デジタルプラクティス Vol.10 No.2(Apr. 2019)

「ディープラーニングのプラクティス」特集号について

篠田浩一1  福島俊一2  今原修一郎3

1東京工業大学  2科学技術振興機構  3東芝 

現在の第3次人工知能ブームを牽引しているのは機械学習技術の発展だといわれます.特に,この10 年の間に大規模なニューラルネットワークによるパターン認識・機械学習技術,いわゆるディープラーニング(Deep Learning:深層学習)が急速に進展しました.画像・音声の認識,将棋・囲碁などのゲームでは,人間と同程度,あるいは,それ以上の性能を持つまでになりました.その応用分野も急速に広がりつつあります.

さらに,ディープラーニング技術のインパクトは,パターン認識・機械学習の飛躍的な精度向上にとどまらず,問題の解き方やアプリケーション構造の刷新,研究開発とビジネス運営のフォーメーションの変革などにも波及しています.たとえば,ディープラーニングによって,入力から出力までのさまざまな構成要素から成る処理のEnd-to-End最適化が可能になり,個々の構成要素をチューニングして組み上げる従来のアプローチが置き換えられるようになってきています.また,研究成果を事業部門に渡すシーズアウト型のビジネス開発体制は古い時代のものとなり,ディープラーニングの最先端の技術・ビジネスは,研究開発とビジネスが一体となった現場とリアルデータから生まれています.

したがって,ディープラーニングの技術進化(日々多数の技術論文が発表されています)の一方で,ディープラーニング技術を用いたソリューション,リアルな問題解決,ビジネスにおいては,上述のようなさまざまな刷新・変革への取り組みがなされてきていることでしょう.

そこで,本特集号では,ディープラーニング技術を活用したソリューション,リアルな問題解決,ビジネスなどの実践事例を紹介します.招待論文として,以下の5件を掲載しました.

ブレインパッドの齋藤彰儀氏らによる「深層学習によるコンクリート護岸劣化領域検出システムの開発」は,河川維持管理業務の効率化のためにディープラーニングを活用した事例です.河川のコンクリート護岸の老朽化・劣化をカメラ画像のディープラーニングによる解析によって自動化し,管理業務プロセスの効率化を図っています.

東芝の中田康太氏らによる「ビッグデータを活用した歩留解析支援システム“歩留新聞”による解析作業時間の短縮」は,半導体製造プロセスにおける歩留まり解析に機械学習・データマイニング技術を適用した事例です.製造プロセスで得られる大量・複雑なデータの解析に要する時間が大幅に短縮されました.

ヤフーの藤田悠哉氏による「Web検索等に利用される分散型音声認識システムへのディープラーニングの実装」は,スマートフォンなどの携帯機器における音声入力による情報検索の用途を想定した分散型音声認識の開発事例です.サーバ(クラウド)側とクライアント(端末)側で処理を分担することにより,効率的な処理を行っています.特に,ディープニューラルネットワークを音声モデルとして用いる場合の,サーバにおける学習処理と認識処理の高速化について報告しています.

サイバーエージェントの水上裕貴氏らによる「AWAにおける類似プレイリスト探索システムの構築」は,ストリーミング型音楽配信サービスAWAにおけるプレイリストベースの音楽推薦システムの性能改善事例です.自然言語処理分野でよく使われているSkip-gramモデルを用いた方式改良により,プレイリスト更新の反映時間や推薦の網羅性を改善できたことを報告しています.

DeNAの甲野佑氏らによる「"逆転オセロニア"における深層強化学習応用」は,スマートフォン向けの対戦ゲームソフトウェアにおける,ゲームバランス調整の開発事例です.近年の対戦ゲームでは,ゲームの「駒」の種類や数が動的に変化するため,ゲームバランスの調整を効率的かつ逐次的に行う必要があります.その解決策として深層強化学習を用いた仮想プレーヤーの育成とそれを用いたゲームバランス評価について報告しています.

また,インタビュー記事では,DeNAの内田祐介氏に,ディープラーニングを活用したビジネスとそのための研究開発に携わっている立場から,どのような課題があり,どのような考え方で取り組んでいるかを伺いました.

これらの実践事例を通して,著者自身が得た有用な知見や,刷新・変革への取り組みにおけるプラクティスが共有され,ディープラーニング技術を活用したソリューションやビジネス展開がますます広がることを願っています.

 

篠田浩一(正会員)shinoda@c.titech.ac.jp

1989年東京大学理学系研究科物理学専攻修士課程修了.同年日本電気(株)入社,音声認識の研究開発に従事.2001年東京大学大学院情報理工学系研究科助教授,2003年東京工業大学大学院情報理工学研究科助教授.現在,同大情報理工学院教授.

福島俊一(正会員)toshikazu.fukushima@jst.go.jp

東京大学理学部物理学科卒業後,NEC研究所にて自然言語処理・ビッグデータ・人工知能技術等の研究開発・事業化・戦略立案等に従事.2016年から科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー.工学博士.

今原修一郎(正会員)shuuichiro.imahara@toshiba.co.jp

2002年早稲田大学大学院理工学研究科電気工学専攻を修了.同年(株)東芝に入社.データマイニング分析技術およびHEMSの研究開発に従事.2018年から同社にて研究企画に従事.

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