デジタルプラクティス Vol.9 No.1 (Jan. 2018)

学会マネジメント業務の分析とあるべき姿の検討
─7要素法による業務改善の実践─

城間 祐輝1  大森 久美子1  星野 隆1

1日本電信電話(株)ソフトウェアイノベーションセンタ 

情報処理学会のマネジメント業務は,会員管理,研究会管理,イベント管理,請求・入金情報管理など多岐にわたる.会員の満足度向上と学会職員が会員の満足度向上に関する検討に多くの時間を割けるようになることを目的にマネジメント業務とシステムを刷新することとなった.そこで,我々は,学会業務に対する業務分析を実施し,会員,学会職員の両側面から課題を抽出し,業務のあるべき姿,およびそれを実現するシステムのあるべき姿を導き出した.本稿では,学会マネジメント業務およびシステムのあるべき姿の検討に対して、我々の業務改善手法を適用した概要について報告する.

1.はじめに

コスト削減に加え持続的な競争力強化のために業務改善に取り組もうとする企業は後を絶たない[1][2][3].我々は,業務改善とは,業務本来の目的に向かって,既存の組織や制度を抜本的に見直し,プロセスの視点で職務,業務フロー,管理機構をデザインし直すこと,その実現に必要となる情報システムをデザインし直すことと定義している.

業務改善は現状分析と課題抽出,改善策立案,改善策導入,評価・再見直しの4つのステップから構成されるといわれる場合が多い[4].この4ステップのうち,現状分析に作業が集中するといわれている[4].分析作業を効率化するために,分析作業の支援を目的とした分析モデルが提案されているが[5],分析結果から課題を抽出し,解決策を導き出す一連のプロセスについては,アウトラインのみで具体的な内容は公表されていない[6][7].そのため,目先の課題の抽出・解決になるケースが多い.

我々は,業務効率化を目的とした分析,改善手法の検討をテーマに活動をしている.我々は,システム開発における要求分析手法として実績[8]のあるSSM(Soft Systems Methodology)[9]と呼ばれる手法に着目し,業務分析,改善へのSSMの適用を検討している.SSMは,ステークホルダそれぞれが描く世界観に関して議論を重ねながら価値観を重ね合わせ,現状の問題を解決できるような,あるべき姿を導き出すプロセスといわれるが,熟練者でなければ使いこなせない課題もあり,我々は,SSMの考え方を簡略化した7要素法を新たに考案し,7要素法を用いた業務改善手法の検討評価を試みている.

本稿では,業務およびシステムを刷新するという情報処理学会プロジェクトに対して,我々の業務改善手法の適用を検討した概要について報告する.また適用結果についても考察する.

第2章では,学会マネジメント業務の概要,および我々の業務改善手法の概要を紹介し,第3章では,分析を通して洗い出したマネジメント業務の課題,また課題解決に向けたあるべき業務の姿(業務要件)について述べる.そして第4章では,本事例を基に適用結果や適用の際の留意点について述べる.

2.業務改善手法

2.1 改善対象業務の概要

情報処理学会のマネジメント業務は,会員管理,研究会管理,全国大会などのイベントの管理,請求や入金情報の管理など多岐にわたる.それを支えるシステムは,2003年に導入されて以来,会員サービスや規約が追加,変更になるたび,機能追加を繰り返して今に至る.

一方で学会の喫緊の課題として2003年3月末時点で21,689人だった正会員が,2016年3月末時点で15,397 人[10]と,年々減少傾向にあり,会員増に向けた魅力的なサービスの創出が求められる一方で,新しいサービスを立ち上げる際にも,その都度システムへの機能追加が必要になり,学会職員の運用で対処を行っているサービスも少なくない.そのため,学会職員の業務負荷が増えつつある.そこで,会員の満足度向上や学会職員が会員満足度向上に関する検討へ多くの時間を割けるようにすることを目的として,学会マネジメント業務やシステムに対して,我々の業務改善手法を適用し,学会マネジメント業務およびシステムのあるべき姿の検討を実施することとした.

2.2 業務改善への7要素法の適用

我々は,業務改善において「何をすべきか」を検討する上で,要求分析との類似点が多いことに着目した.これまでに我々は,SSMを用いた要求分析手法[11][12]を開発,活用しており,本手法が業務改善にも適用できるのではないか,と検討を重ねてきた.図1にSSMの検討手順を示す.

