デジタルプラクティス Vol.10 No.1(Jan. 2019)

ISO/IEC JTC 1での日本発データセンタ省エネ指標の国際標準化─欧米との考え方の違いを乗り越えての国際標準化─

椎野 孝雄1

1(株)キューブシステム 

JEITAのデータセンタ省エネ専門委員会では,2012年から,日本発のデータセンタ省エネ指標の国際標準化を,ISO/IEC JTC 1 SC 39の場で進めてきた.日本が提案したデータセンタ省エネの総合的な体系であるDPPE(Data Centre Performance Per Energy)を構成する4つの指標は,2017年までに国際標準として発行された.この国際標準化においては,日本と欧米の,環境,考え,参加者のバックグラウンドなどの違いから生じる誤解,障害などにあたりながらも,日本代表は説明と説得を繰り返して進め,成功した.たとえば,日本の考えは,データセンタの省エネは,データセンタを構成する設備機器とIT機器の両方の省エネで実現するというものだが,欧州ではデータセンタ事業はコロケーションが主体のため,事業者は空調などの設備機器は保有し省エネの責任を持つが,IT機器はユーザが持ち込むので範囲外という考えであった.また,日本は技術者でさえもESG(環境,社会,ガバナンス)のような企業経営における幅広い問題に関心を持っているが,欧米ではそれは技術者の担当外であった.このような違いを,クラウド化などの時代の流れの後押しと,根気強い主張で乗り越えて,国際標準化が実現した.この国際標準となった省エネ指標の利用により,世界中で増大するデータセンタの消費エネルギーが抑制され,地球温暖化対策の一助となることを期待する.

1.はじめに

筆者は,ISO/IEC JTC 1 SC 39の場で,データセンタの省エネ指標を提案し,3つの国際標準(IS),1つのテクニカルレポート(TR)を発行することができた.JTC 1とは,世界の国際標準規格を定めるISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)の第一合同技術委員会であり,SC 39は,そこにある約40のSC(サブコミッティ)の1つである.JTC 1で定められた国際標準規格は,世界各国共通の規格として,政府,企業で使用されることになる.SC 39は,グリーンIT(Sustainability for and by IT)を活動の範囲とし2012年に設立された.筆者はこのSC 39設立当初から日本代表として参加し,データセンタ省エネ指標の国際標準化を実現した.SC 39での議論開始から5年間,その前の米国のデータセンタ業界団体であるグリーングリッド(TGG)への提案からだと,8年間を要した.本稿では,この国際標準化を実現する過程で得た知見を,国際標準化されたデータセンタ省エネ指標の背景・目的とともに紹介する.

2.データセンタ省エネ指標国際標準化の狙い

2.1 グリーンITの始動

データセンタの省エネが注目されたのは,2007年からであった.この年,米国で議会への報告書が作成され[1] ,データセンタの消費電力の急増に警鐘がならされた.日本でも,同年経済産業省が地球温暖化対策として「グリーンITイニシアティブ」を提唱し,これに応える形で電機・電子業界の温室効果ガス排出量削減が,以前に増して積極化された[2].本稿のテーマである,データセンタの省エネ評価方法・基準の策定も,当初からグリーンITのテーマの1つに挙げられた[2].2008年7月にはG8北海道洞爺湖サミットが開催され,「2050年までに世界全体で温室効果ガス排出量を半減する」という長期目標が共有された[3].なお,現在ではこの目標は排出量ゼロに強化されている.この長期目標実現に向けて,2020年までには,世界の温室効果ガス排出量をピークアウトさせ,減少に向かわせなくてはならないとされた.このために,先進国は2020年において,1990年比あるいは現状比で温室効果ガス排出量を25〜40%削減するとされた.しかし,仮にこの先進国の目標が達成されても,すでに2005年で世界の排出量の49%を占め,さらに増加する新興国の排出量が削減されなくては,世界全体で温室効果ガス排出を減少に向かわせることはできない.

