海外で売上を伸ばしている日本企業は,必ずと言っていいほど模倣品や非正規チャネルで流れてくる製品に悩まされている.
国際商工会議所によると,2022年には全世界の模倣品・海賊版☆1の国際取引総額は9,910億米ドルにのぼると予測されている[1].これまでは輸出を行っている日本の多くの大企業が模倣品被害に遭っていたが,最近は,海外からの訪日観光客の増加に伴い,Made in Japan 製品の人気に便乗した模倣品被害が増加している.それらの模倣品の中には日本各地の伝統工芸品や名産品なども出現し始めている.すなわち,模倣品は日本の大企業だけの問題ではなく,優良な製品を輸出する中小企業や,地域の名産品を海外へ輸出し地方創生の一翼を担う地域企業の問題となってきている.
一方,製品は正規品であるが,非正規チャネルで流通されるものもある.これは,流通チャネルの価格統制が効かず,値崩れにつながる恐れがある.
企業にとって模倣品がもたらす主な問題は以下の通りである.
一方,非正規品も主に以下の問題をもたらす.
筆者らは,こうした問題の解決のための新しいソリューションとして,オンライン型正規品判定システムC2V Connectedを開発し,実際に導入,運用して来た.本稿では,従来の模倣品対策の流れと模倣品を発見するための正規品判定方法とその課題について述べる.その後,従来の正規品判定方法の課題を解決するC2V Connectedの機能やサービス内容について述べる.そして,C2V Connectedがもたらす効果と課題,今後の展望について導入事例を基に述べる.
一般的に,模倣品対策は主に以下の3つのステップを踏むと言える.
模倣品対策を行う上で通常,メーカやブランドを有する企業(以下,ブランド)は,特許・商標・意匠・著作などの知的財産権(以下,知財権)を取得し,これらの知財権を守る活動を行う.輸出先国でもそれは同様である.
最初の発見は,消費者からコールセンターへのクレームによる場合が多い.ここで言うクレームとは,正規品として購入したにもかかわらず,不良品ではないかとの問合せである.コールセンターへの電話ではなく,サポート窓口やサービスセンターへの持込みという形が取られる場合もある.これらの情報がたびたび寄せられると,ブランドはどのような模倣品が,どの地域で広がっているかを莫大な費用をかけ,調査会社を使い調査することとなる.
また,それが他国へ輸出・輸入されていると分かった場合,ブランドは,模倣品が流通されていると思われる国の税関に対して輸入差止申立て☆2を行う.税関では, 知的財産侵害疑義物品であるかどうかの認定を行う[3].
税関にて疑義物品と認定されると,輸入業者とブランドの双方に連絡され,いったん輸入が止められる.ブランドが模倣品であることを確認した場合,行政摘発,行政訴訟,民事訴訟,刑事訴訟などを経て,侵害行為の停止,損害賠償請求などが行われる.
このように行政,司法の手続きにより,模倣品の製造や流通を停止させるが,証拠収集から摘発,訴訟まで時間・経費・労力がかかり,しかも必ず解決できるわけではない.その間,消費者は相変わらず模倣品に晒され続ける☆3.
模倣品は年々きわめて巧妙化し,見分けることが難しくなってきている.パッケージや容器をデッドコピーし,見た目ではほとんど見分けることが出来ず,内容物の成分調査を専門の研究機関で調査しなければ判らないほどである.ブランドは当局に対し取締りを依頼するために,自社の製品と巧妙な模倣品とを判別する方法(以下,正規品判定方法)を提供しなければならない.それはブランドにとって,大きな負担となっていた.そのような状況のもと,製品の細部を精査して見分けるのではなく,セキュリティラベルを使って判定する方法が採用され始めた.
セキュリティラベルとは,製品が正規品かどうかを判定できるラベルである.ブランドだけが確認できる細工が施されており,万が一模倣ラベルが出現しても,正規ラベルと見分けることが可能である.代表的なものには偽造防止用ホログラムラベルがある.
ホログラムラベルとは,専用の材料と特殊製造装置を用いて製造されるラベルであり,光学的構造を利用し,偽造や改ざんが困難なように特殊加工されたもののことである,以下のようなさまざまなタイプがある.
ほかにも,角度により立体画像が見えたり,奥行きがあるように見えたりするものもある.
しかし,ホログラムラベルには以下の課題がある.
