デジタルプラクティス Vol.10 No.1(Jan. 2019)

移動体データに関する国際標準
OGC Moving Featuresとその適用事例

林 秀樹1  淺原 彰規1  石丸 伸裕1  金 京淑2  柴崎 亮介3

1(株)日立製作所  2産業技術総合研究所  3東京大学 

近年の測位技術の進歩やセンサ・スマートデバイスの高度化により,人や車など移動体(Moving Features)の位置情報を安価かつ大量に収集・蓄積できる環境が整いつつある.そこで筆者らは,業界横断で迅速かつ高度に移動体データを処理・分析することができるように,移動体データの交換形式Moving Features Encodingとデータアクセス仕様Moving Features Accessを地理空間情報の国際標準化団体Open Geospatial Consortium(OGC)に提案し,OGCの標準仕様として採択された.本稿では,筆者らが実践した移動体データを対象とした国際標準化の取り組み,およびその適用事例について述べる.

1.はじめに

近年,さまざまな測位技術の進歩により,人や車などの移動体の位置情報を計測可能な環境が整備されている.たとえば,GPS (Global Positioning System) に代表される衛星測位システムでは,人工衛星からの電波を利用して,受信機をもつ移動体の位置を計測可能である.さらに日本では,2023年度をめどに持続測位可能な7機体制での運用を開始する準天頂衛星システム「みちびき」により,移動体の位置情報を高精度に測位可能な環境が整備される予定である[1].一方,無線LAN,BLE (Bluetooth Low Energy),IMES (Indoor Messaging System)などを用いて,屋内の移動体の位置情報を計測可能な環境も普及している.これらの測位技術が,無線通信機能を備えたスマートフォンやカーナビゲーションシステムに搭載されることで,移動体の位置情報を広く収集可能となる.そして,計算機の高性能化,地理情報システム (GIS: Geographic Information System) の高機能化に伴い,膨大な移動体の位置情報を分析可能となっている.

このような技術的な進展と,位置情報の利活用ニーズの高まりとともに,さまざまな活用事例が出てきている.たとえば,携帯電話を保有する個人の位置情報等を,個人が特定できないように匿名化処理等を行い,人口統計データとして事業者や地方自治体に提供するサービスがある[2].テレマティクスサービスを通じて収集・蓄積した車両の位置や速度,走行状況などの情報をもとに加工した交通情報や統計データなどを,交通流改善や地図情報の提供,防災対策などに活用できる情報提供サービスが出てきている[3].また急発進や急ブレーキの発生状況に関するデータを取得し,安全な運転かを判別し,保険料をキャッシュバックするサービスも出てきている[4].これらの事例は単一の事業者が保有する位置情報の活用事例であるが,災害時など複数の事業者が保有する位置情報の活用事例もある.たとえば,2011年3月に発生した東日本大震災のときには,自動車会社4社のもつプローブ情報をもとに作成された被災地での通行実績情報が公開され,救助活動や物資輸送の計画立案に活用された[5].

後者の事例のように,複数の事業者の保有する移動体の位置情報を活用する場合,①安心・安全なデータ流通・利活用環境の整備,②システム間の相互運用性の実現,が課題となる.①については,政府を中心に,データ流通・利活用に関する制度環境について継続的な検討が進められている.たとえば,個人情報保護法が改正(2015年改正)され,位置情報を含むパーソナルデータを安全に流通させるため,個人情報を匿名加工情報に加工し,安全な形で自由に利活用可能とする制度が創設されている.②については,異なるシステム同士で円滑に位置情報を交換可能にするため,位置情報の標準的な交換形式とアクセス方法を規定する必要がある.これまで移動体の位置情報に関連する標準仕様として, 国際標準化機構ISO (International Organization for Standardization)[6]の標準仕様である ISO19141:2008 Geographic Information - Schema for Moving Features [7]では,地物の移動を対象にしたデータ(移動体データ)に関する仕様が規定されている.しかしこれは概念的な抽象仕様であったため,位置情報に関連する実用的な標準仕様は存在しなかった.

そこで筆者らは,地理空間情報の国際標準化団体OGC (Open Geospatial Consortium)[8]に移動体データに関する標準仕様について議論するワーキンググループ設立を提案し,2013年2月にMoving Features SWG (Standards Working Group) が設立された[9].そして,筆者らはISO19141:2008に基づき,移動体データの交換形式仕様を提案し,2015年2月にOGC Moving Features Encoding[10],[11]が標準として採択された.また筆者らは,移動体データへのアクセス仕様を提案し,2017年3月にOGC Moving Features Access[12]が標準として採択された.

