デジタルプラクティス Vol.9 No.2 (Apr. 2018)

人とテクノロジーの協働による,サービス価値の向上

稲田 英樹1

1SMBC日興証券(株) 

昨今のAIの発展はすでに単なるブームにとどまらず,さまざまな実務に取り入れられ,その効果が出てきている.一方で,AIの発展により,近い将来に多くの職業がAIに取って代わられるとメディアは報じている.AIは人々の職を奪う技術なのか.それとも人々の生活を豊かにし,ビジネス領域においては生産性を飛躍的に高める技術となるのか.本稿では筆者が新たな顧客サポートチャネルとして導入したWEBチャットやLINE,AIチャットボットをいかにして従来のサポートチャネルと融合し,付加価値を創出しているかを紹介する.

1.はじめに

1,800兆円.これは2016年末時点での国内個人金融資産の総額である[1].この金融資産は高齢者層に偏在しており、その大半が預貯金となっている.

また,少子化・高齢化が進む日本では,人口のピークアウト,労働力不足,賃金の停滞,旧来の年金制度の疲弊等の問題が顕在化している.

このような状況下において,日本は個人型確定拠出年金(iDeCo)や少額投資非課税制度(NISA),つみたてNISA等の制度を通じた税制優遇措置により,勤労層・若年層が自ら資産形成する支援を行っている.

これに対し,証券会社は単なる投資情報の提供にとどまらず,金融リテラシー向上を支援するための投資教育やアドバイス,さらには投資しやすい環境の整備により,投資未経験者層・初心者層のライフプラン設計,資産形成の支援が要求されている.

従来,投資経験のない顧客にとって,証券会社は敷居が高いといわれている.その敷居を証券会社自らが下げる努力をし,顧客本位の姿勢で適切なアドバイスやサポートを提供することはもちろんのことである.そのため,顧客がいかに気軽にコンタクトすることが可能かどうかが,次世代の顧客に選ばれ,支持され,より良い関係を構築するための重要な鍵となっている.

本稿では,資産形成層,および新たな顧客層である投資未経験層・初心者層をターゲットとし,気軽にいつでもコンタクトが可能な顧客サポートチャネルをいかにして構築,提供するかについて,筆者の取り組みをもとに論じている.

2.日興コンタクトセンタの概要

2.1 組織・運営体制

日興コンタクトセンタは2000年に設立された.設立当初は顧客からの電話による資料請求の受け付けや,オンライントレード(インターネットでの証券取引サービス)のサポートを提供していた.その後,全国に設置されている営業店における代表電話の集中受電,さらには顧客への商品・サービスの案内,アフターフォロー,訪問アポイントの獲得等,アウトバウンド(架電)業務を開始した.

現在は東京2拠点,名古屋,大阪,沖縄にコンタクトセンタを設置し,総勢で約480名体制で,外部委託ではなく,自社運営を行っている.

2.2 サポートチャネル体系

コンタクトセンタでは遠隔での顧客サポートを担っており,その接点となるチャネルとして電話のほか,Eメール,WEBチャット,LINEを使用している.また,電話ではIVR(Interactive Voice Response:自動音声応答装置)やAIチャットボットを活用し,人を介さないセルフサポートサービスも提供している.

当社には,コンタクトセンタ以外の顧客接点として,148の営業店(2018年1月現在)がある. さらに,オンライントレードやスマートフォンアプリを活用した顧客とのコミュニケーションも行っており,これらの顧客接点を有機的に連携させている.

3.SMBC日興証券のカスタマーサポートモデル

当社は創業1918年と,100年の歴史を有する証券会社である.創業以降,全国に営業店を設置し,顧客と直接会い,対面での金融や証券投資に関するアドバイス,コンサルティングを提供する対面型証券として営業を行ってきた.これは現在も変わりはないものの,インターネットの普及による顧客の投資行動の変化を捉え,2000年にインターネットを通じた証券取引サービス,いわゆるオンライントレードサービスの提供を開始した.また,先述の通り,同年にコンタクトセンタを開設し,電話による遠隔での顧客サポートの提供を行ってきた.

2008年以降,これらの営業店,オンライントレード,コンタクトセンタが連携し,三位一体で組織的に顧客をサポートする体制で運営している.全社で閲覧や登録が可能なCRM(Customer Relationship Management:顧客管理)システムにより,顧客とコンタクトした内容はリアルタイムですべてのチャネルに共有されている(図1).

図1 サポートモデル概略図

これにより,顧客はどのチャネルを利用しても一貫した体験が可能である.一方で,従来は営業担当者がすべての顧客対応を担っていたが,各チャネルがその特性を最大限に活かして役割分担することで,営業担当者による顧客へのコンサルティング時間の最大化を図っている.

