デジタルプラクティス Vol.9 No.2 (Apr. 2018)

心によりそう会話サービスの提供
─「聞き上手」を世の中に─

神山晃男1

1(株)こころみ 

一人暮らし高齢者向け会話サービス「つながりプラス」は,高齢者に対して世間話を電話で行い,離れて暮らすご家族にレポートするサービスである.当該サービスはじっくり話を聞く「聞き上手」を価値提供の軸とした新しいコミュニケーションサービスであり,顧客との信頼関係構築,顧客自身の行動変容を通じて,新たな価値創造が生じている.その方法論が,一般的なコールセンタ業務や対応業務に幅広く適応可能であることが分かってきた.さらに人間による対応を超えて,ロボティクス等を活用した自動対応においても,当該ノウハウが活用できることも確認されている.本稿では,つながりプラスの紹介および価値創造の根源となる「聞き上手」の構造的解説を行い,その具体的な効果を説明する.またそれら価値創造の仕組みを活用した,新たな取り組みを紹介したい.

1.はじめに

(株)こころみは,2013年6月に創業され,「つながりプラス」という名称で,主に一人暮らしの高齢者に対して世間話を電話で行い,離れて暮らすご家族にレポートするサービスを開発・展開してきた.従来の電話による見守りのサービスが安否確認や生存確認を主目的としている中で,会話に価値の中心をおいていることが特徴である.

顧客の求めているものを追及した結果,子ども世帯・本人ともに何気ない会話の場が最も必要であるとの結論に至り開始した.サービス提供を通じて,その主要な価値である「聞くこと」およびそこから生じる信頼関係構築,行動変容は,必ずしも現行のサービス形態でのみ価値認識されるのではなく,むしろ一般的なコールセンタ業務や対応業務に幅広く適応可能であることが分かった.さらに人間による対応を超えて,ロボティクス等を活用した自動対応においても,当該ノウハウを活用し,会話シナリオの作成などが行われ始めている.

本稿では「つながりプラス」の提供にあたって開発された「聞き上手」を用いた会話方法の体系(聞き上手フレームワーク)の構造を解説するとともに,「聞き上手」がもたらす効果およびその展開事例および展開可能性を紹介したい.

2.聞き上手とは

2.1 概要

「聞き上手」とは,外形的には,話し手の話したい内容を話しやすい環境を構築することと,熱心に聞いていることを態度で示すことである.いわゆるカウンセリング・コーチング等においてコミュニケーションスキルの1つとして使われる「傾聴」を,より広範囲で利用できるように拡大させたスキルといえる.端的には「話し手が話したい内容を話したいように聞けるように,相槌その他のコミュニケーション手法を用いて聞くスキル」である.

2.2 信頼関係の構築

一般的な傾聴スキルを用いた会話と聞き上手フレームワークを用いた会話には,大きな違いがある.一般的な傾聴はカウンセリングやコーチング,傾聴ボランティアなどでの活用がほとんどのため,話し手と聞き手の間に,立場上の優劣関係が生じ,ほとんどの場合において話し手の地位が劣後することである.本来は信頼関係と自己承認の充足が求められる状況において,優劣関係を前提とすることに一定の限界があるのではないだろうか.

聞き上手フレームワークでは,話し手はあくまでも「お客様」であるため,自己承認を充足しやすい.さらに,会話に義務感や話さなければならない内容がないため,対等の立場で,自由に,気軽に本音で話ができる信頼関係を構築しやすい.

2.2 新たなコンタクトセンタの形

コンタクトセンタでは,お客様の発言を丁寧に聞くことは顧客満足のために重要な要素と位置付けられ,トークスクリプトやトレーニングの中に傾聴的要素を入れ込むなどの改善活動が行われている.しかしながら,コンタクトセンタは根本的に,顧客が特定の課題解決や要件を抱えて電話をしてくるか,アウトバンドにおいてコンタクトセンタ側が明確な目的を持って電話するものであり,その主目的の中に傾聴的要素を入れる場合でも,限定的な改善にならざるを得ない.