本稿では,これらの標準化活動について述べ,仕様の内容についても説明する.またOGC Moving Featuresの普及展開活動として,実装仕様の提案,仕様適用を進めており,その内容も報告する.

本稿の構成は以下の通りである.第2章では, OGCでの活動内容,OGC Moving Featuresの仕様について説明する.第3章では,OGC Moving Featuresの普及展開活動として,提案した実装仕様,適用事例について述べる.最後に第4章で,本稿のまとめと今後の展開について述べる.

2.移動体データの国際標準化活動

2.1 OGCにおけるSWGの設立

2.1.1 OGCの概要

OGCは地理空間情報に関する国際標準策定の推進と議論の場の提供を目的とし,1994年に米国で設立された非営利の業界団体である.OGCの主な標準化の範囲は,地理空間情報のデータ交換形式とWebサービスインタフェースである(表1).OGC標準はISO標準のような公的標準(デジュール標準)ではなく,業界標準(フォーラム標準)であるが,国際標準として広く認知され,欧米政府を中心に公式採用されている.またOGCはISOと密に連携しており,OGC標準をISO標準にする活動も活発である.そのため,OGCは地理空間情報分野の国際標準化団体としては最も影響力のある団体となっている.OGCの加入団体は2018年6月時点で500以上であり,企業(SIer,ベンダー,ITサービス等),政府機関(安全保障,宇宙機関,地図作成機関,研究機関等),大学等から構成されている.また加入団体を地域別に見ると,北米,欧州からの加入団体が多いが,近年,アジア・太平洋圏からの団体が増加している傾向にある.

表1 OGC標準の例
表1 OGC標準の例

OGCでは,地理空間情報に関する標準仕様などを議論する場として,SWG (Standards Working Group)[13]とDWG (Domain Working Group)[14]を設けている.SWGは標準仕様に関する議論と意思決定を行う場,DWGは分野(ドメイン)ごとに課題や標準仕様の適用事例などを議論する場である.OGCでは,3カ月に一度,TC (Technical Committee) 会合を開催し,その中で全体会合,SWG会合,DWG会合などが行われ,情報共有,議論,意思決定,文書レビューなどが行われる.

2.1.2 OGCの標準化プロセス

OGCにおける標準化は,①DWGでの議論,②SWGの設立,③SWGでの議論,④標準化手続きの順に行われる.以下,それぞれについて説明する.

①のDWGでの議論では,まず標準化のスコープに関連するDWGを選定し,DWGのChairらにDWG会合で標準化の必要性を議論する場の設定を依頼する.次に,DWG会合にて,標準化の目的とスコープ,標準仕様の用途などについて説明し,DWG関係者から理解を得るとともに意見を収集する.

②のSWGの設立では,まず,DWGでの議論結果に基づき, SWGの設立趣意書 (Charter Document) を執筆する.設立趣意書には,標準化の目的とスコープ,推進メンバなどを執筆する.次に,この設立趣意書をもって,SWG設立の全体投票を行うことについて,DWG会合での承認を得た後,全体会合での承認を得る必要がある(全体投票とは投票権をもつ加盟団体による投票を意味する).そして,全体投票で可決されると,SWGが設立されることになる.

③のSWGでの議論では,SWG設立後にSWG会合を開催し,具体的に標準仕様に関する議論を行う.会合に加え,オンラインミーティングや電子メールも利用し,SWGメンバと議論を重ね,標準仕様のドラフトを執筆していく.

④の標準化手続きでは,標準仕様のドラフトに対し,OGCボードメンバによるレビュー,TCの全体会合での議論,RFC (Request for Comments(OGCのWebサイトで仕様書のドラフトを公開し意見を収集))が行われる.これらの議論結果を標準仕様のドラフトに反映する.そして,TCの全体会合で標準成立に向けた全体投票の実施について可決を受けると,全体投票が実施される.全体投票で標準成立の可決を受けると,OGC標準として採択される.

