デジタルプラクティス Vol.9 No.4 (Oct. 2018)

鹿島久嗣氏インタビュー
クラウドソーシング/ヒューマンコンピュテーション

インタビュアー  
                    福島 俊一(科学技術振興機構)      平井 千秋((株)日立製作所)

今回の特集号のインタビューでは,ゲストエディタをお願いした鹿島先生からお話をうかがった.鹿島先生は『ヒューマンコンピュテーションとクラウドソーシング』と題した本も書かれており,クラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションの言葉の意味に始まり,この分野の最新動向,実践・活用におけるポイント,さらには労働市場といった観点まで幅広くお話をうかがえた.具体的な取り組み事例に関する論文の前に,イントロダクション・入門編のような位置付けで読んでいただけるものと思う.

クラウドソーシングとヒューマンコンピュテーション


鹿島 久嗣氏

福島 クラウドソーシングはいろいろな場面で使われ始めて最近馴染みが出てきていると思うのですが,ヒューマンコンピュテーションの方はまだ聴き慣れていないという読者も多そうに思います.今回の特集は「クラウドソーシング/ヒューマンコンピュテーション」としましたが,なぜその2つを一緒に取り上げたのかというあたりから,鹿島先生に解説をお願いできますか.その2つの意味や背景,ちょっと違った話なのだけれども,実は同じようなことをやっているのだよとかいったあたりのお話から始めていただけますか.

鹿島 はい.クラウドソーシングはどちらかといえばビジネス主導で,いろいろなタイプの仕事がオンラインでやりとりできるプラットフォームとして発展してきていると思います.片やヒューマンコンピュテーションはもうちょっと学術的なコミュニティで議論されていて,そのコンセプトとしては,計算機と人間を組み合わせて,どちらか一方だと解くのが難しいような問題を解くことを主眼にしています.人工知能研究の一分野といってもいいかもしれません.

ヒューマンコンピュテーションの初期の例の1つがreCAPTCHAです.Webサービスにアクセスするときに,ぐにゃっとした文字列が2つ出てきて入力させられるというもので,片方の答えはシステム側も分かっているのだけれども,もう一方は実はOCRで読み取りに失敗した文字になっている.この2つを人間に読ませて,1つはアクセスコントロールに使い,もう1つはOCRの肩代わりにするというものです.人間の力が計算機システムの中に自然に入る好例で,これは面白いね,と人間をシステムに取り込むような仕組みやその設計論に多くの人が興味を持ち,研究分野として盛り上がってきたところがあると思います.

ただ,こういった巧妙なシステムはうまく働けば絶大な効果を発揮しますが,基本的に設計が非常に難しいという問題があります.ゲームの形にして,プレイヤはゲームをプレイしているつもりが実は仕事をしているというタイプのシステムもあるのですが,やはり面白いゲームにしないと人がやってくれないので,それほど汎用的な仕組みではないと思うのですよね.それに対し,いわゆる商用のクラウドソーシングプラットフォームは金銭報酬と引き換えに日本中・世界中の人に参加してもらえます.商用プラットフォームは金銭を駆動力としているという意味においてはより汎用的といえるでしょう.

研究サイドから見ると,ヒューマンコンピュテーションのためのプラットフォームとしてクラウドソーシングを使うのが1つの捉え方かなと思います.研究サイドから見た両者の接点はそこにあると思います.たとえば今回の特集論文でも,(株)シャルクスの山本さんの論文で,画像からの化合物選別にエキスパートの力を組み込むヒューマンコンピュテーションと,大勢のノンエキスパートの力を借りるクラウドコンピューティングという両方のアプローチが述べられていますね.

ヒューマンコンピュテーションでクラウドソーシングを使うときには,マイクロタスクといわれる,数秒から数分程度で終わるような安価なタイプのクラウドソーシングがよく使われます.一方,ビジネス的な文脈だと,ロゴデザインとかプログラム開発の仕事など,もっと単位が大きくて,プロフェッショナルなスキルを要求するような方向にニーズが広がっていきました.依頼するタスクの抽象度がだんだん上がっていると思います.