一方,聞き上手フレームワークでは,会話の目的自体を課題解決ではなく顧客との信頼関係構築と情緒満足に置くため,会話内容に大きな差が生じる.顧客は特定の目的を持たない,あるいは会話をすることそのものが目的となって会話を行うため,自己承認などの本来傾聴によって得られる情緒満足を,通常のコンタクトセンタで得られるものよりも短時間で濃密に受けることができる.

さらに,聞き上手フレームワークは,話し手の話したいことを聞くことを主目的にしたため,トークスクリプトの事前準備が不要になった.これは即物的な「役に立つ」ことを放棄し,情緒的な顧客満足に特化した会話術に帰結したためである.

2.3 従来のコンタクトセンタとの比較

前項までに述べた一般的な傾聴とコンタクトセンタにおいて活用されている傾聴的手法,聞き上手フレームワークを図式化して比較した(表1).

表1 傾聴・傾聴的手法・聞き上手の比較

聞き上手フレームワークにおいては,一般的な傾聴と比較して,いわゆるカウンセリング的な立場が形成されるが故に話ができなくなるジレンマから脱却し,世間話や軽い話題を自由に話すことで自己承認の充足をより広範囲に提供することを可能にしている.

コンタクトセンタにおける傾聴との比較においては,聞くことそのものを目的化することにより,通常のコンタクトセンタでの電話では得られない信頼関係構築と情緒満足を達成している.その結果,実際の行動変容を促している.

3.コミュニケーションサービス

3.1 つながりプラスでの活用

「つながりプラス」は,(株)こころみが2014年2月より提供している会話サービスである.一人暮らしの親御様に担当コミュニケータが毎週定期的にお電話し,電話内容をその都度ご家族にメールでレポートする.会話内容をそのままレポートするため親御様の暮らしぶりなどご家族が気になる情報が伝わることが特徴のサービスである.当該サービスには,聞き上手フレームワークに基づいた会話サービスが提供されている.

担当コミュニケータは専属のスタッフを配置.サービス開始時には,信頼関係構築のためのプロセスを重視し,担当者プロフィール,サービスの手引を会社から親御様側へ送付.逆に親御様にご記入いただく「自己紹介シート」と「お話し興味リスト」の作成を通じて,相互の理解と信頼関係構築を行っている.

架電は,定期的にコミュニケータから親御様の自宅・個人所有の携帯電話へかける形で行われる.一般的な見守り電話サービスと異なり,会話の内容をあらかじめ定めないことが特徴である.従来の見守りサービスでは,電話でも訪問でも『体の調子はどうですか』『心配事はありませんか』など,聞く項目が決まっている.しかし,そう聞かれても『大丈夫』『ない』と答えられてしまうことが多い.何を話してもいいフリートークであるからこそ,『そういえば……』と本音が出てくることが多く,子どもに言いにくいことなどを聞き,伝えることができるのがサービスの特徴である.

電話で話す時間は10分程度.その間に,体調のこと,友人と外出したこと,趣味のことなど,親御様は気がおもむくままに自由に話す.このような会話自体が,顧客との信頼関係構築に非常に有用であり,信頼関係がさらなる信頼関係を生み出す状況ができ上がっている.また本サービスにはもう1つ大きな効果がある.それは,自分のことや話題に興味を持って聞いてもらえる結果,自己承認が充足され,親御様が元気になる,すなわち行動変容をもたらすことである.

電話をかけるのは,コミュニケータと呼ばれている,主に在宅勤務の主婦である.業務を実施するにあたっては,聞き上手フレームワークに基づいた訓練を実施している.