図1 SSMの検討手順

SSMでは,図1に示す「3.システムの基本定義を成文化する」「4.概念活動モデルを構築する」ステージで,「Zを達成するために,Yによって,Xを行うシステムである」という「XYZ公式」に基づいた定義を行う必要がある.そのためには,表1に示す,CATWOEという6つの要素を理解して用いなければならない.しかし,CATWOEは基本定義に必要なXYZに相当する情報と明確には対応していないため,熟練者でないと基本定義を行うことが難しかった.

表1 CATWOEの6要素

そこで,筆者らはCATWOEを次のように整理し,表2に示す要求整理シートを開発した.これにより,要求整理シートで基本定義も行えるようにした.

表2 7要素法を用いた要求整理シート
・CATWOEのC,A,Oをステークホルダと捉え,一般的な要求分析の経験者にも理解がしやすくした.
・XYZ公式のZに相当する「目的,手段,活動内容など」を追加する.
・XYZ公式のXに相当する機能要求として「実現方式」と「機能要求」を追加する.

我々が開発した7要素法の考え方を図2に示す.

図2 7要素法の考え方

これは,SSMの考え方を初心者にも分かるよう要求分析作業に対応させたものであり,異常系の抽出も行えるように,表2に示す要求整理シートの右側にIPAで開発された非機能要求グレード[13]の6大項目も記入できるようにしている.学会マネジメント業務の詳細な要求分析を行う場合は,非機能要求も含めて分析することになるが,今回は全体像の初期見直しのため非機能要求は省いて検討した.

このような工夫をした7要素法を用いた業務改善の実践例を次章に示す.

3.学会マネジメント業務の要求分析

第2章で述べた7要素法を用いた業務改善手法を学会マネジメント業務に適用した一部を紹介する.

3.1 問題の認知,問題状況の記述

学会マネジメント業務におけるステークホルダを,すでに学会へ入会済みの会員,イベントなど一部の活動に参加するのみの非会員,学会職員,システム管理者,学会運営に関する意思決定を行う理事会,と定義した.

現状では,各種申込についてそれぞれWebフォームと,学会職員側が内容を学会内の基幹システムへ代行入力する仕組みになっていた.このことから会員が自分の申込状況や過去の履歴を確認する手段が用意されておらず,会員にとって不便であるほか,学会職員側も代行入力業務に多くの作業が必要となっていた.各ステークホルダへのヒアリング・分析を行い明らかになった問題意識を整理し,図3のようなリッチピクチャにまとめた.

図3 学会マネジメント業務におけるリッチピクチャ

次に作成したリッチピクチャ(図3)を基に,事前の予備調査を行った.一例として,入会申請処理に関する業務フローを分析した結果を図4に示す.

図4 入会申請処理の現状業務フロー

3.2 システムの基本定義の成文化,概念モデルの構築

3.1節で抽出したステークホルダについて,要求整理シートで分析した結果の一部を表3に示す.

表3 一部の学会マネジメント業務に関してまとめた要求整理シート

この作業により,学会マネジメント業務の全体像および各ステークホルダの世界観(コンセプト)を把握することができた.作成した要求整理シートの機能要求と機能の優先順位付けを利用して改善すべき業務を洗い出し,改善後の業務フローを作成した.検討に際しては,実現可能な業務フローとなるように金融決済上の法的制約や他学会との連携協定等の外部制約,および約款改訂を伴う学会規約の変更等の内部制約を考慮した.

改善後の業務フロー作成にあたっては,業務改善の観点としてリードタイム短縮,処理時間(稼働時間)の削減を選択した.2つの観点から,定款上改善可能であると考えた学会職員側の以下3つの作業について改善の検討を行った.

(1)申込受付
(2)請求書の印刷・送付
(3)入金消込処理

(1)の申込受付とは会員がWebフォームに入力した申込内容を基幹システムへ代行登録することである.業務フロー上は会員の入会申込と作業の重複が発生しており,代行登録待ちによりリードタイムが長くなっている点が明らかになった.そこで,今回は会員がWebサイトを通じて直接基幹システム上のデータを更新する仕組みを用意することで,申込受付の自動化を図る.

現状,(2)の請求書の印刷・送付が必要となる理由を分析したところ,決済内容を入力するWebフォームが入会申請を行うシステムと独立しており,入会申込時の内容を引き継ぐことができないため,事務局が決済内容入力時に入力する請求書番号を会員に伝える必要があることから,請求書の印刷・送付が実施されていることが分かった.そこで,今回は入会申込の流れの中で,決済手続きまで続けて行う方式にすることで請求書の送付の省略を図る.

