デジタルプラクティス Vol.9 No.1 (Jan. 2018)

気象データとその新しい利活用にむけて

越塚 登1

1東京大学 大学院情報学環/気象ビジネス推進コンソーシアム会長 

気象データは社会や生活のあらゆる面の基盤である.現在気象庁等,多くの組織が気象データの利活用を進めているが,これまでは気象条件が極度な影響を与える分野に限られていた.現在では気象データはあらゆる経済活動に影響することが分かってきており,気象庁が中心となって,気象ビジネス推進コンソーシアムを設立し,さまざまなビジネス分野での利活用を推進している.本稿では本コンソーシアムの活動を紹介する.

1.はじめに

気象データは基本的にオープンなデータであり,さまざまなデータが公開されている.しかしながら,気象データのビジネス活用はまだ不十分.そこで,気象とビジネスをさらに密に結びつけるために,気象ビジネス推進コンソーシアムという産学官連携の組織を2017年3月に立ち上げた.ウェザーとビジネスを掛け算するコンソーシアムだということで,WXBCという略称にしている.図1にコンソーシアムの体制を示す.データのビジネス推進が主目的ということで,コンソーシアムの会長はIT分野の私が仰せつかったが,コンソーシアムの副会長には気象の大家である東京大学大気海洋研究所の木本昌秀教授にご就任いただき活動を支えていただいている.

図1 気象ビジネス推進コンソーシアムの体制

気象データの災害対策への利活用は進んでいるが,気象データをお金に換える,気象データを利活用したビジネスはまだまだ十分ではないため,これを産学官一体となって推進していこうということが,本コンソーシアムの設立趣旨である.

2.気象ビジネス推進コンソーシアムの活動

そのための活動として,気象データをビジネス活用するための調査・実証,気象データを活用できる人材育成を行っている.そもそもどんな気象データがあるのかを周知することから必要だと考えている.たとえば,最新の気象衛星ひまわりからは,テラバイト級のデータが毎日毎日送られてくる.可視光で撮影した画像データだけではなく,多様な波長の電磁波で撮影したデータもある.人材育成の観点で,ひまわりをはじめ,気象についてどのようなデータが収集されているかを解説する講習会も開催している.

コンソーシアムの組織としては,上述の人材育成のワーキンググループと,気象データのビジネス適用の可能性を検討する新規気象ビジネス創出のワーキンググループの 2つのワーキンググループを主軸としている.当該分野での評判も高く,会員数は現在280を超え,多くの企業にご参加いただいている.2017年3月に開催した設立記念フォーラムは,気象庁長官のご臨席も得て,非常に多くの方々にご出席いただいた.

気象データを知ってもらうことが非常に重要なので,気象データにはどういうものがあり,その取得の方法やこれまでの活用事例などを紹介するセミナーを2カ月に1回くらいの頻度で開催している(図2).

気象データの活用は都会のみならず地方においても非常にニーズが高いと思い,地方でもセミナーを開催している.また,「気象データ分析チャレンジ!」とか気象データ・アイデアソンといった,ハッカソン・アイデアソンの活動も進めている.気象庁とアイデアソンという組合せは,なかなかイメージしにくいかもしれないが,どんどん変えていこうと進めている.

図2 気象ビジネス推進フォーラムの活動履歴

3.気象データの特徴

気象データの価値と活用の可能性を考える.たとえば,気象データ高度利用ポータルサイト☆1は,誰でも簡単に気象データにアクセスできるように,気象庁が2017年の3月に立ち上げたWebページである.気象データには気象庁がWebページで公開しているデータに加えて,実費で配信しているデータや,データが巨大でインターネットでは配信できず専用回線で出しているものなど,いろいろあるが,それらのカタログがここに整備されている.インターネットで公開されているデータだけでも,各種観測データや予報のデータ,災害のデータなど非常に多くの種類がある.

私自身,気象ビジネス推進コンソーシアムにかかわるまで気象データにアクセスする機会がなかったので,このたび気象データはオープンデータであるということに改めて気づかされた.オープンデータであるのは当たり前だと思うかもしれないし,「販売」しているデータもあると思う方もいるかもしれない.しかしながら基本的な考え方としては,データはオープンである.料金を徴収している場合も,配信コストの応分負担という考え方でデータの対価ではない.そのため,いったん入手したデータは,基本的には再配信しても構わない.たとえば,気象衛星ひまわりのデータの配信には当然大きな経費がかかるので,その取得には若干の負担は必要だが,入手したデータは,再配信を含めたさまざまな利用が可能である.データに値段がついているわけではなく,二次利用可能なので,オープンデータだといってよい.

気象データの活用で,自由にはやれないことがある.それは予報である.予報業務は気象業務法で決められており,予報を発表するためには予報業務許可が必要である.この規制を緩和してほしいという声は高いようで,WXBCの中でも議論になっている.現在までは,間違った気象予報がもたらす社会的影響の大きさを考え,予報には業務許可を求める考え方をとっている.