「つながりプラス」は高齢者向けのサービスではあるが,そこで提供されている「聞き上手」は,全世代共通の欲求と,高齢者特有の対応スキルに大別される.全世代共通の欲求とは自己承認の充足のことであり,高齢者特有の欲求とは,加齢に伴う顕在事象への対応である.このうち,加齢に伴う顕在事象については,聴覚能力低下,会話理解力低下,方言や話題の特殊性などがあげられる.こうした個別具体的な対応スキルも重要だが,同時に高齢者特有の最大の課題として,筆者は「社会的地位の喪失」を重視している.すなわち男性においては定年とともに失う会社での地位や報酬の喪失,地域社会での権威の低下などであり,女性においては子離れ・孫離れに伴う育児および伴侶の死別に伴う家事からの解放である.これらは身体的な負担は減少させるものの,精神的な充足感,特に自己有用感を著しく低下させる.

聞き上手フレームワークにおいては,それらへの対応として,「高齢者扱いしない」会話姿勢を基軸に置き,表面的ないたわりや敬老の姿勢を排除することで,むしろ本人が個別に持つ個人の価値を再認識する機会を提供している.

3.2 つながりプラスの効果

実際に「つながりプラス」をサービス提供する中で,信頼関係構築および行動変容により,顧客満足度が向上していることを紹介したい.まず非常に高い顧客満足度と継続率を維持していることを示した上で,その背景にある行動変容の事例を紹介したい.これは,信頼関係構築度合いを測ることが困難であることから,サービスの有用性を評価するために実例から導こうとするものである.

(1)顧客満足度と継続率

つながりプラスに関してユーザに行った顧客満足度に関する調査結果を共有する(表2).親子双方が利用に満足している様子がうかがえる.特に親の顧客満足度が子どもを上回っているが,親の顧客満足度が子どもにも感じられるため,双方の高い満足度につながっている様子が拝察される.

表2 顧客満足度調査(2016年)

月次継続率は,2014年2月のサービス開始時から2017年10月に至るまでの累計で,97.78%となっている.これは毎月の退会率から導かれる継続率で,この継続率から期待される2年後および5年後の利用者率(サービスを開始した顧客が2年後,5年後も顧客でいる確率)はそれぞれ58.3%,26.0%と,高い水準となっている.

契約終了の主な事由は体調の悪化や生活形態の変更(老人ホームへの転居等)であり,高い満足度が高い継続率に直接的に結びついているといえよう.

ただし,契約終了の事由の中には,「元気になったため忙しくなり電話を受けることができなくなった」「電話によって,元気で暮らしていることが分かり報告が不要になった」などのいわば発展的終了もある.

サービスを開始した時点においては,今よりも安否確認や健康状態のチェックを重視した会話内容が顧客満足に直結するのではないかと考えていた.ところが,実際にサービスを受けた方からの高い満足の内容やコメントを収集すると,そうした物理的満足よりも,話し手の情緒満足そのものを見て喜んでいる姿や,自発的に話してくる内容そのものに価値を見出していることが判明した.

<利用者の感想>

【親御様】

家族ではないからこそ,なんでも遠慮なく話しができるのが嬉しいです.昔の思い出話なんかも聞いてくれるし,毎日の生活にハリが生まれるように思います.少しカゼ気味だったことを言ったら,すぐに娘から電話がかかってきてうれしかった.そんなことは今までなかった.最近は,次の電話で何を話そうと,普段の生活の中でネタを探すようにもなりました.日々の生活が少し新鮮になったように思います.

