ISO/IEC JTC1/SC7/WG20は,国際標準化機構(ISO, International Organization for Standardization)と国際電気標準会議(IEC, International Electrotechnical Commission)の合同によりIT全般の国際標準化を扱う第1合同技術委員会 (JTC1, Joint Technical Committee 1)のもと,ソフトウェア技術およびシステム技術を扱う第7副委員会(SC7, Subcommittee 7)に設けられたワーキンググループの1つである.
情報技術(IT,Information Technology)は現代社会のさまざまなサービスを支える基本的なインフラであると同時に,イノベーションドライバとしても大きな期待を集めている.政府は2013年度に「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定し,毎年改訂している.産業界でも日本経済団体連合会による「Society 5.0実現による日本再興」(2017年2月)などが出されている.
こうした取り組みを推進するためには,高度な能力を持つIT人材が不可欠である.資格制度は,個人の能力を証明するためのツールであり,情報分野ではさまざまな種類の国家資格,民間資格,ベンダー資格が運用されている.しかし,さまざまな資格の相互関係は,一部の例外(例:スキル標準ユーザ協会のISVマップ[30])を除いて必ずしも明確になっていない.また,国際的に通用するIT資格に対する要求事項も明確ではない.
WG20は,2008年にISO/IEC 24773:2008(ソフトウェア技術者を対象とする資格制度に対する比較の枠組み)を策定し,さまざまなIT資格を相互比較するための基準を明らかにした.現在は,IT資格の中でも最もレベルの高い高度IT資格制度に対する要求事項を定義する国際規格ISO/IEC 24773(ソフトウェア技術者およびシステム技術者を対象とする資格制度に対する要求事項)の策定に向けて大幅な改訂を行っている.本規格が対象とするIT資格制度は,ソフトウェア技術者(Software Engineer)またはシステム技術者(Systems Engineer)を対象とする資格制度であって,倫理規程,CPD(継続研鑽,Continuing Professional Development)制度および資格更新制度を含むものである.これらの要件を満たす資格制度は,他の技術者を指導できるレベルの高度な技術者を対象としている.
表1にISO/IEC 24773:2008(現行規格)とISO/IEC 24773(新規格)の主要な違いをまとめてあるが,規格の名称だけでなく趣旨および対象資格が大きく変更されている.
ISO/IEC 24773は4つのPartから構成される国際規格だが,2018年3月末の時点で,基本的な要求事項をまとめたPart 1のDIS(Draft International Standard)[2]が承認されており,国際標準の成立は秒読み段階にある.本論文では,ISO/IEC 24773の改訂過程や戦略面に焦点を当て,国際的な合意を形成するためのプラクティスや,ISO/IEC 24773の妥当性を確保するためのプラクティスを示す.
以下,2.ではISO/IEC 24773の概要を説明する.3.ではISO標準化に向けた協力を得るための取り組みについて説明する.高度IT資格制度については,ISO以外にもIEEE Computer Society(IEEE-CS),INCOSE(The International Council on Systems Engineering),CEN(欧州標準化委員会),IEA(International Engineering Alliance)などの関係者が多いため,規格策定にあたっては相互の連携が重要になる.4.ではISOの標準化プロセスに基づき,各段階で行った取り組みについて説明する.本規格は4つのPartから構成されるため,Part間の連携も重要である.5.ではISO/IEC 24773の価値を高めるための取り組みについて説明する.情報処理推進機構(IPA)が実施している情報処理技術者試験は日本国内で広く普及しているが,残念ながらISO/IEC 24773の要求事項を満たせない.しかし,情報処理学会が立ち上げたCITP(認定情報技術者)制度[13-16]は情報処理技術者試験(高度試験)等の高度IT資格をISO/IEC 24773に準拠させるための仕組みを含む.こうした取り組みとの連携についても述べる.
ISO/IEC 24773はもともとWG20が中心となり2008年に策定した国際規格である[1].本稿では,この2008年に策定された現行版に言及する場合は「ISO/IEC 24773:2008」と表記し,2018年現在において改訂中の最新版と区別する.
ISO/IEC 24773:2008の策定趣旨は,直接および短期的には,ソフトウェア技術を習得した質の高い人材の不足が指摘される中で[18],技術者個人が国際的かつ客観的に自身の能力を表明できるように,さまざまなソフトウェア技術資格制度の間で相互に対応関係を比較する枠組みを与えることである.これにより,技術者の国境を超えたグローバルな活躍や人材の流動性を促進し,組織や政府における人材の育成や雇用・調達を支援することを意図している.
