情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[DBS]データベースシステム研究会

 

1. 最近10年間の動向

データベースシステム(DBS)研究会(1982年にデータベース・システム研究会として設立,1992年に現名称に変更)は,2010年以降,角谷和俊(07–10),山名早人(11–14),森嶋厚行(15–18),そして現在の吉川正俊(19–)が主査を務めている.2007年には登録者数が597名とピークとなったが,以降は減少傾向にあり386名となっている.

DBS研究会は,情報の共有・検索・利用のための諸技術に焦点を当てた研究会であり,メディアデータおよびネットワークが形成する新しい情報環境を視野に入れながら,情報・コンテンツ処理およびデータベース技術への貢献を目指している.Webの登場後,いち早くWebや検索エンジンにかかわる研究分野を取り込むとともに,ソーシャルメディア解析,ビッグデータ解析を含め「膨大なデータに基づく広範なデータ処理技術と応用分野」をカバーするなど,広がりを持つ.DBS研究会は,研究発表会を以下で紹介するシンポジウムへの併設という形態により実施することで,多くの聴講者を集め,活発な議論の場となっている.

シンポジウム活動においては,電子情報通信学会データ工学研究専門委員会,日本データベース学会,ACM SIGMOD日本支部との密な連携をとり,本分野にかかわる年間行事を運営している.

毎年春に開催するSoC(ソーシャルコンピューティングシンポジウム)から1年がスタートする.続くWebDB Forum(夏に実施)は,DB系,Web系で国内唯一の査読付シンポジウムとなっている.また,WebDB Forumは,国内における産学連携型シンポジウムのさきがけであり,企業スポンサーによるポスター発表やテクノロジーショーケースセッションの開催,企業による発表への企業賞授与などを導入し,他分野のイベントにも大きな影響を与えた.

表1 登録者数と発表件数

2016年からは,本会論文誌データベース(TOD)と連携し,TOD一般論文,およびテクニカルノートの発表の場となっている.

若手研究者の国際的な活躍を後押しすることを目的とするiDB(データベース,Web,情報マネジメントに関する若手研究者国際ワークショップ)は,トップクラスのメンターによる若手研究者の育成を目指したものである.博士課程の学生,ポスドクだけでなく,企業の若手研究者を中心に参加があり,ここでの議論をもとに,トップカンファレンス,ジャーナルへの投稿が行われている.なお,iDBは,2016年からWebDBフォーラム内で実施される運営となっている.

冬に行われるDEIM(データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム)は,発表件数が300件以上,参加者が500名を超える合宿形式のワークショップであり,ここで発表することにより,幅広い分野の参加者にアピールすることができるシンポジウムとなっている.

2. 研究分野の変遷

ビッグデータのブーム等もあり,データベース分野の研究はますます活況を呈した10年であったといえる.データベース分野は伝統的に,コンテンツそのものと,コンテンツを扱うシステムの研究が両輪として進展してきたという歴史を持つ.この10年も興味深いいくつかの展開があった.

2.1 NoSQLムーブメント

NoSQLムーブメントは,データベースコミュニティで大きな議論を引き起こした.なぜなら,このコミュニティが築き上げてきた価値観である「データ管理の高度化」を否定して昔に戻るように見えたからである.しかし,実際には時代の変化によって,新しいトレードオフポイントが現われたというのが実情であろう.第1に,SQLデータベースの単純な運用では難しい量のデータを扱いたい応用が出現したこと,第2に,それらのなかに,更新が不要,もしくは更新の問題が単純な応用が多かったことである.そのような状況では,その機能を犠牲にして,大量のデータベースを扱うことに特化した新しい時代の「NoSQL」は魅力的な選択肢だったのである.このような一種の「先祖返り」現象はこの分野でしばしば見られるが,最終的には落ち着くべき所に落ち着く.実際,NoSQLストアのうえにSQLデータベースの機能を実現するといった流れがその後出現している.

2.2 XMLからグラフデータ処理へ

1990年代後半から始まった半構造(Semi-structured)データ,XMLデータなどのいわゆる非定型データの扱いについては,この10年はより一般的なグラフデータを対象に活況を呈している.その1つの理由は,もちろん,WWWやSNSなど,グラフ構造を持つデータの応用領域が広がっているということであるが,かつてのXMLデータベース分野のように「論文を書きやすい」という側面もあるであろう.

2.3 時代に合わせたデータベースシステム研究

伝統的に,データベース分野においては,その性質上,時代のホットトピックを考慮したデータベースシステムの研究が活発になるという傾向がある.第1に,この10年に関しては,以前にも増してコンテンツ指向の研究が増加したように感じられる.以前よりデータベース分野では,アソシエーションルールの発見といったデータサイエンス指向の研究や,データ品質向上やデータ統合といったデータエンジニアリング指向の研究が行われていたが,近年のデータサイエンスブームもあり,交通,災害,料理といったさまざまな応用分野についてのコンテンツ指向の研究が増大してきた.第2に,他の分野と同様に,機械学習・深層学習ブームの影響を受け,これらを活用したデータ管理の研究が増えている.ただし,データベース分野においては他の一部の領域と比較して,機械学習アプローチに研究が浸食されてしまうという印象は現時点ではあまりない.これは,本分野が扱う問題が多様であることに一因があるように思われる.第3に,以前見られなかったものとして,クラウドソーシングとデータ管理にかかわる研究がある.

3. 今後の展望

データベース分野はこれまでも,データサイエンス,データ工学といった言葉に代表されるコンテンツの科学と工学の研究と,それらを支えるシステムの研究を両輪として進めてきた.これからもそのアプローチは継続して進められるであろう.データベースシステムは「データはきちんと管理する必要がある」という哲学に基づくため,NoSQLムーブメントなど,「それほどきちんと管理する必要はないからとにかくスケールしてほしい」という要求に対しては,データベースコミュニティの反応は鈍い傾向にある.そのような要求は一時的なものであり,いずれきちんと管理したくなるということを我々は知っているからである.しかし,マーケットの規模を考えると,そのような時代の要求も素早くキャッチして進めていく必要はあるだろう.また,トレンドに合わせたデータ管理としては,ブロックチェーン等の技術と組み合わせたデータ管理がホットトピックになることが予想される.これらの研究を進めるなかで,我々の成果が社会の発展にますます寄与することを願う.

(吉川正俊,山名早人,森嶋厚行)

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