新興国,途上国から抑制・削減の賛同を得るためには,未来の省エネ型・低炭素型社会は,現在の先進国が実現している社会よりもさらに豊かで暮らしやすい社会であることを示し,そこにともに進むことに理解を得る必要がある.それには,産業,業務,家庭,運輸といったエネルギー消費の各部門別に,低炭素社会の姿とそれを実現する手段を示す必要がある.

日本には,産業部門において成功体験がある.1973年,1979年の2回のオイルショックを体験し,それをバネに1970年から90年の20年間で省エネ技術の開発を進めた.その結果,産業全体のエネルギー効率を2倍以上にさせることで,エネルギーの使用を抑制しつつ, 同時にGDPの成長を遂げ,豊かで暮らしやすい社会を創造することができた.また,高いエネルギー効率を持つ製造の仕組みとそれを成し遂げた「カイゼン」などの業務改革のプロセスは,日本の製造業の国際競争力の1つとなった.

ただし,この間,産業部門以外では,エネルギー効率の向上は進んでいなかった.したがって,さらに省エネ化を進めるためには,業務に加えて,家庭,運輸の各部門においても,エネルギー効率の向上を果たし,これが実現した社会の豊かさを新興国,途上国に示さなくてはならない.これが,日本が手本を示しながら,世界を持続可能型社会に導く方法である.

工場と異なり,これらの部門では,ビル,家屋,自動車とその中の多くの設備,機器ユニットでエネルギーが消費される.日本中に,何千万,何億,何十億と分散するこれらのユニットの省エネを実現しなくてはならない.そのためには,これらのユニットを,センサ,ネットワーク,情報機器などを組み合わせた,ITソリューションによって,モニタリングし,最適にコントロールすることが効果的である.すなわち,このような省エネ,省資源と,豊かさ,安心,安全を両立させた社会の実現には,「いつでも,どこでも,だれでも,何でもネットワークにつながり情報のインプット・アウトプットができる」という,IoTとビッグデータを利用した,さまざまなITソリューションが活躍する.

このようなITソリューションを利用して温室効果ガス排出量削減を実現することが,「グリーンIT」の狙いである.グリーンITは,2通りの経路で温室効果ガス排出量削減を実現する.「IT機器自身の省エネ(グリーンof IT)」と,「IT機器を利用した社会の仕組みの省エネ,省資源化(グリーンby IT)」である[4].

2.2 増大するデータセンタの消費エネルギー

このグリーンby ITを進めれば進めるほど,社会全体の省エネ,温室効果ガス削減は進むのだが,一方でITが消費するエネルギーは増えてしまう.特に,近年の情報処理は,クラウド化ということで,クラウドシステムを持つデータセンタで集中して行われる傾向にある.データセンタとは,大型コンピュータを数百台~数万台収容するコンピュータ専用ビルのことである.延床面積数千から数万m2となり,大きいものでは,4,5階建の大型スーパーマーケットをしのぐ大きさになる.このデータセンタ内に多くのコンピュータが設置され,銀行の入出金処理,飛行機の予約,天気予報,携帯メール,ブログ,SNS,などの身近なITサービスをはじめ,自動車の設計,商品の受発注処理,財務会計処理から,AIによるビッグデータの分析など,社会全体にとって必須の情報処理が行われる.

IoTにより収集されるデータは急増し,AIにより情報処理はいっそう複雑になる.これらがクラウド化によりデータセンタに集中してくるため,データセンタの情報処理量,ひいては,消費電力量は急激に増大している.そのため,グリーンby ITの推進には,データセンタの省エネを並行して進めることが不可欠となっている[5].
 

3.データセンタのエネルギー効率改善方法

3.1 データセンタにおける温室効果ガス削減の3つの領域

データセンタにおける温室効果ガス削減を考える上で,データセンタのエネルギーの流れを見ると,図1のように3段階になっている.