以上で述べたように,セキュリティラベルを用いた従来の正規品判定方法に対し,さらに以下の点を考慮した方法が必要である.
キヤノン中国では,2000年頃より,偽装パッケージの非正規品に悩まされ始めた.これは,為替の影響などにより拡大した内外価格差を利用し,非正規チャネルで利益を得ようとする行為によるものである.偽造したパッケージに入れ替え,偽造保証書や模倣バッテリと入れ替え販売を行う.キヤノン中国では個々の製品に固有の番号を印字したナンバリングラベルを製品に貼り,消費者からの問い合わせをコールセンターで受け,正規品の確認を行ったが,ほどなく模倣ナンバリングラベルが出回り,この方式では不十分と判断された.
2012年,スマートフォンのNFC機能を使って判定するRFIDタイプのラベルを用いた方式の検討に入った.RFIDラベルにはPUF ( Physically Unclonable Function)を備えたICチップ(以下,PUFチップ)を採用した.PUFチップはその製造過程で生じる物理的な個体差を利用して偽造や複製を防止することができる.この特性を利用し,スマートフォンのNFC機能を通じてサーバがPUFチップを認証,識別し,登録済みの正規品の情報と照合することで正規品か否かを判別する方式を開発した.キヤノン中国は2013年8月より一眼レフカメラと交換レンズを対象にこの方式を導入し,2014年までに約300万点の製品に貼付して出荷した.
この方式には以下のようなメリットがあった.
しかし,この方式には以下の課題があった.
この2つの課題に対処するために,ラベルを2次元バーコードとし,スマートフォンのカメラで読み取る方法を取り入れることにした.これにより,ラベルのコストをRFIDの10分の1以下とするとともに,ほとんどすべてのスマートフォンで正規品判定ができるようになった.
キヤノン中国での自社製品への導入,適用において,オンライン型の正規品判定システムが有効であることが確認できた.そこで各種機能を強化した上で,2016年3月にC2V Connected☆4という名称でオンライン型の正規品判定サービスをリリースした.一般企業への提供にあたり,消費者によるラベル読み取りに関するアプリケーション機能やブランドによる製品管理に関するクラウドサービス機能の拡充,ならびに,対応するセキュリティラベルの多様化や仕様・品質への工夫などを施した.以降では,これらの改善点を中心にC2V Connectedの機能とサービスの概要について述べる.
C2V Connectedのシステム構成と主な機能を図1に示す.
C2V Connectedは,消費者がラベルを読み取るためのスマートフォンアプリケーションを提供している.ラベルに正規品判定を行うサイトのURLを記載し,それを汎用的な2次元バーコードリーダで読み接続する形にすると偽装集団が運営する偽サイトに誘導される危険性がある.それを防止するためにC2V Connectedのサイトへ強制的に誘導するスマートフォン用の専用アプリケーションを用意した.ブランドは,あらかじめこのアプリケーションを自社サイトやAppStoreやGooglePlay等を通じて消費者に配布するためにアップロードしておく.なお,アプリケーションには自社サイトの商品紹介やコールセンターへのリンクボタンなども追加できる.
中国ではWeChatというSNSが非常に広く利用されており,中国で業績を伸ばしている日本企業の多くはそのSNS上に企業の独自情報発信アカウントを開設している.C2V Connectedは主に中国市場をターゲットとする企業向けの機能としてWeChatとの連携機能を有しており,ブランドのWeChatサイトにアクセスした消費者はWeChatのバーコードリーダを使ってラベルの2次元バーコードを読み取ることもできる.
この連携には主に2つの利点がある.1つは,ブランドの正規アカウントを利用するため,偽サイトへ誘導されないよう消費者を守ることができる点である.もう1つは,消費者の利用頻度が高いWeChatの中で正規品判定を行うため,専用アプリケーションをダウンロードする必要がなく,ブランドとの親和性が高い点である.
C2V Connectedはブランドに対し,正規品のIDの照合や,データの収集・参照・加工・配信を行う機能をクラウドサービスとして提供している.クラウドサーバには,発行したラベルのIDと照合するためのIDが格納されており,ブランドが設定した任意の期間,消費者から読み取られたラベルのIDと照合し,正規品か否かの判定を行う.また,正規品判定時の日時や位置情報,ID等のデータはクラウドサーバ上のデータベースに格納され,ブランドはそれらデータをダウンロードして自社で利用できる(図2).
