情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[CG]コンピュータグラフィックスとビジュアル情報学研究会

 

1. 最近10年間の動向

本研究会は1981年にコンピュータ・グラフィクス研究会という名称で設立し,その翌年,グラフィクスとCAD研究会に名称変更を行った.そして,2015年まで33年間ほどこの名称にて活動を行ったが,最近のコンピュータ・グラフィクス(CG)分野は単なる画像生成にとどまるものではなく,名称と内容の乖離が生じていることから,2016年に現在の名称に変更を行った.

最近10年の研究会登録者数は280名ほどでおおむね安定しているが,ここ数年ほど若干の減少傾向がみられる.年4~6回ほど開催している定例の研究発表会回数は173回を数えるが,最近10年の発表件数は60件前後で安定しており,増加・減少傾向は見られないようである.

定例研究発表会以外では,1997年から画像電子学会ビジュアルコンピューティング研究委員会と共催してきたシンポジウムは,当該分野において最も権威のある国内学術会議に成長している.また,学生が主体となって運営・開催するビジュアル情報処理学生研究合宿を後援しており,次世代を担う学生の育成に貢献している.異分野との交流活動としては,2011年度より本会CVIM研究会と合同で研究会を実施しており盛況を得てきた.2014年度からはさらにDCC研究会も加えその規模を拡大させている.このほか,国内最大規模のゲーム開発者会議(CEDEC)との共催イベントや実装重視の研究発表会の開催など,企業との連携も積極的に推進しており,我が国におけるCG分野の研究会として,学会全体の発展にも寄与する諸活動を実施している.

表1 登録者数と発表件数

2. 研究分野の変遷

CGは画像の合成を主目的として誕生した分野であるが,その研究領域は大きく変化し,諸分野の新しい技術を取り込みながら進化を続けている.

2.1 物理ベースアプローチ

GPUと呼ばれる並列演算チップの登場は,複雑な物理現象の再現を可能とした.流体関連現象のビジュアルシミュレーションは特に発展した.煙や炎,液体などの表現にはじまり,はちみつやチョコレートなどの粘性流体,異なる性質を持つ複数の流体の混合(卵の黄身と白身など),クリームなどの泡の集合体など,さまざまな複雑現象の再現が可能となっている.雪のシミュレーションのために開発されたマテリアル・ポイント・メソッドは有名なディズニー映画にも使われ,注目を集めた.

仮想物体の輝度を計算するための光学現象のシミュレーション手法も大きく発展している.パストレーシング法という乱数を使った計算方法はこの10年で各段に進化した.光源から視点に届く光の経路(パス)を高次元確率変数と考え,このパス空間を効率的にサンプルするための数学的な理論に基づく方法が開発されている.メトロポリスサンプリング法を発展させた方法,鏡面反射をともなうパスを効率的に発見するmanifold exploration,微分画像を求めるgradient domain手法などが注目を集めている.

そのほか,画像ではなく,音を物理シミュレーショによって計算する研究も現れている.炎や水,破壊,服や紙袋の音など,さまざまな音を数値計算によって再現する試みが多数行われている.

2.2 デジタルファブリケーション

3Dプリンタの登場はCG分野へも多大な影響を与えている.CGは仮想物体を画像化することが主目的であるが,3Dプリンタはその実体化を可能とするからである.CG分野において培われた各種理論や計算アルゴリズムを応用することで,手作業では制作が困難なものが作り出されている.

具体例をあげると,CGで表現された光の反射や,透明感・半透明感を実体として再現する方法(特殊な表面加工や食品サンプルへの応用),目的の弾性を再現する方法(靴やおもちゃへ応用),髪の毛の質感を再現したフィギュアの生成などの手法が開発されている.また,光の屈折や反射,あるいは,影によって画像の提示を行う特殊な物体の生成に関する研究,紙飛行機や凧の設計手法など,アートや遊びの要素を含む研究が多いのもこの分野の特徴であるが,物理シミュレーションを利用した家具の設計手法など,実用的な手法も開発されている.

2.3 深層学習の応用

情報科学の多くの分野がそうであるように,深層学習の導入はCG分野でも急速に進んでいる.そもそもCG分野は計算によって画像や3次元データを作り出すことを目的としていたため,大量データを必要とする深層学習とは親和性がよいように思われる.

深層学習はCGにおけるあらゆる手法を凌駕しつつある.中でも進歩が著しいのは,画像処理やキャラクタアニメーションである.白黒画像のカラー化や欠損部分の補間,テクスチャ合成など,従来のアルゴリズムに基づく手法をはるかに凌ぐ性能が機械学習によって実現されている.キャラクタアニメーションについては,多数のモーションデータを学習することで,非常にリアルな動きが再現されている.最近では,ビデオ映像からその3次元的な動きを学習することも可能となっている.

機械学習によるアプローチはここ数年で急速に進化しており,いままさにホットな研究トピックである.人工知能分野からCGへ導入された機械学習であるが,逆に,それが人工知能分野の研究者に影響を与えるケースもあるようである.

3. 今後の展望

CG分野の研究として中心的なものと考えられているリアルな映像生成や仮想空間の構築に関する研究は継続的に行われていくと思われるが,大局的にはCG分野の誕生後の1970~2000年代ほどのインパクトを与えることはないように思われる.計算機性能の向上や機械学習の導入によって,今後数年以内に,実写並みのCG映像をリアルタイムに生成することが可能となるであろう.機械学習の応用は今後しばらく続くであろうし,5G通信の実用化はその傾向に拍車をかける可能性が高いであろう.ネットワークを通じて大量のデータを収集することが可能となるためである.同時に,ネットワークの利用を前提としたシミュレーションやレンダリング手法が開発されていくであろう.

単にリアルな画像を作るという意味でのCG研究は少なくなり,アニメータやクリエータの意図を適切に反映してCG映像を生成する仕組みやクラウドソーシングなどによって多人数が協調的にCG映像を作成する仕組みが登場するであろう.また,CG分野と他分野との融合も進んでいくであろう.CGによって精密なシミュレーションが行われるようになり,CG分野から新しい現象の発見が行われることもあるであろう.CG分野はこれまで他分野の技術を取り込みながら発展しており,どちらかといえばエンジニアリング的な要素が強い分野であるが,CG分野から新しい理論や現象の発見が生まれ,CG分野がサイエンスとしての地位を確立していくことを望む.

(土橋宜典)

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