関する不満」からは,会場の混雑状況を考慮して,どのような順序で見学すればよいかについて支援する必要があることが分かる.
従来研究としては,来場者の見学履歴に基づいて次に訪問する展示を推薦する展示ガイドシステムubiNEXTがある[13].筆者らもNTT R&Dフォーラム2016の時点で,すでに会場地図上に混雑度合いや,Wi-Fiの電波強度を表示するアプリを提供していた[9][10][14]が,アンケートの分析結果から,必ずしも有効に活用されていたとはいえなかった.
そこで,提案システムでは,さらにユーザの利便性を考慮して,来場者の興味だけでなく会場の混雑状況を加味した見学順序を提示する手法を検討する.
第2章で示した2つの課題を踏まえて,NTT R&Dフォーラム2017に向けて次世代展示見学支援システムの設計・構築を行った.図1に提案システムの概要を示す.
提案システムは,来場者のスマートフォンにインストールして用いるアプリと,会場に設置されたサイネージ端末(会場内サイネージ)およびプロジェクタ(会場内プロジェクション)に大きく分類できる.
アプリは,展示会の来場者が自分のスマートフォンにダウンロード・インストールして利用する.これには,展示会で一般的に必要とされる展示物の一覧情報や詳細情報等を提示する機能に加えて,第2章で述べた課題を解決するために,以下の機能を実現した.
なお,アプリは,各展示物付近および廊下,下記の会場内サイネージ等に設置されたBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコン(以下,ビーコン)により,そのアプリを使っている来場者の位置情報を取得できる.会場内サイネージは,アプリを使っている来場者が近づくと,その来場者に適した案内情報を提示する(図1右上).また,会場内プロジェクションは,アプリから得られた各来場者の位置情報から,各会場の混雑状況および案内情報をプロジェクタで壁面に投影する(図1右下).
第2章で述べた課題と各機能の関係を表1に示す.課題(1)には,アプリの「かざして案内」および「ボット説明員」が,課題(2)には,アプリの「混雑回避ナビ」と「会場内サイネージ」および「会場内プロジェクション」が対応する.
なお,実証実験では,各機能に関する来場者の満足度向上を目的として,他展示会等で得られた類似機能の実績値を参考に,それを上回るように,以下の数値目標を設定した.
アプリを起動すると図1の左に示すトップ画面が表示される.また,アプリは周囲のビーコンIDを読み取り,最も大きい受信電力のものを1分ごとにクラウド上に送信する(ただし,後述するサイネージ端末に設置されたビーコンIDの場合は即座に送信する).これにより,後述する混雑回避ナビにおいて,各来場者の位置を特定することで会場内の混雑状況が把握可能となる.ビーコンは各展示ブース毎に設置しており,混雑状況は展示ブースの配置された粒度で判別可能である.
なお,アプリ初回起動時に,ニックネームの入力とアバターアイコンの選択を行う.この名前とアバターアイコンは,後述するサイネージ端末によるおすすめルートの提示に使用する. アプリの各機能に関して,以下に説明する.
第2章に示した課題(2)に対して,展示会場における混雑および来場者の興味を考慮して展示物の見学順を提示する「混雑回避ナビ」機能を実装した.図2に「混雑回避ナビ」の画面フローを示す.本機能の特徴は,来場者の興味と訪問先までの距離,そして現在と近未来における会場の混雑度予測をもとに,おすすめのルートを推薦することである.これにより,来場者の円滑な展示見学支援および混雑緩和効果が期待される.本機能は,従来研究開発してきた3つのAI技術である混雑予測技術[15],訪問先予測技術[16],制約条件下最適化技術[17]を組み合わせて実現した.特に混雑予測技術に関しては,長期間蓄積したデータがなくても,当日に取得した直近のビーコンデータから20分先の混雑予測が可能であり,今回のような期間限定の展示会である非常設イベントにも適用可能である.なお,後述する実証実験では来場者の検知漏れがないように,展示会場の任意の場所でいずれかの電波を受信できるようにビーコンを配置した.