また,ラベルのIDと生産ロット番号や製品シリアル番号と紐付けてC2V Connected上に登録しておけば,消費者が読み取ったラベルIDの製品がいつ,どこで作られたものか表示することができる.さらに,流通過程で代理店にラベルのIDを読み取らせるようにすることで,正規チャネルによる流通や最終消費者への納品完了などを確認するトレーサビリティを実現することもできる.
以上の機能を具備するとともに,システムの冗長性,可用性を確保し,原則24時間365日のサービスとして提供している.なお,世界中の消費者が利用するオンライン型サービスでは,各国が設けるセキュリティ基準や法律に準拠する必要があるため,C2V Connectedも提供先である各国における個人情報の規制に準じている.
C2V Connectedは,世界中で開発が進む多くの最先端技術を駆使したセキュリティラベルの中から常に良いものを複数選択し,ブランドへ提供している.ブランドは,導入する製品,地域,戦略やコスト等を考慮し,自社にとってより適切なラベルを選ぶことができる.以下に,それぞれのラベルの特徴を述べる.
第3.1節で述べた,PUFチップを用いたRFIDタイプのラベルである(図3).PUFチップのコストも現在は当初(2013年当時)の半分以下に下がってきた.しかし,いまだにNFC機能を搭載したAndroidスマートフォンでなければ読み取れないという課題がある.NFC機能がiPhoneに搭載され,RFIDを読み取れるようになると一気に普及する可能性を秘めている.
2次元バーコードオープンタイプラベルは,1つ1つユニークな2次元バーコードを印刷したものであり,ディジタル印刷機の普及に伴い実現可能となった(図4左).これはスマートフォンに標準的に搭載されているカメラで読み取ることが可能である.コストは安いが,コピーされ模倣される危険性がある.C2V Connectedでは,読み取り回数を制限することができ,通常は上限を3回とし,4回目の読み取りはNGとしている.これにより,模倣されたラベルの広がりを止めることができる.ただし,店頭展示の商品のラベルを購入しない来店者にスマートフォンで読み取られてしまい,購入される前にNG回数を超える場合があるなどの課題が明らかとなっている.
2層式タイプラベルとは,2層ラベルが重なっており,消費者が購入した後に1層目(上側)を剥がして2層目(下側)に印刷されている2次元バーコードを読み取る仕組みである.オープンタイプラベルの購入前に読み取られてしまうという欠点を補っている.材料を余分に使うためオープンタイプラベルよりコストは割高であるが,現在はこのラベルがブランドにより多く選択され,普及している(図4右).
紫外線や赤外線,ブラックライトなどで反応する特殊なインクをラベルに応用したものである.2次元バーコードタイプラベルと組み合わせて,模倣したラベルであるか否かを最終的に判定する際に利用する.現時点では,専用の読み取り装置が必要であることと,コストの問題はあるが,模倣ラベルを排除することができるため,今後の技術革新によりスマートフォンで読み取りができるようになると急速に普及することが期待される.
ラベルに使用する接着糊と貼り付ける先の梱包材との相性により,ラベルが剥がれやすくなる場合がある.気候の変化や温度・湿度によってもその粘着性は大きく影響される.特に中国のような広大な国土で商品を展開する場合は十分な考慮が必要である.また粘着糊やラベルの材質については,各国の基準を順守し,環境や人体に影響を及ぼさないものを使わなければならない.さらに,ラベルの材質については,偽装集団が正規品のラベルを梱包材から剥がして再利用することができないように,剥がそうとすると壊れる材質を採用する必要もある.
ラベルは製品に直接貼られるものもあるが,多くは製品を入れている箱など梱包材に貼られる.よって,この箱そのものにも模倣品と入れ替えられない工夫が必要である.なぜなら,非正規チャネルから入手した非正規品を,模倣した箱に入れ替え,正規品と偽って販売するケースがあるためである.入れ替えが行われていないことを確認するために,箱の開封口に封緘シールを貼る方法がよく採られる.巧妙に剥がそうとしても開封を検知できる仕掛けになっている(図5).また,箱の底から商品を入れ替えられないよう,底ロック式,ワンプッシュ式,ワンタッチ式など,梱包材の底の構造にも仕掛けが施される(図6).このように,シールのみならず,貼られる対象物の材質や品質にも配慮が必要である.
