デジタルプラクティス Vol.10 No.1 (Jan. 2019)

小林龍生氏・村田 真氏インタビュー
標準化のストラテジーとタクティクス

インタビュアー  
伊藤 智(NEDO)      吉野松樹((株)日立製作所)      平林元明((株)日立製作所)

文字コード,電子出版の分野で永年標準化に携わってこられた小林龍生氏(本特集号「国際標準化活動の戦略と戦術」著者)と村田真氏のお二人に,国際標準化を有利に進めるためのストラテジーとタクティクスについて伺った.

小林 龍生氏((有)スコレックス)
東京大学教養学部科学史科学哲学分科卒.(株)小学館,(株)ジャストシステム勤務を経て,現在インディペンデントのITコンサルタント.元ISO/IEC JTC 1/SC 2議長,Unicode Consortium Director,IDPF Director.現在,文字情報技術促進協議会会長,日本電子出版協会フェロー.明治大学兼任講師,長岡技術科学大学非常勤講師.
村田 真氏(慶應義塾大学)
1982年京都大学理学部卒業,2006年筑波大学工学博士.構造化文書の専門家.最近では,電子書籍用のフォーマットであるEPUB3の仕様制定において中心的な役割を果たしている.

伊藤 情報処理学会情報規格調査会の委員長をしております,NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の伊藤です.小林さん,村田さんのようなエキスパートの方で標準化活動は成り立っており,大変お世話になっております.

本日の司会を務めさせていただきます.

標準化活動に携わるきっかけ

伊藤 小林さんの経歴を拝見しますと小学館からジャストシステムに入られて,その後文字コードに関する標準化に参加されたということですが,まずは,この辺りの経緯についてお話しいただけますでしょうか.

小林 「ユニコード戦記」[1]に書いてありますけど,ジャストシステムの浮川初子専務(当時)にはめられて,何が何だか分からないうちに巻き込まれて,気が付くとどっぷりという感じです.

伊藤 始めるときというのは,国際標準化に貢献しようという思いが強くあったわけではなかったんでしょうか.

小林 まったくなかったです.やっているうちに,これはやばいなみたいな感じです.

最初のうちは,立ち位置というか,自分がどこにいるかというのが分からないわけですよ.ジャストシステムという一私企業の代表なわけですよね.そうするとジャストシステムの利益を最大化するというのが当面のミッションなわけです.それはサラリーマンだから割と意識する.

けれども,どうもそれだけじゃすまないなということがだんだん分かってくる.一番最初はUnicodeの技術委員会(UTC)です.そのころのUTCというのは,ISO/IEC JTC 1 SC 2に対応する米国の国内委員会,当時INCITS/L2(以下,L2)といっていたんですけど,それと一緒にやってたんです.

そのころ,ほんと英語が分からなくて,通訳と一緒に行ってるんだけど,分からない話で眠くなってくる.そのうちに決議で手を挙げなきゃならないんだけど,何だかおかしいなという気がして.僕の最初のUTCでの発言は,L2の決議とUTCの決議を一緒にやるっておかしいんじゃない?でした.

それまで彼らは気付いてなくて,言われてみれば,そういえばそうだなという感じで,サンキュー,タツオって言われたんですよ.こっちのほうが逆にびっくりしちゃった.僕が入るまでは,UTCとL2はメンバが重なっていたから,全然困らなかった.だけど,僕は米国の国内委員会からすると,完全な部外者なわけですよね.

それ以降は,UTCとしての意志決定を1週間やった後,最後にL2のプレナリをやることになった.L2のプレナリのときは,タツオ,部屋から出ていってくれと言われる.それがたぶん自分が置かれた立場に意識的になったきっかけじゃないかと思います.

標準化に参画するときの立場

伊藤 会議に参加するときに,自分はどの立場で参加しているのかということを明らかにしないと,自分が何をすべきかということが決まらない.元々ジャストシステムとしての会社の立場だから,会社の利益を優先するために出ていたということですね.

小林  そう.UTCでの僕の立場というのは,ジャストシステムの代表なんです.とすると,ジャストシステムの利益を最大化するのがミッションで,それ以上でもそれ以下でもない.

村田 そういう話を聞くと,違うなと私は思うわけです.委員会の場で自分の会社の人に反対されるような意見を言う人はいっぱいいる.

小林 さらに僕が反論すると,ジャストシステムの利益とは何かということになるわけ.それが浮川夫妻の偉いところだと思うんだけども,決して短期的な利潤をあげるということにはフォーカスしてなかった.これも綺麗事になっちゃうけども,そのころのジャストシステムの社会的なミッションということを考えたわけですよ,

それは単に一太郎やATOKで儲けることだけではなくて,そのころ,ジャストシステムは日本語の情報処理に関しては,最先端にいたわけですから,情報システムの日本語にかかわる処理の利便性,クオリティを高めることが,ジャストシステムのミッションであり,ジャストシステムのユーザに対するサービスになるということなのではないかと.

村田 利益だけで考えたら,鎖国政策をとって,日本語の文字コードは,国際の文字コードと一切関係ありませんとやったほうが,マイクロソフトの侵入を拒否できた.

