デジタルプラクティス Vol.9 No.1 (Jan. 2018)

オープンデータを利用した行政サービスの英語化 ─工学系学生が取り組む地域連携プロジェクト─

藤井 清美1  松下 臣仁2  ロバート・ソンガー2  ニコラス・ダフ1

1金沢工業大学  2金沢工業高等専門学校 

本活動は,工学系学生がデザイン思考を用い,地域と連携し,外国人住民が行政サービスを受けやすく,外国人にとっても住みやすい街づくりを担うことを目的としている.外国人住民へのインタビューを通し,ニーズ調査,課題の発見,解決方法の決定とプロトタイプを製作,市のオープンデータを使用し医療施設の利用をサポートするWebアプリ,「ホスピタルインタフェース」,「災害避難所表示アプリ」を開発し,行政サービスの情報の英語化に携わった.

1.はじめに

在留外国人の人口は年々増加しており,法務省の発表では,2016年末時点で238万人を超え,全国の都道府県でも前年比を上回る人口増である[1].石川県でも,2016年時点で1万2千278人の外国人が居住しており,過去20年で約2倍に増えている[2].このような外国人人口の増加に伴い,行政が発信する情報の多言語化が早急の課題として求められている.

本稿では,このような課題に工学系学生が,デザイン思考というアイディアを創造する手法[3]を使い,地域と連携して取り組んだ活動を報告する.さらに,ファシリテータとしての筆者らの立場より,デザイン思考を用いての地域連携プロジェクトの有効性と改善すべき課題について考察する.

2.活動内容

2.1 プロジェクトの背景

学校法人金沢工業大学の所在地,石川県野々市市においても少しずつではあるが毎年確実に外国人住民数が増えている.野々市市は住みやすさ全国ランキングで常に上位を保っている[4].市のWebページにも他言語表記を導入するなど,外国人住民にとっても住みやすい都市づくりを目指している.しかし,外国人住民が行政からの情報をうまく活用できているのか,そもそもどのような情報があれば生活しやすくなるのかを検討する仕組みは備わっていない.

これらの課題を踏まえ,金沢工業大学では,2013年からDesign for the Communityを立ち上げ,野々市市との地域連携教育研究プロジェクトを実施している.2015年度からは併設校の金沢工業高等専門学校の学生とも協働で作業をしている.現在までに,同市が日本語のみで提供していた「家庭ごみの分別表」,「コミュニティバスのっティ時刻表」,「スポーツガイド」,「すくすく健康カレンダー」,「医療機関一覧マップ」などの英語版パンフレットを作成し,同時にオープンデータを使用したスマートフォン用Webアプリの開発も進め,紙媒体以外での情報発信も行ってきた.

実社会で起こっている問題やさまざまな課題に学生が取り組み,その解決方法を導き出すプロセスを教育現場に取り入れる試みは,課題解決型学習(Project Based Learning,以下PBL)として現在多くの教育現場で実施されており,特に工学教育には多くの正課,正課外活動に取り入れられている[5].PBLの効果においては,モチベーションの向上,チームワークで活動することによっての問題解決力の促進などが報告されている[6],[7].国内での実施事例においても,学生の意欲や責任感を高め,専門教育で学んだ知識を活かした実践的な学びに結びついたと報告されている[8],[9],[10],[11].一方で,問題解決案が提案にとどまったり,プロジェクトが完結しないグループがあるなど課題も多く[7],[10],教師の介入の度合いや評価方法など検討事項も残されている[12].正課外での活動においても,技術指導面での強化や新しい取り組みの仕組みづくりなどが課題となっている[13].以上のようにPBLでの地域連携の事例は多く報告されており,取り組むべき課題も示されている.

PBLの事例では,専門教育の枠内で実施されているものが多く,外国語教育に取り入れたものは非常に少ない[5].国内においては,留学生との協働の地域貢献プロジェクト[14],日本人学生の英語通訳ボランティア[15]の事例が報告されているが,専門教育分野に比べて非常に少ない.また,専門教育の枠内での事例も含め,自治体や地域より問題点があらかじめ示されている場合が多い.

本プロジェクトでは,在住外国人にインタビューを実施し,その声を活かして,ニーズに合った情報を提供するという体験的・機能的価値を高めるモノ・コトを学生自身の手で実現させることが目的である.さらに,学生が外国人住民にとって住みやすい街づくりの一端を担うことで地域社会とのかかわりを深め,同時に多言語・多文化の住民との交流を通して英語でのコミュニケーション能力を高めることである.