図1 データセンタの省エネ,省CO2の3つの段階

まず,①エネルギーの引き込み段階では,一般的には,商用電力として電力会社からの特別高圧電力(6万ボルト)が引き込まれる.これに加えて,軽油・ガスなどの自家発電用の燃料も引き込まれる.近隣に地域熱供給施設がある場合には,冷房用の冷水が引き込まれる.データセンタとしては,これにより,電力会社からの商用電力とは別のエネルギー源を持つことで,エネルギー源の分散化が可能になり,リスクへの耐性も高まる.また,温室効果ガス削減のために,データセンタの敷地内に再生可能エネルギーである太陽光発電,風力発電などを導入する場合もある.

データセンタ内に入ったエネルギーは,次に②付帯設備へのエネルギー供給段階へと進む.付帯設備とは,データセンタ内で稼働するサーバの熱を取り除く空調設備が主なもので,2007年当時の米国では,データセンタで消費されるエネルギーのほぼ半分がこの付帯設備によるものであった[1].

最後に,③IT機器へのエネルギー供給段階により,サーバ,ストレージ,ルータなどのIT機器が稼働して,利用者に情報サービスが提供される.

このようなエネルギーの流れになっているため,データセンタ全体で消費するエネルギーあるいは,温室効果ガス排出量の削減には,以下の3つの領域がある.

  • ①データセンタで利用するエネルギーそのものを温室効果ガス排出のない(少ない)再生可能エネルギーへ変更する
  • ②データセンタを運営するために必要となる空調や電源などの付帯設備のエネルギー効率を改善する
  • ③データセンタ内で使用されるIT機器そのもののエネルギー効率を改善する

3.2 日本が提案したデータセンタ省エネ指標

以上の3つの領域におけるデータセンタの省エネ策の効果を測定・評価し,省エネ,温室効果ガス削減を進めるためには,国際的に合意された共通の指標が必要である.そのため,筆者らは2007年当初からJEITA内のグリーンIT推進協議会のデータセンタ省エネ専門委員会で,DPPEという指標を検討していた[6].このDPPEの考え方を国際標準とすべく,2009年からは日米欧3極の会議を米国のTGGと開催し,2012年からは設立されたSC 39の場での検討を進めた.

DPPEの特徴は,データセンタの運営にかかわる,コンピュータ利用者,IT機器メーカ,データセンタ建設者,データセンタオーナーなどの各主体の省エネに対する役割を明確にして指標化し,これらの総力により,データセンタの省エネを大きく推進させることにある.これまで欧米で提唱されてきたデータセンタの省エネ指標としてPUEがあるが,これは,空調・電源などの付帯設備部分,すなわち図1の②の部分のエネルギー効率向上のみを目的としたものである.そのため,①のエネルギーの低炭素化,③のIT機器のエネルギー効率向上までを含めた指標にはなっておらず,効果には限界がある.

この考えから,日本が提唱したデータセンタのDPPEは,表1のように,4つの指標からなっている.

表1 データセンタの省エネ,省CO2を達成する4つの指標

ITEEsvは,IT機器の省エネ性能の高さを評価する指標である[7].データセンタ内のすべてのサーバの最大能力値を,世界のデファクトとなっているベンチマークを使って測定し合計し,これをサーバの最大消費電力値の合計で除算して求める.単体のサーバの省エネ性能は,同様のベンチマークを用いて測定され省エネ規制等に使われている.しかしこれだと,サーバの新規購入時に,どれを購入するかの比較に使われるだけだ.ITEEsvは,データセンタ内のすべてのサーバの平均値を求めるという方法なので,古くて省エネ性能の低いサーバが残っていると,全体の平均値の足を引っ張ることになる.そのため,古いサーバを置き換えるインセンティブが働くようになっている.