4.カスタマーサポートを支える人材開発・育成

コンタクトセンタでカスタマーサポートに従事する人材は,正社員,コンタクトセンタ専門社員(限定正社員),派遣社員で構成されている.正社員とコンタクトセンタ専門社員はいずれも自社雇用ではあるものの,正社員は他部署への異動がある.一方で,コンタクトセンタ専門社員は他部署への異動がなく,コンタクトセンタにかかる業務に専門的に従事している.

コンタクトセンタ専門社員は筆者が2016年に制度設計し,導入した職系である.導入前は正社員,有期雇用の契約社員,派遣社員で構成されていたが,コンタクトセンタの品質を支える人材は一朝一夕で育成できるものではなく,長い時間を要するものである.そのため,離職や異動などの職場離脱を極力避ける必要がある.

筆者はこの課題に対し,長期スパンでの人材育成(図2)が可能な環境整備や制度設計により解決すべきと考え,新たな職系の導入を行った.

図2 長期スパンでの育成イメージ

5.チャネル戦略と運営

5.1 顧客行動の変化とチャネル戦略の見直し

71.8%.これは日本における2016年のスマートフォンの世帯普及率である.急速に普及したこのコミュニケーションデバイスはおよそ10年の間にパソコンや固定電話(それぞれの普及率73.0%,72.2%)をしのぐ勢いで利用者が増加している.

また,スマートフォンと歩調を合わせるように普及してきたコミュニケーションメディアとしてSNS(Social Network Service)がある.特にLINEは急速に利用者が増加しており,2016年時点での普及率は67.0%となっている[2].

顧客は電話やパソコンから離れ,スマートフォンを常に持ち歩き,いつでもどこからでも手元でコミュニケーションを取っている.

当社はこのような大きなコミュニケーション環境の変化の中においても,相変わらず顧客にあらゆる郵送物を送付し,その問合せ先として電話番号を記載していた.また,パソコンでの取引を前提としたオンライントレードサービスの新機能開発や機能改善にシステム予算が投入される状況となっていた.

先述の通り,新たな顧客の発掘,投資初心者や未経験者層の取り込みを狙うにもかかわらず,普段使われないデバイス,普段使われないコミュニケーションメディアを顧客に強いていたことになる.

顧客行動の変化への対応のほかにも,当社のカスタマーサポートの運営を取り巻く環境は,顧客満足・顧客体験の低下,さらにはコスト増大・利益低下の懸念が顕在化していた.

資産形成層,投資初心者・未経験者層の取り込みのほか,グループ内の証券会社との経営統合を控えており、これらの要因により,カスタマーサポートが必要となる顧客の急増が見込まれていた.

一方で,長時間労働の是正といった労働環境の改善,労働生産性の向上に対する社会的な要請,いわゆる「働き方改革」の推進や,改正労働契約法・改正労働者派遣法の運用による人材の流出懸念,その結果起こり得る品質低下懸念といった,雇用環境の変化への対応が求められていた.拡大するカスタマーサポートニーズと,品質の維持に対応するため,コンタクトセンタ運営手法の抜本的見直しが求められていた.

5.2 新たなチャネルの開発・導入

当社は,生産性の向上が求められる中で,限られた人材で増加する顧客をサポートし,顧客満足度,および顧客体験を高める,という課題の解決策として,電話依存からの脱却を図った.

電話はインタラクティブかつリアルタイムのコミュニケーションメディアとしては非常に有効性が高いが,1対1での対話となるため,1人が顧客対応で拘束された場合,次に受電する電話は別の要員が対応することになる.限られた人員でより多くの顧客対応が必要な場合,1対1ではなく,1対nの対応が可能であれば,生産性は著しく向上するであろう.

筆者は,この課題の解決策として,WEBチャットとLINEの導入を行った.WEBチャットやLINEは電話とは異なり,文字のみでのコミュニケーション(一部スタンプ等の画像も含まれるが)のため,複数の顧客を同時に対応していても,それぞれの顧客からはその状態は分からない.また,ある程度画一的で事前に想定できる問合せであれば,あらかじめ回答文を保持しておくことで,回答速度を落とすことなくサポートが可能となった.

スマートフォンやSNSが普及したこと,特にLINEの普及による短文メッセージでのコミュニケーションが一般化したことにより,顧客にとっても利便性が高く,当社にとっても生産性の向上が見込めるサポートチャネルを導入することができた.

ここで,顧客サポートの新たなチャネルを導入することができたが,単にチャネルを設置するだけでは顧客には支持されないであろう.顧客サポートには高度な知識だけでなく,経験者が有する明文化されていない暗黙知を含めた知見(ナレッジ)が必要となる.問合せに対する回答のみならず,顧客の発話に隠れた真意の汲み取り,顧客の知識や経験に即した言葉の選択,分かりやすい説明方法などのコミュニケーションスキルやノウハウがサポートの品質を支えている.