(3)の入金消込処理とは,決済代行業者からの入金情報ファイルを入力とし,基幹システム内の請求情報に対して入金された旨を記録する作業のことである.現状クレジットカード決済時には与信確認を行うため,与信確認が済んだ請求については,決済代行業者から学会側への支払いが保証されることになる.このことから,決済と同時に入金消込処理を行うようにフローを変更し,入金消込処理に対する待ち時間をなくすことでリードタイム短縮を図る.

上記の検討を踏まえて作成した理想の業務フローとリードタイム・処理時間を図5に示す.改善後の業務フロー作成後は,再度要求整理シートの世界観や機能要求を満たしていることを確認し,検討に漏れがないようにした.

図5 入会申請処理の理想業務フロー

3.3 モデルと現実世界の比較,実行可能な改善案の作成

本ステージにて,前節で作成した理想の業務フローに対して,現実との比較を通じて与件に関する見直し,実効性や効率性,有効性の観点から実行可能な改善案の策定を行う.

与件の観点での見直し

入会手続きにおける与件の一つに理事会承認が挙げられる.会員は入会手続き時に理事会からの承認を受ける必要がある旨が定款に記載されているため,前節にて理事会承認については理想の世界において現状通りと定めた.しかし,理想の世界において本作業が入会手続きの即日化ができない要因となっているため,手続きの即日化のため新たな検討を行った.

過去の理事会承認を調査したところ,入会金や年会費の入金と,申込時に必要事項を記入済みの会員についての入会に対する否認は1件も存在しないことが明らかになった.そこで,実行上は決済にて入金が確認できた段階で会員としてサービスを受けられるように設定し,理事会による承認行為は別途行うようなフローへと変更する.


有効性の観点での見直し

前節の検討において,会員への情報伝達に電子メールを利用して効率化を図ることを提案しているが,会員が入力したメールアドレスの有効性を確認する方法が理想の業務フロー上示されておらず,会員への電話や書類送付にてメールアドレスを確認しなければならない可能性が浮上したため,新たに検討を加えた.

今回の検討では入会申込を「仮申込」と「本申込」の2つに分け,仮申込で入力したメールアドレス宛てに,本申込用のURLを記載したメールを送信し,会員がそのURLにアクセスして本申込以降に進むことで,入会時のメールアドレスの有効性を担保する仕組みを提案する. 上記の見直しを行い,要求整理シート,業務フローに見直し結果を反映させた.見直しを行った業務フロー図とリードタイム・処理時間を図6に示す.

図6 見直しを行った入会申請処理の理想業務フロー

理事会承認に関する与件の見直しにより,入会手続きから会員サービスを享受できるまでが即日で実現できる見通しが得られた.また,申込方式の見直しにより,以降の活動の起点となるメールアドレスの有効性を担保する見通しが得られた.

業務改善を実践するにあたり,改善目標の定量化,想定効果の把握のために入会手続きにおける学会職員の1年間の稼働についての現実と理想の比較を表4に示す.なお,現実については2016年度の実績(約2,000件/年)を基に算出している.現状では,会員が入力した内容を,学会職員がシステムへ代行入力をしており,業務フロー全体で考えた際,入力作業の重複が発生していた.業務改善により,会員自身で手続きを完結する仕組みを提供することで,結果的に入会手続きに関する学会職員の稼働を年間約500時間削減できることが試算により明らかになった.

表4 入会手続きに関する現実と理想の想定稼働時間

なお,申込受付と請求書送付について考慮する必要がある点がそれぞれ存在する.申込受付については口座振替での支払方法を選択した会員については,口座振替の依頼用紙の送付・受付が発生し,学会職員のその部分に関する稼働は残る.請求書送付に関しては,現状でも実印を押印した請求書を求める会員については,学会側に請求印刷・押印・送付作業が発生しているのと同様に,学会職員のその部分に関する稼働は残る.どちらもその件数や処理稼働については全体に対する割合が少なくなると想定し,約0時間と定義した.このようにして,要求整理シートに記載した各タスクごとに検討を行い最終的に実行可能な改善案としてまとめた.

4.考察

4.1 適用事例における考察

SSMでは,システムの基本定義の成分化,概念モデルの構築は,複数回繰り返すことで実現可能性を高めると言われている.我々の7要素法においても,理想の業務フローを作った後に,要求整理シートを複数回見直し,与件や実効性,効率性,有効性の観点での検討を繰り返すことで実行可能な改善案を策定した.

また,本手法で用いる要求整理シートは元来,システム要求をシステム要件へ落とし込むために作られたものであるため,本手法の対象である業務のあるべき姿(業務要件)からシステム要求・要件へ落とし込む際にスムーズに落とし込むことができるメリットがある.