ITEUsvは,導入したIT機器を,利用者がいかにエネルギー効率良く使っているかを評価する指標である[8].これは,データセンタ内の全サーバのCPU稼働率の平均を求める.サーバはアイドル状態,稼働率が低い状態でも,ピーク時の10〜50%の電力を消費すると言われている.そのため,不要あるいは,低稼働のサーバをシャットダウンして,全体の稼働率を高い状態に保つことが重要である.この最適の状況にいかに近いところで運用しているかの指標がITEUsvである.

PUEは,データセンタの付帯設備の効率を測定する指標であり,米国が国際標準化を進めていた[9].PUEとは,データセンタの運用において,データセンタ内のIT機器自身が消費する電力の何倍の電力がデータセンタ全体で消費されているかを計算して求める.

REFは,データセンタで利用した全エネルギー量に対する再生可能エネルギーの使用量を計算し求める[10].データセンタで使用する再生可能エネルギーとしては,自ら発電したもの,再生可能エネルギー提供者から購入したもの,商用電力に含まれる再生可能エネルギーの3種があるが,これらすべてを合計して計算する.

このように,データセンタの省エネでは,IT機器メーカ,ユーザ,建物設備メーカ,電力供給者がそれぞれ,省エネ,低炭素化の役割を果たすことで,大きな削減効果が期待できる.たとえば,ユーザが利用効率(ITEUsv)を2割,機器メーカが省エネ性能(ITEEsv)を2割,建物設備メーカが省エネ性能(PUE)を2割,電力供給者が低炭素化率(REF)を2割向上させれば,0.8×0.8×0.8×0.8=0.4となり,理論的には約60%のCO2削減となり,データセンタの低炭素化率は,2倍以上となる.これが実現できれば,世の中のコンピュータ処理に対する需要が2倍になっても,データセンタの消費エネルギー,温室効果ガス排出量を横ばいで食い止めることが可能になる.もちろん,それぞれが平等に2割向上というのではなく,技術の進展スピードや費用対効果の状況などにより,削減割合は異なるであろう.ただ,それぞれの努力の掛け算によって,大きな削減効果を生み出せ,全体の効果の程度を予想可能とする狙いでDPPEは開発された.

実は,データセンタ事業者が,これら,建物設備,IT機器,ソフトウェアのすべてを保有するとは限らない.建物設備だけを保有し,IT機器,ソフトウェアはユーザが持ち込む「コロケーション」あるいは「ハウジングサービス」という形態もあり,以前はこれが主流だった.ただ,現在は,IT機器まで保有し,ソフトウェアのみユーザが持ち込む「ホスティングサービス」,さらには,ソフトウェアまでのすべてを保有し情報サービスを提供する「クラウドサービス」が増えつつある.コロケーション事業者の場合は,建物設備にかかわる指標であるREFとPUEしかコントロールできないが,ホスティング事業者では,IT機器の調達にかかわるITEEsvまでコントロールできる.さらに,クラウド事業者になると,IT機器の運用まで行うので,ITEUsvまでのすべての省エネ指標をコントロールできることになる.

4.DPPEの国際標準化のプロセス

国際標準(IS)は,表2のように,NWIP,WD,CD,DIS,FDISといったステップを経て発行に至る[11].