本規格の間接および中長期的な策定趣旨は,ソフトウェア技術者を社会的に認められた専門職業とすることにある.ある技術(エンジニアリング)分野が正統なエンジニアリング・ディシプリンであり,かつ社会的に認められた専門職業であるという認知を得るための要件として以下のA-Cが指摘されている[19][20].ソフトウェアは質量を有さず見えにくいため,これらへの明示的な取り組みは他の見えやすい技術分野に比べてより重要と考えられる.
要件Aについてソフトウェア技術の分野では,世界最大の技術者コミュニティであるIEEE-CSを中心としてソフトウェア技術の知識体系化の専門チームを結成し,そこにおいて実証済みの知識への参照をリストアップし,広く一般からのレビューを経てまとめあげている.
その結果として得られた知識体系(BOK, Body of Knowledge)ガイドがThe Guide to the Software Engineering Body of Knowledge (SWEBOK)[21] である.これは要件Bに対応し,過去の文献中に存在する膨大な知識への参照をソフトウェア要求やソフトウェア設計といった15の知識領域に分けて構造化することで,ソフトウェア技術の分野全体を定義している.
ISO/IEC 24773:2008は,SWEBOKに基づいてソフトウェア技術資格制度を相互に比較可能とするための条件を以下に定めている.
ソフトウェア技術者や組織は,これらの条件に照らすことで保有する資格制度の特徴を他の制度と比較可能な形で客観的に明らかにできる.これを通じて資格保持者の能力の一端が客観的に明らかになる.資格制度は通常,技術者が社会へ価値を提供するうえで必要なベースラインとしての能力を定めているため,ISO/IEC 24773:2008は要件Cの実現を支援する枠組みとして捉えられる.
ISO/IEC 24773:2008が定義している比較項目のうち,主要な項目に関する各種資格制度の比較表(本稿執筆時点)を表2に示す.情報処理技術者試験は,試験区分により評価項目への対応状況が異なるが,CPDおよび資格更新については,情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)のみ満たす.
高度IT資格に対しては,以下に示すさまざまな立場の関係者が存在する.
ISO/IEC 24773(新規格)は,これらの関係者に対して,ソフトウェア技術者またはシステム技術者を対象とするIT資格制度に対する適合性評価および,異なるIT資格制度を相互に比較するための枠組みを提供する.
ISO/IEC 24773:2008(旧規格)は,複数のソフトウェア技術資格制度を相互に比較するための枠組みであった.これに対して,現在策定中のISO/IEC 24773は適合性評価を主要な目的とする国際規格である.IT資格制度を対象とする適合性評価を目的とする国際標準は,これまで存在していなかった.そのため,旧規格の元では,「ISO/IEC 24773に準拠するIT資格」という概念はないが,新規格を策定することで,「ISO/IEC 24773に準拠するIT資格」が生まれることになる.こうして新規格への準拠が認められたIT資格は,国際的通用性が保証される.
ITを活用したビジネスは国際的な広がりを見せている.日本のIT産業は国際競争力が弱いことが課題の1つであるが,ISO/IEC 24773に準拠した資格を保有した技術者が国際的に活躍することで,当人の評価に繋がるだけでなく,日本のIT産業の国際競争力強化にも資することが期待できる.
新規格における要求事項は,旧規格の評価項目と基本的に同等である.しかし,適合性評価においては,表2に示す主要評価項目を含むすべての評価項目を満たさない資格制度は,規格に準拠できない.日本では情報処理技術者試験や技術士資格(情報工学)等,多数の既存資格がこれに該当する.情報処理学会が認定情報技術者(CITP)制度を創設したのは,この問題を解決し,日本のソフトウェア技術者の国際的競争力を確保することが重要な目的の1つである.
一方,新規格は旧規格と同様,さまざまなIT資格制度を相互に比較するための枠組み,という機能も維持している.これにより,新規格を満たせないIT資格に対しても,関係者がIT資格を相互に比較することで適切なものを探すことができる.また,IT資格提供者が,資格制度を改善するためのガイドラインとして活用することもできる.
「標準」の意義は一般に以下の項目で示される[31].ISO/IEC 24773は,これらの項目すべてに関する機能を有する.
ISO/IEC 24773はソフトウェア技術者およびシステム技術者を対象とする資格制度に対する要求事項をまとめた規格である.これはISO/IEC JTC1/SC7がソフトウェア技術およびシステム技術を所掌しているためである.これに対して情報技術全般を所掌するISO/IEC JTC1の下には,セキュリティ技術を所掌するSC27等の副委員会も設置されている.ISO/IEC 24773はJTC1の中で資格制度に関する要求事項を定義した最初の規格になることから,同種の規格策定に対して前例として影響を与えることが期待される.
WTO/GP協定により,各国政府およびその関連機関が調達する物品やサービスの性能に関する技術仕様については,ISO等が策定した国際標準に基づくことが義務付けられている.また,WTO/TBT協定により,国内の法令や規格には国際標準を使うことが推奨されている.こうした国際ルールの上から見てもISO/IEC 24773およびそれに準拠したIT資格の重要性が読者にも理解されるだろう.