【お子様】

広島と東京と離れていることもあってほぼ毎週電話もしているし,最近はiPadを渡して写真をやりとりしたりもしていたのですが,逆に家族だからしない話というのがあるんですね.実は,母がヨガを数年続けていたことを知らなかったんです.そのほかにも,誰と夕食を食べたか,日中どこに出かけたかなどは,普段電話をしても聞かないし,親も言わない.そういうことが分かると,とても安心できる.また,それらの話をきっかけにこちらから電話しやすくなりました.(40代女性)

風邪をひいた,最近始めた趣味,そんな話を共有できるんです.話をするきっかけができて,以前より電話する回数が増えました.(40代女性)

以前は父に対して話が噛みあわず苛立つことがありましたが,最近は話をするときに,親のことをよく知った上でコミュニケーションができるようになりました.(40代男性)

(2)顧客の行動変容

行動変容の実績を,統計等で指し示すことは難しい.そこで,効用の証左として,以下に実例を示す.なお,文中の地名やエピソード等の固有名詞については,個人情報を特定できなくするために文脈を損ねない範囲で改変をしている.

ケース①「焼肉」

プロファイル:群馬県73歳男性,一人暮らし

配偶者を10年前に亡くし群馬県高崎市に一人暮らし.工場勤務一筋で40年間やってきた方で,引退後は特に趣味などを持っていない様子.息子と娘の2人の子どもはそれぞれ東京に暮らしている.5年前に脳梗塞で倒れたことがあり,右半身に若干の麻痺が残っているが,頭の回転は非常に早く,また話をすると記憶力にもまったく問題がない.

「つながりプラス」を使い始めた当初は,麻痺からくる体の痛みの愚痴が多く,会話をしているときも楽しそうな様子はあまりなかった.ときには話をするのもつらいと,早めに電話を切ることもあった.毎週架電するうちに,徐々に話の内容に変化が見られた.最初のきっかけは昔の仕事の話を改めて聞いた際.打ち込んでいたお仕事の話,特に部長として部下を率いるコツはどのようなことにあるのか.などを熱心に話すようになった.今まではこちらの問いかけに一言,二言と返すだけだったのが,そのときはこちらが質問を入れる時間もないような会話を行った.その後徐々に,こちらから問いかけなくてもお話をするようになった.最近見たニュースの,特に政治の話が多くなり,あわせて体が痛いという話題がのぼらなくなった.また声の調子もあかるくなったように感じられた.

ある日,「最近よく行く花屋さんがあるんだけど,そこの女店員さん誘って焼肉行っちゃいました」という会話がなされた.コミュニケータに対してだけでなく,社会全般に対して積極的になった好例といえよう.

ケース②「英会話」

プロファイル:京都府60代後半女性

このケースは「認知症予防に」と本人が自身で申し込まれたケース.本人は未婚の上,身内もほとんどおらず,ほぼ天涯孤独.

「つながりプラス」では,当初は初回に自宅を訪問することを行っていた.当該利用者は3年も他者との会話がなかったため,最初はうまく会話することができなかった.声が裏返ってしまったり,こちらの問いかけに対して何度もどもってしまったりなどしていた.電話を開始しても,いつも次回の電話の前に話すことをメモしておき,それを読み上げるというところから会話を行っていた.時間も非常に気にしており,ちょうど10分経ったところでガチャリと切るなどの対応だった.

サービスを続けていくうちに,リラックスし,ユーモアを交えて会話をするように変化が生まれた.初めて6カ月経過したころに,英会話教室に通い始めた,との報告あり.毎回少しずつ違うメンバを相手に,自己紹介をしたり,ニュースの切り抜きにコメントを付けて発表したり,と頭を使って休む暇がありませんと,充実している様子を伝えるように変化が出てきた.

ケース③「名刺」

プロファイル:島根県83歳男性,認知症の奥様と二人暮らし

利用者は社会福祉法人に長く勤め,最後は理事長まで務めた,いわゆる高い社会的地位にいた男性.いまはすべての役職から離れ,認知症の妻を介護する日々を送っている.介護自体はデイサービスなどの支援を受けているため時間に追われていたり,体力的に厳しいということではないが,外出するのは買い物くらい,という消極的な生活姿勢が見受けられた.かつての社会福祉法人の人間と話をするのも煩わしい,とOB会などにもほとんど行かない様子.会話内容も,日々の活動というよりも昔話に終始する.それらの話題については楽しそうに会話していた.