表2 JTC1における国際標準化のステップ

4.1 NWIP投票まで(2012〜2014年)

国際標準化を実現するためには,まずは当該テーマが,Work Itemとして所属SC(サブコミッティ)で認められる必要がある.そのための手続きが,NWIP(New Work Item Proposal)投票である.NWIP投票で,SC内のPメンバから1/2の賛成票および5カ国以上から執筆に協力するエディタとして個人名の登録を得なくてはならない(注:ただしPメンバが16カ国以下の場合は4カ国となる) .この執筆に協力するエディタ名を5カ国から得るのが大変であった.筆者は2014年にNWIP投票を開始したが,開始する前の対面会議で,日本提案のREF, ITEEsv, ITEUsvについての目的,有用性,既存の指標(国際標準)との違いなどを何回も説明した.ところが,いろいろな意見が出てきて,修正が必要になった.一番の誤算は,そもそも,日本はデータセンタ全体の省エネ,温室効果ガス削減を意図しているので,建物設備とその中のIT機器と,両方の省エネを目指していたが,欧州はそうではなかった.欧州のデータセンタの事業形態としては,コロケーションが多く,建物内に配備されるIT機器は利用者が用意するものであり,データセンタ事業者の管轄外のため,データセンタ省エネの対象外だった.そのため,IT機器の省エネは,SC 39に参加している欧州のエキスパートの専門外なのだ.そのため,たとえ,指標の必要性は感じてもらっても,自らが専門家として名前を登録することはなかった.そのため相手国でIT機器省エネの専門家を探してもらうか,あるいは,日本との友好関係から,しぶしぶ名前を登録してもらうしかなかった.実際,2014年のITEEsv,ITEUsvのNWIP投票では,ITEEsvで4カ国,ITEUsvでは3カ国しか名前を得られず,否決されるところだった.ただ,筆者も初めて知ったのだが投票締切後でも,一定期間(1週間とか2週間)以内ならば,名前の登録ができるという暗黙のルールがあり(注:当時はSCごとに異なる暗黙のルールだったが,現在では2週間ということで明示されている),投票締切後の泣き落としで,1カ国から名前を出してもらいITEEsvを可決にもっていくことができた.ただ,ITEUsvは,この1カ国を入れても4カ国なので,再度3カ月のNWIP投票を行い,この2回目の投票でようやく可決された.

4.2 WD,CD投票段階(2014〜2016年)

NWIPでテーマが可決され,付番され,国際標準のドキュメント執筆を本格的に開始した.SC配下のWG(Working Group)でWD(Working Draft)の作成に入った.ただ,WGのメンバの専門はデータセンタ設備(空調,電源),建物から,サーバ,ストレージといったIT機器,あるいは,国際標準化そのもの,と多岐にわたる.そのため,こちらが提出するドキュメントに対して,いろいろな観点から意見が出た.また,電話会議で議論したときは,単にたくさんしゃべりたいだけの人もいて,これを制止することが難しく,時間をとられるだけだった.2014年の1年間をかけて,WDの議論を行ったがあまり進展はなかった.ただ,WD段階で唯一よかったのは,ドイツの国際標準化の専門家のところで合宿をさせてもらい,国際標準文書の書き方を指南してもらったことである.目次構成とそれぞれの章に何を書くかの指導を受け,特にScopeの部分に書くべき内容の重要性を教えられた.また,shallとshouldの使い分け,すなわち,shallは必須項目に,shouldは推奨項目に使うなども初めて知った.

本格的な文書修正は,CD(Committee Draft)段階に入ってからになった.CDの場合は,SC 39での投票とコメント出しが行われ,これは国を代表したものなので,コメントは口頭ではなく,文書として出てくる.そのため,真摯に対応することで文書の完成度を高められた.CDドラフトが完成するとCD投票にかけ,各国からのコメントをもらい,その一つひとつに対して受け入れるか,考慮するか,棄却するか決めなくてはならない.CD投票は3カ月(現在は2カ月)かかり,その後のコメント対応に3カ月ということで,1ラウンドで6カ月かかる.これを,コメントが減り,WGメンバが満足するまで続けた.REFは,CD投票を1ラウンドで終えることができたが,ITEEsvとITEUsvは内容の理解と調整に時間がかかり,CD投票に3ラウンドを要し,1年半かかった.一時は,米国から100以上,全体で200以上ものコメントが出て,対応に苦慮した.当初は,このコメント一つひとつに対して,対面会議の場で日本側の対応を説明し,反論を受けて議論したので,ITEEsvだけで,対面会議で6時間以上を要したこともあった.後には,コメントをいくつかのグループに分けて,グループごとに対応方針を示して了承してもらうという方策をとり,1〜2時間程度で終われるようになった.