ISO/IEC 24773は以下に示す4つのPartから構成されている.このうち,Part 1,3および4は要求事項として義務化される.一方,Part 2はガイドラインとして推奨されるが,義務化はされない.
ISO/IEC JTC1/SC7はソフトウェア技術分野およびシステム技術分野を所掌範囲としていることから,Part 3およびPart 4により両者をカバーする.本規格への適合性を評価する場合,システム技術者を対象とする資格制度はPart 1およびPart 3の要件を満たす必要がある.ソフトウェア技術者を対象とする資格制度は,Part 1およびPart 4の要件を満たす必要がある(図1).
なお,ISO/IEC 17024は個人に対する資格制度を運営する組織体に対する一般要求事項を定義したISO規格である.ISO/IEC 24773をはじめ,個人を対象とする資格制度に対する要件を定義するISO規格は,すべてISO/IEC 17024に準拠することが求められる.
複数Partに分けることにより,規格策定作業は長期化する可能性があるが,規格案を分割することで丁寧に議論を進めることができる.また,先行するPartに対する議論や意見を考慮して後続Partの策定を進めることができる.本規格は改訂規模が比較的大きいことから,後者のメリットを優先して,反対が出にくいことが見込まれる方針を採用した.
ISO/IEC 24773 Part 1は他のISO規格と同様,以下の項目から構成されている.
このうち,ISO/IEC 24773に特有の基本概念としては以下が挙げられる.
また,Part 1で定義されている要求事項のうち,主要なものを以下に示す.
Part 2では,iコンピテンシ・ディクショナリ[11](日本),SFIA[10](英国),e-CF[9](欧州),SWECOM[6](IEEE),SECF[8](INCOSE)等,既存のcompetenceフレームワークの分析結果を踏まえ,知識体系,スキルおよび業務遂行能力を定義するための共通モデルを示す予定である.また,Part 2には,期待される能力レベルを定義するためのガイドラインも含まれる予定である.これらのガイドラインを通じて,異なる資格制度が保証する能力を相互に比較できるように工夫している.
Part 3では,システム技術者を対象として,Part 1で定義した要求事項に対する追加要求事項を定義する.本稿執筆時点でPart 3は提案段階にあるが,主要な追加要求事項としては以下が挙げられている.
INCOSE Systems Engineering Handbookは,当初ISO化する予定で作業が進んでいたが,Wileyより出版している関係で著作権上の問題が生じたためISO化は見送られた.しかし,内容的にはISO/IEC 15288(システム・ライフサイクル・プロセス)等のISO規格とも整合性が確保されている.
Part 4では,ソフトウェア技術者を対象として,Part 1で定義した要求事項に対する追加要求事項を定義する.Part 4については,本稿執筆時点では案も存在しないが,Part 3の内容を前例として策定されることが見込まれる.
ISO規格を策定する際には,できるだけ多くの賛同を集める必要がある.また,規格策定作業に協力して頂ける人材を集める必要がある.本節では,そのための取り組みを示す.
コンビーナは年2回(5月と11月)に開催される国際会合において,WGレベルでの議題の整理,規格策定作業の進行およびSC7事務局や他のWGとの連絡調整にあたっている.ISO/IEC 24773策定の初期段階ではJuan Garbajosa教授(スペイン)がWG20のコンビーナを務めたが,2015年6月より鷲崎(日本)に交代した.これにより,ISO/IEC 24773の策定作業を統括する基盤を整えた.
エディタは担当する規格の編集作業を担うと同時に,規格の技術的な内容に関する議論を取りまとめる役割を担う.ISO/IEC 24773を構成する各Partについては,以下のようにエディタを定めた.
ISO/IEC 24773の策定は,CSDP(Certified Software Development Professional)という資格制度を運営していたIEEE-CSからの提案をきっかけにして,INCOSEや日本が賛同することでスタートした.INCOSEも資格制度を運営しており,日本は,情報処理学会の認定情報技術者制度(CITP)の国際的通用性を確保する観点から提案に賛同した.そのため,規格策定作業はIEEE-CS,INCOSEおよび日本が中心となって推進している.このように,規格に対する直接の利害関係者を中心に規格策定を進めることで,長期にわたる規格策定作業に当たる推進力を得ることを意図した.
IEEE-CSはISO/IEC JTC1/SC7内で大きな影響力を持っているため,その提案は国際的な賛同を得られやすい.その後,IEEE-CSがCSDP制度の運営を停止したため,規格策定における影響力が低下した.それに伴い日本の意見を規格に反映する余地が増大した.