小林 でも,その時点でジャストシステムは,国際化を考えてた.

要するに一太郎,ATOKを,日本だけではなくてみたいなことを,無謀にも考えてたわけです.それは,残念ながら後になって失敗するわけだけど.だから,必ずしも日本語ができればいいということではなかった.

それともう1つは,日本語の処理だけだったとしても,鎖国政策では国際競争に勝てないんですよ.僕はずいぶん浮川夫妻にもそういうことは言ったし,結果的に一太郎,ATOKが,マイクロソフトのWord,MS-IMEに負けたということがそれを示している.

ワードプロセッサーのコードの98%ぐらいは,多分日本語とは直接関係ないんですよね.あとの2%だけが日本語にかかわる.そうすると,マイクロソフトは,グローバルに98%の部分をやっていて,ユーザが10億人いるとすると,10億分の1のコストですむわけです.2%の部分で,ローカライゼーションをやればいい.だけど,ジャストシステムは,ユーザが1億人いたとしても,98%の部分も1億人のために書かなきゃならない.こんなの勝負になるわけないじゃないですか.マイクロソフトに対抗するんだったらば,10億人を相手に一太郎のコードを書くしかないんですよ.その意味でいうと,鎖国政策というのは,日本語だけ考えても駄目.

吉野 それは何でも一緒で,PC98とかでもまったく同じ歴史が繰り返された.

小林 構図としてはそっくりですよね.同じことがやはり携帯電話でも起こりましたけれども.

だから,日本語にかかわる技術を改善するどころか,守る,死守するためには,国際化する以外にない.

伊藤 ジャストシステムの利益は何かというのは,会社から与えられたというよりも実際に国際標準の活動をしている中で,ご自身で考えられたということなんですね.

小林 今,僕が言ったことは後付けなわけですよ.現場にいるときには,目の前の問題を,ストラテジーのレベルではなくて,タクティクスのレベルでもって解決していくことしかできなかった.実際,やっているうちに何となく過去のタクティクスの積み重ねからストラテジーみたいなものが見えてくる.そんな感じですよね.

本を書いてみて初めて分かった,そんな感じかな.自分がやってきたことが,実はこういうことだったんだということが,やったことを言語化,書いていく過程で見えてきた,そういう感じがしますね.

伊藤 私自身は,具体的な標準開発のところにはあまり直接かかわってなくて,ISO/IEC JTC 1のプレナリ(総会)とアドバイザリグループが主たる参加場所なので,各国のエゴを感じるのは新しい組織をつくるとか,このプロジェクトはこっちの委員会で対応すべきだ,という戦いが多くて,どういう技術を標準にするかという戦いではないです.組織を背景に技術を標準化するという動きとは若干違うところがありますね.

小林 なるほど.SC 2(符号化文字集合)は,そういう意味でいうと,JTC 1の中でも異質で,言語とか,文化とかに依存する要素がすごく大きいじゃないですか.一般的なJTC 1の技術標準というのは,割とそういうものとは独立なわけです.SC 34(文書の記述と処理の言語)とかだったら,ないわけではないか.

SC 2というのは言語とか文化とか国の利害が対立する組織ですよね.

村田 小林さんの活動を見てると,決して国対国ではないじゃないですか.アメリカの中も一枚というわけでもないし,日本の中でも意見は違うし,逆に小林さんと意見を同じにしてる人は,アメリカにもいるし,台湾にもいるし,中国にもいるし,香港にもいるしいろんなところにいる.国を単位としないエキスパートの連携というのがあるじゃないですか.

吉野  JTC 1のような,いわゆるデジュール系の標準は,各国代表が出ていって,投票するという格好だし,フォーラム標準は,企業の代表というかたちでやられていて,Unicodeの最初のころはそれが渾然一体となっていたというお話だったんですけども,そういう場の違いによって,考え方とか振舞いというのは,変わらざるを得ないものなんですね.

小林 微妙だったのは,国際のSC 2の議長をやっていた6年間.これがなかなか僕なりにストレスがあったな.

伊藤 そのときには,完全に日本の立場というのはとらないわけですね.

小林 今の伊藤さんのおっしゃる日本って何なんですかっていうのが問題.

伊藤 私の場合は,JTC 1のプレナリとアドバイザリグループでの日本のポジションということなので,最終的には情報規格調査会の技術委員会を指してます.

小林 そういうことですよね.国際のJTC 1/SC 2のチェアになると,日本の技術委員会に出なきゃいけないんだけど,本音ベースでいうと,技術委員会の意志決定と僕は違うぞと思う.幸か不幸か,国際のSCのチェアというのは,各国の代表団には属さないわけですよね.プレナリで座る場所も違うし.そうすると国際のSCのチェアとしての意志決定ができる場面で,日本の国内委員会の意志決定に従わなければならないわけではない,ということを言い訳にして動けるわけです.

伊藤 言い訳ではなくて,やはりきちんとそれぞれのポジションにしたがった行動をすべきだと,私も思いますね.