2.1.3 OGC Moving Features SWGの設立

これまでOGCでは移動体データに関する標準仕様について議論する場がなかった.そのため筆者らは,新たなSWG (Moving Features SWG) が必要であると考え,OGCにSWGの設立を提案した.以下,SWG設立までの活動内容について説明する.まず筆者らは,最初に幅広い意見を募るため,移動体データに関係する可能性がある3DIM ((3D Information Mangement) DWG(3次元の都市データ等の活用を議論する場),EDM (Emergency and Disaster Management) DWG(防災応用を議論する場),Mass Market DWG(位置認識技術の応用を議論する場)で複数回プレゼンを実施した.これにより,筆者らの活動がOGC全体に周知され,後の標準化活動における賛同者を獲得することにつながった.

次に筆者らは,どのDWGでSWG設立の議論を行うべきか選定した.筆者らは長年OGCの活動にかかわり,その活動で得たOGCの知見に基づいて,3DIM DWGを議論の場として選択した.3DIM DWGは,移動体データの活用もスコープに入っているため,3DIM DWGで議論することが適切だと考えた.

そして筆者らは,3DIM DWGでの議論を重ね,移動体データに関する標準化の必要性をDiscussion Paperとして執筆した[15].Disuccsion PaperはOGCの公式文書ではないが,OGCで今後議論すべき内容をまとめた文書である.そして,3DIM DWGでDiscussion Paper公開の可決を経て,OGC内外で移動体データに関する標準化の必要性が周知された.さらにDisucssion Paperの内容に基づき,標準仕様のスコープを明確にした.また,これまで培った人脈を活かしたロビー活動によりSWG設立の協力者を募り,日本含め7カ国13組織から協力者を得た.なお,ロビー活動の過程では,他SWG関係者との意見交換を通じて,既存の仕様に含めるか(たとえば,3D都市地図データ交換形式CityGML),新しい別の仕様とするかなど,どのような標準とすることが望ましいかについて意見交換および調整,合意形成を実施した.最終的に独立したコンパクトな仕様とする方針とし,SWGが設立されることとなった.

この結果に基づき,筆者らはMoving Features SWGの設立趣意書を執筆し,OGCにSWG設立を提案した[16].その後,TCの全体会合で,SWG設立に向けた全体投票の実施について可決された.全体投票の結果, SWG設立について可決され,Moving Features SWGが設立された[9].

2.2 OGC Moving Featuresの仕様

2.2.1 移動体データの交換形式

筆者らは移動体データの交換形式Moving Features Encondingを提案するにあたり,ISO19141:2008で規定されているMoving Featuresの概念モデルをベースとした.Moving Featuresは地理空間情報のうち,地物の移動を表現する.図1にMoving Featuresの概念モデルを示す.この図では,横軸は時間軸を示し,多角形の移動体(色塗りされた多角形)が時刻t1,t2,t3のときにどのように移動したかを示す.Moving Featuresの概念モデルはLeaf,Trajectory,Prism,Foliationから構成される.Leafはある時刻の地物の位置を示す.Trajectoryは地物の移動軌跡(位置情報の履歴)を示し,Prismは地物が移動した際に通過した空間の形状を示す.そしてFoliationは,Leaf,Trajectory,Prismを含むものとなる.

図1 Moving Featuresの概念モデル
図1 Moving Featuresの概念モデル

また筆者らはMoving Features Encodingの位置付けを明確にするため,既存の関連仕様との関係を整理した.図2にMoving Features Encoding の位置付けを示す.この図の縦軸はデータ活用に必要な階層を示し,システム層 (System layer),アプリケーション層 (Applicatoin layer),データ記述層 (Data description layer) に分類した.横軸はデータの種類を示し,空間的な範囲が時間変化する被覆データ (Coverage of temporally chaning data),属性値が時間変化するセンサデータ (Sensor data),地物の移動を対象とするデータ (Moving feature data) に分類した.この図で示す通り,Moving Features Encodingは,データ記述層の中で,地物の移動を対象とするデータに位置づけられる.Moving Features EncodingはISO19141:2008に最も関連し,ISO19141:2008に基づいて,地物の移動を対象とする実用的な仕様として提案した.

図2 OGC Moving Features Encodingの位置付け
図2 OGC Moving Features Encodingの位置付け

図3にOGC Moving Features Encodingの仕様構成を示す.Moving Featuresは地物の移動を表現し,その地物は点,線,面,立体であることを問わないが,Moving Features Encodingでは点の移動を対象とすることとした.これは議論を通じて適用ニーズが最も高かったためで,線,面,立体の移動については今後の課題とした.その上で,Moving Features EncondigはXML (Extensible Markup Lauguage) 形式とCSV (Comma Separated Values) 形式の2種類を策定した.XML形式はOGC Moving Features Encoding PartI: XML Core[10]として規定し,拡張性を優先した仕様とした.一方,CSV形式はOGC Moving Features Encoding Extension: Simple Comma Separated Values (CSV)[11]として規定し,XML形式に比べて,データサイズを軽量化した仕様とした.