ISO's Committee on Conformity Assessment(CASCO)は,ISOの直下に設置されており,適合性評価(conformity assessment)に関する事案を扱う個別の技術分野に対して共通の要件を定義する分野横断的な委員会である.各分野のWG等が適合性評価を伴う規格(Conformity Standard)を策定する際には,その分野の違いによらず,提案段階および照会段階で,CASCOによる内容の確認と承認が必要になる.CASCOはISO/IEC 17024をはじめとして適合性評価に関するさまざまな国際規格やガイドを策定しており,それらと整合しない内容は却下される.
そこでCASCOが策定している汎用規格(策定を予定している国際規格に対応する共通要件を定義しているもの)や各種ガイドを十分理解するとともに,理解内容に齟齬がないようCASCOとの密なコミュニケーションを行うことが重要である.
ISO/IEC 24773の策定にあたっては,主としてWG20のコンビーナがCASCOのセクレタリおよびプログラムマネージャとメールをやり取りした.SC7としてCASCOに対する調整を担うリエゾン役を置いているものの,規格策定の速度および個別の事情を鑑みて,上述のようにWGレベルでのスムーズなコミュニケーションを図っている.その結果,ISO/IEC 24773 Part 1は,CASCOによる確認を特段の問題なく通過した.
ISO/IEC 24773の策定にあたっては,資格制度が保証する能力(知識,スキル,業務遂行能力)の明確化が重要なテーマである.世界を見渡すと,IT技術者の能力を定義するための取り組みは数多く行われている.これらの取り組みと連携することは,新規格への賛同を拡げるとともに,規格の国際的通用性を高める上できわめて重要性が高い.
そこでWG20ではIEA,CEN,SFIA FoundationおよびIPAと連携する取り組みを進めた.
IEA(International Engineering Alliance,国際エンジニアリング連合)は,さまざまな分野の技術者(Engineer)を対象とした資格制度や教育制度に関する国際協定間の連携を図るため,2001年に結成された国際組織である.教育制度の面ではJABEE(日本技術者教育認定機構)とのかかわりが深い.また,資格制度の面では,技術士(Professional Engineer)やAPEC Engineer等との関係が深い.そこで,JABEEを通じてIEAにコンタクトし,IPEA(International Professional Engineers Agreement)Executive CommitteeからWG20に対してリエゾン委員を出していただくことにした.また,IEAが定めたProfessional Competency Profiles(PC)[12]は業務遂行能力との関係が深いため,それを分析してISO/IEC 24773 Part 2の共通モデルにも反映することにした.
CEN(Europen Committee for Standardization,欧州標準化委員会)は欧州(英国を除く)における代表的な標準化団体である.CEN TC 428(Digital competences and ICT Professionalism)では欧州における情報技術者の能力を定義するためにe-Competence Framework(e-CF)[9]を策定しており,ISO/IEC 24773 Part 2の共通モデルでも参照することが不可欠である.そのため,ECのIT政策責任者を通じてCEN TC 428に協力を呼びかけ,WG20との間で相互にリエゾン委員を出すことにした.
リエゾン委員を出すことにより,相互の情報流通は格段に良くなる.そのため,IEAやCENとしてもISOとの連携は望むところであり,相互に意味のある連携体制を構築できた.また,リエゾン委員を任命することにより,規格策定に当たる利害関係者が理不尽な要求をしないように牽制する意味も持たせた.
SFIA Foundationは英国を拠点とする国際的非営利団体であり,SFIA(Skills Framework for the Information Age,情報化時代のためのスキルのフレームワーク)[10]を策定し保守している.SFIAは,IT全般におけるスキル群およびそのレベルを分類する枠組みとして国際的に認知され,他のさまざまな体系から参照されている. たとえば,SFIAはe-CFの中で代表的かつ具体的なスキル枠組みとして言及されている.また日本で長くIT全般におけるスキル群の枠組みとして参照されてきたITスキル標準(ITSS)[28]はもともとSFIAを参考として開発されており,後述のiCDにおけるSFIAとの対応付けに繋がっている.さらにIEEE-CSおよびACMにより策定されたエンタープライズITの知識体系EITBOK[29]では,知識領域の単位でSFIAとの対応付けを行っている.このようにSFIAはスキルの分類について事実上の標準として認知されつつあるため,WG20ではSFIA Foundationの協力を得てISO/IEC 24773の策定にあたりSFIAの内容を調査するとともに,ISO/IECにおいて将来SFIAを国際規格あるいは技術報告書(TR,Technical Report)として位置付けることを視野に,SFIA Foundationとのリエゾンの関係を築く予定である.
IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)は,情報技術者に求められる知識,スキル,業務(タスク)を列挙し,評価項目とも対応付けたiコンピテンシ・ディクショナリ(iCD)[11]を策定している.また,IEEE-CS,CENおよびSFIA Foundationとの連携も推進しており,iCDとe-CFやSFIAの対応付けも行っている.共通フレーム2013では,ISO/IEC 12207,15288および29148(要求エンジニアリングプロセス)を参照している.そこで,iCDをISO/IEC 24773 Part 2の共通モデルでも参照することにより国際整合性の確保を図った.これにより,iCDおよびiCDが参照している「共通フレーム2013」の国際的通用性を確保し,海外における日本の制度の地位を高めることができる.
ISO/IECにおける標準化の通常の手続きは,ISO/IEC業務用指針 第1部[23]において以下の6つのプロジェクト段階を経るものとして規定されている.
(i)提案段階(Proposal Stage):標準化プロジェクトの提案書にあたる新業務項目提案(NP, New Work Itemp Proposal)を提出し,投票により2/3以上の賛成および一定数の積極的なプロジェクト参画の表明を得ると以降の段階に進む.
(ii)作成段階(Preparatory Stage):規格の作業原案(WD, Working Draft)を作成する.
(iii)委員会段階(Committee Stage):委員会原案(CD, Committee Draft)を作成し,2/3以上の賛成を得るなどして国代表組織からの合意を得られるまで投票と投票コメントに基づく改訂を続けて,次の段階に進む.「合意」とは,全員の一致を必要としないが,本質的な問題について重要な利害関係者中で反対意見が無く全体的な一致を得ることを指す.
(iv)照会段階(Enquiry Stage):国際規格案(DIS, Draft International Standard)を作成し,投票により2/3以上の賛成を得るなどにより次の段階に進む.
(v)承認段階(Approval Stage):最終国際規格案(FDIS, Final Draft International Standard)を作成し,投票により2/3以上の賛成を得るなどにより次の段階に進む.DISが反対票無しで承認された場合は,承認段階を省略できる.
(vi)発行段階(Publication Stage):必要に応じて誤りを修正のうえ,国際規格(IS, International Standard)を作成し発行する.
国際規格の策定にあたり,産業界の動向や規格の必要性を入念に調査のうえ,内容の大筋や提案後の進行の見通しを提案前に立てておく必要がある.ISO/IEC 24773の場合,次の2つの調査グループ(Study Group)の調査結果が基礎を与えている.
前者は,SC7内で鷲崎他を主査として2009年から2012年にかけて,比較枠組みとしてのISO/IEC 24773:2008を用いて日本の情報処理技術者試験を含む14のソフトウェア関連資格制度の特徴を分析したものである.分析の結果,ソフトウェア産業における資格制度の多くはソフトウェア技術のみを扱うものではないことが明確となり,ISO/IEC 24773の改訂へと繋がっている.具体的には,ISO/IEC 24773が扱う技術分野の拡大,ならびに,複数の部からなる構成とすることで共通項をまとめた基本部分と各技術分野に特化した個別部分を明確に分けることに繋がった.また,依拠する知識体系の表現形態や,能力および業務遂行能力の評価方法は資格制度によりまちまちであることも明確となり,より詳細な調査のうえで望ましい記述のあり方をISO/IEC 24773のPart 2として策定することに繋がった.
後者は,SC7内およびWG20内でISO/IEC 24773 Part 1およびPart 3でエディタを務める4名を主査として2016年から2017年にかけて,代表的な既存の業務遂行能力モデルおよび枠組みとしてiコンピテンシ・ディクショナリ,SFIA,e-CF,SWECOM,SECF等の記述内容を比較調査したものである.調査の結果,知識,スキル,業務遂行能力およびその能力レベルの定義と関係について,一定程度の共通性と詳細部分における相当の相違が明確となった.そこでISO/IEC 24773 Part 2の策定にあたり,それらを抽象化のうえ整理した共通モデルを含めることや,推奨される記述のあり方をガイドラインとして含めることの検討に繋がっている.
図3には業務遂行能力モデル調査を通じて策定した共通モデル(案)を示す.知識,スキル,業務遂行能力のそれぞれに対して,レベルを定義することにより,資格が証明する能力を明示できるようにする点や,業務との対応付けを行っている点が図2とは異なる.調査対象となった業務遂行能力モデルは,この共通モデルとの間で対応付けが可能なことを確認してある.そのため,業務遂行能力モデルを共通モデルにマッピングすることにより,相互の比較が可能になる.
NPが認められると,3年以内に規格を取りまとめる必要がある.逆に言えば,3年以内に技術的内容を詰めるとともに,各種の投票が完了する目途が立たないとNP投票を始めるための合意を得ることはできない.そのため,NPの作成作業と並行してWD(Working Draft)を作成し,両者を投票に付すのが一般的である.