福島 クラウドソーシングをユーザとして上手く使う話と,そのクラウドソーシングの仕組みをプラットフォームとして上手く作る話はかなり近いような印象を持ちました.要するに,プロセスを設計するのがポイントだという意味で共通性がありますね.

鹿島 かなり近いと思います.利用者側は,あくまで利用者サイドから自分がやりたいタスクについてプロセスを設計するわけですが,プラットフォーム側はその枠組みの方を整えるという形で,若干,抽象度は違うのかもしれないけれども,かなり似ていると思うのです.

福島 それぞれの側から書いたプラクティスとかノウハウは,利用者側にも運用者側にも参考になりますね.

鹿島 それはそうだと思います.今回の特集でも,利用者側の論文とプラットフォーム運営者側の論文の両方がありますね.ランサーズ(株)が運営者側で,それ以外の方々は利用者側になります.

コンピュータと人間の協調


福島 俊一

福島 ヒューマンコンピュテーションと関連しそうな言葉として,最近,ヒューマン・イン・ザ・ループという表現もよく使われますね.これは,どちらかというと,あまり人間的な面が考えられていなかったところに,ちゃんと人間も入れていきましょうというニュアンスでしょうか.

鹿島 そうですね.ほとんどのシステムはどこかに人間がかかわってきます.たとえば,機械学習のシステムでも,正解データは人間がつくる必要があったり,あるいはその結果の検証には人間が入る必要があるなど,プロセス全体で考えたときに人間がかかわる部分が少なからずあります.ヒューマン・イン・ザ・ループは,プロセスの中に人間が入ったシステムを意識してトータルで設計しないといけないということです.

福島 機械・コンピュータによる一連の処理と人間に関するモデルについて,それぞれ検討されてきたものを組み合わせるという以上に,組み合わせた系全体として最適にしようということですね.

平井 たとえば,囲碁や将棋で,コンピュータだけが考える次の一手と,人間だけが考える次の一手と,人間とコンピュータが相談して考える次の一手だと,相談した方が一番良いという話もこのヒューマンコンピュテーションのカテゴリの中だと思っていいのですか.

鹿島 チェスはずっと昔にコンピュータが人間よりも強くなってしまっていますが,実は複数の人間とプログラムがチームとして取り組んだ場合が最も強かったという例があります.これが普遍的に正しいかどうかはまだ分からないのですけれども,期待しているのは恐らくその辺だと思います.

平井 最初のreCAPTCHAみたいな,ある意味,本人が知らないところで人間を労働させる話と,両者が協調するとより良い解が出るという話と,ヒューマンコンピュテーションにもいろいろと目的があると思えばいいのですか.

鹿島 目的によって異なるという見方もできますし,第一世代,第二世代という捉え方もできると思います.reCAPTCHAなどは第一世代で,計算機にとって難しい問題を部分的に人間の力を借りて解くというアプローチです.その設計方法は,人間が知らない間に働いてしまっているパターンもあり,金銭報酬と引き換えに仕事を依頼するパターンもあります.ここでは,両者をより上手く組み合わせようという観点よりは,クラウドソーシングを通じて人間を部分的なリソースとして用いつつ効率的に課題を解決するという意識の方が大きかったのではないかと思います.第二世代になると,もっと全体を上手く融合させて,これまで人間とコンピュータのどちらか片方では解けなかったような難しい問題に向かってチャレンジしているというところがあります.

労働市場という観点から

鹿島 別の流れとして,人間側にフォーカスがあたってきているというのもあります.特にクラウドソーシングプラットフォーム事業者はここはかなり気をつかっているところだと思うのですが,金銭報酬を伴うクラウドソーシングでは労働力の提供側の立場が弱くなりがちです.依頼者側からすると世界中の人々の手を安価で借りられるので,すごく便利なのですが,一方でワーカは安く便利に使われてしまう面もある.クラウドソーシングが浸透するほど,ワーカ側に寄り添った考えが必要で,たとえば,ワーカの権利をいかに守るかとか,キャリア育成をどうするかという問題意識が,クラウドソーシングの研究の中でも出てきています.今回の特集でもランサーズ(株)の上野さんが,社会基盤としての課題ということで言及されていますね.