図3 OGC Moving Features Encodingの仕様構成
図3 OGC Moving Features Encodingの仕様構成

図4に,OGC Moving Features Encoding Part I : XML Coreのデータモデルを示す.このデータモデルは,GMLアプリケーションとして定義されている.また前述の通り,OGC Moving Features Encodingでは点の移動を対象としたため,図1のMoving Featuresの概念モデルの構成要素のうち,Trajectoryの概念を用いて定義した.

図4 OGC Moving Features Encoding Part I : XML Coreのデータモデル
図4 OGC Moving Features Encoding Part I : XML Coreのデータモデル

OGC Moving Features Encoding Extension: Simple Comma Separated Values (CSV)では,図5に示す通り,ヘッダと移動体の軌跡の行から構成される.ヘッダ行では,軌跡の行を表現するための属性定義とその定義域を表現する.軌跡の行では,移動体の識別子を記述し,その後に開始時刻,終了時刻,ポリライン(軌跡形状を表現),属性(時間とともに変わる属性値)を表現する.たとえば,この図の軌跡の1行目では,識別子aの移動体が,開始時刻10のときに座標値(11.0, 2.0),終了時刻150のときに座標値(12.0,3.0)にいたことを示す.

図5 OGC Moving Features Encoding Extension: Simple Comma Separated Values (CSV)のデータ形式
図5 OGC Moving Features Encoding Extension: Simple Comma Separated Values (CSV)のデータ形式

筆者らは,Moving Features Encodingの標準化に向け,Moving Features Encodingのリファレンス実装を行った[17].このリファレンス実装では,Moving Features Encoding形式のデータを入力すると,地図上に移動軌跡が表示されるもので,これにより,Moving Features Encodingの仕様の実用性を確認した.

2.2.2 移動体データに対するアクセス仕様

OGC Moving Features Accessは,アプリケーションが移動体データを蓄積しているシステムにアクセスする方法を規定した仕様である.図6にOGC Moving Features Accessの位置づけを示す.OGC Moving Features Accessのスコープは本図の赤点線で示す部分で,移動体データを対象として,移動体の属性を取得する操作(Type A),移動体と静止している地物の関係に関する操作(Type B),移動体と移動体の関係に関する操作(Type C)を規定した仕様である.既存の抽象仕様であるISO19141:2008では,移動体の属性を取得する操作の一部を規定しているが,OGC Moving Features Accessでは,移動体の属性を取得する操作を拡張するとともに,移動体データを活用するアプリケーションで必要となる,移動体と静止している地物の関係に関する操作,移動体と移動体の関係に関する操作も規定した.

図6 OGC Moving Features Accessの位置付け
図6 OGC Moving Features Accessの位置付け

図7に,移動体の属性を取得する操作の例を示す.この図のx軸とy軸は空間的な座標面を示し,time軸は時間軸を示す.また太い矢印 (Trajectory Object) は移動体の移動軌跡と移動方向を示す.この操作では,たとえば,ある時刻を入力すると,移動体の位置を出力する操作(pointAtTime)や,速度を出力する操作(velocityAtTime)などを規定した.

図7 移動体の属性を取得する操作の例
図7 移動体の属性を取得する操作の例

図8に,移動体と静止している地物の関係に関する操作の例を示す.この図のGeometry Objectは静止している地物を示す.この操作では,たとえば,時間帯と場所を入力すると,この時間帯と場所を通過したか否かを出力する操作(intersects)や,この時間帯と場所を通過したときの軌跡を出力する操作(intersection)などを規定した.

図8 移動体と静止している地物の関係に関する操作の例
図8 移動体と静止している地物の関係に関する操作の例

図9に,移動体と移動体の関係に関する操作の例を示す.この操作では,たとえば,2つの移動体が最も接近したときの距離を出力する操作(nearestApproach)などを規定した.

図9 移動体と移動体の関係に関する操作の例
図9 移動体と移動体の関係に関する操作の例

2.3 標準化までの経過

図10に,OGC Moving Featuresの標準化の経過を示す.2013年2月にOGC内にMoving Features SWGが設立された後,約2年かけて,2015年2月にMoving Features EncodingがOGC標準として採択された[10],[11].その後,約2年かけて,2017年3月にMoving Features AccessがOGC標準として採択された[12].