WD作成は,ISO/IEC 24773:2008を元に開始した.旧規格の作成後,SC7ではシステム技術をも所掌範囲に含めていたため,その点の修正が必要になった.
また,旧規格で定義されていた各種の概念についてER図を描いて関係を整理したところ,曖昧な個所が多く見つかった.そこで,概念間の関係を整理するための議論を行った.これらの議論の成果は,ISO/IEC 24773 Part 1の「基本概念」の節にまとめてある.
ISO/IEC 17024では,業務遂行能力(competence)を「所望の結果を得るために知識やスキルを応用する能力」と定義している.一方,資格保持者にはタスクの遂行が求められている.しかし,タスクと業務遂行能力の関係は,必ずしも明確でなかった.そこで,業務遂行能力はタスクを遂行する能力として位置付けることにした.
旧規格では,スキルと業務遂行能力の違いも明確とは言えなかった.そのため,スキルは基本的に,教育機関で指導可能な比較的単純な処理を行う能力として位置付けた.一方,業務遂行能力は複数の知識やスキルを組み合わせることにより発揮する総合的な能力として位置付けた.
上述したように業務遂行能力をタスクと関連付けたが,タスクの具体的なイメージは不明確だった.そこで,ISO/IEC 12207[4] (ソフトウェア・ライフサイクルプロセス)やISO/IEC 15288[5] (システム・ライフサイクルプロセス)等のプロセス標準を参照することにした.これらのプロセス標準では,プロセス,アクティビティ,タスクの3階層の区分を用いて,ソフトウェア技術やシステム技術分野で行われているさまざまなタスクを定義している.そのため,タスクの具体例として妥当性が高い.この考え方はSC7内でプロセス標準を策定しているWG7の専門家からも賛同を得た.
「コンピテンシー」という用語はさまざまな意味で使われている.過去には,経済産業省が示した社会人基礎力の中でもこの用語が使われた.IEA[12]もprofessional competenceという用語を「engineerに求められる汎用的な能力」という意味で使用している.ISO/IEC 24773では,これらの概念を汎用スキル(generic skill)と呼ぶことにして曖昧さを回避した.
さらに,タスクとプロセス標準の関係を明確化したことにより,資格制度が定義しているタスク集合とプロセス標準のタスク集合を対応付けることで,複数の資格制度のタスク集合を相互に比較できる枠組みを構築できる.これを通じて資格制度間の関係を明確化すれば,資格取得希望者が取得したい資格を選ぶ際や,IT人材を雇用(ないし業務を依頼)する際に,異なる資格の保持者を比較するために有用である.そこで,「資格制度が定義しているタスク集合といずれかのプロセス標準のタスク集合を対応付ける」ことをISO/IEC 24773 Part 1の要件に加えることを提案し,賛同を得た.提案の際には,ISO/IEC 12207や15288および,IEEE-CSが策定を進めているSWECOM[6]を参照することで,提案の理由付けを強化した.
ISO/IEC 24773の適用にあたっては適合性評価(conformity assessment)を伴う.適合性評価を伴う規格については,NP投票を始める前にCASCOの了承を得る必要がある.そのための取り組みについては,3.2を参照して頂きたい.
WG20では,CASCOの了承を得た上でISO/IEC 24773 Part 1のNPとWDを投票に付した.その結果,10か国の賛同を得て正式にISO規格の策定を開始した.なお,反対票はなかった.Part 3についてもCASCOの了承を得てNPとWDを投票に付しており,Part 1と同様,ISO規格の策定開始が承認された.
Part 1に対するNP投票では,日本および米国より計39件の意見が提出された.また,SC7/SWG5により9件のレビューコメントが提出された.そのうち,技術的内容に関する主なものを以下に示す.これらのコメントに対しては基本的に採用(少なくとも趣旨を反映)してWDを修正した.
日本からは「certificationに対する完全準拠の他に,qualificationに対する部分的な準拠も認めるべきではないか」との提案を出したが,検討の末,採用は見送られた.qualificationを対象とする適合性評価規格を策定するには,CASCOがそれに対応する一般要求事項をIS化する必要があるが,現状では対応規格が策定されていないことが主要な理由である.qualificationはcertificationと比較するときわめて種類が多く,資格保持者も多いため,ISO規格の社会的有用性は高い.そのため,本件は今後の課題となった.
上記の他,WG20では,資格制度を運用する組織に対する追加要件として,評価者に求める業務経験を要件化することについての議論があった.しかし,共通要件化するか否かについて合意が得られず,Part 3ないし4の策定の際に個別に検討することになった.
2016年9月22日に締め切られたISO/IEC 24773 Part 1のCD投票に対しては,16か国からの賛同が得られ無事承認された.反対票はなかった.
