デジタルプラクティス Vol.9 No.4 (Oct. 2018)

「クラウドソーシング/ヒューマンコンピュテーション」特集号について

鹿島 久嗣1  福島 俊一2  平井 千秋3

1京都大学2科学技術振興機構3日立製作所

はじめに

「インターネットを通じて不特定多数の人に仕事を依頼すること,もしくはその仕組み」を意味するクラウドソーシングの考え方は2000年代初頭に提唱され,以降,Amazon Mechanical Turkなどのプラットフォームの出現によってさまざまな分野での利用が拡大しました.依頼者にとっては必要に応じた労働力調達の手段として,働き手にとっては場所や時間にとらわれない新しい働き方として注目され,現在では労働力市場の1つの形として定着してきています.さらには近年,Uberに代表されるシェアリングエコノミーが注目されていますが,これらは物理的な世界におけるクラウドソーシングの一種と考えることもでき,今後もその流れは一層広まっていくと思われます.

一方,上記の流れと並行して,人工知能分野においては,コンピュータには困難であるが人間には比較的容易な課題を,後者の助けを借りて実施するというアプローチとしてヒューマンコンピュテーションの考え方が提唱され,盛んに研究が行われています.ヒューマンコンピュテーションの実施プラットフォームとしてクラウドソーシングプラットフォームが利用され,その発展を支えています.

このように密接なかかわりをもって発展してきた両者ですが,たとえば理論的な研究結果がクラウドソーシングのビジネスにおいて差別化要素として機能しているかというと,必ずしもそうとはいえません.一方で,産業界にもさまざまな先進的試みやビジネスモデルがありますが,これらが学術界で広く知られているともいえません.

そこで,本特集では,さまざまなビジネス/アプリケーションに活用が広がっているクラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションの実践事例を紹介します.実践事例から,その効果を高めたり,その活用を拡げたりするのに有用な知見の共有につながることを期待しています.

本特集号の論文について

本特集号では,クラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションの実践事例について,以下の7件の招待論文を掲載しました.

上野諒一氏らによる「10年間のクラウドソーシング事業運営から見る働き方の変化」は,クラウドソーシングの事業環境のこの10年の変化を振り返りつつ,その時々の課題と解決策を述べています.また,最後に述べられているのは,法制度や社会的認知の変化の必要性であり,クラウドソーシングが今後,人々の働き方を大きく変えてゆく可能性も示唆しています.

髙橋橋寛治氏らによる「クラウドソーシングによる名刺データ化プロセスの実践」は,名刺のデータ化という高い精度が求められるサービスでの精度向上とコスト低減についての報告です.数千人のワーカを常時活用している実サービスでなければ得られない貴重な定量評価結果を紹介しています.

芦川将之氏による「東芝クラウドソーシングの構築と活用」で述べられているのは,研究用データを作成するためのクラウドソーシングです.ワーカを複数のロールグループに分けて管理するなどの工夫を行っています.音声認識システムが用いる辞書に載っていない未知語への読み仮名やアクセントなどの情報付与が低コストでできたことを報告しています.

山本一樹氏による「ソーシャル創薬プロジェクト─人智(創薬知)と計算(IT創薬)の融合,創薬エコシステムの社会実装を目指して─」は,計算機パワーを活用するIT創薬と人智を活用する創薬知を組み合わせて,新薬の開発コストを低減させようという試みです.ソーシャルゲームやキャラクタの活用など,幅広い層を取り込むための斬新な試みを紹介しています.

馬場雪乃氏らによる「教育用データ解析コンペティション基盤の設計と実践」は,コンペティションを教育に用いる試みを紹介しています.学習意欲向上の動機付けや参加者同士の協調学習といった教育分野ならではの話題に対し,豊富な実践データを元に考察を行っています.

白木優馬氏らによる「クラウドソーシングを利用したアンケートデータ収集のノウハウと課題」は,研究データを集めるためのアンケートをクラウドで行う場合の知見をまとめています.データの信頼性担保,ワーカへの配慮,サービス業者の選択など,アンケートを集めようとする研究者にとって実践的な内容になっています.

神沼英里氏らによる「ライフサエンス研究におけるクウドソーシングの利用と実践」は,ライフサイエンス分野でのアノテーションや予測モデル構築といったタスクをクラウドソーシングで行い,そこで得られた知見と課題を紹介しています.またクラウドソーシングを利用する上での研究倫理審査についても述べており,ライフサイエンス以外の研究者にも参考になると思われます.

おわりに

これらの招待論文に加えて,インタビュー記事の形式で,クラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションの用語の意味や分野の最新動向,実践・活用におけるポイント,さらには労働市場といった観点も含めた可能性の広がり等についても触れています.特集全体のイントロダクション・入門編のような位置付けで,招待論文の理解の助けになるものと思います.本特集を通じてクラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションへの関心・理解が深まり,問題解決やシステム・サービス開発のヒントとなることを願っています.

 

鹿島 久嗣(正会員)kashima@i.kyoto-u.ac.jp

京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻教授.理化学研究所 革新知能統合研究センター ヒューマンコンピュテーションチーム チームリーダ(兼任).人工知能,特に機械学習とヒューマンコンピュテーションの研究開発に従事.

福島 俊一 (正会員)toshikazu.fukushima@jst.go.jp

東京大学理学部物理学科卒業後,NEC研究所にて自然言語処理・ビッグデータ・人工知能技術等の研究開発・事業化・戦略立案等に従事.2016年から科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー.工学博士.

平井 千秋 (正会員)chiaki.hirai.xj@hitachi.com

東京大学大学院工学研究科精密機械工学専攻修了後,日立製作所にて,AI,ソフトウェア工学,知識管理,サービス工学の研究に従事.現,日立製作所社会イノベーション協創センター 主管研究長.知識科学博士.

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