デジタルプラクティス Vol.9 No.2 (Apr. 2018)

コンタクトセンタにおけるAI活用
─実用フェーズに入った人工知能─

荻野 明仁1  岩﨑 圭介1

1(株)エーアイスクエア 

従来よりAI,特に自然言語処理技術の活用領域としてコンタクトセンタが挙げられていたが,ここ数年で実際にコンタクトセンタでAIを活用する事例が出てきている.自然言語処理AIエンジンを開発する企業に勤務する筆者らは,複数の開発・導入プロジェクトを経験しているが,どのプロジェクトにおいても大小さまざまな課題に直面した.これらの経験を通じて,AIの効果的な活用のためには,AI利用を前提とした業務プロセスの最適化-具体的には学習用データの整備や継続的な学習プロセスとチューニング-が必要であることが判明した.

1.はじめに

今日,新聞,雑誌,TV等の報道でAI(人工知能)のニュースを目にしない日はないほど,AIは社会の関心を集めている.その要因として,AIの実用化・普及により人々の生活が豊かに(あるいは仕事が楽に)なるという楽観論だけでなく,対照的にディストピア的な世界観も混在した将来への漠たる不安も影響しているのではないだろうか.このような社会学的な観点からのAI論考も興味深いが,足元でのAI実用化はどの程度まで進んでいるであろうか.

筆者らの属する(株)エーアイスクエア(以下,「当社」)では,自然言語処理AIを業務効率化に適用するという観点でアプリケーション開発を進めているが,この1〜2年で本格的な実用例が出始めていることを実感している.当社でも,多くの論者が指摘する様に適用領域としてコンタクトセンタのオペレーションを一つの柱に据えている.本稿では,筆者らが担当した開発プロジェクトチームでの経験を踏まえ,コンタクトセンタでのAI活用の有効性ならびに実装を通じて得た知見を示す.

2.コンタクトセンタにおけるAI活用の全体像

現時点では,コンタクトセンタにおけるAI活用は以下の4つの領域が想定される.

2.1 リソースアロケーション(資源配分)

通話量を予測し,資源(特に人的資源)の配分を最適化する,あるいは資源配分業務を省力化する.通話量予測の入力データとしては,過去の稼働状況,環境情報(天候等),販売状況/プロモーション計画等の社内データ,等が挙げられる.

2.2 応対業務

電話/メール/チャット等の応対業務を実施するオペレータの業務支援,あるいは応対業務自体の自動化である.なお,筆者らは応対業務のAI化に関して以下の4段階の仮説を持っている.

Step0:全くAIを使用していない

Step1:原則として人が応対するが,AIがオペレータ支援を実施

Step2:一部業務プロセスでAIが直接応対

Step3:原則としてAIが直接応対

現状ではStep1が議論の中心ではあるが,チャットボットや音声IVR(Interactive Voice Response)のように一部のコミュニケーションチャネルについてはStep2が実現している領域もある.なお,Step2が実現するか否かは技術的な課題と言うよりも,顧客の受容性に依存していると考えられる.たとえば,電話の自動応対で間違った回答は受容できないが,チャットボットであれば多少の間違いは許容される,等である.

2.3 通話分析

通話(電話,メール,チャット)の内容および量を把握・分析し,リソースアロケーションの基礎情報として活用したり,商品企画,サービス企画等のマーケティング基礎情報とする.通話を録音する企業は多いが,その内容を解析する企業はまだ少ない.

顧客の生の声は非常に貴重かつ重要なマーケティングデータになり得るので,音声認識によりテキスト化し,さらにテキストマイニング等の分析を実施することで,顧客の実像がリアルに把握できる.さらにCRMのデータと連携したり,複数チャネルでのコミュニケーションを統合的に把握・分析することで,従来の手法では見えなかった顧客の購買行動・サービス利用行動が把握できる可能性もある.

2.4 スーパービジョン

コールセンタでは,オペレータを監督するためにスーパーバイザを設置することが一般的である(オペレータ5〜10名に対しスーパーバイザ1名).スーパーバイザの主な業務としては,オペレータの教育・指導,通話内容のチェック(不適切な応対をしていないか),オペレータの勤務状況の把握(メンタルヘルス管理を含む),エスカレーション対応等が挙げられる.

上記領域の中で自然言語処理が有用なのは2.2応対業務と2.3通話分析と想定されるため,本稿では応対業務と通話分析を中心に議論する.以下の議論の前提として,当社の自然言語処理ソリューション概要を記載する(図1).図1のQAエンジンは応対業務,テキスト解析エンジンは通話分析で主に使用される.