2.2 デザイン思考

本プロジェクトの特徴は,デザイン思考[3]を用いていることである.デザイン思考は,図1にあるように,初期問題設定→リサーチ→分析→統合,課題の再定義→プロトタイピングという流れで進める[16].

図1 デザイン思考のプロセス(佐宗 2015)

デザイン思考では,どこに問題があるのかその原因を探るリサーチから始める.通常,日本企業のものつくりの現場では,初期よりプロトタイプの改善を繰り返す手法が使われるが,デザイン思考では,「人の生活に寄り添ったサービスや商品をゼロベースで発想する」[14].そのため,まずリサーチでインタビューによる聞き取りを行ったり,住民生活を観察し,住民の立場から問題点を探り出すことで,インサイト(気付きや洞察)を得て,真のニーズが抽出できる.次に,リサーチで得た情報を分析し,掘り下げることで外国人住民が普段気づいていない本当の課題を割り出す.それらの課題を定義し,ラピッドプロトタイプを作成,解決策を具体化していく.このプロセスを何度も繰り返し試行したのち,最終の解決策に到達する.

2.3 プロジェクトの概要

プロジェクトは,表1のスケジュールで実施している.以下に各過程の詳細を説明する.

表1 Design for the Community 年間スケジュール
2.3.1 初期課題設定

初期課題設定は,対象の外国人住民が生活の中でどのような問題に直面して,何が要因となっているのかを探るための課題を設定する.本プロジェクトでは,野々市市が市民に提供している情報やサービスと外国人住民の求めるニーズとの間にあるギャップを調査することを初期課題として設定した.

2.3.2 リサーチ

リサーチでは,住民生活を観察したり,直接住民にインタビューして聞き取り調査を行い,住民の抱える問題点を洗い出す.本プロジェクトでは,まず最初に野々市市がどのような情報を市民に提供しているかを把握するため,学生が各グループに分かれ,市役所,図書館,保健センタなどの公共施設を訪ね,情報を収集した.また,市のWebページからも情報を収集し,それを基に生活に重要なトピックとして(1)Health services (健康に関するもの),(2)Child care(子育てなどに関するもの),(3)Life-long education (生涯教育に関するもの),(4)Library services (図書館に関するもの),(5)Transportation (交通機関に関するもの),(6)Safety (安全対策に関連するもの)のカテゴリに分類した[17].この分類にそって情報収集で集めた各施設のパンフレットやちらしなどの配布物や掲示物を写真に撮ったものを整理した.

これらの情報をもとに,インタビューで使用する調査用紙を作成した.調査用紙の質問は,スモールトークとインサイトの2段階で構成される.スモールトークは,初めての相手とすでに知っている相手によって話す内容が違う.初めて話す場合は,相手と打ち解け場を和ませるために,自己紹介から入り,その日の天気や話題など簡単な会話から入る.すでに知っている相手であれば,最近話題になっている時事事項や相手の持ち物などに対して簡単なコメントをするなどインタビューに入る前のウォームアップとして始める.スモールトークに使う表現は特別難しいものではないが,人と話すのが苦手な学生にとってはインタビューする側の準備期間となるため重要なステップである.

インサイトを探る質問は,外国人住民の普段の生活について聞き出す質問で,yes/noで回答できたり,直接的に必要なものを探るものではない.日々の生活や行動における潜在的な部分を引き出せるようにし,どんな困難点やそれに付随する感情的要素を引き出せるような質問にすることが重要である.インタビューは,半構造化インタビューのため,回答に対しての次の質問もいくつか用意し,必ず学生2,3人で実施し,質問係と記録係を決めて事前に練習してから臨んだ.

インタビュー調査の対象者は,市の情報発信にかかわる市職員と,市に在住している,もしくは,通勤・通学している外国人である.さらに,JICA(Japan International Cooperation Agency,(独)国際協力機構)プログラムで来日している中南米からの研究生や,市が開講している日本語教室の受講生にも実施した.外国人とのインタビューは基本英語で行ったが,日本語の練習がしたいなどの場合は相手の要望により日本語でも実施した(図2)

図2 インタビューの様子
2.3.3 分析と統合,課題の再定義

次にリサーチで得た情報を分析し,顕在化していない真の課題を抽出する.その後,それらすべての情報を統合し,初期設定課題を見直し課題の再定義を行い,課題を解消するための解決方法を考える.