情報通信技術の観点でいうと,オープンデータの理想的な技術配信形式はXMLやJSONであるとか,Linked Dataの形式としてRDFが望ましいと普通は考える.しかし,気象データの場合データ量が膨大となるため,これらとは違った配信形式が必要である.たとえば,データベースのバイナリイメージを配布するとか,それを扱うツールも含めたVM(Virtual Machine)で配布することを考えてもよいだろう.

4.気象データと経済活動の関係

気象データとビジネスの相関は古くからよく知られているが,いくつか例を挙げてみたい.少し古い統計だが,気象に敏感な産業は米国のGDPの約3分の1,約3兆ドルもある[1].金融,保険,不動産,サービス業,小売業,卸売などがその中に入る.気象の影響を直接受ける産業はGDPの約10%もある.農業,建設業などが,これにあたる.実は,これほど影響がある割に,これらの業界でも気象データはあまり使われていない.調べれば調べるほど,意外と農業で使っていない.テレビで天気予報を見て判断することはあっても,データをきちんと使っている例は少ないと思われる.

建設,エネルギー,レジャー,金融などの産業でも同様である.たとえば2001年に米国では,顕著な気象現象によって118億ドルの被害があったと推計されている.特に航空機産業は気候の影響を非常に大きく受けており,激しい気候による航空機遅延による経済損失は60億ドル程度ある.

経済産業省の過去のレポート[2]で,気候,温度,気温とさまざまな消費支出の間の相関関係が検討・調査されており,なかなか興味深い結果が出ている.たとえば,表1に示すように降水量が1ミリ以上の日が1日増えると一人当たりの消費支出は300円減少する.特に消費支出の中でも洋服や靴,履物などが減少する.

表1 降水量1mm以上日数と消費支出との関係(経済産業省資料[2]より転載)

言われてみれば直感とかなり近いが,データからエビデンスベースで考えることが重要である.明日,小売店で何が売れるかは,天気が非常に重要なファクタである.この影響を如実に受けているのが,たとえばコンビニエンスストアである.WXBCのシンポジウムで,天候が一番影響して困る商材を伺うと,たとえば「お蕎麦」という答えがかえってきた.気温の閾値があって,それより高いと飛ぶように売れるが,それより低いとまったく売れない.気温が高くても低くても,お弁当やおにぎりはそこそこ安定している.しかし,お蕎麦は本当に気温を見て仕入れないと,すぐ売り切れてしまうときもあれば,売れ残ってしまうときがあり,しかも食材の性質上,日持ちがしないため扱いが大変だとのことだ.

また,明日,台風が来るというと,傘が飛ぶように売れるし,停電のおそれがあれば電池が売り切れる.天候だけでなく,テレビがどうコメントするかによって売り上げがまったく変わる.

明日の天候に基づいて何を仕入れるかの判断を日本全国で一斉にやると,今度は供給が追い付かない.急に必要だといわれても,生産を急に増やせないし,物流も追い付かない.そうなると気温とか,気象の状況に応じて店舗だけでなく,物流,生産まで含めてダイナミックに調整することが必要だと感じている.

ほかの例も紹介すると,4月から6月は雨が降ると消費支出が減少する傾向がある(表2).特に交通,通信にそういう傾向がある.春先の4月から6月は日照時間が長いほど消費支出が増え,秋口は逆に,晴れると消費支出が減るという,逆の相関もあり,季節によって日照時間の長さの影響が異なる.雨の影響を最も受ける品目は,洋服・履物等である.

表2 4〜6月の降水量1mm以上の日数と消費支出との関係(経済産業省資料[2]より転載)

また,気温と経済発展の意外な関係を指摘する研究もある[3].寒冷な気候が経済発展にプラスの影響があるという仮説で,そこでは時間コストという概念が導入されている.時間コストとは,時間の経過とともに物の価値が毀損される,という考え方である.この時間コストは,気象に大きく影響されると考えられる.

すなわち,温暖地域は時間コストが高く,たとえば食べ物はすぐに腐ってしまう.寒冷地域では冷蔵庫に入れなくても腐らない.これをトータルで見ると,経済に対するインパクトは結構大きくなる.この時間コストによって富の格差が生まれるという仮説が成り立つ.実際,分析すると気温が1度上がると経済成長率に約0.36%から5%程度マイナスの影響があるという研究がある.

この試算の正否にはさまざまな議論が想定されるが,仮に正しいとすれば温暖なアジア地域で,比較的寒冷なヨーロッパと同じ経済レベルを維持するためには,より多くの労働時間が必要だということになる.実際に統計を調べてみると,同レベルの国民総生産の国の労働時間を見ると,ヨーロッパ諸国に比べてアジア諸国が多くなっている.文化や社会の違いによる影響の方が大きいという解釈もあり得るが,こんなところにも実は気象がボディーブローのように効いている可能性がある.少なくともこうしたことを議論すべき価値はあるように思う.気象データを上手に活用することの重要性を感じる.