4.2 適用における注意点

7要素法を用いた業務改善手法を適用する際の注意点の1つ目として,現状分析・課題抽出の重要性が挙げられる.本手法におけるシステム要件定義の成文化や概念モデルの生成,現実と理想の比較のそれぞれのフェーズにおいて現状把握の内容は,検討内容の妥当性の判断基準の1つになるためである.現状把握の内容が誤っていると,理想の世界も各ステークホルダにとって好ましいものにならないる可能性がある.したがって,現実的には業務の現状把握を行ってからSSMによる要求分析を行うのが効率的である.今回の検討においても,各ステークホルダへのヒアリングや現状分析に多くの時間をかけ,現状分析の結果について各ステークホルダに確認をとることで,現状分析の内容の妥当性を確認したが,ヒアリングを重ねるうちに現状ではなく要望に変わってきたりと,現状何が起こっているか愚直に確認をすることが重要になってくる.

適用の際の注意点の2つ目として,業務改善対象の領域(スコープ)を適切に定義することが挙げられる.本手法やSSMのアプローチにおいては,最初に定義したステークホルダやスコープの中で世界観を作り上げ調整するため,定義に抜け漏れがあると,本来考慮すべき内容を盛り込めなくなる恐れがあり,また,ステークホルダやスコープを大きく設定しすぎると,検討の難易度が高く,実現可能性に乏しい検討結果になる恐れがある.今回の検討では,当初,学会マネジメントシステムの外部に繋がっている10数個の外部システムまで含めた改善を検討したが,外部システムのインタフェースの変更等に左右されることとなり業務課題の本質が見えなくなりつつあったので,外部システムについては検討のスコープから除いて検討を進めた.

適用の際の注意点の3つ目として,問題解決に関する経験・知識の必要性である.SSMや本手法では目的や解決すべき問題が不明瞭であるときに,現状把握の内容とステークホルダの世界観から問題解決に導くプロセスを規定したものであり,考慮すべき要素の可視化により解決検討の支援をするものの,具体的な解決方法の考案そのものをサポートするものではない.入会手続きにおける仮登録・本登録の考え方の例が本件に該当する.これに対して,今回の検討においては,我々の会員管理業務やシステムに関する経験や市中の動向調査を踏まえて検討を行うことで対処した.

第1章で述べたように,業務改善における現状分析の詳細は公開されていないが,本稿で示したように,7要素法で作成した要求整理シートと現状および改善後の業務フローを公開することで,業務上の課題に対する解決をノウハウとして蓄積・再利用するための仕組みの実現に近づいた.

5.おわりに

本稿では,入会手続きを例に業務改善プロセスについて述べたが,実際の検討にあたってはほかの手続きについても同様の検討を行った.本検討では,SSMを改良した7要素法を用いて学会システムの現状分析,課題抽出を行い,システム要件へと落とし込んだ.

現在,学会では,我々が示した業務のあるべき姿,システム要件に基づき,マネジメントシステムの開発が進められようとしている.我々の業務改善手法の評価のためには,新マネジメントシステムが構築された後の新マネジメント業務に対する評価から,定量的に効果を示す必要がある.

最後に,我々の分析,改善に向けた検討活動に協力いただいた木下事務局長,学会システムWG今岡主査,学会職員の皆様に感謝いたします.

参考文献
城間祐輝(正会員)shiroma.yuuki@lab.ntt.co.jp

2011年日本電信電話(株)に入社以来,ソフトウェア開発技術に関する研究開発に従事.現在,NTTソフトウェアイノベーションセンタにてNTTグループ内の業務分析,業務改善を担当.

大森久美子(正会員)oomori.kumiko@lab.ntt.co.jp

1998年日本電信電話(株)に入社以来,音声対話処理,ユーザインタフェースの研究開発,およびそれらの経験を活かしたソフトウェアエンジニアリング教育に従事,現在は,NTTソフトウェアイノベーションセンタにてNTTグループ内の業務分析,業務改善を担当.

星野 隆(正会員)hoshino.takashi@lab.ntt.co.jp

1991年 日本電信電話(株)に入社以来,データベース,データ統合・流通システム,企業向けソリューション,ソフトウェア開発技術に関する研究開発に従事.現在は,NTTソフトウェアイノベーションセンタにて,マネージャとして,ソフトウェアエンジニアリングに関する研究開発のマネジメントを担当.

採録決定:2017年12月13日
編集担当:今原修一郎((株)東芝)