まず,共感マップと呼ばれる表を作成した.共感マップは,リサーチで集められた情報を,調査対象者の行動や発言,その裏にある感情的側面や気持ち等を理解,把握する方法の一つである.発見した内容は,付箋紙に個別に書き出して,カテゴリ別に整理する[15].分類ツールとしてはKJ法と同じであるが,共感マップでは,人の行動と感情に寄り添った視点でインサイトをまとめるのが特徴である[16].情報をカテゴリ化することで,外国人住民がどのようなサービスを知っているか,またそれらを使っているかが明確になる(図3)

図3 共感マップ

たとえば,2015年度のプロジェクトでのインタビューでは,あまり医療施設を利用しないと回答する外国人住民が何人かいた.共感マップで分析をすることで,この発言や行動の裏側に何があるのかが見えてきた.病院に行っても自分や家族の身体的症状を日本語で正確に,かつ詳細に伝えることが難しいという分析結果はもちろんながら,医療施設の所在地情報が分かりにくい,日本で受診時の診察の流れが分からないことへの不安というものが明らかになった.市内の医療施設リストと地図は市のWebページから日本語版がダウンロードできるが,日本語が読めない外国人住民にとっては病状に合った病院を探すことすら困難だと判明した.このように,共感マップを用い,単なる数字のデータ化だけでは見えない人の感情に寄り添った分析が必要である.

統合は,これらのリサーチでの情報と分析で新たに気づいた外国人住民の行動や気持ちをまとめる作業で,課題の再定義を行う前に,ペルソナやカスタマージャーニーマップを作成して実施する[16].ペルソナはインタビューや分析で得た情報から対象ユーザの特性を基に架空の住民を描き,可視化する方法である(図4).カスタマージャーニーマップは,リサーチ活動を通じて得た対象者の現状について理解をより深めるため,行動・相互関係者・行動時に使用するもの・感情の動き,対象者にとってのペインポイント(苦痛を伴う行動体験)やゲインポイント(良い行動体験)を包括的に把握する手法である.たとえば,病院に行くことを前提に,診察を受ける前から診察を終えるまでの主要ステップを書き出し,その行動に伴う感情の起伏を描き出した(図5).この作業の過程で外国人住民が生活する上でどのような困難を経験しているか,解決すべき課題は何かを検討した.

図4 ペルソナ
図5 カスタマージャニーマップ

医療の例と同様に,以下の課題についても分析,統合,課題の再定義を行ったが,ここでは,主な問題と再定義事項を記す.

2015年度は,医療以外にも検討事項があった.ゴミの分別方法の複雑さの解消である.これについてはインタビューで頻出する話題だった.日本のゴミ分別方法は,他国より細かく分けられていることから難しいという声が多く,2014年度のプロジェクト活動ですでにゴミの分別パンフレットの英語版を作成し,市のWebページに掲載していた.しかし以降のインタビュー調査でもゴミの分別の困難さに対するコメントが得られ,情報をただ発信するだけでは不便性は解消できないこと,すでに解決策を打ち出してあっても何度も検討し,改善してく必要があることが明らかになった.

2016年度では,インタビュー活動中に気になった点をもう一度見直した.それは外国人住民からの「日本はとても安全」というコメントが多く見られたことである.確かに防犯面では日本は安全かもしれないが,災害に関してはそうとは限らない.折しも2016年度の活動を始める直前には,熊本で大きな地震があり,日頃の備えの大切さが見直されていた.そこで,プロジェクトの学生たちは防災意識を高めることに焦点を置いた.住民の直接のニーズとしては高くないかもしれないが,取り組むべき課題であると判断し,市の防災パンフレットの英語版を作成することに決定した.また,東日本大震災後,外国語に対応する防災Webアプリが多く開発されているが,英語で見やすく,地域の特性に合わせて避難所の位置を表示してくれるようなものはなかったため,新たな防災意識を啓発するWebアプリの開発にも取り掛かることにした.

2.3.4 プロトタイピング

プロトタイピングでは,解決策を具体化するためにラピットプロトタイプを制作し,実際に使用できる形に改善していく.デザイン思考では,企業のプロトタイプとは違い,お金をかけずにアイディア出し後の,より早い段階で多くのプロトタイプを作成し,対象ユーザとアイディアを共創する環境を設ける.これにより直接フィードバックをもらいながらアイディアの洗練化と改善のプロセスを何度も繰り返して最終の解決策に到達する[16].

ここまでの課題再定義の結果,学生たちはパンフレット作成グループとWebアプリ開発グループに分かれ,プロトタイプ制作の作業を行った.