日本語の枠を超えて


伊藤 智氏

小林 国際のSC 2チェアの立場というのは何かというと,SC 2のメンバボディ(参加国),つまりJTC 1のプレナリレベルではなくて,サブコミュニティ(SC)のレベル.さらにSCのレベルでのメンバボディだけではなく,マイノリティランゲージとか,マイノリティスクリプトとか,ヒストリックスクリプトとかのユーザが出てくるわけですよ.僕がSC 2のチェアをやっていたころというのは,国連に属しているような国の公式の言語を書き表すための文字というのは,大体標準化が終わっていた.

そうすると,そこから先はマイノリティの世界なんですよね.そうなると,彼らはまず金がない.JTC 1に会費を払ってメンバになって会議に出ようと思うと旅費がいるわけですよね.そんな金もないわけですよ.だけど,ジャストシステムがそうだったように,Unicodeコンソーシアムに入らないと,国内のIT基盤も整備できない.要するに自分たちの母語をIT基盤の上に乗せることすらできないわけじゃないですか.そうすると大変なわけですよね.

そういうのに,気付かされちゃった.気付かせてくれたのは,デビー・アンダーソンというUCバークレーの女性研究者で,専門は言語学の人なんだけど,彼女が本当に使命感に燃えてユーザコミュニティとも連携してマイノリティスクリプトを拾い上げる活動をしていたんです.UTCのメンバでもあって,今でも漢字圏以外のマイノリティスクリプトの多くは,彼女のチャンネルで入ってくるんですけど,彼女が活動費がなくて,研究助成金を取りたいというわけ.それで,SC報告の中でそういうマイノリティスクリプトの話を書いて,彼女にSC 2に対してレターを書いてもらって,JTC 1の正式文書としてNナンバを取って,JTC 1のプレナリの決議文でそのレターを明示的に参照して,JTC 1として応援すると書いてもらった.彼女は,そのレターと決議文を持って,いろいろ回って,助成金を取ったんです.それは僕の成果だと思ってる.

で,この件を決議に書き込んでもらうときに,何にでも口うるさく頭を突っ込んでくるUKのケイト・グラントに反対されたら嫌だなと思ったの.それで,起草委員会に出す前にケイトに英語を見てって頼んだんです.そういう戦術は,なかなか僕は優れてると思うんだよな.見て直したら反対できないでしょ.

伊藤 それはうまい方法ですね.

小林 こんなふうにだんだん変わってくる.最初はジャストシステム,あるところから,広い意味での日本語のユーザ,日本語をITシステムの中で使わなければならないすべての人の利益を最大化することが目標だと思うようになった.それがおそらく今に至ってもそうだと思います.これは,ジャストシステムの企業としてのミッションとそんなにかけ離れていない.

JTC 1の国際のSC 2のチェアになったあたりで,日本語のユーザだけではすまなくて,さまざまなマイノリティスクリプトのユーザの利益にもつながるような動きをしなければならないことにだんだんと気付いてきた.

村田 そのうち中国が引っ張る時代になるんでしょうけど,今のところは新技術を引っ張れるのは,欧米,そのほかは日本ぐらいでしょう.その中でISO/IEC 8859シリーズ(8ビットの文字コード)ですまないのは日本だけでしょう.なので,日本をきっかけにしていろんなことを考えないといけなくなる.そういう考慮をした上で発言しないといけない.縦書きは,今は日本と香港と台湾ぐらいですけど,それだって彼らのことを考えないで発言するわけにいかない.

伊藤 いろんなものを背負うようになってる.

村田 やはり国の代表だけじゃいけないんですよ.それでは国際的な支持も得られないと思います.日本の都合はこれだからこうしろというだけでは,日本の中の支持も得られない.日本の中では,国際の場へ行ったらほとんど無視されるような細かい部分の小さい違いの議論でまとまらないんですよ.JLreq(Requirement for Japanese Text Layout:日本語組版処理の要件)だって,もし技術委員会で合意を取ろうとしたらできないでしょ.

小林 はなから考えてなかった.僕が幸せだったのは,最初UTCのほうから入った.なので,ジャストシステムの利害だけを考えてればよかった.国内のSC 2で,日立さんとか,NECさんとか,富士通さんとか,そういうところの合意を取り付けなければ発言できないという立場にはなかったんですよね.

まさに戦術の一部ですけれども,僕がかかわって通したISO/IEC JTC 1 10646 (国際符号化文字集合(UCS : Universal Coded Character Set))の規格に入れた仕様の中で,国内のSC 2を通したものもあるけれども,国内のSC 2をスキップしちゃって,UTCの側からやったものが結構あります.

村田 もし小林さんが,全部国内のSC 2を経由しないと発言しないというスタンスだったら,どうなってたと思います.

小林 まずバリエーションセレクタは通ってなかったろうね.IVS(Ideographic Variation Sequence)という漢字の枝番っていうんだけど,一点しんにょうと二点しんにょうを使い分けたりするときに使うんですけどね.元々がバリエーションセレクタという枝番の仕組みというのを入れてあって,その後でしばらくそれは塩漬けになってたんだけど,それを漢字に適用することになって,初めて使えるようになったんです.国内では,メインフレームなどへの実装が難しいという理由で,ずっと反対する人がいて,ほんとに,どうしていいか分かんなかった.僕は,それしか解はないと思ってるんだけど,そのころ,僕はSC 2のチェアだったから中立的立場をとらざるを得なくて,動きようがない.ほんとにどうしようかと思ったね.

