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最終更新日:2003.11.28

3.論文誌

 

3.論文誌

3.1現状の問題点の把握と分析

 論文誌編集委員会では、平成8年度、アンケート調査を行ったが、その結果の分析により、以下のような特記すべき点が明らかになった。

  1. 現状では、入会の動機として、「論文誌への投稿」が「論文誌の購読」を抜いている。学位や昇進の資格取得要件として論文誌への採録が大きな役割を果たしていることがうかがえる。
  2. 利用の程度については、「毎月目次程度は見る」と「保存して必要に応じて読む」が34%で並んで1位で、電子化においても、毎月の目次のウェブページ公開(既に抄録まで公開)と、少し年月の経った号の全文ウェブページ公開(事務局で検討中)がサービス向上になると思われる。
  3. 論文誌の内容については、21%が「よい論文がそろっている」と答え、6割が「程度の悪い論文もたまにある」と答えている。両方を合わせると8割になる。「程度の悪い論文が多い」という回答は7%と少なく、内容に関してはかなりの評価を得ている。
  4. 掲載論文の評価に関しては、高い評価を得たのは、「信頼性」「評価・比較検討」「論文としての体裁」で、高いという評価が1割程度にとどまっているものは、「独創性」(8%)と「再現・再認するに十分な情報が提示されているか」(11%)の2点であった。総じて、論文としての形式は高い質を保っているが、アイデアの面白さや、アイデアの活用に十分な情報の提示に関しては不十分との評価が得られている。メタレビュー制度の導入がこの点を改善すると期待している。
  5. 査読報告に関してはよく査読されているという回答が61%、十分に査読されているとはいえないが22%であった。メタレビュー制度の導入がこの点を改善すると期待している。
  6. 査読のばらつきについては、ばらつきが大きいとの意見が36%あり、査読者の質に関しても、質の悪い査読者がたまにいるとの回答が6割もあった。一方、質の悪い査読者が多いという回答は3%と極めて少ない。一部の査読者に問題ありと思われる。メタレビュー制度の導入がこの点を改善すると期待している。
  7. 他の論文誌との比較では、欧文誌と比べても比肩するが3割あったが、劣るが56%と多い。電子情報通信学会、日本ソフトウェア科学会誌、人工知能学会誌との比較では、優れているが劣っているを大きく上回り、比肩するとの回答が多い。これら国内誌との比較においては概ね優れていると評価されているようである。投稿先を選ぶ理由に関しては、欧文誌はサーキュレイションとプレステイジが1位2位、情報処理学会は、専門性とプレステイジが1位2位、電子情報通信学会は専門性と採択率の高さが1位2位であった。良く言われるように、査読期間の短さが電子情報通信学会に投稿が流れる主たる原因であるとの仮説は、このアンケートを見る限りにおいては当たっていない。むしろ、採択率の高さが電子情報通信学会を選ぶ主たる理由であることが分かる。論文誌の質を下げずによい論文を積極的に採録するには、オリジナリティやすぐれた萌芽的アイデアに対する評価を高くすることが有効と考える。メタレビュー制度、ゲストエディター制度、推薦論文制度の導入がこの点を改善すると期待している。
  8. 査読制度に関して何が問題ですか?との質問に対しては、「査読期間の長さ」が4割、「査読者の質」が2割で群を抜いている。査読制度の改善により、査読期間は大きく短縮される。メタレビュー制度の導入は査読の質の向上をもたらす。
  9. 査読基準に関して何が問題ですか?との質問に対しては、「オリジナリティに対する判断」と「すぐれた萌芽的アイデアに対する判断」が共に19%で1位、これに「システム開発に対する評価判断」と「有用性に対する判断」が14%、13%で続く。メタレビュー制度、ゲストエディター制度、推薦論文制度の導入がこの点を改善すると期待している。
  10. 査読の甘い分野、辛い分野に関しては、応用、システム、ソフトウェア工学、ソフトウェア、メディア情報処理、人工知能と認知科学、基礎理論と基礎技術が甘いという声が多いが、これらの分野はメディア情報処理を除くと査読が辛いと判断する声も多い。
  11. 論文誌の発行方法についての要望は、印刷、インターネット、CD−ROMの順で、少なくとも個人講読者の場合にはCD−ROM出版の需要に関して慎重に議論する必要がある。

3.2現状の評価

  1. 論文誌の内容は概ね評価されている。
  2. 掲載論文に関しての総評では、論文としての形式は高い質を保っているが、アイデアの面白さや、アイデアの活用に十分な情報の提示に関しては不十分である。
  3. 査読のばらつきが大きい。一部の査読者にかなり問題がある。
  4. 欧文誌と比べると劣るが、国内誌と比べると概ね優れている。
  5. 投稿先を選ぶ主たる理由は、欧文誌がサーキュレイションとプレステイジ、情報処理学会は、専門性とプレステイジ、電子情報通信学会は専門性と採択率の高さである。
  6. 査読期間の短さが電子情報通信学会に投稿が流れる主たる原因であるとの仮説は当たっていない。採択率の高さが電子情報通信学会を選ぶ主たる理由である。
  7. 論文誌の質を下げずによい論文を積極的に採録する必要あり。オリジナリティやすぐれた萌芽的アイデアに対する評価を高くすることが有効。
  8. 査読制度に関する問題点は、「査読期間の長さ」と「査読者の質」。
  9. 査読基準に関する主たる問題点は、「オリジナリティに対する判断」と「すぐれた萌芽的アイデアに対する判断」で、これに「システム開発に対する評価判断」と「有用性に対する判断」が続く。
  10. 査読の甘さ、辛さに関しては一概に判断できない。