福島 そういう労働市場には雇う側と雇われる側と両方ありますけれども,クラウドソーシングによって昔の働き方とだいぶ変わってくるのでしょうが,今はどんな位置づけになっているのでしょうか.

鹿島 1つの職場に縛られず,プロジェクト単位で,かつ自分の時間,自分の人生設計に応じて自由に働けるというコンセプトはポジティブな面ですね.一方,なかなか実際にはそういうわけにもいかない面もあって,オンラインで,特にだれにでもできてしまう仕事の場合ですと,世界中の人々がライバルになるわけですから当然どんどん単価も下がってきます.ある程度の専門技能を要求されるようなものでもそうですね.たとえばロゴデザインなどを発注すると,デザイン会社に直接頼むのに比べるとずっと安い.数万円ぐらいの報酬で,かなりの数の応募が集まるので,やはり働く側からすると結構厳しい状況かなと思います.

クラウドソーシングが浸透していくにつれ,それに対する不満や問題も表に出てくるようになります.今回,論文を書いていただいているランサーズ(株)はそういう観点では結構充実していて,フリーランスの方が入れる保険を提供するなど,そういうレベルからより働きやすいように制度や枠組みの整備にかなり力を入れていると思います.

平井 労働市場におけるインパクトといったものも研究されているのでしょうか.

鹿島 経済学などの分野での研究は把握できていないのですが,クラウドソーシングやヒューマンコンピュテーションの研究においては,主にMechanical Turkにおけるワーカの属性や動機,労働時間や収入などを調査した研究がいくつかあります.

クラウドソーシングの作業品質

福島 ところで,研究開発においてもクラウドソーシングがどんどん活用されるようになってきていますよね.機械学習用データのラベリング作業や評価作業など,いつ頃からでしょうか,手段として定着していると感じます.

鹿島 Amazon Mechanical Turkが出てきたのが大体2005年頃で,その数年後に日本国内のプラットフォームが出てきたわけですが,やはりMechanical Turkの出現が非常に大きかったと思います.Mechanical Turkの出現の数年後ぐらいからクラウドソーシングを使ったシステム評価やデータを収集を行う研究が増え始めました.当時はタイトルに「クラウドソーシング」が入る,つまり,クラウドソーシングを使っていること自体が研究の売りになっていました.現在ではもう当たり前になってきてしまったところがあって,タイトルにわざわざクラウドソーシングと入っていなくとも,データ収集やシステム評価のところで普通にクラウドソーシングを使ったりなど,クラウドソーシングを使うこと自体が研究の差別化にはなりにくくなってきているところはあります.もちろん,研究で使うのにもそれなりのコツが必要なのですが,今回の特集での白木さんの論文は,「研究におけるクラウドソーシング利用のノウハウと課題」とある通り,研究でクラウドソーシングを利用する際の実践的な知見が整理されています.

福島 あとはその品質の話ですよね,私は元々自然言語処理の研究開発をしていました.解析のための辞書を作るために,データ作成の専門家として,言語学的な能力の高いメンバを抱え込んで,彼ら・彼女らとじっくり辞書作りに取り組んでいました.品質をしっかり担保するために,そうやってスキルの高い集団を抱えることが必要だったのですが,今は外部にクラウドソーシングして,いろいろな人たちにやってもらっているケースが多いようです.そうするとやはり品質の話が気になってきます.品質を保つ手法というのはかなり固まってきているのでしょうか.

鹿島 品質保証の手法は研究としてはそれなりにいろいろ出てきています.初期の試みというのは,元々は訓練を積んだ少数のアノテータが行っていたものをクラウドソーシングに変えても大丈夫なのかを模索していた時期だったと思います.さまざまな試みを経て,現在では,大体大丈夫ということが分かってきました.もちろんプロが付きっきりでするのに比べるとそれぞれの質は落ちるけれども,これを集めてきて,たとえば同じ作業を3人に行ってもらった結果の多数決を取るなどの品質を担保する仕組みを入れていけば,かなりうまくいくというコンセンサスは得られてきたのではないかなと思います.つまり,適用領域によっては質を量で補うことができるというのが大体分かってきたのではないかと思います.