4.3 DIS,FDIS投票(2016〜2017年)

CDがほぼ満足いくレベルになり,DIS(Draft International Standard)投票にかけた.DIS投票は国際標準文書なのでフランス語への翻訳期間が2カ月必要ということで,5カ月という長期になる.そのため,合意不足の場合は,DIS投票で否決され再度5カ月の投票をするよりは,ほぼ認められるものができるまで,CD段階で3カ月投票を繰り返すのが得策であった.ITEEsv,ITEUsvは,CD投票を3ラウンド行ったおかげで,DIS投票は,2016年12月から2017年3月までの1回で可決を得ることができた.DIS投票で全員が賛成の場合は,ただちにIS発行となるが,1カ国でも反対がある場合には,Yes,NoのFDIS(Final Draft International Standard)投票(2カ月)にかける必要がある.この時期,中国は日本との国交の悪化から,日本提案にすべて反対するという姿勢をとっていた.また,その反対コメントに対して,日本から説明しようにも,電話会議にも,対面会議にも出てこず,こちらからメールを送っても返信のない状況であった.そのため,説得ができず,最後まで同じ理由で反対を続けられた.最後はFDIS投票は2/3の賛成で可決のため,中国の反対があっても可決を得ることができた.

4.4 IS発行段階(2017年)

FDIS投票で承認されると,ISとして発行されるのだが,まだ気を緩めることができなかった.その原因は,図の作成とセクレタリによるPDF化であった.

ISOの国際標準の図は,特殊なCADソフトのフォーマットしか受け付けないというルールだった.それまでの,CD,DIS投票では,PowerPointで作成した図を使ってWordに貼りこんでいたのだが,これでは,だめということになり,急きょなじみの印刷屋に,このCADフォーマットの図に変換してもらって送付した.

また,これまでMS-Wordで作成してきた文書をIS発行に向けて,ISOセクレタリがPDFに変換するのだが,ここでエラーが起きた.計算式は変換ミスの起こりやすいところであり,おかしな計算式に変換されていた.また,章,節の構成についても,変換時に間違いがあり,章が,節に下がっていたこともあった.セクレタリからは確認のために,Word版,赤入れ版,PDF版が送られてくるのだが,慎重に複数人の目で確認して,修正依頼を出して,発行を待つことになった.

5.国際標準化の成功要因

全体で8年間を要した国際標準化だが,以下に成功に向けてのポイントを挙げる.

5.1 標準化への強い意志

国際標準の発行までには,5年間もかかり,意図せぬいやがらせも入るので,それにめげずにやり通すという強い意志が必要である.今回のデータセンタ省エネ指標国際標準化については,「米国主導のPUEだけでは,データセンタ設備機器の省エネしか測定できず,IT機器の省エネはまったく反映されないので,世界のデータセンタ全体の消費エネルギー抑制には不十分である」という強い思いを持ち続け,発行まで到達することができた.データセンタの設備機器については,当初米国EPAがデータセンタの消費エネルギーの急拡大に警鐘を鳴らした2007年にはPUEの平均は約2.0だったが[1],現在1.5以下までに改善し,国内でもさくらインターネット社の石狩データセンターのように,1.11を達成した例もあり[12]1.0の限界に近付いている.この改善を見るたびに,ある指標が定義され,世界中で測定が始まると,省エネはどんどん進むことが分かり,指標の役割の大きさを実感した.同時に,それならば,省エネ対象として残されたIT機器部分の省エネを世界中で大きく進めるためには,筆者が提案したIT機器の省エネ指標の国際標準が本当に必要だと痛感した.