2015年度プロジェクトのゴミ分別アプリグループでは,2013年度から2014年度にかけて作成した英語版のゴミ分別冊子の単語リストを利用し,より利便性を高めるため,ゴミ分別Webアプリ,5374.jpの英語版に着手した[18].5374.jpは,一般社団法人コード・フォー・カナザワが市民のために開発したものである.野々市市による日本語版はすでに公開されていたが,英語版がなかったため,日本語版の開発に携わったコード・フォー・カナザワのメンバと何度も話し合いをし,協働作業という形で進めた.

並行して医療用アプリグループは,外国人患者が日本語が話せなくても医療施設関係者とのコミュニケーションを円滑に進めることができ,日本の診察の流れが理解しやすいようにWebアプリを開発した.開発段階のラピッドプロトタイプとして,手書きのアイディアスケッチやGUIのレイアウトを作成し,約3カ月に1回,保健センターや医療施設の職員,外国人住民からのフィードバックを受けながら,手書きスケッチ,アプリα版制作,アプリβ版制作とプロトタイプの改善を重ねた(図6).また,実際に外国人の患者に病院の受付でWebアプリを試用してもらい,患者と受付担当者のやりとりの様子を観察し,アプリの使い勝手を調査した.

図6 保健センタで意見交換の様子

2016年度プロジェクトでは,防災担当グループが,市役所の職員と話し合い,市が発行している防災ハンドブックの中から必要な情報を抜粋し,持ち運びがしやすい英語版パンフレットと災害避難所を表示してくれるWebアプリを開発した.パンフレットは,今まで取り組んだパンフレットのように既存の日本語を翻訳して英語版を作るのではないため,日本語版のプロトタイプの制作から開始した.何度も市役所の防災課からのフィードバックを受け,市発行のハザードマップ[19],石川県と石川県国際交流協会発行の防災ガイドブック[20]の情報も参考にした(図7).

図7 フィードバック後の検討会議の様子

3.活動成果

3.1 ゴミ分別Webアプリ5374.jp

ゴミ分別Webアプリ,5374.jpはHTML,CSS,JavaScriptで構成されるHTML5を使用し開発された(図8).利用者は,トップ画面より自身が住んでいる地区を選択することで,その地区におけるゴミ出しの日が何日後なのか,どの区分のゴミを出すことができるのか,ゴミの種類も確認することもできる.ソースコードは各自治体ごとにGitHubに掲載されている[21].野々市市の場合は,GitHubの中のカスタムドメインによりホストされている[22].

図8 5374.jp 英語版

英語版の制作にあたっては,言語データのCSVファイルを英語版に変更するだけではなく,Webアプリ自体の構成を多言語化に対応するように更新しなければならなかった.そこで,参加学生はCSVファイルをもとにExcelファイルを使用して,各ファイルのデータを英語に翻訳した.Webアプリはコード・フォー・カナザワのメンバが担当し,すでに石川県能美市で開発されていたバイリンガル版の5374.jpの技術を使用しWebアプリの構成を多言語化に対応できるように更新した.そのため現在,野々市市の5374.jpは,英語をデフォルトにしているが,Webアプリ自体が自動的に言語を検知し日本語設定の端末には日本語で表示されるように設定されている.

3.2 ホスピタルインタフェース

医療施設訪問をサポートするWebアプリ,ホスピタルインタフェースの開発にはHTML5を使用し,Webアプリ開発プラットフォームApplication Craft(以下AC)を使用した[23].ACは,アプリの機能を視覚的に配置,編集できるため,学生に基礎的なプログラミング知識があれば容易にアプリを制作できる.また,アプリのテスト版がモバイル端末で使用できるため,医療施設を訪問しての試行には実際のスマートフォンを利用し進捗状況の報告を行った.アプリの内容に関して医療施設や保健センタから受けたフィードバックも比較的容易に反映させられることも利点となった.

このホスピタルインタフェースは,市が提供してる医療施設に関するオープンデータを用いて,市内にある病院の位置を示すマップ機能も搭載した.また診察を受けるプロセスに沿って,アプリトップページにて「問診票の記入の仕方」・「診察場所の確認」・「症状の伝え方」・「医師からの指示等を日本語と英語で表記できる機能」・「薬の服用方法の説明」を選択することができる.さらに,外国人患者と病院の受付担当者や看護師が,相互にスマートフォンを介してコミュニケーションを取れるように配慮した.たとえば「症状の伝え方」では,患者は身体の部位をタップし,鈍痛や鋭い痛みなどの種類を選択し伝えることができる.受付担当者は診察場所を画面上で選択し,患者へ知らせることで,次にどのような行動を取る必要があるかを伝えることができる.完成したWebアプリは,Community-Oriented Technology(COTech)Lab のGitHub にアップロードした[24],[25].