筆者のコンタクトセンタは電話での顧客サポートについては,その品質の高さから各方面から高い評価を得ている.筆者は,さらに,新たなチャネルにおいても導入当初からその品質を維持するため,新たな人材を投入せず,従来の電話でのサポートに従事するオペレータを,ローテーションにより着台させることにした.

筆者はまた,それらのオペレータに電話での顧客サポートで培ったナレッジをもとに,チャットでの顧客対応フローと回答文集を作成させた.

さて,ここで新たなチャネルとしてのWEBチャット,LINEの導入,活用は実現したが,さらなる生産性の向上のため,人工知能(以下,AI)による顧客サポートの実現を目指した.具体的には,AIが顧客の自然文による問合せ内容を読み取り,その内容を瞬時に分析し,最適な回答を返すことにより,顧客が抱えている問題を,人を介さず解決することを目指した.また,従来はサポートを提供できていなかった夜間にも問合せできる環境の整備も目指した.

筆者は,AIによるチャットでの自動顧客サポート(以下,AIチャットボット)の開発においても,オペレータの知見を存分に活用した.AIチャットボットは問合せ内容を読み取った後,習得した手順に沿って回答を導き出す(これをシナリオと呼ぶ).ここで,このシナリオ設計の基礎となったのが,オペレータがチャットでのサポートで作成し,活用していた顧客対応フローである.AIチャットボットの開発において,最も時間を要する作業がシナリオ構築であるが,筆者はあらかじめチャットサポートで活用していたため,導入までの所要時間を大幅に短縮することが可能であった.また,チャットサポートで受けた問合せ内容のうち,ニーズの高い問合せに対応するシナリオを優先的に構築することが可能となった.

シナリオ構築とともにAIチャットボットの回答精度を高める重要な要素に,顧客の発話パターンの把握がある.同じ内容の回答を求められている場合でも,顧客ごとにその聞き方は異なる.

たとえば,証券会社で株式の取引を開始するためには,あらかじめ口座の開設が必要である.その際に顧客が一律に「口座を開設したい」と発話すれば,AIの活躍余地はない.ところが実際は,「取引を始めたい」「株を買いたい(売りたい)」「IPO(株式新規公開)に申し込みたい」「持株会で保有している株を換金したい」など,さまざまである.こういった多様な発話に対して適切なシナリオをセットすることで,回答精度の向上が見込める.

筆者はここでも電話やチャットのオペレータを活用した.AIチャットボット開発プロジェクトへのアサインのほか,PoC(技術検証),開発したシナリオのテストにも参画させることで,オペレータが有する豊富なサポート経験や知見をAIに学習させることができた(図3).

図3 オペレータによるシステムテスト

5.3 新チャネルを支える人材の育成

新たなチャネルの導入には,そのチャネルを運営する人材が必要となる.新たな人材の採用,既存の人材の配置転換など,人材確保の方法は複数存在するが,筆者は先述のように,電話での顧客サポートに従事するオペレータをローテーションで着台させた.これは,オペレータのナレッジやスキルの活用だけでなく,チャネル間で生じる繁閑に対して,最適かつ柔軟な配置を可能にするためである.

ただし,オペレータに何の支援もなく新たなチャネルを運用させることは,新たな業務への不安感,業務量の増大や複雑化による負担感が生じ,モチベーションの低下,さらには離職につながりかねない.

これに対し,筆者はコンタクトセンタ専門社員制度の導入による長期スパンでの人材育成,業績評価だけでなく,業務への取り組み姿勢を評価するコンピテンシ評価の整備を行った.

さらに,充実した研修を行うため,その時間を確保する必要性が生じたが,サポート運営時間を見直すことで,その時間を創出した.

従来,平日の朝8時から夜7時まで受け付けていた電話サポートの時間を1時間短縮し,夜6時までに変更した.ここで短縮した1時間の利用数は1日の中で最も少ないが,そのためのオペレータを確保するため,勤務シフトが複雑化していた.また,この時間にオペレータを割くことで,最も利用数の多い時間帯のオペレータが不足するといった事態が生じていた.筆者はこれらの問題を解決し,オペレータが最も多く勤務するコアタイムを増加させることで研修時間を確保するため,受付時間の見直しを行った.

繋がりやすさ,品質,コストと合わせて,オペレータのモチベーションに配慮したこの措置は,その後の顧客満足度調査においても顧客の不満の声はなく,満足度は89.6%から93.2%に上昇している(電話対応に関する総合満足度について,5段階中,上位2段階を選択された割合).