次に,「混雑回避ナビ」の画面フローに関して説明する.図2に示すように,図1に示すトップ画面から「混雑回避ナビ」を選択すると,展示カテゴリ一覧が表示される.来場者はこの中から興味があるカテゴリにチェックを入れて,「ルート作成」ボタンを押下する.その後,混雑予測技術を用いて,画面上部に現在および5~20分後に予測される混雑度合いをグラデーションで表示する会場地図(混雑マップ)が表示される.また,訪問先推薦機能により,前画面でチェックされたカテゴリを「興味」入力として,来場者の位置情報および混雑状況,すでに訪問した展示履歴を考慮したおすすめの展示見学ルートを画面下部に提示する.
第2章に示した課題(1)に対して,展示会場において容易に展示情報にアクセスする手段として「かざして案内」機能を実装した.図3に「かざして案内」の画面フローを示す.本機能の特徴は,展示物に関するパネルや動画等を撮影すると,認識技術を利用してそれらを認識し,対象物に関する詳細情報を提示することである.これにより,混雑した会場でガイドブックを開く必要がなくなり,来場者が容易に展示情報をスマートフォンで確認可能となるので満足度向上が期待される.
本機能は,物体認識を目的としたAI技術である「ユニバーサルオブジェクト認識技術」[18]を用いて実現した.この技術は,認識対象物が立体物や,紙の印刷物,モニタに表示される動画等であっても,「アングルフリー物体検索技術」[19]や「モバイル電子透かし技術」[20]等の各種認識技術を連携させることにより,来場者に認識手段を意識させることなく多種多様な対象物を認識可能である.特に展示パネル認識にはアングルフリー物体検索技術を活用しており,これは参照画像として事前にデータベースに用意する画像数が従来の1/10程度でも対象物の認識が可能という特徴がある.これにより,認識に必要な各展示パネルの参照画像登録作業が軽減され,また来場者がさまざまなカメラアングルで展示パネルを撮影しても認識可能となる.なお,後述する実証実験では,会場に設置された展示パネルの画像ファイルを事前に入手して参照画像として登録した.そして,現地での認識検証を実施し,照明の影響等により誤認識する展示パネルがあれば,その場で当該展示パネルを撮影し,参照画像として追加登録した.このように,展示パネルの画像ファイルを参照画像の基本とし,誤認識する範囲を現地での撮影画像で補強することにより,短い準備期間で多数の展示パネルを認識対象にできる.
次に,「かざして案内」の画面フローに関して説明する.図3に示すように,図1に示すトップ画面から「かざして案内」を選択すると,カメラのプレビュー画面が表示される.来場者が展示パネル等にスマートフォンのカメラを向けて画面下部の「カメラボタン」を押下すると,前述した「ユニバーサルオブジェクト認識技術」により認識結果がダイアログ表示される.ダイアログ内の「詳しく見る」ボタンを押下すると,認識された展示の詳細情報(展示担当者の写真,展示説明動画,展示概要,展示場所地図,展示パネルPDF等)が提示される.
第2章に示した課題(1)に対して,スマートフォンから対話形式で情報を取得可能な「ボット説明員」機能を実装した.図4に「ボット説明員」の画面フローを示す.本機能の特徴は,対話型チャットインタフェースにより,自然文テキストで質問を入力すると,よくある質問とそれに対する回答をまとめたFAQ(Frequently Asked Questions)から,AIチャットボットが自動応答することである.これにより展示説明員が他者対応中であっても,来場者は自分の質問回答を得られる.また,来場者は画面に表示される過去の質疑の流れを読むことによって,どのような点が議論されているか容易に把握することができる.この機能により,繰り返し発生する質問に対する説明稼働削減や,質問待ち解消による満足度向上が期待される.
筆者らは従来よりコンタクトセンタ等のオペレータ支援技術として,AI文書検索技術である「自然文FAQ検索技術」[5][6]を開発してきた.これは,過去の顧客との質疑記録をまとめたFAQから,最適な応答候補を5つ(5best)オペレータに提示できるものである.本機能のAI応答エンジンはこの技術をチャットボットに応用したものである.