3.3 災害避難所表示アプリ

災害避難所表示アプリの開発でもHTML5を使用したが,Webアプリ開発プラットフォームはMonacaを使用した[26].Monacaは,有料版ライセンスを購入することで,複数の学生が同時に一つのプロジェクトを制作できる環境があり効率的に作業を行うことができた.また上述のAC同様,アプリのテスト版がモバイル端末で使用できるため,学生たちは常時スマートフォンを利用してアプリの動作を確認することが可能であった.

災害避難所表示アプリでは,災害避難所や避難時の流れなどの情報は,並行して作業を進めていた防災パンフレットから抜粋している.利用者は,居住地域に合わせて「一次的避難場所」,「拠点避難場所」の確認ができ,メインマップ画面では,自身の位置情報から最寄りの拠点避難所が表示される.また各避難所には,避難場所を示す案内看板が掲げられているが,日本語で表記されているためこの看板の意味を理解していない外国人居住者が多かった.そのため,各拠点避難所を訪問し写真を撮り,アプリ内で各避難場所のマップ,避難所案内看板の画像と避難施設の画像を表示することで,避難場所の存在を伝えることにした.各避難場所を示す画像は問題なく表示されているが,このWebアプリの開発においては,作業の途中で一部のスマートフォンのメインマップの表示が不能になるなどの不具合が発生し,今後も作業を継続し,改良していく必要がある.このWebアプリも,ホスピタルインタフェースと同様に,Community-Oriented Technology (COTech) Lab のGitHub にアップロードした[27],[28].

完成したWebアプリは,外国人住民にすぐに使ってもらえるように英語版パンフレットにQRコードを掲載して,コードを読み取れば無料で使用できるようにした.医療Webアプリ,ホスピタルインタフェースのQRコードは,市内医療機関一覧マップの英語版に掲載,災害避難所表示アプリのQRコードは,防災パンフレットの英語版に掲載した(図9図10).ゴミ分別Webアプリ,5374.jpの英語版は,一般社団法人コード・フォー・カナザワのWebページより無料でダウンロードできる.

図9 ホスピタルインタフェースと医療機関一覧マップ
図10 災害避難所表示アプリと防災パンフレット英語版

4.考察

4.1 プロジェクト指導における留意点

本プロジェクトでは,デザイン思考を使い,在住外国人にインタビューを実施し,ニーズに合った情報を提供することを通して,在住外国人の生活における体験的・機能的価値を高めるモノ・コトを学生自身の手で実現させることを試みた.以下に活動を実施するにあたっての留意点をデザイン思考のプロセスに沿って示す.

初期問題設定:本プロジェクトでは,市が市民に提供している情報やサービスと市在住外国人の求めるニーズとの間にあるギャップの調査とした.問題設定はその後のプロジェクトを大きく左右するため,あまり広範囲にならないように設定しなければならない.設定が狭すぎると問題を発見する機会が失われることも念頭に,プロジェクト開始前にファシリテータである指導教員があらかじめ設定しておく必要がある.

リサーチ:問題を発見する前の観察,情報収集では,何から始めていいのか分からない学生もいた.そのため,テーマに関する現状理解をすることを目的としてファシリテータは適時にアドバイスをする必要がある.本プロジェクトの場合,市のWebサイトと市役所内にて,どのような情報が,どこで,どのように,いつ提供されているのかを把握することから始まった.そして対象ユーザ,つまり外国人住民にコンタクトをとり,インタビューを実施した.

分析:ここでは,アンケート結果など定量的に測れるものの分析は分かりやすいが,インタビュー等の定性的情報から問題を定義し,深い分析や住民の感情に寄り添った分析ができないグループも見られた.その場合は「共感マップ」や「カスタマージャーニーマップ」などの思考ツールを教員が状況に合わせて提示することで,学生に活動の方向性を示し内容理解を促進させることができるファシリテーションが非常に重要な役割となる.