CD投票では5か国から計45件のコメントが提出された.そのうち,技術的内容に関する主なものを以下に示す.これらのコメントに対しては,ISOルールに反する意見(1件)のみを不採用としたが,残る意見はすべてDIS作成の際に反映した.
内容についての実質的な検討はこの工程で終わることを念頭に置いて,最後の詰めの議論を行った.その結果,プロセス標準で定義されたタスクと資格制度が定義するタスクの対応付けは要求事項から推奨事項に格下げすることにした.これは,プロセス標準で定義された以外のタスクも認める方針を採用したためである.ただし,推奨事項に格下げされても「比較の枠組み」としての項目には残るため,要件を満たした資格制度は,それ以外の資格制度に対する優位性を主張することができる.
このように,CDに対して提出されたコメントだけでなく,WGに出席した委員から出された意見に対する修正も行われた.このことからもISO国際会合に出席して意見を述べることの重要性が分かる. DISを投票に付す前には,CASCOによる最終レビューを受け,承認を得る必要がある.この手続きの後,5か月間に渡るDIS投票が行われた.
2018年3月26日に締め切られたISO/IEC 24773 Part 1のDIS投票に対しては,21か国から賛成が得られ無事承認された.反対票はなかった.
今後,DIS原稿に対して寄せられた意見やコメントを検討の上,IS化に向けた作業を行う.ただし,この段階で行う修正作業は字句の修正による曖昧さの除去や誤字脱字の修正が主であり,技術的な内容の変更を伴わない.IS化作業は2018年末頃には完了する予定である.
本章で述べた規格策定の全体像を表3にまとめて示す.
ISO/IEC 24773の価値を高めるためには,既存の高度IT資格制度をユーザとして取り込めるように規格を設計することが重要である.これにより,高度IT資格を保有するIT人材が国際的に活躍できる基盤を構築できる.一方で,ISO/IEC 24773に適合できないqualificationへの対応等,ISO規格だけでは解決できない課題への取り組みも必要になる.
IEEE-CSは2002年から2016年まで,ソフトウェア技術資格制度として,更新を必要とする上級技術者のcertificationとしてのCertified Software Development Professional (CSDP)と,更新を必要としない初級技術者のqualificationとしてのCertified Software Development Associate(CSDA)を実施していた.いずれも知識体系としてSWEBOKに基づき知識を問う試験ベースの制度である.ISO/IEC 24773:2008は,IEEE Computer Societyの協力のもと,両方が準拠可能な規格となることを意図して策定された.
その後IEEE-CSは,産業界におけるソフトウェア技術の広がりと深まりを受けて,資格制度を次の三つへと再構成している[26]: Associate Software Developer Certification,Professional Software Developer Certification,Professional Software Engineering Master Certification.後者の二つは知識試験(ペーパーテスト)に加えてプログラミング・ソフトウェア開発の実技試験を課している.三つとも本稿執筆時点では更新を必要としないqualificationであり,厳密には改訂中のISO/IEC 24773の対象外である.しかし,引き続きエディタ等としてIEEE-CSの協力が得られており,依拠する知識体系を明示することや,実技試験といったさまざまな能力評価の方法があり得ることについて,今後のISO/IEC 24773改訂(特にPart 4の策定)に反映されていく予定である.
INCOSEはシステム技術資格制度として,能力や経験に応じてエントリレベルからシニアレベルまでの次の三つを実施している[27]: Associate Systems Engineering Professional(ASEP),Certified Systems Engineering Professional(CSEP),Expert Systems Engineering Professional(ESEP).これらのうちASEPとCSEPは,5年または3年おきの更新を必要とするcertificationであり,INCOSE Systems Engineering Handbookに基づき知識を問う試験ベースの資格制度である.一方ESEPは,一定の実務経験や学歴を前提に専門家による審査を経て認められる資格制度であり,特に高度な実績を有するシステム技術者に名誉を与える資格として一生涯通用する.
ISO/IEC 24773の改訂にあたりINCOSEの協力が得られており,特にPart 3についてエディタとして参画し,ASEPとCSEPが準拠可能な規格となることを意図して策定しているところである.
情報処理学会は情報産業のグローバル化に対応した上級資格制度の検討を進めてきたが,2014年度より認定情報技術者制度(CITP,Certified IT Professional)の運用を開始した[13].2017年度末の時点で約7400名の資格保持者を擁している.
CITP制度は高度な専門知識と豊富な業務実績を有する情報技術者に資格を付与することにより,その能力を可視化するとともに,資格を有する情報技術者からなるプロフェッショナルコミュニティを構築して社会貢献の推進および情報技術者の社会的地位の向上を目指すことを目的としている[14].