福島:基本は,やってみて,多数決をとるというような.

鹿島 単純にはそうですね.我々も品質のところに注目して,どうやって統合すると多数決よりも良い統合ができるのかなど,いろいろ研究しています.それほど難しくないタスクであれば多数決や平均を取れば大体上手くいきます.プロフェッショナル1人に対抗して3人,5人と連れてくれば,同等に近いクオリティが担保できます.一方で,もう少し難しい,素人だとあまりうまくいかないようなタスクは,うまく重みづけをしたり,人とタスクの相性を考えたりと,もう少し工夫が必要になります.

別の観点では,タスクや報酬設定をどのようにすれば,高い品質の結果が得らえるかといったメカニズムデザインの観点からの研究もあります.

福島 あとは繰り返しやっていく中で,そのワーカ自身のスキルの評価も考えていくこともできますね.

鹿島 そういう評価を考えているところも多少はあるのですが,今まではアドホックにワーカが入って作業をして出ていって……というような状況で,個人個人を追ってというような観点はあまり考えてこなかったと思います.

もちろん30分の作業の間にだんだん慣れてきて作業品質が上がってくるとか,ミクロな視点での時間変化みたいなものはありますけれども,もっと長期的に,ワーカの側に立って,その人のスキルがどう上がっていくか,さらにはその人のキャリアアップがどう変わっていくかという観点ではあまり研究されていなかったと思います.

平井 ある程度作業してもらったあとは,できる人を集めて品質保証側にまわすことができるといいのですけれども.

鹿島 個々のプロジェクト単位だと,そのようなやり方は行われていると思います.たとえば,先にスキルテストを実施して,合格した人だけに作業をしてもらうというやり方です.ただ,それもあくまでひとつひとつのプロジェクト単位であって,プロジェクトをまたいで長い目で見るというのは,まだそれほど浸透してはいないかなと.

クラウドソーシングを通したキャリアアップや人材マッチング

福島 ワーカのスキルの高さが実績から評価されるようになっていくと,高いレベルの人たちは待遇が良くなっていくというストーリーもありそうですね.

鹿島 まずそういうところだと思いますね.クラウドソーシングの仕事を通じてキャリアアップというか,要するに,クラウドソーシングだけである程度の生計が立てられて,かつだんだんだんだん良くなっていくというような.特にプラットフォーム事業者側としてはそこは1つの大きな目標であると思います.

福島 クラウドソーシングの1つの形と見ることができるデータ解析コンペティションの世界は,そういうことが起きていますね.コンペティションで成績が良かった人は,就職活動でも引く手あまたで,データ解析スキルをアピールする場にもなっていると聞きました.

鹿島 そうですね.たとえば,データ解析のコンペティションで世界的に知名度が高いKaggleだと,常にいくつかのコンペティションが開催されていて,初心者からプロまで多くの人が参加しています.ここで業績を重ねていくとマスターやグランドマスターなどといった称号がついて,非常に注目されます.最近ですと,その称号を持っている人がどこかの会社に入ったなどというのが話題になりました.

Kaggleでも上位者に直接発注するような仕組みもあると思うのですけれども,こういった場で得た名声によって,仕事や職をを得たりすることがあるのは,上手くいっている1つの例かなと思います.

福島 人材のマッチングのような形は,やはりこの分野のビジネスの1つの方向性になっていきますか.

鹿島 そうですね.データ解析コンペティションも,社内にデータ解析をできる人がいないので,最初はこれをコンペティションとして外注すればいろいろなデータサイエンティストの人たちがデータ解析をしてくれるという意図もあったと思うのですけれども,今はどちらかというとコミュニティとしての価値の方が高まっているように思います.実際,コンペティションを開催してみると分かるのですけれども,コンペティションでデータ解析がものすごく楽になるかというと,必ずしもそうとはいえません.コンペティションを開催するのもなかなか大変で,コンペティションはある種のレースなので,データの整形などレースのお膳立てをする必要があります.これは開催者側が準備しなければなりません.結局そこのところがボトルネックになってくることもあります.