3.3改善策の検討と実施

 これらの分析結果から帰結される改善策は、「査読の質の向上」、「投稿者へのサービスの改善」、「創造的研究の奨励」の3つの課題にまとめられる。
 近年、研究者が多忙となり、査読報告がかなり簡素になっている場合がある。また、編集委員会では、査読結果に対して疑問を感じることもたまに起きている。
 論文投稿を一層促し、質の高い論文を集め、論文誌を情報処理分野における基幹論文誌として一層育てるには投稿者に対するサービスの改善が重要である。中でも査読期間の短縮がもっとも望まれている。特に、査読辞退の続出や、判定が割れて第3査読者にまわることによって査読期間が長くなるケースを改善する必要がある。
 素晴らしいアイデアを、たとえそれがまだ萌芽的であって、十分に評価できる段階でなくとも、勇気をもって取り上げ、奨励することは大変難しい。しかし、それを行わないと、学会の指導力や競争力が急速に低下する。
 以上の問題を解決するには、査読制度の見直しと、査読基準の見直しが必要であるが、後者は価値観に関する問題であり、慎重な扱いが必要なことから、平成8年度は査読制度の見直しによって、以上の課題に関する改善を試みた。その結果、編集委員にメタレビューアの役割を果たしていただく改善策をまとめ、平成9年8月1日以降の受理論文から新制度を適用することにした。これにより、以下のような点が改善される。

  1. 査読者の選定に関して担当編集委員が責任を持って当たるので、査読辞退が生じた場合も速やかに対応することができる。
  2. 2人の査読者の他に、担当編集委員も投稿論文を査読する。担当編集委員は査読者の報告に疑問があるときには個別に意見を求めることができ、これに基づき総合的に判断した結論を編集委員会に報告する。査読者の誤解や、判断基準のばらつきがこれにより改善され、より大局的な観点からの評価が行われる。査読の督促は事務局と担当編集委員の両者によって行われる。
  3. 担当編集委員が判断に窮する場合には第2担当編集委員を選び、2人で査読者の意見を尊重しながら迅速に判定を下す。この際に重ねて著者への照会を行うことはない。従来のように、第3査読者を立てることがないので査読期間が短縮される。
  4. 査読プロセスにおける各種連絡には電子メイルを活用し、連絡の迅速化に努める。

 さらに、加えて

  1. 査読の進捗状況をウェブで公開し、投稿者へのサービスの向上を図る。受理番号から、査読の状況を知ることができる。
  2. 12月の編集委員会を1日に設定し、学位審査の手続きに間に合うようにする。
  3. 学会がウェブ公開している掲載論文の抄録から著者のホームページへのリンクの設定サービスを既に開始。

 などの改善を行った。また、ゲストエディター制度や、推薦論文制度の導入も検討中である。

3.4今後の検討事項

 今後残るのは、査読基準と、それが準拠する「研究成果を学術成果たらしめる価値とは何か」に関する議論である。
 査読基準に関しては、最近、将来ビジョン検討委員会の委員の一人から、「査読のレベルそのものを下げて採択率を下げないと他学会へと投稿者が流出する」との意見を個人的に頂戴した。このような意見の背景には、大学における教官人事の際の業績審査が関連していると考えられる。その際、学部における業績審査において他の分野、特に化学や材料物性の分野における業績審査に見られる膨大な論文数との比較が念頭にあるようである。さらには、科研費を始めとする助成金に関する、分野間での獲得競争も念頭にあるように思われる。査読レベルを下げ、採択率を全体に上げ、研究者の量的業績を上げたいという考えが背景にあるわけである。しかし、この種の考えは、人を堕落させる悪魔の囁きにもなりかねない危険性を孕んでいるように思う。この危惧に対しては、「情報処理学会が仮にこのような方針を採用したとしても、プレステージの高いジャーナルは他に存在する訳であるから、心有る人は、そちらに挑戦の対象を求めることになり、我が国の研究者のレベルの低下を導くことにはならないし、それどころか、多様なレベルの挑戦対象を用意することにより、研究者は次第次第に自身を高めて行くことができる」との考えがあるようである。しかしこの場合、情報処理学会の基幹論文誌は急速にそのプレステージを失うことになるであろう。
 日本の若手登山家のために、日本アルプスの山々に手を入れてアタックしやすいようにしたとして、彼らは喜ぶであろうか?論文誌の場合にはどうであろう?採択率を下げれば喜ぶ人は結構多くいるのかも知れない。逆に、つまらなくなって情報処理学会から去る人も数多くでるであろう。どうも、この問題は論文誌だけに閉じた問題ではなく、学会として、情報処理における我が国の学術的貢献を担う研究者の間にどのような価値観を育成するかというより大きな問題に関わっているように思う。「研究成果を学術成果たらしめる価値とは何か?」について、学会としての見識を議論する時が来たように思う。全国大会でのパネルや、学会誌での誌上での討論を始めることを提案したい。諸先輩に、どのような価値観をもって研究に携わってきたかを語ってもらうのも、若手研究者に参考になるのではなかろうか。
 最近、天谷直弘氏の著作を集めたノブレス・オブリージという本が出版された。このタイトルは氏が生前よく使われた言葉だそうである。noblesse obligeとはnobleな人たちのobligationという意味だそうだ。高貴な人たちは食うに困らない。食うに困らない人たちは飽食を貪るのでなく、新しい価値の創造を行う義務があるというような意味らしい。現代の日本に大切なのはノブレス・オブリージを志として持ち、その責務を果たすことであると氏は語っているのである。私もまもなく、論文誌編集委員長を退任するが、退任に当たって願うことは、論文誌がより一層、ノブレス・オブリージを志として持ち、自らを高め、同時に人々を高めていくことである。