もちろん,この意志を共有して,8年の長きにわたり,人物金の支援をしてくれた,経済産業省,JEITA(電子情報技術産業協会),データセンター省エネ専門委員会の参加企業と,委員会メンバの協力も重要であった

5.2 議長国,コンビナーとの関係づくり

SCの議長,WGの議長を務めるコンビナーの意見は,いろいろな段階での判断に大きく関与する.電話会議,対面会議で,説明した上で,次のステップに進めるかどうかは,議長,コンビナーがどう取り仕切るかにかかっており,参加者もそれに流される.実際,ITEEsv,ITEUsvは,米国側からの反対も強かったが,米国出身のコンビナーが,前向きなコメントを出してくれたことで,その場の混とんとした議論が収束したことが何回もあった.熱が入り止まらなくなった議論を収束させてくれたことには,大いに感謝している.このコンビナーとは,SC 39設立以前から国際的なデータセンタ団体のTGG(グリーングリッド)で友好を深めていたことが良かった.SC 39開催中も,積極的にランチを同じ席で食べ,夜は誘い合わせて会食をし,交流し理解を深めたのも良かった.

5.3 協力国づくり

IS化は,最後に相手国が賛成投票をしてくれるかどうかにかかっており,それを決めるのは,会議に出ている相手国のエキスパートである.そのため,ギブアンドテイクで,相手国への貢献ができていないと,最後の一押しができない.貢献という意味では,SC全体への貢献と相手国への貢献がある.SC全体への貢献としては,電話会議,対面会議に積極的に参加して,建設的な意見,正しい考えを発言し,SC 39すべてのプロジェクトの進行に貢献することである.電話会議はこの4年間毎月行われたが,毎回の参加者は5〜8名ほどだった.ここに筆者は毎回参加し,発言し会議の内容を正しい方向に向けていった.また,正しい発言をすることで,日本側の提案,発言に重みをつけることもできた.あいつが言うなら,きっと正しいのだろうと思ってもらえるようになれば成功だ.相手国への貢献とは,相手国の出す提案に積極的に参加することである.共同執筆者になり,ドキュメント作成に協力したり,他国への根回しに協力したりである.筆者も,米国のIS,韓国のTRなどのエディタとなり,ドキュメント作成を行った.米国提案のPUEについては,初稿を作成するエディタが米国から現れず,筆者が米国に代わって作成した.このような,友好国,友好エキスパートを作っておくことが,最後のお願いを言えることになる.

5.4 落としどころの見極め

この国際標準化の活動の中で,どうしても理解してもらえず,あきらめた部分もある.それは,DPPEと4つの指標の関係である.DPPEを分解したものが4つの指標であるのだが,海外のエキスパートは,4つの指標を組み合わせたものがDPPEと誤解したため,4つの指標の積をとるという考え方を否定された.確かに,英国発の建築物の環境評価方法であるBREEAM[13]に代表されるように,総合的な評価を行う場合に,構成要素となる指標をいくつか選び,その重みづけ合計で総合スコアを出すという方法がよく使われる.要素となる指標として,X, Y, Zを選び,総合指標をTとすると,T= α X+ β Y+ γZと, α, β, γという重みを付けて指標の和を計算する方法である.この方法では,重みである α , β , γ の選び方で,Tの値は大きく変わり,評価結果も大きく変わる.これを警戒され,指標を統合する計算式の導入はまかりならぬという話になった.

日本が提案したDPPEは,DPPE=X/Yという大きな概念が先にあり,これを,DPPE=X/A・A/B・B/C・C/Yと分解し,X/A,A/B,B/C,C/Yを4つのサブ指標としたものである.地球環境問題では,温室効果ガス排出量をGDP,人口,エネルギー消費量といった数値を用いてサブ指標に分解し,それぞれのサブ指標ごとに改善目標を設定することが行われている.経済学では,企業の資本効率を表すROE(自己資本利益率)を,売上高利益率,総資産回転率,財務レバレッジの3つのサブ指標の掛け算として分解し,それぞれの改善を目指す「デュポンシステム」という方法があり,同じ考え方である.DPPEも同様の考えで,分子としてデータセンタの情報処理量を,分母として消費エネルギー量(あるいは温室効果ガス排出量)を置き,これを分解して,4つのサブ指標の積としていた.