5.4 顧客体験の向上を目指すチャネル連携

自動顧客サポートチャネルとしてAIチャットボットを導入したが,現段階では回答精度は高くない.今後,発話パターンやシナリオのチューニング,および新たなシナリオの展開により,精度が高まっていくことを期待しているが,現時点では多くの顧客の問合せには回答できていない状況である.

ただし,筆者はこの状況を導入前から想定しており, AIチャットボットのみでの対応ではなく,回答できない場合でもオペレータがサポートできる仕組みを導入した.具体的には,顧客の問合せをAIが正しく理解できない場合や,回答できない場合,顧客にオペレータへの交代を提案し,交代を希望された場合は即座にオペレータにエスカレーションできる技術を採用した.AIチャットボット単独で完結できる割合は55%であるが、オペレータが交代することで,チャットでの最終的な完結割合は90%まで高められている(図4).さらに,エスカレーションされオペレータが対応した後,そのログをチューニングに活用することで,AIが新たな知識を習得でき,回答精度の向上が期待できる.

図4 チャット対応の完結割合

実際には,AIチャットボットやWEBチャット,LINEでは情報セキュリティの観点で対応できない範囲の問合せを受け付けることがあるが,その場合は電話やEメールでのサポートを提案し,別のチャネルの利用を勧めている.この場合においても,いずれのチャネルもコンタクトセンタで対応している.そのため,その情報を電話を受けているオペレータやEメールを管理しているスタッフと即座に共有することができ,顧客と別のチャネルでコンタクトした際も,スムーズな対応が可能である.

5.5 新チャネル導入による成果と課題

WEBチャット,LINE,AIチャットボットの導入後,現段階では電話でのサポート件数にはおよばないものの,その数は着実に伸びている.

電話やEメールでの問合せはチャット導入時の件数を100とした場合,その1年後はそれぞれ115,110となっているが,WEBチャットやLINEの利用数は1,000となっており,10倍の伸びとなっている(図5).利用件数においてもすでにEメールの利用件数を大幅に超過しており,今後さらに伸びるものと期待している.

図5 利用数の伸び

一方で,導入時にWEBチャットやLINEには顧客を特定する仕組みを設けず運用しているため,取引状況や残高,サービス契約状況に応じた顧客個々の対応ができないことで,現在のサポート範囲は限定されている.今後,本人特定機能の導入を予定しているが,それ以降は電話とほぼ同等のサポートが可能になるため,顧客利便性は格段に向上し,利用数は大幅に増加することが見込まれる.

さらに,社内外のシステムと接続することで,オペレータだけでなく,AIでの回答範囲や精度の高まりを見込んでいる.このことにより,多くの問合せをAIが回答でき,顧客にとってもいつでもどこからでも気軽に問合せできる環境が整うため,コンタクトセンタの生産性が飛躍的に向上する可能性がある.

一方で,AIでは回答が困難な高度な内容,複雑な内容,タイムリな内容を含む問合せには,ホスピタリティ溢れるオペレータが丁寧に対応することで,顧客により高い品質でのサポートの提供,そして安心の提供が可能になる.

人とテクノロジーの協働による、カスタマーサポートの進化を継続させることで,多くの顧客に選ばれ,支持され続け,経営に貢献できるコンタクトセンタであり続けられるのであろう.

7.おわりに

コンタクトセンタや顧客サポートの領域でAIは,回答支援等,オペレータサポートでの活用事例はあるものの,直接顧客をサポートする用途として利用されている事例は少ない.このように事例が少ない中で他社に先んじて導入することに不安やリスクはある.しかしながら,ここで少しでも躊躇することは,急増が見込まれる顧客へのサポートがおろそかになりかねず,また,他社に大きく劣後する恐れもあることからAIチャットボットの導入に踏み切った.

WEBチャットやLINE,AIチャットボット導入後,すでに20社程の視察希望があり,受け入れていることを鑑みても,この分野に対して多くの企業が導入を検討していることが窺える.誌面の関係で筆者の取り組みのすべてを紹介することはできないが,新たなチャネル導入において,本稿を少しでも参考にしていただければ幸いである.

参考文献
  • 1)日本銀行調査統計局 資金循環統計 (2017年).
  • 2)総務省 平成29年版情報通信白書 (2017年).
稲田英樹(非会員)inada_hideki@smbcnikko.co.jp

1988年日興證券(株)(現,SMBC日興証券(株))入社.錦糸町支店,渋谷支店,大阪支店,新宿支店,学園前支店(奈良県)にて,およそ20年間,証券営業に従事する.2009年コンタクトセンター部門に配属.現在に至る.座右の銘は「継続は力なり」.

採録決定:2018年2月5日
編集担当:上條浩一(日本アイ・ビー・エム(株))