図1 当社の自然言語処理ソリューション概要

当社の自然言語処理技術の中核はword2vecである.word2vecはコーパスに含まれる単語をベクトル化し,統計処理を施すことにより,ベクトル空間内の位置の関係から意味の関係が推定できるというものである.現在の機械学習系の自然言語処理の主流と言える技術である.当社では, word2vecの周辺に独自のライブラリを配置することで,さまざまなアプリケーションを構築している.word2vecは元来欧米系の言語を前提としているため,日本語の処理をするためには単語としての分割(わかち書き)が必要になってくる.参考までに,当社のわかち書きも含めたword2vecの処理プロセスの概要を以下に記す(図2).

図2 word2vecの処理プロセスの概要

3.AI活用事例

以下,筆者らが携わったコンタクトセンタ業務におけるAI活用事例を紹介する.

3.1 オペレータ支援(回答候補提示)

背景)消費財メーカA社では新製品導入に伴う問い合わせ増大を想定し,コンタクトセンタの応対キャパシティ拡大を計画していた.その際,新人オペレータの早期の実業務投入のためにAIの活用を検討した.

狙い)適切な回答候補の即時提示により,新人オペレータでも円滑な応対を実現する.

目標)数値目標未設定

システム構成)当初は通話内容を音声認識ソフトウェアを通じてテキスト化し,テキストをトリガーにして自動的に回答候補を掲示するシステムを想定していた.しかし,初期的なPoC(Proof of Concept)を通じて,オペレータが自らの判断で回答候補を呼び出した方が応対オペレーションが円滑になるとの結論に至り,オペレータが質問文あるいはキーワードを入力して回答候補を表示するシステムとした.また,過去の応対ログや業務マニュアル等から業務知識をニューラルネットワークに学習させるシステムを構築した.システム構成を図3に示す.

図3 A社のシステム構成

導入効果)定量的な効果は現在検証中である.副次的に,社内の情報共有用チャットボットと連携したり,コンシューマ向けのWebページにFAQ検索機能として掲出したりと,当初目的とは異なる利用もされている.ある意味,社内のナレッジがワンソース・マルチユースされている状態である.つまり,従来は部署毎に蓄積・利用されていた情報やノウハウがAIを通じて統合管理されている状態とも言える.

導入に際して苦労した点)学習用のQAデータを整備する際に,部署間での用語や応対方法の違いを吸収するために多くの議論が行われた.また,初期学習後,精度向上のための追加学習やチューニングにも予想以上の時間と労力を要した.

3.2 自動応答(過去のQ&Aを学習させ,類似問い合わせに自動応答)

背景)パッケージソフトウェアベンダB社では,ソフトウェア製品に関する問い合わせ業務のため,24時間365日稼働のコンタクトセンタを運営していたが,回答に関するノウハウが属人化しており,回答品質にバラツキが発生していた.また業務量の削減も課題となっていた.

狙い)問い合わせ応対業務をチャットボットにより自動化することで,回答品質の均一化と業務量削減を実現する.

目標)回答精度80%×問合せ範囲カバー率80%により問い合わせの2/3の自動化.

システム構成)数千件の過去の応対ログを学習し自動QAモジュールを構築.チャットボットモジュールとAPI連携し,チャットボットシステムとして提供.また,ユーザ向けに選択式のシナリオや問い合わせテンプレートを用意し,AIが適切な回答を行うに必要十分な情報を問い合わせテキスト内から得られるようにした.システム構成を図4に示す.

図4 B社のシステム構成

導入効果)現在社内利用によって検証中である.最新の測定では回答精度および問い合わせ範囲カバー率はそれぞれ70%強.向上のため学習データ追加を継続中である.

導入に際して苦労した点)一問一答で完結しない要件の絞り込みが必要な問い合わせや,複数の質問主旨を内包する問合せを吸収するため,ユーザ向けに選択式のシナリオや問い合わせテンプレートを用意し,AIが適切な回答を行うに必要十分な情報を問い合わせテキスト内から得られるようにした.

3.3 ナレッジ検索

背景)システムインテグレータのC社では,自社ソリューションのサポートにおいて,過去の問合せ履歴がメールベースで数十万件超蓄積されている.しかし従来の全文検索では検索性に欠け,ナレッジとしての活用が不十分だった.

狙い)AI技術の活用で検索性を向上させることで過去事例を全体共有し,早期課題解決を実現する.