5.気象データの利活用事例

5.1 金融分野における気象データの利活用

気候変動はリスクという考え方も当然ある[4].これを扱う金融商品が,たとえば天候デリバティブである.雨で花火大会が中止になると,それを見込んで仕入れたり準備していた事業者は大損失を被る.そういう場合に備えた金融商品が天候デリバティブで,雨が降ると保険金が戻ってくるという仕掛けである.

農業関係でもこういったデリバティブ商品を使うことでリスク回避することが考えられる.天候デリバティブを金融商品として成立させるためには,気象データが命となる.実際にこの商品を開発したのは,実は別のことで有名になったエンロン社で,1997年に始まった.日本でも1999年から天候デリバティブビジネスが行われている.このように金融も天候ときわめて深い関係がある.

5.2 農業における気象データの利活用

農業に使われた例を紹介する.高知県の例で,4.3ヘクタールのトマトハウス(図3)を作り,温湿度,二酸化炭素濃度,日照などのデータを収集している(図4).肥料や水はコンピュータ制御で点滴で与えている(図5).さらに,二酸化炭素の供給も調整できる(図6).気温や湿度などに応じて,水と二酸化炭素の供給量を変えることができる.天候がどう影響するかというと,翌日,日照が多いことが予想されると,光合成が活発になる.光合成には光だけではなく,材料として水と二酸化炭素が必要になるので,これを供給しておく必要がある.それで,翌日の天気予報の日射量に応じて,二酸化炭素と点滴の水の量を事前に調整する.

図3 日本最大級のトマト園芸ハウス
図4 トマトハウス内の湿温度,二酸化炭素濃度,日照等を測定するIoTセンサ
図5 コンピュータ制御で水,肥料を供給する点滴装置
図6 コンピュータ制御で二酸化炭素を供給するビニールパイプ

これに経験知を組み合わせる.与える水と二酸化炭素の量を急激に増やすと,光合成が急激に起こり,成長してトマトの表面が割れてしまう.したがって「我慢」が必要で,急激な成長を抑えなければいけない.これまで,そこは経験知の領域であったが,今後は気象データとアルゴリズムで,より精度を高めることができるかもしれない.この例は,オランダから導入した最先端のIoT農業だが,それでも気象データの利用については,まだまだ潜在的な活用方法が残っている.

5.3 飲料自動販売機での気象データの利活用事例(大塚製薬)

次に,WXBCの第1回気象ビジネスフォーラムで発表された事例をご紹介したい[5].まずWXBCのメンバである大塚製薬の事例を紹介する.ポカリスエット等の飲料は,気温によって売れ方が大きく違ってくる.特に温かいものと冷たいものどちらが売れるかの境界が22~23度あたりにあるとのこと.そうすると,自動販売機でも気象データを直接扱って,気象の状況によってダイナミックに売り方を変えることが可能である.また,災害時に,災害発生中だというデータがあれば,自動販売機で飲料物資を無償で提供するように切り替えるといったことも気象データを活用して可能となる.

5.4 コンビニエンスストアでの気象データ利活用事例(ローソン)

次にWXBCの中から,別の事例をご紹介したい.コンビニエンスストアのローソンは,気象データも含めて,さまざまなデータを入力すると,明日何をどれぐらい仕入れたらよいかアドバイスをするAIエンジンを開発している.各店舗の店長は,これを見て仕入数量を決めることができる.これは,店側が何を仕入れるかということだけではなく,物流や供給側も同期しないと,小売の発注をコントロールしただけではうまくまわらない.いわば,気象データに基づいて社会全体をダイナミックに調整することが今後必要なのではないだろうか.

6.おわりに

気象のデータはさまざまな可能性を秘めている.本講演でご紹介した事例も,すべてが実現できているものではない.今後,気象データをどんどんビジネスに活用していくことをWXBCで積極的に進めていきたい.

謝辞 本稿作成にあたり,気象庁総務部情報利用推進課 情報利用推進調査官 佐藤豊様から有益なコメント多数頂戴しました.ここに感謝申し上げます.

参考文献
越塚 登(正会員)noboru@koshizuka-lab.org

1994年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了,博士(理学).東京大学大学院人文社会系研究科・助教授等を経て,2006年より大学院情報学環・学際情報学府教授.2002年より,YRPユビキタス・ネットワーキング研究所・副所長を兼務.2016年より,東京大学大学院学際情報学府 総合分析情報学コース長.

採録決定:2017年11月21日
編集担当:藤瀬哲朗((株)三菱総合研究所)/吉野松樹((株)日立製作所)

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