サービスを始めてしばらくしてから「最近名刺つくちゃったよ,配る先ないんだけどさ.なんとなく」とのコメントあり.

「なんとなく」社会的に前向きになることが,自己認識の充足に伴う社会的積極性の発露の分かりやすい例示だと考える.

これら事例に代表される明示的な行動変容以外にも,多くの利用者で普段の行動が積極的になったように見受けられる様子が多く観察された.極端にいってしまえばただ聞くだけの行為が大きな効果を生むことはサービス提供者としても想定外だった.

3.3 隠れた提供価値への気づき

前節までに述べてきたように,聞き上手フレームワークが信頼関係の構築と行動変容を生み出し,それが結果として高い満足度につながっていることが推察される.特に特定の用件を持たずに,信頼関係構築そのものを会話の目的に設定したことが,特徴的な顧客体験として満足度に反映されたことを強調したい.特に独居高齢者においては,何気ない会話やいつでも話ができる相手がなかなかいない状況があるが,そうした方にとっての何気ない会話がいかに重要であり,充足された際の喜びが大きいものであるかを指し示しているといえるだろう.

これらの反応を受けて,サービスの内容の変化と合わせて,顧客に訴求する価値を大きく変更することとなった.サービスの内容に関してはより聞くことに特化し,定型的な質問や,こちらからの話題提供などを極力絞る方向に変更した.体調に関する気遣いなども最低限にとどめ,信頼関係の中でご本人が弱気であれば体調の変化も受け取れることが分かってきた.

この気づきを得て,旧来,見守り,安否確認の要素を前面に顧客価値を訴求していたが,むしろ会話による効能と,結果として親子の関係性向上に資することを強調することになった.具体的にはマーケティング上において,安否確認や健康チェック,「見守り」という言葉は極力使わず,会話そのものの価値を打ち出し,ご本人が自由に話ができることにご本人にとっての価値があり,子どもにとってもその話を知ることができることに価値がある,と訴求するようになった.

また,こうした顕著な行動変容を生み出す力が「聞き上手」にあることが,後述のほかのサービスやプラットフォームへの展開に可能性があると気づかされるきっかけとなった.

4.社会生活の問題への応用

4.1 活用の可能性

前章まで,「つながりプラス」という特定のサービスにおける「聞き上手」の効用について述べてきたが,特徴的な顧客体験は必ずしも特定のサービスでしか実現できないものではなく,むしろコミュニケーションが存在する幅広い領域で活用可能なものであることが分かってきた.①信頼関係構築・行動変容,②本音ベースでの情報収集,③情緒満足を基軸とした顧客満足度向上,を求める領域である.

次に,上記を含む領域に適用した事例を紹介する.

4.2接客資質の育成

一般的なコンタクトセンタにおいては,会話の主目的が異なり,傾聴はあくまで副次的なサービス向上要因として扱われている.一方で,そうした考え方に沿ってサービス改善を企図しても,コールセンタスタッフはスクリプトに沿った会話を行うことを優先してしまい,傾聴的な聞き方がほとんど実現されないことも多くある.

そのため,コールセンタスタッフに対して,顧客の声を聴く,信頼関係構築を主軸としたコミュニケーション技術を高める手法が望まれている.過去にコミュニケータに対するトレーニング内容を圧縮した形で,コンタクトセンタスタッフ向けに接客トレーニングを複数回行った.会話の目的をスクリプトの進行ではなく相手の話を聞くことだけに絞ったトレーニングを実行したが,多くのコンタクトセンタスタッフにとって,難易度が高いトレーニングだった.すなわち,トークスクリプトに沿って会話をすることに慣れている分,傾聴的会話が困難になっていることを示しているといえよう.そもそもコンタクトセンタの現場において,傾聴の重要性が浸透していないケースも多く,通常業務から離れた形でトレーニングを行うことが効果的だったとのフィードバックを得られた.