図10 OGC Moving Features標準化の経過
図10 OGC Moving Features標準化の経過

 以下,筆者らが標準化のプロセスにおいて実践したプラクティスについて述べる.

  • コミュニティ内での信頼獲得
    筆者らはOGCというコミュニテイで標準化活動を推進する上で,OGC内での信頼獲得の重要性を認識していた.OGC Moving Features以外でも長く標準化活動にかかわり,継続的にOGCのTC会合に参加していた実績から,OGC Moving Featuresの標準化活動を開始する前から,OGC内での信頼関係を構築している状況であった.さらにOGC内での信頼関係を高めるため,2014年12月のOGC TC会合を東京に誘致した.このことが,OGC Moving Featuresのプレゼンス向上や標準化の後押しにも寄与した.
  • SWGへのキーパーソン参画
    SWG設立にあたり,SWGのメンバとして各所のキーパーソンに参画いただいた.SWGの議論の早い段階で,キーパーソンから仕様に対する意見を収集し,仕様に反映させることができた.そのため,OGC全体に仕様を展開するときには,質の高い仕様となっており,大きな手戻りを避けることができた.
  • スケジュール管理の徹底
    標準化は長い時間を要することが多々あるが,筆者らが推進したOGC Moving Features EncodingとOGC Moving Feautres Accessの標準化はそれぞれ2年間という比較的短い期間で行われた.筆者らは活動初期の段階でOGCの標準化プロセスを把握し,精緻なスケジュールを立てることができた.また,毎回のSWG会合で進捗確認を行い,厳密にスケジュールを管理した.さらにOGCの事務局とも密にスケジュールを共有することで,標準化の手続きを円滑に進めることができた.

2.4 プラクティスを通じて得た知見

以下,筆者らが実践したプラクティスを通じて得た知見について説明する.

  • スコープの広さとコントリビュータの集め易さ
    本来は,コントリビュータを集めるため,主体的にMoving Featuresの既存仕様ISO19141:2008も改定する動きも必要であった.しかし,議論の発散を抑えるため, ISO19141:2008準拠を前提として議論を進めた.その結果,実質的にコントリビューションを行う人が少なくなった.コントリビュータを増やすためには,議論が発散しない程度にスコープを広げる必要がある.
  • 概念的な設計の重要性
    OGC Moving Features Encodingの仕様策定については,当初は早期に標準化することをめざし,XML形式かCSV形式のどちらか一方で,標準化を進めようとした.議論の結果,その両方で仕様を策定することになり,実装に依存しない概念的な設計をXML形式で議論を深め,その上で実装に依存する設計をCSV形式で議論した.その後,XML形式で議論した概念的な設計に基づき,新しいJSON形式やバイナリ形式の仕様策定に繋がった.仕様の設計が実装に寄りすぎてしまうと,技術の進展により,仕様が陳腐化してしまう可能性があるため,実装に依存しない概念的な設計をしっかりまとめることの重要性を認識した.
  • 普及展開の難しさ
    標準化プロセスでは,標準化そのものの活動に注力して,国内では特に宣伝活動を行えなかった.その結果,国内での認知度は高いとは言い難かった.しかし,標準がリリースされて初めて,本稿も含め講演や寄稿の機会を得て,普及展開活動ができるようになった.普及展開活動の前提として,何らかの成果をもって宣伝活動を行う必要がある.また,Moving Features SWGにOSS (Open Source Software) 活動に参画しているメンバもいた.その活動では,OSS開発により利用者数が増大して,その利用者からのフィードバックによって仕様が見直され,仕様の質の向上に貢献するというサイクルができていた.標準とOSSは表裏一体であり,宣伝と普及促進の両面でOSS活動が重要である.このように標準化プロセスとは別に普及展開のプロセスも戦略的に進めていく必要がある.

3.OGC Moving Featuresの普及展開活動

3.1 実装仕様の提案

OGC Moving Featuresの普及展開を狙いとして,OGC Moving Features Encodingの拡張として,JSON形式とバイナリ形式を提案し,OGC Best Practiceとして採択された.JSON形式は,最近のWebアプリケーションの普及により,JSON形式へのニーズが高まっている背景を受けOGC Moving Features Encoding Extension – JSON[18]として規定した.一方,バイナリ形式へのニーズも高く,OGC Moving Features Encoding Extension: netCDF[19]として規定した.