国内ではSignate(旧DeepAnalytics)がこのようなコンペティションプラットフォームを運営しています.彼らは国内の多くのデータサイエンティストと繋がっているともいえるわけで,このコミュニティの価値のほうが高いのではないかと思います.  

クラウドソーシングの応用の広がり


平井 千秋

福島 クラウドソーシングの考え方がいろいろな応用に広がってきているというお話ですが,そのような広がりを感じさせるトピックをほかにも紹介していただけませんか.

鹿島 おっしゃる通りでだんだんコンセプトは広がってきて,どこまでがクラウドソーシングなのか,結構,曖昧になってきてもいます.最初は少額で単純作業をしてくれるような,そこそこの成果をたくさん得るためのクラウドソーシングだったものが,先ほどのデータ解析や,デザインや開発といった仕事がそうだと思うのですけれども,少数の高品質の結果がほしいという,よりプロフェッショナルな仕事に向かっていっていると思います.また,これまではオンライン上ですべて片が付く,要するにブラウザの上ですべての作業が完結するイメージだったのが,だんだん物理世界側に出ていっています.最近のキーワードのシェアリングエコノミーというのも,クラウドソーシング的なコンセプトの一種ともいえますし,たとえばUberもある種の物理クラウドソーシングだという見方もできます.ただ,物理世界への進出が急激に進んでいるかというと,それほど多くはなくて,まだ出る先を模索している状況かなと思っています.

福島 プロフェッショナル化という話と,物理世界に広がる話と,あとは,教育分野への広がりもありますね.

鹿島 教育の文脈では,MOOCはクラウドソーシングに近い状況が生まれています.たとえば,MOOCの教材は運営側が作成して,それをたくさんの受講者が見るという形式ですが,受講者がレポート課題を提出する場合に,これらをどうやって評価するかは大きな課題です.受講者数が増えれば増えるほど課題提出数も増えるのに対して,評価する側は少数のままなので,ここに評価のボトルネックが発生します.1つのやり方としては,我々研究者が学術論文を評価する際に行っているピアレビューで,この場合,受講者同士が相互に課題を評価し合うというやり方です.そうすると,参加者が増えると提出数も増えるけれども,評価者数も同様に増えるので,スケールの問題が解決する.これは経済的な対価があるわけではないですが,受講者が自分が学習する過程で労働力も提供するという形ですね.このように,学習者がお互いに労働力を提供しながら協力して学習を進めていくという,ある種のクラウドソーシング的な見方はできると思います.筑波大の馬場さんの論文は,データ解析技術の教育にコンペティションを使うというものですが,そのなかで受講者同士の協調学習にも触れられています.

平井 英会話のレッスンでも,いろんな英語の教師がいる中でオンラインで選べると思えばクラウドソーシングという見方もできるということですか.

鹿島 まさにおっしゃる通りで,ピア・ツー・ピア的なオンライン英会話学習というのも,5~6年前ぐらいからいろいろとでてきていますね.原理的にはそれぞれが教える側にも学習者にもなり得るわけで,これも協調学習の1つの形ともいえます.

平井 教育以外でも個人が発注主になるようなクラウドソーシングというのがあったり,広がっていたりするのですか.

鹿島 大多数は,事業者が個人に発注するような形で使われていると思いますが,まだそれほど一般的ではないと思います.先ほど触れたお使いを頼むのに近い感じの物理クラウドソーシングになるかなと思います.

平井 たとえば,お墓参りをお願いするとか?

鹿島 その辺が,今いろいろと試みがされているところだと思います.いずれキラーアプリというか,需要の高い仕事が出てくると,一気に広がるのかなと思います.個人間というのは,コンセプトとしては非常に有望だと思います.

福島 AIでいろいろなものが自動化されていってしまうと,物理的なものを伴うものの方が残りやすいのかもしれませんね.