なお,後述するフォーラム実証実験にて同技術をチャットボットに応用する際,未公開・未発表技術に関しては,どのようにFAQの学習データを準備するかという課題があった.そこで,例年の展示説明の経験者複数名にヒアリングし,FAQの発生傾向を分析・予測した.その結果,「技術のポイントは?」等の個別展示に依存しない「共通する質問軸」と,「量子コンピュータとは?」等の個別技術単語に依存する「個別質問軸」に二分されることが判明した.そこで,各質問軸ごとに40項目用意したQAシートを各展示担当者(12展示テーマ)に配布し,事前に正解QAを作成して,これらを事前学習した.またヒアリング結果から,同じ質問軸でも個々人で言い回しはまったく異なっていた.たとえば,「技術のポイントは?」に対し,「ミソは?」「この展示の売りは?」等と人により異なる自然文表現がなされていた.そこで,「言い回し」学習用に,各質問軸ごとに約20通りの自然文による言い回しを追加し,QAデータを作成・学習した.また,展示会期間中も想定外の質問があった場合は,学習データを日々追加学習するようにした.
さらに,「売りは?」のようなスマートフォン特有の短文表現には,手がかりになるキーワードが少ないことから,コールセンタ向けのFAQエンジンでは適切な応答が不可能であった.そこで,短文から長文表現に質問を変換する内部ルール(約530ルール)を設け,短文に対しても適切な返答が可能なようにした.さらにボットに対し「君の誕生日は?」「名前は何?」のような雑談的質問もあると想定し,約2,000パターンの雑談をルールベースで対応できるようにした.
次に,「ボット説明員」の画面フローに関して説明する.図4に示すように,図1に示すトップ画面から「ボット説明員」を選択すると,ボット説明員を利用可能な展示一覧が表示される.来場者がさらに展示を選択すると,その展示に関するAIチャットボットのタイムラインが表示される.そのタイムラインに自然文で質問を入力すれば,前述した「自然文FAQ検索技術」を用いて最も適切な返答を提示する.
第2章に示した課題(2)に対して,第4.1節で記述した「混雑回避ナビ」と連携した「混雑回避ナビ連携IoT」として,以下を提示可能とした.
上記のディジタルサイネージおよびプロジェクションの表示には,筆者らが開発したIoT技術である「Webベースサイネージシステム」[21]を利用した.これは,Webブラウザによるサイネージ表示を可能とするもので,クラウド側システムから一斉配信情報を即時配信し,サイネージ端末における割り込み表示を制御する即時割り込み配信制御機能を有する.
後述する実証実験ではサイネージ端末にビーコンを設置し,アプリで「混雑回避ナビ」によりおすすめルートを作成した来場者がサイネージ端末の近辺に来ると,アプリ経由でサイネージ端末に紐づけられたビーコンIDおよびアプリが保持しているユーザID等が即時にクラウドに送信される.クラウド側では,おすすめルートに沿って案内するために,アプリ初回起動時に来場者に入力・選択してもらったニックネーム・アバターアイコンを表示するコンテンツを生成する.そして,図5に示すように,それらをおすすめの展示カテゴリおよび行先方向とともに,前述した即時割り込み配信制御機能によりサイネージ端末に表示する.これにより,来場者がサイネージ端末に接近すると,そのサイネージ端末上で即座に案内を提示できる.
さらに,会場内の壁面にも大型のプロジェクタを用いて混雑状況に応じた会場案内を提示可能とした.後述する実証実験では,図6に示すように,アプリより送信されたビーコンIDから算出した各会場の混雑状況から,空いている会場に来場者を誘導するための情報を壁面にプロジェクション表示した[22].
NTT武蔵野研究開発センタで開催された企業展示会NTT R&Dフォーラム2017(以下,フォーラム)で,提案システムの実証実験を行った.図7に会場地図と会場内サイネージおよびプロジェクションの位置関係を示す.フォーラムは毎年2月に開催されるNTT研究所の最先端技術を紹介する展示会であり,ビジネスパートナに研究成果を紹介するための重要なイベントである.2017年は2月13日~17日の5日間実施され,来場者数は約1.2万人であった.
第4章で記述したアプリはAndroid 5.0以上およびiOS 10.0以上対応のものを開発し,アプリストアで公開した.来場者にダウンロードを促すために,会場内や会場に向かうバス停でダウンロードサイトのQRコードが印刷された名刺大のチラシを配布した.
また,図7に示すように,サイネージ端末を会場内廊下の分岐個所等に計12台設置した.ビーコンは会場内の各展示ブース,廊下,講演会場,サイネージ端末等に約200個設置した.