CITP制度は国内での通用性を高めるためにITスキル標準(レベル4以上)を参照しており,個人を対象とする個人認証方式[15]と,企業等が運営する社内資格制度を対象とする企業認定方式 [16]から構成されている.どちらの方式についても,制度検討の初期段階から国際的通用性を意識して設計されてきた.当然,ISO/IEC 24773にも準拠しており,CITP制度にとって,ISO/IEC 24773は国際的通用性を確保するための重要な手段である.
日本国内にも情報処理技術者試験や技術士資格をはじめとして多くのIT資格はあるが,それらの多くはqualificationであるためISO/IEC 24773が求める要件を満たさない.そこでCITP制度は情報処理技術者試験(高度試験)の合格者に対して,ISO/IEC 24773が求める要件をすべて満たすためのアダプタとしても機能するように設計している.たとえば,資格更新の要件およびCPDの要件を満たすために,CITP制度では資格の有効期間を3年としており,更新にあたっては所定のCPD実績を課している.
また,技術士資格(情報工学)保持者に対してCITP資格を付与するための検討も進められている.これらのことから,CITP資格は日本の高度IT技術者が国際的に通用する能力を証明するための制度として重要性が高い.
これらの点を考慮して,情報処理学会はISO/IEC 24773の策定にも積極的に参画しており,資格制度運営委員会よりPart 1のエディタも出している.これにより,ISOでの議論をタイムリーに収集して制度の改善に役立てるとともに,WG20に対して意見を提出するためのチャネルを確保している.
一方,ISO/IEC JTC1/SC7/WG20にとって,CITP制度はISO/IEC 24773の重要なユーザであり,同時に規格に盛り込まれた要件のフィージビリティを確認するための手段でもある.
その意味で情報処理学会とWG20は相互依存の関係にある.
IFIP(International Fedaration of Information Processing,国際情報処理連合)の下に設置されたIP3(International Professional Practice Partnership)[17]は,高度IT資格制度を推進するための組織であり,資格制度の要件を定めて各国の資格制度を認定している.
CITP制度は2018年3月にIFIP IP3の認定を取得し,これを通じて国際的通用性を確保した.IP3はCITP制度の他にACS(Australian Computer Society),CIPS(Canadian Information Processing Society),IITPSA(Institute of Information Technology Professionals, South Africa)が運営する高度IT資格制度を認定している.IP3が認定している高度IT資格制度は,基準となる知識体系等との対応付けを行うことによりISO/IEC 24773の要件も満たせるため,将来的にISO/IEC 24773のユーザを増やすことにもつながることが期待される.
ISO/IEC 24773の策定にあたっては,協力者や賛同者を集める取り組みの他,ISO規格策定の各工程において段階的に検討を進めていくことが重要であった.その際にはWin-Winの関係を築くことに注力した.そのために,提案にあたっては合理的な理由を準備した上で,相手の立場も考慮して説得に当たった.一方で,交渉相手が万一,理不尽な要求をしてきた場合の備えについても考慮した.
また,策定された規格の利用者を増やすためのプラクティスについても併せて述べた.本稿を通じて,国際的な合意を形成するための取り組みについての理解が深まることを期待している.
今後の予定としては,Part 2〜4の策定作業や新規格の普及活動が挙げられる.ISO規格は原則として5年以内に見直しをすることになっているため,ISO/IEC 24773の活用状況を見た上で改訂作業を行う予定である.改訂のテーマとしては,より広範囲の高度IT資格への対応や,qualificationに対する要求事項の規格化などが考えられる.
謝辞 ISO/IEC 24773の策定には,長期間にわたり多大な労力を費やす必要があります.本規格の策定にあたり,ご協力を頂いている関係者の皆様に深謝いたします.
1989年九州大学工学研究科博士後期課程(情報工学専攻)修了.工学博士.現在,佐賀大学理工学部知能情報システム学科准教授.ソフトウェア工学,データベース,情報専門教育に関する研究に従事.2012年本会優秀教育賞受賞.ISO/IEC JTC 1/SC 7/WG 20委員.ISO/IEC 24773 Part 1,2,4 co-editor.
鷲崎 弘宜(シニア会員)washizaki@waseda.jp早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長・教授,国立情報学研究所客員教授,(株)システム情報 取締役(監査等委員),(株)エクスモーション社外取締役,ガイオ・テクノロジー(株)技術アドバイザ.IEEE CS Professional & Educational Activities Board Ad Hoc Committee Chair, IEEE CS Japan Chapter Vice-Chair, SEMAT Japan Chapter Chair, ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor, I. J. Agile and Extreme Software Development Editor-in-Chief,CSEE & T Steering Committee Member,G7プログラミングラーニングサミット実行委員会会長,情報処理学会プログラミングコンテスト委員会元委員長.
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