吉野 だんだん立ち位置が,ジャストシステムの代表から日本代表の一員,あるいは,日本だけじゃなくて世界全体も見なきゃいけないということになって,そのときにジャストシステムに所属されていたかどうか分からないですけども,所属元からすると元々の意図と違う方向にいってしまっているというような,そういう見方はされないんですか.大きなミッションとして合っているからOKということでしょうか.

小林 それは,僕は今でも浮川夫妻に感謝してますよ.彼らがいなかったら,今の僕は絶対ない.海外出張のための旅費の部分だけとってもそうですよ.2000年ぐらいに僕としては痛恨の極みなんだけど,電子書籍コンソーシアムという補助金プロジェクトに参加するために,ジャストシステムを辞めてるわけ.そのプロジェクトは僕からすれば大失敗に終わるわけですけど.辞めるときのことをよく覚えてます.浮川和宣社長(当時)と浮川専務に「辞めますよ」と別々にあいさつに行ったら,異口同音ですよ,「ジャストを辞めてもいい.でも,Unicodeは辞めるな」と言いましたね,2人とも.

伊藤 ちゃんと理解されていたんですね.

小林 うん.だから,ほんとに有り難いと思うし,今でも思い出しただけでうるうるとなります.辞めてもコンサル契約みたいなかたちを取ってくれて,ずっと出張旅費を負担してくれた.有り難かったですね.

伊藤 それはすごいことですね.

小林 国際のSC 2のチェアになったのも,辞めてからですからね.

伊藤 2004年からですね.そのときにはどういう所属になっていたんですか.

小林 ジャストシステムを辞めて,電子書籍コンソーシアムのプロジェクトに加わって,その直後に自分でスコレックスという会社を立ち上げた.コンサルの仕事を受けるのも,法人格がないとやりにくいので.ある時期,ジャストシステムが最大のクライアントだったわけですけど,その後はマイクロソフト.これも,面白いですよね.

浮川夫妻が経営から離れて,ジャストの契約がなくなったときに,日本のSC 2にマイクロソフトの委員で阿南康宏さんという方がいて,そのころ日本マイクロソフトCTOだった加治佐俊一さんを紹介してくれた.加治佐さんが言ったのは,ご自分がマイクロソフトにいる間に,何か日本語の役に立つ面白いことをやりましょうって.

コンサル契約は,まだ続いてますよ.加治佐さんはいなくなっちゃったけど.

今,田丸健三郎さんという人が,ナショナルテクニカルオフィサでCTOに次ぐポジションで僕のカウンタパートナなんですけど,彼もマイクロソフトをうまく利用して,それで日本語の環境を改善したいということを考えています.だから,マイクロソフトが使えるのならば,大いに使ってくださいみたいな,そんな感じ.

伊藤 それは,マイクロソフトの懐が大きいという話なのか,それともマイクロソフトもそうやって活動してもらうことによって,日本語圏に対しての強さを確立できるということでしょうか.

小林 両方.明らかに田丸さんの発言は,マイクロソフトのグローバルなストラテジーには反していない.それぞれの地域ユーザのために,ある種,社会的な活動をすることが,結果的にはマイクロソフトという会社の利益につながると思ってるんでしょうね.

伊藤 そうですね.JTC 1の総会に出てても,各国からマイクロソフトの方が出てるんです.カナダもアメリカも中国も韓国も,アイルランドもそうだし,南アフリカとかも.そういう人たちに,こんなにたくさんの国からマイクロソフトの人が出てたら,マイクロソフトで牛耳れますよねって話をすると,違うんだと.マイクロソフトの所属ではあるんだけれど,皆さん,その国の立場で活動してるとおっしゃってますね.

だから,マイクロソフトの利潤が第一ではない.逆に,でも,その国のことを考えて活動している結果として,マイクロソフトにちゃんと跳ね返ってくるものがあるということで,動かれているんだなと感じましたね.

小林 標準屋のコミュニティってあるんですよ.その結束が結構固い.その中でも悪いやつもいるけれども,基本,いいことをやろうと思ってるんだよね.

村田 それなりのシナリオで.

小林 そのいいことというのは,僕の場合でいうと,さまざまなマイノリティスクリプトのユーザコミュニティの利益にコミットしよう.そういうふうな使命感を持ってるんですよ.

吉野 絶滅危惧種を守ろうみたいな,文化的絶滅危惧種.

小林 日本語もある意味では,絶滅危惧種ですからね.でも,それを守ろうというのは,決して上から目線の話ではなくて,それがやはり自分のミッションだと思ってるような気がしますよね.

改元と日本語処理


吉野松樹

小林 変な話,日本語にかかわることでも,さっきの村田さんの話じゃないけど,日本の中でごちゃごちゃやってるよりも,国際の場で話したほうがずっと簡単で,早くことが進む.だから,新元号なんかもまさにそういうやり方.