統合・課題の再定義:課題に対する解決策として,ユーザと地域の特性を考慮したアイディアを統合することを意識させる必要がある.本プロジェクトの場合,外国人住民のコミュニケーションを課題と捉えると,「より高性能の翻訳機が欲しい」というニーズがあるのは容易に検討がつく.しかし,病院に行く際に,母国と日本における診察手順の違いが分からないことへの不安があることが分かれば,どのようにその不安を解消することができるのか,診察の流れを知らせることで準備を図ることができるのではと考えられる.あるいは日本は安全という意識から,防災の準備ができていない現状からは,防災意識を啓発し地域の特性に合わせた具体的避難手順や避難場所を知らせる方法が必要になってくる.外国人住民が少数派の場合もあるが,課題に対する「重要度」と「緊急度」の尺度でモノゴトを捉え,その地域で生活する上で必要となるものは「取り組む課題」として設定することの大切さも共通認識として持たせなければならない.このように安易な解決策に至らないように課題再設定には時間をかけ,解決策を地域の特性を考慮したアイディアを統合するようにアドバイスしなければならい.

プロトタイピング:プロトタイプの段階では,常にユーザである外国人住民や関係者と共創する関係性や環境を築くことが重要である.アプリ制作におけるプロトタイプは,そのプロトタイプの目的をフィードバックをもらうユーザと共有することが重要である.UIスケッチの場合は,ユーザとともにアイディアを共創するのが目的であり,アプリの試作版では,アプリの使い勝手自体もそうだが,受付担当者と外国人住民とのやりとりの中で,どのようにアプリの画面上でやりとりするか,必要あるいは不必要な機能や言語/視覚表現の有効性を確認することである.

4.2 実施過程での問題点と対応策

次に,成果物の実現に向けて実際に発生した問題と対応策の例を以下に挙げる.

ゴミ分別Webアプリ,5374.jpの英語版制作過程においては,市が発行するパンフレットにほかの団体(コード・フォー・カナザワ)が開発したWebアプリのQRコードは載せられないことが判明した.この時点ではゴミの分別方法に関する情報はオープンデータ化されていなかったためである.このため,作業をしていた学生たちから,ゴミの分別方法に関する情報のオープンデータ化を推進してほしいという要望が生まれ,市に提言することができた.その結果,現在ではゴミの分別方法に関する情報はオープンデータとして市のWebページにて公開されている[29].

医療用Webアプリ,ホスピタルインタフェースと医療施設マップの作業では,他言語を話せる医師や女性医師がいる施設情報が欲しいというニーズに応えるため市の医療機関一つひとつに問い合わせて調査したが,医師の治療分野などの細かい情報を網羅するのは困難をきわめた.よって,「市内医療機関一覧・マップ」 に他言語に対応している医療機関の情報を公開している,石川県国際交流協会のWebアドレスを掲載することや,女性医師の情報は保健センタへ直接問合せてもらえるように,問合せ先情報を記載することで対応した.以上のように制作過程で直面した困難を関係者とともに一つずつ検討することで,それぞれの問題に合った解決案や代替案を導き出せた.

4.3 教育的効果と今後の課題

次に学生のリフレクションログよりプロジェクトの教育的効果と今後の課題を考察する.

「学生でも地域社会に貢献でき,街づくりの一端を担うことができた」,「普段あまり会うことのない学外の方々,他学科・他学年の学生と活動ができ視野が広がった」,「チームをまとめる役割が経験でき,リーダーシップに関して考える非常にいい機会になった」,といった声が聞かれ,学生主体の活動を経験することで協働するスキルを得たことが分かる.このリーダを経験した学生には,プロジェクトの途中でファシリテータから作業の分担方法や負荷を抱え込まないようにアドバイスをしていたため,プロジェクトが進むにつれ自分の役割とメンバの役割のバランスを上手く取れるようになった.一方で,「グループ活動を通してメンバ全員が情報を共有することの大切さを理解した」など学生同士の情報共有が上手くできていなかったという意見もあった.プロジェクトのメンバ間での情報の共有方法は,大学のEメール,Slack,Brabioなどの情報共有ツールを使用していたが,毎日チェックをしない学生との連絡に苦労したようだ.ミーティングやファシリテータへの報告を定期的にするように計画するなどの対策が必要とされる.

文化面では,「ごみを種類別に分別するなど日本人にとっては当たり前のことでも,ほかの国の人にはそうでないこともあるので他国の文化も理解して相手の視点で物事を考えることが大切だと感じた」,「病院や公共施設などのサービスが言葉の問題で受けられない人たちがいることに気づいた」など,異文化理解の機会となった.英語学習に関しては,「英語をもっと学びたいと感じた」,「英語学習を続けるモチベーションに繋がった」などのコメントがあったが,学生にとっての学習効果を測るために,今後はこのようなPBLを英語科目の正課の授業に取り入れる際の総合的能力評価方法(Integrated Perfomance Assessment)[30]を開発する必要があり,評価方法の開発に取り組むことも今後の課題である.

