情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[CH]人文科学とコンピュータ研究会

 

1. 最近10年間の動向

人文科学とコンピュータ研究会(以下,CH研)は1989年5月19日に国立民族学博物館で第1回研究会発表会を開催して以来,情報技術を活用した人文科学分野の研究ならびに人文科学に関連する情報資源の記録・蓄積・提供手法といった,人文科学と情報科学の学際研究を対象としている.

CH研にとって2019年は30周年の節目を迎える.2019年5月11日の京都大学吉田キャンパスでの研究会発表会開催により120回の開催となり,情報処理学会の存在する研究会の中では,11番目の歴史を持つ1.そのうえ,CH研は当初より研究会の名称変更や統合を行っておらず,同一名称での研究会の長さとしては4番目であり,学際研究を対象としている研究会としては異例の長さであろうと思われる.

CH研では,1999年以降,年に一度査読付きシンポジウムを実施している.科学研究費重点領域研究「人文科学とコンピュータ―コンピュータ支援による人文科学研究の推進―」(研究代表者:及川昭文,1995~1999年)にて使用されていた略称名「じんもんこん」2をシンポジウムタイトルとしており,2018年12月に東京大学地震研究所で開催したじんもんこん2018は第20回目の節目であった.

最近10年間におけるCH研の登録人数および発表件数を表1に示す.登録人数は残念ながら右肩下がりである.これはじんもんこん第一世代とも言うべき立ち上げ時より参加していた方々の引退,デジタルヒューマニティーズ(DH)やデジタルアーカイブ(DA)に関連する学会・研究会・国際会議などのイベント乱立などの要因が考えられる.発表件数(定例の研究会発表会およびじんもんこんシンポジウムでの発表件数の合計)は横ばいであり,2018年度は増加した.また,実は最新の登録情報では,2019年度の登録人数としては220名であり,微増傾向にある.

表1 CH研における登録人数と発表件数

CH研究会発表会は2016年度まで年4回行っていたが,2017年度より3回とし,1回分(秋の回)を減らした.発表申し込みのタイミングがじんもんこんと同じであったため,じんもんこんへの発表申し込みの集中,ならびに秋に行われる同一趣旨のイベントとの競合を避けるなどの理由によるものである.じんもんこん2016の発表件数は36だったが,じんもんこん2018では59件と劇的に増加した.

ここ数年は定例の研究会において,ほぼ毎回企画セッションを催すことにしており,特に学生ポスターセッションでは奨励賞等表彰している.じんもんこんにおいても最優秀論文賞,ベストポスター賞,学生奨励賞等の表彰は定形化するまでに至った.

論文誌「人文科学とコンピュータ」特集論文を募集し,情報処理学会論文誌Vol.59, No.2に掲載することができた.これはCH研にとっては長年の夢であった.第2弾となる特集号も進めており,2020年2月号にて掲載することができ,今後も継続して企画を進めていきたい.

2. 研究分野の変遷

CH研における研究分野は多岐に渡る.文学・考古学・歴史学・文献学・言語学・民族/民俗学などの人文科学,美術・音楽・舞踊などの芸術学,さらには社会科学や地域研究などがある.そして,対象とするデータに特徴がある.各分野におけるデータとして,目録そのもの,テキスト,画像,動画,音声,時間,空間,3次元データなど様々である.さらに,2011年以降,とある研究発表を契機に,マンガおよびその関連も対象になった.

CH研における各研究目的の1つは,データの記録,蓄積,抽出,検索・発見,分類,提示である.これを実現するために,TEIなどのテキスト構造化,セマンティックWeb・LOD,テキスト処理,機械学習,モーションキャプチャなど情報技術が使われてきた.また,欧米を中心に立ち上がったデジタル・ヒューマニティーズによる追い風により,人文科学自体においてデータベース等の利用は当たり前になったといえる.さらに,「みんなで翻刻」のように,クラウドソーシングによりユーザからデータを蓄積するという新たな手法も社会的に注目されるようになった.

設立当初より,人文科学と情報学との交流,コラボレーション,出会い,また文理連携,文理融合をキーワードに,人文科学と情報学の議論と協働が目指されてきた.個々の研究成果が評価される中で,じんもんこん2015においては学融合や学際研究の諸問題を共有し,じんもんこん2017とじんもんこん2018で,連続して地震と人文科学の融合に関する基調講演を行ったように,ついに「文理融合」の実例が登場してきた.

CHと関連する国際会議は,DH(Digital Humanities conference)が中心であったが,最近ではJADH(Japanese Association for Digital Humanities)や,TEI・IIIF conferenceも開催されるようになり,CH研会員の参加も多い.

3. 今後の展望

「50年のあゆみ」に寄せられたCH研の課題において2,人文科学の知的生産に資するシステムとして有効性を実証する以前に,技術進歩のスピードに合わせてシステム開発を繰り返しているだけの現状に危惧されていた.そのために,システム開発からそのシステムを使った研究へのシフト,システムを共有する仕組みの構築についての提案がなされた.この10年で,まさに提案のとおり,開発されたシステムを用いて各分野が対象とするデータ処理は進められ,情報発見や解析,可視化などに寄与している.対象とするデータの質が異なることから,システムの共有は困難である.しかし,人文科学データの共有における諸問題,データの権利関係について,その情報資源の扱い方の重要性は分野を越えて共通しており,CH研が先導して発信していくべきと考える.

CH研は,学際領域に従事する研究者の交流の場から,学際領域研究を行う「人を育てる場」としてありたい.正直,学問としての体系化は難しい.CH研究を行う諸先輩方が着実に成果を重ねられ,一研究者,一教員となり,その数は少しずつ増えてきたが,専門の研究室は決して多くない.つまり,教育機関で学生や若手研究者の研究教育の機会を増やすことは厳しいだろう.しかし,学際的かつ挑戦的な研究を学生の頃から受け入れてもらえる分野も多くない.研究会の中で,学生発表ほか,定期的なアイディアソンやグループディスカッションを通して共創することが,領域超えるマインドを持ち,2足以上の草鞋を履く人材の育成につながると考える.

(鹿内菜穂)

[参考文献]

1)喜連川優:ITをイネーブラとするプラットフォーマ学会を目指す:若手やんちゃ枠も作りたい―会長就任にあたって,情報処理,Vol.54, No.7, pp.648–651(2013).
2)及川昭文:人文科学とコンピュータ,情報処理学会50年のあゆみ,pp.322–324(2010).
3)関野 樹:特集「人文科学とコンピュータ」の編集にあたって,情報処理学会論文誌,Vol.59, No.2, pp.256–256(2018).

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