元号が変わるじゃないですか,新しい天皇の即位に伴って.現場でかかわっている人たちは,元号が変わることによって,ITシステムがどういう影響を受けるか,ほとんど何も考えなくても即座に分かる.最近になって,ますます大変だということが分かってきてるみたいですごく焦ってる.いつ元号が決まるか分からないじゃないですか.ところが,役所は1カ月もあれば対応できるんじゃないかって,呑気なことを言ってる.

明治,大正,昭和,平成までは,それぞれ独立した符号として,JIS X 0213という文字コードの規格には入ってるんですよ.JIS X 0208には入っていない.何でJIS X 0213に入ったかというと,IBMとか,NECとかのベンダ依存特殊文字とか,そういう合字が入ってて,それが現場で使われていた.それで,JIS X 0213にそれを入れたんですね.その結果,ISO/IEC JTC 1 10646(Universal Coded Character Set)にも入ってる.0213に入ってるからUCSにも入ってる.

ところが,その次の元号は入っていない.入っていないんだけど,新元号名が決まっていなくても,コードポジションを予約すれば何とかなるだろうと思った.でも,規格の手続き上は,コードポジションの予約なんてあり得ないわけですよね.文字コードの規格というのは,本質的には文字の名前とビット列の一対一の排他的な対応でできているので,名前がない符号位置なんて,原理的にあり得ない.

伊藤 名前が決まらないと規格としてはだめだということですね.

小林 そうするとどうやったって間に合わない.それで,僕が考えた戦術というのは,SC 2でいうと,プレナリの決議にこのコードポジションだけを予約するということを入れちゃう.UTCのレベルでいうと,議事録に符号位置を予約したことを書いてもらう.その作戦で日本のSC 2の皆さんの合意が得られた.

それで,今,IBMの織田哲治さんって方が日本のSC 2の委員長だけれども,国際のSC 2のチェアは,IPAの田代秀一さんなんだよね.それで,日本のSC 2の委員長から国際のSC 2の委員長とUTCの議長に手紙を出してもらった.UTCは即座に次のフェースツーフェースのミーティングで,コードポジションも16ビットのBMP(Basic Multilingul Plane: 基本多言語面)にはもうほとんど空きがないんだけど,ケン・ランディーというAdobeの社員が,ここが空いてるって言ってくれて,すぐ議事録に書かれた.この前のロンドンでのSC 2の総会でもやはり決議に入った.それでコードポジションは変わることがない.それで,今,マイクロソフトをはじめ各社がダミーのフォントを使って実装やらテストやらやっている.

吉野 年号が決まったらそこにフォントを当てはめるわけですね.

小林 要するに場所がそこで決まりなので,ダミーのフォントを入れて,それでいろんなシステムテストをやってる.そんな状態です.裏技ですけどね.

吉野 また元号改正が起きるようなシチュエーションになると,非常に困るわけですね.
不謹慎ですけど,何があるか分かりませんから.

標準とレガシーの関係

小林 こういう話は,たぶん村田さんのほうが得意なんだけど,規格って微妙なんですよ.どこまで現状のレガシーシステムを壊すか.そのさじ加減って結構難しい.

一方,つくっちゃうと途端にレガシーになるんですよね.イノベーションに対するものすごい足かせになる.そこが難しくて.だから,Unicodeになって,日本語の処理環境も改善されたと思いますけど,いまだにシフトJISは残ってますからね.

吉野 まだ膨大なデータが捨てられないし,変換もかけられない.

小林 常用漢字表が2010年に変わった.

改定されて,それに伴って常用漢字に出てる字体がBMPからはみ出しちゃった.要するに僕らでいうプレーン2というんですけど,32ビット,もしくはサロゲートペアを使わないと表現できないということが起こっちゃった.でも,その常用漢字表が改定されて,それに伴ってJISも改正したんですけれども,そのことでさまざまなシステムのUnicode化がやはり促進されたことは,たぶん間違いないと思うんですよね.

常用漢字表の改定そのものに反対する人たちもいたけれど,結果的にはそうやって少し前進した.だけど,まだまだなところはあるわけです.そういうことでいうと,次の改元のときまでには,今回の経験を踏まえて,もう少しきれいな.元号をなくせとかいうことじゃないんだけども,内部的な情報の持ち方と,それのレプリゼンテーション(表現)とプレゼンテーション(表示)との切り分けをしっかりするとか,情報システムにとっては,常識的なきれいな書き方への更改が進むのではないかなということを期待する.

吉野 そうしとかないと,もう大変だと.

小林 だけど,情報化一般でいうと,どこまで現状を無視して規格をつくるかというのはあるでしょ,常に.

村田 大変です.

HTMLとかCSSなんかは,結構レガシーを切って捨てるんですよ.というのは,どの仕様が使われているかというのはGoogleなんかみんな知ってるわけでしょ.サーチエンジンで読んでいるわけだから.それで,統計データを取って,これは0.1%以下だからこれは切ろうとか,平気でやるんですよ.

ところが,電子書籍だと技術は同じなんだけど,DRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)がかかっていて,誰も統計データ取れないので切れないんですよ.技術の背景によっても,どこまで今残ってるレガシーの部分を切り捨てるかというのは,その場その場で違うとしかいいようがないですね.