また,同様の方法論でのトレーニングを接客業の現場でも実施しており,良い反応が得られた.従来のトレーニングは業務プロセスの枠内で傾聴的要素を満たそうとすることに対して,そもそもの理想的な会話を体験することでトレーニングの効率が高まるためと考えられる.

4.3 認知症患者のコミュニケーション支援

認知症患者に対して,「聞き上手」とロボティクス技術を組み合わせることで効果が出た事例がある.

テレノイドとは,大阪大学石黒浩教授((株) 国際電気通信基礎技術研究所客員所長)が開発したアンドロイドである.遠隔操作型インタフェースであり,人間にしか見えない外見でありながら,誰にも似ていない特徴的な形態をしている.また,いわゆるロボットによる自動会話ではなく,あくまで操縦者としての人間が裏側におり,首・腕の操作および発声をリアルタイムで行うことが前提となっている.いわばヒト型の電話機ともいえる.

2015年以降,テレノイドを活用した認知症の方とのコミュニケーションにおいて,コミュニケータを派遣し,共同実証実験を行ってきた.電話と異なるインタフェース,認知症に特定された利用形態,主に入居型施設での実験と,通常のサービスとは大きく異なる前提条件でのコミュニケーションだった.

サービス提供にあたっては,テレノイドという独自のインタフェースに合わせて5〜6歳程度の子どもらしく振舞い,敬語を使わずに話しかけるなどの対応を行ったが,一方で単語の繰り返しを多用する,会話のリズムを遅くする,相手に主導権を取らせるなどの「聞き上手」スキルを活用した.こうしたアプローチは,「つながりプラス」顧客の中にもいる認知症/認知症疑いのお客様に対する対応と基本的に同一である.結果,高い会話への没入と満足度が得られた.

4.4 独居者のコミュニケーション支援

次に「聞き上手」で培った会話自体の構築ノウハウを展開した事例を紹介したい.(株)こころみは2017年8月より,(株)NTTドコモが提供する「コミュニケーションパートナー ここくま」の会話シナリオの作成支援を行っている.「ここくま」は,離れて暮らす家族と音声メッセージで連絡が取れ,人感センサの反応で天気や季節の話題などを話しかけるクマのぬいぐるみ型コミュニケーションロボットである(図1).本プロジェクトにおいては,ユーザとしての高齢者の目線に立ち,会話の全体像設計,ここくまのキャラクタ設計の見直しを行った上で,個別具体的な話しかけシナリオの構築を行った.このケースでは,つながりプラスの経験から,どのような会話を利用者が求めているか,どのような反応を取るべきか,といった経験則から会話のシナリオ構築にフィードバックを行うことで,独自のシナリオ開発を行うことが可能となった.利用者からの反応は良好で,実際に1日平均の話しかけ回数が向上する効果が見られた.

図1 コミュニケーションパートナーここくま

5.新たなサービスを拓く可能性

5.1 会話型の情報発信による新たな体験

「つながりプラス」で得た世間話の実例と聞き上手のノウハウをもとに,前述した「ここくま」等,コミュニケーションロボットやスマートスピーカ,チャットボット等における会話シナリオの作成の支援も始まっている.

当該分野における会話シナリオは,従来,会話のフローチャートやトークスクリプトと呼ばれる分岐,提供するコンテンツの内容に比重が置かれ,実際の会話の内容や,文章そのものに対する注意が払われてこなかった.

聞き上手フレームワークに基づいて提供する会話シナリオは,ユーザの体験を重視するアプローチをとっており,ユーザの信頼関係構築を最も重視した会話を構築するソリューションである.たとえば,以下のような設計が考えられる.

<サンプルケース:天気情報の提供>

【従来型の天気情報提供】

コンピュータ:本日の天気は晴れ,最高気温は20度です.