新しく野々市市に転入した外国人住民からは「家庭ごみの分別表」やゴミ分別Webアプリ5374.jp, 市内の地図が見られる「コミュニティバスのっティ時刻表」が引越後すぐに役立つとの意見もいただいているが,まだ実際の活動状況の把握まで至っておらず,どのような動きがあるのかGitHub上での履歴データを収集していくことも今後の課題である.

本プロジェクトの連携先の野々市市からは,「本市の定住外国人数は,ゆるやかな増加を見せているが,日本語が分からない人向けの行政サービス案内は満足なものではないのが現状である.本活動では,そういった方々の声を聴き,ニーズを捉え,そのニーズに合ったものを提供していただいたと思っている.今後,市としても,ますますの外国人向けの情報発信をしていきたい」(野々市市役所)[31],「平成27年4月より防災ハンドブックを発行し,市民に対して日頃の備えなど,防災に対する意識の高揚を図ってきたが,外国人住民向けの対策は進んでいなかった.今回作成していただいたパンフレットを用いて外国人の方への防災意識の向上を図るとともに,今後も外国人向けの情報発信を継続していきたい」(野々市市環境安全課)[32]とのコメントをいただいており,前述のゴミの分別方法に関する情報のオープンデータ化同様この活動が市への働きかけになっており,学生の励みにもなっている.

総合して,この活動によって学生たちは自分の専門の枠を超え,キャンパスの外での活動を通し,自らの社会における役割やこれからの目標を発見する機会になったといえるが,上述の課題も残されており今後も改善を加え臨みたい.

5.おわりに

このプロジェクトは今後も継続し,今まで実施した調査を踏まえ,さらに多くの職種,年齢の外国人住民へのインタビューを実施し,デザイン思考を用いた調査を進めていく. また,市と後続の学生が協力して現在までに作成した英語版冊子の電子版を常にアップデートして新しい情報に更新していく計画である. 医療施設サポートアプリ,ホスピタルインタフェースと災害避難所表示アプリは使用者にアンケートをとって使いやすさを評価してもらい,改良を加える必要がある.成果物を作成するだけではなく,今までの活動の成果を住民に開示し多くの住民に知ってもらい,使ってもらう方法も模索していかなければならない.そのために,今後も関係部署との協力体制を整えていきたい.

謝辞 2014年度,2015年度,2016年度の本活動は,大学コンソーシアム石川の地域連携事業の助成を受けて実施したものである.調査・評価実施にあたりご協力いただいた外国人住民の方々,野々市市役所,保健センター,医療施設の皆様に深謝いたします.さらに,学生を支え協働を実施していただいた,一般社団法人コード・フォー・カナザワ代表の福島健一郎氏をはじめメンバの皆様に感謝の意を表します.