なお,システムの開発,運用にはともに最大で25名程度がかかわっており,開発期間は約3.5カ月であった.
以降では,アプリのダウンロード数に関する分析,および第2章で示した展示見学支援サービスの課題ごとにフォーラム期間内におけるアプリ各機能の利用回数割合と,前述した目標数値に対する結果を示す.また,アプリ全般に関して収集したアンケートに関しても記述する.
フォーラム期間5日間のアプリダウンロード数は約1,200/日であり,総ダウンロード数は5,433(iOS:3,127,Android:2,306)であった.展示会専用アプリのダウンロード率は一般的に20%程度といわれており,筆者らが実装した他展示会用アプリに関してもダウンロード率が10%程度の場合もあった.第3章で示した目標ダウンロード率は20%以上であったが,実際のダウンロード率は40%を超えており,非常に高いといえる.
簡易手法による展示情報提示に関して,「かざして案内」と「ボット説明員」の各機能の利用率に関して記述する.
図8に,来場者による「かざして案内」の利用回数割合を示す.また,図9に,来場者による「ボット説明員」の投稿回数割合を示す.
「かざして案内」のサーバログを検証したところ,利用人数は1,910人であり総ダウンロード数の35.2%であった.そのうち,図8に示すように,1回のみ対象物を撮影した来場者は43.9%と最多であったものの,2回以上撮影した来場者も56.1%と半分以上を占めた.5回以上撮影した来場者も16.4%おり,「かざして案内」機能を頻繁に利用する来場者が一定数存在した.しかし,平均利用回数は第3章で示した目標に届かず,約4.3回にとどまった.また,フォーラムの一般公開日である2017年2月17日のサーバログを検証したところ,展示パネルを撮影した回数は2,113回であった.そのうち,システムが回答を返したのは1,955回であり,回答率は92.5%であった.また,そのうちの1,911件が正解であり,正解率は97.7%であった.回答率および正解率に関しては第3章で示した目標を達成した.
また,「ボット説明員」のサーバログを検証したところ,利用人数は562人であり総ダウンロード数の10.3%であった.質問状況に関しては,図9に示すように,2回以上質問投稿した来場者は65.0%,5回以上質問投稿した来場者も24.5%おり,頻繁に利用する来場者も一定数存在した.上述した自然文FAQ検索技術では理想的な学習状態で5best(上位5候補内に正解が含まれる)で95%,1bestで50%程度の正解率のため,1bestの応答では会話が継続しない心配があった.しかし,前述した雑談処理等で工夫したため,会話が継続し繰り返し利用する来場者がある程度増えたものと思われる.フォーラム期間中も,「共通する質問軸」や「言い回し」追加,実際行われたQAの追加学習等を行った.「共通する質問軸」は最終的に50個,QAデータは15,600QAとなった.平均投稿回数は第3章で示した目標に届かず約4.0回にとどまったが,これら学習データの追加・再学習により,最終日には自然文質問に対し1bestであっても約72%の良回答率(ほぼ違和感ない回答を良回答とした)となった.良回答率に関しては目標達成し,AIチャットボットとして高回答率を得られた.
なお,「ボット説明員」の利用人数が他の機能に比較して少なかった点に関しては,ボット説明員を利用可能な展示が12展示(全体の約1割)と少なかったこと,スマートフォンにおけるテキスト入力の煩雑さ,ユーザ誘引上の課題(CGキャラクタなし)等が原因である.利用人数をさらに増大させるには,対象の拡大,音声対応,有名キャラクタとのコラボレーション等が考えられる.
図10に来場者による「混雑回避ナビ」の利用回数割合を示す.
「混雑回避ナビ」のサーバログを検証したところ,利用人数は3,302人であり総ダウンロード数の60.8%であった.そのうち,図10に示すように,1回のみ混雑マップおよびおすすめルートを閲覧した来場者は48.0%と最多であったものの,2回以上閲覧した来場者も52.0%と半分以上を占めた.5回以上閲覧した来場者も13.3%おり,「混雑回避ナビ」機能を頻繁に利用する来場者も一定数存在した.しかし,平均利用回数は約2.5回にとどまった.また,おすすめ見学ルートの先頭に表示された展示カテゴリへの15分以内の誘導率を検証したところ約16.1%であった.平均利用回数は第3章で示した目標に届かなかったが,誘導率は目標を達成した.