符号化文字集合標準化の今後の方向と人材育成

伊藤 文字コードも新しい元号のことなどもあり,まだこの後も引き続きメンテナンスは必要だということになると,人材の課題がありますね.皆さん年はとってしまうので,どこかで新しい人に入ってきてもらわないといけない.そうすると,小林さんが最初に入られたときみたいに,強引にでも人を連れてくるとかしないと,なかなか新しい人って入らない.

小林 難しい問題なんですよね.日本語にかかわる符号化文字集合に関しては,たぶんほぼ終わった.ほぼというのは,IPAの文字情報基盤(MJ)で,6万文字ぐらい入ってるんですけど,ここから減ることはないし,増えるとしても,せいぜい何年間に1文字.

ということは,99.99%ぐらいは終わったといえると思うんです.元号の話とかというのは,天皇の崩御とかのタイミングでしか起こらない.増えるとすると,今,MJ文字集合に入っていない文字が,法務省とか裁判所の判断で,戸籍に記載しなさいという命令が出て,戸籍統一文字に追加されて,それが国際標準になるみたいなことでもないと増えないんですよ.

おっと,人材育成の話ですよね.

伊藤 SC 2についてはもうやらなくてもいいということですか.

小林 ここが,難しいところで,30年後のいつ起こるか分からない1文字か,2文字のためにというのが1つと,それと,さっきからの自分の話を踏まえると,日本のSC 2のミッションというのが,単なる日本国内のニーズに応えるだけではなくて,もう少し国際的な,デビーがSEI(Script Encoding Initiative)でやってるような国際貢献を踏まえて活動するという方向に,かじを切らなければならないのではないかという気がします.

伊藤 そうすると,どういう人がプレーヤになるかというのがなかなか難しくなりますね.企業としてだと,なかなかそこまで動くというのは厳しいよねというふうにいいそうな気がしますし,じゃあ,国のほうでそこを支援するかというと,日本語じゃないところをやるんかみたいな.

村田 国際貢献なんだからJICAあたりでサポートするとか.

小林 かつて,ヒューレットパッカードにいらして,国際情報化協力センター(CICC)に移った佐藤敬幸氏さんという人がいて,「Unicode戦記」にも書きましたけど,彼はそういう意味でいうと,ほんとに大先達ですよね.東南アジアの中でもタイは割と先進国で自分たちで何とかなったけど,ミャンマー,ラオス,カンボジアあたりのUnicode化は,ほんとに彼がいなかったら実現しなかった.その時点ではCICCが,経済産業省が管掌する財団法人ですけども,国の予算でそういうのを推し進めていた.

この活動は,1つのロールモデルだと思うんですよね.この活動のおかげで標準屋の中では日本のプレゼンスとレピテーションがすごく高まった.そういう先行事例がないわけではないんです.なので,日本として情報規格調査会として,そういう言語文化依存性のある規格について,日本の経験を他の国や地域に対して提供するみたいな枠組みと,そういう機会を通してオンザジョブトレーニングをやって,若い人たちを育成する,そういう大きなスキームを考えれば素晴らしい.

伊藤 それがあるので,日本の情報システムがそういうところに持っていけるかもしれないとか.

吉野 そういうシナリオを描いてやらないと,日本のベンダとしては続けていくのは難しいですね.日本語はもう終わってるでしょみたいな感じになってしまうので.

伊藤 そういうスキームの話は,文字コードのことだけではなく,情報技術に関する標準化に関しては,全般的にいえる話だと思うんですよ.JTC 1総会でも,デブリーフという言い方をしてるんですけども,JTC 1の活動を今まで参加していないところに対して,広く知らせて,参画を促す.そのときに,場合によってはいろいろ支援をしていくことが必要ではないかといわれていて,日本がそれをやるとしたら,アジア諸国が対象なんじゃないかなと思うんですよね.

まだ具体化してないんですけども,文字コードだけじゃなく,いろんな技術領域で,支援し連携をする.そういったことを考える時期に来ているのかなと思います.そうなると,国の支援も必要になってくるなと思うので,経済産業省と議論もしなきゃいけないなと思っています.

小林 たとえば,村田さんの方が専門だけど漫画.漫画って日本発の数少ない,アニメもそうですけれども,広い意味での表現メディアじゃないですか.それが国際的に受け入れられている.アニメだったらMPEGとかでいいのかもしれないけど,漫画に関していうと,やることたくさんあるわけですよ.

村田 ほっておくと欧米企業の作るフォーマットが世界標準になって,彼らがフォーマットを押さえ,流通を押さえ,そして,そこでロックインされます.必ずそうなる.

吉野 それはつまらないですよね.せっかくの日本発のコンテンツが,欧米企業の儲けの道具になるというのは.

小林 それは,日本のためではないんですよ,おそらく,すべての漫画の世界中の読者の利益になることに違いないんですよ.日本は国としてこれにコミットできる立場にいるんですよね,お金の面でも,技術の面でも.それをやらないで,クールジャパンとか言ってる場合じゃない.

吉野 そういう意味でEPUBはまだまだやることがあるんでしょうか.