鹿島 はい,最初のreCAPTCHAの例でも,読みにくい文字を機械が読むのは難しいという前提でしたが,最近は読めるようになってきています.余談ですが,私が講演するときの掴みの例としてreCAPTCHAから入ると話が始まりやすかったのですが,最近はAIの性能が上がってきてこの例が使いにくくなっています.研究の方向性としても,簡単なタスクを扱うクラウドソーシングは,いずれAIで置き換えられるものと,より抽象的な難しいタスクに進むものとがあって,その1つは物理世界になると思います.いずれは宅配ロボットがやってくれることになるかもしれないですけれども,当面は人間がやるしかありません.オンラインですべてが片付くタイプの仕事よりは,人間側にアドバンテージがあるところですね.

福島 プラットフォームが物理世界側だと,1つで何でも済むわけにはいかないところもあるでしょうから.

鹿島 Uberは車で人を運ぶということを特化したものですが,これをどう汎用プラットフォーム化していくかですね.

福島 どういう塊を考えるかですよね.データ分析だと,たとえば予測タスクというカテゴリがちょうど良さそうな塊に思えますが,物理世界の場合だと,自動運転のような「運ぶ」というのが1つの塊になるのか,どんな塊で捉えるのがよいのか.

鹿島 Web上で完結するタスクに関しては,典型的なものについては小タスクへの分解やそれぞれのタスクの形式や回答フォームがテンプレート化されているものがあります.物理世界のクラウドソーシングでもこれに対応するようなものが生まれたらもっと広がるのかもしれません.

クラウドソーシングを上手く使いこなすためのポイントや配慮すべきポイント

福島 話題を変えますが,ユーザの立場になったときに上手く使いこなすためのポイントとしてどのようなものがありますか.クラウドソーシングを自分たちのビジネスとか,問題解決に活用しようとしたときに.

鹿島 今回論文を執筆していただいた中の何件かは,ライフサイエンスや心理学などの分野で利用者側として実際に使っている方々によるものです.利用者としてのポイントの共通部分みたいなものがそれなりにあるように思います.

福島 たとえば,どういう問題がクラウドソーシングに適しているかとか,あるいは,クラウドソーシングを使うときに,品質とか,プロセスとか,どういう点を特に気をつけるといいとか.

鹿島 品質面というのは1つあると思います.一定の訓練を受けて,ある程度の技能があると分かっている人にお願いするわけではなくて,クラウドソーシングではWebの向こう側はどんな体制でやっているか分からないので,クオリティというのが必ずしも担保されないというところを理解した仕組みにしていかないといけません.品質を上げるには,不正を働くワーカの排除だとか,報酬によるコントロールなどの話題などいろいろあって,今回の特集だと,Sansan (株)の高橋さんが実際に取り組まれた経験を報告されていますね.

気をつける点はいろいろあるのですが,やはりタスク依存なところでしょうか.たとえばお医者さんの診断のようなものを不特定多数の人にお願いできるかというとそういうわけにはいきません.やはりクラウドソーシングに合っているかどうかやタスクの切り分け,つまり,どこは社外に出して,どこは社内でやるといったことに気をつけた方がいいですね.クラウドソーシングを使おうと思うと,このデータは本当に不特定多数の人に見せていいのかといったことが,現実の問題としては出てきます.どこを外にしてどこを中で行うかは,利用する上での大事なポイントなのですが,そのガイドラインが現状整備されているわけではないと思います.

福島 品質問題やスキル問題には,まず最初に小規模で予備テストのようなものをやって,やり方を考えるという方法もあるかもしれないですね.できそうな人を選別する意味合いでも2段階ぐらいでやったほうがいいとか.

鹿島 まさにおっしゃる通りで,いきなり大きくやるよりはまずは小規模からですね.幸いにして,そもそもクラウドソーシングプラットフォームが小規模にアドホックにやっていくのには向いているので,小さいところからちょっとやってみて感触をつかむというのは実際にやりますね.

福島 どんな問題が適しているかについては?

鹿島 ビジネスサイドからすると,コストと品質の兼ね合いを含め,どこを中で実施してどこを外に出すかという切り分けができるかがポイントになると思います.