それから,会場内プロジェクションに関しては,ビーコンに関連するサーバログを検証したところ,プロジェクション投影時に視野範囲内にいた来場者のうち,平均して49.1%が15分以内にその誘導案内先のフロア,または誘導案内先会場のあるフロアに移動した[22].会場内サイネージに関しても,ビーコンに関連するサーバログを検証したところ,サイネージ近傍にいた来場者が15分以内にサイネージに表示された展示カテゴリを訪問した割合は41.5%であり,一定の誘導効果が見られた.
「混雑回避ナビ」および会場内プロジェクション・サイネージによる誘導効果をさらに向上するには,たとえば来場者がプロジェクションおよびサイネージ近傍にいる際に,それらが表示している内容に注目させる必要がある.そこで,プロジェクションやサイネージに来場者が注目するように,タイミング良く案内表示をブリンクさせる等の視覚的提示手法に関する改善や,音楽を再生する等の聴覚的提示手法を追加することが考えられる.
表2に,アプリに関して来場者から自由記述でアンケート取得した結果を示す.回答した来場者は269人であった.「良かった,便利」,「使いやすかった」といったポジティブな意見が多い一方で,「使いにくかった」,「分かりづらい」といったネガティブな意見も見られた.
これらに関して,来場者がアプリのどの部分に関してネガティブに感じたかは今回のアンケートでは不明であった.そこで,今後は自由記述に加え,機能ごとに使いにくいと感じる項目に関する選択肢を提示し,来場者が容易にチェック可能なアンケート形式として明確化を図る予定である.
また,今回のアンケート結果ではポジティブ意見とネガティブ意見がほぼ同数であったことから,来場者のITリテラシによりアプリに対する感想がかなり異なったのではないかと考えられる.一方で,来場者全体のITリテラシが高いために,来場者の高い要求に各機能が応えきれていなかったことも考えられる.いずれにしろ,今後はアプリ各機能に関して来場者のITリテラシによらず理解がより容易なインストラクションページの作成や,より分かりやすく直観的な画面フローおよび画面デザイン,展示会における来場者の満足度を向上する新たな機能を検討・実装する予定である.
AIおよびIoT技術を統合した次世代展示見学支援システムを構築し,NTT R&Dフォーラム 2017における実証実験を行った.第2章で記述した展示見学支援サービスにおける2つの課題に対して,表1に示す各機能を提案・実装した.
実装したアプリに関して,あらかじめ想定した平均利用回数や効果と比較した.そして,各機能ともに頻繁に利用する来場者が一定数存在することを確認した.また,各機能ともに平均利用回数は想定目標を下回ったが,効果に関しては達成しており,来場者に対する満足度向上に寄与した.会場内サイネージ・プロジェクションに関しても一定の誘導効果が見られた.
さらに,アプリの一部機能は今回の実証実験が観光案内サービス[23]等の他用途へ展開するきっかけとなった.
今後の課題として,アプリに関しては来場者のITリテラシに関係なく各機能を容易に理解可能なUI等の検討があげられる.また,会場内サイネージ・プロジェクションに関しては,来場者に注目させ誘導率を向上させるための手法検討があげられる.
1995年東工大大学院修士課程修了.同年NTT入社.現在NTTサービスエボリューション研究所主任研究員.入社以来,複数センサつきロボット制御,フィールド作業支援システム,ライフログ活用システム,大規模企業展示会向けスマートフォンアプリ等の研究開発に従事.博士(工学).1997年ロボティクス・シンポジア論文賞,1998年日本ロボット学会研究奨励賞, 2008年医療の質・安全学会 ベストトライアル賞等を受賞.電子情報通信学会,日本ロボット学会等会員.
山下 遼(非会員)2012年名古屋大学大学院機械理工学専攻修了.同年NTT入社.以来,HCIおよびUI/UXに関する研究開発に従事. 現在,(株)電通CDC.
鈴木 督史(非会員)2019年立命館大学情報理工学部卒業.2011年同大学大学院理工学研究科修了.同年NTT入社.以来,NTT研究所において光回線を活用したオフィス情報サービス,画像認識を活用したクラウドサービス等の研究開発に従事.