目標)回答リードタイムの半減

システム構成)数十万件の過去の応対ログを学習させたQAモジュールとメールシステムを連携させ,問い合わせメールから類似した過去メールを抽出する検索機能を追加実装した.システム構成を図5に示す.

図5 C社のシステム構成

導入効果)従来型のキーワードマッチでの全文検索と組み合わせることで,検索性は大幅に向上した.結果としてサポート要員間の応対均一化や,解決までのリードタイム短縮が図られた.短縮率については現在測定中である.

導入に際して苦労した点)数十万件もの大量のデータを検索するため,レスポンス遅延の懸念があった.そのため,インスタンスの増強やキャッシュの有効活用等により,低レイテンシを実現させた.

3.4 レポート作成(音声認識,テキスト解析を通じて通話レポート作成)

背景)ユーティリティ事業者D社では,顧客からの問い合わせの応対のためにコンタクトセンタを運営しているが,コールの状況を定量的に把握することができず,また,顧客の声をマーケティングに活用することもできていなかった.オペレータによるCRMへの問合せ履歴および分類の入力は行われていたが,人間が介在することによるバラつきと恣意性を排除できず,分析ソースとしての品質が担保されていなかった.

狙い)コンタクトセンタ業務の可視化とVoC(Voice of Customer)分析.

目標)通話状況報告レポート作成業務量の半減(2人日→1人日).

システム構成)通話内容をバッチ処理でテキスト化.テキストを解析し,重要語句抽出および要約によりレポート作成.また,通話内容をトピックにより自動的に分類し,問合せ傾向を可視化した.システム構成を図6に示す.

図6 D社のシステム構成

導入効果)通話状況報告レポート作成業務量25%減.50%減に至らなかったのは,レポートの確認作業が当初想定ほど減少しなかったため.また,コールの状況が恣意性を排除した形で定量的に把握できるようになった.VoCの効果については,分析の実業務を通じて検証中である.

導入に際して苦労した点)通話の録音は従来より実施されていたが,音声ファイルを音声認識ソフトウェアに連携させるためのコンフィギュレーションが容易でなく,解析と設定に多くの労力を費やした.

3.5 業務分析

背景)駐車場運営事業者E社では,駐車場管理業務を担当するフィールドオペレータからの報告受付と問い合わせ応対をコンタクトセンタで実施している.問い合わせ数増大に対応するため,自動化の検討に着手した.

狙い)報告受付/問い合わせ応対を自動化し,人手での業務量を削減する.

目標)報告受付/問い合わせ応対の1/2を自動化.

システム構成)音声自動応答システムの導入検討のため,フィールドオペレータからの報告受付/問い合わせ通話を音声認識ソフトウェアによりテキスト化し,業務内容を解析した.そのうえで自動化に適した定型的な業務を抽出した.システム構成を図7に示す.

図7 E社のシステム構成

前述した業務分析の結果,音声自動応答システムではなく,Webアプリケーションによる報告/問い合わせシステムを開発した.

導入効果)報告/問い合わせの2/3がWebアプリケーション経由となり,電話応対は1/3となった.Webアプリケーションでの実装により,スマートフォンのGPS機能の活用や画像データ添付も可能になり,報告業務の高度化も図られた.また,副次的な効果として,フィールドオペレータの通話待ちが減少し,総業務時間の削減も実現した.

導入に際して苦労した点)新アプリケーション導入により却って有人工数が増加することがないよう,問い合わせ内容を難易度,緊急度,業務量等の視点で分類し,自動化すべきポイントを洗い出して可視化した.そのうえで,フィールドオペレータからの意見聴取も行い,開発に着手した.

4.AI導入時の留意点

4.1 目的の明確化

AI導入は目的ではなく,あくまでも手段.検討した結果,AIではなく従来型のITを導入するという結論に至ることもあり得る.E社の事例では,当初想定されたシステムは音声認識機能/音声合成機能を有した自動応答システムであった.しかし実音声に基づく業務分析の結果,Webアプリケーション(AIではなく古典的なITシステム)の方が導入効果が高いとの結論に至り,軌道修正した.

4.2 現状把握

いきなりAIシステムを導入するのではなく,まずは現状をしっかり把握することが重要である.問い合わせ応対自動化プロジェクトで,用意しているFAQが企業の視点から作られており,実際の問合せ分布やユーザの質問表現と大きなギャップが存在しているケースも散見される.現状分析の方法としては,スーパーバイザ/オペレータへのヒアリングはもちろん,通話内容のログデータの分析も有効である.つまり,音声,メール,チャットの通話データ等から業務内容を把握,分析するということである.E社の事例でも通話データの分析を実施したが,その際にAI(音声認識,テキスト解析=業務分類,業務量把握)を活用した.