ただ,SC 39WG 1の場で,DPPEを分解したものが4つの指標であり,それぞれの指標の改善の積が全体の改善になるという説明をしたが理解してもらえず,この考え方を断念せざるを得なかった.4つの指標を用いて,データセンタの省エネ性能を総合的に評価する方法を,別途TRとして発行した[14] .TRは,技術レポートなので,参考となる情報を記述したものであり,正式な国際標準であるISとは違い強制力はない.もともと,日本としてもDPPEは国内においても強制力のある規制に使われることは目指しておらず,各企業の省エネ,脱炭素の努力の公表のための共通のツールと位置付けており,ISまでにする必要は感じてはいなかった.そのため,DPPEを構成する4つの省エネ指標の日本での使い方を紹介し普及を図るためにこのTRを作成・発行した.TRでは,4つの省エネ指標を4軸のレーダチャートで表現する方法を示している.なお,掛け算がDPPEになる,すなわち,それぞれの指標の改善度の掛け算で全体の改善度が求められ,統合した効果の推定ができるという解説まで及ぶことは認められなかった.この背景には,海外のエキスパートは,データセンタの省エネ評価はPUEだけで十分でありIT機器も含めた総合評価を望んではいないという,規制のための評価を意識したためなのか,単に,X/Yを,X/A・A/B・B/C・C/Yに分解して考えるという数学的思考に慣れていなかったせいなのかは分からない.エキスパートから,掛け算するときの,重みづけはどうするのかという質問が出たこともあり,掛け算では重みづけは必要ないという説明をしても納得していただけない場面もあった.

6.さいごに

地球環境問題の重要性は今でも続くどころか,より重要になっている.企業経営においても,ESG,SDGsといった言葉で代表される環境対応が重要になっている.これは,環境問題への対応が自社の社会貢献のアピールという段階を超え,機関投資家の投資を受けるための重要な要素となっているためでもある.国際的には,2017年にFSB(金融安定化理事会)のTCFD(気候変動関連金融情報開示タスクフォース)の報告がなされ[15],企業の環境関連数値の投資家向け開示が必要になってきている.前述のように,IT機器は電気を原材料として用いてサービスを創出するため,ITサービス企業の売上拡大にはエネルギー消費増大が欠かせない.これを投資家に納得させ,エネルギー効率の改善に取り組んでいることの証左として,DPPEを使うことが有効になるであろう.

DPPEを開発した当時は,予想していなかったことも起きている.当時は,再生可能エネルギーの利用はほとんどなく,REFという指標をつくったものの,さほど使われないだろうと思っていた.しかし,近年,海外では,RE100という団体ができて[16],再生可能エネルギー100%利用を目指すと宣言する企業が増えている.マイクロソフトもアップルも参加し,すでに再生可能エネルギー100%,すなわち,REF=1.0 を達成している.そして,ついに日本のIT業界からも,富士通,SONYが参加した.つい数年前までは,再生可能エネルギー1%でさえも不可能と言っていたのに.

7年間も国際標準化に携わっていると,社会環境,国の政策方針も変化してくる.どんな変化があっても,それを受け入れて対応するための準備と柔軟性も必要である.

参考文献
椎野 孝雄(非会員)tshiino@alto.ocn.ne.jp

1979年東京大学大学院理学系研究科植物学修士課程修了後,野村総合研究所に入社.1984年米国ペンシルバニア大学博士課程修了(Ph.D.).2000年野村総合研究所取締役リサーチ・コンサルティング事業本部長,2002年取締役常務執行役員 流通・社会ソリューション部門長を経て,2007年理事.2015年(株)キューブシステム取締役(社外).2007年(一社)情報サービス産業協会常任理事.2009年日本データセンター協会理事.2012年ISO/IEC JTC 1 SC 39 国内委員会委員長(日本代表).2018年IEC1906賞受賞.

採録決定:2018年10月3日
編集担当:吉野 松樹(日立製作所)

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