【ユーザ体験を重視する天気情報提供】

コンピュータ:おはようございます.カーテンを開けてみませんか.

ユーザ:どれどれ.おお,今日はいい天気だ.

コンピュータ:はい!本日の天気は晴れ,最高気温は20度です.この時期にしては暖かくなりそうです.

使用している気象情報はまったく同一でありながら,ユーザはカーテンを開けるという体験を得,さらにコンピュータと晴れている光景を共有した実感を得ることができる.こうしたユーザ体験を日々つながりプラスで得ている顧客体験から作成することで,顧客満足度の向上に資することができるのが,聞き上手フレームワークに基づく会話シナリオの特徴となっている.つまり,主目的を信頼関係構築・情緒満足・行動変容においた会話設計自体が,聞き上手フレームワークがあることで初めて可能となる.

ここでは,聞き上手フレームワークが,定性的かつ属人的なサービス提供に限定されず,今後のIT技術の進展やIoT技術の一般家庭への普及において,大きく展開可能な技術であることを訴えたい.

すなわち,ディジタル技術の進展は不可避的ではあるが,そうした技術とコミュニケーションの現場そのものの接点においては,人間対人間の生の会話から導かれる実例や知見が引き続ききわめて有効で,ユーザの情緒満足には不可欠である.

5.2 心理・健康変化の発見

「つながりプラス」においてはご家族への報告用に,すべての会話内容のテキストデータが作成される.つながりプラスの会話データは,①継続的である,②定期的である,③個別の詳細なプロファイルと紐づいている,④内容がアンケートなどではない世間話である点で,非常に特徴的であり,ほかに類型のない会話データとなっている.

今後,日常の関心事などが定点観測できるため,各消費財のマーケティング活動などにも展開が可能と考えられる.各消費材などを持った企業と連携し,より詳細な分析や事業化検討を進めていく予定である.

以上,本稿で述べたように,人間による対応を超えて,ロボティクス等を活用した自動対応においても,当該ノウハウが活用できることも確認されているといえよう.今後もそうした活動を通じて,多くの方に聞き上手を提供していきたいと考えている.

6.おわりに

現代の日本は,物的な充足がこれ以上ないほど満たされている一方で,精神的な充足についての重要性がないがしろにされている,あるいは経済活動の枠外での自助努力に任されていると非常に強く感じている.独居高齢者がそうした経済活動から外れたときに,特に孤独を感じることに着目したことから開始された「つながりプラス」ではあるが,そこで提供されている価値は幅広く応用可能なものであるとの思いを日々強くしている.

今後,提供価値を見つめなおしながら,引き続き「孤独をなくし,こころがつながる」サービス展開を図っていきたいと考えている.

本稿での紹介が,幅広い領域での顧客対応接点での何かしらの改善やヒントにつながれば幸いである.

謝辞 増田由美子様をはじめとする,この論考の執筆にあたりご協力いただいた皆様に深謝いたします.

神山晃男(非会員)akio.kamiyama@cocolomi.net

1978年生まれ.長野県伊那市出身,慶應義塾大学法学部政治学科卒業.10年間,投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに勤務.コメダ珈琲店,ウイングアーク1st等を担当.2013年に(株)こころみを設立,2014年には高齢者向け会話型見守りサービス「つながりプラス」を開始.「コミュニケーション」と「高齢者マーケティング」の専門家として数々のセミナや勉強会に出演中.2014年より「日常会話形式による認知症スクリーニング法の開発と医療介護連携(代表研究者:佐藤眞一大阪大学大学院教授)」の共同研究者に就任.2014年より「介護のほんねニュース」公認パートナーとして,超高齢社会問題やコミュニケーションに関する記事の寄稿を開始.(株)テレノイド計画顧問.Twitterアカウントは,@akiokamiyama.

投稿受付:2017年11月15日
採録決定:2018年2月2日
編集担当:細野 繁(NEC)

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