4.3 データ整備

学習用データが正規化されていないと,正確な学習ができない.A社の事例でもわかるように,筆者らの経験上,クライアント企業のデータがそのまま学習に投入できることは稀で,筆者らの支援のもとでクライアント企業がデータを若干加工して整備するケースが大半である.

元々学習用データとして使うことを想定していないことも理由であろうし,関係各部署からデータを集約したためフォーマットが統一されていないという例もある.

4.4 継続的な学習

稼働当初から100点満点の精度を確保することは不可能である.A社の事例のように,実運営を通じてデータを取得し,再学習に繋げていくサイクルを何度も回さないと精度は向上しない.つまり,継続的な学習を実現する運用体制を構築することが重要である.

4.5 ルールベースとの融合

AIは万能ではなく,単体で全ての課題を解決できるわけではない.B社の事例のように,分岐の多いトラブルシューティングや前回問い合わせ内容を踏まえた回答などは,既存のルールベースでのアプローチを組み合わせて全体のソリューションとすることも必要である.

5. 今後の展開

5.1 業務プロセスの整備

現状の業務プロセスは人手での処理を前提に設計されているケースが大半であるが,AI導入に併せてAI利用を前提とした業務プロセスの最適化が必要になってくる.ここでいう最適化とは,業務プロセスの簡略化はもちろん,4.3節で説明したデータ整備や4.4節で説明した継続的な学習を業務プロセスに組み込むことも含めた業務パフォーマンスの最適化を指す.

5.2 既存システムとの連携

業務プロセスを自動化するうえで既存システムとの連携は避けて通れない.まずは稼働させて,その上で精度向上を図るというアプローチでは,既存システムとの連携は後回しになりがちであるが,今後取り組むべき論点である.

5.3 アプリケーション機能の拡充

AIエンジンのコア部分=ニューラルネットワークの開発に注力するため,ユーザから見た管理機能が後回しになっている面は否定できない.ユーザビリティ向上や学習用データの品質向上のためにも管理機能の拡充は推進する必要がある.

5.4 自然言語処理AIエンジンの進化

自然言語処理AIの開発は日進月歩である.最新の研究成果を迅速に取り入れながら性能向上を推進しなければならない.現状では自然言語処理AIで対応できるのは一問一答形式のコミュニケーションであるが,会話の文脈も反映させたシークエンシャルなやり取りも今後の開発課題である.

5.5 他AIエンジンとの連携

コンタクトセンタでは音声以外にドキュメントや画像を扱うケースもある.音声認識やテキスト解析に加えて,画像認識技術を実装することで自動化対象業務が拡大する可能性がある.

6.おわりに

本稿では,コンタクトセンタにおけるAI活用を事例を中心に概観してきた.過去AIについては期待と失望のサイクルが数度訪れたが,今回のブームはどうであろうか? 筆者は今回のブームは一過性のブームで終わらず,普及・実装が着実に進むと考えている.今日のAIは適応領域と使い方を誤らなければ,一定の成果を上げるレベルに来ていると考えている.一方,適応領域あるいは使い方を間違ったために成果が上がらず期待が失望に転じる例も出始めている.

技術の本質を見極め,業務プロセスを適切に設計することで,AIがホワイトカラーの労働生産性向上に大きく寄与することは実証されつつある.他先進諸国と比較しても伸び悩んでいる我が国の労働生産性をAI活用によって向上させるためにも,筆者らは研究開発を継続する所存である.



荻野明仁(非会員)ogino@ai2-jp.com

(株)エーアイスクエア 取締役.日産自動車(株)情報システム本部,アーサー・ディ・リトル・ジャパン(株)マネジャー,東京海上キャピタル(株)パートナーを経て,2015年に当社設立.経済産業省「情報大航海プロジェクト」評価委員(2007〜2009年度),「ソフトウェア産業競争力研究会」委員(2009年度),「情報化促進貢献表彰」選考委員(2008〜2010年度).東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任研究員(2010年度).

岩﨑圭介(非会員)iwasaki@ai2-jp.com

(株)エーアイスクエア営業部ジェネラルマネージャー.(株)マックスコムでBPO・SSOの企画・構築・運営,(株)テスコで経営企画に携わり,2016年当社参画.RPAセンターの立ち上げに従事し,現在同センターの運営責任者と営業責任者を兼務.

採録決定:2018年2月1日
編集担当:齋藤正史(金沢工業大学)