村田 もちろんいろいろありますけれど,大筋はできたかなとは思います.しかし,あるときに急にEPUBが降って湧いたように,これから何十年こういうことがないとはいえない.文書フォーマットに関して10年くらいの間に1つや2つ大きな動きがあるでしょう.そのときに日本から誰かが積極的にかかわるというのは無理だろうと私は思っています.乾いた絶望を感じています.

クローズからオープンへ

小林 加治佐さんから何か面白いことやろうといわれて,今,僕,文字情報技術促進協議会の会長をやってるんです.

伊藤 小林さんが会長で,村田さんが副会長ですね.

小林 去年の総会になんと長尾真先生と,京都の漢字の専門家の阿辻哲次先生という方を招いて,それで協議会のステータスがぐーっと上がった.そのときに村田さんが,パネルで,すごい緊張して文書フォーマットの話をした.これが結構ウケた.あれは面白いと思うのね.どこか出したんだっけ.

村田 文字情報技術促進協議会のブログ[2]に出してます.

小林 文書フォーマットの歴史みたいなので,デジタルプラクティス特集やってもいいかもしれませんよ.そのことを通して情報技術の問題点とか歴史とかが浮かび上がってくる.ゼロックスのパロアルトの研究所が果たした役割とか,マイクロソフト(OOXML)vsサンマイクロシステムズ(ODF)のドキュメントフォーマットの話とかにつながってくるわけですよね.

吉野 ODFが先にISO/IEC JTC 1の標準になってしまったので,マイクロソフトもOOXMLをISO/IEC JTC 1の場に出さないと,ヨーロッパとかではもうOfficeは売れなくなるかもしれないみたいな流れがありました.

村田 そうそう.政府調達から外れるぞと.

吉野 それだけ標準化というのが大きな意味を持つということの1つの証左ではあるんだけども,いろいろ大変でしたね.

小林 企業が,知的所有権を主張して,守ろうと思ってるものの中に,それをオープンにすることによってユーザにとって,特に情報の流通の観点で非常に大きなメリットになる部分がある.いまは,マイクロソフトも結構いろんなオープンソースにコミットしてるじゃないですか.

この時点でマイクロソフトも,そういうことに気づいたのかもしれない.

村田 今後,プラットフォーマに対する戦略としても,こういう事例から学べることはあると思います.Facebookも完全に情報の囲い込みをしてる会社じゃないですか.Webに出さない,ほっとくと情報の囲い込みは,いろんなところでどんどん進んでいく.

小林 ずいぶん前に読んだ本なんですけど,ブルーマジック[3]というドキュメンタリーの翻訳で,IBMのPCをつくったときの話でめちゃくちゃ面白い.ポイントは,ATバスという外部装置との接続のバスの仕様を公開して大成功したけど,次にマイクロチャンネルっていうクローズドなバス仕様に変えてこけたてしまったという話で,ハードウェアの世界でも同じだということ.

論文として記録することの意味


平林元明

小林 全然話が違うんですけど,今回の論文は,結構突っ掛かって書いたつもりでいてるんだけど,大丈夫だったのかな.

平林 このくらいの内容じゃないと,小林さんらしくないですよ.だいぶ長い間おつきあいさせていただいていますけれど.デジタルプラクティスとしては,確かにかなり異色です.

小林 こういう話って,こういう書き方しかできないんですよね.普通の論文にはならない.

平林 デジタルプラクティスでは,役に立つかどうかが,採録の基準ですが,役に立っても面白くなかったら,誰も読まないので,こういう面白いものもあっていいと思います.

伊藤 読ませていただいて,自分がやってる活動と照らし合わせてみると,いくつかは当てはまるんですよ.でも,いくつかこれはどういうことだろうなと思うものがあって.たとえば,銃と標的の間に入るな.

小林  JLreqという日本語組版の要件をつくったとき,実現方法はまったく書かずに,これを実現してほしいということしか書かなかった.そのころはまだ実現方法はCSSだけではなくて,XSLTもあった.W3Cの中にも2つのそういうスタイルシート的なものの流派があって,こいつら仲が悪いんだよ,ほんとに.何かのワークショップで,CSS的な解決方法のドラフト,小野澤賢三さんという写研の組版システムのプログラムをつくった人が書いてくれた仕様を持ってたんだけど,これを出したらXSLTの女性議長に殺されると思って出さなかった.だから,僕は飛び込まなかったわけ.銃と標的の間に.

村田 それは正解ですね.

伊藤 後からその行動がよかったかどうかというのは分かるけれど,そのときって,そこまで判断できるものですか.

村田 勘.

吉野 勘が働くのは,弾と標的の間に入っちゃって,致命傷は受けなかったけど,かすったとか,そういう場数を踏んだからってことなんですかね.

小林 たぶんそうだね.もう何度も死にかけているから.佐藤さんに怒られたこともある.ルビの話とかで.

村田 結局負けたやつね.

小林 うん.徹夜して反論を書いて出したら,その次のミーティングのときにその反論の反論が出てきてつぶされた.それで,佐藤さんに怒られたのは,おまえ,敵に塩を送るようなことをするなって言われた.殺したいんだったらば,ぎりぎりまで出さないで,その場でやれって.殺すぞとかいうんじゃなくて,突然撃てって.

伊藤 相手に対応する余裕を与えるな,ということですね.