片岡 春乃(正会員)2006年電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科卒業.2008年同大学大学院電気通信学研究科人間コミュニケーション学専攻博士前期課程修了.同年 NTT入社.以来,情報流通プラットフォーム研究所,サービスエボリューション研究所にてUI/UXを基軸としたサービスシステムの研究開発に従事. 現在 NTTコミュニケーションズ(株)主査.電子情報通信学会会員.2012年ICIN Best paper award,2014年日本セキュリティ・マネジメント学会論文奨励賞,2017年度本学会山下記念賞各賞受賞.2015年電気通信大学情報理工学研究科総合情報学専攻博士後期課程修了.博士(工学).
長野 翔一(正会員)NTTレゾナント(株)所属.2007年,慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了.同年NTT入社,2018年,NTTレゾナント(株)へ転籍,現在に至る.ソフトウェア工学,自然言語処理,データマイニングの研究開発に従事.
渋沢 潮(正会員)2004年電気通信大学電気通信学部情報工学科卒業.2006年同大学大学院電気通信学研究科情報工学専攻修了.同年NTT入社.以来,NTT研究所および同グループ事業部にてUI/UXに関する研究開発,サービス企画等に従事.現在,NTT研究企画部門担当課長.
美原 義行(正会員)2004年東京工業大学理学部情報科学科卒業.2006年同大学大学院情報理工学研究科数理・計算科学専攻修了.同年NTT入社.以来,IoTネットワーク管理サービスの技術設計等の研究開発に従事.現在,NTT新ビジネス推進室担当課長.2012年一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)功労賞,2013年本学会山下記念賞受賞.2017年京都大学大学院情報理工学研究科知能情報学専攻卒業.博士(情報学).
中村 無心(非会員)2003年東大大学院修士課程修了.同年NTT入社.現在NTTサービスエボリューション研究所主任研究員.大規模スポーツイベントのマネジメント業務等に従事.
小合 健太(正会員)1995年東京大学工学部卒業.同年NTT入社.NTT研究所,および同グループ事業部において,新領域プロジェクトの立ち上げや,市場調査,サービス企画,開発マネージメント等を行う.現在は,AIや,位置情報等を使った情報案内レコメンド,4K-360VR映像等を使ったテレイグジスタンス等にかかわる.
松井 龍也(非会員)1995年東工大大学院修士課程修了.同年NTT入社.現在NTTサービスエボリューション研究所主任研究員.Proof of Conceptを一歩進め,研究所技術を用いた新たな体験を実サービスとして提供するShowcaseに取り組む.
中村 幸博(非会員)1994年筑波大学大学院工学研究科博士前期課程修了.2014年芝浦工業大学大学院理工学研究科博士後期課程修了.1994年NTT入社.以来,ロボット教示,ネットワークロボット,ライフログ,空間知,視覚障がい者用音声案内システム等の研究開発に従事.現在NTT サービスエボリューション研究所主任研究員.日本ロボット学会,日本機械学会,計測自動制御学会,電子情報通信学会各会員.博士 (工学).
佐久間 聡(非会員)1993年慶應義塾大学理工学部計測工学科卒業,1995年同大学大学院計測工学専攻修了.同年NTT入社.以来,画像処理・認識,ホームICT,サービス可視化に関する研究開発に従事.電子情報通信学会会員.
木下 真吾(正会員)1991年阪大・基礎工卒.2007年ロンドン大University College London・技術経営学了.1991年NTT入社.以来,同研究所にて分散処理,セキュリティ,ビッグデータ・機械学習等の研究開発に従事,2008年から人材開発担当,2012年からNTTグループ研究開発企画推進を担当し,北米R&D拠点の設立や他企業とのアライアンス,ベンチャー出資等に従事.現在,NTTサービスエボリューション研究所主席研究員・2020エポックメイキングプロジェクトマネージャとして,2020年に向けた訪日外国人向けおもてなしICT技術の研究開発と空港や地下鉄等における実証実験推進,歌舞伎・SXSW・アルスエレクトロニカ連携などエンタメ・アート系研究開発・実証実験を統括.2003年CSS2003優秀論文賞,2005年情報処理学会研究開発奨励賞各受賞.著書『RFID教科書』,『ハードウェアの匠』など.カンヌライオンズブロンズ,ACCグランプリ,ディジタルサイネージアワードグランプリなど受賞.
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