3.2 適用事例

3.2.1 防災システムへの適用

移動体の移動軌跡と災害シミュレーションのデータを活用し,被害評価を行う防災システムに,OGC Moving Featuresが適用されている[20].この防災システムでは,たとえば,時間帯ごと場所ごとの移動体の位置と,溶岩流の範囲を重ね合わせて集計することで,被害評価の見積もりを行うことが可能である.この処理を行う際に,移動体の移動軌跡データをデータベースに蓄積する必要があり,そのデータ形式として,OGC Moving Features Encodingが適用されている.

3.2.2 動線分析への適用

人やモノの動線,滞留状況などの解析・レポート提供する動線分析システムにOGC Moving Featuresが適用されている[21].この動線分析システムでは,レーザセンサなどでさまざまな拠点から得られる移動体の位置情報を分析し,たとえば,工場・倉庫の作業員の動きの見える化による作業改善,店舗・商業施設における店舗レイアウト計画,公共施設・駅構内における混雑緩和計画への活用を想定している.その際,複数の拠点から収集される移動体データの形式としてOGC Moving Features Encodingが適用されている.

4.おわりに

本稿では,業界横断で迅速かつ高度に移動体データを処理・分析することを可能とする,移動体データの交換形式Moving Features Encodingとデータアクセス仕様Moving Features AccessのOGCでの標準化活動について述べ,これらの仕様の内容について説明した.またOGC Moving Featuresの普及展開活動として,実装仕様の提案,仕様適用を進めており,その内容についても報告した.

今後は,OGC Moving Featuresの適用事例について,仕様の使い方も含めて,OGC内外のコミュニティで共有するなど,OGC Moving Featuresの普及展開活動を進めていく予定である.

謝辞 OGC Moving Features Accessの提案内容には,日立製作所による総務省委託研究「G空間プラットフォームにおけるリアルタイム情報の利活用技術に関する研究開発」(2014~2015年度)の成果の一部,および産業総合技術研究所による国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「次世代ロボット中核技術開発事業/次世代人工知能技術分野」の成果の一部を含む.

参考文献
林 秀樹(正会員)hideki.hayashi.xu@hitachi.com

2002年大阪大学工学部電子情報通信エネルギー工学科卒業.2004年同大学大学院情報科学研究科博士前期課程修了.2006年同大学院情報科学研究科博士後期課程修了.同年,(株)日立製作所入社,以来,同社研究開発グループにて,データベース,地理情報システムの研究に従事.博士(情報科学).電子情報通信学会,日本データベース学会,IEEE,ACM各会員.

淺原 彰規(正会員)akinori.asahara.bq@hitachi.com

2002年北海道大学理学部物理学科卒業.2004年同大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了.同年,(株)日立製作所入社,以来,同社研究開発グループにて,空間情報システムの知能情報処理の研究に従事.博士(工学).電子情報通信学会会員.

石丸 伸裕(非会員)nobuhiro.ishimaru.yu@hitachi.com

1994年慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科卒業.1996年同大学大学院政策・メディア研究科政策・メディア専攻修士課程修了.同年,(株)日立製作所入社,研究開発グループ(1996~2011年)を経て,2011年よりディフェンスビジネスユニットにて空間情報システムの事業開発に従事.日本写真測量学会会員.

金 京淑(非会員)ks.kim@aist.go.jp

1999年釜山大学(韓国)電子計算学科卒業.2007年釜山大学(韓国)電子計算学科 博士(理学),情報通信研究機構研究員(2007~2014年),産業技術総合研究所主任研究員(2014年~),同人工知能研究センター研究チーム長(2017年~).研究分野はGIS, Spatio-temporal Databases, Data Fusion, Big Data Analysisなど.電子情報通信学会,日本データベース学会, 地理情報システム学会各会員.

柴崎 亮介(正会員)shiba@csis.u-tokyo.ac.jp

1980年東京大学工学部土木工学科卒.1982年同大学大学院工学系研究科土木工学専攻修了.同年,建設省土木研究所.1988年東京大学工学部助教授.1998年同大学空間情報科学研究センター教授.衛星画像からのグローバルマッピング・3次元マッピングを皮切りに人流等の大規模移動体データの計測や解析,情報銀行などの情報マネジメントシステムに関する研究開発に従事.工学博士.電子情報通信学会,土木学会,IEEE等の各会員.

採録決定:2018年11月15日
編集担当:平井 千秋((株)日立製作所)

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