平井 たとえば,クラウドソーシングで調査をかけるにしても,最初に仮説を見つけるところを外に出すのか,それともそこは中でやって,仮説を見つけたあとでそれを検証するための調査を外に出すのか,その全体の中でどこにクラウドソーシングが当てはまるかというのを考えながらやるということですね.

鹿島 結局,やってみないと分からないというところがありますが,仮説を掘り出すところにも使えたらとてもよいですね.我々もデータからの仮説発見をクラウドソーシングでやってみたことがあります.小規模で身近なデータではまあまあうまくいく結果が得られていますが,まだもう少し一般的な検証が必要だと思います.

調査研究の観点では,クラウドソーシングは,基本的にはやってくれる人を待つタイプですので,働いてくれる人の属性をコントロールしづらいというところはあると思います.フィルタはかけられますけれども,かけすぎると数が足りなくなるので,クラウドソーシングの旨味もなくなってきます.そもそも,コンピュータが使える人というフィルタリングはされてきているわけなので,ちゃんと狙った人が集まるかが大事です.たとえば高齢者の方とかは集まりにくいですね.そこは1つの問題としてあると思います.

また,研究の中で使うことを考えた場合,研究倫理の問題も気にしていかなければいけないところですね.たとえばライフサイエンス系の論文を投稿するには,倫理審査を通さずに収集したデータで論文を書くことはできないことが多いです.今回の神沼さんの論文で述べられていますが,すでにライフサイエンス分野では,クラウドソーシングの利用は研究倫理審査の承認が必要であるということになっています.情報系ですとクラウドソーシングを利用した研究は,あくまでお金を払って作業を依頼しているということで,これまでは倫理的な配慮はそれほど意識されていなかったと思いますが,今後,クラウドソーシングワーカの性質をより詳細に調べていくことになると,内容によってはヒトを対象とした研究になっている場合もあります.ここは今後より注意していくべきポイントではないかと思います.

平井 発注側からの別の懸念としては,ワーカが怪我をしてしまったらそれはどうなるのだろうということがあります.たとえば,車の運転を請け負ったり,あるいは買い物を請け負って途中で事故に遭ったとなったときに,発注者は訴えられる話になるのでしょうか.

鹿島 クラウドソーシングをめぐる訴訟は報酬をめぐるものはあったと思うのですけれども,労災的な感じのものではないですね.物理的なケースだと,Uberなどでは前例があると思いますので,そのあたりがモデルケースになると思います.一方,福利厚生面はプラットフォーム事業者がいろいろと整備しようとしているところだと思います.

平井 逆にワーカからすると,発注側の信頼性というのはどういうふうに担保されていたりするのですか.果たして約束通りにお金を払ってくれるのかとか,いい成果を収めたら上位10人にちょっと上乗せしますといったときに,その10人はワーカからは検証のしようもありませんよね.

鹿島 支払自体はプラットフォーム側が間を受け持ってくれるので,基本的には問題ありませんが,特にデザインなどは応募されたものを見ればそれが成果物なので,そこを持ち逃げされてしまうリスクはあります.発注者を評価する仕組みもある程度は議論されていますが,決定版はありません.

一方,発注者のリテラシーも,実は結構重要です.クラウドソーシングでは,発注者も素人という場合が多く,報酬の相場感や,仕様が不十分なせいでトラブルが発生するということもあります.これに対して,典型的な仕事に関しては,定型のテンプレートを用意するやり方があります.また,プラットフォームによっては,発注する際に相談に乗ってくれるなどのサービスを提供しているところもあります.

また,ときおり依頼されるタスクの内容も法的,道徳的にいかがなものかと思われるものもあります.そういうものを通報あるいは自動検出する仕組みなど,プラットフォームの治安維持のようなところはプラットフォーム事業者が注力しているところだと思います.

福島 いろいろな応用が広がってきていますが,利用者の立場で上手く使いこなしていく上でのノウハウや留意点はまだ課題がありますね.そういう意味でも,今回の特集号に集まった実践論文はとても参考になると思います.また,ワーカとしてのキャリアアップや新しい労働市場といった面も可能性が広がるといいですね.本日はどうもありがとうございました.

左から:平井千秋,鹿島久嗣氏 ,福島俊一

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