デジタルプラクティス Vol.10 No.1(Jan. 2019)

「情報分野における標準の戦略と実践」特集号について

伊藤 智1 吉野 松樹2 細野 繁3

1NEDO  2日立製作所 3NEC 

はじめに

現在,標準化は,大きく3つのアプローチによって実施されています.1つ目は,1社の製品が市場を独占することで勝ち取られる「デファクト標準」です.しかし,近年,技術が複雑化し,複数の技術を組み合わせて実現されるシステムとしての活用が増えてきたことから,「デファクト標準」を獲得することは困難になってきています.オープン連携として,複数の企業,技術がつながることで,イノベーションを起こしていくことが市場の発展には有効であり,2つ目のアプローチとして,フォーラムを設置し,コンセンサスにより標準を形成する「フォーラム標準」が増えてきています.3つ目のアプローチは,国を単位として標準を形成する「デジュール標準」で,従来から取り組まれている重要な標準化のアプローチであり,それぞれの場で目的に応じた標準化が進められています.

一方で,標準化の世界では,IoT,スマートシティなど,単一の技術領域ではカバーしきれず,複数の技術領域にかかわるシステムの標準化(システム規格)が増えてきています.関係する技術の標準が複合的に結びついたり,相互の関係性や整合を図る必要が生じたり,規格の開発が複雑化してきています.また,このようなシステム規格は,複数の標準化団体で関与を持たれることが多く,連携して開発する規格も増えています.

もう1つの動きとしてサービスの標準化も進んでいます.あらゆるモノがネットにつながるIoTを活用し,サービスに結び付けていくという流れが背景にあります.このため,日本工業規格(JIS)も「工業標準化法」から「産業標準化法」に名称を変更するとともに,規格の対象を工業製品からサービス分野に拡大する改正が進められています.

さらに,ビジネスが多様化し,変革が求められる中,技術の進歩や世の中の発展のスピードが速まることに合わせて,開発に時間がかかっていた標準化にもスピードが求められるようになってきています.

以上のように,標準化においても多くの変化が押し寄せており,活動の方法にも状況を把握した上での柔軟な対応が求められています.

このような中,標準化活動を有効かつ効率的に進めるためには,個々人の範囲で知識を蓄積して活用するだけでなく,他者の知識を形式化して活用することが有益です.標準化活動にかかわる人々の高齢化が進む中,若手の育成のためにもプラクティスを蓄積して広めることが必要です.

そこで,本特集では,標準化にかかわり始めた人々,これからかかわる人々が参考となる,戦略,実践的手法や心構えなどを含む標準化活動および標準の利活用にかかわる実践事例を紹介しています.

本特集号の論文について

本特集号では,情報分野における標準の戦略と実践の事例について,以下の8件の招待論文を掲載しました.

小林龍生氏による「国際標準化活動の戦略と戦術─文字情報基盤整備事業の国際標準化活動を例に─」は,ISO/IEC 10646やUnicodeStandardとして策定されている符号化文字集合において,日本の行政システムの電子化に不可欠な人名表記に用いられる漢字や変体仮名を,国際標準に導いた戦略と戦術について紹介しています.小林氏には,インタビュー記事にも参加いただいています.

椎野孝雄氏による「ISO/IEC JTC 1での日本発データセンタ省エネ指標の国際標準化─欧米との考え方の違いを乗り越えての国際標準化─」は,国内で策定したデータセンタ省エネ指標を,ISO/IEC JTC 1/SC39における国際標準とするまでに,日本と欧米における環境や考え方の違いから生じる誤解や障害を乗り越えることで得られたプラクティスを報告しています.

木下佳樹氏らの「開放系総合信頼性の標準化〜CREST研究プロジェクトとIEC標準化の相互作用〜」は,システムの総合信頼性(ディペンダビリティ)に関して,研究開発のプロジェクトから国際標準化までの戦略的な活動について,研究マネジメントの視点から紹介されています.

福住伸一氏と氏家弘裕氏による「情報分野における人間工学国際規格への取り組み」は,利用者の地域性や環境の違いに影響を受けやすい人間工学にかかわる国際標準(ISO/TC159)の活動を通して,日本の視点から見た取り組みの方針や対応の手段について報告しています.

込山俊博氏,東基衞氏による「システムおよびソフトウェア品質の国際的な基準の確立─日本主導の国際標準化への取組み─」は,ISO/IEC JTC 1/SC 7/WG 6において策定が進められているシステムおよびソフトウェアの品質に関する国際規格ISO/IEC 25000 SQuaRE(Systems and software Quality Requirement andEvaluation)シリーズの概要と,本規格の国際標準化を日本が主導するために採られた体制面,運営面,技術面の戦略について紹介しています.

櫻井義人氏による「標準化活動を通して次世代へ伝えたいこと─IoTやスマートシティ国際標準化活動の経験と実践から─」は,ISO/IECJTC 1およびITU-TにおけるIoTやスマートシティにかかわる長年の国際標準化活動を通して得られた経験から,後進に伝えるべきプラクティスをアドバイスとして整理された内容になっています.

林秀樹氏,金京淑氏,柴崎亮介氏らによる「移動体データに関する国際標準 OGC Moving Featuresとその適用事例」は,地理空間情報の国際標準化団体Open Geospatial Consortium(OGC)の国際標準に採択された,人や自動車などの移動体データのデータ交換形式とデータアクセス仕様の解説と,国際標準化のプロセスにおいて実践したプラクティスについて紹介しています.

青山幹雄氏による「プロジェクト管理データの相互運用性を実現するPROMCODE仕様のOASISにおける国際標準化の経験」は,国内でコンソーシアムを立ち上げて作成したプロジェクト管理データの標準インタフェースを,国際標準化団体であるOASISの国際標準にするまで,TC設立の発起人およびTCの議長として経験したプラクティスをまとめています.

芦村和幸氏による「W3CのWeb技術国際標準化と今後の展望─日本発信のWeb標準策定のために─」は,HTML5を中心としたWeb技術のW3Cにおける国際標準化において,日本での議論をどのようにして国際規格に反映させてきたか,という取り組みの事例を失敗例を含めて報告されています.

おわりに

これらの招待論文に加えて,招待論文の執筆者の1人である小林龍生氏と村田真氏をお招きして,標準化の実践現場のお話しをインタビュー記事の形式で掲載しています.

標準化と一言でいっても,取り組むテーマによって,国や企業と対抗する場合もあれば連携する場合もあり,じっくり進めるものもあれば時間が勝負のものもありさまざまですが,現在すでに標準化の現場で活躍されている方々にも,これから参加を検討されている方々にも,参考になる情報が見つかるものと思います.

伊藤 智(正会員)

筑波大学にて博士号を取得.日立製作所にて計算機利用技術に関する研究に従事.2002年から産総研にてグリッド,グリーンIT,クラウド等の産業分野への応用研究,および研究マネージメントに従事.2017年からNEDOにて戦略立案に従事.

吉野 松樹(正会員)

1982年東京大学理学部卒業.同年,(株)日立製作所入社.1988年コロンビア大にてMSCS取得.2011年大阪大学にて博士(情報科学)取得.本会フェロー.2015年~デジタルプラクティス編集委員長.

細野 繁(正会員)

NEC サービス事業開発本部勤務.企業内のサービスマネジメント標準策定やISO/TC312国内審議委員会など標準化活動にかかわる.現在,本会代表会員,本会会誌編集委員,会誌編集委員会AWG分野主査.博士(工学).

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