参考文献
  • 1)法務省:在留外国人統計,http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touroku.html
  • 2)石川県:県内外国人住民数,http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kokusai/gaikokujin/chosa.html
  • 3)Kelley, D. and Kelley, T.:Creative Confidence:Unleashing the Creative Potential Within us all. Crown Pub (2013).
  • 4)東洋経済新聞社:住みよさランキング2016, http://toyokeizai.net/articles/-/122614
  • 5)Donnelly, R. and Fitzmaurice, M.:Collaborative Project-based Learning and Problem-based learning in Higher Education:a Consideration of Tutor and Student Role in Learner-focused Strategies. In O'Neill, G., Moore, S., McMullin, B. (eds):Emerging Issues in the Practice of University Learning and Teaching Dublin, AISHE/HEA. pp.87-98 (2005).
  • 6)Roschelle, J. and Teasley, S.:The Construction of Shared Knowledge in Collaborative Problem Solving. In O’Malley, C. (ed.):Computer Supported Collaborative Learning Berlin:Springer-Verlag. pp.69–197 (1995).
  • 7)Beckett, G.:Teacher and Student Evaluations of Project-based Instruction. TESL Canada Journal Vol.19, No.2, pp.52-66 (2002).
  • 8)竹俣一也,松石正克,松本重男,古川哲郎,山川武人:地域社会と連携した創造性工学教育.工学教育,Vol.54, No.2, pp.15-21 (2006).
  • 9)井上 明,金田重郎:実システム開発を通じた社会連携型PBLの提案と評価, 情報処理学会論文誌,Vol.49,No.2, pp.930-943 (2008).
  • 10)青木秀幸,鎌田元弘,山上登久:地域連携型PBLにおいてチームの教育機能を高める協同学習支援の実践とその評価, 工学教育, Vol.57, No.3, pp.71-77 (2009).
  • 11)粂野文洋,辻村泰寛,大木幹雄,山地秀美:現実の地域課題解決を対象としたソフトウェア開発PBLの実践,情報処理学会論文誌 教育とコンピュータ(TCE),Vol.2, No.1,pp.25-40 (2016).
  • 12)権藤克彦:ソフトウェア工学の共通問題:6.ソフトウェア開発教育における共通問題.情報処理,Vol.54, No.9, pp.898-902 (2013).
  • 13)内平隆之,中塚雅也,布施未恵子:学生地域活動コミュニティの課題と組織的支援.農林業問題研究,Vol.49, No.2, pp.255-260 (2013).
  • 14)新村知子,桑村佐和子,山岸倫子:日米Map Project-e-Learningと合同合宿を通した異文化交流と社会貢献. 石川県立大学年報:生産・環境・食品:バイオテクノロジーを基礎として, pp.50-57 (2012).
  • 15)Gough, W. M. and Kato, K.:Community Outreach and Autonomous Learning. In Clements, P., Krause, A., Brown, H. (Eds.):Focus on the learner. Tokyo:JALT. pp.406-551 (2016).
  • 16)佐宗邦威:21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由,クロスメディア・パブリッシング (2015).
  • 17)野々市市Webページ:https://www.city.nonoichi.lg.jp/
  • 18)5374.jp:http://5374.jp/en/index.html
  • 19)野々市市:野々市市手取川・高橋川・安原川洪水避難地図,HAZARD MAP
  • 20)石川県・公益財団法人石川県国際交流協会: 外国人のための防災ガイドブック (2015).
  • 21)GitHub:https://github.com/codeforkanazawa-org/5374
  • 22)5374.jp 野々市市custom domain:nonoichi.5374.jp
  • 23)Application Craft:https://www.applicationcraft.com/
  • 24)Community-Oriented Technology (COTech) Lab:https://github.com/cotech-lab/hospital
  • 25)GitHub:http://cotech-lab.github.io/hospital/
  • 26)Monaca:https://ja.monaca.io/
  • 27)Community-Oriented Technology (COTech) Lab:https://github.com/cotech-lab/disaster
  • 28)GitHub:https://cotech-lab.github.io/disaster/www/
  • 29)野々市市Webページ,オープンデータ:https://www.city.nonoichi.lg.jp/hisyo/opendata/opendata_top.html
  • 30)A-Hauck, B., Glisan, E. W. and Troyan, F. J.:Implementing Integrated Performance Assessment, American Council on the Teaching of Foreign Languages (ACTFL). (2013).
  • 31)金沢工業大学 Design for the Community:地域貢献型学生プロジェクト報告書,公益社団法人大学コンソーシアム石川,pp.100-103 (2014).
  • 32)藤井清美,松下臣仁,ロバート・ソンガー:野々市市情報発信の英語化,地域課題研究ゼミナール報告書,公益社団法人大学コンソーシアム石川 (2016).
藤井 清美(非会員)kfujii@neptune.kanazawa-it.ac.jp

金沢工業大学基礎教育部英語教育課程,准教授.オレゴン大学大学院東アジア言語文学部修士課程(外国語教授法)修了.コロラドカレッジ文化コーディネータ,ローレンス大学講師,アリゾナ大学講師を経て,2010年より現職.

松下 臣仁(非会員)omihito@neptune.kanazawa-it.ac.jp

金沢工業高等専門学校グローバル情報学科,教授.セントマイケルズ大学大学院修士課程(第二言語としての英語教授法),イリノイ工科大学大学院修士課程(デザイン方法論)修了. 2003年講師就任,准教授を経て,2016年より現職.

ロバート・ソンガー(非会員)rsonger@neptune.kanazawa-it.ac.jp

金沢工業高等専門学校グローバル情報学科,准教授.ロチェスター工科大学(ソフトウェア工学),北陸先端科学技術大学院修士課程(知識科学)修了. 2012年講師就任,2017年より現職.

ニコラス・ダフ(非会員)nduff@neptune.kanazawa-it.ac.jp

金沢工業大学基礎英語教育センター,講師.セントマイケルズ大学大学院英語教授法修士課程修了.2013年より現職.

投稿受付:2017年5月8日
採録決定:2017年10月20日
編集担当:安崎篤郎(湘南工科大学)