小林 論文に書いたガンマン十戒でいうと,「傷を負わせたら殺せ」.そういうことです.村田さんなんか常にそうだからね.

伊藤 結構非情ですけど,そういうのも必要なんですよね.

吉野 会議の場でリアルタイムで対応しないといけない局面というのがあるってことなんです
ね.持ち帰って検討しますとかはそもそも…….

小林 それは,論外です.国内の合意をとらないというのは,そういうこともあるわけです.

吉野 そこで何か意見を返さなければ,賛成したと思われて,議事録にそう書かれたら,後からでは手遅れだと.

伊藤 論文を読んでもいろいろと得るところがあるんですけど,やはりこうやって話をすると,こういうことだったんだなというのが分かるところがあって,実際に標準化にかかわっている人間にも,参考になりますよね.

小林 僕の場合でいうと,村田真は反面教師だとして,佐藤さんとか,桶浦秀樹さんとかに身近で接して,オンザジョブトレーニングで身に付けてきてるんですよね.どうもそれ以外のやり方って思い付かない.

村田 台湾のボビー・タン(Bobby Tung)たちは,その「ユニコード戦記」と「EPUB戦記」[4]を読んで,戦略の決定と参考にしてると言ってますよ.

中国に先達がいないので,ほんと藁をもつかむつもりでだと思いますけど.彼らに言わせると日本語よりも全然駄目駄目な中国語組版をもうちょっとまともにするために,この2冊を読んで戦術の参考にしてるそうです.

小林 そういう意味でいうと,書き残しとくというのも意味がないわけではないかもしれないですね.でも,やはり彼だと自分で現場にいって,経験しているから読んでピンとくるところがあるけれど,知らない人が読んだってピンとこないだろう.

伊藤 こういう書籍もデジタルプラクティスの論文も実践されてる方に対してのインプットというか,参考になるドキュメントなんだと思いますけどね.

標準と実装

吉野 標準と実装の関係についていうと,小林さん,村田さんは,標準を決める側で,後は実装はよろしくっていうスタンスなんですね.

小林 そうですね.

ジャストにいたころは,具体的な実装の都合は考えないけども,規格がどういう方向に行くかって,前もって分かるじゃない.たとえばJISが決まって,それがUnicodeに入る.そうするとサロゲートペア,32ビットのやり方が表現できないと,日本国内で決めた指針も実現できないということが分かると,現場に,すぐに実装しろとかいってね.マイクロソフトがもたもたしてる間に,ジャストシステムが対応のフォントを用意して,ほんの短期間だけど,マイクロソフトの鼻を明かしてやったみたいなことがあった.そういうことは,標準にかかわってるとできますよね.場合によっては,自社の利益を最優先して,相手が実装しにくいような標準をつくるとか,そういうこともできるかもしれない.

吉野  OSS対標準みたいな議論があって,動かない標準よりは,動くOSSのほうがいいんじゃないかみたいな議論もある.最近は標準化団体も気が付いて,OSSコミュニティと連携を図ったりしていますね.

せっかく作っても使われない標準というのは,JTC 1でも結構ありますが,2人がかかわられてる標準は,きちんとほぼすべて使われていますね.

村田 ちなみに私の一番最初にかかわった標準は,今はなきオープンドキュメントアーキテクチャーODAです.当時のワープロとかJ-Starとかの文書のフォーマットをもとに標準化しようという試みが1980年代にありまして,物の見事に失敗しました.

吉野 富士ゼロックスにいらっしゃったときですね.

村田 そうですね.一敗地に塗れて,何年間か標準から離れてましたね.

伊藤 村田先生も,あとに続く人のために,失敗も含めて文書としてプラクティスを残していくということも重要かなと思うのでよろしくお願いします.

村田 日本語組版の話は書きましたけどね.情報管理[5]に.

小林 あれね,名論文ですよ.別名「だから私は嫌われる」.数少ないよね,ああいうこと書いてる論文は.

伊藤 デジタルプラクティスの標準化に関する特集も,将来的に出てくると思います.これからもまた標準化の活動をぜひよろしくお願いします.ありがとうございました.

小林 ありがとうございました.楽しかった.

左から:伊藤 智氏,吉野松樹,平林元明,村田 真氏,小林龍生氏

参考文献
  • 1)小林龍生:ユニコード戦記 文字符号の国際標準化バトル,東京電機大学出版局 (2011).
  • 2)村田 真:文書フォーマットの国際化とオープン化,2018年2月22日の文字情報技術促進協議会年次特別講演でのポジショントーク ,http://citpc.jp/article/20180222.html
  • 3)ジェイムズ クポスキー,テッド レオンシス,近藤純夫 翻訳:ブルーマジック─IBM ニューマシン開発チームの奇跡 (リュウセレクション),経済界.
  • 4)小林龍生:EPUB戦記,電子書籍の国際標準化バトル,慶応義塾大学出版会 (2016).
  • 5)村田 真:電子書籍フォーマットEPUBと日本語組版,日本でメインストリームにいる人間は国際標準化の舞台ではまず勝てない,情報管理, Vol.55, No.1 (2012), https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/1/55_1_13/_pdf/-char/ja

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