本章では,C2V Connectedを導入した企業の事例を紹介する.表1に導入先の企業と各企業における本サービス導入前の模倣品被害の状況,ならびに本サービスの採用理由を示す.どの企業においても,すでに模倣品の被害にあっている点が共通的であるが,企業Aにおいては,過去にホログラムでの対策を講じるも,模倣ホログラムの出現により対策が模倣集団により破られていたことは特徴的である.また,本サービスが採用された理由の多くは,消費者(購入者)自らがスマートフォンで正規品判定ができるという点であるが,正規品判定で収集したデータを,商品のトレーサビリティや消費者との繋がりを強化するためのマーケティング情報として活用するなどの理由での採用も見られた.
C2V Connectedが,第2.3節において正規品判定方法の要件として挙げた3点のうち「消費者自らが簡便な方法で正規品か否か判定できること」と,「ブランドにとって低コストで容易に利用できること」の2点を満たしていることが導入企業の採用理由からも確認出来た.しかし,残る1点である「模倣品の流通から発見までを短時間で行うこと」についてはまだ十分ではなく,収集したデータを即時に分析,活用する仕組み等が必要であることを認識した.
C2V Connectedは,ブランドによる模倣品対策であるばかりではなく,消費者に安全・安心を届けるための情報提供プラットフォームである.消費者へは,正規品情報,製品情報を提供し,また,ブランドへは,商品のトレーサビリティ,消費者の購買動向等の情報を提供する.これらを通じて消費者とブランドとを効果的につなげるインタラクティブなコミュニケーションツールとなり得る.
しかし,実際に導入・運用を経ることにより,いくつかの課題が明確になった.大きな課題の1つとして,消費者がスマートフォンで2次元バーコードを読み取る率(読取率)である.読取率が高いほど,模倣品情報の早期発見につながり,ひいては抑止力の向上にもつながる.特に中国国内では,スマートフォンでの電子決済が常態化しているため,2次元バーコードをスマートフォンで読み取る行為は日常的なものとして定着している. 一方,導入した事例において,読取率を向上させたいというブランドの声もあった.
この課題に対し,ブランドは読取率向上に向けた施策の検討を開始している.具体的には,消費者が読み取ることに対してインセンティブを与えることであり,たとえば,ポイント,割引クーポン,保証期間延長オプション,優先的商品案内などが検討されている.読取率向上のためのインセンティブ施策を進めることは,C2V Connectedによる正規品購入を促すと同時に,消費者とブランドがつながるインフラとしての機能を強化していくことにもなる.
もう1つの大きな課題は,コストである.ブランドは,セキュリティラベルのより一層のコスト低減を求めている.ラベル自体の価格のみならず,それを製品に貼る工程における作業の効率化,費用の低減も必要である.後から貼付するラベルではなくパッケージに直接印字するケースもあり,既存の生産ラインを大きく変更することなく導入を行う企業もある.
最後に挙げる課題として,グローバルに提供するスマートフォンのアプリケーションは,各国の個人情報保護法の規制に対応しなければならないことである.中国では中华人民共和国网络安全法(通称中国サイバーセキュリティ法)が施行され,中国国内で収集したデータを国外に持ち出すことが規制される可能性がある.その流れに対応するため,C2V Connecedは,中国国内に設置されたクラウドサーバ上に構築し,運用を行うようにした.またEUのGDPRに代表されるような個人情報の取り扱い規制強化の流れにも配慮が必要である.このように,各国の法規制の動向に常に注意を払い,技術とサービスの両面で配慮していかなければならない.
模倣品対策は,いくら対策を講じても新たな模倣業者,模倣手法が出現するのできりがない,とあきらめるブランドの方々の意見をよくお伺いする.しかし,対策をやめることは模倣品を野放しにすることになる.
模倣集団との闘いは尽きることのない闘いであるが,ブランドのご担当の方々には,大切な事業そして企業ブランドを守り抜くために,闘い続けてほしい.C2V Connectedはそうした企業を支援していきたい.
謝辞 本稿の作成にご協力いただいた,キヤノン中国の小澤秀樹社長および柴丸茂副社長,そして当社の曽我恵理子,国定美那に心から感謝申し上げる.
キヤノンITソリューションズ株式会社,上席執行役員,グローバル事業推進センターセンター長 兼 佳能信息系統(上海)有限公司,董事長兼総経理,2012年より今に至る(所属・役職は2018年12月現在).
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